剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
入学から1年半くらい。
アリエル様は生徒会にも是非にと乞われて入り、次の年には生徒会長になって、魔法大学での基盤を盤石のものとした。
獣族の姫君の犬猫こと、リニアとプルセナが従ったことで、王を狙う基盤作りとしてもホクホク。
もっとも、この二人が従ってるのはあくまでも私であって、アリエル様達には未だに敵愾心向けてるんだけどね。
そこは後で姉あたりが調教してくれることを祈ろう。
さて、ここまでくれば、もう姉は大丈夫だ。
少なくとも、アリエル様が準備を整え終わって本格的に政争が始まるまでは、よっぽどのことがない限り大丈夫なはず。
その準備が整うまでに10年以上、最低でも数年はかかるって話なんだから、私が一時離脱できるのは今のうちだけだ。
というわけで、姉とアリエル様達に挨拶してから、政争までには帰ってくることを伝えて、私は両親に会いにミリスへ行くことにした。
師匠の家族の捜索がどうなってるのかの進展も聞いておかなきゃいけないし。
私が不在の間にリニアとプルセナが造反しそうでちょっと怖いけど、まあ、あの二人じゃまず姉には勝てないし、即行で鎮められるのが落ちかな。
「そうですか。寂しくなりますね。では、最後の思い出に情熱的な一夜を過ごしてみませ……」
「政争までには帰ってくるから最後じゃないですごめんなさい」
「あら、残念」
またしてもキャラが壊れる早口返答が無意識に口から出るような背筋が凍ることをアリエル様に言われた。
そんな性女様はほっといて、私は姉と抱き合う。
「エミリー、気をつけてね」
「うん。シルも。あと、ルーデウスのこと、調べとくから、安心して」
「う、うん。お願いね」
ルーデウスの名前を出した途端、姉の顔が赤くなった。
そうなんだよなぁ。
姉は未だにルーデウスにほの字なんだよなぁ。
嘆けばいいのか、ルーデウスが立派な奴に成長してることを祈ればいいのか。
そうして、私と当然のようについてくる気のシャンドルは、アリエル様一行の人達全員に挨拶してから、ミリス大陸に向けて旅立った。
特にシャンドルは、護衛の人達から別れを惜しまれてたよ。
あの人達も元々他流派で中級は持ってて基礎ができてる人達だったから、
だから、シャンドルには特に感謝してるんだろうなぁ。
是非とも別れてる間にもっと頑張って北聖くらいまで成長して、次会った時は私と実りある稽古をしてほしい。
ルークさんは、その、なんていうか、あの人の本業は剣士じゃなくて貴族だから。
魔法大学でも女の子を食べ、もとい情報収集とコネ作りの方を優先してたし。
そんなこんなで、私達は来た時のルートを逆走するように北方大地を進む。
両親や師匠の待つミリス大陸のミリス神聖国は、北方大地から見て世界の反対側だ。
寄り道するつもりはないとはいえ長い旅になりそう。
とはいえ、その間もシャンドルの稽古は続くし、なんなら二人きりな上に、アスラ王国の時と違って姉を探すって目的もないから、過去最高に稽古が激しくなる予感がして退屈の心配はしてないけど。
でも、退屈はしなくてもイベントはない旅になりそうだなぁ。
なんて思ってたら、ラノア王国すら出る前に、イベントが向こうから歩いてきた。
街道の先から二人組の男女が歩いてくる。
一人は変な仮面をつけた黒髪の少女。
顔は隠れてるけど、なんとなく日本人っぽい雰囲気があって、ちょっと懐かしい。
いや、黒髪ってだけならシャンドルもそうなんだけど、なんというか、この少女は物腰が日本人っぽいっていうかね。
この危険な世界で戦闘スキルゼロっぽい感じが。
もう一人は、めっちゃ眼光の鋭い銀髪の男だ。
この人を見た瞬間、私は滅茶苦茶驚いた。
物腰がシャンドルをも超えかねないほど一切隙がなかったからだ。
それに何より、その身に纏う凄まじい闘気だよ!
本当に私達のと同じ闘気なのかと疑うレベルの、とてつもなく練り上げられてるというか、丁寧に丁寧に幾重にも織り込んで作られた、極上の芸術品のごとき闘気。
どこかの流派の秘奥か何かかな?
それによって強化された肉体は、いったいどれほどの高みに到達してるのか想像もつかない。
なんか闘気とは別に変な魔力も見えるけど、多分大量の
こっちの魔力は全身にマジックアイテムを装備した姉やルークさんの魔力と似てるし。
なんにせよ、相当名のある武人と見た。
一分一秒を惜しむほど急いでるわけでもないし、是非とも一手ご指南願いたい。
そう思って、「やあやあ、我こそは」とか言いかけたところで、
「エミリー!!」
「わ!?」
シャンドルに凄い力で肩を掴まれて後ろに下がらされた。
何すんだ!?
と思ったら、シャンドルの横顔に大量の冷や汗が浮かんでるのが見えた。
思わず二度見した。
あのシャンドルが、冷や汗を流していたのだ。
しかも、シャンドルはいつの間にか剣を抜いて臨戦態勢に入っていた。
それを見て、私は目の前の男を名のある武人ではなく、超級の危険人物として認識する。
「む、アレックス・ライバックか。お前はどこにでも現れるな」
「私はシャンドル・フォン・グランドールですよ。それに、どこにでも現れるも何も、あなたとはほぼ初対面のはずですが」
「ああ、すまない。こちらの話だ」
シャンドルは敵意むき出しで銀髪の男を睨みつけてるけど、銀髪の男に敵意は見えない。
んん?
てっきり、シャンドルが敵意むき出しにしてるのは、この銀髪の男が因縁のある敵だからとか、そういう理由だと思ってたんだけど……。
というか、アレックス・ライバックって。
いや、状況的にスルーするしかないんだけどさ。
「知り合いじゃ、ないの?」
「残念ながら知り合いと言えるほどの仲ではないね。知っていれば対策の一つも思い浮かんだかもしれないが」
「じゃあ、なんで、戦おうと、してるの?」
シャンドルは武人だけど、意味もなくこんな殺気を放つ人じゃない。
いくら相手が強くても、敵意もない相手に襲いかかるような人じゃないはずだ。
「あれだけの殺気をぶつけられればね……! 嫌でも戦わざるを得ないよ。できれば仲良くしたいものだが」
「殺気?」
私には警戒はしつつも、自然体で佇んでるように見えるんだけど……。
え? 何?
達人じゃないと感じ取れないような高レベルの殺気でも飛ばしてるの?
「……お前、俺に恐怖を感じていないのか」
ふと、銀髪の男が呟くようにそんなことを言った。
やっぱり、達人にしか感じ取れない殺気とか飛ばしてたの?
でも、それにしては男の表情は、殺気を感じ取れない私を嘲る感じではなく、真剣に何事か思い悩んでる感じだ。
「こんな短期間で例外に二人続けて出会うとはな……。お前、ヒトガミという存在が夢に出てきたことはないか?」
「ヒトガミ? そういえば、そんなのも、出てきた……ッ!?」
簡単な質問だったから簡単な気持ちで返したんだけど、その結果、男から私でも感じられる明確な殺気が噴き出した。
重厚で、強い憎しみと怒りが入り混じってるような、下手するとプレッシャーで息の仕方を忘れてしまいそうになるほどの、強い強い殺気。
それを感じて私は瞬時に剣を抜き、次いで思わず先手を取ろうとして突撃しかけた体を必死で止める。
私の悪い癖だ。
これのせいでギレーヌの時とシャンドルの時、二回もやらかしてる。
だから落ち着け。
迂闊に飛び出しちゃダメ。
落ち着いて、いつ襲いかかられてもいいように身構えつつ、殺気の種類を見分けるんだ。
男は確かに殺気を放ってはいるけど、その殺気が明確に私に向けられてはいない。
つまり、多分この男はヒトガミに対して怒ってるのであって、私をどうこうする気はない……のかなぁ?
ダメだ自信ない。
あと、ついでにシャンドルも私の言葉を聞いて驚いた顔してた。
え?
シャンドルもヒトガミのこと知ってるの?
しまった。
相談しとけば良かった。
最近は存在自体忘れかけてたけど。
「ヒトガミの使徒か。だが、前回のこともある。殺すのは早計か? お前、名前は?」
「……『北王』エミリー」
「その歳で北王か。そうなれるだけの力を与えたのはヒトガミか?」
「違う。ヒトガミは、一回、夢に、出てきた、だけ。言われた、ことにも、逆らった」
「何?」
男の殺気が多少弱まり、何やら困惑するような顔になった。
少し考えてから、男は次の質問をしてくる。
「ヒトガミにどんな助言をされた?」
「紛争地帯で、迂回して、進めって、言われた。
あと、その先で、出会う人、えっと、名前、名前……ビ、ビゴ? とかいう人に、助け、求めろって。
でも、父が、危なかったから、早く、治療する、ために、まっすぐ、進んだ」
「その結果、どうなった?」
「シャンドルに、会って、弟子に、された」
「ほう。その前に何か変わったことはあったか?」
「変わった、こと? 転移事件で、紛争地帯、飛ばされた」
「……転移事件の関係者だったのか。では、紛争地帯に飛ばされてからシャンドルと出会うまでの間に何があった?」
なんか色々聞いてくるなぁ。
まあ、答えないとヤバそうだから答えるけど。
剣士として生きる以上、戦いで死ぬことは覚悟の上だけど、さすがに説明不足だったせいで冤罪で殺されましたなんて無益な死に方を積極的にしたいとは思わないし。
えーと、転移してからシャンドルに出会うまでの間に起こったこと?
あ、そういえば、
「やたら、野盗とか、兵士とかに、襲われた。聖級剣士、何人も、出てきた。あと、青竜、出てきた」
崖っぷち国家三つがなりふり構わず戦ってるバトルロイヤル地帯だったからって、いくらなんでも不運が過ぎるんじゃないかと思ってたあれだ。
あの一帯を抜けて、紛争地帯の他の場所も見た後だとなおのことそう思う。
当時は運命が私達を殺しにきてるとか、何者かの作為を感じるとか思ってたやつだ。
「シャンドルと、会ってから、そういうの、凄い、減った」
「ふむ……」
そこまで聞いて、また男は黙り込んで考え込む。
こっちは判決を待つ被告の気分だ。
しかも、裁判官である銀髪の男の心持ち一つで死刑が言い渡されかねない。
そうなった場合、シャンドルと二人がかりで抗っても高確率で死ぬ気がする。
それくらいの実力差を感じるから。
やがて結論が出たのか、男はまっすぐに私を見据えた。
「お前を測ろう。生かす価値があるのかどうかを」
そう言って、男が戦闘態勢に入る。
何がどうしてそんな結論に至ったの!?
「俺は『龍神』オルステッドだ。行くぞ」
そうして、男はシャンドルすら超える凄まじい速度で襲いかかってきた。
龍神を……七大列強第二位の称号を名乗る男、オルステッドとの突発的な戦いが始まってしまった。
ルーデウスを見逃したことで、同類のエミリーに対する反応がちょっと変わった龍神さんの図。