剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「おらぁ!!」
「ッ!?」
エミリーがアレクサンダーを遠ざけ、ルーデウスとパウロがどうにか鬼神を押し出し。
ザコの邪魔が入っちゃつまんねぇという理由で、スペルド族が戦っているところから少しだけ場所を移した戦場にて。
元『剣神』ガル・ファリオンが剣を振るう。
剣神を名乗っていた頃以上の速度を誇る光の太刀。
少しでも反応が遅れてしまえば、相対するエリスにどうにかできるものではない。
剣神流同士の戦いにおいて、剣速で負けているというのは致命的だ。
「おおおおお!!」
しかし、エリスに対処できない攻撃を、ガルと同じくエリスに教えを授けた者の一人である『奇神』オーベールが止める。
ガルが剣を振り上げる前にエリスの盾になれる位置に飛び込み、手に持った二本の剣でガルの光の太刀を受け流す。
「奥義『流』!!」
オーベールが使ったのは、畑違いの水神流の奥義。
だが、所詮は他流派の技と侮るなかれ。
今のオーベールは『北帝』ではなく『奇神』だ。
三大流派の全てを極めんとする『妖精剣姫』によくサンドバックにされ、向こうがこちらの技を吸収するのと同時に、こちらもまた向こうの技を吸収してきた。
模擬戦の後には、勉強会のごとく互いの技を教え合ってきた。
結果、オーベールは北帝としての完璧に出来上がった基礎を礎にして、エミリーより『水王』の認可を受けた。
そんな奇神の受け流しは、本家になんら劣らぬ守りの剣。
おまけに、ガルはオーベールの
不完全な技であれば、たとえ剣神の太刀とて受け流せる!
「ぐっ……!?」
しかし、ガル・ファリオンはオーベールの上を行った。
無茶な体勢から放った不完全な光の太刀。
それでオーベールの受け流しを凌駕した。
ガルの剣閃を完全には逸らせず、オーベールの胴が深く斬り裂かれる。
だが!
「北神流『血煙』!」
「あぁ!?」
斬り裂かれたオーベールの腹から、凄まじい勢いで赤い煙が噴き出した。
腹に仕込んでおいた魔道具だ。
裂かれると凄まじい煙を噴き出す、目眩まし用の武器。
被弾をただの負傷で終わらせないための、悪手から勝機をひねり出すための、北神流奇抜派の技。
他流派の技を使おうとも、やはり彼の根っこは北神流だ。
「シッ……!」
オーベールの出した煙に殺気を隠して、エリスが剣を振るった。
己にできる最速の光の太刀。
目の前の男から教わった技。
しかし、剣から伝わってきたのは人を斬る感触ではなく、ヌルリとした手応え。
「奥義『流』」
「ッ!?」
ガルがエリスの剣を受け流す。
彼もまた水神流の技を使ったのだ。
それもオーベール以上の精度で。
才能だけで比較すればエミリーには及ばないものの、それでもガル・ファリオンは紛れもなく剣の天才である。
剣神と名は付いているが、水神流の道場を叩けば、水帝程度までは上がれる才気にあふれている。
そして、彼は今までの人生で水神流の剣士と戦ったことなど何度もあった。
ならば、盗める。エミリーがそうであったように。
しかし、それは剣神流の頂点『剣神』の名にあるまじき行いだった。
「流派の頂点が他流派の技を……! プライドというものは無いのですかな、剣神殿!」
「ハッ! お前にだけは言われたくねぇな、オーベール!」
ごもっともだった。
頂点でこそないが、オーベールもまた流派の看板の一端を背負う帝級の剣士。
本当にどの口が言っているのかという話だ。
さすが北神流。
「そんなつまんねぇこと言うなよ! プライドがなんだ? 流派がなんだ? 失ってみりゃぁ、そんなもんに固執してたのがバカみてぇに思えてくる!」
「ぬぅ……!?」
ガルが剣を振るう。
オーベールが必死に惑わし、受け流し、エリスが反撃して、ガルの攻撃を中断させる。
それでも徐々に徐々に押される。
「剣神流『韋駄天』!」
「「!」」
地面を思いっきり踏みつけて、ガルが加速。
剣神流特有の迷いの無い踏み込み。
最速最短を駆ける、最速の剣技の足捌き。
「北神流『幻惑歩法』!」
「「ッ!?」」
そこに、ありうべからざる惑わしの歩法が混ざる。
剣神流と北神流の基本の歩法の組み合わせ。
エミリーが得意とする技。
ガルはエミリーとの戦いでそれを盗み、この戦いに挑むまでの間に『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバックとの模擬戦を重ねて、この技を完全に己のものとした。
技を確認しながらだったのもあって、アレクには何度も負けた。
剣神だった頃にやっていれば、列強の順位を落としていただろう。
色んな意味で、あの頃の自分には絶対にできなかったことだ。
「ハハハッ! 楽しいなぁ! なんの
エミリーの奴はずっとこんな自由に戦ってやがったのか! そりゃ負けるわけだぜ!」
「くっ!?」
「この……!?」
ガル・ファリオンの剣閃が走る。
『剣神』ではなく、『ガル・ファリオン』の剣が走る。
合理を極めながらも、どこまでも自由に。
どこまでも伸び伸びと。
「ハーッハッハッハ!!」
解けていく。壊れていく。
己を縛りつけていた枷が、一太刀振るうごとに外れていく。
体が軽い。心が軽い。
ほんの少し前であれば、剣神としての振る舞いがあった。
剣神として、剣神流の技を使わねばならぬという義務感のようなものがあった。
ガル・ファリオンは世界最強の剣士であった。
剣の神、七大列強第六位、最強の人族、剣士の頂点に座する君臨者であった。
だが、彼は『龍神』オルステッドに負けた。
列強二位、次元の違う絶対強者に、いとも容易く両手足を斬り落とされて敗北した。
彼は『妖精剣姫』エミリーに負けた。
列強五位、恐ろしいほどの早さで強くなる規格外の天才に追い抜かれた。
彼は次代『剣神』ジノ・ブリッツに負けた。
七大列強の地位も、剣神の称号も失った。
負けた。負けた。負けた。
絶対強者に届かず、規格外に追い抜かれ、後進にまで乗り越えられた。
もうガル・ファリオンには何も無い。
もう彼は最強の人族でもなければ、剣士の頂点でもなく、君臨者でもない。
ガル・ファリオンには何も残っていない。
━━生涯に渡って鍛え続けた、その剣技以外は。
……なら、もういい加減好きにやってもいいだろう?
剣神の称号などいらない。
立場も地位もいらない。
責任もクソも知ったことか。
ただ剣を愛する一人の剣士として、やりたいようにやろう。
人生で一番楽しかった、
どこまでも心の赴くままに。
命懸けの戦いを楽しみたい、その果てに強敵を打倒し、勝利の愉悦に浸りたいという、己の欲望の赴くままに。
『欲望のままに剣を振るえ』。
それはガル・ファリオンが弟子達にずっと言ってきた、彼自身がいつの間にかできなくなっていたこと。
ひたすらにワガママを通す。
ワガママを通すのが生きるってことよ!
「奥義『疾風光剣』!!」
「「ッ!?」」
またガルの剣が鋭くなった。
体のあちこちから飛び出してくるオーベールグッズによる妨害なんぞ、なんのその。
崩れた体勢、不完全な構え。
知ったことかと無理矢理に放たれた光の太刀の連撃が、驚くほどに鋭く、美しい。
「おらおら! どうしたぁ! 俺様を殺すんじゃなかったのかぁ!?」
防ぎ切れずに斬り刻まれていく二人を、ガルは獰猛な笑みを浮かべながら挑発した。
もっと楽しませろ。
彼の表情がそう言っていた。
「舐めんじゃないわよ!!」
エリスが剣を振るう。
実に生き生きとしている
剣神流奥義『光の太刀』+北神流『打鉄』!
「奥義『打鉄光破』!!」
エリスの剣がガルの剣を弾いた。
北神流『打鉄』。
それっぽい名前こそ付いているが、なんのことはない、剣と剣を打ち合わせて弾くだけの技だ。
極めれば防御と武器破壊を同時に行える奥義となるが、ガルを相手にそこまでの余裕は無い。
ただ、光の太刀で光の太刀を強引に迎撃するだけで精一杯。
相手の光の太刀が最高速度に達する前に、自分の最高速度の光の太刀で手首を斬り飛ばす『光返し』を打たせてくれないからこその苦肉の策。
それも速度で負けている以上、全ては防げない。
極限まで集中しても、せいぜい半分しか防げない。
「奥義『光流し』!!」
だから、残る半分はオーベールが防ぐ。
水神流奥義『流』+剣神流奥義『光の太刀』。
エミリーが対オルステッド用に使い、『剣聖』の認可と共に光の太刀を会得したオーベールが、どうにか真似た不完全な奥義。
二本の剣のうちの一本を捨てて両手持ちとなり、なりふり構わず北神流をも投げ捨てて再現したそれを無理矢理に使って、ようやく今のガルを相手にギリギリ生き残れる。
一方的に斬り刻まれ、なんとか生きているだけという薄氷の上の生存だが。
それくらい、今のガル・ファリオンは強かった。
……だが。
「終わりだ!」
「ぐぅぅ!?」
オーベールの左腕が斬り飛ばされて宙を舞った。
不完全な奥義に頼った代償。
とうとう防御が崩れた。
「ま、前座にしちゃ、そこそこ楽しめたぜ!」
ガルがトドメの一撃を構える。
絶体絶命。
次の瞬間にはオーベールかエリスか、ガルが狙った方が死ぬだろう。
絶死を確信してしまうほどの、完璧な状況。
達人剣士ですら、ほんの僅かに気が緩む瞬間。
それを━━待っていた。
「『
「あ?」
ガルの足下が崩れる。
いや、オーベールの爪先の直線上の地面が崩れた。
階段の段差一つ分くらいヘコんだ。
無詠唱魔術……ではない。
オーベールは無詠唱を使えない。
これはブーツに仕込んだ魔道具の効果だ。
魔力を流した瞬間、超簡略化された『
規模を極小にまで絞ることで、発動速度を速めた。
それによって、ガルの右足がガクンと落ちた。
体勢が崩れた。
達人であれば刹那のうちに立て直せる、しかし確実な隙が生じた。
更に、
「『
「おぉ!?」
斬り飛ばされたオーベールの左腕からパンチが放たれた。
ルーデウス達が開発した魔導鎧の前段階『ザリフの籠手』を飛ばすロケットパンチ。
オーベールの要望によって、本来の起動音声より大幅に短縮され、他にも色々と弄ってもらった、オーベール専用のロケットパンチ。
それが奇神らしい予想外の奇手としてガルを襲い、ガルは咄嗟に避けるも更に体勢は崩れた。
……しかし。
(足りねぇなぁ!)
ガルは獰猛に笑う。
体勢は確かに崩された。
だが、この体勢からでも光の太刀は放てる。
そして、左腕を失ったことに変わりはないオーベールに、これをどうにかする手段など無い。
オーベールのあがきは、死の瞬間をほんのコンマ数秒先送りにしただけだ。
だが、
(これで良い)
オーベールにとっては、そのコンマ数秒こそが何よりも欲しかった。
「ガァアアアアアア!!!」
『狂剣王』エリス・グレイラットが咆哮を上げながら剣を振るう。
剣神流奥義『光の太刀』。
他の技など混ざっていない、純粋な剣神流の光の太刀。
ガル・ファリオンより授かった奥義。
(バカが!)
エリスに対抗するように、オーベールからエリスに標的を変えて、ガルもまた光の太刀を放つ。
こちらもまた他の技など混ざっていない、純粋な剣神流の光の太刀。
エリス・グレイラットに授けた奥義。
つまりこれは、光の太刀の打ち合い。
ガルの方が、ほんの少しだけ出だしが遅かった。
オーベールに体勢を崩されたせいだ。
それでも、エリスに負ける気はしなかった。
光の太刀。
ガル・ファリオンが生涯をかけて磨き上げた奥義。
オルステッドに打ち砕かれ、エミリーにねじ伏せられ、ジノ・ブリッツに超えられた奥義。
信じて疑わなかった自分の剣。
信じて疑わなかった自分の技。
それが、いとも簡単に破られ、そして敗北した記憶。
しかし、自由に剣を振っているうちに、失った自信も何もかも戻ってきた。
否、どうでもよくなった。
自信が無いとか、また負けるかもしれないとか、そんなことはもうどうでもいい。
ただ剣を振るうのが好きだから振るう。
その先にある勝利が欲しいから戦う。
それだけで良い。
それだけで良かったのだ。
良い方向の開き直りが、ガル・ファリオンの剣を生き返らせた。
振るう剣が羽のように軽い。
若き日の全盛期を超え、オルステッドと戦った時の生涯最高の一太刀を超え。
たった今放った光の太刀こそが、己の最高の一振りであると、ガルは確信した。
「あ?」
だからこそ、ガルは目を疑った。
光の太刀が、最速の剣技同士が交差する、刹那にも満たない一瞬。
その一瞬の間に、ガルは確かに見た。
エリスの光の太刀が━━己の光の太刀を振り切る瞬間を。
剣速ではガルが勝っている。
同じタイミングで打ち合ったのなら、ガルの勝ちだったろう。
しかし、ほんの僅かに遅れた距離を、オーベールが稼いだ距離を、ガルの奥義は詰め切れなかった。
「ガァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「………………は?」
エリスの光の太刀が━━ガルの体を両断した。
肉体の支えを失ったことで、ガルの光の太刀は制御を失い、エリスの体を浅く斬りつけるだけの結果に終わる。
生涯最高を超えた、人生の集大成の一太刀。
それを、真っ向からねじ伏せられた。
鍛え上げられたガル・ファリオンの肉体がただの肉塊と化し、血を撒き散らしながら崩れ落ちる。
「マジ、かよ……」
信じられない。
何故、負けた?
何故、届かなかった?
その答えを求めるように、ガルはエリスのことを見た。
「ふん! 強くなったのは、あんただけじゃないのよ!」
傷だらけの体で、斬り伏せられて地に倒れるガルを見下ろしながらエリスは言った。
息を切らし、全身から血を流し、それでも堂々たる姿で、エリスは立ち続けていた。
彼女の言葉が全てだった。
エリス・グレイラットは、強くなっていた。
ガル・ファリオンの予想を超えるほどに。
『龍神』に、『妖精剣姫』に、ガルの負けた二人に修行で何度も挑みかかり。
負けて、負けて、負けて、それでも食らいついて強くなった。
負けて吹っ切れたガルのように、敗北と屈辱をバネにして強くなったのだ。
あの瞬間、オーベールの稼いだ時間を最大限効果的に使い、体勢を完璧に整え、最善最高の光の太刀を放てるほどに。
その最善最高の光の太刀で、不完全とはいえガルの光の太刀を振り切るほどに。
そんなエリスを見て、ガルは……。
「……そうか。強く、なりやがったなぁ」
自然と……笑っていた。
酷く穏やかな顔で笑っていた。
何故笑っているのか、自分でもわからない。
負けたのだ。死ぬのだ。オルステッドにも、エミリーにも挑めないまま。
悔しい。本当に文字通り、死ぬほど悔しい。
なのに、不思議と穏やかな気持ちしか湧いてこない。
「ったく、エミリーといい、ジノといい、お前といい……。本当に、強く、なりやがって……」
口から言葉が漏れていく。
殆ど無意識に出てきた言葉。
それを聞いて、ガル・ファリオンはなんとなく悟った。
(ああ、そうか)
自分の時代は、終わったのだ。
次代の剣士達が、ガルの剣を継いだ連中が、全力の自分を超えていった。
自分は最後の最後に好きにやれた。ワガママを通せた。一花咲かせられた。
それで充分なんて殊勝なことは思っていない。
エミリーに勝ちたかった。オルステッドに勝ちたかった。
その思いは確かにある。
ただ、なんとなく、本当になんとなく、そんなに悪くない気持ちしか湧いてこないのだ。
それこそが、自分の時代の終わりをガルに感じさせた。
「やるよ。好きに、使い、潰せ……」
ガルは、最後の最後まで離さなかった愛剣、魔剣『喉笛』をエリスに差し出した。
そして……。
「エリス……」
「……何よ?」
最後に、『剣士』ガル・ファリオンは。
「見事だ」
敗者として、勝者を讃えた。
それが、本当に最後だった。
ガル・ファリオンの目から光が消える。
どこか満足そうな顔で、かつて最強だった剣士は逝った。
「…………」
そんなガル・ファリオンの最期に。
彼の愛剣を受け取った『狂剣王』エリス・グレイラットは。
静かに、敬意を込めて一礼した。