剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ゼニスッッ!!」
魔力結晶が砕けた瞬間に師匠がゼニスさんに駆け寄り、抱き起こした。
私達もすぐに師匠の腕に抱かれているゼニスさんの周りに駆け寄る。
ゼニスさんは、生きていた。
意識はないけど呼吸はしてる。
師匠が脈を確認すれば普通にある。
なんか変な魔力纏ってるように見えるけど、体に異変は見当たらない。
つまり、
「良かった! 本当に良かった! やったぞ! 皆生きて助けられたんだ!」
そう!
私達は大切な人を誰一人失うことなく、転移事件を乗り切ったのだ!
父、母、姉。
師匠、ゼニスさん、リーリャさん、ルーデウス、それから私はまだ確認できてないけどノルンちゃんとアイシャちゃん。
転移事件に巻き込まれた大切な人達皆生きてる!
他の被害者の人達には悪いけど、私達にとっての転移事件はこの瞬間、あの大災害に見舞われたにしては最高の結果で幕を閉じた。
他の皆が、ゼニスさんを抱きしめて涙を流す師匠の背中を嬉しそうに叩く。
私も叩いた。
ボキッて音がして焦ったけど、すぐに治癒魔術で治した。
覚えてて良かった治癒魔術。
何故かお婆ちゃんだけはちょっと難しそうな顔してるけど、とにかくハッピーエンドだ! ハッピーエンド!
さあ、帰ろう!
私達は喜色満面の笑みで帰路につく。
全員で父達待機組の皆に朗報を報せて、その後、師匠はリーリャさんと一緒に眠ってるゼニスさんの傍で待機。
ギースさんは目をお金のマークにしながら人を雇って、攻略し終えた迷宮の奥にある大量のマジックアイテムと、砕けた魔力結晶の欠片、それとヒュドラの素材を拾いにいった。
テンションの振り切れたギースさんに呆れた目を向けつつも、護衛としてタルハンドさんが同行。
何故かまだ難しい顔してるお婆ちゃんもそれに加わり、私もやることがないからついていく。
父達待機組の皆は帰路の相談だ。
ルーデウスはロキシーさんを伴ってそっちに加わった。
そんな二人を見て師匠がニヤついてたから、一応はルーデウスの義妹ってことになる私としては複雑な気持ちになったけど……全ての元凶になった身じゃ何も言えない。
まあ、師匠もゼニスさんとリーリャさんの二人を妻にしてるし、シャンドルも奥さんが二人いたらしいし、前世とは価値観が違う世界なんだから、案外すんなり問題解決するかもしれないけど。
「ひゃっほう! 堪んねぇ! 宝の山だぜぇ!」
「落ち着かんか、ギース」
色々と考えてる間に、私達は一度攻略したからか魔物がやけに減った迷宮をもう一回走破して、ヒュドラを倒した部屋の奥、大量のマジックアイテムが無造作に転がる場所に辿り着いた。
ヒュドラを倒した部屋では魔力結晶の欠片を全部拾い終えてるし、ヒュドラ自体の素材も剥ぎ取った。
これ全部売ったらいくらくらいになるんだろう?
そう思ってギースさんに聞いてみると、マジックアイテムの性能とか売り捌き方にもよるけど、少なくともアスラ金貨千枚は余裕で超えるだろうとのことだった。
アスラ金貨っていうのは、世界で一番信用されてる国であるアスラ王国が発行してる通貨の中で一番上のやつだ。
多分だけど、アスラ金貨一枚が日本円換算で10万円くらいだと思う。
それが千枚ってことは……1億円!?
全員で山分けしても、一人頭1千万円弱にはなるよ!?
しかも、
上手く売り捌けば、これだけで一生暮らせるかもしれない。
やばい。
ギースさんじゃないけどテンション上がってきた!
「ふぅ……」
……にも関わらず、私の隣にいる人はテンションが低い。
ずっと難しい顔してる人こと、お婆ちゃんだ。
ため息なんて吐いてる。
何か心配ごとでもあるのかな?
「お婆ちゃん、この前から、どうしたの?」
「……ちょっと気になることがあるだけですわ。杞憂で済めばいいのですけど」
え、何?
私が見落としてるだけで何か不安要素あるの?
そんなこと言われると、お金の山を前にしてもテンション上げられないじゃん。
お宝の山にダイブせんばかりのギースさんが羨ましい。
お婆ちゃんの嫌な予感が的中したのは、それから数日後のことだった。
私がお見舞いにきたタイミングで、ゼニスさんが目を覚ました。
それだけなら朗報だ。
朗報のはずだった。
だけど……
「ゼニス! わかるか? オレだ! パウロだ!」
「…………?」
師匠が呼びかけても、ゼニスさんは反応しなかった。
いや、かすかに首を傾げてるんだけど、それだけ。
それだけの仕草にしたって、夫を前にして首を傾げるのもおかしい。
「ゼニス?」
ゼニスさんはぼーっとした目で師匠を見ていた。
視線のピントが合ってない。
顔も完全なる無表情。
師匠が顔の前で手を振っても、ほっぺをむにーって引っ張ってみても、ごく自然な動作で胸を揉んでみても、全くの無反応。
せいぜい意味のない小さなうめき声を出すくらい。
何をしても、ゼニスさんが人間らしい反応を返すことはなかった。
ゼニスさんは、廃人となっていた。
その後、天国から地獄に突き落とされた師匠が、ショックのあまりゼニスさんのいる部屋に引きこもった。
しばらくそっとしておいた後に、リーリャさんがお見舞いに行ったけど、「もうちょっと、ゼニスと二人にしてくれ」って言われるだけだったって。
「お婆ちゃん、知ってたの?」
「……ゼニスと同じように、迷宮に囚われていた人のことを知っていただけですわ。
もしかしたら、同じ状況でも違う結果になるかもしれないと淡い希望は持っていましたが」
「そっか」
まあ、確率100%なんてこの世にないだろうし、少しでも希望があるなら、あんなに喜んでた師匠を不安にさせるようなことは言い出しづらかったよね。
「それに、パウロがあのタイミングで不安に苛まれたら、ルーデウスとロキシーのことも変に拗れていたかもしれませんし」
ああ、確かにその可能性もあるのか。
妻が廃人になっちゃった父親の前で、二人目の妻になるかもしれない人の話はしづらい。
その結果拗れて、ルーデウスとロキシーさんの心に消えない傷を残したら洒落にならないし。
「その、迷宮の人、どうなったの?」
「数年で自我は戻りましたが、記憶は戻りませんでした。
そして体に呪いをかかえ、呪子となってしまいましたわ。
もっとも、呪いは迷宮に囚われる以前からのものかもしれませんが」
呪子……。
そういえば、ゼニスさんの体から変な魔力が見えたような。
うわぁ、この上更に師匠に追い打ちがかかるかもしれないのか。
お婆ちゃんが師匠に言い淀むのもわかる。
「まあ、呪子は神子と本質的には同じ存在らしいですし、運が良ければゼニスは呪子ではなく神子となった可能性もありますわ。
あるいは、そもそも呪子となっていない可能性も少しは……」
「それはない。ゼニスさんから、お婆ちゃんに、似た魔力、見えた」
「……そうですの」
お婆ちゃんが深々とため息を吐いた。
こんなもの一人で抱え込んでたのか、この人は。
変なところで不器用な人だよ。
とりあえず、その日はお婆ちゃんが潰れるまで飲ませて色々忘れさせた。
次の日、私は師匠とゼニスさんのお見舞いに出向いた。
師匠がリーリャさんに言ったっていう「もうちょっと」の期限は過ぎたと思う。
それに、お婆ちゃんの話を聞いて、早いとこゼニスさんを魔眼出力強で診察するべきだと思った。
私は医者じゃないから、大したことはわからないだろうけど。
ちなみに、同じ呪子ってことで、お婆ちゃんに了承を取った上で比較対象として色々見せてもらった。
結果わかったのは、お婆ちゃんの呪いの中心はお腹というか、子宮ということ。
お婆ちゃんの呪いは「定期的に男と交尾しないと死ぬ呪い」だそうだ。
より正確に言えば「定期的に男の精を受け入れ、子宮にある呪いの魔力を変質させて排泄しないと、魔力が飽和して死ぬ呪い」。
オルステッドといい、呪子はトラウマ不可避の人ばっかりなんだろうか。
そりゃ、そんな呪い持ってたらビッチにもなろうというものだよ。
だけど、今は魔法大学で出会ったという旦那さんが開発した呪いを抑える魔道具のおかげで、かなり呪いが軽減されてるらしい。
確かに、お婆ちゃんの履いてたオムツみたいなものから放出される魔力が、呪いの魔力の働きをある程度阻害してた。
感じとしては、ヒュドラが出してた魔力を無効化する謎魔力に近い感じだ。
こんなもの作るとか、凄い人がいたもんだなぁ。
なんにせよ、その人に頼れば、ゼニスさんが最悪の事態に陥ることはないかもしれない。
「師匠、入るよ」
「……エミリーか」
それを予防線にして、私は師匠とゼニスさんのお見舞いにきた。
師匠はやつれてたけど、意外と落ち着いてる。
一番辛い時期は過ぎたのかな?
いや、油断はすまい。
ひとまず、私は魔眼の出力を強にしてゼニスさんを見た。
「……わかっちゃいるんだ。ゼニスが生きてるだけでも奇跡だって」
そうして私がゼニスさんを見てる中、ふと師匠が話し始めた。
「フィットア領捜索団で、オレは家族を失った奴らを嫌ってほど見てきた。
そいつらに比べればオレは遥かにマシだ。
わかっちゃいるんだが……感情が追いつかねぇ」
師匠は涙をポロポロとこぼしながら胸のうちを、弱音を私に吐いた。
私に気の利いた返しはできない。
私にできるのはせいぜい……客観的に見た結果を伝えることくらいだ。
「師匠、ゼニスさん、怒ってる」
「…………へ?」
「あるいは、嘆いてる? 慰めようと、してる? とにかく、ゼニスさん、何か、言ってる」
「わ、わかるのかエミリー!?」
「わかる。ゼニスさんの、肺と、喉に、魔力、流れてる」
私の魔眼はシャンドルの教えにより、出力調整とピント調整をすることで、相手の体の中だけをより詳細に見ることもできる。
それによって今、ゼニスさんの肺と喉に魔力を、闘気に至れていない微弱な魔力が流れてるのを感知した。
これは何か言葉を出してる時の反応だ。
この闘気もどきは、多分鍛えれば闘気になる闘気のもとみたいな魔力。
当然闘気と同じで、力を込めようとすればその箇所に移動する。
まあ、ゼニスさんの場合、まともに力が入ってないからか微弱すぎて、魔眼出力最大の状態で、かつゼニスさんだけに注視してないと見えないけど。
でも、確かに魔力は流れた。
そして、ゼニスさんの呪いの中心は頭だ。
もしかしたら、呪いの魔力で脳が機能不全にでも陥ってて、それで声とかが上手く出せないのかもしれない。
あるいは単純にそういう呪いなのか。
さすがに、そこまでは私じゃわからない。
この場で師匠に追い討ちをかける気もないから、ここで言うつもりもない。
後でルーデウスかお婆ちゃんあたりに話して、そっちで何とかしてもらうつもりだ。
ただ、
「喉の、魔力、意味のない、声じゃない。弱いけど、言葉と、同じ、意味のある、魔力の、流れ」
「ゼニス……」
師匠が唐突にゼニスさんの胸を揉んだ。
何故に今?
あ。
「腕、魔力、流れた。っていうか、動いてる」
ゆるゆると、凄く緩慢な動作だけど、ゼニスさんの右腕が動いていた。
そのまま腕は振り抜かれて、ペチンという弱々しいビンタが師匠の頬に炸裂する。
数日経って、少しは体が動くようになったのかもしれない。
なんにしても、ゼニスさんは
「ゼニス!」
師匠がゼニスさんを強く抱きしめる。
ゼニスさんものろのろと腕を動かして、ゆっくりと時間をかけて師匠の背中に腕を回した。
どこまでわかってやってるのかはわからない。
お婆ちゃんの言う通り、記憶は全損してるのかもしれない。
でも、師匠にはそれでも充分だったんだと思う。
もちろん納得もしてないし、満足もしてないし、必死で治療法を探すだろうけど、少なくともこの瞬間、前を向くには今ので充分すぎた。
「師匠、帰ろう」
「ああ……! そうだな、帰ろう……! 皆で……!」
ハッキリとした意思を感じる声でそう言って、師匠はしばらくゼニスさんを抱きしめながら泣き続けた。
これ以上、二人の時間に踏み込むのは野暮だと思った私は、師匠をゼニスさんに任せて部屋を出る。
最後に見た時、ゼニスさんが、ほんの僅かに微笑んでいたような気がした。