本当に唐突だった。彼以外眼中に無かったから、コースで誰が走ってようが関係なかった。でも眼の前で怪我をしたのが見知った顔であれば話は変わる。
どうするべきなのだろうか?一応知識としてどうすればいいのかは知っている。けれども頭が正常でも体がついてこない。そんなボクは呆然としながら彼にこう言うしかなかった。
「...それよりいいの?」
我ながら酷い。完全なる他人任せ...知り合いが目の前で倒れているというのにただ立っていることしかできない。一緒にトレーニングをしていた子達も同じなのだろうか、おろおろと周りを見回しながら、助けに来てくれる人を探している。
「トウカイテイオー!保健室に行って担架と氷袋を至急お願いします!」
そんな中、彼の行動にも驚かされた。はじめはスカーレットが倒れてもどこか他人事な態度をしていたのはなんだったのか。人が変わったかの様に彼が声を荒げた時は一瞬頭が真っ白になってしまった。でも、彼に指示されてもどこか嫌な気分はしなかったし、思考がリセットされたからなのか、気がついたら体が動いていた。さっきまで彼の事を少なからず気味悪く思っていたというのに、不思議なものだ。
それに加えて、その彼はボクに出来ないことをあっさりとやってのけたのだから、彼への評価がボクの中でじわじわと上がっていくのを感じた。
保健室へと走りながら、なぜボクはさっきまで動かなかった体をこうも簡単に動かせているのだろう?と不意に疑問に思う。
スカーレットのため?...無いとは言い切れない。まだ知り合って短いが、彼女の真面目な性格に悪い印象を持っていないのは確かだ。しかしそれならもっと早く動いたはずだ。
大人からの指示だから?...自慢じゃないけどもこのテイオー様が素直に言う事を聞いた事はそう多くない。仕方なく従う事はあれど、ここまですんなりと体が動くというのは珍しい。
ボクを頼ってくれたから?...どうだろうか。ボクはそんなにチョロいのかな?でも―――
「あんな顔されたらなぁ〜」
自分が痛い思いをした訳でも無いのに痛々しい顔をしながら力のある目で真っ直ぐとこっちを見つめられたのに、反発なんてしたら良心が痛む。ただひとつだけ良かったこともある。
「...あんな目もできるんじゃん」
仮面の笑顔ではない、彼の素の表情。ずっと気の抜けた力ない顔しか見たことなかったボクからすれば、あれが本来の彼なんだろうと感じることはできた。それが何よりの収穫。
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「ありがとう。トウカイテイオー」
「うむ!よきにはからえ~」
怪我した娘を保健室に運びいれた後、彼女の担任と保健医に一緒に走っていた娘達を託した俺達はどこに行くでもなく、ただブラブラと校内を歩いていた。トウカイテイオーが彼女達と同じクラスということもあり、事情聴取や担任との取次は思いの外円滑に終わってまだ少し時間に余裕があったからだ。
「流石ウマ娘ですね。迅速な対応で助かりました」
「えへへ。スカーレット、軽い捻挫で良かったね」
「そうですね...元々体調が優れてないようでしたから、しっかり休めば二度目はないでしょう」
そうは言ったものの、俺達が保健室を出る間際に見せた彼女の不安げな顔が妙に頭から離れないが...担任達がなんとかしてくれるだろう。
「心配そうにずーっと見てたもんね」
「...なんの話です?」
「とぼけなくたっていいよ。ボクが話しかけてる時もずっと見てたじゃん」
「別に彼女だけを見ていたつもりはありませんよ。...ただ嫌な予感がしたから見守っていただけです」
嘘は言っていない。しかしトウカイテイオーには少し不服な答えだったらしい。ニヤニヤしながら詰め寄ってくる。
「そう言っちゃってぇ...本当はスカーレットのボンッキュンボンな躰に惚れ惚れしてたんでしょぉ?」
捕まっちゃうよ?なんて煽ってきてトウカイテイオーに嫌気が差した俺は話題を変える。こんなのに付き合っていたら埒があかない。
「それよりも。...彼女達はどうだったんですか?なんで練習していたかぐらいは聞けたでしょう?」
「...スカーレット達、教官の言うことを破ってトレーニングしてたんだって」
ぼーっとしながら歩いていると、今までぴょこぴょこと視界の端で揺れていたトウカイテイオーの耳が視界から消えた。なんだ、と振り返ると、足を止めた彼女が俯きながら語り始めた。...これは振る話題を間違えた、そう俺でもわかるほどに空気が一変した。
「ボクはね、スカーレット達がしたことがいけない事だとは理解ってるんだ。専属トレーナーじゃないとはいえ、教官はボク達をそれぞれ見てくれているし、与えられた課題も皆違う」
...聞いたことがある。トレセン学園では、大抵のウマ娘は各トレーナーが所属しているチームに入り、トレーナー主導でトレーニングをする、と。しかし、入学したての1年や、本格化がまだの娘達はチームの加入試験に合格出来なかったり、自身に合ったスタイルが見つからずに迷走したりして取り残された娘達が教官という、大勢を1人で管理する担当に配属される。
しかしだ。ただでさえトレーナー1人が複数人を担当するのでさえ難しいというのにそれが何倍の人数を担当するとなると、教官の目が行き届かない事も増え、今回のような生徒の過度な独断行動が増えてしまう。...それで体を壊して辞めていった娘も過去にいた。
「でも焦っちゃう気持ちもわかっちゃうんだよね。結局教官はボク達を生かさず殺さずの無難な練習量を提示するのみで、踏み込んだ課題は出してくれないし。折角中央に入れたんだから、一秒でも無駄にしたくないって思うのは当然のことだから...」
「...ここは特にトレーナーが不足している傾向にありますからね。本当はチーム制だってやりたくなかった、という話を聞いたことがあります」
トレセン学園は慢性的なトレーナー不足に悩まされているというのをたづなから何度も愚痴まじりに聞かされている。なんでも、中央に相応しいハイレベルなトレーナーがまず少ない上に、手厚いサポートをするが故に担当ウマ娘と親しくなりすぎて駆け落ちまがいな事をするケースも少なくないんだとか...。それを防ぐ為に敢えて複数人を担当させ、トレーナーを逃さないようにしていると。
正直俺はウマ娘ではないから彼女達の気持ちや不安はわからない。ただ言えることは、
「君達はまだ入学したばかり。本格化も来てるかわからない発展途上なんですよ。そんな状態で無理をしても「じゃぁいつまで耐えればいいの?」...」
「選抜レースがあるって言ったって、あれ結局1着とった娘が引き抜かれるだけじゃん。それ以下の子は見向きもされない。...実際結果を出せてないんだからスカウトなんて来ないのはわかるけどさ。でもアドバイスぐらいくれたっていいじゃん。なんだよ、ボク達の努力なんて関係なしに結果だけ見て群がってきてさ」
「それは...」
俺は何も言えなかった。勿論トレーナーではないから、というわかりやすい逃げ道もあるが、今それを使ってはいけない気がした。でもそのカードを失ったら俺は...答えを出せない。
そんな俺の反応を見て気がついたのだろう。トウカイテイオーはバツの悪い顔をして足早に逃げるように歩きだす。
「...ごめん。君に言うような事じゃなかったよ」
「いや...」
さっきまでの穏やかな空気はどこへやら。肩を落として去っていく彼女の肩を掴んで呼び止めようとしたが、それはできなかった。彼女が謝る際に見せた横顔は、あのスカーレットと呼ばれていた子とそっくり重なっていたから...。中途半端に上げ、行き場のなくなった手を頭をかくような仕草をして誤魔化すしかなかった。
「はぁ...」
なるようには...ならんな。
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「あ~あ...やっちゃったなぁ...」
寮に帰ったボクは、何をするでもなく、自分のベッドにうつ伏せになりながらさっきの事を思い返していた。
なんであんな事を口走ってしまったのかはわからない。ただ、スカーレットの思いつめた顔を見ちゃったから――――敢えて目を逸していた不安な気持ちの正体をまじまじと見せつけられたから、抑え込んでいたモノが溢れちゃったんだと思う。
職員の彼に打ち明けた所で何もならないというのに。
次々と思い浮かぶ負の感情を振り払う様に首を振っていると、同室のマヤノトップガンが心配そうに話しかけてきた。...正直、今の自分の顔をマヤノトップガンには見られたくない。ボクは彼女に申し訳なく思いながら背を向けた。
「どうしたのテイオーちゃん?」
「マヤノ...いやね、ちょっと八つ当たりみたいな事しちゃって」
「緑川さんって人となにかあったの?」
「...なんで彼の名前が出てくるのさ」
「え~だって最近その人の話ばっかりじゃん。ちょっと前までは会長さんの話だったのにさ~」
...たしかに最近は彼の話ばかりしていた気がする。ほとんど面白みのない彼の日中行動を愚痴まじりに話していただけの気もするけども、これだけ特定の誰かに傾倒するというのはカイチョー以来かもしれない。
「ケンカでもしちゃった?」
「そんなんじゃないよ。...マヤノは知ってる?スカーレットが怪我したってこと」
「あ、うん。さっきUMAINのグループで誰かが呟いてるのを見たよ」
「その時にボク、彼と一緒にその場にいてさ、スカーレットを保健室に送った後にね。...ちょっと色々とね」
「...そっか」
それ以上マヤノトップガンは何も聞いてこなかった。恐らく彼女の得意な『理解った』というやつなのかもしれない。多くを語ったり見せたりしなくても、直感的に理解してしまう彼女の素質。それに今回は助けられたような気がした。
「マヤノはさ。自分が怪我したら~とかって考えたことある?」
ボク達ウマ娘にとっての一番の課題であり恐怖は怪我をする事。人間と違い、全速力で走れはそこらの一般道の法定速度を超えてしまう脚を持っているボク達は、日々トレーニングやレースにおいて如何に怪我を防ぐかが求められる。今回のスカーレットもそうだが、禄にプロテクターもない生身の状態で時速60km以上を出しながら転んだら...それだけでも大事故になりうる。
「無い訳じゃないけど...できるだけ考えないようにしてるかなぁ」
「考えないように?」
「だって考えたらキリがないし...怖くなって走れなくなったら本末転倒って感じだし。それならトレーナーとか教官を信じて与えられた事をやるっていうのも悪くないんじゃないかな?マヤはつまんないから練習とかぜんっぜんやってないけど!」
...そうだった。マヤノは理解ってしまうが故に練習やレースをサボってた。でも『信じる』か。
「そっか...ありがと」
「...テイオーちゃんはもう少し周りを頼ってみてもいいんじゃないかな?マヤが言っても説得力ないだろうけどさ」
「ううん。...そうしてみるよ」
少し視野が狭くなっていたのかもしれない。カイチョーに一目惚れしたあの日から、ボクはカイチョーの背中を追って頑張って走ってきた。だから一人でできるだけできるように勉強も最低限してきたし、実技面も磨いてきた。でもナニカに固執するあまり周りが見えてなかったのはさっきスカーレットが倒れた時に痛感した。本当にあの時は彼以外文字通り眼中になかった。いつの間にこんな悪い癖ができてしまったのかわからないけど、直さなくちゃ。
「はぁ...」
しかし、今のボクにできるのだろうか―――カイチョー一筋でトレセン学園の門をくぐってしまったボクにやりきることが出来るんだろうか。
「テイオーちゃんなら大丈夫だよ。それに...これ」
「?」
不意にマヤノからスマホの画面を見せられる。画面には緑川...彼の名前が載っている記事だった。
「なにこれ?」
「緑川さんが昔働いてたトレーニングスクールみたい。ちょっと気になって調べてみたんだ~」
画面を軽く2,3度フリックし、ザッと記事の内容に目を通す。
「これって...」
彼自身に焦点を当てたものではなかったが、度々出てくる単語に覚えがあった。
「この名前...カイチョーが行ってたスクールと名前が一緒だ!」
「えっ」
やっと合点がいった。カイチョーと彼の接点、これが何なのかが疑問だったが、これで繋がる。もっと詳しく読んで見れば、彼があの青山トレーナー師事の元で働いていることもシッカリと書かれていた。
「なにこれ...緑川ってトレーナーだったの!?」
「でも所属トレーナーの名前には緑川さんの名前なんてなかったよ?」
そこでボクはさっきの彼との会話を思い出す。
『...違いますよ。バッジなんてどこにも付けていないでしょう?』
そうだ。彼はバッジを付けていなかった。だから彼が嘘をついている訳ではない。となれば。
「マヤノ、青山トレーナーの記事調べてみて。できればこの記事と近い時期のやつ」
「アイ・コピー☆」
彼が何者なのか...。カイチョーが教えてくれないのなら自力で探り当ててやる。なんせワガハイはトウカイテイオーなのだから。