みちのくKanon―20thAnnIversary.veR―   作:衛地朱丸

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変更点等は下記の通りです。
旧作該当話:第弐話「『羽』という名が刻まれた街で……」
新規シーン:・作者がウマ娘にハマった結果、なんの脈絡もなく90年代の競馬話
      ・奇跡の少女と同時多発テロ
      ・祐一の住む町の概要と歴史
削除シーン:・祐一が寒さを凌ぐために踊るシーン
      ・政治話
      ・タンスを運ぶシーンと昼食シーン
変更シーン:名雪の父親の名前を春菊から春風に


第三話:『羽』という名が刻まれた街で……

「もう朝か……」

 カーテン越しの窓から太陽光が差し、眉を刺激する眩しさに目を覚ました。7年振りにこの街を訪れ、初めての一夜を過ごした。今日から本格的な新たな生活が始まる。

「寒っ」

 すぐにでも身体を起こそうと思ったが、あまりの寒さに再び布団に潜り込んだ。朝は寒いのが予想されるからストーブのタイマーを起きる10分前にセットしておいたんだが、一向に暖かくない。

「なんでこんなに……げぇっ!?」

 腑に落ちずストーブの温度を確かめてみた。部屋の現在気温10℃。情けないことだが未だに東京の感覚が抜けておらず、温まるのに必要な時間を把握出来ていなかった。

「よし! あと10分!!」

 無理して起きるよりあったまるのを待つのが賢明だと、俺は再び布団に潜り込む。

「新聞は新聞はっと……。あったあったこれか」

 起き上がった後はラテ欄が気になり、ダイニングのテーブルの上に整然と置かれてあった新聞を手に取る。

「へぇー。『“水瀬(みずせ)の星”メイセイオペラ、中央G1フェブラリーステークスに出走決定』ね。地方馬が中央に挑むなんざ大したもんだ」

 初めて名前を聞く地方紙の一面に書かれていたのは、地方競馬の話題だった。俺が引っ越して来た水瀬市には競馬場があり、確か水瀬家から川を渡ったすぐの所なはず。

 これでもダビスタにハマったのがキッカケで、重賞の名前とメジャーなサラブレッドの名前程度は知っている。去年はスペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダー、エルコンドルパサー等が黄金世代だと競馬界を賑わせたものだ。

「サラブレッドと言えば、去年の秋の天皇賞か……」

 名ジョッキー武豊が騎乗する“異次元の逃亡者”サイレンススズカの故障だ。11月1日1枠1番の1番人気という1が並んだレースで起きた悲劇。逃げを得意とするサラブレッドで、秋の天皇賞も2番手と10馬身以上離すという快速振りを見せたのだが、第4コーナーを回ろうとした瞬間に失速。レース中に故障し、予後不良の診断を受け安楽死の処置が取られたと報じられた。

「あれはニワカ競馬ファンの俺でも衝撃的な事故だったな。ライスシャワーの時のようにならなかったのかな」

 ライスシャワー。長距離を得意とするサラブレッドで、92年に同期で無敗の二冠馬ミホノブルボンの皐月賞、ダービーに続くクラシック三冠目の菊花賞を阻止。続く93年の天皇賞春でメジロマックイーンの天皇賞春三連覇を阻んだ。

 漆黒のステイヤーの異名を誇り、有力馬を負かし続けたものだからヒールの評価を受けていた。しかしスランプが続いた中、95年の天皇賞春で辛勝し、ヒールからヒーローへの変貌を遂げようとしていた。

 そんな矢先の95年宝塚記念。第3コーナーを回ったところで転倒骨折。予後不良の診断を受け、安楽死の処置が取られるとばかり思っていたが。

 それから1週間後の特番で奇跡が起きた。それはあり触れた超常現象番組で、「奇跡の少女、名馬ライスシャワーを救う」というコーナーでの出来事だ。

 手術後に傷が完治しておらず厩舎で苦しむライスシャワーの元に訪れた中学生くらいの一人の少女が手を差し伸べた。すると、寝たきりだったライスシャワーが元気さを取り戻し、骨折が嘘のように立ち上がったのだ。

 奇跡の真実味を高めるため番組は生放送で、世間を大いに騒がせた。それから数ヶ月後のエヴァブームと少女が14歳ということもあって、リアルチルドレンなんてちょっとした話題にもなった。

 もっともこの番組には、放送直後からヤラセではないかとの疑惑があった。実はライスシャワーはブラックジャックのような名医が治療し、視聴率稼ぎのために無垢な少女を超能力者に仕立て上げたのではないかと。

 奇跡の少女の番組が賛否両論の大議論になったのには、時代性もある。何せ1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくるの一文で有名なノストラダムスの大予言の年まで5年を切り、オカルトブームは嘗てない盛況振りだった。同年に起きた阪神淡路大震災から、来たる終末を連想し恐怖した者もいただろう。

 そんな時、あの大事件が起きた。1995年3月20日午前8時頃。東京を走る地下鉄の複数の車両で、突然多数の乗客が暴れ出した。駅に緊急停車した車両から降車した乗客たちは暴徒と化し、霞ヶ関へと押し寄せた。

 地下鉄同時多発暴徒化事件。事件を引き起こしたのは、カルト教団アーク。警察の強硬捜査を危惧した教団は先手を打つように国家転覆を企て、細菌兵器をばら撒いたのだ。

 テロに使用された細菌は未知の寄生虫を培養した噴射液で、寄生された者は精神に混乱をきたし疑心暗鬼に陥ると言われている。特徴的なのは喉の激しい痒みを訴えるというもので、テロの被害者も発症した数十人が自ら喉を掻きむしって自死している。

 首謀者はアークの教祖、大原照陽(おおはらしょうよう)。この大原、事件を起こすまではオモシロ教祖様として複数のバラエティに出演していた。

 テロ組織の親玉の本性を見抜けずに持てはやしていたことに多くの批判が集まった。その汚名返上と起死回生のために、新たなオカルトのアイドルを奇跡の少女に見出したのだろう。

 検証の結果番組はヤラセであるのが発覚し、その後奇跡の少女がメディアに出ることはなかった。

 だけど、ライスシャワーが奇跡の復活を遂げたのは紛れもない事実。もしも少女の奇跡が本物だったら、サイレンススズカも救えたのでは? そう思わずにはいられない。

(それにしても、うーん……)

 あの奇跡の少女、どうも見覚えのあったような。他人の空似かもしれないけど、過去にあった気がしてならないな。

 

 

「あれっ!?」

 キッチンのテーブルに並べられた朝食の皿数を見て違和感を覚える。配膳は4人分。どう見ても1人分多い。

「秋子さん、これ……」

「祐一さんの言いたいことは分かります。今日はあの人が居なくなるきっかけになった日だから……」

「あの人……?」

「祐一、お母さんは待っているんだよ、帰って来るはずのないお父さんの帰りを……」

「お父さんの帰り……あっ」

 思い出した。“昭和が終わった日”というのが秋子さんにとってどれ程重要な意味を持っていたかを……。

 秋子さんが待ち続けている最愛の人。俺の伯父にあたる春風(はるかぜ)さんだ。亡くなったと聞かされたのはもう10年も前の話。どういう人であったかはぼんやりとしか覚えていない。

 けど、厳しく威厳を持った風格の中に常に優しさを秘めていた、そんな人だったという漠然としたイメージは頭の片隅に焼き付いている。

 そんな春風さんが秋子さんの前から姿を消したのは10年前の昭和天皇大葬の日だと聞いた。春風さんは旗日には必ず国旗を掲揚していたと聞く。父が海軍軍人だったんだから、国家を敬愛する気持ちが人一倍強いのはよく分かる。

 それで明治の乃木大将のように、天皇の大葬に合わせ殉死したのではないかというのが、近所でのもっぱらの噂だったと聞いた。

 だが、秋子さんは信じなかった。あの人が私と娘を置いて死ぬはずない。乃木大将だって最愛の妻と共に殉死したくらいだ。きっと姿を現せない深い事情があるのだと。

 春風さんが蒸発した次の日、秋子さんは警察に捜索依頼を行った。それからしばらくして、川のほとりで春風さんの物と思しき遺書が見つかった。筆跡も間違いなく本人のものと照合し、春風さんは自殺したのだと警察から公式発表が為された。

 だけど、死体は上がっていない。遺書は偽装に違いない。あの人はきっと何処かで生きている……。秋子さんはそう頑なに信じて止まなかったという。

 それから秋子さんは待ち続けた。雨の日も、風の日も。何日も、何ヶ月も。そして何年も……。必ず生きていると、きっと帰って来ると……。

「理性では分かっているんです……。あの人はもう戻って来ないと……。ただ、今日この日を迎えるとどうしてもあの人が帰って来る、そんな気がしてならないんです……。

 ですからもしあの人が帰って来たならすぐにでも私の手料理を食べさせられるようにと、今日ばかりはあの人の分の食器を並べているんです」

 一人分多く並べられた食器。それは今でも変わらない秋子さんの夫に対する想いが形になって表れているのだろうな。

 

 

(さて、そろそろ行ってみるか……)

 昼食後しばらくして、俺はコートを羽織る。

「祐一、どっかに行くの?」

「ああ。ちょっと気晴らしに商店街にな」

 名雪に一言断り外出する。慣れない雪道を歩き、昨日来た道を思い出しながら商店街を目指す。

 

「この街で過ごし、この街を歩けばきっと思い出しますわ」

 

 昨晩頭に響いて来た言葉。今日になっても頭から離れなかった。言わば俺はこの啓示とも取れる言葉にいざなわれて商店街に繰り出したようなものだ。

 商店街、と言っても昨日水瀬家に向かう過程で通ったのだが、個人店がまばらに建っているだけ。首都圏の私鉄普通車停車駅の商店街とでさえ比較出来るものではなった。その程度の街並みで一応は商店街を名乗っているのだから、やはりここは田舎ということなのだろう。

 とはいえ、俺の住んでいる所は、水瀬市の中心街からは大きく離れている。市の中心を流れる一級河川を渡った三方を河川、残りの一方を山に囲まれた、人口三千人弱の市の北東端の地域。

 水瀬市神羽(かみはね)地区。行政区という一般の地図上では線の引かれてない市独自の基準で区画された一地域だ。

 地区の名は、古来この地に伝わる土着宗教が由来らしい。それは仏教徒とも神道とも異なる、背中に羽根の生えた神を奉ったものだ。

 俺が降りた水瀬神羽駅の東側に位置する神奈(かんな)山が聖地。地域の英雄阿弖流為(あてるい)が神奈山を本拠地としていたのも、神の鎮座する場所だったからだという伝説だ。

 そんな街の由来を思い起こしながら商店街を歩く。魚屋、酒屋、本屋に郵便局。商店街に佇んでいる建物は、薄っすらと記憶にある。そんな中一軒だけ記憶にない建物があった。

「コンビニか」

 自分の記憶にない一軒のコンビニエンスストア。昔は違う店だった気がするので、7年の間に建て替えたのだろう。こんな片田舎にも一軒だけだがコンビニがあるのは正直ありがたい。

「寒っ」

 意味もなく感慨耽っていると、突然背中に冷たい北風を浴びた。今日は昨日のように雪が降っていなかったので、来た時の格好でなんとか寒さを凌いでいた。しかし冷たい風を浴びると、とてもではないが堪えられなくなる。

(コンビニで肉まんか、おでんでも買って帰るか……)

 そう思いコンビニに入ろうとした瞬間、

「そこの人~~! どいてどいて~~!!」

「えっ!?」

 突然後ろから何者かが俺目掛けて突進して来て、俺は振り向く間もなく巻き込まれ、冷たい雪の道路にその身を投げ出す羽目になった。

「うぐぅ~~」

「直撃だとっ!?」

 東方シリーズ全クリした俺が!? しかし、妙な奇声は発していたものの、声を聞く限りぶつかって来たのは少女のようだ。

「うぐぅ~~。いたいよ~~お鼻ぶつけたよ~~」

「大丈夫か?」

 大きな紙袋を手に抱え、オレンジ色のダッフルコートを纏い、頭には赤いカチューシャ、そして背中には何故か羽が付いた少女。少女は俺の前で痛そうに鼻を擦っていた。

「ひどいよ~~。どいてって言ったのに~~」

「すまん、すまん。にしても、どうして危険な雪道を走っていたんだ?」

「えっと……それは……」

「不幸にも黒塗りの高級車に追突して、賠償金でも貰おうとしたのか?」

「うぐぅ~~! そんなことしたら身体がもたないよ~~」

「そりゃそうだ」

 初めてなのに初めてではない会話。この見知らぬ少女と話をしていると、不思議に懐かしさを感じる。

「んっと……なんて言ったらいいかな……。大好きな人に会えそうな気がして、それでうれしくって自然に身体が動いたんだよ」

「ドナルドかお前は」

 随分と軽率な理由だな。嬉しいから走る。行動がまるっきり子供だ。

「で、待ち合わせとかもしないで会おうと思ったのか?」

「うん!」

 俺には到底真似出来ない行為だな。予め待ち合わせをしていても昨日の名雪のようになることだってある。何時何処で会えるとも分からない者に会おうなどとは、ニュータイプにでもならない限り不可能だろう。

「それでキミの方は何してるの?」

「俺か? 単にブラブラしているだけだな」

「それじゃボクと同じだねっ」

 俺は別に人を待っているわけではないが、待ち人来ずなら確かに同じ立場だろう。

「ところでその手に持っているのは?」

「たい焼きだよ」

「たい焼き!? それ全部が!?」

「うんっ」

 大きな紙袋を大事そうに抱え、少女は笑顔で頷いた。手に余るほど大きい紙袋。それ全部にたい焼きが詰まっているとはだ。驚きももの木20世紀だ。

 しかし、この少女の笑顔は嘘を付いてはいない。となれば、紙袋の大きさから想定して10匹は軽く入っているだろう。とてもじゃないが、一人で食べ切れる量ではない。

「そんなにいっぱい買っちゃ食べ切れないだろ。良かったら俺に一つくれないかい?」

 ちょうど温かいものを食べたいと思っていたところだしな。

「ダメだよ。これはボクが大好きな人と食べるものだから誰にもあげられないよ!」

「そうか。残念だな」

 本心から見知らぬ少女に譲ってもらおうなどとは思っていない。けど、この少女の笑顔を見ていると自然にからかいたくなる。

 怒っている顔。困っている顔。まるで懐かしい何かを思い出したくなるように、表情豊かな顔を見たくてたまらなくなる。

「ところで待っている人ってどんな人なんだ?」

「う~ん……。どんな人って言われてもずっと会っていないから……」

「ずっとって、そんな人と会おうと!?」

「うん。その人、前会った時に冬にならないとこの街に来ないって言ってたし。その時からずっと待ってたんだよ、でも……」

「いつの間にか冬にすら来なくなったってことか?」

「うん……。でもね、いつかぜったいに会えると思うんだ。だから会えたとき今まで会っていなかった分だけ楽しくすごせるようにって、いっぱいいっぱいたい焼きを買ったんだ!」

 随分と無駄なことをするものだと思った。いつ会えるとも分からない人と出会うために食べ切れない量のた焼きに小遣いを浪費しているのだ。全く持って子供な行為だ。

 でも、不思議と悪い気がしない。恐らく少女は本当にその人に会いたいのだろう。そして失われた時を埋め合わせたいのだろう。だからこそ、無邪気に、無垢に、あんなに一杯のたい焼きを抱えて……。

「逢えるといいな」

「うん! 待たね。バイバイ」

 そう言い、俺は少女と別れ家路に就いた。少女は別れる俺にいつまでも、いつまでも手を振り続けた。大好きな人を待ち続けている、その屈託のない笑顔を絶やさずに……。

 屈託のない少女の笑顔。その笑顔の裏には会えない哀しみや辛さが眠っているのではないだろうか? 久し振りに会う大好きな人に笑顔一杯で会うために必死で隠して……。

 何故だろう? どうしてあの少女にこうまで思い入れをしてしまうのだろう?

 分からない。でも多分それは、俺もその少女と同じく誰かに会いたいと思っているからではないだろうか?

 それが誰だかは分からない。夢の中の啓示の言うように、この街でもっと多くの時を刻めば思い出すのだろうか。




今回は割かし新規と削除が多いです。政治ネタやら単調な日常ネタを削った代わりに、競馬やらの話題が。
競馬ネタは例の如く、当時ウマ娘はないけど、モデルになった馬の何頭かは現役というノリです。
その後の超能力少女ネタは、この少女が誰に当たるかは原作読めば分かりますので触れておきません。ただ、原作ですとTV出演は幼少期ですが、中学に上がってからと時期が変わってます。
そしてその後の話は、「この世界にオウム真理教は存在せず、代わりに他の宗教が存在し、化学テロではなく細菌テロを引き起こした」という感じです。
この時使われた兵器は、ひぐらしが元ネタですね。
街の話はタイトルが「『羽』という名が刻まれた街で……」なのに肝心の街の名前が旧作には出て来なかったので、補完という感じですね。あと、山の名前が直球で分かりやすくなりました。
それと名雪の父親の名前。旧作ですと菊の御家紋のイメージで春菊(はるき)としていたのですが、春菊(しゅんぎく)と読めて締りが悪いので、旧海軍の駆逐艦から名前を取り直した感じですね。
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