走馬灯に出てくるくらいの、悲しいことがありました。
人生で指を数えるほどの、悲しいことがありました。
俺を哀しみに誘うのは、いつだって冷たい風だ。
ガラスのハートなんていうが、あるだけマシじゃないか。ガラスは殴らないと砕けない。
弱った俺の心はトランプタワーだ。
ふ、と息を吹きかければ、簡単に崩れさってしまう。
これがジェンガならまだ手の加えようもあったのに。
どうして気付かなかったんだろうか。
多分、7年くらいずっと好きだったというのに。
今なら分かる。先輩と付き合っても、さざなみ程度にしか心を動かされなかったのを。
彼女は俺を津波の中に呑みこんだのに、俺は津波の中で息をした。
酸素の足りない肺であるのに、必死に誤魔化した。
彼女の顔が好きだ。笑い声が好きだ。交わし合う軽口が好きだ。優しさが好きだ。彼女の全てが好きだ。
重い愛だし、ストーカーみたいだ。
でも、それくらい、ずっと好きだったんだ。
誰にもこの気持ちは負けてない。
いつもは被害を留めるために敗けをみとめる心も、今だけは俺の味方をしてくれた。
だから、出来ることなら別れてほしい。
きっとその人も彼女のことが好きなんだろう。
けど、それを言ってしまえば、俺だって同じだ。
ずっとずっと、きっとそいつよりずっと好いてたんだ。
多分、この先一生、誰と会っても彼女を思い出す。
俺は一生幸せになれないんだ。
だから、もし俺に勇気があるなら、奪ってしまいたかった。
奪わなかったのは、単に勇気がなかったからだ。
倫理とか、優しさとか、そんなもんとうになかった。
もし俺がガラスの心をもっていたら、例え非情の鬼と言われようと、人の成りした悪魔だと揶揄されようが、俺は彼女をさらってキスをしよう。
でもそれが犯罪であることは分かってるし、何より彼女が望まない。
だから俺は手を出せない。
二人の愛を窓の外から眺めることしかできない。
昔、俺は自分を見失う愛を笑っていた。いついかなる時も、威風堂々たる心を持つべきだと思っていた。
だから、そんな馬鹿げた愛を描く物書きを笑っていた。
いつの間にか、笑われる側になっていた。
彼ら物書きは本当の恋を、愛を、激情を、知らない。
今なら、そう言えるだろう。
彼女の幸せを願うことなんて出来やしない。
性欲だとか、お金だとか、そんなもの全部いらない。
ただ隣で笑っててほしい。
ただ隣で笑っててほしい。
ただ、隣にいて欲しい。
ただ、俺のとなりにいて欲しい。
愛していたのに、気付くのが遅すぎた。
どうして、このラブレターをこんな所に放ろうとしてしまうのだろうか。
どうせなら彼女に全て打ち明けた方が、楽になれる。
でもそれは救われることのない恋心と直面することとなる。
ずっとずっと、好きでした。
これは、ついぞ誰にも届くことのないラブレター。