剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ここが、迷宮……」
翌日、師匠達と共に来た洞窟『転移の迷宮』を前に、私は不気味な何かを感じていた。
単純に迷宮自体の雰囲気のせいでもあるんだけど、それ以上に魔眼の出力が「弱」の状態でも、迷宮から漂う濃密な魔力が普通に見えてしまって、それが転移事件を思い出させてどうにも嫌だ。
でも、嫌だなんて言ってられない。
迷宮は単純な強さじゃ越えられない場所。
そこで索敵に強い魔眼を使わないとかあり得ない。
私は覚悟を決めて、魔眼の出力を「強」に上げた。
「うえっぷ。気持ち、悪い」
「どうしたんですの、エミリー?」
「魔眼、開いたら、色々、
迷宮からは、転移事件の時の極大魔力には及ばないものの、それと似たような感じのする濃密で雑多でぐちゃぐちゃの魔力が渦巻いていた。
長く見てると酔いそう。
「ギレーヌも似たようなこと言ってましたわね。エミリー、魔眼の出力調整はできますの?」
「できる」
「なら、普段は弱くしておきなさい。迷宮の中には魔眼でも見えない罠がありますし、そんな場所で魔眼に頼り切って体力を犠牲にするのはバカげてますわ。魔眼を使うのは要所要所で休み休みに」
「わかった」
お婆ちゃん、アドバイス的確だなーって感心しながら魔眼の出力を弱に戻そうと……する直前に、お婆ちゃんの姿が右眼の視界をかすめた。
出力の上がった状態の魔眼が、初めてお婆ちゃんの姿を映して……
「…………お婆ちゃん、何、その魔力?」
お婆ちゃんの体の奥に、膨大な魔力が渦巻いてるのを見た。
これは単純に魔力総量が多いって感じじゃない。
人間から感じる魔力とは
どっちかというと、迷宮や転移事件の極大魔力に近い感じがする。
何、これ?
「魔力? ああ、わたくしは呪子ですのよ。わたくしから変な魔力を感じるのなら、それは恐らく呪いの魔力ですわ」
「呪子……」
聞いたことある。
確か、オルステッドもそうだって話だ。
生きる上で不便な体質を持った人の総称。
もしかしたら、オルステッドも出力を上げた状態の魔眼で見れば、今のお婆ちゃんみたいに見えてたのかもしれない。
どんな呪いなのかは……聞かない方がいいかな。
お婆ちゃんがちょっと辛そうな顔してるし、話したくなさそうだから。
オルステッドの呪いは常人ならトラウマ不可避のエグいやつだったし、お婆ちゃんだって呪いでトラウマ抱えててもおかしくない。
興味本位で踏み込んじゃダメな領域だと直感した。
私は言われた通り、魔眼の出力を弱に戻して迷宮を見据える。
「よし、行くぞ」
かつて、師匠達の現役時代のパーティー『黒狼の牙』のリーダーだったらしい師匠が出発を宣言し、私達は転移の迷宮の中へと足を踏み入れた。
入るのは、師匠、お婆ちゃん、タルハンドさん、ギースさん、ロキシーさん、ルーデウス、私の7人だ。
父と母、リーリャさん、捜索団の女の人二人(シェラさんとヴェラさんというらしい)は留守番というか、物資調達とかのサポートのために外に残る。
迷宮は通路が狭くて、大人数で行ってもお互いに邪魔になって動けなくなるだけだから、少数精鋭で行くのが基本らしい。
フォーメーションは、斥候のギースさんが先頭。
前衛に剣士の師匠と、細剣と小盾を使う軽戦士のお婆ちゃん。
中衛に鎧を着込んだ魔法戦士のタルハンドさん。
後衛に魔術師のロキシーさんとルーデウス。
そして、最後尾に私という形になった。
これは迷宮初心者の私に、最後尾から迷宮での立ち回り方を見せて教えるためだ。
師匠達はこの迷宮の上層部分は何度も攻略してるらしいので、私なんかいなくても困らない。
だからこそ、私のポンコツを警戒して安全策を取れる。
まあ、剣術以外のことを私が見ただけで実践できるかと言われたら、答えは一切疑問を挟む余地のないノーなんだけど、最悪それでもギリギリ問題ない。
だって、私を抜いても戦力は充分に揃ってるからね。
私が前に出るとしたら、まだ足を踏み入れてない下層で苦戦した場合。
あるいは、迷宮の最奥に必ずいるという、ひときわ強力な魔物、攻略を阻む迷宮の番人『
もっとも、私達の目的はゼニスさんの救出であって迷宮の攻略じゃないから、ゼニスさんが最奥にでもいない限り守護者と戦うことはないだろうけど。
そして、いざ迷宮に突撃。
転移の迷宮はルーデウスの持ってきた攻略本の情報が確かなら、全6層構造。
師匠達が足を踏み入れたのは、第4階層の入り口までらしい。
とはいえ、それはルーデウス達が合流する前、攻略本も戦力もない時期に足止めされてたからだ。
その二つが揃ってからはトントン拍子にきてるらしいので、今回はこのまま最下層まで行けるかもしれないって師匠は言ってた。
まずは第1階層。
ここは大きな蜘蛛と小さな蜘蛛がひしめく、構造としてはアリの巣みたいな場所だった。
アリと言えばファランクスアントを思い出すけど、あれと比べれば、ここの蜘蛛達のなんとお可愛いこと。
師匠とお婆ちゃんに一撃で葬り去られてました。
注意すべきなのは魔物じゃなくて、そこら中に散りばめられてる転移の罠の方。
ギースさんが発見してくれてるけど、うっかり踏めばロキシーさんの二の舞で遭難する。
気をつけなきゃ。
あと気になったんだけど、師匠がいつの間にか二刀流になってた。
一本は昔から使ってる師匠の愛剣だけど、もう一本は迷宮の魔力を浴びることで変質し、変な能力を持つようになった不思議アイテムこと、
マジックアイテム自体は私も何度か見たことがある。
姉がアリエル様の護衛として与えられた装備なんて、全部マジックアイテムだったし。
これは魔眼で見れば一発で判別できる。
変な魔力纏ってるからね。
ただ、今改めて見てみると、どことなくお婆ちゃんの呪いの魔力と似てる気がする……。
で、マジックアイテムはものによって能力が全く違う。
どんな能力が付くかはランダムで、ガラクタ同然の能力が殆どだけど、中には王竜剣もびっくりのチートアイテムがある。
それがマジックアイテムだ。
そして、師匠の新しい剣の能力は『柔らかければ柔らかいものほど斬れず、硬ければ硬いものほど斬れる』という、切れ味逆転の能力。
ハッキリ言ってチートである。クソチートである。
だって、これがあればアレクの王竜剣だろうが、オルステッドの龍聖闘気だろうが斬れるってことでしょ?
世界最強クラスのあの二人に通じる時点で、とんでもないクソチートだよ。
でも、欲しいとは思わない。
シャンドルの教えだ。
強い武器に頼ると強くなれないっていうね。
なんでも斬れる剣に頼れば、より効果的な斬り方を模索することを忘れる。
相手の武器ごと叩き斬れるチートに頼れば、斬り合いを少しでも有利に進めようとする貪欲さを失う。
クソチート頼りのゴリ惜しに慣れてしまえば、それ以上の成長はできなくなる。
そうなったら、いざ魔剣の力が通じない敵に出会った時、私は何もできずに負けるだろう。
だから、あの剣はいらない。
師匠にまだ強くなる気があるなら、後で忠告しとこう。
まあ、今は緊急事態だから、使えるものはガンガン使うべきだとも思うけど。
そんなクソチート武器のことはさて置き。
続いて、第2階層。
ここはさっきの大きい蜘蛛に加えて、鋼鉄の装甲を持つ芋虫が出てきた。
そいつらは芋虫が盾になって、蜘蛛が後ろから糸を飛ばしてくる。
ファランクスアントもそうだったけど、群れる魔物ってなんでか連携が上手いんだよねぇ。
とはいえ、これも師匠達が苦戦するような相手じゃない。
鋼鉄の装甲も、師匠はマジックアイテムの剣を使うまでもなく一撃で真っ二つにしてるし、ルーデウスとロキシーさんが後方から魔術で狙撃するから、後衛の蜘蛛も前衛の芋虫に守られることなく散っていく。
第3階層。
蜘蛛と芋虫に加えて、それを指揮する泥人形みたいなのが追加された。
ルーデウスの狙撃で弱点を撃ち抜かれて死んだ。
弱い。
第4階層。
まだ入り口までしか捜索されてない階層だ。
ここからはアリの巣じゃなくて、石造りの遺跡みたいな感じに変わる。
ここでは蜘蛛と芋虫が消えて、代わりに四本腕の動く鎧が現れた。
なんとこの鎧、魔物のくせに水神流の技を使ってくるのだ。
どこで習った。
でも、まあ、これも敵じゃない。
水神流を使うとはいえ、その練度はせいぜい上級の下位程度。
師匠の敵じゃなかった。
というか、師匠が強い。確実に昔より強い。
総合的に見て聖級の上澄みくらい強いよ。
初めてきたはずの第4階層も、階層中を回ってゼニスさんを探すのに時間をかけただけであっさり突破。
これは戦力以上に攻略本の存在がデカい。
マップが全部攻略本に書かれてるとか、迷宮探索の醍醐味を盛大に潰してやがる。
迷宮探索をエンジョイしにきたわけじゃないから問題ないし、むしろよくやったって感じだけど。
消耗が殆どなかったので、続けて第5階層へ。
ここで泥人形も消えて、代わりに黒くてヌメヌメした気色の悪い魔物が現れる。
ヌメヌメは天井に張りついて奇襲してくるから、視線が上に向いて足下の罠を踏みそうになって厄介だって皆は言ってた。
だけど、ここでようやく私が少し役に立てた。
ヌメヌメが天井から飛び降りて皆のところに到達する前に、剣神流の技を斬撃飛ばしで放って、空中にいるうちに全部真っ二つにしたのだ。
私も一歩も動いてないから、罠を踏む心配もない。
「エミリー、お前強くなりすぎだろ……」
「まるでギレーヌのようじゃな。剣速がやたらと速い」
「北帝のくせに、剣神流使っても強いとか反則だろ……」
「こ、これが北神の相棒の力……!」
「……確かに、これなら俺いらなかったかも」
「さすが、わたくしの孫ですわ!」
……なんだろう。皆褒めてくれたけど、素直に喜べない。
ここまで役立たずだったからかな?
ニートがハロワに行っただけで、就職も決まってないのに凄いって褒められてるような感じ?
結局、ヌメヌメも攻略本に書かれてた、特定の木材を燃やして使うお香の煙を浴びせかけることで、臭いを嫌がって天井から降りて地面で戦うようになったから、私の出番は一回くらいで終わった。
また役立たずに逆戻りである。
そんなわけで、第5階層も突破。
第6階層は鎧も消えてヌメヌメしかいなくなるので、煙無双であっさりとカタがつく。
やるべき作業は、ヌメヌメの巣にあったヌメヌメの卵を破壊していくことくらいだ。
そうして、これにて攻略本に書かれていた全6階層の攻略が終了した。
それはもう、実にあっさりと。
私が魔眼を使うまでもなく余裕で。
だけど、ここまで全ての道を探してきたというのに、ゼニスさんはいない。
なら、残る可能性はただ一つ。
ゼニスさんがいるのは迷宮の最奥、守護者が守る場所だ。
私達は第6階層の一番奥に進み、そこで三つの転移魔法陣を見つけた。
罠として散りばめられてた転移の罠じゃない。
ここまでの道のりでも通ってきた、特定の場所への瞬間移動を可能とする装置である。
「
経験豊富なお婆ちゃんのその言葉。
私が力になれるとすれば、私がベガリットまで来た意味があるとすれば、きっとこの先だ。
私は気を引き締めた。
直後に、特大のトラブルが起きるとも知らずに。