みちのくKanon―20thAnnIversary.veR― 作:衛地朱丸
旧作該当話:第壱拾六話「記憶無き再會」
作中時間軸:平成11年1月12日(火)
新規シーン:・久瀬の祐一に対する壁ドン
・祐一が本屋で『ひぐらしのなく頃に』を立ち読みし、渚と再会
変更シーン:・舞が祐一のことを覚えておらず原作寄りの性格に
・祐一が舞と佐祐理さんと夕食を食べるまでの経緯
削除シーン:・朝の名雪とのやり取り
・げんしけんの下り
・第壱拾七話「鋳造の皇女」
・第壱拾八話「白熱の生徒總會」
・第壱拾九話「皇女、バンザイ!!」
「朝~、朝だよ~、朝ごは……」
昨日に引き続き、闇の中魂揺さぶる目覚め始まるどころか脱力効果で気力が10くらい低下しそうな名雪の声で覚醒する。自分の声を録音可能なのだからとっとと上書きしても良いのだが、昨晩はそんな余裕はなかった。
(本当になんだったんだろうな……)
俺は完全に覚め切らない頭で振り返った。正直悪夢とも呼べる出来事はとっとと忘れたいのだが、あまりに印象深かったため完全に忘れ去る自信はない。
(まるで麻薬中毒者のような男。雪明かりに舞う少女。そして……)
俺自身の異様な力。人間は普段は潜在能力の10%しか使わないが、北斗神拳伝承者はうんたらかんたら的なものなのだろうか。
(いや、まさかとは思うが……)
俺自身がH173を罹患したとか?
「ないない。それはない」
あまりに馬鹿馬鹿しい仮説だと思い、自嘲しながら否定する。
(ともかく、もっと情報が欲しいところだな……)
潤にしろあの少女にしろ、事情を知っている可能性は高い。何とかして聞き出そうと思いつつ、俺は身支度を整え始める。
「おはよう潤」
「ああ。おはよう祐一」
教室に入り声をかけるが、感情の籠もってない儀礼的な返事が返ってくるだけだった。
「なあ、昨日のことなんだけど……」
「……」
授業の合間を練って聞き出そうとするが、潤は黙秘を続けて一向に口を開いてくれない。
「食いづらいなー」
とうとう4時間目が終わり昼休み。潤との間に微妙な空気が流れている中教室で昼食取る気は到底起きず、無論げんしけんにも行けない。
「屋上にでも行くか」
仕方なく俺は購買でパンを購入し、屋上へと向かった。
「んっ?」
屋上へと繋がる扉を開けると、何やら賑やかな話し声が聞こえて来た。どうやら先客がいるようだ。
「舞ーっ。このタコさんウインナーはどうですかー?」
「……。悪くない……」
「あははーっ。ではこの豆腐ハンバーグは」
「……。嫌いじゃない……」
それは二人の少女が弁当を食べている百合百合しい光景。
(あれは、佐祐理さんだよな)
あの特徴的なリボンと菩薩のような笑顔は間違いない。
(そして一緒にいるのはまさか……)
昨日の少女と瓜二つだ。他人の空似かもしれない。けど……
(よし!)
俺は意を決し二人に近付く。男子百合に挟まるべからずだが、そんな杓子定規なことを言ってる場合じゃない。
「あれー? 佐祐理さんじゃないですかー。久し振りですー」
俺は多少わざとらしい言い回しで声がける。
「あははーっ。祐一さん。久し振りですー。祐一さんも屋上で昼食を?」
「ええ。気分転換にと。ご一緒してもいいですか?」
「佐祐理は構わないですけど、舞は?」
「……」
舞と呼ばれている少女は無言で俺の方をジッと見つめるだけだった。
「あははーっ。いいみたいですー」
「はい?」
どういうこと?
「首を横に振らないってことは、了承してるってことなんですよー」
いや。そこは普通頷くって言うか。まあ拒絶はされていないようなのでヨシとしよう。
「佐祐理さんと舞さんはどんな関係で?」
昨日の少女と舞が同一人物かどうか動向を探るため、俺は無難な質問を始める。
「佐祐理と舞は光坂で一年生の時からの大親友なんですよー」
「へぇー。中学時代からってワケじゃないんですね。いかにも幼馴染みな親友って雰囲気でしたけど」
「残念ながら佐祐理は幼馴染みでも一番でもないんですよね」
「と言いますと?」
「舞には昔、まるで姉弟のように仲良くしていた友達がいたみたいでして」
「へぇー」
「なんでも夏冬の休みの時だけ遊びに来ていた、親戚の男の子みたいな人だとか」
「成程。その、名前とかは覚えているのかな?」
本題からはズレているけど、いい感じに溶け込んでいるぞ。
「……。覚えてない……」
ようやく舞が俺の質問に口を開いてくれた。イイぞこれ。
「じゃあまず年齢……じゃなくて顔とか、会ってた場所とか」
年を聞いてどうする俺ー!? と心の中でセルフツッコミしつつ軌道修正する。
「……。学校」
「学校?」
「ここ」
「はぇ。すっごく大き……じゃなくて、この学校ってことね。アハハ……」
いかん、危ない危ない。つい条件反射的に語録が出るところだった。ここで厨だとバレるのは心情的によろしくない。
「会ってた時、何して遊んでたのかな?」
「……。お人形……」
「お人形ごっこってことかな? 他には?」
「よく、踊りを見せてた」
「! それ、良かったら見せてくれないかな?」
踊りという言葉に俺はピンと来た。あの雪明かりの少女は確かに口ずさんでいた。〝奉納演舞〟と――
「ダメッ……」
しかし、舞は明確に拒絶の反応を取る。
「? 何か見せられない理由でも?」
「無闇に人前で見せるもんじゃないって、お姉ちゃんたちから言われてる……」
たちって言うのが引っかかるけど、近しい人たちにしか見せられないってことかな?
「でも、その親戚の弟みたいな子には見せてたんだろ? だったら俺も佐祐理さんと同じくらいの間柄になれば見せてくれるってことかな?」
「……」
舞は首を横に振らない。佐祐理さん曰く、肯定の合図だ。
「よし! それなら早速佐祐理さんみたく先輩のことを舞って呼ぶぞ! いいな?」
「……」
首を動かさない。いいってことだな!
「ありがとう舞。佐祐理さんたちは毎日屋上で?」
「そうですねー」
「じゃあ今日から二人が卒業するまでの間、一緒に食べてもいいかな?」
「……」
首を(以下略)。
核心には触れられなかった。しかし間違いなく一歩前進だ。少しずつ仲良くなって見せてもらおうか、舞先輩の秘匿の踊りとやらを。
「やあ、相沢君」
二人と別れて教室に戻ろうとした矢先、生徒会長の久瀬に声をかけられた。
「生徒会への勧誘ならお断りですよ」
「安心したまえ。今日はそのことじゃない。應援團に関してだ」
「應援團?」
「ああ。君は近頃彼等が夜な夜な校内で不審な見回りをしているのをご存じかい?」
「!?」
まさか久瀬は、昨晩のことを?
「その顔。やはり知ってるみたいだね」
「!?」
久瀬は俺が戸惑った一瞬の隙を突き、壁ドンして来る。
「……。俺は何も見てませんよ」
潤には他言無用と口止めされている。正直久瀬が何かしらの情報を得ているのは間違いない。しかし、潤との友情にヒビを入れたくもない。
「君は何も話さなくていい。ただ、僕に協力してくれないかい?」
「協力?」
「そうだ。夜の校内に侵入し、應援團の動向を探って欲しい。そうすれば、君が知りたがっていることをつつがなく話そう」
「……。分かった、協力しよう」
完全には信用出来ない。しかし、確実に事情を知っている。ここは素直に従うべきだと俺は承諾する。
「理解が早くて助かるよ相沢君。無論、僕からの依頼であることは極秘だ。しかし、仮に君が窮地に陥った時は、可能な限り擁護に回るよ」
完全に久瀬の掌の上だ。だけど潤が話してくれる見込みはないし、舞と仲良くなるのにも時間を要する。口車に乗せられた形だが最善手だと自分に言い聞かせつつ、俺は夜に備える。
應援團が何かしらの活動を行うのは、校内が立ち入り禁止になる19時以降。それまで校舎内に待機していてもよかったが、教室に残って勉強も性に合わないので、時間まで学校近くの本屋で時間を潰すことにした。
「何か面白い本は……。ん?」
ふと目に付いたのは、『ひぐらしのなく頃に』というA5サイズのハードカバー本。
「『あの雛見沢大災害の真相に、公安刑事と元興宮警察署所属の刑事が迫る!』ね」
詩音さんと佐祐理さんと会話した時話題になっていた雛見沢大災害。正直気になるなら詩音さんに直接聞けばいいのだけれど、刑事視点というのも興味深く、さわりの部分だけでも読んでみることにした。
「『第一章:雛見沢とオヤシロ様信仰に関して』か」
雛見沢で古くから信仰されてきた神、オヤシロ様。村に降りかかる厄災から救済してくれる神として崇め奉られていた。雛見沢に伝わるオヤシロ様の像は、背中に羽の生えた少女の姿をしている。神道や仏教の系統には見られない特異な外見の神で、出自も謎とされている。
「そしてそのオヤシロ様の生まれ変わりとして奉られていた
雛見沢の伝承によれば、百年に一度オヤシロ様の化身と言われる少女が生まれるのだそうだ。この転生者というのは、生まれた直後から人言を喋り、数百年前の雛見沢の歴史もまるで当事者のように語るのだそうだ。
「『このことから、オヤシロ様は百年単位で雛見沢に転生しているものと思われる』何じゃこりゃ?」
真面目な事件ものかと思いきや、いきなりオカルト染みて来たぞ。とある神の生まれ変わりだなんだというのは、宗教ではよくあることだ。仮に百年に一度だったとしても、空白期間は何に転生しているのだという疑問が生まれる。
「この章は、それこそ詩音さんに聞いた方が詳しそうだな。えぇと、他に面白そうな章は……」
買うかどうかはもう少し面白い話が載ってるか判断してからだとページをめくる。
「えっ? 『雛見沢症候群と地下鉄同時多発暴徒化事件』の関連性について』だって!?」
背中にゾクリとしたものを感じた。今光坂で起こっている謎の怪事件には、アークが開発したH173が絡んでいる可能性が高い。まさかそれが、雛見沢と繋がっているだなんて……。
「『雛見沢症候群とは、日本住血吸虫症やマレー糸状虫症などと同様、寄生虫によって引き起こされる風土病である。主な症例は精神障害から来る誇大妄想や自傷行為であり、末期患者は喉を激しく掻きむしって自死へと至る。』同じだ、ネットで読んだH173中毒者と……」
ゴクリと唾を飲み込み続きを読む。
「『雛見沢症候群の患者が発端となった歴史的事件の一つが南京事件とされる。この事件は南京陥落後、便衣兵に苛まれていた雛見沢出身の兵士が発症し、住民を見境無く虐殺し始めたのが発端との説がある。また、この寄生虫の研究を731部隊で行われていたという証言がある。雛見沢症候群を発症した者は正気を失う代わりに、常人とはかけ離れた身体能力を会得すると言われる。言わば昨今のRPGの狂戦士のような状態だ。731部隊では雛見沢症候群を発症後精神が安定し肉体の強化のみが残された強化兵の育成を目論んでいた。実験は部分的に成功し、終戦間際のソ連の満州侵攻に実戦投入されたという話もある』か」
南京事件とか731部隊とか、いかにも反日陰謀論的な話ではある。だけど興味深いのは、寄生虫と実用化だ。H173はネットでは合成麻薬だと言われていた。だけどもし、それが麻薬ではなく寄生虫だとすれば、薬物検査に引っかからないというのも合点がいく。
「『この731部隊の人体実験に関わっていたと噂されるのが、
点と点が線で繋がっていくような感覚を味わう。この本を読み込めば、昨日の出来事の真相に近付けるのではないかと。
「祐一お兄さんっ!」
「わっ!?」
熟読しているところに突然背中から声をかけられ、俺はビクッとしながら叫ぶ。
「渚ちゃん。こんな所まで何の用?」
俺のことをお兄さんと呼ぶのは渚ちゃんしかいない。声だけで誰だかは瞬時に分かった。
「本を買いに来たんですよ。週刊誌とか雑誌とかは神羽でも手に入りますけど、専門書とか欲しかったら近くで大きな本屋さんはここなので」
「成程なー」
確かにアニメージュすら買えなかったもんな。
「祐一お兄さん、長時間の立ち読みはめっ、ですよ」
「分かってるって」
十分買いに値する内容だったので、俺は素直にレジに『ひぐらし』を持って行く。
「随分と熱心に読まれていたようでしたけど、そんなに気になる内容だったんですか?」
「ああ。オヤシロ様の化身古手梨花とか雛見沢症候群とか、興味深い内容だった」
「それはよかったです」
俺が良書を手に入れたのがそんなに嬉しかったのか、渚ちゃんはにっこりと微笑んでくれた。
「わたしはこれから買うところですけど、祐一お兄さんはどうされるんです?」
「ああ。ちょっと街に出てから帰ろうと思う」
これから夜の学校に潜入するなどとは口が裂けても言えず、適当にはぐらかす。
「そうですか。帰りが遅くなるようでしたなら……」
渚ちゃんは徐にリュックを漁る。
「あんぱんっ!」
「良かった。あゆみたくたい焼き出さなくて」
「あくまでパン屋さんなんで、たい焼きは持ち歩きませんよ。よかったら食べてください」
「ありがたくいただいておくよ。それじゃ」
さすがに店内で食うのはマナー違反なので、おれはアンパンを受け取りつつ渚ちゃんに一瞥し、本屋を後にした。
「古手梨花。『月宮のみんな』が待っていた人ですよね? 神奈(かんな)さまの生まれ変わりの……。今は、どこにいるんでしょうか?……これで、これでよかったんですよね……? 雪風さん……」
大変お待たせいたしました。毎冬更新の予定が、2年近く間空いてしまいました。
書き直すに当たって生徒会関連のエピソードは直接関係ないため全削除いたしました。
代わりに追加したのが、「この作品におけるひぐらしの立ち位置」に関するエピソードですね。
旧作にも祐一が『ひぐらしのなく頃に』という本を読んだというエピソードはあるのですが、唐突感が否めなかったので、今回読み始めたという形となります。
そしてここで名前だけ登場するのが高野一二三博士。原作では雛見沢症候群の治療に生涯を賭けた善人ですが、この作品では人体実験を通して人類進化を試みた、早乙女博士のようなマッドサイエンティストという設定です。
あと最後に渚が意味深な台詞呟いておりますが、これもまた「この作品におけるCLANNAD(というより渚)の立ち位置」となります。