剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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番外 狂犬と妖精剣姫

 エリス・グレイラットにとって、エミリーという剣士はひたすらに腹立たしい存在だった。

 

 初めて会った時、何でもできるルーデウスに少しでも追いつきたくて、ギレーヌに習っていた剣術をより真剣に学び始めた頃。

 奴はいきなりやってきて、圧倒的な力でエリスをボコボコにした。

 ルーデウスと一緒に挑んだのに手も足も出なかった。

 負けず嫌いなエリスは、それだけでエミリーのことが心の底から嫌いになった。

 

 悔しくて悔しくて、それからはギレーヌにより一層厳しく鍛えてもらうようになったが、月一で襲来するエミリーには一度も勝てない。

 それどころか、差はどんどん広がっていく。

 ボレアス家に来訪する度に、エミリーの太刀筋はギレーヌを勝手に模倣してどんどん鋭くなる。

 ギレーヌに対抗するために、防御も立ち回りもどんどんキレを増していく。

 転移事件の直前、ついにエミリーがギレーヌから一本を取ってみせた時には、悔しさのあまり祖父であるサウロスに泣きついて、危うく戦争が勃発しかけた。

 それも今となっては懐かしい思い出だが。

 

 そして、運命の日。

 転移事件が起こったことによって、あの悪魔(エミリー)とはしばらく会わなくなった。

 

 その間に、エリスは強くなった。

 転移で魔大陸に飛ばされ、そこから故郷へと帰還するために、魔大陸の過酷な環境で育った屈強な魔物達と何度も戦った。

 転移直後に出会って故郷までの護衛をしてくれたスペルド族の歴戦の戦士、ルイジェルドに積極的に師事した。

 

 それでも足りない。

 エミリーうんぬん以前に、愛するルーデウスの隣にいるには全然足りない。

 この程度じゃ、最後に会った頃のエミリーにすら届いているかわからない。

 

 ルーデウスは凄い。

 強くて、頭が良くて、何でもできて。

 あの『龍神』に殺されかけたというのに、翌日にはケロッとして、龍神が使っていた『乱魔(ディスタブ・マジック)』とかいう魔術を模倣する練習をしていた。

 次に奴と戦う時のことを考えていた。

 

 ……実際にはエリスのこの考えは勘違いであり、ルーデウスはヤバい奴とまた遭遇してしまった時に、せめて逃げられる程度の力を求めただけである。

 龍神オルステッドとの再戦を考えていたなんてことは断じてない。

 ケロッとしていたのも、オルステッドに殺されかけて意識が消えた後にヒトガミの夢を見たせいで、なんとなくオルステッドに殺されかけたことまで夢のように感じてしまっただけだ。

 

 要するに、感覚が麻痺していただけ。

 心の奥底にはしっかりトラウマとして刻まれており、彼は後にオルステッドどころか、オルステッドと一緒にいたナナホシを見ただけで恐慌状態になった。

 しかし、そんなことはエリスにはわからぬ話。

 

 ルーデウスは凄い。

 今の弱い自分は彼の負担にしかならない。

 だから、強くなろう。

 一緒にいたら自分は彼に甘えてしまう。

 だから、ルーデウスとはここで一旦別れよう。

 オルステッドとの再戦の時、彼と一緒に今度こそ奴を倒して、その時こそ結婚して幸せになろう。

 エリスはそんなふうに考えてしまった。

 これが、とあるポンコツの頭を盛大に悩ませることになる、5年に渡るすれ違いの始まりである。

 

 その後、エリスは修行のために、フィットア領で再会できたギレーヌと共に剣の聖地へと向かった。

 そこで当代最強の剣士、『剣神』ガル・ファリオンの教えを受けることができた。

 オルステッドを斬りたいと本気で考えるエリスに感化されたガルは、修行相手として『北帝』や『水神』を招いてエリスにあてがってくれた。

 ニナやイゾルテといった、同レベルに近い好敵手とも出会えた。

 恵まれた環境で、死ぬ気で剣を振った。

 

 

 それでも、オルステッドどころか、エミリーにすら届かなかった。

 

 

 修行を始めて数年が経った頃、何の前触れもなくエミリーが剣の聖地に現れた。

 そして、条件反射のように襲いかかったエリスを、いとも容易くあしらった。

 それどころか、エミリーは当代最強の剣士であるはずの剣神や水神にすら食い下がってみせた。

 

 聞けば、エミリーは既に『北帝』だという。

 おまけに、『剣王』と『水王』の認可すらあっさりと手に入れた。

 エミリーもまたガルによってエリスの修行相手としてあてがわれたが、一対一では戦いにすらならず、ニナとイゾルテと共に挑んで、ようやくギリギリ勝負になるといったレベル。

 

 幼少期と同じように、差は縮まるどころか更に開いていた。

 あれだけ努力したのにだ。

 しかも、エミリーの進化は止まらない。

 剣の聖地に滞在した僅か1年足らずの時間で、『剣帝』と『水帝』の認可まで得てしまった。

 エリスは何年もかけて、未だ剣王にすらなれていないというのに。

 

 もう、ズルいと叫び出したかった。

 圧倒的な才能の差。

 エリスとて決して凡人ではない。

 むしろ、他者から羨望の眼差しで見られるような天才である。

 才能だけで言えば、パウロよりも、ギレーヌよりも、ルイジェルドよりも上。

 その才能の全てを引き出し、限界まで磨き上げれば、あるいは『剣神』の称号にすら手が届きうるだろう。

 

 だが、エミリーの才能はそんなものではない。

 エリスが天才なら、エミリーは歴史上でも屈指の才能を持つ鬼才だ。

 未成熟な子供の体でありながら神級剣士を凌駕する、ラプラス因子由来の強靭な肉体。

 同じくラプラス因子由来の魔眼と魔術への適性。

 幼少期にルーデウスと出会ったことにより、幼少期に覚えなければまず習得不可能な無詠唱魔術を使えるというのも大きい。

 同じく幼少期に魔術を使い続けたことで魔力量が増大し、遺伝と合わせて一般的に見れば多大な魔力総量まで持っている。

 

 そして、何よりの才能は、絶妙な出力によって他者の闘気の流れを観測できる『魔力眼』と、観測した情報を余さず自分の動きに取り入れられるエミリー本人の学習能力。

 その上で、彼女は強くなる上では最高とも言える環境に身を置き続けてきた。

 

 剣術三大流派の全てを扱えるパウロを最初の師とし、彼の全てを魔眼で観察し、受け継ぐことによって剣士としての土台を固めた。

 ルーデウスと姉であるシルフィエットの教えにより、無詠唱魔術を習得した。

 転移事件によって紛争地帯へと飛ばされ、極限状態の中で多くの戦士達と殺し合ったことで、実戦剣術の完成度を大きく向上させ、ついでに殺人への躊躇が消えた。

 北神二世に拾われ、使えるものを何でも使う北神流の最高峰を叩き込まれたおかげで、他の流派や無詠唱魔術を織り混ぜた戦術を完全に己のものとした。

 北神三世と戦友になり、強い相手との戦闘経験を存分に積んだ。

 そして、今度は剣の聖地で剣神と水神という最高のお手本を観察しながら、剣神流と水神流を極めんとしている。

 

 剣士、いや魔法剣士として必要な才能という才能をこれでもかと詰め込んだ肉体。

 それを十全に活かせる学生最強剣士(剣崎絵美理)の魂と、前世ではどうしても叶えられなかった夢を追いかけられるという喜びに満ちあふれ、努力を苦と思わない精神。

 才能を芽吹かせる完璧な環境と経験。

 『妖精剣姫』エミリーという剣士は、まるで剣を極めろと神に言われて誕生したかのような、まさに剣の申し子のような存在だった。

 

 ただの天才に過ぎないエリスが一歩進む間に、剣の申し子であるエミリーは十歩は先に行く。

 自分には剣しか無いのに、その剣で圧倒的に負けている。

 ズルい、悔しい、腹立たしい。

 そうした負の感情が、皮肉にもエリスの剣を鋭くした。

 剣神ガル・ファリオンの狙い通りに。

 

 そして、エミリーは唐突に剣の聖地を去った。

 エリスは残って修行を続け、ようやく『剣王』の認可と免許皆伝を手に入れた。

 免許皆伝。

 ガル・ファリオンが、もう教えることは何もないと認めた証。

 二人の剣帝も、剣王ギレーヌも、ついでにエミリーも手に入れられなかった称号。

 まあ、エミリーの場合は師事していたわけではなく、戦いながら勝手に技術をパクっていた外様なので、ちょっと意味合いが違うかもしれないが。

 

 とにかく。

 もう教えることは何もないと言われて、エリスはひとまずルーデウスのところへ帰ることに決めた。

 免許皆伝を得た以上、このまま剣の聖地にいても、これ以上の劇的な成長は見込めないからだ。

 だが、帰ろうとして馬に跨った瞬間……ルーデウスからの手紙が届いた。

 オルステッドに挑むという内容の手紙が。

 手紙は2枚入っており、もう一枚の手紙にルーデウスの現状(既に結婚して重婚までしている)が書いてあったため、しばらく頭の中が真っ白になったが、オルステッドに挑むという文言でエリスは目的を思い出した。

 

 ギレーヌと共に馬を走らせ、ルーデウスがいるというシャリーアに向かう。

 途中で迷子になりつつも、オルステッドとの戦いの真っ最中という最高のタイミングで到着することができた。

 そこで、エリスは見た。

 

 あのエミリーが、両腕を失って吹き飛ばされてくるところを。

 あの『剣神』ガル・ファリオンが、両手足を失って地に伏せているところを。

 ルーデウスの乗り込んだ魔導鎧(マジックアーマー)(先に会ったシルフィ達が教えてくれた)の片腕が両断されているところを。

 そして、それを成した世界最強の男の姿を。

 

 『龍神』オルステッドは、やはり次元が違った。

 当代最強の剣士も、歴史上屈指の鬼才も、その二人と協力したルーデウスすらも、圧倒的な力でねじ伏せたのだ。

 

 そんな最強に、エリスは臆さず挑んだ。

 結果はオルステッドの片手を斬り飛ばすという大健闘。

 もっとも、それはオルステッドが何かを確かめるように妙な戦い方をしていたからではあるが……。

 しかも、結局はエリスもボコボコにやられてしまった。

 当然だ。

 エミリーとガルが手も足も出ない相手に、エリスが勝てるわけがない。

 

 そして、エリスだけでなく、ギレーヌも、パウロも、ルーデウスも完全にやられ。

 負傷者の護衛と応急処置に努めていたシルフィ、ロキシー、エリナリーゼ、ロールズも圧倒的な絶望を前に動けなくなる中。

 オルステッドは言った。

 

「ヒトガミを裏切って俺につけ!!」

 

 ヒトガミとやらが何かは当時のエリスにはわからなかった。

 だが、オルステッドの言葉をルーデウスが涙ながらに受け入れたことによって、エリスはルーデウス共々オルステッドの配下となった。

 

 そして、エリスはルーデウスと結婚した。

 重婚含め思うところは色々とあったが、意外と簡単に割り切れてしまった。

 結局のところ、エリスはルーデウスのことが大好きで、ルーデウスもエリスのことを愛してくれた。

 それ以外のことは、エリスにとっては些事だったのだ。

 まあ、他の二人の妻であるシルフィとロキシーに自分が並び立てていないのではないかと悩んだりはしたが。

 

 二人は間違いなく、ルーデウスと互いに支え合えている本物の夫婦だった。

 精神面、生活面、金銭面、色んなことで二人はルーデウスの助けになれている。

 では、自分はどうか?

 自分にできることは戦うことだけだ。

 なのに、その分野ですら圧倒的にエミリーに負けている。

 エリスが自信を持てないのも当然のことと言えた。

 

 だが、この認識は次の戦いを経て少し変わった。

 オルステッドの配下となり、最初の仕事として、アリエル王女とやらをアスラ王国の王位につける手伝いをすることになった。

 今回の敵には、祖父であるサウロスを殺した仇も含まれている。

 エリスのやる気は俄然上がった。

 そして……。

 

「ありがとう、エリスさん。助かった」

 

 戦いが終わった後、エミリーにそんなことを言われた。

 

「私、一人じゃ、レイダさん、だけで、限界だった。エリスさんが、皆がいて、本当に、助かった」

 

 そう言って、エミリーは頭を下げた。

 嫌味でも何でもない、本心からの言葉に思えた。

 事実、彼女は本心からこの言葉を言っている。

 未来のルーデウスが持ってきた日記を読んだ彼女は、自分一人の奮戦ではどうにもならなかったであろうことを知っているのだから。

 そして、どうにもならなかった末に辿るであろう、最悪の未来に関しても。

 それを乗り越えられたのだから、感謝するのは当たり前だ。

 

 そんな言葉をかけられて、エリスは確かに感じた。

 達成感を。

 自分のしてきたことは、決して無駄ではなかったのだという実感を。

 

 エリスは確かに、エミリーに大きく劣る。

 だが、決して役立たずではないのだ。

 彼女が努力の果てに至った王級最上位という強さは間違いなく大きな戦力であり、ギレーヌやルーデウスと協力したとはいえ、あの『北帝』オーベールをほぼ完封して勝利に貢献できた。

 ルーデウスを守ることができた。

 

 胸のつかえが取れた気分だった。

 正直、エミリーへの腹立たしさと悔しさは大して変わっていない。

 それでも、あのエミリーの言葉で、自分を卑下する気持ちが随分と薄れた。

 そうすれば、今まで眼が曇って見えなかったことも見えてくる。

 

 グレイラット家の風呂場で見たエミリーの裸。

 エルフの血が変に作用したせいで年齢以上に幼く見える体には似つかわしくない、古傷の数々。

 転移事件の傷跡。

 聞けば、エミリーは世界でも屈指の危険地帯である紛争地帯に飛ばされ、そこでボロボロになりながら両親を守り抜いたという話だ。

 途中でシャンドルとかいう凄腕の戦士に拾われるまでの間、たった一人で。

 

 自分で例えるなら、魔大陸でルイジェルドに出会えるまでに時間がかかったようなものだ。

 エリスとルーデウスが、世界で最も危険な大地と言われる魔大陸をわりと簡単に走破できたのは、帝級相当の実力を持つ上に、魔大陸で何百年も暮らし続けたルイジェルドが初日から仲間になったからというのが非常に大きい。

 あの出会いが無かったらと思うと、ゾッとする。

 

 エミリーは、そういう地獄を越えてきているのだ。

 それだけでなく、当然のごとく鍛錬だって自分よりも長い時間、自分より質も量も上のことをやり続けている。

 シャリーアでオルステッドやレイダに何度も打ち負かされながら「もう一本!」と言って向かっていく無限のガッツ。

 剣の聖地でガルとかを相手にしている時もそうだった。

 これまでの師匠や好敵手を相手にしてきた時も、きっとそうだったのだろう。

 剣術に真面目に取り組み始めたのだって、エリスはルーデウスに感化された9歳くらいから。

 エミリーは生まれた時から。

 エリスは知らないことではあるが、エミリーが剣を振り続けた年月は、年齢+前世の十数年分である。

 

 胸のつかえが取れた今、エリスは素直にとまでは言えないまでも、認めることができた。

 エミリーが自分より強いのは、当然のことであると。

 才能も、経験も、努力の量も質も、剣に向き合ってきた年月さえも違う。

 これで勝てると思うのは傲慢が過ぎる。

 それでも悔しいものは悔しいが、納得はできた。

 

 そして、

 

「へぶっ!?」

 

 シャリーアでの修行中、木刀で放ったエリスの光の太刀がエミリーの頭部を直撃して悲鳴を上げさせた。

 勝った。

 初めて、エミリーに勝った。

 

 最近のエミリーは世界最強の男の教えを受け、ますます飛躍しようとしている。

 そんなエミリーに勝てた。

 無論、一対一ではない。

 魔導鎧(マジックアーマー)を着込んだルーデウスと組んでの二対一。

 それも何度も何度も挑んで、ようやく一勝をもぎ取れただけ。

 しかし、昔は二人で組んでも一撃も当てられなかった戦いだ。

 昔であれば、ひと欠片の勝機も見出だせなかった戦い。

 だが、二人分の成長を合わせれば届いた!

 

「ぐぬぬ……! もう一本!」

 

 エミリーは実に悔しそうな顔をして、再戦を申し込んでくる。

 その顔を引き出せたことが、堪らなく嬉しい。

 エリスは上機嫌で再戦を受け……ルーデウスが先にへばったことであっさりと負けた。

 悔しくて腹立たしい。

 やっぱり、エリス・グレイラットは、エミリーのことが嫌いだった。




・エミリーの才能
突然変異と言われた初代剣神や初代水神と同等以上。
しかし、彼らよりも恵まれた環境(しかも、自分の才能に合った環境)にいるので、最終的には彼らよりも強くなる。

強さとは、才能と環境の相乗効果だと思ってます。
才能があっても環境が悪かったり意欲が無かったりすれば最強には届かず、逆に才能が無くても環境が良ければそれなりにはなれる。
そして、才能のある奴が最高の環境に置かれたらとんでもないことになります。
だからこそ、龍神道場という最高の環境にいたパウロやナックルガードは帝級に上がれましたし、ロールズも聖級になれました。
多分、本格的に強さへの道を志してれば、ノルンちゃんも聖級になっていたでしょう。


・エミリーの学習能力
勉強はできないけど、スポーツIQは高い。
好きなこと極振り。

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