剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
私とランドルフさんは、お互いに間合いや体勢を微妙に変え続けながら睨み合う。
ランドルフさんは北神流と水神流を主体とする我流の剣士だ。
その二つを組み合わせた時の防御力の高さは、私自身もよく使うからこそ嫌ってくらいよくわかってる。
だからこそ、迂闊には攻められない。
互いの間合いのギリギリ外側で、私とランドルフさんの剣を交えない技の応酬が続く。
ランドルフさんの得意技は『誘剣』と『迷剣』を最大限に活かした『幻惑剣』。
わざと隙を見せて受けやすいタイミングでの攻撃を誘い、攻められて困るタイミングでは殺気や攻撃の意思をぶつけて防御態勢を取らせたり、あるはずの隙を取り繕って一切隙が無いように見せかけて攻撃を躊躇させてくる。
つまり、ランドルフさんはフェイントの達人。
衰えてるとはいえ、さすがは七大列強。
フェイントの練度は随分と高い。
私だってその技は結構使って鍛えてるのに、そんな私と同等以上だ。
でも、極端に差をつけられてるわけじゃない。
私の見間違いじゃなければ、フェイントの中に針の穴のように小さな本物の隙が見え隠れしてる。
こっちもまたランドルフさんと同じ幻惑剣を使い、その隙を少しでも大きく露出させてやろうと試みる。
その結果がこの睨み合い。
だけど、この嵐の前の静寂は長くは続かない。
ほんの小さなキッカケ一つで、パンパンに膨らんだ風船にちょっぴり針を刺すようにして破裂する。
そのキッカケはすぐに訪れた。
思ったよりも大きな形で。
「『ショットガン・トリガー』!!」
ルーデウスが魔道具を発動させる詠唱をし、ランドルフさんに向けて二式改に搭載されてる小型の
それに対し、ランドルフさんは左手を向ける。
すると、ランドルフさんが付けてる籠手から見覚えのある魔力が噴き出し、
「なっ!?」
ルーデウスが驚愕してる。
今のは多分、転移の迷宮にいたヒュドラの鱗を使った魔道具『吸魔石』だ。
ルーデウスも魔導鎧に装着してるから見覚えがありまくる。
こんなのを装備してるとは思わなかったけど、どっちにしろ隙はできた。
多少なりともルーデウスへと意識が逸れて、私への注意力が少しだけ散漫になる。
警戒心が変化するその瞬間。
意識の波長の隙間を縫うようにして、私はランドルフさんとの間合いを詰めた。
剣神流『韋駄天』+北神流『幻惑歩法』!
迷いのない踏み込みを強みとする剣神流の技に、本来ならあり得べからざる惑わしの技を北神流の技法によって混ぜ込む。
今の私のこの動きにペースを握られれば、レイダさんですら対処に苦労するって言ってた技。
その状態から最速の一閃!
「『光の太刀』!」
「ぬぅ!?」
ランドルフさんは私の一撃を受け流し切れずに、勢いに押されて尻もちをついた。
チャンス!
って、そんなわけあるか!
相手は衰えたとはいえ七大列強だよ?
しかも、相手を惑わすことを得意とする『死神』だ。
よく見れば尻もちをつきながらも、重心はあんまり崩れてないことがわかる。
隙を見せて攻撃を誘う技、誘剣だ。
迂闊な攻撃をすれば、手痛い反撃を食らう。
でも、受け流し切れてないのは演技じゃない。
あんまり崩れてないってことは、言い換えれば多少は崩れてるってことだ。
つまり、ここでの最適解は、慎重にして迅速な攻め!
「『
「ぬぉぉ!?」
私は迂闊に近寄らずに、一歩離れた位置から魔術と巨大斬撃によって遠距離攻撃。
尻もちついた体勢で2連続の広範囲攻撃は受け切れず、ランドルフさんは今ので壁に空いた風穴から城外に吹っ飛んでいった。
「行って!」
ルーデウス達に向かってそう告げる。
それによって、ルーデウス達はちょっと迷いながらも、ランドルフさんの守りが無くなったパックスのもとへと向かい、
私はランドルフさんを追って城の風穴から飛び降りた。
「やってくれましたねぇ。でもまあ、さっきの睨み合いで必要な時間は稼げましたし、良しとしましょうか」
なんか、吹っ飛ばされながらも、ランドルフさんが不穏なこと言ってたけど。
これは、できるだけ早く終わらせて駆けつけた方がいいのかもしれない。
「右手に、剣を。左手に、剣を」
私は空中で奥義の構えを取った。
オルステッドと戦った時より、更に私の腕は上がってる。
高速の斬り合いの中に差し込むならともかく、こうして余裕のあるタイミングで放つなら、溜めに1秒もいらない。
今回は回復封じの特殊斬撃にするつもりもないから、発動時間は更に短縮だ。
ランドルフさんは私の構えを見た瞬間、ギョッとした顔で斬撃を飛ばしてきたけど、
吹っ飛ばされて崩れてる体勢じゃ大した攻撃は放てないし、踏み込む足場もない空中じゃ体勢を立て直して間合いを詰めて直接剣で斬りつけることもできない。
その程度の攻撃なら、オルステッドというお手本から学び尽くし、もう短期間で劇的な成長が望めないくらいの完成度に達した私の龍聖闘気もどきはビクともしない。
「北神流奥義『破断』!」
そして、奥義が放たれた。
まだ王竜剣を使ったアレクには届かないけど、オルステッドに向けてシャンドルが放った一撃には届いてるんじゃないかと思うほどに進化した私の奥義。
それが上空からランドルフさんを飲み込み、地面に叩きつけ、その地面を盛大に抉って、倒れ伏すランドルフさんを中心に巨大なクレーターが出来上がる。
「凄まじいですねぇ。北神カールマン三世の戦友にして、幼くして水神を倒し、他にも数々の逸話を残す稀代の天才とは聞いていましたが、まさかこれほどとは」
だけど、クレーターの中心で、ランドルフさんは普通に生きていた。
多分、かなりの威力を受け流したんだろう。
それでも逃げ場のない空中で北神流最高の必殺技を受けたダメージは大きかったみたいで、全身血塗れな上に、両手足は完全に壊れてあらぬ方向に曲がり、もう立ち上がる力どころか這って動く力すらないように見える。
剣も手放してるし、魔力も魔眼の使い過ぎと、さっき吸魔石でルーデウスの魔術を無効化した分で枯渇寸前。
吸魔石で魔術を無効にするには、その魔術に使われてる魔力と同量の魔力を消費するらしいからね。
思ったより、あっさりと大ダメージを与えられた。
運が良かったって言うべきかな。
空中が私にとって圧倒的に有利なフィールドだと気づかれないまま運良く吹っ飛ばせて、そこで致命の一撃を叩き込めた。
格闘ゲームとかで初見のキャラクターを相手にした時に、これは食らっても大丈夫だろうと思って食らった攻撃が、実はKOされるまで終わらないハメ技の始まりだったみたいな話だよ。
あとは純粋にランドルフさんが衰えてたせいか。
なんにしても、もう一回戦えば、ここまで上手くはいかないと思う。
それでも北神流だし、ここまで追い詰めてもどこぞの二代目火影みたいに口とかから何か飛ばしてくる可能性もあるから、私は油断せずに近づいて、ランドルフさんの首に剣を突きつけた。
そして、聞いた。
「ランドルフさん、ヒトガミから、何、言われた?」
「別になぁんにも言われてませんよ。そもそも会ったこともありませんし」
「じゃあ、なんで、ヒトガミのこと、知ってるの?」
「昔、親戚が騙されて酷い目に遭わされたという話をよく聞いていただけですよ」
「……はぁ」
そんなことだろうと思った。
勘違いの予感は正しかったわけだ。
「あ」
と、そこでピンときた。
「それ、もしかして、北神二世の、親戚?」
「よく知ってますねぇ。そうですよ。彼の叔父、魔大陸ビエゴヤ地方の『不死身の魔王』バーディガーディの話です」
やっぱり。
ランドルフさんが知ってるヒトガミの情報は、シャンドルから聞いたやつと同じだ。
私の頭がもう少し良ければ、ランドルフさんがシャンドルの孫って時点でピンときてたかもしれない。
頭の回転が遅いせいで、こんな半死半生の怪我をさせちゃったよ。
まあ、シャンドルの孫ってことは不死魔族の血を多少は継いでるんだろうし、放置しても死にはしないだろうけど。
それにしても『不死身の魔王』バーディガーディか。
はて、どこかで聞いたことあるような。
それも割と何回も聞いた気がするぞ?
「遥か昔、婚約者のためと騙されて『闘神鎧』を盗み出し、当時最強と呼ばれていた『龍神』ラプラスと戦って相討ちになったそうですよぉ。
その戦いで婚約者も死んでしまい、散々だったと言っていました。
もっとも、それだけの目に遭っておきながら、ヒトガミの助言が無ければただ婚約者を失うだけの結果になっていただろうと、多少の恩義を感じているようなお人好しな方ですがねぇ」
うぉぉい!?
なんか気になる話が飛び出してきたよ!?
詳しく聞きたいけど……さすがに、この状況だと後に回すしかないか。
「『シャインヒーリング』」
「おや?」
私は上級治癒をランドルフさんにかけた。
完治はしなかったけど、不死魔族の血のおかげか、ギリギリ歩けそうなくらいには回復してくれた。
もっと高位の治癒魔術なら完治させられたかもしれないけど、そっちはオルステッドに教わって練習中だから、これで我慢してほしい。
まあ、例え覚えてたとしても、聖級以上の魔術はやたらと消費魔力が凄いから、まだ敵の可能性がある人には使わなかっただろうけど。
「いいんですか? トドメを刺さなくて」
「ランドルフさん、私達の、敵?」
「いいえ。別にそんなつもりもありませんよぉ。私はパックス陛下とベネディクト王妃の味方です」
「じゃあ、パックス、私達の、敵?」
「そんなこともないと思いますがねぇ。
確かに、陛下はザノバ殿下のことも、ルーデウス殿のこともお嫌いですが、敵対しようとは考えていませんでしたから」
「じゃあ、私達が、戦う、理由、ない」
私は一応不意討ちとかされても大丈夫なように警戒しつつ、でも敵意も戦意も引っ込めて、ランドルフさんに手を差し出して起こした。
そして、ペコリと頭を下げた。
「勘違いで、怪我、させちゃって、ごめんなさい」
「いえいえ。私も上手く説明できず、申し訳ない」
ランドルフさんにもペコリと頭を下げ返された。
この人、見た目と雰囲気に反して真面目だ。
死神食堂の接客業で身につけたのかもしれない。
と、そんなことを考えてた、その時。
「何が伝わっているだ! 余の気持ちなど誰にも伝わるか! 見ろ、この景色を!」
上の方からパックスの大声が聞こえてきた。