「――――どうですか」
「ああ、似合ってるな」
拗ねたような顔で、エンディミア公爵家のシンボルカラーである黄色いドレスに身を包んだのはヴィーヴィル・エンディミアであり。
そのドレスこそはルークがドレス職人と作った、流行とは真逆を往くシンプルなドレスである。
魔法に物を言わせたレース山盛り、大型化という進化を繰り返してきた流行のドレスに対して、レースの数を絞ることで魔法が使えなくともなんとかなるように。
騎士の礼服に少し寄せたようなデザインは、動きやすさを確保しつつも流麗さを印象づける。金と魔法で盛りまくったドレスに対して、アイデアとデザインで勝負していると言えなくもない。
一番の特徴は、魔力を流すことで魔力耐性布が薄い光沢を帯びたような独特の光り方をするところにあるのだけれども。
並の令嬢ではそのシンプルなデザインから貧相なドレスだのと陰口を叩かれるかもしれないが、公爵令嬢のドレスに文句を付けられる相手などそうはいない。そもそもヴィーヴィルの素材が良いのも相まって、それなりに令嬢を見てきたルークからしてもよく似合っていると思う。
「布が少ない分、体型も出るしな。踊った時の見栄えのためにスカートを大きくするのは盲点だったけどなんというか――――カッコいいな」
「………そうですか」
スッと顔を背けるヴィーヴィルに、何か気に障ったかとちょっと遠い目になるルークだが、直接聞くのも紳士としてアレなので、とりあえずエスコートするべく手を差し出す。
「じゃあ、行こうか」
「それより、いい加減に名前で呼んでください。言いにくいならヴィーでもいいです」
「いや、別に言いにくいわけでは―――」
「ヴィーで、いいです」
ルークもなんとなく気恥ずかしさは感じるものの、せっかく協力体制を取っているのだから不仲だと思わせるメリットもない。
この魔力耐性布のドレスを流行らせることで、誰が着ていてもおかしくない風潮を作る。ついでに魔法でドレスを作れないドレス屋を救済しつつ、開発者であるヴィーの名声も上げる。実質的に一石三鳥なプランである。
「でもアレだな、ヴィーは研究所とは大分雰囲気が違うような」
白衣を着て、研究に夢中になっていた時と比べると、ちょっと気怠そうな雰囲気が無くなって隙のない令嬢に見える。
「私をなんだと思っているのですか。私だって、両親に恥ずかしくない程度には令嬢らしくできます」
「……お、おう」
研究室に籠もりきりなのは令嬢としてどうなんだ、と正論が頭を過る。が、ヴィーが現状は隙のない令嬢っぽいのは事実。なので本音は飲み込んで建設的な話をしようと口を開いた。
「で、なんで茶会に呼ばれたんだ俺は」
「分かってないのに聞いてこなかったのですか……」
ジト目で睨んでくるヴィーは隙のない令嬢というにはアレだったが、ルーク個人としてはこれくらいの方が愛嬌があって良いと思う―――まあ、外面が完璧だからこそかもしれないが―――ともかく、何か知らないが呼び出されたのでのこのこやってきたのが今のルークであった。
「いや、まず宣伝でもさせられるのかなというのが一つ」
「分かっているではないですか」
なんで分かっているのに惚けたんですか、と得意げなヴィーの顔に、ちょっと悪戯したくなったルークは真顔のまま思ったことを言い放った。
「エスコート頼める友達がいないのかなというのも一つ」
「………」
「実際のところは多分両方だと―――」
「ルークも友達いませんよね」
「……」
「……」
ジト目のまま冷たく吐き捨ててきたヴィーとなんとなく見つめ合う。そして、虚しくなって互いに視線をそらした。
「オレ、ヴィーと、トモダチ」
「そうですね。トモダチですね」
とりあえず宣伝担当なのでエスコートは不要なのだろう。と思ったが、無言で差し出された手を取る。まあ、やっぱりわざわざ不仲アピールする必要はないわけで。
「では、行きましょうか。お嬢さん」
「………ルークも、そうしていると王子っぽいね」
伊達に完璧な王子を目指してきたわけではないのである。まあ無駄になったけど。
………
……
…
王都にあるエンディミア家の別荘、別荘というのは些か立派すぎる屋敷にて。あくまで親しい間柄の貴族を招くという名目で開かれたお茶会であるが――――実際に集められた面々を見れば、流通やら貿易やらで利権を握っている家の令嬢が殆ど。
まず間違いなくどの令嬢たちも、ヴィーの目的くらいは察していることだろう。
独特の光沢を放つ新素材であり、魔力耐性で身の安全にも寄与する―――令嬢が危険な場所に行くとは思えないので、その点はどちらかというと兵士向けな気がするが―――新作ドレス。
独特の美しい光沢だけでも売れそうではあるのだが、ヴィー曰く「こういうのは有名人が着てると宣伝効果が高い」とかで。
そのヴィーが今回ターゲットに選んだのが――――。
「ごきげんよう――――お久しぶりですわね、エンディミアさん」
「あら、ごきげんよう。イルミリスさん。今日も素敵なドレスですわね」
現れたのは黒髪に琥珀色の瞳。均整の取れたプロポーションは既に美しい女性として羽化しつつあるイルミリス公爵家の令嬢。まだ社交デビューも果たしていないにも関わらず、圧倒的な知識、教養、おまけで美貌と爵位を誇り、既に同年代の令嬢たちのボスとして君臨しているリュミエール・イルミリスだった。
実のところ、魔法が明らかになる前は婚約者候補筆頭だったのだが―――母の血筋から敬遠されていた経緯があり。ぶっちゃけると苦手な相手である。見た目はとんでもなく美人なのだが。
ちなみにさっきの挨拶を令嬢風に翻訳すると多分こうなる。
『貴女がこんなお茶会を開くなんて珍しいですわね、いつも引きこもっているのに(ルーク訳)』
『引きこもってる相手より古いドレスを着てる人に言われたくありませんわ(ルーク訳)』
なんだろう。
表面上穏やかに見えてバチバチと火花が飛び交っているのが見える気がする。
軽く嫌味を飛ばしたら思い切り喧嘩を吹っかけられた(と思われる)リュミエールは、穏やかな顔のままヴィーのドレスを見て僅かに目を細めた。
「成程、確かに見たことのない上品な光沢です」
そのまま、何を言うかと身構えるヴィーに対して、少し考え込むような顔で黙り込むリュミエール。なんで宣伝してもらうのに丁々発止のやり取りをしないといけないのか、ルークとしては甚だ疑問なのだが、そうする必要があるというのならそうなのだろう。
と、ちょっと他人事のような気持ちで見ていたのが悪かったのか。
リュミエールが不意にルークに顔を向けてドレスの裾を持ち上げて礼―――カーテシーをした。
「すみません、挨拶が遅れてしまいましたわね。お久しぶりです、ルーク殿下」
「今日のところは俺はオマケだからな、気にする必要はない」
というか、できれば矢面に立たせてほしくない。
そんなこちらの想いを読み取ったのか――――そうではないのか。リュミエールは、笑顔でこちらに話題を振ってきた。
「そうでしょうか。今回、殿下が布の開発に大きく貢献したと伺いましたが」
「いや、それはヴィー…ヴィル嬢の功績だ。俺は切っ掛けを与えたくらいのものだろう」
口を挟んだくらいでヴィーの努力を横取りしていくのは気が引ける。
そんな思いから放った言葉に、何故かリュミエールとヴィーの二人から鋭い視線を浴びた。
「………国防にも関わる重要な素材です。謙遜は御身の為にもならないのでは?」
「閃きがなければ発明とは起こらぬもの。そこを謙遜されては研究者の立つ瀬がありません」
「うっ」
それはそうかもしれないのだが。
実際問題、今回はどこぞの魔力過剰令嬢でも着れるドレスを流行らせるのが目的なわけで。功績とかそういうのは発明者に回してほしいだけ、なのだが。
どこか呆れた様子を隠そうともしない二人は目線を合わせ。剣呑な雰囲気を収めたリュミエール嬢は扇を取り出すと先程までより柔らかな声音で言った。
「まず上流層に流行らせて量産体制を作り、そこから末端に行き渡らせるのは良い判断ですわね。何処にでも価値のわからぬ者はいるものですから」
「………え、ええ。まあ」
完全に目が泳いでいる。
リュミエールさん、ヴィーは多分そこまで考えていないんじゃないでしょうか。
「我が国の国威、そして国防のためです。イルミリス家も協力は惜しみません。量産の目途は?」
「回復魔法の使い手がいればある程度の品質は確保できますが。最高品質となるとルーク…殿下の協力が必要ですね。刻印機を動かしても、結局のところ最終的には魔力を流す必要がありますから」
「そう、ですか。ではとりあえず、最高品質のシルクに刻印した場合も試して頂いても?」
「…………ぇっ」
「最高品質の最新の品ともなれば、国交などにも有効ですから。勿論、“悪用”されないように細工は必要でしょうけれど」
「は、はい」
見た目、まだ幼さも残る少女二人が話しているはずなのだが。
完全に会話が研究所の職員とその運営している貴族になっている。
これがイルミリスの神童とも“完璧な令嬢”とも謳われるリュミエール・イルミリス。視野が広く、流行や政治を心得ている――――言ってしまえばそれだけのことなのかもしれないが、いずれ家を差配することになる貴族令嬢としては申し分ないのだろう。
と、そのリュミエール嬢がこちらを向いたかと思うと笑みを浮かべて言った。
「宣伝用にお一つ頂きたいですが――――いずれ男性用を扱う布石として、殿下の分も仕立てさせましょうか」
「え、いや―――」
「それは発明者であるエンディミア家の方で用意いたしますわ。お手数をおかけするわけには参りませんもの」
「そうでしょうか。“協力者”として、イルミリス家の力の方も是非見て頂きたいのですが」
「殿下には私も恩返しがしたいので、それには及びませんわ」
「俺は要らな――――なんでもないです」
どうやら何かしらの利権というか、マウントの取り合いであったらしい。
口を挟んだところ『黙ってろ』との強い圧を感じたためすごすごと引っ込む。
「では、殿下に選んで頂きましょうか」
「……それしかありませんね」
片や、見た目も美しく各方面に知識も深いリュミエール嬢。
片や、布に関しては専門家だが服に関しては素人なヴィー。
どっちにやってもらうか、と言われると非常に困る。
何が困るって角が立つのが一番困るのだが。
令嬢も舐められたら終わりなところが無きにしもあらずなので、此処は自分が泥を被るのが手っ取り早いだろう。
「では、先に父王のものを仕立てるように。勿論、王のものであるから双方協力して最高のものに仕上げろ」
―――――――――――――――
何もかもが退屈だった。
徹底的に管理された教育を終え、“完璧”になった先に待っていたのは目的の欠如。
結局の所、私はただの令嬢でしかなくて。
これから大人になって、結婚させられて。するべきことはせいぜいが家の差配くらいなもの。
魑魅魍魎が跋扈すると言われる社交界はあれど、その前段階であるお茶会程度であれば公爵令嬢という地位があり、人脈と教養と情報網があればなんとかなる。
令嬢として完璧でも、できることは変わらない――――それを唯一変えられるかもしれない存在が、王子だった。
王子妃、そして王妃。
国交にも携われる重要な役どころであり、令嬢の頂点と目される私が当然のように目指すと思われているもの。
逆である。
令嬢の頂点なのだから、当然のように向こうから求めてくるものだ。
あらゆる貴族が、私との婚姻を望んだ。公爵家に喧嘩を売る阿呆は少ないが、いないわけではない。父より年齢の離れた男からも婚姻を申し込まれた。
どうでもいい。
完璧な美貌を求めた。新しいものがあると聞けばすぐに試したし、開発もさせている。
完璧な知識を求めた。暇さえあれば本を読み、それでも分からないことがあれば調べさせた。
完璧な教養を求めた。複数の国の教育者を雇い、その全てを網羅した。
自分でいうのも何だが、欠点なんてものは性格、可愛げのなさくらいのもの。何もかも退屈だという興味の欠如は、しかしそれすらも良いと男たちは言う。割と度し難い。
エンディミアの令嬢は確かに有能だ。
魔力に強い新素材の開発、それは確かに素晴らしい。しかし兵士に行き渡らせるための方法は分かっていないと見える。
あくまでドレスとして、自らの権勢を強めるのには、令嬢としてはそれでいいだろう。
けれど、それ以上を求めるのなら―――。
だから、王子に選ばせようと思った。
最初から分かっていたのか、さして驚く様子もなく静かに話を聞いていた彼に。
鯛の尾より鰯の頭でいたいというのならば、エンディミア嬢を選べばいい。
だが、私の実力を評価できるのならば私を選ぶだろうと。
だが、王のための献上品を協力して作れという。
成程、それならば確かに協力することに違和感はない。だが、さして未練もなく。あっさりと、自分への贈り物を断るなんて。
(――――この人、私に興味がない?)
完璧な令嬢になったと思っていた。
けれど、およそ令嬢の最高到達点ともいえる王妃、それに必要な王子が興味がないというのなら。まだ、足りないというのだろうか。
教養、知識、美貌。
全て極めたつもりで、冷え切っていた心に僅かに熱が灯る。
(……悔しい)
ただの研究好きの公爵令嬢と一緒くたにされる。
それで傷つくくらいにプライドが高かったことに今更ながら気づく。
(…………絶対に、振り向かせてみせますから)
この不遜な王子に、絶対に目に物見せる。
リュミエールは、久々に闘志を燃やし始めていた。