第一王子は廃嫡を望む(調整版)   作:アマシロ

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第3話:第一王子と独りぼっち令嬢

 

 

 

 

――――俺は、王にはなれない。

 

 

 文武両道だろうが、政治を学ぼうが、知略を磨こうが。血統により魔法を磨くという貴族の在り方に反しているのだから打つ手がない。

 

 が。母さんが悪く言われて黙っているのは我慢がならない。父さんはまぁ、母さんと違って周囲に何も言われてないんだから頑張ってほしい。

 

 

 

 で、先頃出会ったおせっかいな少女を参考に、することのない暇人なのをいいことに地道な奉仕活動で評判を上げる作戦を立てたのだが――――。

 

 

 

「……これは無謀だったかなぁ」

 

 

 

 評判をあげられるのなら、直接的に母さんの周囲に関わりそうな高位貴族とかから……と思い、ちょうど今夜開かれる貴族の令息・令嬢向けのダンスパーティ(デビュー前なので実質ただのお茶会)に出てみたのだが。

 

 メイド長とかから止めておいたほうが、と遠回しに止められたのも、むべなるかなと言ったところ。

 

 

 

 

 

 一応名目上はダンスパーティじゃなかったっけ? と言いたくなるような空気の死に具合である。

 そもそも身分の高い人間が最初に踊るのだが、こういう場で一緒に踊るというのはそれなりに意味がある。仲がいいアピールとか、婚約者候補とか。で、家柄だけはいい王族がいるものだから困っているというところか。

 

 執事長にスパルタで鍛えられただけあって自分のダンスの腕はなかなかのものだと自負しているし、これまでは申込みが殺到していたので完全に甘く見ていた。

 いや、単純に見込みが、考えが甘すぎたのだろう。分かっていたはずだ、自分は結局のところ厄介者の出来損ないでしかないのだと。

 

 

 

 

 

 綺羅びやかな飾りも、豪勢な料理も。

 誰も彼もが関わりを避けるように俯いているせいでどこか輝きがくすんで見える。

 

 

 

 実質男爵家並の魔法しか無い王族とか、政治的爆弾すぎて誰も触れたくないのだろう。というか仮に誰かに話しかけたら迷惑がられかねないし、これ以上この場にいても空気を悪くするだけなので中座するしかない。

 

 

 

 

(よく考えなくても評判最悪の状態からじゃ評価上げも何もないな)

 

 

 

 慈善事業の対象は高位貴族じゃなくて、もっと困ってそうな上に自分のことを知らない平民とかから始めるべきだった。失敗したものは仕方がないので、次に繋げるしかない。

 見慣れたダンスホールを抜け、庭園に出る。

 

 

 庭園に出てすぐは明かりも多く、気分の悪くなった人が風に当たるための椅子やテーブルを並べてある。そこはやはりというか、かなり人が多い。露骨に視線を逸らす、これまでは仲がいいと思っていた侯爵家の令息や伯爵家の令嬢になんとなく冷めた気分になりつつも庭園の奥へ。

 

 

 主に抜け出した男女が逢引する場所だが、今は未成年メインなので誰も使っていない――――と思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 ―――――そんな場所で、ぼんやりと座っている幼い少女がいた。

 

 

 

 月明かりを受けて銀糸のように輝く髪に、夜明け前の空のような紫の瞳。どうにも痩せぎすではあるものの、白い肌と大きな瞳はどこか雪の妖精のような可憐な印象で。――――野暮ったいドレスと分厚い手袋、妙に数を巻いてる気がする魔法防御用のブレスレットが絶望的にセンス……流行の欠片もないせいで物凄く近寄りがたいが。

 

 まるで最近の流行なんてまるで知らない父親が、世間知らずの娘が心配すぎて過保護になりつつ送り出したような有様であった。

 

 

 普通、良家の子女がへんてこな格好をするのはあり得ないので、多分、何かで功績を立てて招待された男爵とかの爵位だと思われるが。

 しかもその割に近くに親がいる気配もないので、少女をフォローする人間もいない。功績関係で他の高位貴族に呼び出されたのだろうが、最早状況は絶望的である。

 

 

 

 俺だったら泣いてる。

 少女は気丈なのか、はたまた鈍いのか、泣いてこそいないがどんよりした眼で空を見上げていた。

 

 

 

 

 

(………いや、まあ)

 

 

 

 

 正直、娘にこんなヘンテコな格好をさせる親なので社交関係の力は何も期待できまい。なんなら関わったらやはり王には相応しくないと言われるネタにされかねない。

 

 貴族として、見える厄ネタには触るべきではない。

 ……とはいえ、なんというか。死んだ魚みたいな眼で空を見上げている、その眼がどこかの誰かに似ているような気がしないでもなかった。

 

 

 

 

 

「――――お嬢さん、私と踊っていただけますか?」

「…………………ぁ」

 

 

 

 

 驚きからか、大きな眼を零れ落ちそうなくらい見開いた少女はたっぷり5秒以上は硬直した後、きょろきょろと周囲を見渡し始めた。

 てっきり親を探しているのかと思いきや、少女はすごく自信なさそうにこちらの顔……よりずっと下、腹のあたりを見ながら言った。

 

 

 

 

「………わたし、ですか?」

「まあ、他に誰もいないしな」

 

 

 

 別の誰かに話しかけたと思われたらしい。

 なんでそんな考えに至ったのだろう、というのが顔に出てしまったのか、少女は先程の落ち込みように戻ってしまった。

 

 

 

「でも…………わたし、変なカッコウって」

 

 

 

 …………子どもって意外と容赦ないもんな。

 自分もまだまだ子どもではあるのだが、このちっこい少女よりは多分幾分か年上だろう。

 

 

 

「そっか。そのドレスとか、お前が選んだのか?」

「…………おとーさまが、…………って………くれて」

 

 

 

 恥ずかしい、というよりも落ち込んでいるのだろうか。

 自分なら「あの親父ィ」と悪態の一つでも吐きたくなるが、なんとなく父親のことは好きそうなこの少女の場合「父親のセンス無いだけだから気にするな」と事実を伝えると余計に凹みそうである。

 

 

 

「そうか。……まあ、なんだ。良いドレスだしな。どっちかというと、これ」

「………? ぁ」

 

 

 

 どんだけ肌を隠しときたいのか、とばかりの長手袋(なんかちょっと焦げ臭い)を引っこ抜き、無駄に多いブレスレットも取る。

 後になって考えれば魔法の暴走を怖れて必死に防御を固めた結果だと思われたが。

 

 

 

「………ぁ、の………っ」

「大丈夫だ、お前は可愛くなる」

 

 

 

 

 余計な装飾と、野暮ったい手袋がなくなると、やっぱり少女そのものの素材は良さそうだった。もうちょっと肉がつけば可愛いだろう。そのせいで余計に顰蹙を買っていたのかもしれない。

 素材はいい。数年後はきっと美人になるだろう。その片鱗は見えているわけだし。

 

 

 

「後は踊れれば完璧だな。そして俺は控えめに言ってもダンスには自信がある」

 

 

 

 躊躇うように手を引っ込めようとする少女だが、ちょっと強引に手を取る。

 なんとなく「ときには強引な方が」とかなんとか言っていた少女の顔が過ぎらないでもなかった。

 

 

 

 ただ、その小さな手を取ってみたらものすごい高熱に思わず手を離しそうになったが。とはいえ座っている少女を立たせようと引っ張る形だったので、離したら怪我させそうなこともあり気合で耐えた。

 

 

 

「熱っ!? お前、熱あるのに根性あるな……見かけによらず」

「………ぇ。ぃぇ、その……」

 

 

 

 ちょっと痛いくらいに熱いんだが。もうこれ欠席しても誰も……いやまあとやかく言われるかもなぁ。招待された立場だと。

 とはいえ自分より小さい女の子が耐えているのに、仮にも王族が負けたら恥ずかしいにも程がある。でもちょっと熱すぎるので、一応風邪が移らないように自分に回復魔法はかけておく。

 

 

 こんな時、母さんみたいにこの子も癒せたらよかったのに。

 そんな感傷に浸りつつも、少女を庭園の真ん中に連れ出す。意外にも足取りはしっかりしていて、まあ思い出づくりくらいに軽く踊るなら大丈夫そうに見える。

 

 

 

「さて、踊れそうか?」

「――――…いい、んです?」

 

 

 

 男に二言はない。

 とはいえ、高熱でも頑張る少女のためにしっかりとリードしなくてはならないだろうが。

 

 

 

 

 

 不思議な感覚だった。

 少女とは間違いなく初めて踊ったはずなのに、事実最初はお世辞にも上手とは言えないダンスだったのが、まるで何度も合わせたかのように息があっていく。

 

 

 実はコイツ、天才的なダンスの才能が……とか益体もない考えが脳裏をよぎるが、多分緊張しすぎて本来の力が出てなかったとかそのへんだろう。

 

 

 

 

 本当に楽しそうに、跳ねるように踊る少女は最初の印象と同じで妖精のようで。

 踊りきった時の、雪解けの花のような笑顔に――――悪くない、と。そう素直に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――母さまは、わたしを生んで亡くなったのだという。

 

 

 

 一度も会ったことのない人だけれど、父さまが好きになった人ならきっと素敵な人だったのだろうと思う。

 

 病気だった、と父さまは言う。

 でも、メイドが話しているのを聞いてしまった。

 

 わたしが生まれる前から、母さまは急に身体が弱くなって――――枯れ木のようになって死んでしまったのだと。膨大な魔力を持つ娘に、全てを吸い取られてしまったかのようだと。

 

 

 

 それは幼心にとてもショックで、父さまや仲良くしてくれるメイドも傷つけてしまうのではととても怖くなったのを覚えている。

 

 

 

 そして、やはり制御できない魔力は、触れるものを無差別に傷つけた。

 なにか恐ろしいものを見るような、メイド達が最初に遠ざけられた。残ってくれた、仲の良かった人たちは、わたしが遠ざけた。

 

 

 

 

――――いつか、きっとまた会えるから。

 

 

 

 いつか魔力をしっかりと扱えるようになって、また会えるようになるから。

 そうしたら、きっと―――。

 

 

 

 

 

―――――また、魔力が強くなった。

 

 

 魔力の暴走による影響は、魔力量に差があるほど大きい。最初は魔力の弱いメイドたちが火傷を負うくらいのものが、徐々に父さまでも手に負えないものになってきた。

 

 年が経つにつれ、月が変わるにつれ、魔力は強まった。

 これ以上強くならないように、食事を抑えた。すこしだけ、魔力の増える量は減った。いつもお腹は空いているし、手は細くなってくるし、疲れやすくなったけれど。それでもあの、怖いものを見る目で見られたくなくて。食欲も無くなってきた。

 

 

 

 

 

―――――ある日、シーツが焦げた。

 

 

 

 もう、人だけでなく物にも影響が出てきていた。

 父さまは魔獣の素材を使った特別性の寝具を用意してくれたけれど、このままではいつか屋敷が火事になるだろう。

 

 

 わたしは父さまに頼んで、屋敷の外れにある塔に部屋を用意してもらった。

 石造りの塔なら、火事になりにくいしいざという時の被害も少ない。

 

 

 そうして、父さまは火に耐性のある魔獣の素材を使った服を用意してくれた。

 わたしの希望で、飾り気のない、貫頭衣にしてもらう。

 

 

 

 

 

 分厚い魔獣の革の手袋を付けて、本の世界に想いを馳せるのがわたしの楽しみになった。

 三匹の妖精が悪い竜から逃げる話や、悪い魔法の眠りから王子様のキスで目覚めるお姫様の話、魔女を懲らしめる兄妹の話。

 

 素敵だった。

 わたしの見れない外の世界、わたしの知らない世界。

 

 読みすすめる度に、わたしじゃない“誰か”になれるような気がした。

 触れるものをなんでも傷つけて、燃やしてしまう。痩せ細った白髪の魔女。自分のお母さまを死なせて、お父様を悲しませる。そんな、悪い子。

 

 

 

 

 

 でも、悪い子だって自覚はあったから。ずうっと大人しくしていた。

 これ以上魔力が強くならないように、食べ物を減らすのも。新しい本だって我慢した。誰かと、お父さまとお話したくても、迷惑をかけないいい子になろうとした。

 

 

 そうすれば、いつか――――。

 

 

 

 

 

「フィリア、ダンスパーティに行ってみないか」

「…………ダンス、ですか?」

 

 

 

 ある日、お父様がそんなことを言った。

 頭に浮かんだのは、この前の誕生日にもらった本――――ドレスを持っていない娘が、魔女に助けてもらって舞踏会に行って王子様に出会うお話。

 

 

 

 

――――実のところ、お医者さまに『女の子は10歳くらいで一気に身体と魔力が成長する』と聞いていたから、理由は想像できた。

 

 

 

 

 外に出られなくなる前に、せめて一度くらいは。

 そんなふうに父さまが無理してセッティングしてくれたのが、なんとなく分かる。

 

 分かっていた。

 でも、やっぱり無理だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 なんといっても、まず普段から食事制限しているので可愛げなんてない。枯れ木みたいな見た目に、高すぎる魔力で他の人を傷つけないように魔獣革の手袋(がんばって薄くしてくれたけれど)と魔力を防ぐブレスレット、アミュレット、ネックレスなどなど。

 

 自分で鏡を見ても、お世辞にも可愛くはない。

 むしろ怖い。夜に見ると不気味かもしれない。

 

 

 

 

 

 お父様がいる間は、まだ良かった。

 でも、流石のお父様もずっと私の近くにいると魔力に当てられて徐々に体調が崩れてきてしまう。

 

 蒼白な顔色でも笑顔を絶やさないお父さま。

 関わりを避けるように引き気味の親たちに、気味悪いものを見るような同年代の人たち。

 

 

 

 

「――――すまない、少しだけトイレに行ってくる。待っていてくれ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 きっと、いつか。どこか。

 我慢していれば、いい子になろうとしていれば。誰かが、何かが、たすけてくれると思っていた。

 

 

 

『………変な格好』

『何か病気なんじゃないの』

『お化けみたい』

 

 

 

 

 

「―――――こなければ、よかった」

 

 

 

 

 

 星の輝きは、どこで見ても変わらないはずなのに。

 ここから見えるのは、悲しいくらい優しくなんてない現実だけ。大好きなはずの星空もくすんで見える。

 

 いい子になりたくても、もうお母さまを殺しているから。わたしは悪い魔女なんだろう。いつか誰かに退治される、そんな存在。

 

 

 

 

 

「―――――でも、さみしいよ」

 

 

 

 

 お父さまに、これ以上甘えられない。苦しめたくない。

 お母さまに、会ってみたかった。

 

 

 だから、最初にその人に声をかけられた時――――夢だと思った。

 

 

 

 好奇心からでも、哀れみでもない。

 ただ、何かわたしの知らない温かい光を湛えた眼。

 

 

 

「――――お嬢さん、私と踊っていただけますか?」

「…………………ぁ」

 

 

 

 

 つい、周囲を探してしまう。

 知らないうちに自分の後ろに誰かいただろうか。いない。

 

 でも知らない人に声を掛けられる心当たりもなくて。

 

 

 

 

 

「………わたし、ですか?」

「まあ、他に誰もいないしな」

 

 

 

 それはそうなんです。

 でも、こんな格好で、こんな……自分で言うのもアレですけれど、可愛くないですし。

 

 

 

「でも…………わたし、変なカッコウって」

 

 

 

 迷惑じゃないだろうか。迷惑だろう。

 けれどそんなことは知らないとばかりに、その人はどこか遠くの方を見て。それがなんとなくお父さまに似ているようにも思えた。

 

 

 

「そっか。そのドレスとか、お前が選んだのか?」

「…………おとーさまが、たのんで…………つくって………くれて」

 

 

 

 

 特注品です。

 魔力のせいで燃えたりしないように、魔獣素材をなんとか合わせようとしてくれた……らしい。お父さまは気を遣わないように何も言ってはくれないけれど。

 

 

 

「そうか。……まあ、なんだ。良いドレスだしな。どっちかというと、これ」

「………? ぁ」

 

 

 

 火傷させないように着けていた手袋が引き抜かれる。

 

 

 

 

「………ぁ、の………っ」

「大丈夫だ、お前は可愛くなる」

 

 

 

 

 余計な装飾とばかりにブレスレットが止める間もなく引き抜かれる。

 考えてみれば、誰もわたしのことを知らない人はいなかった。みんな―――お父さまでさえ、気をつけながらわたしに触れていた。

 

 

 だから、だろうか。

 今だけでも良い。物語のお姫様みたいに、怖がらずに誘ってくれたこの人と、踊ってみたいと思ってしまったのは。

 

 駄目なのに。

 すぐに逃げないと、また怖いものを見る目で見られてしまうのに。

 

 それでも、信じたいと思ってしまう。

 わたしは、独りじゃないと思いたくなってしまう。

 

 

 

 

 

「後は踊れれば完璧だな。そして俺は控えめに言ってもダンスには自信がある」

 

 

 

 そして、ちょっと強引に手を取ってくれて。

 

 ちょっと不思議そうにしたその人は――――元々の魔力量が多いのか、ちょっと驚いたような顔をしたものの、何故か優しい目でこちらを見てきて。

 

 

 

「熱っ!? お前、熱あるのに根性あるな……見かけによらず」

「………ぇ。ぃぇ、その……」

 

 

 

 むしろなんで大丈夫なのだろうか。

 お父さまと同じようで、ちょっと違う。わたしの知らない目。

 

 

 

「さて、踊れそうか?」

「――――…いい、んです?」

 

 

 

 

 今だって熱くてたまらないはずなのに。

 なんでもないような顔をしてその人は踊りに誘ってくれて。

 

 今更ながら、ほとんど空想の中でしかダンスを踊ったことがないのに気づいたけれど。

 

 

 

 

 そんなわたしの拙い足運びなんて気にしていないみたいに、踊りは始まった。

 

 

 

 

「――――っ」

「ゆっくりでいいぞ」

 

 

 

 慎重に、緊張でカチカチになってしまった足を動かす。

 ちょっと足を踏んでしまいそうになり、こわごわ顔を上げると、とてもおかしそうに笑われて顔が熱くなる。

 

 

 

 

「緊張しすぎ。どうせ誰も居ないんだ、楽しくやればいい」

「……は、い」

 

 

 

 

 足どころか、口も、舌もカチカチだったけれど。

 でも――――楽しい。

 

 

 知らない人なのに。知らない場所なのに。

 知らないこと(ダンス)なのに。

 

 話をしてくれることが楽しい。笑い合うのが楽しい。

 目を合わせるのが、歩調を合わせるのが、まだ全然形になっていないはずの踊りなのに、楽しい。

 

 

 

 少しずつ、ステップが揃ってくる。

 少しだけ、顔を上げる余裕が出てくる。

 

 ニヤリ、と不敵に笑うその人につられて私も笑って。

 

 

 

 

「いいぞ、じゃあ少し早くいこう」

「はいっ」

 

 

 

 

(―――ずっと、こうしていられたらいいのに)

 

 

 

 

 集中しているからだろうか。

 そんなことを考えると不思議と、世界がゆっくり動いているいるように思えた。

 

 足運び、目線、指先の動きまで。

 よくよく見てみると細かなところまでしっかりと振り付けがあって。のめり込むように、わたしは踊った。

 

 

 

 

 楽しくて、終わってほしくなくて――――。

 

 

 

 会場の方から聞こえてきていた音楽が鳴り止んだ時、感じたのは達成感と、寂しさだった。

 

 

 

 

 

(………わたし、もっと――――)

 

 

 

 

 踊っていたい。この人と、お話したい。

 そんな思いが、形を結ぼうとした時。

 

 

 

「これやる」

 

 

 

 首に掛けられたのは、銀で竜を象ったブローチ。

 聖竜教会のシンボルであり、よく童話では魔法のアイテムとして扱われるアクセサリー……をモチーフにしたもの。

 

 小さな青い宝石がキラリと光って、なんとなく見とれてしまう。

 

 

 

 

「厄介払いにはなる……はずだ。まあ駄目だったら隠しといてくれ」

「え。でも――――」

 

 

 

 こんなの貰えない、融けてしまうかもしれない。

 そう、言おうと思った。でも、わたしがそんな化け物みたいな体質だなんて言いたくなくて。

 

 

 

「気になるなら、また今度。また会えた時に返してくれればいい」

「……ぁぅ」

 

 

 また、会えるんでしょうか。

 きっともう会えない。そんな言葉が口の中で押し合って、結局出てきたのは上手く音にならない呻き声みたいになってしまって。

 

 

 

 

「――――しっかり休めよ」

「………お元気で」

 

 

 

 

 

 

 もう、会えないとしても。

 それでもこの出会いは忘れない。忘れたくない。

 

 

 

 そんな思いで去っていく背中を見つめながら握ったブローチが、きらりと青い光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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