第一王子は廃嫡を望む(調整版)   作:アマシロ

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第6話:引きこもり令嬢、本を読む

 

 

 

 

 

 

――――ずっと、消えてしまいたいと思っていた。

 

 

 

 触れれば傷つけるからと誰にも近づかず、近づかせずに本の世界に逃げていた。

 それで良いと思って……いや、きっと気にしてすらいなかったんだ。これ以上傷つきたくないから、何も変えたくないと思っていた。

 

 

 怖がられたくなかった。気味悪がられるのも嫌だった。

 魔法のせいで周りを傷つける自分が大嫌いだった。

 

 

 でも本当は。本当に怖かったのは、魔法なんて無くてもわたしが何も変わらなかったら。

 

 

 

 

 楽しい話もできないし、見た目も変だし。

 どうやったら人と仲良くなれるのかなんて分からない。

 本当は魔法のせいじゃなく、ただ自分に何の魅力もないからだったら。

 

 鏡に映る、引きつった笑みを浮かべる自分を見て、フィリア・アグリア公爵令嬢はそっとベッドに戻った。

 

 

 

 

(ダメ。やっぱりやめよう)

 

 

 

 

 ずっと魔法のせいにしていたかった。

 それなら、自分は悪くないのだと思いこむことができたから。

 

 でも、分かっているから。

 今の自分が人に好かれる要素なんて無いって。いじけて本を読むだけで、お父さまに負担をかけてばかり。居ないほうがよっぽど良かっただろうといつも思っている。

 

 

 

 

(でも――――もう一度、会いたい)

 

 

 

 胸に下げたままの銀のブローチをなんとなく手で弄んで。

 音楽も何も無い、ただ星明かりだけが照らすダンスを思い出す。ちゃんと名前も知らないあの人のことを。

 

 このままベッドに転がっていては、きっともう会えないだろう。

 会えるとしたら、この魔法をなんとかした時だけ。

 

 

 

 ただ、楽しかった。

 怖がらないとか、穏やかな優しさとか、理由はよくわからないけれど。わたしがいてもいいのだと、そう思えた。

 

 

 

 

 だから。だから――――変えたいと、変わりたいと思った。

 もう一度、会えるのなら。

 

 

 

 

 

(………がんばろう。がんばって、みよう)

 

 

 

 まずは、挨拶くらいから。

 今度会えたらちゃんと挨拶くらいはできるようになっていないと。

 

 ちょうど朝食を持ってメイドのマーサがやってきてくれる頃合いである。それこそ赤ん坊の頃からお世話してくれているマーサにすら挨拶できないようではどうにもならないと、引きつったままの自分の顔をグニグニとほぐし。

 

 

 いつもどおりの時間、丁寧なノックとともにマーサが現れた。

 いつもと変わらない……最近ちょっと白髪が増えたかもしれないけれど、ともかく優しい笑顔を浮かべて礼をした。

 

 

 

「おはよう御座います、お嬢様」

「……おはよう、マーサ」

 

 

 

 やっぱり笑顔のつもりが引きつった顔になった気がする。マーサも硬直しているし。

 止めておけばよかったかも、と思ったのもつかの間。急に涙を浮かべたマーサが一歩近づいてきたので慌てて下がる。

 

 それを見てマーサも立ち止まってくれたけれど、まさかそんな反応になると思っていなかったのでどうしていいのかよく分からない。

 

 

 

「……ああ、お嬢様……申し訳ございません。ですが、本当に良かった」

「え、っと…。ごめんね、しゃべれないわけじゃ、なかったけど」

 

 

 

 

 できるだけ離れていた方が、嫌われても気にしなくて済むと思っていたから。返事もしないし、できるだけ顔も見せなかった。でも、本当はそれでも離れていかないと信じていたのかもしれないけれど。

 

 

 

「いえ、いいえ。いいのです、そんなこと。お嬢様のお声を聞けて、笑顔まで。どうして謝ることなどあるでしょうか」

「……その、笑顔、うまくできなくて」

 

 

 

「できておりましたとも!」

「そう、ですか?」

 

 

 

 マーサのことは信頼しているけれど、ことこういうことに関してはマーサは甘い気がする。とはいえ、自信たっぷりに断言されているとなんとなく正しい気もしてくる。

 

 なら、一応次に――――……見た目は、魔力がこれ以上強くなっても困るので食事を増やす気にはなれない。それ以外の令嬢らしさ……令嬢らしさって、なんだろう。

 

 物語ではいつも囚われのお姫様とか、勇者と結ばれるとかばかり。令嬢に必要なものと言われると……何だろう?

 

 

 

「マーサ。あの、令嬢らしくなるには、どうすればいいの?」

「お嬢様は立派な令嬢であられますが…」

 

 

 

「そうじゃ、なくて。………公爵家の娘として、恥ずかしくない令嬢なら」

「………そうですね、ダンスと家格によって異なる礼儀作法、お茶会の差配も必要ですし、社交のためのお手紙の決まりやドレスの流行を抑えることも必要ですし、他の家の特産品や家系、派閥も覚えておく必要がありますし、歴史や詩に詳しいことも高貴な方と話される場合には必要でしょう。勿論淑女の嗜みとして刺繍や編み物もできねばなりません。ああ、古代語の読み書きもできると良いですね」

 

 

 

 え、っと。

 ダンスと、礼儀作法と、手紙、流行、特産品に家系と派閥、歴史と詩と刺繍と編み物そして古代語…。

 

 

 

(………おおい、です)

 

 

 

 

 やっぱり、無理かもしれない。

 いやでも、せめて礼儀作法くらいは……むぅ。

 

 

 

 

「………マーサ、お屋敷にある分だけでいいので、本を持ってきてもらってもいいですか?」

「もちろんでございます、お嬢様」

 

 

 

 そう言ってマーサは朝ごはんを並べると、軽い足取りで部屋を出ていって。

 フィリアは朝食のパンを一口かじると、こみ上げてきた吐き気に顔を顰めた。

 

 

 

(……気が重い、です)

 

 

 

 食べれば魔力が強くなる。

 そんな強迫観念から殆ど食べ物が喉を通らなくなり―――あるいは戻してしまうようになって、もう何年だろう。

 

 無理はしない。

 でも、ちょっとだけ食べよう。

 

 

 

 わたしだって、可愛くなりたい。

 身内以外に言われたのは、初めてだった。可愛くなれるって。

 

 お世辞かもしれない。でも、信じてみたい。

 そうして一向に食べ物が通らない喉と格闘していると、マーサが本を持ってきてくれて。

 

 

 

 とりあえず持ってきてくれた数冊の礼儀作法の本に、フィリアは目を細めた。なんと言っても『高位貴族向け』『中位貴族向け』『下位貴族・その他向け』と分けられているのにも関わらず、高位貴族向けが一番に分厚い。

 

 軽く捲ってみると、礼及び答礼の仕方・種類が対象別に並んでおり。高位貴族が王族に、あるいは高位貴族、中位貴族、下位貴族に行う礼の種類とそれぞれの使用例などが書いてある。

 

 

 

 

「……あの、マーサ。これ、高位貴族だけでも……」

「いえ、お嬢様。もし下位貴族が礼を間違えた際にそれに気づけないようではいい笑いものになってしまいますので」

 

 

「そう、ですか」

 

 

 

 令嬢って挨拶のスペシャリストだったんだろうか……。

 そして全く礼儀作法を知らないわたしって一体。

 

 そしてあの人がどんな身分なのかも知らないので、フィリアは全部の礼を覚えないといけないことに気づいて――――マーサが貴族名鑑なる、似顔絵つきの分厚い辞典を持ってきたところで目を剥いた。

 

 

 

 

「あの、それ……」

「勿論、顔と名前を一致させなくては意味がありませんから。最終的に顔写真を見たら正しい礼ができねばなりません」

 

 

 

「(似たような)おじさんだらけですけど……」

「あっ。勿論、お嬢様は覚えずとも構いませんから! すみません、このマーサ少し気持ちが昂ぶってしまって」

 

 

 

 そういえば、マーサは礼儀作法の先生をしていたことがあると聞いたことがあった。

 なんとなく、断るのも忍びなくなったフィリアは、もしかするとこの前の人(かそのご家族)の似顔絵もあるかもしれないと気持ちを奮い立たせて本を開いた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「あいつは一体何をしてるんだ」

 

 

 

 玉座でまたしても国王が頭を抱えていた。

 宰相として、学生時代からずっと彼を支えてきたハンスだが今回は掛ける言葉がない。

 

 ついこの前、長男である第一王子の魔法が王として即位するには不足なものだった時は落ち込む彼に現実を見せるため側室の必要性を説いたりはした。

 

 で。その肝心の第一王子は落ち込んだかと思えば突然精力的に動き出し。割と社交家とは関わりの薄いエンディミア公爵家の令嬢との連名で何故か魔道具の論文を上げ。自分と同じく魔法の不適格で困っていたドレス職人の跡取りを雇って全く新しいドレスをぶち上げる始末。

 

 で、それにエンディミアのご令嬢が乗っかったものだから社交界に激震が走り。あまつさえ他家の令嬢と盛大に“やりあった”という噂すらある。お陰で完全に後継者争いから脱落したはずが、妙な存在感をにじませてしまっている。

 もちろんそれが駄目なわけではないのだが…。変にどこかの派閥に取り込まれたりする余地を出すくらいなら、大人しくしてくれていた方が楽だったのは間違いない。

 

 

 

 

 味をしめたわけではないと思うが、魔法関係で困っている職人なんかを自分の小遣いで支援していると聞く。芸術家のパトロンなら貴族のたしなみだが、職人は流石に聞いたことがない。

 

 一番まずいのは四代公爵家の令嬢と何かつるんでいることだったりするのだが。

 魔法力的にも、それによる政治力的にも公爵家は無視できる存在ではない。四つも公爵家があるラグノリア王国はそれだけ強力だが、その分だけ権力は王家と公爵家で分散しているのである。

 

 つまり、ちゃんとした跡継ぎのいない状況で公爵家に天秤が傾くと下手すれば王家が国ごとひっくり返る。

 

 

 

 が、別に悪事を働いているわけではないルークを叱責するわけにもいかない。むしろ父親としては好きなようにさせてやりたい。しかし王としては何もしないわけにも…。

 

 

 

 

「………やはり、学院に放り込むか」

 

 

 

 王家の人間はおおよそ王都にある王立セントリア学院に入れられる。

 魔法が殆ど機能していないルークを入れるのはどうかと思って躊躇していたが、下手に何かされるくらいなら学院の中の方がまだ制御ができる。少なくとも公爵家とか、魔道具研究所とか、王都市民とかに影響が大きいことをされるよりずっと良い。

 

 

 

 

「いや、だが。だがしかし」

「迷っているのならば、拙速に決めるべきではないのでは?」

 

 

 

 とはいえ、やはり学院での人間関係には苦難が予想される。

 この時躊躇してしまった王が、しばらくしてやっぱり頭を抱えることになるのはまた別の話。

 

 

 

 

 

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