剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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 魔法大学に入学して一ヶ月。

 そろそろここの生活様式にも慣れてきた私は、アスラ王国で姉と思われる人物を発見したって報告を最後に、色々あって後回しになってた両親への手紙を書くことにした。

 

 本当なら真っ先にやらなきゃいけないことだったんだけど、姉と合流した場所は手紙なんて出せるはずもない森の中だったし、そこを抜けたら今度は大雪に足止めを食らった。

 私達が足止めされてるってことは、手紙を届けてくれる人も足止めされるってことだ。

 しかも、この世界では手紙の配達は基本的に依頼を受けた冒険者がしてるから、私達が足止めされてた冒険者ギルドもない小さな村からじゃ、どのみち手紙は出せない。

 

 で、雪解けの後はラノア王国の王都まで一直線だった。

 そこからなら手紙も出せたんだけど、なんとそこでまさかの姉によるストップがかかった。

 なんでも、現在私達が持ってる情報が下手に流れたりすれば、アリエル様の首が絞まる可能性があるとのことだ。

 家族宛の手紙でも油断はできない。

 手紙を運ぶのは赤の他人の冒険者、しかもこの世界では手紙の運び手が途中で魔物とか野盗とかに襲われて配達を続行できない可能性を考慮して、複数の手紙を送るのが基本だ。

 

 つまり、どこかで配達役の冒険者が野盗に襲われて手紙を盗られ、そこに書いてあった情報が情報屋とかに嗅ぎつけられ、巡り巡って知られると都合の悪い相手の手に渡る可能性もある。

 いくらなんでも心配し過ぎじゃないかと思ったけど、今のアリエル様は万が一が一つあっただけで崩れかねない崖っぷち状態。

 警戒するに越したことはないって言われたら何も言えない。

 

 結果、私の手紙には姉やアリエル様の従者の皆さんによる検閲が入ることになったんだけど、首都じゃラノアの王族と会う準備で皆忙しかったし、魔法大学に来てからも権力の基盤を整えるのに忙しそうにしてた。

 でも、一ヶ月も経って忙しさも大分緩和されてきてるし、そろそろ書いてもいい頃だと思うんだ。

 

 というわけで、手紙を書いて姉のところに持っていった。

 もはや手紙というか、何かの原稿でも書いてる気分である。

 

「……エミリー、相変わらず字汚いね」

「ほっといて」

 

 姉に厳しい言葉はかけられたけど、検閲自体はオッケーが出た。

 その場にいたルークさんにも確認してもらったから問題ないはず。

 アリエル様と一緒に行動してるとか、姉が守護術師になってるとか、そういう重要な情報を全部省いたのが功を奏したらしい。

 

 でも、せっかくの手紙なのに好きな言葉を伝えられないっていうのは、なんかちょっともにょるなぁ。

 姉も私の手紙に自分の言葉を書き足し、ついでに私の汚い字だけじゃ不安ってことで補足も書き足してたんだけど、それが書いていいことなのかわかんないって感じで度々ペンが止まってたし。

 早く全部の問題が片づいて、なんの気兼ねもなくまた家族で一緒に暮らせる日が一刻も早くくることを切に願うよ。

 

 

 で、私達がそんなことしてる間に、アリエル様は着々と権力の基盤を整えていった。

 そもそも、何もしなくてもアリエル様達は目立つ。

 世界最大の国の王女様だし、中身の下品さに反比例するような外面の良さという名のカリスマ性は、多くの人を惹きつけてやまない。

 そんなアリエル様の両脇を固めるのは、伝え聞く全盛期の師匠のごとく女の子を食いまくれるイケメンのルークさんと、黙ってれば絶世の美少年に見える男装した姉。

 この三人が並んで歩いてるだけで、人々は羨望の眼差しを彼女達に送る。

 

 その上、アリエル様は諸々の手腕も凄かった。

 私には何やってるのか全然理解できないけど、なんかお偉いさんとの間にあっという間にツテを作っちゃうのだ。

 さすがに、一ヶ月じゃまだ味方に引き込むところまではできてないけど、時間をかければシャンドルのごとく陥落する人は続出しそう。

 

 将来有望そうな生徒への声掛けも、始まったばっかりだけど順調だ。

 アリエル様達の計画では、こうして声をかけた生徒が卒業したらアスラ王国に送り込み、アスラ王国の方で出世させて、いざ王位を取りにいく時の味方戦力にするつもりらしい。

 随分と遠回りなやり方だと思うけど、国から追放されちゃったアリエル様には、それくらいしかできることがないのだ。

 しかも、効果が出るまでかなり時間がかかる。

 それこそ、アリエル様は10年単位で計画を見てる。

 10年以上をかけて魔法三大国に深く根を張り、王位を争うライバル達と張り合えるだけの味方戦力を作るつもりだ。

 

 その準備期間中に私にできることは殆どない。

 せいぜい、北王としてアリエル様に付き従ってるふりして、アリエル派の力の象徴として目立つことくらい。

 実際は姉を守ろうとすると必然的にアリエル様も守らなきゃいけなくなるから、なし崩し的に協力してるだけなんだけどね。

 まあ、やることが殆どないっていうのはいいことだ。

 これなら、アリエル様の権力基盤がしっかりして、権力が姉を守ってくれるようになったら、一時離脱してミリスに行けそう。

 

 そんな感じで順調にやってたんだけど、まあ、どこにでも目立ってる人を疎ましく思う輩はいるみたいで。

 

「おうおう新入生、ちょっと顔貸すニャ」

「北王だかなんだか知らないけど、最近調子に乗りすぎなの」

 

 中級治癒魔術の授業を受けに校庭を移動してたら、なんか不良に絡まれた。

 私に絡んできたのは、特別生の教室で見たことある猫耳と犬耳の少女二人。

 同年代くらいだと思うんだけど、既に胸囲の格差社会の片鱗が現れてるから、若干苦手な人達だ。

 

 こいつらは、いつも同じ獣族の取り巻きを20人くらい連れて番長みたいなことしてる。

 絡まれるのも今回が初めてじゃない。

 でも、アリエル派の力の象徴っていう面倒な看板があるせいで適当に回避するってこともできないから、毎回ちょっかいかけてくる取り巻きを軽く受け流して睨み合ってる関係だ。

 

 それが今回はそろそろ本気で私と戦う気になったのか、取り巻きの数が100人を超えるとんでもない大軍勢を引き連れてきた。

 どこにこんな戦力が隠れてたんだろう?

 学校中の獣族が集まってるのかな?

 というか、こんな小娘どものどこに、これだけの数を率いられるカリスマがあるの?

 胸か?

 胸なのか?

 

「素直に調子乗ってましたって謝るニャら、勘弁してやらニャくもないニャ」

「お腹を見せて服従するの」

 

 数の暴力に任せてニヤニヤと笑う猫と犬。

 この大軍勢に何事かと生徒達が集まり、遠巻きに見守っている。

 あ、野次馬の中にシャンドル発見。

 面白そうな顔で私を見てる。

 これは引き下がれないな。

 引き下がる気もないけど。

 

「通行の、邪魔。どいて、くれる?」

「どうやら死にたいみたいだニャ!」

「やっちまうの!」

「「「うぉおおおおおお!!!」」」

 

 犬猫の指示によって、獣族の大軍勢が押し寄せてくる。

 数の暴力に任せて、聖級剣士くらいならどうにかなりそうな戦力だ。

 だけどまあ、

 

「剣も、いらない」

 

 私は腰の剣に手を伸ばさず、素手で獣族の群れに突っ込んでいった。

 学校の喧嘩で真剣使って人死を出すのはどうかと思ったし、何より素手で充分な程度の連中だから。

 

 一番先頭を走ってた虎っぽい耳を生やした獣族の懐に飛び込み、抉るようなボディブロー。

 そのまま腹を抱えてうずくまりそうになった虎獣族の腕を掴んでぶん投げ、他の一団にぶつける。

 高速で飛んでくる人一人分の重量は普通に凶器だ。

 でも、骨折くらいはしてるだろうけど、死ぬほどのことじゃないでしょ。

 

 そして、今度は俊敏な動きで飛びかかってきた豹みたいな獣族の女の人を背負い投げて同じことをする。

 ……背中に格差社会の象徴が押しつけられて微妙な気分になった。

 ギレーヌといい、あの犬猫といい、なんで獣族はこうメロンばっかりなんだ。

 

 次は手刀で斬撃飛ばしをやって何人か吹っ飛ばし、その次は珍しく衝撃波の魔術を攻撃に使って吹っ飛ばし、向こうの攻撃は素手で水神流の技を使う練習台にした。

 武器を失った時、それを拾い直すまでの間を凌ぐための格闘術もシャンドルから習ってて良かった。

 というか格闘術まであるとか、さすがなんでもありの北神流。

 この世界で『剣士』って呼ばれてるのは、『剣を武器にしてる三大流派の使い手』のことだから、剣以外を武器にした北神流は剣士じゃないことになるのに。

 潜入術なんてものもあったし、師匠が「あれは剣術じゃない」って言ってた意味がちょっとわかった気がする。

 

 おっと、そんなこと考えてるうちに、今度は犬猫が大きく息を吸い込んだ。

 魔力が喉に集中してるのが見える。

 獣族、喉とくれば、その攻撃の正体はもう知ってる。

 

「「ウォオオオオオオオオン!!」」

 

 犬猫が凄い大声を上げ、取り巻きが一斉に耳を塞ぐ。

 魔力を込めた獣族の声、吠魔術ってやつだ。

 前にシャンドルに使われたクラップスタ……北神流『柏手』の元になった技。

 なるほど、確かにオリジナルってだけあって、柏手より随分威力が高い。

 初見ならそこそこ厄介だっただろうけど……適切な防御をしてれば問題なし。

 

「ば、ばかニャ!?」

「なんで動けるの!?」

 

 闘気を耳に集中させてガードしたから。

 それだけでこの技は対処できる。

 というか、ただ闘気を纏ってるだけでも、上級剣士以上ならちょっとふらつく程度で済むと思う。

 もっと技の威力が上がればわからないけど、少なくともこの犬猫の技は、現時点ではただの雑魚狩り用だ。

 

 そして、吠魔術を耐えるために自分から耳を塞いで両手を封じてしまった取り巻きを速攻で殴り倒していく。

 こいつらも、所詮は学校という狭い場所で小娘の取り巻きやってる連中というべきか、殆どが中級剣士以下の力しかなかった。

 そこそこ強い奴で中級の上の方、一人二人くらい上級剣士クラスが混ざってるって感じ。

 ……いや、冷静に考えてみたら上級剣士クラスがいるだけでヤバいな。

 上級って言ったら、一応は師匠と同格ぞ?

 なんでそんな強い人が小娘に従ってるの?

 

 そうこうしてるうちに、取り巻きは全滅。

 でも、意外と根性ある奴が多いみたいで、私が手加減してたこともあるけど、立ち上がろうとしてる奴も多い。

 犬猫が必死でそんな取り巻き達にすがってる。

 なら、ここで一つ、犬猫の心の方を折るか。

 

「右手に、剣を」

 

 私はまだ覚えきれてない必殺技の構えを取る。

 

「左手に、剣を」

 

 未完成な上に、剣すら持ってない状態で放つ技。

 その威力は本来の力とは比べものにならないくらい弱くなる。

 だけど、調子に乗ったヤンキーをのすくらいなら充分すぎるでしょ。

 

「必殺、奥義もどき」

 

 その一撃は、全てを吹き飛ばした。

 剣も使ってないんだから、その破壊を齎したのは私の闘気の噴出だけ。

 だけど、それだけで地表を抉り、爆風を生み出し、立ち上がろうとしてた取り巻き達と犬猫を吹き飛ばして、そのまま直進した攻撃は、学校を守る耐魔レンガの壁を一部完全に破壊した。

 上級魔術すら軽く超える破壊力。

 局所的には、話に聞いた聖級魔術すら超えるかもしれない。

 けど、もちろん死んだ人はいない。

 

「今の、わざと、外した」

 

 地面にひっくり返って、めくれ上がったスカートを戻す余裕すらなさそうな真っ青な顔で私を見つめてくる犬猫と、その取り巻き達に告げる。

 

「次、絡んできたら、当てる」

 

 そう告げた瞬間、犬猫が泡吹いて気絶した。

 パンツ丸出しのまま。

 それによって取り巻きは戦意喪失。

 逆に、野次馬達は爆発的な歓声を上げた。

 

「すげぇ! あれがアリエル様の忠臣『妖精剣姫』か!」

「あんな化け物まで従えるなんて、やっぱアリエル様すげぇ!」

「「「アリエル様ばんざーい!!」」」

 

 なんか、いつの間にか私じゃなくてアリエル様が褒められる感じになってたけど。

 でも、シャンドルは満足そうにうんうんと頷いていた。

 それでいいのか指導者。

 

 

 後日、あの乱闘に参加した獣族は全員退学となり、特別生ってことで退学を免れた犬猫が私にすり寄ってくるようになった。

 校内を悩ませてた不良がアリエル様配下の私に倒されたことで、更にアリエル様の人気がブースト加速。

 ついでに、「獣族の姫君達をよく従えてくれました」とアリエル様にお礼を言われ、耐魔レンガを壊した件も有耶無耶にしてくれた。

 

 一方、私は後になってから、現在私にすり寄ってきてる犬猫が獣族の姫君、つまり獣族の王族みたいなものだったと知って、遅れて冷や汗を流した。


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