みちのくKanon―20thAnnIversary.veR―   作:衛地朱丸

12 / 18
変更点等は下記の通りです。
旧作該当話:第八話「あゆと鯛燒き屋の小父さん」、第九話「渚と朋也」、第拾話「冬休みの終わりに」、第弐拾九話「あゆの學校」
作中時間軸:平成11年1月10日(日)
新規シーン:・布団を敷こう、な!
変更シーン:・古河パン屋でのやり取り


第十二話:たい焼き屋のおじさん

「祐一くんっ!」

 コンビニで軽食を買い終え店から出たら、俺を呼ぶ声が聞こえた。間違いない、赤い彗星のあゆだ。何故赤い彗星かと言うと、頭に付けているカチューシャが赤いし、背中の羽を羽ばたかせると、通常の3倍のスピードが出そうだからだ。

「祐一くん、祐一く~~ん」

 手を振りながら俺に近づいて来るあゆ。しかし、案の上途中で足を滑らせ、頭から転倒した。

「うぐぅ~~、またぶつけたぁ~~」

「今のは俺のせいじゃないぞ」

「うぐぅ……」

「しかし、相変わらずのたい焼きだな……」

 あゆは溢れんばかりのたい焼きを両手で抱えていた。そんなに一人で食えるのかと呆れるばかりだ。

「毎回毎回そんなに買って、金は大丈夫なのか?」

「だいじょうぶだよ。いつもタダでもらっているから」

「へっ!?」

 今とてつもないことをさらっと言った気がするんだが。

「たい焼き屋のおじさんがすっごくやさしい人で、いつもボクがくださって言った数のたい焼きを、タダでくれるんだ!」

「……。あゆ、警察に行こう、な!」

 俺はさながら柔術教師の如きノリで、やさしく諭す。

「うぐっ? どうしてボクが警察に行かなくちゃいけないの?」

「あゆ、シラを切るのはやめろ。窃盗罪に詐欺罪が重なると刑罰が重くなるぞ」

「サギはわかるけど、『せっとう』ってどういう鳥?」

 こうまで往生際が悪いと、天然なのか確信犯なのか分からなくなる。

「いいか? これから分かりやすく簡潔に説明するから、よぉく聞くんだぞ?」

「うんうん」

「食い逃げは犯罪だから大人しく牢獄にブチ込まれろ!!」

「うぐぅ! ヒドイよ祐一くん! ボク、食い逃げなんてしてないよ~~!!」

「嘘吐け! どこの世界にたい焼きをタダでくれる、気前がいいを通り越したただのバカがいるっ!? お前は『ロマサガ2』の皇帝かっ!!」

「ホントだよ! ホントにタダでくれるんだよ!!」

 涙目で必死に抗議するあゆ。ここまで真剣だと、あゆがとても嘘を吐いているようには見えない。

「分かった分かった。だったら、そのオッサンの所に連れて行け」

 百聞は一見に如かず。ここは真贋を極めるのが確実だろう。

「うん! いっしょに行こっ、祐一くん!!」

 そんなこんなで俺はあゆと一緒にたい焼き屋のおじさんに会いに行くこととなった。

 

 

「……」

「ここだよここ! ここがたい焼き屋のおじさんのお店だよ!!」

 あゆに連れて来られたのは、交差点を挟んだコンビニの左斜め向かいのお店だったのだが……。

「あゆ。駐在所はどこだ?」

「ちゅうざいしょ? って、何?」

「おまわりさんのいる所だ」

「うん! それなら、道路をこっちに進んだ先の」

「分かった。ありがとう。じゃあ行こうか!」

「うぐぅ? たい焼き屋のおじさんのところじゃなくて、おまわりさんのいるところに行くの?」

「ああ。自首する気がないようだから、俺が出頭させてやるよ!」

「うぐぅ! どーしてボクが行かなきゃならないの~~!!」

「嘘を吐くのも大概にしろ! ここ……パン屋じゃねーか!!」

 ショーウィンドウから見える景色は、誰がどう見てもパン屋だ。しかも看板には「古河パン屋」って……。ここ、古河さんのお店じゃねーか!

「ホントだよ! パン屋のおじさんがたい焼き屋のおじさんなんだよ!!」

「まるで意味が分からんぞ」

 これ以上弁明を聞いても埒が明きそうにないので、とりあえず店に入ってみるか。

「なんの ようだ! こぞう!!」

 古河パン屋の中に入ると、古河さんが魔界塔士な挨拶で呼びかけて来た。

「えーと。たい焼き売ってるって本当ですか?」

 俺は率直に訊ねる。

「なんだ。たい焼きがお目当てか。ほれ、そこだ!」

 古河さんの指差すカウンターには、保温器が置かれていた。そしてその中には……

「たい焼きだ」

 どうやらたい焼きが売っているというのは本当のようだ。しかし、疑問がいくつかある。

「どうしてパン屋でたい焼きを?」

「分かってねぇな、小僧。冬になりゃ、あったかい焼き物は食いたくなるだろ?」

「そりゃまあ」

「だったら、それで客の興味を惹いて、パンも買ってもらうって寸法だ。この街でたい焼き売っているのは、俺だけだからな」

 成程。たい焼きは夏にはあまり需要のない食べ物だから、パンを焼く傍ら扱うってのは合理的だ。

「タダでコイツにあげているってのは本当ですか?」

 俺は肝心なことを訊ねる。

「ん? なんだ小僧。もう再会してたのか」

「えっ?」

 どういうことだ? 俺とあゆを知っているのは不思議じゃないが、再会って? どうして俺とあゆの関係を。

「たい焼き屋のおじさん! 祐一くんヒドイんだよ!! ボクがたい焼きをぬすんだってさ! うぐぅ!!」

「そいつは酷いな。小僧、名誉棄損で起訴してやるから、一緒に裁判所に行こう。なっ!」

「ちょっと待ってください! 一つ二つならともかく、袋一杯もらってるなんて話!!」

 普通は信じられないって!!

「……。俺は若い頃、あゆの母親に大変世話になったんだよ。そのお礼だよ」

 急にしんみりな顔をして呟く古河さん。世話になったって、一体どういう関係なんだ?

「あゆ。すまなかったな、疑って」

 俺は素直に、あゆに謝罪する。

「わかればいいんだよ、祐一くん」

「じゃあ俺はこれで」

「オイ待てよ小僧! 人様の店の敷居をまたいで、何も買わないってのはどういう了見だぁっ! あぁん!!」

 古河さんがドスの利いた声で脅して来る。まあ確かに、部屋の整理を手伝ってもらった手前、手ぶらで帰るわけにもいかない。

(たい焼きは食いたいって気分じゃないし。何かパンを……)

 手ごろなパンはないかと、店内をキョロキョロと見渡す。

「なんだ、このパンは?」

 目に付いたのは、「大特価」という見出しが貼られたパン。近付きどんなパンなのか名札に目を通すと、何やら「甘くないジャムパン」とのことだった。

 なんだ、甘くないジャムパンって? イチゴジャムとか通常のジャムじゃない何か特殊なジャムを用いているのか?

「すみません、これ買いたいんですけど」

 一体どんな味のパンなのか興味が湧き、俺は甘くないジャムパンをトレイに乗せてレジに持って行った。

「さなえのパンは ぶきです よろしいですか?」

「へっ?」

「だから、早苗の焼いた『甘くないジャムパン』は武器だって言ってんだろうが!」

 何だ、パンが武器って……? そんなにこのパンは独特な味がするのか?

「普通の客なら黙って売るところだが、小僧に免じて金はいただかねぇ。その代わり今すぐそのパンを喰ってみやがれ!」

「は、はぁ」

 俺は古河さんに促されるように、パンを口元に運ぶ。

「……」

 口にした瞬間、言葉では説明できない味が咥内に広がり、身体中からヘンな汗が流れ出す。

「そいつは早苗特製のパンだが、そいつを食べてどう思う?」

「すごく、独特な味です……」

 思わずいい男な自動車修理工の金玉を見たノンケのホモような口調で感想を呟いてしまう。

「だろ? この味は食べ物つうか武器だろ?」

 確かにこの殺人的な味は到底食べ物とは言えない……。

「これ、ジャムパンなんですよね……?」

「ああ」

「材料は何なんですか……?」

「残念ながらそいつは俺も知らねぇ。早苗が教えてくれねぇんだよ」

 材料が謎のジャムパンを売るなんて、古河さんは正気なのか?

「ぐすっ! 秋生(あきお)さん!! 私のパンは人を殺す道具じゃありませんっ!!」

 すると、店の奥より秋子さんより一回りは若い印象の女性が姿を現したかと思いきや、泣きじゃくりつつ店より飛び出す。

「うおおおー! 俺は大好きだぞー早苗ー!!」

 間髪入れず古河さんは大特価のパンを口にしながら、早苗さんの後を追う。

 今のやり取りで、古河さんの名前が秋生さんなのと、奥さんの早苗さんがどういう人かは分かった。店の方、誰もいなくて大丈夫なのか?

 

 

「お父さんも、律儀にお店に置かなくてもいいのになー」

 店内での痴話喧嘩が聞こえたのか。店の奥より渚ちゃんが姿を現した。

「こんにちは、渚ちゃん」

「こんにちはです、祐一さん。あゆお姉さんも来ていたんですね」

「ん?」

 何か今、到底信じ難い一言が出たような。

「渚ちゃん。今の台詞、もう一回言ってくれる?」

「? こんにちはです、祐一さん。あゆお姉さんも来ていたんですね」

 渚ちゃんはキョトンとしながらも、律儀に反復してくれる。

「えぇと。あゆのこと、なんて言った?」

「ですから。あゆお姉さん」

「えーと。聞き間違えかもしれないから念のため聞くけど。あゆのこと、お姉さんって……」

「はい」

「……ふっ……」

 無垢な目で答えてくれる渚ちゃんの傍ら、俺は耐え切れずうずくまってしまう。

「!? 祐一さん、ひょっとしてお母さんのパンで!?」

「いやっ、ちがっ、待って! 待って……ダメッ……もうっ……!!」

 必死に堪えようとしたが、もう我慢の限界だ!

「ふっ……ふっ……ぶふっ! ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ~~! はひはひ!!」

 とうとう臨界点を突破し、俺は笑い転げてしまう。

「ぶっ! あっ、あゆに対してぶっはっは! 『お姉さん』は~~!! げじゃげじゃじゃ!! フヒフ」

 確かにあゆの方が年上だが、どう見たってあゆはお姉さんって柄じゃないだろう。あまりの可笑しさに俺は、レイディバグを患ってしまった。

「うぐぅっ!! ヒドイよ祐一くん!!」

 間接的にけなされたあゆは、ぷんすか怒る。その態度が面白おかしくて、俺は抱腹絶倒し続ける。

「? 年上の方をお姉さん呼ぶのがそんなにおかしいでしょうか……? あっ!」

 渚ちゃんは怪訝な顔をしつつ、何かを閃いたようだ。

「わたしとしたことが、失礼しました。あゆさんだけお姉さん呼ばわりは、確かにおかしかったですね。祐一お兄さん!」

「ぐふっ!?」

 はっ!? えっ!? なっ、なんだぁ、今の言葉は……。純真無垢な顔で、俺のことを……。

「あまり人をからかうのはよくないですよ、祐一お兄さん。めっ!」

「ウボアー!?」

 な、なんだこの感じはっ!? おっ、お兄さんという呼称が加わっただけで、これほどまでに心に直接ダメージを与えるものなのかっ!?

(まっ、まさか、この私が!? 年下の少女に、妹みを……いっ、いや違う! 年下ながらも、この圧倒的な包容力は……ララァ=スン……)

 ああ。そうだ。この感情は間違いなく、年下の女性にバブみを抱くという、マザコンを拗らせた度し難い赤い彗星の感情だぁ……。

「ちゃん謝ってくださいね、祐一お兄さん」

「わ、悪かった。あ、謝るから。ゴメン、笑ったりなんかして」

 あまりの執拗な精神攻撃にATフィールドが破られそうになり、俺は降参して素直に謝った。

「えへへ。分かればいいのです、祐一お兄さん」

「もうお兄さんと言う呼び方はやめてくれ……」

 一生この子には頭が上がらない。そんな圧倒的な敗北感を抱いてしまった。

 

 

「ところで渚ちゃん。何かおススメのパンはある?」

 気を取り直して訊ねる。

「はい!」

 渚ちゃんはニコニコしながら店内を歩き回り、

「あんぱんっ!」

 と、健やかな笑顔で差し出して来た。

「アンパン!?」

 あの、愛と勇気だけが友達のパン野郎が、頭カチ割って渡すヤツ!?

「はい! あんぱんは、日本で初めて日本人向けに作られたパンなんですよ! 迷ったらこれです!!」

 そう言えば、そんな話を聞いたことあるな。

「分かった。じゃあそれを、3つほど」

 多少多いかもしれないが、食い切れなかったら真琴にでもあげればいいだろう。

「はい。お買い上げありがとうございます、祐一お兄さん」

「だからもうお兄さんは止めてくれ……」

「ダメです。わたし、気に入っちゃいました。えへへ」

 嫌味なのか素で気に入ったのか分からないけど、渚ちゃんは最後まで俺のことを「お兄さん」と呼びながらアンパンを袋詰めしてくれた。

「ありがとう。俺はもう帰るけど、あゆはどうする?」

「ボクはそろそろ学校の時間だから、早苗さんの帰りを待つよ」

「学校? 今は冬休みじゃないのか?」

 俺の転校する高校は今日までだし。都会と違って雪国は冬休みが長いって聞いたけど。

「ううん。ボクの学校、冬休みとかないし。その代わり冬休みの宿題とかもないけどね」

「そっか。頑張れよ、あゆ」

 学校と早苗さんの帰りの繋がりが不明だけど、俺は軽く手を振りながら踵を返す。

「うん! ボクがんばるよ。じゃあね、バイバイ祐一くん!!」

 そうして俺は大手を振るあゆと別れ、帰路に就いた。

 

 

「祐一~~、いっしょに遊ぼ~~」

 夕食時間をとっくに過ぎてようやく目覚めた真琴は、もう8時を回ったというのにまだ日が照っている時間の元気さを残し、声をかけてきた。

「悪いな。俺はこれから明日から始まる学校の準備をしなくちゃならないから。お前と遊んでいる暇はない」

「なによー、ちょっとくらい真琴の相手をしてくれたっていいじゃない! ケチ!」

「時間がないって言ってるだろ。今日はこれ貸してやるから勘弁してくれ」

 そう言い、俺は漫画本数冊を真琴に渡した。

「何これ?」

「漫画という日本の優れた文化的娯楽品だ。時間を持て余しているなら漫画でも読んで暇を潰してるんだな」

「よく分からないけど、ありがと祐一~~」

 真琴は俺が貸した漫画を嬉しそうに抱え、部屋へと戻っていった。ちなみに俺が貸した漫画は『ドラえもん』だ。真琴が好みそうな少女漫画は持っていないし、少年漫画は肌に合わないだろう。下手に少年漫画を読ませて腐化するのも困るし。

 そういうわけで、俺は老若男女すべてが無難に楽しめる『ドラえもん』を貸したのだ。

「名雪~、悪いけど目覚まし時計貸してくれないか~」

 俺は真琴に本を貸した後、今度は自分が目覚まし時計を借りるべく、名雪の部屋の前を訪れた。

「うん、いいよ。ちょっと待ってってね」

 名雪はドア越しに軽く承諾し、しばらくすると、大量の目覚まし時計を抱えて部屋から出てきたのだった。

「どれにする?」

「……。目覚まし時計コレクターなんて初めて見るぞ?」

「別にコレクションしているわけじゃないよ。必要だから持っているだけだよ」

 必要って、そんな大量の目覚まし時計を一体何に使うというのだ。例え寝起きが悪くて目覚ましとめても二度寝すると言うのなら、2、3個もあれば十分だろうに。名雪は常人の3倍寝起きが悪いのだろうか?

「ちなみにこれがわたしのお気に入りの時計だけど?」

 そう言い、名雪は少し大きめの時計を俺に渡した。

「別にどれでもいいし、名雪のお気に入りのにするよ」

 基本的に朝起きられればいいのだし、デザインには特に拘らない。

「にしても、名雪。朋也の奴は何とかならないのか?」

 あいつは俺と初めて会った時からお前呼ばわりするわ呼び捨てにするわと、態度が悪いにも程があるぞ。

「う~ん。ともちゃん、確かに口が悪いところはあるけど、普段は年上の人を呼び捨てなんかにしたりしないんだけどな~~」

「確かに、潤や名雪は兄や姉呼ばわりだな。逆にそこまで親しいのには、理由があるのか?」

「北川くんとは、小っちゃい頃から街のバスケクラブで仲が良かったんだよ。わたしの場合は幼なじみってのもあるけど……ともちゃんにはお母さんがいないから」

「えっ? お母さんがいないって……」

「ともちゃんね、小さい頃お母さんを交通事故で亡くしたんだよ。それからはお父さんとずっと二人きり」

「そうか、それなら仕方ないな」

 そんな家庭環境ならば多少言葉遣いが乱暴な子供に育つのも仕方ない気がするし、仲の良い先輩を兄弟のように慕うんだろうな。

「わたしも小さい頃にお父さんいなくなっちゃたから……。だからね、ともちゃんの気持ちはすごく分かるんだ」

「そういえば、名雪もそうだったな」

 父がいて、母がいる。それがごく当たり前の家庭だと思って俺は今まで育ってきた。けど、名雪や朋也のように、父親、あるいは母親がいない家族は世の中に少なからずある。中には親がいなくて施設で育っている子供も。

 いま俺は親元を離れて親戚の家で生活している。今は近くにいなくても、いつでも会える距離に両親はいる。そんな俺はすごく恵まれているのだと、今更ながら思う。

「じゃあ名雪はお姉さんと言うよりお母さんだな」

「ううん。わたしはあくまでお姉ちゃん。ともちゃんにとってのお母さんは、渚ちゃんかな」

「渚ちゃんが?」

「うん。あの子、年の割には、なんだかお母さんのように包容力あるんだよね」

「そうだな」

 今日俺自身が肌で感じたほどだ。

「昔はそういう雰囲気じゃなかったんだよね。七年くらい前からかな? なんだか、人が変わったように落ち着き始めて」

「七年前って!? まだ低学年だぞ!?」

 そんな頃から? 何かあったんじゃないか? 七年前に。

「うにゅぅ。目覚まし見たら、眠くなってきちゃったぁ……。おやすみぃ、祐一……」

「ああ。お休み、名雪」

 俺は眼が重くなって来た名雪にお休みの挨拶をし、自分の部屋へと戻る。

(朋也にとって名雪は姉。渚ちゃんは母親かぁ……)

 そうして朋也は母親のいない寂しさを補ってるんだな。

 じゃあ、名雪は? 朋也を父親として思えないのなら、名雪はどうやって父親のいない寂しさを補っているのだろうか?

 

 

「ふ~~」

 深夜、明日からの学校に備え布団に入った俺は、未だ寝付けずにいた。十分過ぎるほどの冬休みを満喫したとはいえ、明日から見知らぬ人々に囲まれた学園生活が始まると考えると、年甲斐もなく緊張してしまう。

 この冬の世界で始まる俺の新しい学園生活。担任の先生はどんな人だろう? どんなクラスメイトや生徒と巡り会い、残り1年と数ヶ月の高校生活を送るのだろう?

 そんな思考を張り巡らせながら、冬休み最後の夜を過ごす。

「古河さんか……」

 あゆがたい焼き屋のおじさんと慕う人。パン屋でたい焼き屋という、ずいぶん変わった職業の人だとも思ったが、何より気になるのは俺との関係だ。

 俺は古河さんのことをよく知らない。けど、古河さんは俺をよく知っているかのような素振りを見せていた。以前、あの人と俺との間に何かしらの関係があったのだろうか?

 数年前の古河さんとの接点を考えつつ、俺は深い眠りへと入っていった。

 

 

「ええっと、たいやき屋さん、たいやき屋さんはと……」

 ぼくは女の子を喜ばせたくて、たいやき屋さんを探したんだ。いままでこっちに来てたいやき食べたことないからお店がどこにあるか分からないけど、女の子を喜ばせたくて、とにかくぼくはたいやき屋さんを探したんだ。

「あっ、ここかな?」

 カードダスが売っている店から交差点を挟んだ向こうのほうに、おっきなたいやきの形をした看板があるお店を見つけたんだ。ぼくは車に気を付けながら横断歩道をわたったんだ。

「えっ!? お休み……?」

 けど、お店に近付いたら、お店のシャッターは閉まってたんだ。これであの女の子を喜ばせられるぞって、僕は喜びながらお店まで走ってったから、お休みだったのを知ってガックリしたんだ。

「どうしようかな……。女の子に『お店が閉まってたからたいやき買えなかった』って言おうかな?」

 でも、そんなこと言ったら、女の子はますます泣き止まなくなると思ったんだ。女の子を喜ばせるにはゼッタイにたいやきを買っていかなくちゃダメだって思って、ぼくは思い切った行動に出た。

「ねえ、ねえ! お願いだからたいやき売ってちょーだい!!」

 ぼくは、お店の奥のほうに行って、たいやき屋さんのお家の玄関のドアをたたきながらさけんだんだ。たいやき売ってください、たいやき売ってくださーーいって。

「はいはい、今出ますよ~~」

 そうしたら、ぼくの声が届いたのか、たいやき屋の家の人が出てきたんだ。

「いらっしゃいませ~~。あらっ? かわいいお子さんね~~。お名前は何て言うのかな~~?」

 お店の中から出て来た人は、とってもきれいでやさしそうなお姉さんだったんだ。

「あのっ、お姉さん、ぼくの名前なんかいいから、たいやきを売ってください、お願い!」

「えっと、その、ごめんなさい。売ってあげたいのはやまやまなんだけど、今日はお店がお休みで」

「お店のシャッターが閉まってたからお休みなのは知ってるよ! でも、でも! それでもたいやきが欲しいんだ!! お願いします!」

 ぼくは困った顔をしたお姉さんに叫び続けたんだ。たいやきを売って欲しいって!

「ゴチャゴチャうるせえ! 今日は休みだって言ってんだろうが、クソガキ!!」

 そんな時、家の中からどなりちらす声が聞こえてきたんだ。家の中から出て来たのは、よったちょっと不良っぽい感じのお兄さんで。なんだか分からないけど、すごく怒っていたんだ。

「ひえっ、ご、ごめんなさい……」

 ぼくはお兄さんが怖くて、思わずあやまってしまったんだ。

「秋生さん! こんな子供を怒鳴り散らしたらダメですっ! これだけたいやきが欲しいって言ってるんですから、きっとたいやきを買わなくてはならない深い理由があるんですよ」

「うるせーな! どんな事情があろうと休みは休みだ!」

「秋生さん! この子にたい焼きを焼いてあげてください!」

 お姉さんはぼくの気持ちを理解してくれて、お兄さんにたい焼きを焼いてくれるよう一生懸命たのんでくれたんだ。

「何回も言ってるだろ、早苗! 俺ぁもうたい焼きを焼かねぇって、もう一生たい焼きは焼かねぇってな!!」

「秋生さん、そんなこと言ってはダメです! たい焼きはあの人を喜ばせたいから、少しでもご恩返しをしたいからって焼き始めたんでしょ? もうたい焼きを焼かないだなんて言ったら、雪風さんが悲しみますよっ!」

「うるせえ、うるせえ、うるせえ! 雪風さんはもういないんだ! もう俺の焼いたたい焼きを食べさせてあげることができねぇんだ!! 俺はよぅ、結局あの人に何もしてやれなかった能無しのクズヤローなんだよ!! こんなデクノボーの腕じゃあ、もうたい焼きなんて焼けねぇよ……」

 お兄さんは今まで怒鳴り散らしてたと思ったら、今度は急に大声で泣き出したんだ。一体このお兄さんは何に怒って何に泣いているんだろう。ぼくにはぜんぜん分からなかったんだ。

「お願いですから、お願いですからたい焼きを焼いてください! 女の子が、女の子が泣いてるんです!! お母さん、お母さんって。

 何でお母さんって泣いているのかぼくには分からないけど、でも女の子はお腹が空いていて、たい焼きを食べたがっているんです! たい焼きを食べれば女の子は泣き止んでくれるだろうから、よろこんでくるだろうから……。

 だから、どうしても、どうしてもたい焼きが欲しいんです! お願いします!!」

 何でたい焼きが欲しいかちゃんと言えば、お兄さんがたい焼きを焼いてくれるかもしれないって思って、ぼくは女の子のことをしゃべったんだ。

「! 秋生さん、あの娘ですよ! あゆちゃんがたい焼きを欲しがっているんですよ!」

「あゆが……!?」

「秋生さん、あなたのたい焼きはまだ必要とされているんですよ。雪風さんが遺したあの娘に。あゆちゃんにたい焼きを食べさせてあげるのは、あの人を喜ばせることにも繋がるんじゃないですか?」

「あゆにたい焼きを焼いてあげれば、雪風さんが喜んでくれる……? 俺のたい焼きはまだ必要とされているってことか?」

「そうですよ。あの娘にたい焼きを焼いてあげて喜ばせることができるのは、秋生さんしかいないんですよ」

「そうか……そうだよな……。俺はあゆにたい焼きを焼いてやることができるんだよな? 雪風さんの命を賭した恩に報いることができるんだよな!」

「はい! 秋生さん」

「こーちしゃいられねぇ! 早苗、水だ、水持ってこい!! それから店開けろぉ! これから俺は超特急でたい焼きを焼かなきゃならねぇんだから!!」

「はい! 秋生さん」

 お兄さんはぼくとお姉さんの願いを聞き入れてくれて、たい焼きを焼く気になってくれたんだ。それからお兄さんはすごいスピードでたい焼きを焼いてくれたんだ。

「待たせたな坊主。焼きたてホヤホヤのたい焼きだ!」

 そしてお兄さんは、焼きあがったたい焼きを僕に手わたしてくれたんだ。

「ありがとう、お兄さん! えっと、お金は?」

「いらねぇよ」

「えっ!?」

「あゆに焼くたい焼きは特別なんだ。雪風さんの子から金は受け取れねぇよ。さっさとその女の子のところにたい焼きを持っていけボウズ! たい焼きは焼きたてが一番なんだからよ!」

「ありがとうございます!」

 ぼくはお兄さんに深く頭を下げて店を後にしようとしたんだ。

「言っておくがそのたい焼きはその女の子の分だけだ。ボウズの分は入ってねぇからな。ボウズも食いたきゃボウズの分はキッチリ金を払ってもらうからな!」

「えっと、女の子の分だけで十分です。さようなら、たい焼きどうもありがとうございました!!」

 これでようやく女の子にたい焼きを食べさせてあげられる、あの子を喜ばせることができる。ぼくはたい焼きを食べてあの子が喜ぶ顔が見たくて、走ってあの子のところに行ったんだ。

 

 

「元気な子ですね、あの子」

「ああ。悪りぃが早苗、これからちょっと出かけてくるわ」

「どちらへ行くんです?」

「倉田先生の所だ。先生の言うように経済面じゃ先生の養子になった方があゆは幸せだろうし。何より先生の嬢ちゃんのことを考えたら断れねぇよ。

 でもな、やっぱり俺はまだあゆと一緒にいて、少しでも雪風さんとの約束を果たしたいんだ。だから頭下げて来るんだよ。せめて冬休みが終わるまでは俺の所であゆを預からせてくださいって」




今回のエピソードは、完全新規のはなく、各話数色んなところから引っ張ってきた感じですね。
祐一が古河パン屋に行くのは大分後なのですが、最初の方に持って来たという感じですね。
逆に、あゆと秋子さんが出会うエピソードは後回しですね。
さて、長かった冬休みも終わり、次話からようやく高校生活が始まります! 
当面は大幅に書き直さないと思いますので、なんとか舞が出るまでは継続したいなと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。