剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ハァ……ハァ……きっつ」
転移が起きてから一ヶ月が経った。
私はもうこの時点で疲労困憊である。
ここまでの道のりは本当にキツかった。
情報源に案内させて最初の森から街に出たはいいものの、滞在一日目でその街が戦火に包まれた時なんか唖然としたよ。
どうも、このあたり一帯がディクト王国、ブローズ帝国、マルキエン傭兵国という三つの国によるバトルロイヤルの舞台になってたみたいで、父の治療すらまともにできずに逃げ出すはめになった。
街を囲む兵士の群れを強行突破した時に情報源に逃げられたし、父の治療が充分じゃなかったから傷が開いて大変なことになったし、踏んだり蹴ったりだ。
そして、そのバトルロイヤル地帯を抜けるために、軍隊が布陣してる街道を避けて森に入れば、当然のように魔物が襲ってくる。
熟練の狩人である父のアドバイスのおかげで、強そうな魔物の痕跡を見つけてなるべく遭遇しないように努力はしたけど、その父が万全じゃなかった上に、アドバイスを実行する私がポンコツ晒したせいで、遭遇を避けたつもりが大物にエンカウント。
死闘になって私自身が死にかけたりもした。
その時の相手は青いドラゴンだったんだけど、父に聞いてみたら危険度Sランクの怪物だってさ。
Sランクっていうのは、最上位の魔物って意味だよこんちくしょー!
本来、中央大陸南部はそんなに魔物が強くない地域らしいんだけど、でっかい森の主とか、渡り鳥みたいに世界を飛び回ってる魔物とか、例外はそれなりにいるらしい。
あの青いドラゴン、
本来なら雲の上の遥か上空にしかいないはずだし、見た目も空を飛ぶこと前提で陸上戦を想定してないかのようなフォルムだったのに、何故か地上にいた。
何かの拍子に打ち落とされたのかもしれない。
そんなのに遭遇するとか、どんだけ運が悪いのかと。
しかも、戦闘になったら普通に飛ぼうとしてきたし!
まあ、青竜みたいな例外はさすがにそれっきりだったけど、他の魔物だって群れで襲ってきたら充分に脅威だ。
私一人ならともかく、手負いの父と戦えない母を庇いながらだと中々厳しい。
おまけに、森の中を進んでると定期的に野盗とか作戦行動中の兵士に出会ったりするんだよね。
で、出会ったら問答無用で襲いかかってくる。
野盗は言わずもがな、兵士の方にも「作戦の邪魔だ! 目撃者は殺せ!」みたいな感じで襲いかかられて、何回か返り討ちにしてたら、そのうち逃した奴が本国に報せたみたいで、私達の特徴が兵士達に知られるようになり、より積極的に殺しにくるようになった。
ふざけんな!
おかげで、私の殺人数が軽く三桁を越えてSAN値が直葬されそうだよ。
転移初日に人斬りの覚悟は改めて固めたし、相手はこっちを殺しにきてた連中だから正当防衛とはいえ、こう立て続けに来られるとさすがに参る……。
この紛争地帯という場所は、人間ってこんな簡単に死ぬんだなっていう恐ろしい真理を、私の魂の奥底にまで刻み込んでくれた。
おかげで毎夜悪夢にうなされ、正気度が削り切られる前に魔物狩りみたいに慣れて、あるいは正気度とはまた別の何か大切なものがすり切れて、大した感慨を抱かなくなっちゃったのは良かったのか悪かったのか。
あと、あいつら魔物と違って悪意の塊だから、積極的に父と母を人質に取ろうとしてくる点も私の精神を摩耗させる。
更に最悪なことに、そんな連中の中にたまーに私と同格の聖級剣士がいたりするんだよ。
この一ヶ月で二人見た。
武者修行の旅で出会ったんだったら歓喜しただろうけど、家族まで危険に晒される極限状態の中で出会ったら悪夢なだけだ。
その二人は習得してる流派の数を頼りに斬り殺したけど、仲間も連れてたし、人質戦術も当然の権利のように狙ってきたから、どっちの戦いも青竜並みの死闘だった。
それを乗り切るために手負いの父に無茶をさせてしまい、怪我が酷くなっちゃってる。
早く少しは落ち着ける場所で治療をしたい。
というか、医者に診せたい。
さて、ここまで絶望的なことばっかり言ってきたけど、希望が全くないわけじゃないんだよ。
努力の甲斐あって、遂に私達は三国によるバトルロイヤル地帯をもうちょっとで抜けられるところまで来たのだ。
襲ってきた連中から聞き出した情報によると、その三国は滅びるかどうかの瀬戸際の戦いをしてる上に、死にかけの三国からどさくさ紛れに利権を奪おうと他国の部隊まで乱入してくる混沌っぷりだったからこそ、ここら一帯はひときわヤバかっただけで、他の国ならまだもう少しはマシとのこと。
いくら紛争地帯とはいえ、使えるだけの戦力を使った総力戦なんてしてるところはそう多くない。
どっちかというと、睨み合いやら冷戦やらの方が多いから、そういう薄氷の上の平和を維持してる国なら、主要な街道全てに軍隊が布陣してたり、街がなんの前触れもなく戦火に包まれるなんてことも……ないとは言えないけど可能性は低いらしい。
そこまで行ければ、父をしっかり休ませることもできるはず。
最初の峠を越えるまでもう少しだ。
それを希望に、私は警戒のために剣を抱いて仮眠に入る。
母が父の看病の殆どを引き受けてくれたからこそ取れた時間だ。
その他でも戦闘以外のところで母には助けられっぱなしなんだよ。
母に支えてもらえなければ、父にアドバイスをもらえなければ、私はここで力尽きるか、人斬りの業を抱え切れずに野垂れ死んでたと思う。
二人には感謝しかない。
なのに、二人とも足手まといになってゴメンとか言うんだもん。
それは違うと本気で怒ったよ。
そんなことを考えてる間に、疲労によって私の意識は落ちていった。
◆◆◆
気づけば白い場所にいた。
前後左右上下全てが白い。
白以外の何も見えない、何もない不思議な場所。
「やあ、はじめまして、エミリーちゃん」
そこに、周囲の白に同化するかのように、白いモザイクのような何かを纏った存在がいた。
「僕は
ヒトガミ。
そう名乗った何かが、胡散臭い笑顔で私に笑いかけた。
ヒトガミ様、弱ったところに手を差し出していくスタイル。