剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
アスラ王国への密入国ルートは、なんと大昔に赤竜山脈の中に掘られたらしい人工のトンネルを通るルートだった。
赤竜山脈といえばあれだ。
中央大陸を南部、西部、北部で分断してる巨大な山々で、赤竜の大群が住み着いてるせいで通行不能になってる場所。
昔は七大列強なら通れると思ってたけど、シャンドルでも多分無理って言ってたし、シャンドルが無理ならガルさんやアレクでも無理だろう。
赤竜山脈を普通に登って通過できるのは、オルステッドみたいな列強上位の真の化け物だけってことだ。
具体的に言うと、四位以上。
列強四位の『魔神』ラプラスと、五位の『死神』ランドルフの間には越えられない壁があるらしい。
ガルさんがマジモードオルステッドに瞬殺されたみたいに、列強上位は皆、列強下位をワンパンできるくらい強いんだろうね。
十二○月の上弦と下弦みたいなものだ。
いつかは超えてやる!
そんな上弦、じゃなくて列強上位しか通れないような赤竜山脈を裏道で通過した私達は、遂にアスラ王国のドナーティ領っていう場所に入った。
そこから懐かしき我が故郷、復興中のフィットア領の近くを通って、王が直接治めてる領地とドナーティ領の端の街に到着。
ここまではオーベールさんの襲撃を避けるために、トリスさんの案内で田舎のあぜ道とかのできるだけ目立たない道を通ってきたんだけど、
ここドナーティ領から目的地である王都アルスに行く道はこの街からしか出てないみたいで、ここには絶対寄らなきゃいけない。
オーベールさん達がまた襲撃してくるならここだろうってことで、皆気を引き締めてた。
……にも関わらず、街の入り口に罠が仕掛けられてることもなく、街中で襲撃されることもなく、私達はトリスさんの同僚の思わず斬りたくなる方々が運営してる、いざって時の脱出路まで完備の安全(?)な宿に到着した。
ひと安心と言いたいところだけど、ここで仕掛けてこないってことは、多分戦力を王都に集中させてるんじゃないかっていうのが皆の予想だ。
王都にいるなら、今度はオーベールさん達だけじゃなくてレイダさんまで一緒に出てくるだろうし、安心どころか余計に怖いわ。
まあ、それは先の話。
今はアリエル様を安全(?)な宿の中に引きこもらせて、私達護衛組がしっかりガード。
その間に、顔が割れてないトリスさんが情報収集に出発した。
そして、持ち帰ってきてくれた情報でひと悶着あった。
エリスさんのお爺さんにして、ギレーヌが忠誠を誓ってた人、サウロスさん。
その人を陥れて殺した仇が判明してしまったのだ。
「ピレモンさん、か」
「マジでやってやがったのか、あいつ……」
ダリウス上級大臣の力を借りて、ピレモンさんがサウロスさんを殺した。
その情報を知らされて、師匠は頭を抱えた。
アリエル様はピレモンさんの犯行と裏切りが誤情報じゃなくてマジだった場合、ギレーヌに斬らせてルークさんをノトス家当主に据える予定だそうだ。
ルークさんは実の父親が処刑されるかもってなって、アリエル様と喧嘩までしたそうな。
そりゃ師匠も頭を抱えるよ。
ただ、朗報も一つあって、喧嘩のせいでルークさんがヒトガミについて口を割ったらしい。
その情報によって、ヒトガミがほぼルークさんを切り捨ててるということが判明。
ヒトガミの使徒としてルークさんを斬らなきゃいけない可能性は下がった。
他は何一つ解決してないけど。
「ハァ……。とりあえず、やれるだけやってみるわ」
「頑張れ、師匠」
その後、師匠が何故かルーデウスを連れて、アリエル様とルークさんと話し合いをしに行った。
結果、何をどうしたのかわからないけど、一応はルークさんを納得させることに成功したそうだ。
凄いな師匠。
何やったんだろ。
代わりに帰ってきた師匠は疲れたような顔で、「ギレーヌに殺されるかもな……」とか言ってたけど。
ホントに何言ったんだろ。
そんなやり取りがありつつ、遂に決戦の場である王都アルスにやってきた。
正直、私はこの場所に紛争地帯には及ばないものの、赤竜の髭やベガリット大陸に匹敵するくらい嫌な思い出がある。
嫌な思い出その1。
姉がアリエル様の護衛になってる上に暗殺者に襲われたと知って、焦りながらシャンドルに知恵を借りて接触を図ろうとして尽く失敗したこと。
そのせいで、姉と合流できたのは赤竜の髭でのピンチの時だ。
あとちょっと遅ければ、姉が死んでた可能性も高い。
あの時、私を門前払いしてくれやがったピレモンさんは許さん。
そう考えると、師匠には悪いけどギレーヌに斬られてもいいような気がしてきた。
せめて、一発は殴らせろ。
嫌な思い出その2。
シャンドルと別れた後に来て、財布をシャンドルに預けてたことを思い出して、路銀を稼ぐためにバイト(低ランク冒険者の依頼)をしまくって、1年以上ここで足止め食らったこと。
懐かしいなぁ。
あそこに見える食堂で皿洗いの依頼受けたら、何枚もお皿割って叩き出されたっけ。
力加減がね、わからないんですよ。
剣術は好きこそものの上手なれだから問題無い。
闘気コントロールにも自信がある。
でも、ラプラス因子による生まれついての怪力だけはどうにもならない。
前世の頃から剣術特化で決して器用とは言えなかったところに、前世と違いすぎる素の身体能力のギャップがあって、そこの誤差が細かいところで修正し切れてないんだよ。
戦闘中は集中してるから大丈夫だけど、日常生活で気を抜いてるとポンコツを連発するのだ。
まあ、せいぜいドジッ娘属性が追加されるって程度のかわいい話で、魔法大学六魔練の一人『怪力の神子』ザノバさんみたいに、力加減をミスって弟の首を引っこ抜いちゃったとか、そういう洒落にならないミスをするほどじゃないけど。
でも、結局ドジッ娘には変わりないから、そのせいで路銀を稼ぐどころか借金までしちゃって、あの優しそうな食堂のおばちゃんにぶん殴られたのは忘れられない。
元気かなー、あのおばちゃん。
と思ったら、帰還したアリエル様を一目見ようと集まってきた民衆の中に、あのおばちゃんが紛れ込んでるのが見えた。
軽く手を振ってみたら、私のことを思い出したみたいで真っ青になってたよ。
別に殴られた復讐なんて考えてないのに。
おばちゃん以外にも、当時王都のお騒がせ娘だった私を覚えてる人達が結構いたみたいで、そんな私が王女様御一行に加わってるの見て、顎が外れそうなほど口開けて驚いてた。
そうして街を進んでる中で、またしても見覚えのある人物と遭遇した。
「エリス、エミリー、ギレーヌ! お久しぶりです! 私です! イゾルテです!」
それは剣の聖地の剣術三人娘の一人、『水王』イゾルテさんだった。
騎士見習いになってたみたいで、最初はフルフェイスの兜して顔が見えなかったから、自分から自己紹介してくれたよ。
他の二人はともかく、私は纏う闘気を見た瞬間に気づいたけど。
そして、闘気を見る限り、前より強くなってるな、この人。
じゅるり。
「エミリー、お友達がご病気という話でしたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫。治っては、いないけど、良くは、なった」
「そうですか。良かったですね」
「うん」
心から喜んでくれるイゾルテさん。
だからこそ、ちょっと心苦しい。
レイダさんが敵ってことは、この人と戦う可能性もあるってことだから。
殺したくないなぁ。
オーベールさんやレイダさんみたいな知り合いより遥かに親密な友達だもん。
どうにもならないようなら覚悟決めて斬るけど、できればお互いに命を取らない形での決着にしたい。
「エリスも久しぶりです。無事だったのですね。龍神と戦ったら生きて帰れないとお師匠様が言っていたからてっきり……」
「ふん!」
エリスさんが不機嫌そうな顔になった。
オルステッドの腕を斬り飛ばしたとは聞いたけど、結局は舐めプされた上でぶっ飛ばされたみたいだからね。
そんなエリスさんを見て全てを察したのか、イゾルテさんは苦笑した。
その後、イゾルテさんはギレーヌにも挨拶した後、師匠に挨拶されて、師匠の悪い噂(昔、女の人を食いまくってたとか)でも聞いてたのか嫌そうな顔をし、私がルーデウスを紹介したら、ルーデウスにも嫌そうな目を向けてた。
イゾルテさんは一夫一妻を掲げるミリス教徒だからね。
女の敵に対する好感度は最悪なのだ。
それを忘れてルーデウスを紹介しちゃったのは失策だったわ。
で、私達はアリエル様の護送中なので、イゾルテさんは遠慮して軽い会話をしただけで去っていき、私達はアリエル様の別邸に辿り着いた。
「さて、皆様のご助力もあり、無事にここまで辿り着けました。
私は明日より動き始めます。ペルギウス様をお出迎えするための、そしてダリウス上級大臣を失脚させるための『場』を用意します」
そうして、アリエル様は遂に決戦の地での本格的な仕込みをするために動き出す。
敵に手を打たせないように、あとペルギウスさんを待たせすぎてヘソを曲げられないように早急に、10日後に決行することを目安に動くらしい。
結局、シャンドルとの合流は叶わなかった。
伝言にはシャリーア、もしくはここ、王都アルスで合流すべしって書いといたんだけど、その伝言を冒険者ギルドに託してから、まだ二ヶ月程度。
これじゃ中央大陸中に伝言が行き渡ってすらなさそう。
それでもシャンドルの居場所によっては普通に合流できただろうけど、ヒトガミの策略で大陸の端にでも誘導されてたら絶望的だ。
結局、オルステッドの言った通り、戦いはシャンドル抜きで始めるしかない。
アレクの方も現れなかったから、こっちにも頼れない。
「シャンドル様がいないのは残念ですが、それでも既にこちらのカードは揃っています。
それ以外にも手は打ちますが、基本的な勝利は疑いようがないものと考えております。
むしろ、シャンドル様を待つことに固執し過ぎて、ダリウスに勝てるタイミングを逃す方が悪手でしょう」
ということになった。
仕方ないね。
「しかし、敵が『場』において苦し紛れに戦闘を仕掛けてくる可能性もありますし、その時にシャンドル様がいないというのは不安要素なのも事実。
できればその前に敵勢力の主要人物を削いでおきたいところですね」
そんなアリエル様の提案によって、わざと隙を見せるというか、隙に見えるような情報を流して、奇襲最強のオーベールさんを釣る作戦が試みられたけど、
さすがに暗殺スポットでもない場所で私達の相手をするのはやめといた方がいいと思ったのか、引っかかってはくれなかった。
そうこうしてるうちに予定の10日間が過ぎ、アリエル様は準備を整え、━━遂にアスラ王国王位継承戦の本番が開始された。