剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
オルステッドにボコボコにされたり、レイダさんに連日連夜勝負を挑んで「いい加減にしろ」と怒られたり。
珍しくオーベールさん達と休暇が噛み合った時には、前にオルステッドと戦った森を舞台にした全力の隠れ鬼(斬られたら負け)をして、どんどん強くなるのとは別の意味で人間離れしていくオーベールさんとの戦いを楽しんだり。
そんな感じで休暇を満喫してたある日、ルーデウスから合同任務の話を持ちかけられた。
「シーローンの、戦争?」
「ああ。ザノバが行くって言って聞かないんだ」
なんでも六魔練の一人、『怪力の神子』ザノバさんの故郷であるシーローン王国で、島流しになってたはずのザノバさんの弟、パックスとかいう奴がクーデターを起こして他の王族を粛清。
王位を簒奪したらしい。
で、クーデターなんてやったせいで国力が下がっちゃったから、これ幸いにとご近所の国が攻めてきそうになってる。
国のピンチなので、色々と問題を起こして留学という名の島流しにしてたザノバさんを呼び戻して防衛戦力にしたい。
そんな感じの手紙がザノバさん宛に届いたそうだ。
いや、何そのバカ殿。
わざわざクーデター起こして国を危険に晒すとかバカなの? 私以上のバカなの?
でも、ザノバさんは見上げた愛国心で「国がピンチなら帰る」って言って聞かないらしい。
あの人、そんなキャラだったっけ?
私のザノバさんへのイメージは、ただの人形オタクだ。
ルーデウスが土魔術で作ったフィギュアみたいな人形に感銘を受け、それを作るための専属職人(ジュリちゃん)を1から育て、それでも飽き足らず、そこらへんで売ってる気に入った人形は片っ端から買い漁る。
オタクの中でも、かなりヘビーユーザーな方のオタクだ。
どう考えても戦争に行くようなタイプじゃないし、愛国心がうんぬんとか言うようなタイプにも見えない。
でも一応、彼は全力の私と腕相撲をして勝つような『怪力の神子』だ。
戦闘技能は皆無に等しいけど、体も物理攻撃に対してはやたらと頑丈だし、戦力にならないことはないのか。
そして、ザノバさんが頑なで止められない上に、これがヒトガミの罠である可能性まであるらしい。
オルステッドには既に話を通して相談したみたいで、そのオルステッド曰く、パックスが王になって国に与える影響はヒトガミにとって都合が悪い。
だからこそ昔、ルーデウスが転移事件で魔大陸に飛ばされてから帰るまでの道中で、助言によってルーデウスをシーローン王国に立ち寄らせ、色々やらせてパックスを国外追放に導いたはずだった。
それが今回こんなことになってる。
もしかしたら、前回の成果を投げ捨ててでもザノバさんを釣り上げ、そのザノバさんを餌にしてルーデウスを釣り上げ、上手いこと二人纏めて始末するための罠かもしれない。
その場合、ザノバさんを一人で送り出したら確実にヒトガミに始末されるし、ルーデウスがついていっても罠に飛び込むことになるから結構危ない。
そこで、二人の護衛として私に白羽の矢が立った。
という説明をルーデウスからされた。
正直、全部聞き終わった後、説明の内容が半分も頭に残ってなかったけど。
でも、とりあえずヒトガミの罠が待ってるかもしれなくて、それから二人を守ればいいってことだけはわかった。
ちなみに、オルステッドはパックスを唆した可能性のある、パックスの留学先だった王竜王国でヒトガミの使徒探しをするからついて来れないらしい。
一人で大丈夫かなぁって、最近護衛ばっかりやってたせいでつい考えちゃったけど、よく考えたら世界最強の男をどうにかできる相手がそこらへんにいるわけなかった。
私が連れ回された先で戦わされた強敵達レベルの相手が奇襲を完璧に成功させれば、オルステッドの魔力を多少削るくらいはできるかもしれないけど、それで終わりだ。
束になってかかっても、師匠の剣を両断した神刀とかいうあのチート武器を使わせることすら叶わないだろう。
万が一使っちゃえば大量の魔力を持っていかれるらしいけど、それでも死にはしない。
心配無用である。
というわけで、今回の作戦はこうだ。
主役であるザノバさんと、ザノバさんの唯一の護衛騎士であるジンジャーさん。
そんなザノバさんを守りたいルーデウスと、戦争に加えてヒトガミの罠まであるんだから、それを切り抜けられるように戦闘員として私。
この4人でシーローンに向かう。
オーベールさん達がいれば同行してもらったんだけど、残念ながら、つい数日前に別の仕事に行っちゃったからいない。
携帯なんて無いから気軽に連絡も取れない。
姉や師匠を連れていくのはありだけど、今はエリスさんの妊娠中という一大イベントの真っ最中だし、出産に立ち会えないかもしれない自分の代わりに、できるだけ緊急事態に対応できる人員を家に置いておきたいっていうルーデウスの意見を尊重した。
アリエル様の時は、ロキシーさんの妊娠中だったのに、敵が強いってことで戦える人達を全員連れていっちゃったからね。
案外、あの時も内心ではかなり不安だったのかもしれない。
家に妊娠中の妻を残していく旦那の不安は少しでも取り除いてあげた方がいいでしょ。
レイダさんがいれば滅多なことは起きないと思うけど、まあ、いかな水神といえども体は一つ。
二人三人の敵が別方向から同時に来たら対処し切れないだろうし。
で、私達がシーローンに行ってる間に、オルステッドは王竜王国へ。
こっちはシーローンについたら、その後……その後……あれ?
「シーローン、行ってから、何するの?」
ここで私は、今回の目的が大分ふわっとしてることに気づいた。
アリエル様を王様にするとか、魔王にトラウマ刻むとか、今回の仕事にはそういう「これ!」っていう最終目標がないのだ。
何を達成すれば帰っていいのかがわからない。
わからなかったからルーデウスに聞くと、
「……正直、俺もわかってない。とりあえず、パックスの味方として国防に参加することになると思うけど、どこまでやればザノバが満足して帰る気になってくれるかわからないんだ」
「帰る気に、ならなかったら?」
「…………臨機応変にとしか言えないです、はい」
これはしばらく帰れないかも。
家族への挨拶は念入りに済ませとこうか。
そんなこんなで、翌日から準備開始。
ルーデウス達が今回の戦いに使う装備を事務所のオルステッドグッズの中から選ぶって言うので、パーティーの能力を確認しとくために私も同席した。
そうしたら、知らない間に同行者が一人増えてた。
「ロキシーさんも、来るの?」
「ええ。クーデターを起こしたという件のパックス王子は、私の昔の教え子ですからね」
ロキシーさんの話によると、我らが故郷ブエナ村を旅立って、転移事件が起きるまでの間、ロキシーさんはシーローン王国の城でパックスの家庭教師をしてたそうだ。
そういえば、どこかの国の王子様の家庭教師してたって聞いたことあったね。
こんなところで繋がるなんて、やはり世の中は奇妙な縁で溢れてる。
あるいはこれこそが、オルステッドのよく言う『運命』ってやつなのかな。
とはいえ、パックスとの関係はそんなに良くなかったみたいで、自分が行っても藪蛇になる可能性大だと思って、最初は行くつもりなかったらしい。
でも、ララがなんか虫の知らせみたいに泣き喚いて、嫌な予感がしたから同行を決めたとのこと。
未来の救世主の虫の知らせねぇ。
嫌な予感しかしない。
私も注意しとこう。
そんなロキシーさんを一行に加えて、装備の確認。
ルーデウスはいつも通りの魔導鎧二式改と、それに搭載されてる、ガトリングをちょっと弄って作ったっていう小型ショットガン。
あと、一式をバラして運び込んで、現地で組み立てる予定。
ザノバさんの装備は、火を無効化する効果を持ったマジックアイテムの全身鎧。
ザノバさんは物理攻撃に対する頑丈さは凄いけど、魔術に対する抵抗力は大したことないらしいので、対人用の魔術で一番有効な火魔術を無効化する鎧が選ばれた。
攻撃用の装備は、ルーデウスが土魔術でガッチガチに固めて作った巨大バットみたいな棍棒。
これはとにかく固くて重い。
ザノバさんの神子パワーは闘気と違って武器に纏わせられないから、どんな業物でも名剣でも全力で振ってればすぐに壊れる。
だから少しでも壊れにくくて、壊れても簡単に替えが利く土魔術製の棍棒が選ばれたわけだ。
更に、ザノバさんは怪力だけど足は遅いっていうか、神子パワーで強化されてる膂力以外は運動不足のヒョロガリオタクそのものなので、そこをサポートできる『乱獲の投網』っていう、投げると相手を自動追尾して絡め取る網も装備。
これで相手を捕らえて、神子パワーで棍棒の届く範囲まで引きずり込んで仕留めるっていうのが、今回のザノバさんの基本戦法だ。
これだけフル装備なら、雑兵相手にそうそう遅れは取らないはず。
強敵がいたらキツイと思うけど。
ロキシーさんの装備は殆ど冒険者時代のものを流用した。
何事も慣れてる装備が一番ってことだ。
とはいえ、ロキシーさんの能力は対魔物戦では強いけど、対人戦はあんまり強くない。
というか、大抵の魔術師は対人戦が強くない。
だって、この世界にはルーデウスみたいな無詠唱魔術の使い手が殆どいないんだもん。
オルステッドに連れられて戦った強敵の中には魔術師もいたけど、ヒトガミの使徒に選ばれるような人ですら詠唱をしてた。
そして、事前に索敵して発見して遠距離から攻めるのが基本戦術の魔物戦と違って、対人戦が発生するのは大抵の場合がお互いを視認できる距離からのスタート。
そりゃそうだ。
顔もわからない相手を攻撃する状況なんて、戦場でもなければまずない。
そんな距離から魔術師と剣士が戦い始めたら、詠唱が終わる前に魔術師が斬り捨てられて終わりだよ。
魔術師が対人戦で弱いっていうのは、こういうことだ。
とはいえ、それは1対1での話。
強い前衛に守られた魔術師は普通に強い。
まあ、ヒトガミの使徒に選ばれるような人達相手に、悠長に詠唱した魔術が当たるかって言われたら微妙だけど……。
それでも今回は戦争にも行くんだし、大軍を相手にした時の魔術師の頼もしさは、ベガリット大陸でファランクスアントの群れを相手にした時に痛感してる。
完全に足手まといになるってことはないはずだ。
ただ、対人戦に不安があるのも事実なので、物理攻撃に対する結界を張る指輪と、一度だけ致命傷を肩代わりしてくれる首輪を新たに装備してた。
まあ、保険だね。
保険が保険のまま終わってくれるように頑張ろう。
そして、私の装備もいつもと同じ。
誕生日プレゼントの剣と、使うつもりのない魔剣『仙骨』。
後はルーデウスに作ってもらった土魔術製の胸鎧と、動きやすさを重視した防刃布製の薄い手甲に、竜の皮を使って作られた頑丈なブーツ。
加えて、最近は妖精剣姫の風貌も知られるようになってきて、街を歩いてるだけでジロジロ見られることも増えたから、それを隠すためのフード付きの外套。
一応この外套も防刃仕様な上に、風の魔術に耐性のある緑色のやつだ。
私はしょっちゅう自分に衝撃波をぶつけるしね。
龍聖闘気もどきがあれば移動用の衝撃波のダメージなんて通らないんだけど、闘気で頑丈になるのはあくまでも肉体であって装備品じゃない。
剣とかには斬撃飛ばしの応用で闘気を纏わせて、闘気で包み込むようにして守ることで、ある程度は強度を上げられるんだけど、服となると結構難しい。
手でやるなら簡単にできることでも、体全体でやるのは難しいのだ。
なので、服の頑丈さは大事。
そうじゃないと、下手すると戦闘中に素っ裸になる。
緑の外套には大変お世話になっております。
これが私の基本装備だ。
剣と胸鎧以外軽いから機動力がある。
胸鎧が無ければもっと速く動けるんだけど、重要臓器である心臓と肺を守る方を優先した。
そこと首から上さえ死守すれば、龍聖闘気もどきと治癒魔術でなんとかなるからね。
私の身体能力なら、重さもそこまで気にならないし。
ちなみに、首から上を守る兜とかは、無い方が感覚が研ぎ澄まされるから付けてない。
最後に、ジンジャーさんはロキシーさんと似たようなかさばらなくて防御重視というか、生き残ること重視の装備を選んだ。
この人も弱くはないんだけど、その腕前は水神流中級。
戦争でもヒトガミの使徒との戦いでもぶっちゃけ足手まといなので、戦闘以外のことを任せることになった。
具体的に言うと、クーデターがあって荒れてるシーローン王国周辺の情報収集だ。
ザノバさん達が行く前に先行して情報集めてくるって言ってたけど、心配だったから私もついていくことにした。
「こうして面と向かって話すのは初めてですね。よろしくお願いします、エミリー殿」
「こちらこそ、よろしく。それと、エミリーで、いいです」
ジンジャーさんと共に、私はザノバさんが移動手段としての協力を取りつけたというペルギウスさんの転移魔法陣を使って、シーローン王国に飛んだ。
ペルギウスさんの転移魔法陣は、色んなところにある普通の双方向転移の魔法陣と違って、片方が潰れて機能停止しちゃった魔法陣のあるところならどこにでも飛べるというチートなので、ルーデウス達に便利に使い倒されてる気がする。
私とオルステッドが移動する時なんて、最近事務所の地下に設置された数少ない魔法陣に登録されてる場所に行く時以外、人里離れた場所に隠されてる一般転移魔法陣までダッシュするのが基本なのに……。
オルステッドとペルギウスさんの格差を感じつつ、私達はシーローン王国での情報収集を開始した。