剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
ギレーヌとの手合わせの条件として、師匠は色々考えた末に「ギレーヌのところに行きたければ、まずは俺より強くなってからだ!」と胸熱な結論を出した。
それを受けた私はやる気がバーニング。
メラメラと燃えたぎりながら、とりあえず現在の課題であるギレーヌが最後に見せた超光速の剣を模倣し、更なるパワーアップを果たすべく、今日も今日とて剣を振るう。
「ふっ……! ふっ……!」
まずはランニングとかの準備運動の後、毎日恒例の素振りから。
ただデタラメに振るんじゃない。
目に焼きついたギレーヌの太刀筋を意識して模倣し、自分の太刀筋を少しずつ少しずつ改良して、あの光速の斬撃を再現することを目指す。
「フッ! ハッ!」
それが終わったら、教えてもらった三大流派の型を通しでやって体に馴染ませる。
何度も何度も繰り返して、体に動きを覚え込ませる。
覚えた技を忘れないように。
まだ不完全な技は、少しでも師匠の動きに近づけるように改良し続ける。
お手伝いがある日でも、師匠との稽古でクタクタになることが確定してる日でも、これと素振りだけは毎日かかさない。
継続は力であり、毎日の繰り返しこそが私の血肉になるのだ。
「あ、あのね、エミリー」
「ん? どうしたの、シル?」
けど、今日はそこに、いつもと違うことが追加された。
「私に剣を教えてくれないかな?」
剣術漬けの毎日を送る私に、姉が珍しくそんなことを言い出したのだ。
それに対して驚きはない。
最近の姉は、ルーデウスが出荷される間際に「シルフィは、ずっと彼に守ってもらうつもりなのかい?」的なことを父に言われたらしく、なんとなく自分がルーデウスに頼り切りだったと自覚したのか、今は自分がルーデウスの支えになれるような存在になるべく頑張ってる。
具体的には、ゼニスさんがやってる治療院を手伝ったり、何故かリーリャさんに礼儀作法を叩き込まれたり、私を真似て体力作りのための結構ハードなトレーニングを始めたりとかだ。
めっちゃ努力しとるがな。
すげぇ、ルーデウスがいなくなった途端に全てが良い方向に転がり始めたと、私はルーデウスを出荷した師匠の決断力に感服の念を抱いた。
それを素直に師匠に伝えたところ、鼻が伸びて天狗になってたんだけど、それは置いとく。
「わかった。厳しく、する? 優しく、する?」
「厳しい方でお願い」
「ん。了解」
自分の稽古時間が減るのはちょっとあれだけど、こんなに頑張ってる実の姉妹のお願いを無下にするほど冷酷になったつもりもない。
それに他人に教えることで、自分もより理解を深められるみたいな話は有名だし。
というわけで、姉に剣術を教えることが決定した。
師匠に一緒に教えてもらえばいいんじゃないかとも思ったけど、当の本人が「パウロさん、ちょっと怖いからやだ」と言い出したので却下。
なんでも、姉は師匠がルーデウスを叩きのめす瞬間を見てしまったらしい。
私は見てないんだけど、そういえば、あの時は姉の方が前を歩いてたっけ。
で、好きな人が気絶するほどの暴力を見せられて、苦手意識ができちゃったと。
幼女に嫌われるとは。
師匠、哀れ。
それはさておき。
いざレッスンスタート!
教え方は師匠のをお手本とする。
前世の剣道の先生のやり方とどっちにしようか迷ったけど、郷に入っては郷に従えってことで、異世界式カリキュラムの方を選択。
そして、師匠のやり方と言えば、技を教えるよりも先に、とりあえず一回戦わせてみる感じのやつだ。
私が初めて師匠に教えてもらった時みたいに、最低限のお手本を見せる必要はあるだろうけど、見学だけとはいえ、私とルーデウスの稽古を年単位で見続けてきた姉なら、いきなりやっても大丈夫でしょ。
「というわけで、まずは、打ち込み。どこからでも、かかって、来て」
「う、うん。わかった。やぁああああ!!」
片言でなんとか最低限の説明を終え、早速実践。
姉は師匠の家で借りてきたらしい木剣を見様見真似で振るって、私に打ち込んできた。
勢い任せに振り上げて、力任せに振り下ろす。
型どころか基礎も何もなってない動き。
でも、最初は皆そんなもんだ。
私も前世で最初に剣を持った時はこうだった。
懐かしさと微笑ましさを感じながら、姉の剣を真っ向から受け止める。
受け流したりはしない。
これは打ち込みだ。
まずは打ちやすいように打たせてあげることが大事。
これは剣道で学んだ。
「えい! やぁ!」
前に出ながら剣を振り続ける姉。
私は剣道の切り返しと呼ばれる稽古法と同じように、姉の速度に合わせて少しずつ後ろに下がりながら攻撃を受ける。
でも、すぐに姉の剣に思ったより勢いがないことに気づいた。
「シル、遠慮、いらない。私、強い。本気で、やっても、大丈夫」
「う、うん!」
といっても、やっぱり人に剣を向けるのは忌避感が強いのか、姉の剣から遠慮が消えることはなかった。
姉は優しいからなぁ。
これは攻めて攻めてっていう剣神流とかとは相性が悪いかもしれない。
ん?
というか冷静に考えてみると、姉って無理に剣術覚える必要あるの?
攻撃手段ならルーデウス仕込みの魔術があるし、遠距離攻撃があるなら、下手に剣を持って突っ込んでいく必要はないのでは?
姉は私と違って、剣士に憧れてるってわけでもなさそうだし。
「やめ!」
「ハァ……ハァ……」
とりあえず、そこそこ打たせた後に、私はやめと言って最初の戦いを終わらせた。
姉は少し息を切らしてるけど、最近の体力トレーニングの成果が出てるのか、まだまだ元気そうだ。
ふむ。
なら、さっき考えたことを試してみよう。
「じゃあ、次。魔術、使って、戦う」
「え? で、でも、魔術は危ないよ……?」
「大丈夫。さっきも、言ったけど、私、強い、から」
渋る姉を無理矢理説き伏せ、魔術ありの模擬戦を開始した。
そういえば、魔術師相手の経験を積みたくて、ルーデウス相手にもこのルールの模擬戦は持ちかけたことあったっけ。
あいつも私に魔術を向けたくないって言って断られたけど。
そう考えると、これは私にとっても初めての魔術師との戦いってことになる。
そして、姉にはああ言ったけど、私も初めて戦うタイプの相手に絶対勝てるとまでは言えないわけで……。
予想外の動きで虚を突かれて即死とかしないように気をつけよう。
「い、行くよ……『
姉が初手に選んだのは、衝撃波を発生させる風の魔術だった。
本来なら無色透明の一撃なんだろうけど、私は魔力眼のおかげでハッキリと見える。
というか、結構わかりやすく空気が蠢いてるから、魔力眼無しでも普通に対処できそう。
剣を一振り。
それで衝撃波を真っ二つに斬り裂く。
面攻撃なら、受け流すよりも叩き斬った方がいい。
「えい! えい!」
ルーデウスに貰った小さな杖を構えながら、衝撃波だの水の弾丸だの氷の刃だのをぶっぱしまくる姉。
それを見て思ったことが一つ。
魔術って、技術がものを言う剣術と違って、ただ適当に撃ってるだけでもそこそこ強い。
例えるなら、素人が銃を乱射してる感じ。
達人相手には通じないけど、前に師匠が倒してたターミネートボアくらいなら、これだけで仕留められそう。
しかも、ルーデウスが練習で度々見せてた多彩な魔術と、それを使った動きを見るに、研鑽次第でいくらでも応用が利きそうだ。
ルーデウスが試行錯誤してたやつだけでも、衝撃波を自分にぶつけて高速移動とか、泥沼を相手の足下に発生させて移動阻害とか、煙幕や爆発を使った目眩ましとか色々あったしね。
攻撃も搦め手もできるとか、本格的に攻め手は魔術だけでいいような気がしてきた。
そうなると、姉が覚えて一番メリットのある剣術は……
「よ」
「!?」
私は姉の放つ単調な魔術を水神流の技で真っ向から受け流しながら距離を詰めた。
距離が縮まれば縮まるほど魔術の着弾までの時間も短くなるけど、もう完全に姉の攻撃を見切った私には通じない。
単調で単純な素人攻撃相手なんだから当たり前だけど。
むしろ、曲がりなりにも年単位で鍛えてきた身として、対処できない方が恥ずかしい。
そして、距離を詰められると姉は弱かった。
苦し紛れに放ったっぽい私の足下を凍結させる魔術も、踏み込み一つであっさりと効果範囲から抜け出せた。
そこまで行けば姉はもう目と鼻の先。
ルーデウス相手に初めて戦った時と違って、配慮と手加減を重ねた遅い斬撃にすら姉は対処できず、これまたあっさりと木剣を首筋に添えられてジ・エンドだ。
「うん。大体、わかった」
戦いを終えて、私は姉への指導方針を決めた。
姉に教えるならこれしかない。
「シルには、水神流、教える」
「すいしんりゅう?」
「そう。水神流、守りの剣。攻撃、魔術で、充分。だから、剣は、守る技、教える」
多分、姉が一番強くなれる方法はそれだと思う。
魔術と水神流の技を同時に使えるようになれば、盾役に守られた遠距離アタッカーっていう悪夢の組み合わせを一人でやれることになる。
例えるなら、鉄壁の防御力を持った戦車の中から、一方的に戦車砲とかをぶっ放してくる感じだ。
何それズルい。
もちろん、そんな簡単にはいかないと思う。
魔術と剣術の同時使用の難しさは、なんだかんだで魔術の習得を諦めずに練習を続けてる私が一番よくわかってるし、そもそも姉には魔術師としての師匠もいない。
一発で剣術の師匠を見つけられた幸運な私と違って、姉の強さへの道は舗装されていない。
それでも、覚えた技は決して無駄にならないはず。
そうして、私は姉に水神流を教え始めた。
最終的に、姉は右手に短杖、左手に短剣を持った凄腕の魔法剣士になるんだけど、それはまだまだ先のお話。