剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ああ、楽しい!」
「この! このッ!!」
「やっぱり強い……!」
「こんな子がいるなんて、世界は広いですね……!」
剣の聖地に来て二日目。
私は今、前世も含めて人生で一番充実した時間を過ごしていた。
あのお祭り騒ぎの後、私は道場破りに来たわけじゃなくて修行に来たんだとガルさんの誤解を解いたんだけど、
そうしたら、なんか正式に客人として迎え入れられて、初日にガルさんから『剣王』の認可を、レイダさんからは『水王』の認可を貰った。
もう既にそれくらいのレベルには到達してるというのが二人の見立てだ。
総合力では神級の一番下にギリギリ指が引っかかってるくらいだってさ。
大分成長できてて嬉しいけど、まだまだ上がいて登りがいがある。
でも、門下生の皆さん(特に剣聖の人達)からは「外様の子供に剣王の称号を与えるなんて……!」と反発が凄かったんだけど、ガルさんに「じゃあ、てめぇら剣神流だけ使ったこいつに勝てるのか? 束になっても無理だろ?」と一喝されて黙らされてた。
剣士の世界は強さこそ正義。
悔しかったら強くなれってことらしい。
まあ、当たり前のことだね。
とはいえ、認可を貰っても私が三大流派全てに浮気するほぼ我流の外様であることに変わりはないから門下生扱いはされない。
ガルさんは剣王以上になった門下生に『剣神七本剣』のどれか一つを与えるって決めてたみたいなんだけど、もちろん、それも貰えない。
あと、私が剣神や水神になる条件を満たしたとしても、ガルさんやレイダさんの跡を継いで次代剣神や次代水神を名乗ることもできない。
剣神や水神は流派を預かる長の称号だからね。
他の流派をガンガン使う上に、門下生を教えるつもりもない奴が名乗っていい称号じゃないと思う。
唯一、北神だけは色々と自由な感じがするからいけなくもなさそうな気がしてるけど、ぶっちゃけ貰えるとしてもいらないかな。
カッコ良い称号というか、異名なら『妖精剣姫』っていう気に入ってるのを既に持ってるから。
で、そうして客人として迎え入れられた後、初日は疲労困憊の体を引きずってギレーヌのところに泊まった。
久しぶりに会った知り合いだし、何よりギレーヌは師匠達の昔の仲間だ。
転移事件の顛末と今の師匠達、特にゼニスさんの現状を報せておきたかった。
この片言のせいで進みの遅い私の言葉をちゃんと最後まで聞いてくれたギレーヌは、ゼニスさんの現状を知って「そうか……」と悲しそうに言った。
そして、機会があれば一度シャリーアに行って、師匠とゼニスさん、それとお婆ちゃんに会ってくるとも言ってくれた。
また皆で仲良くやってほしい。
二日目。つまり今日。
私は朝からガルさんとレイダさんのところへ稽古の申し込みに行ったんだけど、ガルさんは昨日散々はしゃいだからしばらくはいいやと自由なことを言い出し、そもそも「再挑戦するなら、もっと強くなってから来やがれ」と言われ、レイダさんに至っては老体で無茶しすぎて体の節々が痛いとか言われた。
レイダさんの体は治癒魔術で治したけど、さすがに連日若者に付き合ってやるほどの気力も体力も無いだってさ。
ただ、代わりに二人は別の修行相手を紹介してくれた。
それが今戦ってる三人。
お嬢様こと『剣聖』エリス・グレイラット。
ガルさんの娘さんである『剣聖』ニナ・ファリオン。
レイダさんのお孫さんらしい『水王』イゾルテ・クルーエル。
この剣術三人娘だった。
この三人は、かなり強い。
水王のイゾルテさんは言うまでもなく、残りの二人もイゾルテさんと互角くらいだ。
なんで剣王になってないのかわかんないくらい、他の聖級とは一線を画してる。
つまり、全員が実質王級。
凄いよ剣の聖地!
ここまで質の高い稽古相手と気軽に戦えるなんて!
ここが楽園か!? そうだよ!!
ただまあ、
「よ」
「うぐっ!?」
私のフェイントに引っかかって背後を取られたイゾルテさんの頭に後ろから一発。
水神流はフェイントに弱いから引っかからないように徹底的に稽古を積むんだけど、それだって必死に守り続けてるところに何度も何度も虚実を織り交ぜて攻めていけば、いずれ限界が来て切り崩せる。
使ってるのは訓練用の木刀だけど、なんか剣の聖地の木刀は中に鉄でも入ってるのか重くて、当たるとかなり痛い。
タンコブくらいはできてるだろうし、何より実戦なら死んでるダメージなので、ここでイゾルテさんは脱落だ。
「くっ!?」
そして、水神流の技で盾役を一手に担ってたイゾルテさんが倒れれば、残る二人は裸同然。
ニナさんの光の太刀を同じ光の太刀で迎撃。
剣神流奥義『光返し』!
魔力眼に焼き付いたギレーヌの動きを反芻して鍛え続けてきた私は、実質ギレーヌの教えを長年受けてきたのと同じ!
剣神流王級の認可を貰ったのは伊達じゃないのだ!
光の太刀の打ち合いは、速度で勝る私の攻撃がニナさんの手首を砕く結果に終わった。
「ガァアアアアアア!!!」
そこに最後の一人が踊りかかる。
ニナさんより速いお嬢様だ。
私が光の太刀を放った直後、攻撃直後の隙を狙ってる。
ただ、私は常に隙を突いた光の太刀とかが飛んでこないような位置取りをし続けてた。
今だって同じだ。
そのまま光の太刀を放てばニナさんにも当たる。
だけど、お嬢様は全く躊躇しない。
ニナさんごと私を両断せんばかりの勢いで、剣を振り上げた。
「ちょ!? エリス!?」
「『
このままだとニナさんが可哀想なので、私はお嬢様の顔に向かって無詠唱の初級火魔術を放った。
攻撃用というより、サバイバルの時とかに、狩ったお肉を焼く用の魔術だ。
火力はあんまりない。
でも、そんなのでも顔に飛んできたら、避けるなり迎撃するなりしないといけない。
お嬢様が火の球を斬り裂く。
ニナさんを斬りそうだった攻撃をそっちに使った。
そして、私は火の球がお嬢様の視界を塞いだ一瞬の間にジャンプ。
お嬢様の視界から外れ、どこ行ったのかと一瞬困惑するお嬢様に向かって、上空から強襲した。
「北神流『滑り雪崩』」
「うぎゃっ!?」
なんか、昔もこの技でお嬢様を沈めたことがあるような気がする。
最後に、右手首を砕かれただけで、頑張ればまだ戦闘可能だったニナさんの首に木刀を突きつけて「まいった」と言わせ、三人娘との戦いは終了した。
強いと言っても、王級下位。
北帝として、そう簡単にはやられんよ。
やられたら、帝級の認可をくれたシャンドルの顔を潰しちゃうからね。
それでも決着までにそれなりの時間がかかった激闘、良い勝負だった。
その後、皆の傷を治してから何度も何度も戦ってるうちに三人の体力が切れ、それでも私への殺気が一切衰えなかったお嬢様は念入りに足腰立たなくした後、私達はさっきの戦いでの反省点や改善点、気づいたことなんかを話し合った。
お嬢様はぶっ倒れながら、むすっとした顔で黙り込んでたけど。
なんでも、ちょっと前からこういう話し合いをするようになったらしい。
私より少し前に剣の聖地に招かれたイゾルテさんが、初日にお嬢様を倒して、逆に相性差によってニナさんにやられて、そのニナさんはお嬢様に勝てなくて。
そんな奇妙な三竦みを面白がったガルさんが、三人をくっつけて修行させてたんだって。
で、終わった後はいつもこうしてたらしいので、今日は私もそれに参加させてもらったというわけだ。
でも、女三人寄ればかしましいと言うべきか。
話は段々さっきまでの戦いの話から、お互いの来歴とかを語り合うトークへと変わっていった。
「え!? エミリーって17歳なの!?」
「13歳くらいだと思ってました……」
「エルフってそういう感じなのね。でも良かったわ。さすがに13歳で北帝なんて言われたら自信無くすところだったけど、17歳で北帝なら別に…………いや、待って。やっぱりおかしいから!」
ニナさんが一人でノリツッコミみたいなことしてる。
面白い人だなぁ。
もうちょっとからかってみたくなる。
「ちなみに、北帝に、なったの、12歳の、頃」
「おかしい! やっぱりおかしいわよこの子! 12歳っていったら、ジノが最年少の剣聖になったって騒がれてた頃よ!? その頃に既に帝級ってどういうこと!?」
ニナさんが叫ぶ。
期待通りの良い反応だ。
一方、イゾルデさんの方は口に手を当てて何事か考え込んでいた。
「凄まじい成長速度ですね。何か秘訣とかあるんですか?」
「師匠に、めっちゃ、恵まれた」
「師匠ですか。どんな方だったんですか?」
それを聞かれて私は口元がニヤついた。
待ってました! って気分だ。
今まであんまり師匠自慢する機会がなかったからね。
主にこの片言のせいで! 片言のせいで!
「最初の、師匠は、パウロ・グレイラット。三大流派、全部使う、凄い人」
「ああ、それであなたは三大流派全てに造詣が深いんですね」
「エミリーの基礎を作り上げた人かぁ……いつか手合わせしてみたいなぁ」
イゾルテさんとニナさんが、まだ見ぬ師匠の姿を思い浮かべて称賛と畏怖をしてるみたいな顔になった。
ハッハッハ!
そうだよ!
ウチの師匠は凄いんだよ!
逆に、なんかお嬢様は苦々しい顔してたけど。
あれ?
お嬢様と師匠って面識あったっけ?
一応、領主様が師匠の親戚って話だったから、血縁関係はあるんだろうけど……。
まあ、今はいいや。
「次の、先生は、シャンドル・フォン・グランドール。北神流の、達人」
「聞いたことない名前ね。いや、それ言うならさっきのパウロって人もそうだけど」
「強いんですか?」
「強い。今でも、あんまり、勝てる気、しない」
「どんだけよ!?」
「多分、ガルさんと、互角か、ちょっと上?」
「どんだけよ!? それ絶対北神クラスじゃない!?」
お、ニナさん正解。
まあ、シャンドルは正体隠してたから言わないけど。
ガバガバの隠し方だったし、隠してる理由も多分しょうもないことだと思うけど、それでも先生の意を汲んであげる優しい弟子に感謝せよ。
「ふん! あんたの師匠が誰かなんて興味ないわ。それより体力戻ったんだから、次やるわよ」
そう言って立ち上がったのはお嬢様だ。
体力回復したって言ってるわりに、足腰が生まれたての子鹿みたいに震えてますけど?
「お嬢様……」
「その呼び方で呼ぶんじゃないわよ。私はもうボレアスの名前は捨ててるわ」
「そっか。じゃあ、エリスさん。なんで、そんなに、必死?」
頑張ることは良いことだけど、心身を壊しかねないオーバートレーニングはどうかと思う。
そこまでして私に勝ちたいか。
勝ちたいんだろうなぁ。
私だってアレクに負け続けた時とかめっちゃ悔しかったし。
人のことは言えない。
「決まってるでしょ。そうしないと『龍神』を斬れないからよ」
「へ?」
「私はオルステッドを斬るの。ルーデウスと一緒に」
え?
待って。
ちょっと待って。
予想外の答えが返ってきた。
どういうこと!?
理解が追いつかないよ!?
何がどうしてそうなったのか知らないけど、オルステッドに挑むってこと自体は、まあいい。
私だって、いつかは超えたいと思ってるし。
でも、ルーデウスと一緒に。
これがわからない。
義兄よ、いつからそんな壮大な目標を掲げた?
「落ち着きなさいよエリス。そもそも、オルステッドもルーデウスもエミリーは知らないんだから、混乱してるわよ」
「ううん。その二人は、知ってる。ルーデウスは、一応、幼馴染」
「え!?」
ニナさんが驚いてる。
この人にとってのルーデウスの立ち位置がわからない。
「あ、でもそっか。エリスをお嬢様って呼んでたし、昔からの知り合いならルーデウスとも接点あるわよね」
「待ってください。ちょっと話についていけないです。私はルーデウスという人のことどころか、エリスがお嬢様と呼ばれるような人種だったことすら初耳なんですが……」
「ああ、そういえばイゾルテにはまだ話してなかったっけ。エリス、話しちゃっていい?」
「ふん。好きにすればいいわ」
お嬢様改めエリスさんに一応の了解を取って、ニナさんが色々説明し始めた。
「まず、ルーデウスっていうのはエリスの恋人よ」
ホワッツ!?
いきなり脳が破壊される情報が飛び出してきたぞ!
浮気か?
浮気なのか?
またなのか!?
驚きすぎてフリーズして、逆に何も反応できなかったよ!
「エ、エリスに恋人なんていたんですか!?」
「いたのよ。私も初めて知った時は驚愕したわ。なんでも、小さい頃から一緒に育って、魔大陸から一緒に旅をして、故郷に戻った時に結ばれたとか」
どういうことぞ!?
混乱しまくる私を見て隙だらけだと思ったのか、空気も読まずに襲いかかってきたお嬢様に、脳細胞がシェイクされてるせいで苦戦しながらも、私は考えた。
無い頭をフル回転させて考えた。
お嬢様、じゃなくてエリスさんがルーデウスと一緒に魔大陸に転移したことは知ってる。
フィットア領に帰ってきた時に別れたのも知ってる。
でも、ルーデウスはその時のことを話したくなさそうに濁してた。
明らかに何か辛いことがあった感じの反応だったよあれは。
なのに、ニナさんはエリスさんがルーデウスの恋人だと言う。
エリスさんもそれにツッコミを入れない。
なんだろうねこれ……。
なんなんだろうねこれ……。
何があったのか知らないけど、二人の関係は本人達も知らないところでこんがらがってるような気がする。
これって私が迂闊に突っついていい問題なのかな?
だって、ルーデウスって既に結婚どころか重婚してるんだよ?
そして、エリスさんの私に対する好感度は地を這ってるんだよ?
しかも、エリスさんって昔から話の通じない狂犬だよ?
そんな人が、嫌いな奴から最悪な情報を伝えられたらどうなると思う?
答えは暴れるだ。
ポンコツな私でもわかる。
最悪の場合、そのままの勢いで狂犬がシャリーアに襲来してグレイラット家崩壊の未来まで見えた。
実現しそうで怖い……。
ど、どどどどどうしよう!?
私はどうすればいいんだ!?
グレイラット家の命運が私の行動にかかってるかもしれないとか、ポンコツには荷が重すぎるよ!
と、とりあえず、しばらく狂犬はそっとしとこうかな……。
刺激さえしなければ即座に爆発はしないはず。
そして、近いうちにシャリーアに戻ってルーデウスにこの件を報告しよう。
手紙も出しとかないと。
私の手紙は字が汚すぎて、情報伝達に齟齬が出そうってシャンドルにも姉にも言われたけど、伝えられる最低限の情報だけでも早いとこ伝えておいた方がよさそうだから。
その情報で、なんとか家庭崩壊を避ける作戦をひねり出してくれ!
頼んだぞ、ルーデウス!
自分で撒いた種っぽいし、ちゃんと責任取ってくれ!
そんなことを思いながら、私はエリスさんをボコボコにした。
雑念まみれだったからか、一発いいのをもらってしまった。
痛い。
後日……
手紙を運ぶ冒険者「ぐはぁーーー!?」
ヒトガミ「よっし、握り潰した」