剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
上から聞こえてきたパックスの大声。
悲痛な叫びみたいな感じだった。
なんだなんだと思って、ランドルフさんに失礼してから声の方に行ってみると、城のバルコニーの上でパンツ一丁のパックスが叫んでるのが見えた。
位置的に見えづらいけど、奥にはザノバさん達の姿も見える。
というか、なんでパンツ一丁?
「あれだけの兵がいるのに、一向に反乱軍を鎮圧しようなどという気配は無い!」
「違います陛下、あれのほとんどは兵ではなく、ただの民。
それも、どこの馬の骨とも知れぬ冒険者や商人たちでございます」
「だから何だというのだ! 余がこの国の全てに疎まれているという事実に変わりはあるまい!」
パックスが叫び、ザノバさんが宥めるも聞く耳持たず。
そんな雰囲気だった。
聞く耳持たずってところが、ザノバさんとパックスはよく似てる気がする。
やはり兄弟か。
「そうさ! 余は昔からそうだった! どれだけ努力しても、誰も認めてくれない!
ちょっといい結果が出せたかなと思っても、すぐに裏目に出る! 台無しにされる! いつもそうだ!
ロキシー! 覚えているか! 昔のことだ!」
「え?」
「余が中級魔術を初めて使えた時だ! 余が、自分なりに勉強して! 訓練して! ようやく中級魔術に成功した時! お前はどんな反応を見せた!?」
「いえ……その」
「ため息だ!」
「え……」
「喜んでお前に見せた余に、お前はため息を返したのだ! 『やっとこの程度か』と言わんばかりのため息に、余がどれだけ傷ついたと思っている!?」
なんかロキシーさんにも飛び火した。
なおもパックスは喚く。
見てて哀れになるような姿で。
「そ、それは……申し訳、ありませんでした……その、わたしも当時は……」
「黙れ! 言い訳なんか聞きたくない!」
フーッフーッと息を切らして、そして、遠目でもわかるくらいにパックスから覇気が消えた。
いや、元々覇気なんてなかったけど、喚く元気も怒気さえも消えた。
「いいさ……実際、余はこの程度だ。王竜の陛下は余にシーローン王国を下さったが、このザマだ。
誰も余を王と認めず、誰も付いてこなかった」
ああ、ダメだこりゃ。
昔、前世で剣道をやってた頃にも、あんな顔の奴を見たことがある。
才能の差に、努力しても報われないことに心が折れて、部活や道場を去った奴らだ。
もっとも、今のパックスに比べたら、ネコのトイレとマリアナ海溝くらい絶望の深さが違うんだけど、それでも本質は同じだと思う。
心が折れたって意味で。
「結局、余を認めてくれたのは、ベネディクトだけだった。
彼女だけが、ありのままの余を愛してくれた。
言葉は少なかったが、一生懸命、笑いかけてくれたのだ。
……なぁ、兄上。余は、どうすればよかったのだろうなぁ」
「わかりませぬ。ただ、親兄弟を皆殺しにしたのはやり過ぎだったかと」
「だろうなぁ。でも、きっと他の兄上たちが生きていたら、こうやって反乱を起こしただろうさ」
「で、しょうな。しかし、誰でも失敗はするもの。反省し、次に活かせばよいではないですか!」
元気づけるためにか、ザノバさんはことさらに明るい声でそう言う。
だけど、
「余は活かせないさ。そういう奴だ。何度も何度も繰り返すだけだ」
パックスは折れていた。
心がめっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃなのだろう。
だからこそ、絶望の底の底まで追い詰められた人間が……
「あ」
全てから逃避しようとして、死を選ぶのは別におかしな話じゃないんだと思う。
誰かの間の抜けた声が響くと共に、パックスは城の最上階から飛び降りた。
この世界には高いところから落ちたくらいじゃ死なない人達がそこら中に溢れてるけど、パックスは闘気も纏えない、神子でもない、頑丈な種族でもない一般人だ。
高いところから落ちれば普通に死ぬ。
だから、私はそんなパックスが地面に叩きつけられる前に、ジャンプして空中でキャッチした。
「ぬぉおおおおお!!!」
なんか上からザノバさんまで落ちてきてる。
まあ、あの人は頑丈なタイプの神子だし、この高さから落ちてもかすり傷程度しか付かないでしょ。
でも、一応念のために、下から軽い衝撃波を放って落下速度を軽減させといた。
「お前は、妖精剣姫か……。離せ。死なせてくれ」
「無理」
私はふわりと地面に着地して、パックスを降ろす。
パックスは、全てを諦めたような虚ろな目で私を見ていた。
「仕事、だから」
そんなパックスに、私はパックスを死なせてあげられない理由を端的に告げる。
そうしたら、パックスは笑った。
死んだ魚みたいな目で、壊れたように小さく笑った。
「なんだそれは……。余は、自分の命すらも満足に操れないのか。王の器どころの話ではないな。笑える、話だ」
笑うどころか、死んだ目でただただ涙を流し続けるパックス。
そんなパックスにザノバさんが駆け寄るも、もうパックスは人間らしい反応を返すことはなかった。
殆ど廃人だ。
ゼニスさんともまた違う、心が完全に死んでるタイプの廃人だ。
そこに遅れてルーデウスとロキシーさんが駆けつけてきた。
「エミリー!」
「パックス殿下は!?」
「生きては、いる。けど……」
言いよどんでパックスに視線を向ければ、二人はそれだけで全部察した。
途方に暮れたみたいな顔してる。
でも、何かしら行動しないといけない。
ランドルフさんの魔眼による守りも、本人の魔力が枯渇寸前な以上、長くは保たないだろうし。
と、そこでランドルフさんもこっちに合流した。
「ああ、陛下は助かったんですねぇ」
少しだけ嬉しそうで、だけど99%は悲しそうな顔でパックスを見るランドルフさん。
でも、途方に暮れてる感じのルーデウス達を見て自分が話した方がいいと思ってくれたのか、本来ならこの後どうするつもりだったのかを説明してくれた。
「陛下には自分の死後、王妃を連れて城を脱出し、王竜王国に送り届けるよう頼まれていたのですが……この状態の陛下までは連れていけませんねぇ。
戻れば恐らく、クーデターを許した責を問われて、あっという間に処刑されてしまうでしょうし」
「ならば、魔法都市シャリーアにて匿おう。余が責任をもってパックスを守る」
そう言ったのは、ザノバさんだ。
その腕に抱かれたパックスは、泣き疲れたのか、それとも精神的な疲労がピークに達したのか、涙と鼻水で酷い顔のまま気絶してた。
「ザノバ……」
「師匠、余はきっと、家族に何かしてやりたかったのです。
師匠達と過ごすうちに、友の大切さを、家族の尊さを知って、人間らしくなれて、シーローンで首取り王子などと呼ばれていた頃の己を、心のどこかで後悔し続けていたのです」
ザノバさんは語る。
懺悔するみたいに、あそこまで頑なだった理由を。
「だから、シーローンでは厄介者で、散々家族に迷惑をかけていた分、最後に残った
家族として、助けてやりたかった。
愚かですな。自分のこんな気持ちにすら、余は今この瞬間まで気づかなかったのですから」
ザノバさんもまた泣いていた。
ああ、国のためじゃなくて、家族のために戦ってたんだね、この人は。
例え家族がどんなクズでも、最後に残った肉親を見捨てられなかった。
全力でピレモンさんを助けた師匠と同じだ。
そんなザノバさんの肩に、ルーデウスが優しく手を置いた。
「師匠……」
「ザノバ……。パックスはまだ生きてる。
あんまり適当なことは言えない。取り返しなんてつかないかもしれないけど、まだ生きてる。
やり直しの、チャンスくらいはあるはずだ」
「……そう、ですな」
涙で酷いことになってるのは変わらない。
けど、ほんの少しはザノバさんの目に光が戻った気がした。
前を向いて歩いていってくれる気がした。
……凄いなぁ。
私にはこういう大きな挫折の経験がないから、折れても前に進める人達は、素直に尊敬するよ。
「わたしも……! わたしも、お手伝いします!
何ができるかわかりませんが、どうか、わたしにも過去の贖罪をさせてください!」
「ロキシー殿……。はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ロキシーさんもまた、さっきのパックスの慟哭を聞かされて、大分心にくるものがあったのか、ザノバさん並みに傷つきながらも、ザノバさんと同じ前を向く意志が見えた。
パックスがこの後どうなるのかはわからないし、立ち直れるかどうかも知らないけど、まあ、支えてくれる人がいるなら大丈夫なんじゃないかなと安直に思った。
さて、ジンジャーさんへの言い訳どうしようかなぁ。
あの人、パックスのこと嫌ってたし。っていうか恨んでたし。
この状態のパックスが一人で生活できるとは思えないから、多分ザノバさんが面倒見るんだろうけど、ザノバさんの家ってジンジャーさんも一緒に住んでるんだよね。
恨みの対象と一つ屋根の下……うわぁ、嫌な予感しかしない。
家庭崩壊、しないといいなぁ。
誰か他にパックスを引き取ってくれる人でもいれば……あ。
「そういえば、ランドルフさんは、どうするの?」
「そうですねぇ。陛下と王妃様のお心次第ですが、陛下はあの状態ですし、そうなれば王妃様も恐らく陛下について行かれるでしょうし、できれば私もお二人にお供したいところですねぇ。
ちょうど列強の地位も失ってしまいましたし、この戦争で死んだことにでもすれば、王竜王国もそう簡単には探せないでしょう。
まあ、その場合、あなた方と王竜王国の関係が悪化してしまうので、許されるならですが」
ランドルフさんはチラッチラッとルーデウスに流し目を送った。
ルーデウスは何事か考えるような顔をした後、ザノバさんやロキシーさんを見て、苦笑しながら頷く。
「わかりました。できるかはわかりませんが、最大限の努力はしてみます」
「ありがとうございます。いやはや、大きな恩ができてしまいましたねぇ」
「返済が大変そうだ」とか言いながら、ランドルフさんは骸骨顔でカタカタと笑う。
「とはいえ、できるかどうかはわかりませんよ? 王竜王国の追求を躱すのは大変そうですし」
「ええ、もちろんわかっておりますとも。
少しでも可能性を上げるために、いい感じの死亡エピソードと遺言でも考えておくとしましょうかねぇ」
死神の遺言……。
聞いたら呪われそう。
「あ、そうだ。言い忘れてましたが、列強の地位獲得おめでとうございます、エミリーさん。
これからはあなたが七大列強第五位です」
「……なんか、あんまり、嬉しく、ないです」
目の前に廃人と泣いてる人達がいる状況で喜べるか!
戦い自体も、列強の座を賭けた割には、ただの不毛な勘違いによるものだったし。
称号だけ貰っても、中身が伴ってないと、こんなに虚しいとは思わなかったよ。
こうして、私は微妙な気持ちを抱いたまま、殆ど成り行きで七大列強になり、あんまり後味がよろしくないまま今回の仕事は終わった。
七大列強
一位『技神』
二位『龍神』
三位『闘神』
四位『魔神』
五位『妖精剣姫』New
六位『剣神』
七位『北神』