剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
オルステッドを待ち伏せして数日。
近いうちに現れるとは思うけど、どのタイミングで来るかはわからない。
そんな状況でも気分屋のガルさんの調子が最高潮で維持されてるのはありがたい。
オルステッドに対して相当こだわりがあると見える。
そうしてるうちに、索敵のために出力を上げていた私の魔眼に、見覚えのある力強い魔力が映った。
「来た」
「いよいよか!」
「お、落ち着いてください。まだです……!」
ルーデウスが緊張で若干どもってる。
そんなことしてるうちに、誘導地点からもの凄い煙が上がった。
ルーデウスが仕掛けた罠の一つ、転移の迷宮から持ち出したマジックアイテム、蓋を開けると凄い煙の出る箱のマジックアイテムの効果だ。
あれが発動したってことは、オルステッドがあの箱を開けたってこと。
それを認識したルーデウスは、オルステッドの視界が塞がった隙に即座に魔術を発動し、あらかじめ空に作っておいた雲を利用して巨大な雷雲を生成。
かつて幼少期にロキシーさんより教わったという水聖級魔術『
更にその雷雲を一点に凝縮し、電気エネルギーの塊となった一筋の雷光を、煙の発生地点に向けて落とした。
「『
とんでもない雷撃がオルステッド目掛けて降り注いだ。
ピ○チュウの10万ボルトなんて比較にもならない。
私の破断にすら匹敵しかねない圧倒的な破壊力。
これがルーデウスの
術者の差なのか、魔法大学の校長に見せてもらった風王級魔術より遥かに強い。
「まだ!」
だけど、これでオルステッドを倒せてるとは思えない。
あのくらいならレイダさんでも受け流せると思う。
というか、私でも受け流せる。
ノーダメージとはいかないだろうけどね。
いくら不意を突いたとはいえ、その程度の攻撃でオルステッドが死ぬわけない。
ルーデウスはもう一回
広範囲の空を覆う雷雲から滝のような大雨が降り注ぐ。
そして、雨は凄い勢いで凍りついていった。
超大規模な氷の魔術。
それがあっという間にオルステッドを閉じ込める氷山を作り出した。
ルーデウスの攻撃はまだ終わらない。
今度は空中に巨大な岩を生成。
それを氷山に向かって隕石のごとく落下させた。
地面が揺れる。
轟音と衝撃波がかなり離れてるここまで届き、体重の軽い私は吹っ飛ばされそうになった。
氷山は砕け散り、地面にはあれだけ巨大だった岩石の大部分がめり込んでる。
これだけ食らえばガルさんでも死ぬと思う。
実際、ガルさんはルーデウスをチラッと見て、自分だったら今のをどう乗り越えるか的なことを考えてる顔した後、ボソッと「使われる前に斬りゃいいか」とか呟いてたし。
だけど、相手はガルさんじゃなくてオルステッド。
攻撃力特化の剣神ではなく、全てが規格外の龍神だ。
地面にめり込んだ岩石が砕けた。
「ひぃぅ!?」
「ッ……!」
そして、恐ろしいほどの殺気がこの距離まで届く。
ルーデウスは情けない悲鳴を上げ、呪いの効果と昔のトラウマを併発してると思われるガルさんは、好戦的な笑みを浮かべつつもびっしょりと冷や汗をかいてる。
私もゴクリと息を呑んだ。
心臓の鼓動が高鳴る。
これは武者震いの類か、それとも恐怖か。
「ま、まだだ!」
ルーデウスが魔導鎧に乗り込みつつ、鎧越しに杖を持って更なる魔術を放った。
核爆発を思わせる、超大規模な爆発の魔術。
閃光と爆風が周囲を吹き飛ばし、余波で吹き飛ばされそうになるのを避けるためだけにガルさんが爆風を斬り裂いた。
これだけ食らえば私でもただじゃ済まない。
でも、オルステッドは止まらない。
魔眼に映るオルステッドの魔力は、私の全力疾走の何倍もの速さでこっちに向かってきていた。
ルーデウスがガトリングを構える。
ガルさんが魔剣喉笛を構える。
私も自分の剣を構えた。
そして、オルステッドが遂に私達の視界に映る距離に現れた。
「撃ち抜けぇぇぇええええ!!!」
ルーデウスがガトリングの起動音声を口にする。
魔道具は命令を忠実に守って主の魔力を吸い上げ、剣聖の光の太刀を軽く超える速度と、剣帝の光の太刀にすら匹敵する威力の
「二人とも! よろしくお願いします!」
「おうよ!」
「任された!」
そんなルーデウスに続いて、私とガルさんがガトリングの射線を遮らないように、両サイドからオルステッドに接近。
オルステッドは
「ガル・ファリオンか。こんなところで貴様が俺の前に現れるとはな」
「おう、現れてやったぜ! 昔会った時に始末しときゃ良かったって後悔しながら死ねや!」
ガルさんがオルステッドに光の太刀を放つ。
戦いの前、ガルさんは自分が持ってる限りのオルステッドの情報と、自分なりに考えた攻略法を私達に教えてくれたけど、その中には「絶対先に手を出すな。カウンターの水神流で殺される」っていうのもあった。
ただし、それは自分一人で挑んでる場合の話だ。
今のオルステッドは、ルーデウスの魔術を避けるために多少体勢が崩れてる。
そこにガルさんが飛びかかったのだ。
ルーデウスはガルさんを巻き込まないように一時的にガトリングを停止させ、ガルさんの光の太刀とオルステッドの水神流がぶつかった。
結果はガルさんの敗北。
ガルさんの一撃は完璧に受け流され、返す刀ならぬ返す手刀がガルさんを襲う。
「ハァ!!」
でも、ここには私もいるのだ。
剣神の光の太刀を受け流し、あまつさえカウンターを放とうとしてる今、私に割けるリソースはそんなに多くないはず。
ガルさんが斬り込んで崩したオルステッドの僅かな綻びを狙いすますように、背後から私の光の太刀がオルステッドに迫る。
「ふん」
でも、オルステッドはそれすら容易く受け流そうとして……
「何っ!?」
驚愕に目を見開いた。
何故か?
それは私の斬撃を受け流そうとして、刃に触れたオルステッドの指が斬り飛ばされて宙を舞ったからだ。
鉄壁の龍聖闘気を、まるで豆腐のように斬り裂いて。
その斬撃の正体は、脇構えの構えで体の後ろに隠してた、師匠に託されたこの剣だ。
迷宮都市ラパンで手に入れたという、硬ければ硬いものほど斬り裂く、切れ味逆転の魔剣。
初めて見た時からオルステッドにも通じそうだと思ったクソチート武器。
強すぎる武器に頼るのは私のポリシーに反するけど、オルステッドとの力の差はこれくらいの反則がないと埋められないと判断した。
そんな反則武器を使ったとしても、剣の腹に手を添えて受け流されてればこうはならなかったと思う。
だけど、さすがにガルさんに意識が向いたところに剣帝級の光の太刀が飛んできたら、そこまでジャストタイミングの受け流しはできなかったらしい。
あるいは龍聖闘気があるから刃に触れても問題ないと判断したかのどっちか。
後者の方が可能性高そう。
それでも、指を犠牲に受け流し自体は成功した。
頭の先から真っ二つにするはずだった一撃は軌道を変えられ、指一本斬り飛ばしただけで『初見』というアドバンテージは失われてしまう。
二度目はこう簡単には決まらない。
しかも、オルステッドは予想外のダメージを受けてもすぐに動いた。
オルステッドが指を失いながら私の攻撃を受け流したのは左手。
その左手を腰に引き、体を回転させながら反対の右手を貫手の形に変えて私を貫こうとしてくる。
こっちは光の太刀を受け流された直後。
私の受け流しは間に合わない。
「おらぁ!」
「『
でも、そんなことをすれば私の反対側にいるガルさんのいい的だ。
更にルーデウスも私を守るべく、私達にも当たるガトリングではなく単発の
ルーデウスには他者の眼を魔眼に変えられるという魔界大帝に貰った『予見眼』っていう、ほんの少し先の未来を見る魔眼があるからか、この速度の戦いにもなんとか援護を挟めていた。
オルステッドはその二つの攻撃を甘んじて受ける。
ビックリした。
オルステッドの技量なら防御くらい容易かったはずだ。
だけど、結果としてガルさんの光の太刀が背中を斬りつけ、ルーデウスの
完璧な龍聖闘気のせいで全然深手にはなってないけど、それでも確かなダメージが世界最強の男に刻まれた。
これはどういうことか?
決まってる。
オルステッドは多少のダメージ覚悟で、私を真っ先に仕留めることを優先したってことだよ!
「うぐっ!?」
オルステッドの貫手が私を打ち抜く。
この戦いのためにルーデウスに作って貰った、魔導鎧と同じ材質の胸鎧が砕けた。
同じ材質ではあっても、大量の魔法陣とルーデウスの膨大な魔力で防御力を上げてる魔導鎧に比べれば、この鎧は脆い。
オルステッドの攻撃には耐えられない。
でも、そこまでだった。
オルステッドの貫手は鎧を砕いたところで、私の薄い胸を貫けずに肩口の方に滑っていって逸れた。
左胸から左肩にかけて大きく裂かれたけど、見た目の割に傷は浅い。
かなり上達してきた龍聖闘気もどきに守られし私の薄い胸部装甲の防御力はアーマードルーデウスすら遥かに超えるのだ!
って、誰が薄い胸だ!
「硬い……!?」
誰の胸が硬いだ!?
私は踏ん張って吹き飛ばされないように耐えながら、怒りを込めた二撃目の光の太刀を振るった。
避けられた。
オルステッドは横に飛んで私とガルさんの間合いから外れたのだ。
そこにルーデウスがガトリングを撃ち込もうとして……
「「「ッ!?」」」
私達全員の動きが止まった。
オルステッドから不吉極まりない殺気が噴き出し、今攻めれば殺されると本能が叫んで、体が勝手に攻撃ではなく防御の構えを選択する。
でも、私は即座にその殺気の正体を察した。
北神流『迷剣』
私がガルさんとの戦いで使った攻撃を誘う技『誘剣』の対となる、敵に攻めるべきではないと思わせて窮地を脱する技。
知ってたのに動けなかった。
既知の技で私の動きを止めるほど、オルステッドの技の精度が凄い。
参考になる。
いや、この隙に斬り落とした指も、ルーデウスの魔術で与えた傷も、さっき甘んじて受けたダメージも全部治癒魔術で治されちゃったから、そんなこと言ってる場合じゃないんだけどさ。
「……貴様は確か、エミリーだったな。少し見ないうちにかなり強くなっている。その上、龍聖闘気の模倣まで習得しているとは驚いたが……その力を使い、ナナホシに託したマジックアイテムまで使って俺を殺しにくるとは、どういうつもりだ?」
「私だって、不本意。でも、ヒトガミに、脅されてるから、仕方なく」
「何?」
オルステッドが怖い顔で目を細めた。
それはどういう気持ちの顔ですか?
「脅されている? 貴様の意思ではないのか?」
「恨みも、敵意もない、相手を、殺したいわけ、ない。でも、やらないと、ヒトガミが、ルーデウスごと、私の、大切な、人も、殺すと、思うから」
「ルーデウス? それはどういう……」
「あーあーあー! さっきから、ごちゃごちゃうるせぇぞ、てめぇら!」
と、そこで私とオルステッドの会話をガルさんが遮った。
「言いてぇことがあんなら、斬り殺した後でお互いの死体に向かって言いやがれ! 今は殺し合いの途中だろうが!」
「……確かに。それも、そう」
どうせヒトガミへの裏切りは不可能なんだし、やるっきゃないのは変わらない。
言い訳は無しだ。
被害者ヅラもしない。
結局、私達は自分の都合でオルステッドを殺しにきた加害者なんだから。
でも、せっかくできた会話の時間ってことで、私は最後にオルステッドに向けて、決闘のしきたりとも言える名乗り上げを行った。
「私は、『妖精剣姫』エミリー。『龍神』オルステッドに、決闘を、申し込む。どっちが、勝っても、恨みっこなし」
まあ、オルステッドは完全にとばっちりで殺されかけてるんだし、もし死んだら恨まれるに決まってるか。
でも、私の方はそういう覚悟だ。
そういう覚悟でオルステッドに向かっていく。
負けて死んで恨むとすれば、自分の至らなさとヒトガミだけだ。
「いざ」
私はガルさんと共に、再び地面を蹴った。