みちのくKanon―20thAnnIversary.veR―   作:衛地朱丸

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変更点等は下記の通りです。
旧作該当話:第壱拾参話「學舎に集いし妹達」、第壱拾四話「兄と妹」
作中時間軸:平成11年1月11日(月)
新規シーン:・沢渡真琴と川澄舞の関係
変更シーン:祐一が伊吹先生のアドバイスを受けて思い出の人形のことを思い出すのが、放課後から授業中に


第十五話:真琴はダレ?

 午後の授業は何だと潤に訊ねたら、選択授業とのことだった。朝の伊吹先生との会話で美術を選択すると腹は決まっていた。そのことを石橋先生にも伝えていたので、5、6時間目の俺の授業は美術ということになる。

 美術を選択の生徒はクラスの5分の2くらいで、潤の話だと一番人気なのは音楽で、次点が美術らしい。書道は何というか地味めなイメージが先行していて、一番の不人気らしい。

 ちなみに潤は俺と同じ美術で、斉藤は書道、それに名雪と香里は音楽らしい。香里が同じクラスなのは2時間目辺りまで気付かなかったけど。

「やっぱり美術を選んでくれたのね。先生嬉しいわっ」

 美術室に行き、潤の右隣に座る。授業開始の挨拶が終わると、真っ先に伊吹先生が俺の元に近付いて笑顔で話しかけてきた。何というか、秋子さん似の声で嬉しいなんて言われると、少し恥ずかしい。

「ところで、今の美術の課題は何ですか?」

 美術といっても一括りじゃない。例えば絵画や彫刻とした描く彫るで大別できる分野から、更に掘り下げた絵なら油絵や人物画、背景画など、とにかく多種多様だ。そのような様々なジャンルから一つを選んでいるのか、それともいくつかの選択肢を設けてその中から各々自由に選択できるようになっているのか。

「そうね。今は木細工ね」

「木細工? 版画でも作るんですか?」

「そうね。版画でも構わないし、北川君のように彫刻でも構わないわね」

「見ろぉ、祐一! 1/100ウッドモデルのGガンダムだぜ! どうだ、凄いだろぉ!!」

 伊吹先生が潤に話題を振ると、潤はまるで子供が自分のおもちゃを見せびらかすようにアピールしてきた。

「Gガン? それが!?」

 しかし、潤には悪いが、その木細工は言われて初めてGガンダムと辛うじて思える程度の、お世辞にも出来の良い彫刻ではなかった。

「分かっちゃいねぇな、祐一。お前も実際作ってみれば分かるよ、木細工がいかに大変かなってな。確かに形はプラモデルのGガンには遠く及ばないが、稼動するように作っただけでも称賛に値するとオレは思うぜ」

「はいはい。でも、潤みたいなのもありなんですか、伊吹先生?」

 潤の自画自賛に呆れつつも、俺は伊吹先生に訊ね返した。潤の木細工は、形はともかくテーマは美術の授業に相応しくないのではないかと。

「ええ、もちろん。祐一君、浮世絵は知っているわね?」

「ええ、まあ」

「浮世絵は誕生した当時の江戸時代は、幕府から厳しい弾圧を受けていたのよ。風俗を乱すものだって」

「へぇ~~」

「でも今は立派な芸術として認められているでしょ。同じように、漫画やアニメも世間の目は厳しいけど、立派な大衆芸術だと私は思うわ。今ではサブカルチャー扱いだけど、数百年先には浮世絵のように国家的芸術として認識される時代が来るかもしれないわね」

 漫画やアニメのようなサブカルチャーも立派な大衆芸術だと伊吹先生は言う。俺は漫画やアニメはヲタクを自称するくらい好きだけど、芸術とまでは思ったことない。

 そんな自称ヲタクの俺でさえ芸術とは露ほども思わないものを芸術だと言い切る伊吹先生に、俺は美術教師としての懐の広さを感じた。単に伊吹先生の第一印象だけで美術を選択したが、今の話を聞いて、この先生の元で美術を教わる道を選んで本当に良かったと俺は思った。

 

 

(しかし、実際どうしたものか……)

 サブカルネタがOKなのはいいが、肝心の木細工のアイディアが浮かばない。一般生徒もいる中、潤のようなヲタクオーラー全開の彫刻を彫るのは気が引けるし、版画も彫る気にならない。

「なかなか手が進まないみたいね、祐一君」

 俺の手が動いていないのを見かねてか、伊吹先生が俺の元に近付いた。

「ええ。何を作ったらいいか思い浮かばなくて。何かいいアイディアはないでしょうか、伊吹先生」

「そうね……。アイディアってほどじゃないけど、やっぱり自分が好きな物を作るのがいいわね」

「好きな物って言われても、色々あって余計に煮詰まるんですけど」

「そう。なら、好きな物の中でも、思い出深い物なんてどうかしら?」

「思い出深い物?」

「自分の記憶に焼き付いている、印象深かった物……。そういう自分の心に深く根付いている物を作ろうと思えば、テーマは絞り込めてくるはずよ」

(思い出深い物ねぇ……)

 伊吹先生に言われたように幼少の頃からの記憶をり、印象深くに残っている物を探ってみる。初めて買ったおもちゃ、初めて読んだ漫画……。記憶を巡ると、自分の心の保管庫に仕舞われていた数々の思い出の品が頭を駆け巡る。しかし、どれもこれも作ろうという動機が沸き起こるものではなかった。

 

「いい? このふつうのお人形さんに手をかざすと……」

 

「わー、すごい、すごい!」

 

(ん……?)

 自分の記憶の深いところまで検索をかけていると、あるとてつもなく印象深い情景に辿り着いた。それは、物自体は何の変哲もないただの人形だった。けど、その人が手をかざすと、不思議に人形はひょこひょこと歩き出すのだった。

 自分の目の前で繰り広げられる不思議な人形劇。その人形劇に歓声と拍手を送る幼き日の自分。今となってはその手品師が誰だかも分からず、一見手を触れずに動かしていた人形にも、何かしらの仕掛けが施してあったのだろう。けど、その人形劇は間違いなく幼き日の自分に多大なる好奇心を与えたのだ。

 あの人形劇で使われていた人形を作ろう。一瞬そう思ったが、すぐに思い止まった。あの人形劇は確かに思い出に残るものだったが、それは劇が印象深いのであって、人形その物が印象深いというわけではない。実際に、どんな人形が使われていたかは思い出せない。

(ん~~人形、人形……)

 他にいいような題材が思い浮かばないので、俺はその人形がどんな形だったか必死で思い出そうとした。

 

「ありがとう、祐一くん。ずっと………、ずっと大切にするよ」

 

「それでは、ボクのひとつめのお願いです……。ボクのこと、忘れないでください……」

 

(人形……っ!?)

 記憶を辿っていると、まったく違う人形に辿り着いた。それはある大切な人にあげた人形だ。俺はその大切な人にこの人形は願い事が叶う人形だと言った。そうして大切な人は願った、“ボクのこと、忘れないでください”と――。

 その大切な人が誰だかは思い出せない。喉元まで出掛かっているのに何故か思い出せない。けど、あの時あげた人形がどんな形だかは、鮮明に思い出すことができた。

 ならば決まりだ。あの時大切な人にあげた人形を模した彫刻を彫ろう。伊吹先生の助言に従い思考を続け、ようやく木細工のアイディアが思いついた。

(しかし、情けないよな、忘れないでって願われたのに、今の今まですっかり忘れていたんだものな……)

 それは大切な人と交わした約束だったはずなのに、俺は自分の記憶を辿るまでそのことをすっかりと忘れていた。そして未だに大切な人が誰かさえ思い出せずにいる。

(だからこそ、この彫刻はちゃんと完成させなきゃな)

 記憶を辿って見つけた大切な物。それを模した物を彫り続ければ、きっと思い出すことだろう。そう思い、俺は伊吹先生から木材をもらい、記憶に残る思い出の人形を彫り始めた。

 

 

「祐一君、ちょっといいかしら?」

 6時間目終了のチャイムが終わると、片付けようとする俺に伊吹先生が声をかけて来た。

「構いませんよ」

「ありがとう。実は課題に関することなんだけど……」

 伊吹先生曰く、今みんなが取り組んでいる木細工の課題は、昨年の10月辺りに提示された課題らしい。つまり、俺の開始時期はみんなより3ヶ月ほど遅れているということになる。

「授業は三年生まで継続だから今学期中に形にならなくても大丈夫だけど、やっぱりある程度形になっていたほうが評価はしやすいのよね」

「成程」

「祐一君。クラブはどこに入るか決めたかしら?」

「はい。一応現代視覚文化研究会に入ろうかと思ってます」

 光坂の学風の一つは文武両道。その思想に基き何かしらのクラブに必ず所属するのが校則となっている。正直、今から何かしらのクラブに所属しても、大会にも出られず補欠終わりが関の山だ。それならば大会などない文化部に入るのが無難だと思い、俺は昼休みの体験からげんしけんに所属する腹を決めていた。

「そう。私が顧問を務めている美術部に入る気はないかしら? もし美術部に入部すれば、部活動の一環として授業の課題を行っても構わないんだけど」

「う~ん。お心遣いは嬉しいですけど、遠慮しておきます」

 伊吹先生自らのお誘いは物凄く嬉しいけど、正直美術部なんて高尚なイメージのある文化部は、自分には不相応だ。やはり自分にはげんしけんのようなヲタクオーラ全開のクラブの方が肌に合っている。

「そう。残念ね」

「ああでも、クラブ活動とは別に、個人的に伊吹先生のご指導は受けてみたいと思ってますよ。例えば、放課後一日おきに指導を受けるような形にすれば」

 それはお世辞ではなく本心だった。実の所アイディアは決まったはいいが、今学期中に形にすらならない危惧がある。このまま形にならずに三年生に持越しよりは、少しでも形になった方が気分もいい。だから、個人的に伊吹先生のご指導を受けるのは、まったく構わなかった。

「嬉しいわ! 祐一君」

 俺が個人的に指導を受けたいといったら、伊吹先生はにっこりと微笑んでくれた。何というか、この秋子さん似の声で頼まれたり微笑まれたりすると、断るものも断れない気がしてならない。

「でも、放課後ご指導を賜るのはいいとして、場所はどうすればいいんでしょう? 美術室は美術部が使うでしょうし」

 俺は肝心の指導場所を訊いた。放課後にクラブ活動の合間を練って指導を受けるのはいいとして、この美術室で指導は受けられないだろう。それならば、どこで指導を受ければいいのだと。

「そうね。第二美術室なんてどうかしら?」

「第二美術室?」

 伊吹先生の話によれば、文化部長屋に美術室には置き切れない美術用品の保管庫状態になっている第二美術室があるらしい。そこは美術部員がたまに離れのアトリエとして使用するくらいの部屋なので、作業を行うには格好の場所とのことだ。

「文化部長屋にあるならげんしけんにも近いですし、その場所で構わないですよ」

 こうして俺は、文化部長屋にある第二美術室で伊吹先生の個人的な指導を受けることになった。

「ああそうだ。伊吹先生、一つ訊きたいことがあったんですけど」

 去り際、俺はふと思い出したことを伊吹先生に訊ねた。

「何かしら、祐一君」

「朝言ってましたよね? 目を閉じれば今でも俺があの子と一緒に遊んでいた姿を思い出すって。そのあの子って誰です?」

 春風さんが生きていたのは今から10年前、そんな昔に俺は伊吹先生と会ったことがあって、そしてそこにはもう一人子供がいたらしい。

 では、あの子とは一体誰を指しているのだろう? あの子が誰か分かれば、伊吹先生と会っていた時の記憶を思い出すかもしれない。

「覚えていないかしら? 沢渡真琴ちゃんのこと」

「えっ?」

 伊吹先生の口から出た“あの子”の名に、俺は戸惑いを隠せなかった。

「知ってるんですか!? 真琴のこと!!」

 どうして伊吹先生が真琴のことを!?

「覚えていてくれたのね。真琴ちゃんのこと!」

「いえ、名前だけですが。その真琴ちゃんって、どういう子だったんです?」

 正直昔の記憶に真琴の姿はない。だから少しでも真琴のことが知りたくて、俺は力強い声で返答する。

「……そうね。あの子はね、寂しい子」

「寂しい?」

「ええ。あの子は物心つく前に父母が亡くなって、唯一残された姉も数年後に亡くなって、天涯孤独の身」

「そうですか……」

 薄々だけど分かっていた。古河さんの話が本当なら、裸で山中に倒れているわけない。そして、発見時の状態を加味するなら……。

「沢渡と言うのは、真琴が養子に預けられていた家で、上手くいってないんですね」

「!? ええ、そうよ……」

(やっぱりか……)

 養父母との仲が上手くいかず、家出して行き倒れていたのだろう。

「感がいいわね。祐一君。流石は春風さんの甥ね。なら……」

 伊吹先生は一旦声を落ち着かせ、再び口を開く。

「真琴ちゃんの現状なんだけど、ここからは二人だけの秘密。約束してくれる?」

「えっ!?」

「真琴ちゃんのプライバシーに関わることだから、他人に伝えて欲しくないの。約束を守れそうにないのなら、この話は、ここでおしまい」

「約束しますよ」

 会話の流れからして、真琴はかなり複雑な家庭環境にあるのは想像に難くない。先生という立場から、親しい人間以外には容易に口にしないというのは、至極真っ当な対応だ。

「ありがとう。真琴ちゃんはね、今はもう沢渡家の人間ではないわ」

「そうですか……」

 家出したとか、そんな生ぬるい話じゃなかった。既に養子ではなくなり、再び天涯孤独の身ということか。

「今は川澄さんの養子になっていて、名前も“舞”になってるわ」

(えっ!?)

 ちょっと待って!? 俺は真琴のことを聞いていたのに……。今は沢渡真琴じゃなくて、川澄舞!? どういうことだ……?

「なんで、名前も変えたんですか?」

「……。今は、そういう立場の子とだけ言っておくわ。舞ちゃんはね、今はこの学校の3年生で、私のクラスの子よ」

(待って!? 待って!? 待って!?)

 3年生ってことは、俺より年上!? 真琴はどう見たって年下だ。つまりは……。

 

 伊吹先生の話す沢渡真琴と、水瀬家で面倒を見ている沢渡真琴は別人物!?

 

「……。真琴、いえ、舞さんのことですけど。そこまで事情を話すということは、何か問題を抱えているということですね」

 別人でしたとは今更言えない。俺はなんとか話を合わせて場を乗り切ろうとする。

「ええ。十一月の頭に、深い心の傷を負ってしまう出来事があってね。彼女が良かれと思ってやったことなんだけど、それが大事になってしまって……」

 伊吹先生は概要を伝えるだけで、詳しくは教えてくれない。つまり、家庭の事情とかプライバシーに関わることなのだろう。

「私もフォローはしているんだけれど、正直癒し切れていないのよね。祐一君、あなたならきっと彼女の心を……」

「……。分かりました。俺にどこまで出来るかは分かりませんが、学校ですれ違った時は声をかけてみますよ」

 正直思い出せない。沢渡真琴……今は川澄舞と名乗っている少女と、かつて出会っていたなんて。だけど多分、彼女との邂逅が、“真琴”の正体を突き止める手掛かりになるかもしれない。

 だからこれは、伊吹先生への気遣いでもなんでもなく、俺自身の素直な返答だった。川澄舞との再会を果たすという――。




今回は以前のように時系列を整理した感じですね。間に挟まっていた栞、風子のエピソードは、次回に持ち越しですね。
さて、原作での沢渡真琴という名前は、「祐一の憧れのお姉さんから取った名」ですが、この憧れのお姉さんが「舞の以前の名前」というのは旧版からある設定ですが、早めにネタ晴らしした感じですね。
ただ、沢渡真琴から川澄舞に変わった経緯は変更してまして。実のところ、発端となった出来事は、既に作中で語られています。
またそれと、伊吹先生の言う「十一月の頭に、深い心の傷を負ってしまう出来事」が、間接的に関係してます。
この出来事の発端も描かれていて、その結果の一端も散々と。そして、その結果とは別に起きてしまったことに心を痛めているという感じです。
この辺りは舞登場回で触れますので、続きをお頼みしに。
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