第一王子は廃嫡を望む(調整版)   作:アマシロ

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第5話:第一王子とその護衛

 

 

 

 

 

 

 魔法は残酷だ。

 あまりにも明確な才能は、気軽に将来を決定してしまう。

 

 母譲りの魔法を得てしまったルーク殿下もそうだが、文官になりたかったのに攻撃魔法のため騎士にさせられたとか、騎士になりたかったのに無理だったとか、将来の希望を打ち砕かれることの方が多い。

 

 そう思ってしまうのは、自分もその被害者だからかもしれないけれど。とラグノリア王国でも密かに重要なグレイブ男爵家の娘であるティナは自分の手を見た。

 

 無骨な、豆や傷のある手。

 令嬢らしからぬそれは、代々王家の隠密を輩出する家系の一つとして仕えてきたグレイブ家の人間としての証であり。自分を周囲に溶け込ませる印象操作であったり、軽々と壁をよじ登る身のこなしであったり、およそ普通の令嬢とは程遠い自分への嫌悪―――というよりは、目標を失った無力感に繋がるものだった。

 

 

 

 ルーク殿下の場合、明確に魔法の効果が王妃様に近いのでまあそういうこともあるだろう。

 だがティナは父親が『肉体強化』の魔法、母親が『高速移動』の魔法である。地味で有効、まさしく隠密になるために家系から厳選されてきた結果といえる。

 

 そしてティナは『雷』魔法。

 暗闇で仕えばバチバチと音を立てて光るし、人に使えば派手な悲鳴が上がる。その時点で、これまでは期待してくれていた父親から居ないものとして扱われた。なんなら母の不貞も伺われただろう。父親と顔立ちが似ているとかで、結局問題にはならなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。ではリリアに期待するとしよう」

 

 

 

 それで終わり。

 残されたのは地味で、ロクに友人もいないし将来の展望もない男爵令嬢だ。訓練されているので、その気になれば令嬢らしくできるが根本的にしゃべることが得意ではない。

 

 

 

 だから惰性で訓練を続けた。

 お母さまは私を心配してくれているけれど、家の繋がりは隠密関係のものしかない。派手な魔法を持つ人間は受け取り手がいないと言われても、私にはどうにもできない。

 

 ……他家の余り物とくっつけるしかない、なんて独り言はできれば聞きたくなかった。

 

 

 

 本当なら感謝するべきなのだろう。

 貴族の義務は血統の錬磨、それを果たせていないと言われればその通り。だけれど、私が何をしたというのだろう。私は、なりたくてこの魔法になったわけではないのに。

 

 家には居づらくて、王城にある代々の訓練場所―――も、出来れば使いたくなくて。その付近を探していた私は、何故そこが代々の訓練場所になったかを知った。

 

 

 

 

「雷か。カッコいいな」

 

 

 

 鮮やかな金髪に碧眼、王譲りの色彩に柔らかな顔立ちは王妃譲りだろうか。つい最近、『回復』魔法だと発覚した殿下はここ最近の腐り具合とは裏腹に瞳には光があった。

 

 

 

――――近くに王族の訓練場があったのである! こっそり守れ、ないし主の実力を知っておけということなのだろう。

 

 

 

 本来ならば、王族の魔法は強大にして苛烈だ。

 さぞ忠誠心や畏怖を抱かせるのには便利だっただろう。あるいは王族が影を選別する意図もあるのかもしれないが。

 

 

 

 

「隠密には不必要なものですが」

 

 

 

 そう答えて、自分でも意外と隠密に拘っていたことに気づいた。

 いや、いつだって父さま……あの父親が褒めてくれるのはそれ関係のことだったからだろうか。

 

 普通の令嬢がダンスの練習をしている間に大人に混じって剣術の指導を受けて叩きのめされ、買い物をしている間に山に放り出されて生活させられ、お茶会をしている間に知識を叩き込まれた。

 

 

 

 

『――――よくやったな、ティナ』

『お前ならばきっとこの国の役に立てる』

 

 

 

 そう、無邪気に自分の魔法も知らず努力していた日々。

 褒められたくて無茶を重ねて、魔法さえ抜けば他の令嬢なんかに遅れは取らないという確信がある。

 

 

 

『貴女は私達の自慢の子よ』

『お前ならきっとできる』

 

 

 

 

 悔しかった。

 重ねてきた努力も、何もかも無意味だったと断じられるのが。

 

 だからこうして今も未練がましく剣を振るっているのだろう。

 

 

 

「そうか。名前は?」

「……ティナ・グレイブです、殿下」

 

 

 

 ルーク殿下の表情は僅かに動いた。これでも彼も魔法が分かるまでは優秀と言われた王子だったのだ。グレイブ家のことも知っていたのだろう。

 こんな魔法で隠密などバカバカしいと笑うか、あるいは同情されるか。だが、口角を引き上げ、獰猛に笑う王子の言葉はどちらでもなかった。

 

 

 

「ではティナ、俺が思うに派手な隠密も必要だ。月の輝きが周囲の星より目を引くように囮として、あるいは抑止力として。腕が立つフリーの使い手が欲しい」

 

 

 

 

 

 確かに他より目立つ隠密がいれば、目立たない隠密はより目立たなくなるかもしれない。高名な騎士が抑止力になるように、高名な隠密は……いや、もうそれタダの護衛なんじゃ?

 

 そんな思いを視線から感じ取ったのか、ルーク殿下は肩を竦めて言った。

 

 

 

 

「要は気の持ちようだ。護衛だと思えば護衛だし、隠密だと思えば隠密だろう?」

「………そう、ですか?」

 

 

 

 そうだろうか。まあ内容的には確かに近い。目立つか、目立たないか。それくらいだろう。諜報に特化した家系ならまた違ったかもしれないが、グレイブ家はどちらかというと武力寄り、つまり護衛にも近かった。

 

 

 

「正直、俺は今全く手元に人材がいない」

「……」

 

 

 

 なんやかんやで残ろうとした人もいたが、遠ざけていると聞いているけれど。

 確かに貴族における熾烈な勢力争いに巻き込まれても問題ないとすれば、既にそこから弾き飛ばされた、爪弾きものくらいか。

 

 

 

 

「俺に従うなら、来たるべき時には弟―――レオンに伝手を作ってやれるが、どうだ」

「では、一つだけ」

 

 

 

 

 家のことを考えるのなら、すぐに断るべきだ。余計なリスクは背負うべきではない。

 自分のことだけ考えるのなら、すぐに頷くべきだ。他にチャンスが来るとは思えない。

 

 でも結局どちらも選べなくて、口をついて出たのはわかりきったはずの疑問だった。

 

 

 

 

「……なぜ、私なんですか」

 

 

 

 そんなのは、爪弾きもの同士だからに決まっているのに。

 少し意表を突かれたような殿下は、なんてことはないように言った。

 

 

 

 

「元々狙ってた人材がフリーになったんだ、欲しいのは当たり前だろう」

「え?」

 

 

 

 元々? 予想外の言葉に間抜けな顔をさらしていると、殿下は呆れ顔になり。

 

 

 

「お前……自分の評判くらい調べておけ。大人顔負けの剣技だと聞いていたからな、俺も少し調べた。まあ、大半は無駄になったが――――」

 

 

 

 

 自嘲の響きは、自分が王の器ではなかったからだろうか。

 それでも、その瞳には熱がある。そしてその熱は、今私が必要だと―――私だけに向けられていた。

 

 

 

 

「―――俺が、お前を一番上手く引き立ててやる」

「わたし、は……」

 

 

 

 別に、引き立てられたいわけではなかった。

 栄達したいわけじゃない。ただ、期待に応えたかった。でも期待なんてされなくなって。

 

 

 

 

「あとお前、気づいてるか? 雷を纏ってる時、妙に動きが良いからな」

「え?」

 

 

 

 

 言われてみれば、そんなこともあるかもしれない。

 やけっぱちになって振り回した剣は、不思議とこれまでにない鋭さがあった。……もしかして、父さまと同じ身体強化の効果がある…?

 

 

 

 

「隠密が良ければそうするし、護衛してくれるなら有り難い。ちょっと色々と動き回りたいからな、戦力が必要なんだ――――それなら俺は、お前が、ティナが良い」

 

 

 

 

 努力家は貴重なんだ、とおどける殿下に、もしかすると期待には沿えないかもしれないと思う。この、どこか王位を諦めたような雰囲気のこの人は私を引き立てようとしてくれているみたいだけれど。

 

 

 どうせついていくのなら、この人がいい。

 私だって知っていた。努力家というのなら殿下も――――むしろ、この人をこそ目標に頑張っていたのだ。

 

 魔法が明らかになる前、誰よりも剣を振るっていた。訓練で何度か剣を交えたことは忘れていると、そう思っていたけれど。どうも覚えていてくれたみたいだし。そう考えると胸の中が少し暖かくなったような気がする。

 

 

 

「では、(あるじ)と」

「………固くないか?」

 

 

「護衛っぽいでしょう?」

 

 

 

 

 殿下、と呼ばなかったのは決意表明だ。

 隠密が主と仰ぐのは一人だけ。人を口説いておいて、そう簡単に投げ渡そうなんてしてもらっては困る。

 

 高貴な王子様よりは、乙女は一途なのだ。たぶん。

 ……どう取り繕っても、一般的な乙女には程遠いのだけれど。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

――――というわけで、主に最初に頼まれたのは女の捜索だった。

 

 

 思わず真顔になったが、曰く魔法で苦労している人間は助けたいのだという。

 気持ちは分かる。でもこっちの気持ちも分かって……もらっても困るけど。

 

 プラチナブロンドの髪に、紫の瞳。痩せていてたぶん貴族。魔力過剰症。

 隠密候補としてある程度の情報は頭に叩き込んでいるとはいえ、情報が少なすぎる。少なくとも社交界で活躍していれば間違いなく知っているのだけれど。色的には……アグリ公爵家? いや、仮にも公爵家の娘がガリガリに痩せてるとは思えない。

 

 

 

「あとこの布で服を作りたいんだ。特注品の魔力耐性布」

「………私もお店の知識は無いですが」

 

 

 

 まさかの服作成。しかも布から。

 尽くされて羨ましいことである。

 

 しかしここは新米護衛として不機嫌を顔に出さないように街へ繰り出し―――。

 

 

 

 

 

 さて。

 ところで王都セントリアの、というか社交界の流行というのは豪華なドレスである。コルセットで締め上げて、重たいがふんわりと広がるスカート。レースで華美に飾り立てられたドレスはお金がかかることもあり、権勢を競うように大型化が著しい。

 

 

 

 ところがこの主、何を思ったのかシンプルなドレスをご所望だという。

 確かに殿下が下賜するなら表立って馬鹿にできないだろうけれど。特殊素材の布が限られているからではなく(全く無いわけではないらしいが)、単純にその方が好みだとかなんとか。

 

 

 ……本当にだいじょうぶなんだろうか。

 案の定というか、そんなもの作れないと代々王家に仕える職人に断られ、最終的には魔法が使えないドレス職人の下へ。

 

 豪華なレースのあるドレスに、魔法は必要不可欠。あまりにも時間がかかるとか、手間の問題とか。手作業でレースを編むとかしていれば流行に乗り遅れるかもしれない。

 

 

 なんというか、この人は魔法に裏切られた人を集めて何かするつもりなんだろうか。

 

 

 

 え、私にもくれるんですか。

 魔法で焦げないように? ……………うん。やっぱりこの人、けっこうずるい。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 ドレスを作る、と言って思い浮かんだのは何時ぞやのお節介令嬢のドレスだった。

 最低限のレースに、インナーと透ける布を組み合わせた機能的なもの。夜会といえばレース特盛の印象が強いが――――なんとなく流行る気がした。なんというか洗練されていたのだ。

 

 

 本気で何者だったのか気になるが、今はまだ何の結果も出せてはいない。結果を出したら礼を言いに行きたいところだ。

 ドレスは参考にさせてもらって、裁縫に使える魔法を引き継げなかった老舗のドレス屋長女に話を持ち込んだ。

 

 

 

 

「作りたいなら、金と素材と注文は用意する。やりたいか、やりたくないか」

「――――やらせて下さい。私、どうしてもドレスを作りたいんです」

 

 

 

 

 魔法でレースを編めないならドレスは無理。

 それが常識らしい。まさかの王族よりある意味厳しいかもしれない世界である。レースを編める魔法同士で結婚すれば大凡うまくいくらしいけれども。

 

 どこもかしこも魔法、魔法。嫌になってくる。

 

 

 

 

 とりあえず、ティナにもしっかりと実力を発揮できるようにドレスと仕事着を渡さねばならない。……エンディミア公爵家、というかヴィーヴィルに借りが出来てしまいそうだがお互い様だと思いたい。なんで死ぬほど裁縫させられているんだろう、俺は。

 

 他に回復魔法の使い手を雇えばなんとかなると、俺もヴィーヴィルも思っていたのだ。その結果が、耐久性で劣る魔力耐性布で。研究成果としてはインパクトが弱いのだとか。

 

 

 腐っても王族だからか、明らかに丈夫な布が作れる俺にヴィーヴィルはもっと布を作らせようとしてくる。俺もそこそこ量が必要なので作成を続けるのに否はないのだが…。

 

 

 

 なんか最近、外堀を埋めようとしてきている気がする。

 俺も一応裁縫の職人になりたいわけではないので、公爵への挨拶とかは拒否の一択。

 

 ヴィーヴィルは耐性布を使って権勢を広げているようで(というか当然ながら大人たちは調律魔法の強さに気づいていたみたいだが)ご満悦なヴィーヴィルは何かと俺を連れ回そうとしてくるのである。

 

 評判上げにはいいかもしれないが、布だからなぁ…。

 布職人の母親、とか母さまが馬鹿にされはしないだろうか。それはちょっと遠慮したい。

 

 

 

 

 

 そんな中、とりあえず完成した試作ドレスをヴィーヴィルにも送りつけた。あれでも公爵令嬢なんだから宣伝効果とかありそうだし。広告塔として是非活躍してもらいたい。

 そんなこちらの考えを見通したのかどうなのか、布の宣伝をしたいからエスコートするようにとの丁寧なお手紙が。……もうお茶会関係は嫌なんだが、出ないとダメだろうか。

 

 

 

 

 

 

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