剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「グラーヴェル派を油断させるべく、寝返ったふりをして機を伺っておりましたが、いやはや、私が何かをする必要などございませんでしたな。さすがはアリエル様。異国の地で充分すぎるほどに成長なされたようだ!」
大々的に裏切っといて、いけしゃあしゃあとアリエル様にすり寄るピレモンさん。
やめてくれないかなぁ、師匠と似た顔でそういうことするの。
「ピレモン様……」
「いえいえ、アリエル様、みなまで言う必要はありません。私も味方の少ない中、他人に後ろ指を刺されるような立ち回りをしました。しかしながら、全てはアリエル様を思ってのこと。こうなれば、あとは以前に戻れましょう。私がアリエル様の後ろ盾となり……」
「ピレモン・ノトス・グレイラット!!」
アリエル様が大声出した。
珍しい。
「家のこともありましょう! 立場のこともありましょう! 寝返ったことに関しては、私が弱かったことにも理由がありましょう!
ですが、寝返ったならば最後まで矜持を持ちなさい!
最後の戦いでどちらに加勢することもなく、流されるがまま敗者となった後に、もう一度元の鞘に収まろうなど! 恥を知りなさい!」
「あ……う……も、申し訳、ございません……」
ピレモンさんが一喝されてシュンッてなった。
しかも、この場に何故か残ってた僅かな貴族に笑われて真っ赤な顔になる。
だから、やめてくれないかなぁ、師匠と似た顔でそういうことするの。
「寝返っただけなら、家を存続させるために仕方ないと思うところもありました。
ルークに家督を譲り、領地に隠居するのであれば、それ以上の追求をするつもりはありませんでした!
ですが! 寝返った上で、まだなお裏切った相手に擦り寄るなど!
恥知らず過ぎて、言葉も出てきません!
そなたの今後、誰にとっても害悪にしかならないと判断します! ━━死んで詫びなさい!」
ピレモンさんの顔面が蒼白になった。
でも、あんまり可哀想とも思えないし、助けようって気にもならない。
元々そんなに好きな人じゃないし、私も今のはさすがにどうかと思ったしね。
でもまあ、それはあくまでも私の個人的な感想。
ここに他の人の心情を考慮すると話が変わってくる。
「お待ちください」
そう声を上げたのは、師匠だった。
ピレモンさんが驚いたような顔で師匠を見る。
そんなピレモンさんに苦笑しつつ、師匠はアリエル様に向かってひざまずいた。
「なんでしょうか、パウロ様?」
「助命の嘆願をさせていただきます。今回の戦いにおける私の功績、足りなければ私の貴族籍を永久に剥奪していただいて構いません。
その代わりに、我が弟、ピレモン・ノトス・グレイラットの命だけは、どうか、お助けください」
「なっ……!?」
一応は貴族がいる公の場だからか、似合わない畏まった口調でピレモンさんを助けてほしいって言う師匠。
そんな師匠に他ならぬピレモンさん自身が一番驚いてた。
「……此度の戦いにおけるあなたの功績は大きなものです。
それと引き換えならば、どのみち当主の座を追われる者一人の命の対価としては充分でしょう。
ですが、本当によろしいのですか?」
「構いません。……エリスとギレーヌも、頼む」
そうして、師匠は今度はエリスさんとギレーヌに頭を下げた。
まさかの土下座である。
「百発でも二百発でも、千でも二千でも気の済むまで殴っていい。だから、どうか命だけは勘弁してやってほしい。頼む!」
恥も外聞もない行動に貴族達がざわめいた。
一方、当のギレーヌは不満そうな顔だ。
血走った目で師匠を睨みつけてる。
でも、もう一人の当事者であるエリスさんが、先にピレモンさんの方にツカツカと歩いていった。
「エリスお嬢様……」
「ふんッ!!」
「ぐはぁ!?」
エリスさんがピレモンさんを殴った。
顔面を狙ったストレートパンチだ。
ピレモンさんの歯が折れ、鼻が潰れ、顔面が陥没しながら10メートルくらい吹っ飛んだ。
死んでないから本気じゃないと思うけど、許される範囲での最大限を攻めた、エリスさんの怒りを感じる一撃だ。
だけど、そこまでだった。
「お祖父様の仇は、これとさっきのデブで勘弁してあげるわ! ほら! ギレーヌも殴りなさい!」
「お嬢様……う、うぉおおおお!! よくも!! よくも、サウロス様をーーーーー!!!」
「ぎゃ!? ごべ!? おぶっ!?」
ギレーヌのラッシュがピレモンさんを襲う!
馬乗りになって、顔の原型がわかんなくなるくらいまで、ギレーヌはピレモンさんを殴り続けた。
終わった後、ギレーヌは不満そうだけど一応は納得したっぽい顔になり、ピレモンさんの顔は腫れ上がって汚いア○パンマンみたいになった。
それでも、一応生きてはいた。
剣王二人に本気で恨まれて、ボコボコにされたのに、虫の息とはいえ命を繋いだ。
そんなピレモンさんに師匠が近づいていって……優しく抱き締めた。
「悪かった。本当に悪かった、ピレモン。オレが全部捨てて飛び出したせいで、お前に全部背負わせた。お前に全部の苦労を押しつけちまった」
「パウロ……! 私は、お前が、嫌いだ……!」
ピレモンさんは歯が折れて顎も砕けてグッチャグチャになった口を必死に動かして、師匠を罵った。
今まで溜まりに溜まった悲しみをぶち撒けるように。
「ずっとお前と比較されてきた! 何か失敗する度に、もしお前だったらと家臣にまで陰口を叩かれた! サウロスには事あるごとに豆粒のようだとなじられた!
私に領主の才能などない! 知っている! そんなことは誰よりも私自身がわかっている! お前が出ていってからの日々で思い知らされている!
だが、仕方ないではないか! お前が出ていったから、お前を追い出してしまったから、私が領主になるしかなかったのだ!
他に生き方を知らなかった! 無能でも、卑屈でも、鈍腕でも、それでも領主であることだけが私の全てだったんだ!」
悲痛な、とても悲痛な叫び。
「何故……! なんで……! なんで出ていってしまったんですか……! 兄上ぇ……!」
最後には、ピレモンさんは滂沱の涙を流して、子供みたいに泣き始めてしまった。
師匠は何も言わずに、そんなピレモンさんを、ただただ抱きしめていた。
……これ見ると、二人は兄弟なんだなぁって思う。
どれだけ歪でも、どれだけ拗れに拗れて修復不可能レベルでも、それでも二人は兄弟なんだろう。
ピレモンさんは痛みと疲れと心労で意識が落ちるまで泣き続けて……そして生き残った。
ピレモン・ノトス・グレイラット、生存。
ダリウス死亡、グラードン敗北。
レイダ・リィア戦闘不能。
オーベール・コルベット、ナックルガード投降。
イゾルテ・クルーエル戦意喪失。
ウィ・ター、命令が無かったから最後まで動けず。
こうして、今度こそ本当に敵全員が無力化されて、アスラ王国の王位継承戦は終わった。
我らがアリエル・アネモイ・アスラ王女の勝利によって。
ちなみに、この一週間後。
意気揚々と王都に現れたシャンドルに、もう全部終わったよと伝えると、愕然とした表情で膝から崩れ落ちた。
オルステッド「……帰るか」