剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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44 VS『守護者』

「一時はどうなることかと思ったが、お前も隅に置けねぇなぁ、ルディよぉ!」

「……父さん、今はマジで勘弁してくれませんか。僕は今、ロキシーにもシルフィにも申し訳なさすぎて死にたい気持ちでいっぱいなので」

「バッカお前! だからこそ妻を二人娶った偉大な先人としてアドバイスをだな……」

 

 ルーデウスとロキシーさんを救出し、ラパンの宿に戻ってきてから一日。

 疲労で寝込んでいた二人が起きてきて、冷静に遭難性活中の自分の行動を思い出してどこまでも落ち込むルーデウスに、師匠が下世話なトークを持ちかけていた。

 その絡み方はどうかと思うよ師匠。

 あと、同じ浮気でも、師匠の性欲の暴走と、ルーデウスの極限状態での支え合いを同列に語るのもどうかと思うよ師匠。

 

「わ、わたしは、妻子のある人になんということを……」

「まあまあ、甲斐性のある男が複数の妻を娶るのはよくある話ですわよ? それに、わたくしやパウロなんて、妻や夫のいる相手を数え切れないくらい食い散らかしてますもの」

「私もロキシー様よりもよほど罪深いしょうもない理由でやってしまったことがあります。私に比べればロキシー様は無罪のようなものです。あまり気を落とさないでください」

「うーーーーー!!」

 

 一方、別のテーブルではお婆ちゃんとリーリャさんがロキシーさんのケアをしていた。

 ルーデウスの方もそうだけど、お酒を飲ませて辛い記憶を吹き飛ばそうとしてるのだ。

 

 ……というか、お婆ちゃんの口からとんでもないセリフが飛び出してきたんだけど?

 ロキシーさんを慰めるための方便……いや、思わず見ちゃった父が苦笑しながら頷いてるからマジっぽい。

 お婆ちゃん……アリエル様の同類だったんだ。

 ちょっとショック。

 もしかして、父との仲がこじれたのもこれが原因かな?

 でも、軽蔑はしないよ。

 師匠も昔は同類だったって聞いてるし、何よりアリエル様というドギツイのによくセクハラされたおかげで慣れちゃったから。

 

 それは置いといてケアの結果だけど……まあ、順調だと思う、多分。

 ルーデウスもロキシーさんも、お互いに悪いことしたって滅茶苦茶落ち込んでるんだけど、逆に言えばお互いへの罪悪感が心の大半を占めてるおかげで、迷宮への恐怖とかまで考えてる余裕がないみたい。

 

「で、ロキシーの体はどうだったよ?」

「……本気で悪いとは思ってるんです。思ってるんですけど……正直興奮しました」

「そうかそうか!」

 

 ルーデウスに至っては、恐怖よりエッチな記憶の方が勝ってる始末だ。

 これならすぐに再チャレンジできそうだなってギースさんが言ってた。

 それはちょっと早すぎるんじゃないかと思ったし、いっそ二人は宿で休んでてもらった方がいいんじゃないかとまで思ったんだけど、

 なんでも迷宮で死にかけた人は、早く入り直さないと二度と迷宮に入れなくなる呪いにかかっちゃうらしい。

 迷宮に入ろうとすると恐怖心でいっぱいになって、何もできなくなるんだって。

 

 それ単純にトラウマになっただけじゃない?

 いや、でも、苦手意識が完全なものになる前に克服させるっていうのは、意外と理にかなってるのかな?

 

 というわけで、再チャレンジは三日後ってことになった。

 遭難前の時点で既に守護者前と思われる場所までは行ってたし、そこから一ヶ月間、最後の罠の先まで捜索してた私達が、今更道中で苦戦することもなく、あっさりと例の転移魔法陣が三つある部屋へと辿り着く。

 

 さあ、ここからまた謎解きの時間だ。

 とはならなかった。

 なんでも、ルーデウスはヌメヌメジュニアに突き飛ばされる前に、ここの正解についての考察が完了してたらしい。

 それを伝えて実践する直前にあんなことがあったわけだけど……。

 謝罪はこの三日で死ぬほどした。

 二度と同じことが起こらないように、近づいてくる奴は跡形も残さず消しちゃらぁ。

 

 そんな私の決意とは裏腹に、今回は何も襲来してこないまま、ルーデウスの謎解きが終わった。

 正解は、床をぶち破ったら出現した隠し階段の先にある、四つ目の転移魔法陣でしたー!

 

 わかるかこんなん!?

 ルーデウスは前に似たような遺跡を見たことがあったから気づいたらしいけど、その前情報がなければどうやって見つければよかったんだろう……。

 私の魔眼の出力を全開にして、分厚い床を貫いて下から漂ってくる魔力に気づけたらワンチャン?

 

 まあ、なんにせよ解けたから万事オッケー。

 隠し階段の先にあった四つ目の転移魔法陣は、これまでの道のりにあった青白い輝きの魔法陣と違って、いかにも不吉って感じの真っ赤な輝きを放っていた。

 念のために私の魔眼で見てみると、色が変なだけで、魔力の練り込まれ方というか、術式っぽいものは今まで見てきた双方向転移の魔法陣と同じだった。

 そして、迷宮攻略経験者達の感覚が、揃ってこの先に守護者がいると言っている。

 

「準備はいいな?」

「バッチリですわ」

「ワシも問題ない」

「わたしも行けます!」

「俺も大丈夫です」

「万全」

「通い詰めた道だからなぁ。皆、今さら変な消耗はしてねぇだろ」

「よし、なら行くぞ!」

 

 全員揃って魔法陣に突撃。

 それを抜けた先は、凄く広い空間だった。

 野球場くらいの広さ、天井も高くて、床は敷き詰められた美術品みたいな綺麗なタイル。

 部屋の隅に太い柱が何本もあって、なんというか、古代の宮殿とか神殿を絵に描いたような場所だと思った。

 

 そして、その宮殿の奥に敵がいた。

 

 ドラゴンだ。

 輝くようなエメラルドグリーンの鱗を持ったドラゴン。

 大きさはかなり大きい。

 因縁の青竜より遥かにデカい。

 そして何よりの特徴は、ずんぐりとした胴体から生える九本の首。

 

「ヒュドラかよ……! 初めて見たぜ……!」

 

 そう呟いたのはギースさんだ。

 戦闘はからっきしだけど、戦闘以外のことなら何でもできるという、私と合体したら究極生命体になれそうなこの人は、しかし戦闘ができないので戦いに参加することはない。

 万が一、私達が全滅した場合に情報を持ち帰る見届け役だ。

 

「いた……!」

 

 師匠がそんな声を上げた。

 その視線はヒュドラに向いていない。

 これだけの大物を無視して、師匠の視線はヒュドラが守る部屋の最奥。

 迷宮の核と言われる魔力結晶に注がれていた。

 

 ヒュドラの鱗と同じ緑色をした、2メートルくらいはあるクリスタルみたいな巨大な魔力結晶。

 その中に封印されるように、その人はいた。

 私に治癒魔術を教えてくれた人。

 修行で傷付く私を、ルーデウスと離れて頑張る姉を、いつも気にかけてくれた優しい人。

 師匠が愛した人。

 

 ゼニスさんがそこにいた。

 

「ゼニス!!」

 

 師匠が走り出す。

 フォーメーションも連携もかなぐり捨てて、ただ一秒でも早くゼニスさんのところに向かうために走る。

 

「バカ野郎! 早まるな!」

 

 ギースさんの声。

 私はそれを聞きながら一気に足に力を込めて加速。

 身体能力の差によって師匠を追い越し、ヒュドラに迫る。

 師の露払いは弟子の仕事だ。

 

「北神流奥義『烈断』!」

 

 人間相手には過剰なくらい巨大で強烈な斬撃を飛ばす北神流の奥義を使う。

 距離が開くほど威力が減衰する斬撃飛ばしによる牽制の一撃だけど、青竜くらいならこの距離からでも倒す自信のある必殺技だ。

 

 それがヒュドラに激突……する前に、ヒィイイイイン! という甲高い音がヒュドラから鳴り響き、魔力眼が見たことのない魔力をヒュドラが全身から放っているのを捉える。

 

 そして、私の烈断は謎の魔力によって威力を大きく減衰させられた。

 ダメージはある。

 胴体には巨大な斬撃の痕が刻まれてる。

 でも、致命傷には程遠いくらい浅い。

 

「「「グォオオオオオオ!!!」」」

 

 ヒュドラの九本の首が群れを成して私に襲いくる。

 デカい。

 けど、遅い!

 水神流の技で全ての首を軽く受け流し、カウンターで何本かの首を飛ばした。

 

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

「静かなる氷人の拳━━『氷霜撃(アイシクルブレイク)』!」

 

 後ろからルーデウスとロキシーさんの援護の魔術が飛んできた。

 二人とも、ファランクスアント戦で共闘した魔術師達を遥かに超える魔術を使ってる。

 でもまた、ヒィイイイイン! という甲高い音と共に謎魔力がヒュドラから放出され、私の烈断と違って二人の魔術は完全に無効化された。

 

「なっ!?」

「魔術が効かない!?」

 

 他の皆が驚いてる間にも私は動き、更に数本の首をはねた。

 だけど、ここで異変。

 なんと、烈断で付けた傷も、斬り飛ばした首も、ヒュドラは己に刻まれたダメージをどんどん再生させていく!

 そういうタイプか!

 

「ゼニスッ!!」

「パウロ! 戻りなさい!」

 

 その間に師匠が魔力結晶の中に閉じ込められたゼニスさんのもとに辿り着き、魔力結晶を斬りつけ始めた。

 でも、魔法大学とかで見かけたやつと違って滅茶苦茶硬いのか、師匠の斬撃ですら魔力結晶には傷一つ付かない。

 ただ、右手の愛剣による攻撃は通ってないけど、左手に持った切れ味逆転の魔剣による斬撃は通ってる。

 通ってはいるんだけど……魔力結晶は凄い速度で修復されて、とてもじゃないけど、あれだけでゼニスさんを引っ張り出せるとは思えなかった。

 

「くそっ!? なんでだよ!?」

「落ち着きなさい! 落ち着きなさいって言ってるでしょう!?」

「へぶっ!?」

 

 一心不乱に魔力結晶を斬りつけていた師匠を、お婆ちゃんが盾でぶん殴って止め、胸ぐらを掴んで何やら説教し始めた。

 その説教で何かしら師匠に響くものがあったのか、師匠は焦ったような顔のままだけど、魔力結晶への攻撃をやめて、私の隣に来て戦い始める。

 だけど、再生していくヒュドラを見て、大きく顔を歪めた。

 

「チィ! エミリー! どうだ!? 押し切れそうか!?」

「できると、思うけど、時間、かかりそう」

 

 多分、再生できないくらい細切れにすれば死ぬと思うんだけど、再生が予想以上に厄介。

 斬って斬って斬り続けて、休まず攻め続ければそのうち押し切れるとは思う。

 魔術が何故か通じないから魔術による援護は望めないけど、師匠と一緒に攻めれば、私が一人で戦うより遥かに時間は短縮できるはずだ。

 

 ただ、今の余裕のない師匠に長時間の戦いをさせるとなるとミスが怖い。

 ヒュドラのパワーは相当高い。

 龍聖闘気もどきがある私なら多分直撃しても死にはしないけど、師匠の闘気だと一発直撃を貰えばそれで昇天だ。

 できれば時間はかけたくない。

 

 そんな都合の良い方法が……あるにはある。

 こっちにもリスクはあるけど、長期戦をやるよりはマシか。

 

「師匠! 皆! 10秒、欲しい! 無防備の、私を、守りながら、10秒! できる!?」

「何か策があるんだな!? 任せろ!」

「10秒くらいなら守り切ってみせますわ!」

「10秒間の護衛か。元Sランク冒険者パーティーに出す依頼としては温いにもほどがあるのう!」

「わ、わたしも微力ながらお守りします!」

「魔術効かないから期待はしないでくれよ!」

 

 ルーデウスだけ弱気だけど、それでも皆と同じくやる気にはなってくれてる。

 これならいける!

 私はゼロ距離から烈断を叩き込んでヒュドラを後退させ、その隙に師匠と一緒に皆のところへ下がった。

 そして、奥の手の発動準備を始める。

 

「「「グルガァアアアアアアアアア!!!」」」

 

 ヒュドラは私を一番の脅威だと判断したのか、他の皆には目もくれず、奥義発動のために動けなくなった私だけをロックオンした。

 ヒュドラの九つの頭が、一斉に大きく息を吸い込む。

 

「ブレスが来ます! 俺の近くに! 『水壁(ウォーターウォール)』!」

「水よ集いて我が身を守れ! ━━『水壁(ウォーターウォール)』!」

 

 ドラゴンの代名詞、獄炎のブレスをヒュドラが放つ。

 九個も頭があるからか、その火力は青竜なんかとは比較にならなかった。

 でも、ルーデウスとロキシーさんが作った滅茶苦茶分厚い水の壁に阻まれ、その炎は私達まで届かない。

 どうやら、ヒュドラの魔術無効は自分がブレスを放ってる時には使えないらしい。

 あるいは、使うと自分のブレスまで消しちゃうのか。

 二人は迷わず防御に魔術を使ってたし、事前にあのヒュドラの情報を少しは持ってたのかもしれない。

 

「右手に、剣を」

 

 それでも、ヒュドラのブレスの方が二人の魔術より強かった。

 水の壁がどんどん蒸発していく。

 でも、全部が蒸発する前にタルハンドさんの魔術が間に合った。

 

「汝の求める所に大いなる大地の加護あらん! 頑強なる盾となり、我が前にそびえ立て! ━━『土壁(アースウォール)』!」

 

 タイルの地面を突き破って出現した土の壁が、ルーデウスとロキシーさんの迎撃で威力の下がったヒュドラのブレスを完全に止めた。

 土の壁はそれで役目を終えて崩壊したけど、むしろ視界が開けた分ラッキー。

 もしかしたら、タルハンドさんがわざと壊したのかもしれない。

 

「左手に、剣を」

 

 ここまでで約5秒。

 ブレスを撃ち終えたヒュドラは、その巨体を使って突進してきた。

 九本の首が伸ばされ、私に食らいつこうとする。

 

「ハァアアアアア!!」

「ぬぉおおおおお!!」

「おおおおおおお!!」

 

 そのうちの一本をお婆ちゃんが盾を使っていなし、一本を鎧を着込んだタルハンドさんが身を呈して逸し、残りの七本を師匠が死力を尽くして受け流した。

 ヒュドラが突撃に使った時間が3秒。

 首を伸ばした一斉攻撃を師匠達に防がれる間に2秒。

 合わせて10秒。

 

 これにて準備は整った。

 

「両の、腕で、齎さん。有りと有る、命を、失わせ、一意の、死を、齎さん」

 

 私は自分から突撃してきたせいで、目と鼻の先まで近づいていたヒュドラのひときわ大きな真ん中の頭に向かってジャンプする。

 剣を大上段に振り上げ、両の腕に限界まで力を込め、闘気を完璧に望む形にコントロールして、━━剣を振り下ろした。

 これまでに二人が使っているのを見た、北神流の極北。

 北神流最強の奥義を。

 

 

「不治瑕北神流奥義『破断』!!」

 

 

 かつて、大英雄北神カールマン二世は、この技を使って最強の竜を討伐したと言われている。

 個体としては全ての竜の中で最強とされる『王竜』。

 その王竜達の王、『王竜王』カジャクトを。

 

 竜の頂点すら葬った技。

 そんな最強の技が、こんなところにいるただの野良ドラゴンを倒せないわけがない。

 

 烈断よりも遥かに大きく強大な斬撃が、ヒュドラを真ん中の頭から縦に引き裂く。

 血しぶきが舞い、ヒュドラの体が二つに分かたれた。

 恐ろしいことに、ヒュドラの傷口はまだうごめいて再生を試みてるけど、例え本来ならその状態からでも復活できる再生力があったとしても、もうヒュドラが再生することはない。

 何故なら、

 

「その太刀にて、負わされし疵、不治なり」

 

 これは最強の竜を葬った一撃にして、不死身と呼ばれる再生力と生命力を持った『不死魔王』をも倒した一撃なのだから。

 この技で負わされた傷は治らない。

 闘気の微細なコントロールにより、特定の波長の闘気の波を攻撃に纏わせることでそうなる。

 

 北神カールマン一世が、不死魔王を倒すために開発した技。

 教えられて覚えるだけでも死ぬほど大変なのに、こんなものをゼロから編み出した北神一世は変態だと思ったよ。

 

 そんな変態的なまでに凄い技によって、ヒュドラは再生できずに生命活動を完全に停止させた。

 それに連動するように、ゼニスさんを閉じ込めていた魔力結晶が砕けて、ゼニスさんが解放される。

 

 こうして、私達は転移の迷宮を攻略し、ゼニスさんを救い出した。


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