石造りの無骨な建造物。無数の魔道灯が並ぶ異質な明るさのあるその場所を、やや顔色の青白い白衣の男の案内で歩く。
中で働く人間は忙しそうに立ち回っていたり、あるいは真剣に考え込んでいたり。髪色も貴族の金や平民の黒まで纏まりはない。ただ、一律で白衣を着ており、身分に関わらず喧々諤々の議論を交わしている者もいる。
この場所では身分よりも重んじられているものがあるのかもな、となんとなく考えつつも今回のは必要なことなので気まずく思ったりはしない。無いったら無い。
「……こちらです」
「案内ご苦労」
ルーク・ラグノリアは父王に強請り、王国の東。魔道具研究の最先端であるエンディミア公爵家の領土にある研究所に押しかけていた。
理由は単純で、最新の魔道研究なら自分の残念極まりない魔法を何かの役にも立てられないだろうかというところである。
一応、ルークも王族である。魔法という消費量のショボさに反して魔力の総量は王族らしく立派なものだったりする。本来なら魔力の総量の湖の水量、魔法を川の大きさと表現するべきところを、海からバケツリレーで水を運ぶような貧弱ぶりだが。
だが自分で放出できないなら何か別の方法がないか、というのが人情である。
基本的に魔道具は魔力さえ込めれば誰でも効果を発動できるので、大出力で燃費の悪いが強力な魔道具があればルークの魔法の貧弱さは解決できなくもない。結局の所、遺伝のために魔法が必要なので王族として失格なのは変わらないが。
とはいえ、忙しく働いている大人たちの邪魔をするのはさすがに気まずい。こちとらなんとか評判上げをしようとしているのだから尚更である。
そんな時に目に入ったのが、何やら機械と布地を前に悩む茶髪の少女だった。ダボダボの白衣を纏い、ぶつぶつと呟いており何やら不気味だ。
「――――ダメ。これじゃ冗長性が足りない。きちんと付与はできているけど、これじゃただ劣化しにくいだけ」
手元にある布は、どうやら魔道具のようだ。まあ魔道具の開発室にお邪魔したので当然といえば当然だが。何の変哲もない黒い布に、光る文字が浮かんでいる。
「成程、魔法付与か。特殊効果……地属性、じゃないな。闇属性?」
パッと見では変な記号がつらつらと並んでいるだけにしか見えないが、かつては竜が用いたとされる古代文字である。で、専用の加工を施した布に上手く魔力を流すと、魔法を文字として刻印できるのである。じわじわと滲み出るので、相当な手間と時間はかかるが。
一応、特定の文字列を打ち込みさえすれば同じ効果は得られることも分かっている。手縫いで文字を刺繍しても魔力さえ込めれば魔道具は発動する。よって文字の意味から大凡の効果くらいは予測できなくもない。
ルークも立派な王になるために学んだことがある。王なら城にある古代文字くらいは読めないとという理由で。
「わかるの? ………誰」
パッ、と振り返った少女だったが、見知らぬ、しかも同年代と見て露骨に顔を顰める。
が、それくらいの悪感情なら慣れたもの……というか、純粋に年齢から不審に思われるくらいなら何ともなかった。
「地属性の恒常性と、風の停滞を示す文字列、か?」
「…………タダの冷やかしにしては、詳しいですね」
自分も年齢で苦労しているからこそだろうか。
露骨に刺々しい少女だが、多分実力は確かだろう。他の研究員よりは暇そう、というか行き詰まっていると見て質問をぶつけてみた。
「少し知恵を借りたいんだが」
「………わたし、暇じゃありません」
「やけに防御型の魔道具を着けていて、やたらと体温が高いのって何か病気だと思うか?」
「はぁ?」
無茶振りでもされると思ったのか、拍子抜けしたと言いたげな少女は興味なさそうに視線を戻しつつ言い捨てた。
「高魔力症ですね。成長期の、特に魔力を溜め込みやすい貴族令嬢に多いです。特に火属性の家系とかだと年中体温が高いとか」
「治療法は?」
「無いですよ、そんなもの。火の魔力を遮断するブレスレット一つでなんとかなるんです、治療する必要もありません」
「もしそれでも治らなかったら?」
知りもせず一々突っかかってくる、と思ったのか少女は露骨に気分を害した顔になり――――ルークの表情に何を見たのか、深い溜息を吐いて言った。
「やはり遮断具を使うしかないでしょう。火の魔力を確実に遮断してくれる魔道具ですよ? 多くても2個付けてやれば理論上なんとでもなるはずです」
「そうか」
まあ専門家が言うなら信じるしかない。
ならあの少女はどう考えるべきだろう。確かにあのダンスパーティーでは悪い思い出にしないでやることに成功したと思っているが――――実のところ、何も解決していない。
俺が慈善事業をやる切っ掛けになったあのお節介令嬢は、俺に『善行による評判上げ』という今後の解決策も残していった。だから今行動できている。それなのに自分はその場限りの慰めをしているようでは何にもならない。
今の自分でも、あの子のためにできること――――王になるべく、論理的な思考も一応は学んでいる。ので、問題が解決しないことをどう考えるべきか。
問題が解決しない。なら、原因が間違っているか、あるいは問題点を正しく把握できていないかだろう。
あの少女は、多分火の魔力が暴走していると推測できる。理由は物凄く高熱だったから。
問題点は火の魔力だから、それを遮断すれば解決するはずである。けれど解決していない。
火の魔力が遮断できていないのでは、と考えたのが恐らく彼女の親。だからやたらと魔力防御のブレスレットや、魔力を遮断できる魔獣素材の衣類を着けていたのだろう。けれども、あんまり防げていない。
なら――――実は火の魔力じゃない、とか。
なんとなく目に写ったのは、魔道具であるランプ。
明るい白の光を放つそれは、触れると熱い。なんとなくこの前の少女の顔が浮かんだ。熱いのは、何も火だけではない。
「もし、火じゃなくて光の魔力とかだと?」
「―――――はぁ?」
物凄く胡乱な目で見られた。
馬鹿じゃないのコイツ、という目だ。若干ムカッときた。
「――――あ、悪い。分かんないなら無理しなくていいから」
腹立ちまじりに言い放つと、ビシッと音を立てて少女が青筋を立てた―――ような気がした。不健康な色とは裏腹に整った顔立ちなので余計に怖い。
「はぁ? ………はぁあ? 馬鹿にしないで下さい。光属性は希少なので魔道具はありません。けどまだ未完成ですが、この魔法耐性布が完成すれば一発です」
「魔法耐性……?」
聞いたことのない理論だ。
魔法というのは、基本的に属性――――精霊に由来する地水火風の四属性からなり、派生して地と風から闇、水と地から氷、火と水から光、風と火から雷の複属性がある。
魔力も属性ごとに特性が異なるので、特定の属性を吸収したり弾いたりするのが属性耐性。一般的に護身用に使われる。
しかしあくまで、属性ごとの耐性。
とはいっても魔力由来の炎ならば炎属性耐性を付与した布は魔法では燃えにくい。燃えないわけではないのだが―――魔力ごとに波長が違うので、複数の耐性をもたせようとすると不具合が起きる。
「わたしの魔法、『調律魔法』を使えば可能です――――理論上は」
「理論上は」
調律魔法……全く聞き覚えがないが、察するに魔法として活性化した魔力の無効化だろうか。
魔法というのは、体内の魔力を空気中に存在する精霊の力と反応させて発現する、あるいは精霊に発動してもらっているとされている。つまり、活性化した魔力こそが魔法であり、時間経過で魔力が霧散すると魔法は効果を失う。
「つまり、魔法を無効化する魔法……?」
「………察しはいいですね」
じろり、と目線を向けてくる少女は「バラしたら消す」と目で語っている。が、なんとなくこっちの正体を察してもいるのか、すぐに目線を戻したが。
「わたしの魔法は、無差別に魔法を無効化します。それだけならただの剣で競う野蛮な空間を作るだけですが――――」
「もし魔道具、もっと言うと防具に込めることができれば、味方だけ守れる」
めちゃくちゃ有能である。羨ましい。
狭い谷とかで魔法無効にしてから崖崩れとかを起こせば一撃で敵を封殺できそう。
羨ましそうな目線を察したのか、少女は疲れた顔で手元の布に目線を落とした。
「………地味で、貧弱なわたしには意味のない魔法ですけれど。それどころか魔法が使えないと迷惑がられます」
「いやお前――――はぁぁ」
なんて贅沢な!
その魔法が三分の一でもあれば、俺も悩まなかっただろうに。とはいえ、魔法で苦労する気持ちはよく分かると思うが。
「……何か文句でも?」
「俺、治癒魔法だぞ? 対象は自分だけ」
「………………ああ、噂のガッカリ王子」
「すごい傷ついた」
なんて容赦のない。
が、どうやら目つきからして二人とも「自分の方が苦労してる」という感じである。
「お前、自分しか回復できないんだぞ?」
「わたし、目に見える効果は何もないんですが」
「「はぁ?」」
こいつ……なんて贅沢な不満を。
互いにそんなことを考えているのが丸わかりだったので、とりあえず話を逸らす意味で少女の布に目線を送る。
「まあいいや。で、どう失敗するんだ?」
「………なぜ、素人に説明する必要が?」
コイツ…。
心底面倒くさそうな表情に再びイラッときた。
こちとら善行するついで、無関係で無愛想な少女もわざわざ手伝ってやろうというのに。とりあえず子供扱いされるのが嫌いみたいなので、煽ってやる。
「あっ。……まあ、人に説明するのは難しいって言うしな、出来なくても仕方ないさ」
「………はぁ?」
「ごめんな、俺が悪かった。じゃあ誰か大人の人にでも――――」
「――――魔力を流せば無力化はできますが? 見てみなさい、これを」
のせられてるのは薄々察していそうながら、煽られるのは我慢ならないようで。少女が布に魔力を流すと魔力文字が光り輝き――――そしてどんどん光が強くなるにつれて、布が繊維からボロボロと崩れて、あるいは切れていく。
「土と風属性の魔力過剰―――わたしの属性が闇属性であることに由来する現象です。魔力に耐えることは耐えますが、そのまま容量オーバーで終わりです」
なるほど、どんどん増える魔力に入れ物が耐えきれないというわけか。
そうすると、思いつく解決策としては――――入れ物を大きくしてやるとか。
「外付けの魔力タンクをつけるとか?」
「宝石はたしかに優秀な魔力タンクになりますが、結局の所ある程度防いで終わりです。大容量の宝石なんてお金の前にそもそも現物がありませんから」
まあ、確かに。
特殊な由来の宝石ならまだしも、普通の宝石だと気休め程度だろう。
なら、どうするべきか。
魔力はよく水に例えられる。コップから水があふれるのを防ぎたい。コップの大きさは変えられない。水はどんどん注がれていくる。
……一応、解決策らしきものが浮かばないでもない。
ただ、それがうまくいくのかどうかはやってみないと分からないが。
水があふれるのなら、放出してしまえばいい。
「じゃあ、別の魔法を組み込んで魔力を消費するのは?」
「……そんなの、最初に試しましたが?」
「どうなるんだ?」
「結局、布が耐えきれなくて終わりです。宝石だとそもそも一つにつき一効果までなので実現できませんし。というかどの属性の魔法も布には不適格です」
そうなのか。まあ確かに燃える布も、濡れる布も、土塗れになる布も、風が吹く布も微妙か……勝手に風に靡く布とかカッコ良さそうだが、出力が強いと大変かもしれない。
だが、この場合一つ考えてみてもいいものがあるのではないだろうか。
「……回復魔法とかは?」
「―――――布って、回復します?」
実のところ、回復魔法って何なのかよくわからないものだったりする。
水属性由来とか、火属性由来とか、実は光属性だとか、なんだかよく分からないけど便利な魔法、それが回復魔法。一応、現在一番有力なのは人によって回復魔法も属性が異なるという説だったりする。
「わからん。が、分からないということは――――」
「……試す価値は、ありますね」
そう。そして暇な回復魔法の使い手が一応ここにいるわけで。
少女のスパルタ指導の下、魔力刻印の精製作業が始まったのだった――――。
「魔力弱すぎです。それで本気ですか?」
「うぎぎ」
「はぁ、失望しました。やはりガッカリ王子ですね」
「むぐぐ」
「ここ、古代文字が薄い。もっと万遍なくやって下さい」
「小姑かよ……」
で。ほぼ徹夜での失敗の繰り返しの後。
先に少女の調律魔法を入れておくと上手く回復魔法が打ち込めないことが発覚した。
ならば、と後から調律魔法を打ち込むと、先に付与されたものを無効化してしまう。文字そのものが魔法なので、あっさりと文字が消えてしまうのだ。
「うわあああまともにできた刻印が消えていくううぅぅ」
「………どうしましょう」
思いの外しょんぼりと申し訳無さそうな少女に、仕方なく解決策を出してやる。
……消えるのなら、消えないもので書けばいい。なんなら刺繍してしまえばいいのだ。
「さあ、縫うぞ!」
「……ぬう? なんですか、それ。わたし、しりません。お針子さんはどこですか……?」
まさかとは思っていたが――――コイツ、裁縫できないな。
未知の魔力波でも感知してしまったかのような、謎に無気力な表情をする少女の手を取って縫い方を懇切丁寧に教えてやる。
「……ガッカリ令嬢め」
「―――――言ってしまいましたね、ガッカリ王子!」
「いたいっ!?」
「ほら、絆創膏」
「ふにゅぁ!?」
「痛っ! お前、自分の指刺しに行ってないか!?」
「不器用で悪かったですね!」
「逆ギレするなよ……」
もう完全に寝不足のテンションで、ギャーギャー喚きながら二人で布を奪い合うように古代文字を刺繍していく。へったくそな手を怪我しないように庇ってやったり、古代文字の綴りについて議論したりしている間にも、徐々に刺繍は完成していき――――。
…………
………
…
「―――――できた…?」
魔力を流して、薄い蒼に輝く銀糸。
各属性の耐性布専用の検査機に順番に繋いでみた黒布は、見事に少女の描いたコンセプト通りの結果を導き出した。
結局のところ、なんで上手くいったのかはまださっぱり分からないが。
「で、きた。わたし、もう魔法が使えない子なんかじゃ、ない―――っ!」
「よっしゃああ! ハイ、タッチ!」
「え、あ、た、ターッチ!」
少女の頬を流れる一筋の涙は、きっとこれまで溜め込んでいた感情の証で。
ぐしゃぐしゃになった顔はお世辞にも可愛くはなくて、ポンコツ王子からすれば、ひどく羨ましいものだし、妬ましくないと言えば嘘になるけれど。
こういうのも、悪くはないかなと思えた。
「ところでこの布……一人分の服くらい欲しいんだが」
「……徹夜して、これだけなのに?」
手元にあるのは、ちょうど片手くらいは包めるくらいの布。
対象が幼い少女だとしても全く足りていない量に、ヴィーヴィルはいい笑顔を浮かべたまま横になった。そして眠った。
ルークも限界だったのでそのまま寝落ちし――ほぼ抱き合うような形で目覚めたヴィーヴィルの手で、回復魔法を使う羽目になるのは遠い未来ではなかった。