剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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公開されてたパウロ外伝を見たので、パウロ関係の番外編。
時系列は、アスラ王国の戦いを終えて、シャリーアに帰ってきた直後くらいです。


番外 剣匠と水神

「さて。改めて、久しぶりだね、リーリャ」

「は、はい! お久しぶりです、水神様! まさか、こんな形での再会になるとは思いませんでしたが……」

「ハッ、全くもって同感さね。人生何が起きるかわからないもんだ。そうは思わないかい、パウロ?」

「……そうだな。あんたとこうして酒を飲む日がくるとは思ってなかったよ」

 

 魔法都市シャリーアの酒場にて。

 エミリーに敗れ、王族の開いたパーティーにて凶行に及んだことを罪に問われ、アスラ王国を永久追放された『水神』レイダ・リィアは、罪人とは思えない堂々とした姿でワインを飲みまくっていた。

 そんなレイダと一緒のテーブルに座るのは、パウロとその(メイド)であるリーリャの二人。

 エミリー風に言えば世間は狭いというべきか、彼らの間にも過去に繋がりがあったのだ。

 

 遡ること26年前。

 実家を飛び出した直後のパウロ少年(当時12歳)は、色々あって水神流道場の師範だったリーリャの父に取っ捕まり、半強制的に彼の道場で学んでいたことがある。

 まあ、学んでいたというよりは、当時互角の実力だったリーリャの父との勝負を繰り返し、勝手に技術をパクっていたような感じだったが。

 そこらへんは、本当に似た者師弟であった。

 

「あの小生意気で、威勢ばっかりいいくせに向上心の無かった小童が、今じゃ『剣匠』なんて呼ばれて、あたしを倒した剣士の師匠とはね……。エミリーの口からあんたの名前が出てきた時は驚いたもんだ」

 

 どこか遠くを見るように昔を懐かしむレイダ。

 リーリャの父、オーガスタとレイダは一緒の道場で学んだ同門だった。

 恩のある相手でもあった。

 そのオーガスタが目をかけていた才能のある、しかし才能だけで他は未熟も未熟だった若造がパウロだ。

 

 そんなパウロを、レイダはオーガスタの道場に逗留していた日々の中で、毎日毎日ボッコボコのボコにしていた。

 特に未熟だった精神面、腐った根性を叩き直すように。

 パウロにとっては苦い記憶だ。

 毎日毎日全く勝ち目の見えない化け物に挑まされ、ボロ雑巾のようにされる姿をソリの合わなかった他の門下生達に嘲笑われ、ストレスばかりを溜め込んで、最終的にはそのストレスをリーリャにぶつけてレ○プした上で逃げるという、割と最低なことをしたことも含めて。

 

 なお、この話は剣の聖地にてエミリーにも伝わっており、幼少期にゼニスが何重ものオブラートに包んで教えてくれたことの詳細を知らされてドン引きした。

 それでも過去ではなく、現在のパウロを見て尊敬の念をギリギリ維持してくれたのだから、パウロはもっとエミリーを甘やかしてもいいのかもしれない。

 ちなみに、レイダはこの話を孫であるイゾルテにもしており、清廉潔白なミリス教徒である彼女はパウロのことを蛇蝎のごとく嫌っていたりするのだが、それは余談か。

 

「あんたが道場を出ていった日。いくら本気じゃなかったとはいえ、あたしの剣から逃げてみせた時は、こいつは中々恐ろしい剣士になるかもしれないと思ったが……まさか、あそこまで恐ろしい剣士を育て上げるとは思わなかったよ」

「まあな。自慢の弟子だ」

 

 パウロはドヤ顔で鼻を伸ばした。

 自分の弟子が、あのレイダを倒した。

 考えてみれば、それはあの屈辱の日々の雪辱を果たしたことになるのかもしれない。

 そう思えば、パウロの機嫌も良くなるというものだ。

 彼は上機嫌で勝利の美酒をグビッと飲み干した。

 

「ハッ、弟子の功績で調子に乗るんじゃないよ」

「だったら、久しぶりに戦ってみるか? あの頃のオレとは一味違うぜ」

「……ほう。あのクソガキが、いい顔するようになったじゃないか」

 

 どこか弟子(エミリー)に似た、格上に挑む気概のある剣士の顔を浮かべるパウロを見て、レイダはニヤリと笑った。

 昔のパウロは才能にアグラをかき、才能任せにザコを蹴散らして調子に乗っているだけの、武人とは口が裂けても言えないようなチンピラだった。

 それが変われば変わるものだ。

 弟子に影響を受けたのか、それとも人生の経験を積んで成長したのか。

 

「いいだろう。表に出な。リーリャ! あんたも立ち会いな!」

「は、はい!」

 

 そうして、突発的に二人の達人によるバトルが開始された。

 酒場の外で、野次馬が見守る中、二人は剣を構えて向かい合う。

 

(相変わらず、とんでもねぇプレッシャーだぜ……!)

 

 剣を構える水神を、当代最強の剣士の一人を前に、パウロは冷や汗を流す。

 これでも本気には程遠いのだろう。

 何せ、エミリーとの戦いで見せた奥義の構えをとっていないのだから。

 昔とは比べ物にならないくらい強くなっても、やはり勝ち目はまるで見えない。

 

 昔はこのプレッシャーにビビるばかりだった。

 勝ち目の無い戦いなんて、やってらんねーとしか思わなかった。

 だが、今はそうではない。

 圧倒的な格上に挑むことに、一人の剣士として楽しさとやり甲斐を感じている。

 

 元々、パウロが剣を握った理由は、実家や学校でやらされるクソ面白くもない貴族の勉強の中で、唯一剣術だけが楽しかったからだ。

 心の底から剣を楽しむ弟子に当てられて、パウロはその頃の純粋な気持ちを思い出した。

 だから、彼は冷や汗を流しながらも笑った。

 

「行くぜ」

 

 その言葉を言い終わる前に、パウロは駆けた。

 剣神流『韋駄天』。

 速さを至上とする剣神流の歩法。

 最短距離を駆け抜け、最速最短で敵を斬り伏せるための歩法。

 レイダにボコボコにされていた頃は、剣神流が自分に合っていると思い込み、相性最悪の水神に対して使い続けた技。

 しかし、今のパウロは違う。

 

「!」

 

 まっすぐに突っ込むと見せかけて、途中で動きを全くの別物に変える。

 止まったと見せかけて加速し、加速すると見せかけて止まり、右に行くと見せかけて左に曲がり、後ろに下がると見せかけて前に出る。

 

 北神流『幻惑歩法』。

 それを韋駄天と混ぜた。

 剣神流の速度に北神流の惑わしを混ぜ込む、エミリーの得意技。

 そして、二つともパウロを見て覚えた技。

 ならば、教えた張本人であるパウロに取っても、至極使いやすい技となるのは道理だった。

 

「いい動きだ。けど、それはもう見たよ!」

 

 しかし、レイダには通じない。

 彼女はパウロの上位互換とも言えるエミリーの技を、既にその身で味わっている。

 そうでなくとも、彼女は水神だ。

 たとえ初見であろうとも、この程度の技に惑わされるはずもなし。

 レイダは全く動じぬまま、パウロの剣を簡単に受け流して、ついでに力の流れを乱してパウロの体勢を崩す。

 

「どりゃあ!!」

「む……!」

 

 だが、パウロは体勢を崩されながらも、受け流された振り下ろしの斬撃をそのまま地面に叩きつけた。

 北神流『土流隠れ』。

 王級に届く怪力によって地面が一部めくれ上がり、大量の土煙が視界を遮る。

 

 そして、土煙の中で二人の剣が交差した。

 レイダとパウロでは、レイダがその気になった瞬間にパウロが瞬殺されてしまうほどの実力差がある。

 ゆえに、狙うは虚を突いての一発勝負。超短期決戦。

 パウロが勝負に費やした時間は、土煙がレイダの意識をほんの僅かに乱してくれた刹那の一瞬。

 交わした剣戟は、僅かに一合。

 固唾を飲んで見守るリーリャの耳に、金属のぶつかり合う、一度限りの剣戟の音が届く。

 やがて土煙が晴れると、そこには……。

 

「あー、くっそ。やっぱ強ぇな、あんた」

 

 剣を手放して大の字で倒れるパウロと、余裕の立ち姿のまま剣を構えるレイダの姿があった。

 

「ハッ、あたしに勝とうなんざ十年早いよ。ただ、まあ……」

 

 レイダは片手で頬に触れる。

 そこには、小さな小さな傷があった。

 血の一滴も出ていない、苦しまぎれの拳か何かがかすっただけの、かすり傷が。

 

「……昔、修行を嫌がるあんたに言ったね。あんたがあたしにかすり傷一つでも与えられたら、すぐに解放してやるって」

「ああ、言われたな。あの時は舐めやがってと思ったが……すぐに実力差を思い知らされてイジケたもんだ」

 

 嫌なことを思い出して、パウロの顔に苦笑が浮かんだ。

 嫌な思い出を苦笑程度で済ませられることこそが、彼が大人になった証なのだろう。

 

「面白いもんだねぇ。戦いに敗れ、水神流の存続のためにも大人しく裁きを受け入れてこんなところに来たが……エミリーといい、あんたといい、余生を送るには退屈しなさそうだ」

 

 レイダは実に楽しそうに笑った。

 彼女は恩のあったダリウスを殺され、屈服させられるような形で龍神陣営に加わった身だ。

 ダリウスの死は割り切っている。

 いくらレイダにとっては恩人とはいえ、殺されても仕方のない生き方をしてきた奴だ。

 全力で助けようとして、正々堂々と戦って、その上で力及ばなかったのだから、もうどうしようもないし、水神流という人質もアスラ王国に握られているのだから、それを切り捨ててまで仇討ちをしてやろうとまでは思えない。

 だが、龍神陣営が仇であることも事実。

 最低限はちゃんと働いてやるが、それ以上のことをしてやる気はなかった。

 

 しかし、強くなったパウロを見て、少し気が変わった。

 パウロの弟子であるエミリーのことも、レイダは気に入っているのだ。

 罪人となり、知らず知らずのうちにあの化け物(オルステッド)と敵対してしまったのに、何故か拾った命。

 老い先短い老婆の余生。

 その使い道がこいつらのためだというのなら、まあ、そこまで悪くもないかもしれない。

 レイダはなんとなく、そんな風に思えた。

 

「今度、オーガスタの奴も呼んでみるかねぇ。リーリャ、あんたもあたしの下で鍛え直してみるかい?」

「……いえ、今の私はグレイラット家に仕えることが使命ですので。お子様達もまだ小さいですし、剣術よりも子育てを優先したく思います」

「そうかい。あんたも変わったねぇ」

 

 昔はパウロの才能と、それに見合わない堕落した態度に敵愾心バリバリだったくせに。

 その変化もまた面白い。

 剣士としてはダメなのだろうが、剣だけが人生ではないと、この老婆は知っている。

 パウロとリーリャ。

 かつては中途半端で消化不良な教え方しかできなかった者達に、こうして再び関わる機会が訪れようとは……。

 

(ホントに、人生何が起こるかわからないねぇ)

 

 それなりに飲んだ酒の勢いもあるのか、何やら楽しい気分になってきて、『水神』レイダ・リィアはもう一度ニヤリと笑った。




・パウロ
レイダだけでなく、昔の知り合いの何人かにも再会したらしい。
元仲間達とも和解できたし、ホントに死ななくて良かったね!

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