剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
…………………………………………絶句しました。
いや、絶句なんて可愛いもんじゃない。
原作ではダイジェストみたいだった未来日記がそのまんまアニメになると、ここまでの破壊力になるのか……!
もう、今日はそれ以外に語る言葉が無いです……。
甲龍歴478年。
中央大陸東端、ビヘイリル王国の片隅にある名もなき村。
僻地と呼べるほどのド田舎の、更に外れに位置する場所に、小さな二軒の家があった。
その縁側のようなスペースで。
ショートカットの髪型が随分と馴染んだエミリーは、安酒の入ったコップを傾けていた。
「ふぅ……」
時刻は夕暮れ。
ノスタルジックな茜空を肴に一杯やる。
……自分には似合わないなと、エミリーは困ったように苦笑した。
「珍しいですね、エミリー姉さん。こういう趣味に目覚めたんですか?」
「……ノルン」
そこに、優しげな顔をした老女が歩み寄った。
ノルン・グレイラット。
姉の結婚相手の妹という関係性。
とはいえ、今では随分長くて深い付き合いだ。
とっくの昔に、それ以上の感情を抱いている。
『ちゃん』付けが外れて、呼び捨てになるくらいには。
「あんまり似合っていませんね」
「……まあ、自覚は、あった。相変わらず、酔えないし」
頑丈すぎる身体と龍聖闘気もどきの相乗効果で、彼女は毒物の類にも強い。
アルコールにもその現象が適応されてしまうことは、小さな悩みだった。
……辛いことを、酒で流し込むことができないから。
「私としては、そんなエミリー姉さんが好きですよ。……兄さんみたいになられたら、手に負えませんし」
「あー……うん……」
そう言いながら、ノルンはエミリーの手から酒を奪い、チビチビと飲み始める。
……かつては口にすることすら禁忌に等しかったトラウマが、さらりと酒の肴の話題として出てきた。
ひとえに、それだけの時間が流れたからだ。
「姉さんには、本当に感謝してます」
「……あんまり、頼りに、ならない、けどね。肝心な時、いないし」
「そんなことないですよ」
歳を重ねたノルンは、静かに微笑んでいた。
地獄を生きてきたとは思えない、穏やかな顔で。
「例えば、お父さんの遺灰と遺品を持ち帰ってくれました。おかげで、ちゃんとお別れができた」
「……もう少し、早ければ、助けられ──」
「敵が強くて、運が悪かっただけです。あなたのせいじゃない」
思わず後悔が漏れた瞬間、抱き寄せられて、頭を撫でられた。
……とっくに身長は追い抜かれている。
端から見ると、祖母に慰められる孫娘のようだった。
「他にも、エリナリーゼさんが飛び出した時、一番に追いかけて、連れ戻してくれた」
「……迷子に、なったけどね。しかも、遭難中に、陣痛が、来ちゃって……」
あの時は死ぬほど焦ったと、エミリーは振り返る。
正直、クライブが無事に産まれてくれたのは奇跡に等しい。
「なんとか、戻ったら、シルと、ルーデウスが、破局、しててさ……」
エリナリーゼが産まれてきた息子を見て、何とか立ち直ってくれたと思ったら、怒涛の勢いで『次』だ。
久しぶりに運命に嫌われたのかと本気で思った。
「どうすれば、良かったんだろう、ね……」
「…………」
ノルンが、ぎゅっと抱きしめてくれた。
温かい。心地良い。
……心地良すぎて、できるだけ吐き出すまいと思っていた弱音が、ポロポロとこぼれていく。
「その後も大変でしたね。シャリーアを出て、旅をして」
「追手、いっぱい、来たねぇ……。私の、懸賞金、目当ての」
「私達狙いのミリス兵もいましたよ。姉さんがいなければ、死んでました」
エミリーはアスラ王国で反乱を起こしたことになっている、反逆者アリエルの一味。
ノルン達は、ミリス教団の至宝を盗み出した、伝説の大泥棒の身内。
普通に旅をするのは不可能で、逃げ隠れしながら、できるだけ遠くへ、できるだけ人のいない場所を目指した。
安住の地を見つけるまで、随分と時間がかかった。
その間も、その後も、更に色々あって。
忙しなく走り回ってるうちに、置いてきたルーデウスや、戻っていったアイシャとの縁は、完全に切れてしまった。
諸々落ち着いた後、ペルギウスに頼んでシャリーア近くに送ってもらったこともあったが。
そこにあったのは、焼け落ちたグレイラット邸だけ。
……怖くて、詳細は調べられないまま帰ってきた。
「改めて、思い返すと、後悔の、多い、人生……」
「──それでも、姉さんは守り抜きました」
断言された。
静かに、けれど確信の込もった、強い声で。
「ルーシーもクライブも一人前になった。お母さん達は天寿を全うして、ロールズさんとエリナリーゼさんも心配いらない。
──充分です。
もう、充分すぎるほど、頑張ってくれました」
「……!」
その優しい声で、涙が出てきた。
酔ってはいないはずなのに、感情の制御が緩む。
「私達は幸せでした。だから、もう良いんですよ?」
そう言って、ノルンは一本の剣をエミリーに差し出した。
父、パウロの使っていた切れ味逆転の魔剣。
ノルンが継ぎ、ずっと彼女を守ってくれた、最高の護り刀。
「ノルン……」
「持っていってください。そして、そろそろ自由に生きてください。
エミリー姉さんは、こんなところで黄昏てるより、どこかでポンコツ晒して、強敵相手に剣を振ってる方が似合ってます」
思えば、随分長くお世話になった。
生来のポンコツを律して、こんな片田舎で燻って。
柄でもない、責任重大な大黒柱を任せてしまった。
もうそろそろ良いだろう。
長い停滞を強いてしまった『妖精剣姫』という天才を、いい加減に解き放ってあげたい。
「……ありがとう。でも、まだ、いいかな。もうちょっと、ここに、いるよ」
「……姉さん、私のことを気にしてるなら大丈夫──」
「違う」
エミリーは──ノルンに寄りかかって体重を預けた。
「私が、ノルンと、一緒に、いたい。ここまで、来たら、最期まで、一緒」
「…………まあ、そういうことなら」
「ふふ♪」
ノルンの頬が少し赤く染まっていた。
エミリーの方は、本当に嬉しそうに顔を綻ばせていた。
守れなかったものは多い。
後悔は深く刻まれて消えない。
けれど、決して辛いだけの人生ではなかった。
願わくば、縁の切れてしまった家族もそうであってほしいと。
思ってしまうのは、罪なことだろうか。