剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
剣を上段に構え、真っ直ぐに突っ込んで斬る!
「ふっ!」
しかし、そんな単純な戦法が遥か格上の獣人剣士に通用するはずがない。
獣人剣士は目にも留まらぬ速度で鞘から刀を抜き放ち、居合抜きみたいな形で私が振り下ろそうとする剣の軌道上を薙いだ。
闘気を纏った木剣が簡単に斬り裂かれ、切っ先が宙を舞う……ことはなかった。
何故か?
そもそも私は、剣を振り下ろしていないからだ。
「ぬ!?」
北神流『幻惑歩法』!
師匠はなんか北神流が嫌いみたいで教えてくれなかったけど、師匠の動きには度々他二つの流派にはない、奇抜だったり相手の裏をかいたりするような技があったから、見て覚えた。
これもそんな技の一つで、前に進むと見せかけてその場で止まり、剣も振り下ろすと見せかけて止めることで、敵の目測を誤らせる技。
ぶっちゃけ、ただ高度なだけのフェイントだ。
もっと極めれば変幻自在で予測不能の動きができるらしいけど、それは上級の師匠ですら完璧にはできないので遥か先の課題。
けど今は、こんな拙い技でも充分。
多分、相手が私を子供と思って舐めてたおかげだと思うけど、それでもなんとか虚は突けた。
油断によって見せた強者の隙。
そこに渾身の一撃を叩き込む!
剣神流『無音の太刀』!
速さを至上とする剣神流の必殺剣。
風切り音すら置き去りにする音速の太刀が、刀を振り抜いてしまった体勢の獣人剣士の頭に迫る!
「ハァ!!」
「!?」
しかし、獣人剣士はなんと、完璧なタイミングのこの一撃を防いだ。
右手で振り切ってたはずの刀へ瞬時に左手を伸ばし、両手で握った刀で、目にも留まらぬ二の太刀を振るうことによって。
超高速の斬撃が今度こそ私の木剣を半ばから断ち切る。
信じられない……!
音速の太刀が後出しで斬り伏せられるなんて……!
この人の太刀は光速か!?
でも、まだ終わってない!
私は更に一歩前へ踏み出し、小さい体を活かして獣人剣士の間合いの内側に踏み込む。
これだけ接近すれば、向こうは刀を振るえない。
だけど、私の方は子供の体格と斬り飛ばされて短くなった木剣のおかげで、むしろここが絶好の間合い。
無音の太刀を振り切って下段へ行っていた木剣を振り上げ、斬り上げるような斬撃で獣人剣士の脇腹を打とうとして……
当たり前のように対処された。
獣人剣士はバックステップで後ろに下がることで刀の可動域を確保しながら、私の無音の太刀を迎撃して斜め下へと流れていた刀を振り上げてくる。
狙いは私の両腕。
両腕を斬り飛ばすつもり……いや刀の峰を使ってるから叩いて折るつもりか。
だけど、本来とは違う振り方をして僅かに速度の下がった攻撃なら、なんとかなる!
水神流奥義『流』!
受け流しとカウンターに特化した水神流の基礎にして奥義である技。
獣人剣士への攻撃を中断し、向こうの攻撃にぶつけるようにして放ったこの技が、獣人剣士の太刀筋を歪める。
獣人剣士の刀の側面を私の木剣が優しく撫で、斜め下から向かってきていた刀の軌道が歪んで真上へ向かう。
それによって私への攻撃は不発に終わった。
そして、ここからが水神流の真骨頂!
攻撃を受け流した後、即座にカウンターへ繋げる!
僅かな動作で攻撃を受け流した私と、大きく攻撃を空振ってしまった獣人剣士では、次の攻撃へ移るまでの時間が全く違う。
私はさっきの踏み込みの勢いそのままに、更にもう一歩踏み込んで、再び獣人剣士の間合いの内側に入り、その状態で木剣を獣人剣士の喉に向かって突き出そうとした。
その瞬間、獣人剣士の姿がブレた。
「え?」
その時、私は自分に何が起きたのか一瞬わからなかった。
唐突に木剣が完全に根本から切断されて、持ち手だけの短い木の棒にされてしまったのだ。
更に、目の前には私の首に刀を添えた体勢の獣人剣士の姿。
そこまで見てようやく私は理解する。
私程度では反応することすら許されない、まさに光のごとき速度の一撃で木剣を斬られ、その勢いのままに寸止めで刀を首に添えられて詰まされた。
攻撃の瞬間、ほんの僅かに両の眼が捉えた光景。
左眼に映ったのは、完璧なまでに剣を振るうことに特化した動き。
右眼に映ったのは、芸術的なまでに洗練された闘気のコントロール。
そこから放たれた剣の極致のごとき至高の一撃。
「凄い……」
私はただただその一撃に魅了され、刃が首筋に当たる恐怖も、最初に抱いていた姉や父を守らねばという想いすら忘れて、呆然としながらそう呟くことしかできなかった。
「何やってんだお前ら!? やめろやめろ!」
「む」
「あ」
と、その時、師匠が私達の間に入って、獣人剣士に刀を下ろさせた。
私達の間で巻き起こった攻防は僅か数秒の出来事。
きっと師匠ですら止める暇がなかったんだと思う。
ただでさえ、注意が魔術ぶっ放した姉の方に向いてたはずだし。
「色々言いたいが、とりあえずエミリー! なんで、いきなり斬りかかった!?」
「殺気、ぶつけられて、つい。シルと、父、守らなきゃって、思って」
「うっ……そう言われると怒りづらいな……。じゃあ、ギレーヌ! お前も何やって……いや、お前には何言っても無駄か」
「どういう意味だ!?」
言いながら諦めたような顔になった師匠に、ギレーヌと呼ばれた獣人剣士が抗議の声を上げた。
っていうか、この人はギレーヌさんっていうんだ。
わぁ、すっごい聞いたことある名前だぁ。
剣神流王級の達人剣士、『剣王』ギレーヌ・デドルディア。
師匠が前に『俺の知り合いの中で一番強い剣士だ』って言ってた人で、ゼニスさんには冒険者やってた頃の仲間だって聞いた。
つまり、思いっきり師匠の身内です。
勘違いで斬りかかって、すみませんでした!
というか、師匠がこの人を前にして敵意の一つも見せてなかった時点で気づけよ私!
殺気向けられて頭真っ白になってた。
その殺気だって冷静に考えてみれば、どう考えても姉がいきなり魔術ぶっぱしたことが原因だし。
思考停止のまま防衛本能に任せて動いてしまった……。
師匠がよくそういう戦い方してるから移ったのかもしれない。
これはよくない。
後でなんとか直しとこう。癖になる前に。
「あの、ギレーヌさん。いきなり、斬りかかって、ごめんなさい」
「うむ。次からは気をつけろ。それと、あたしのことはギレーヌでいい」
半ば殺す気で襲いかかったのに、普通に許してくれた上に、呼び捨てでいいとフレンドリーに接してくれるギレーヌさん。
器の広い人だ。
呼び捨てなんてちょっと気後れするけど、でもせっかく歩み寄ってくれたんだから、ありがたくギレーヌと呼ばせてもらおう。
「それにしても、この子はパウロ、お前の弟子か? この歳で三大流派全てをあれだけのレベルで使いこなすとはな。もうお前より強いんじゃないか?」
「そ、そんなことねぇよ! …………多分」
師匠の目がめっちゃ泳いでる。
ちなみに今の私の階級は、剣神流上級、水神流上級、北神流中級で、最近の師匠との模擬戦では3割くらい勝てるようになってきた。
でも、師匠はさすがは三大流派オール上級の上に、実戦経験を積み重ねた元凄腕冒険者と言うべきか、やたらと技とか動きの引き出しが多くて、未だに全然勝ち越せない。
その分、戦う度に新しい技を覚えられるから嬉しいけど。
「で、師匠、なんで、ルーデウス、縛ってたの?」
「あー、えぇっと……まあ、エミリーにならいいか」
そうして師匠が語ってくれた内容を要約すると、姉とルーデウスが共依存気味だったので無理矢理引き離すことにした、って感じらしい。
これからルーデウスはギレーヌに預けられてどこかの街に送られ、双方の自立を促すために、5年は帰宅も手紙でのやり取りも禁じるんだとか。
7歳児にやる仕打ちじゃないと思ったけど、それは私の根底に根付いてる日本の常識だ。
師匠も12歳で実家を飛び出したっていうし、案外これが異世界の普通なのかも。
まあ、それはともかく。
「私は、会いに、行っても、いい?」
「え!? ま、まさかエミリーもルディのことを……!?」
「そっちは、どうでも、いい。ギレーヌと、手合わせ、したい」
「……そうか。お前は剣が恋人とか言い出しそうだな」
さすが師匠。
よくわかってる。
「あたしは構わんぞ。お嬢様のいい刺激になるだろう」
「うーん、そうだなぁ……。まあ、それはよく考えた上で追々ってことで」
師匠はちょっと悩んだ様子を見せたけど、強く否定はしなかった。
こうして、私がもしかしたら剣王という極上の達人剣士とまた手合わせできるかもしれないという希望を手に入れてホクホク気分でいる中、ルーデウスはギレーヌに連れられて出荷されていったのだった。
さらば、姉についた悪い虫。
せいぜい姉のことは私に任せて、ギレーヌに年単位で剣を教えてもらえるという幸福を噛み締めながら、向こうで元気でやるといい。
アディオス。