剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
目の前にはヒトガミと名乗る謎の存在。
周囲はこの世のものとは思えないほど何もない真っ白な空間。
随分妙な夢だなぁ。
こんな夢を見るなんて疲れてるのかもしれない。
いや、疲れてたわ。
疑問を挟む余地もなく疲れてたわ。
なんか体に違和感を覚えて自分の体を見下ろしてみれば、今世のエルフボディじゃなくて前世のJKボディに戻ってるし、ここ最近の殺伐とし過ぎた環境のせいで、退屈だったけど平和だった前世の感覚を無意識に求めてるのかな?
「お疲れだねぇ。でも、この夢は君の疲れが見せた荒唐無稽な夢じゃないよ。僕が夢を通して君に語りかけてるのさ」
へー。
どぉーーーでもいい。
今の私に必要なのはヒトガミなる正体不明の存在じゃなくて、この紛争地帯を乗り越えて姉や師匠達を探しにいけるだけの体力だ。
とっととレム睡眠からノンレム睡眠に切り替えよう。
そう思って、私は夢の世界で更に寝るために白い地面に寝転がった。
「ちょっとちょっと! 完全無視は酷くないかい!? 異世界人って皆そんな感じなの!?」
ヒトガミがなんか騒いでる。
うるさいなぁ。
疲れてるんだから、静かに寝かせてくださいよ。
「異世界って単語を出してもここまで無視されるとは思わなかったよ……。君、ホントに前世に未練とか執着とかないんだねぇ」
いや、未練くらいあるわ。失礼な。
もっと親孝行とかするべきだったし、友達とかにも突然死んじゃって申し訳ないと思ってるよ。
ただ、あれって私の不注意もあっただろうけど、ほぼ完全に不幸な事故だったし、それまでの自分の行動に悔いが殆どないから、過去を振り返るより今を頑張って生きようって思えるだけだ。
「あら、前向き。どこかの誰かとは大違いだ。でも、それならこんな話はどうかな? ━━僕なら君のお姉さんの居場所を教えてあげられるよ。もちろん、君の師匠やその家族の居場所もね」
…………なぬ?
その言葉を聞いて、目の前のヒトガミなる存在に若干の興味が湧いてきた。
まあ、どうせ夢だろうし、探す当てもないし、話を聞くだけ聞いてもいいかもしれない。
「お、やっと僕に興味持ってくれたねぇ! いやー、嬉しい!」
そういうのいいから、早く本題に入ってくれません?
「君、態度大きくない? これを伝えたら僕は一応、君の恩人ってことになると思うんだけど?」
荒唐無稽な夢だと思ってるもんで。
「……うん、まあいいや。とりあえず、君のお姉さんはアスラ王国にいるよ。フィットア領じゃないけどね。
逆に師匠の方は今、フィットア領の近くまで帰ってこれてる。その後は多分、ミリス神聖国に向かうだろうね。
他の家族は……いや、そこまで教えちゃうとサービスし過ぎか」
えー、そこで焦らすの?
「教えてほしかったら、もうちょっと僕を敬って信頼関係を築いてからさ。
知り合ったばかりの相手に教えるにしては、これだって破格の情報だよ?」
んー、まあ、確かに。
教えてくれて、ありがとう。
所詮はただの夢だと思うけど、一縷の望みにかけて、紛争地帯を抜けたらその二つの国を真っ先に調べてみるよ。
ダーツで目的地決めるのと同じくらいの効果はあるでしょ。
「だーかーらー! ただの夢じゃないっていうのにー!
……ハァ、まあ仕方ない。信じないなら信じないでもいいよ。
ただ、最後にこれだけは聞いてほしい。これはお姉さんのことでも師匠のことでもなく、君の今後に対しての助言だ」
私の今後?
「そうだよ。このままだと君、お姉さんや師匠を見つけるどころか、両親を守り切れるかも怪しいでしょ?」
……まあ、確かにね。
今凄い大変だし。
何か紛争地帯を抜けるコツとか知ってるなら、是非とも教えてほしい。
「よろしい。オホンッ! エミリーよ、現在想定しているルートを迂回して進み、その先で出会うビゴという男に助けを求めなさい。
さすれば両親を助けることができるでしょう。しかし、そのまま進めば、君はとんでもない化け物と戦うことになるでしょう」
は?
何それ、もっと詳しく……
そう思ったところで、ヒトガミの声はエコーを残しながら、その姿と一緒に遠ざかっていった。
◆◆◆
目が覚める。
体はJKボディではなく、疲労困憊のエルフボディに戻っていた。
そして、目の前にあるのは真っ白な空間ではなく、昨日寝泊まりした宿の中。
目の前にいるのはモザイクのかかった神様ではなく、まだ眠ってる父と、そんな父を看病してる母だ。
「おはよう、エミリー」
「おはよう、母。父の、様子、どう?」
「……あんまり良くないわ。傷のせいか、ちょっと熱っぽくて」
「……そう」
そんな母の言葉を聞きながら、私は父にもはやルーティンワークと化した治癒魔術と解毒魔術をかける。
私の腕が未熟だから傷はそこまで回復しないし、熱も少ししたらぶり返す。
やっぱり、一刻も早くちゃんとした医者に診てもらうべきだ。
「迂回、してる暇、ないよね」
「ん? エミリー、何か言った?」
「ううん。なんでも、ない」
私はヒトガミの助言を無視し、最短ルートでバトルロイヤル地帯を抜けることを決意した。
夢なんかを信じて取り返しのつかないことになったら笑えないから。
例え化け物と戦うことになったとしても、夢を信じた結果、父が手遅れになるよりはずっといい。
そうして、この先の道で私は本当にヒトガミの言った通り化け物と出会うことになる。
それこそが私の運命を大きく変える出会いになるということを、この時の私はまだ知らない。
まさかのガン無視。
ヒトガミ痛恨のミス!