琴織家の事情について少し
割と真面目に上着がないと外出がキツくなってきた秋の終わり。
私と父さんはある店を目指して新西区を訪れていた。
今日は私たち親子にとって特別な日で、そのために花を買いにきたのである。
神浜で初めて迎える日と言う事もあって、向かう店も事前に下調べをしてある。
目的の店は「フラワーショップ・ブロッサム」。
この辺りでは最も評判の良い花屋が、今回の目的地だ。
「着いたぞ」
「はーい」
車から降りて思わぬ風の冷たさに身を震わせながら駐車場を横切る。
赴きある木製のドアを開けて中へと足を踏み入れた途端、ふわりとした花特有の匂いが鼻孔をくすぐった。
花。花。花。
どこを見渡しても花満開な店の中は結構な賑わいだ。週末と言う事もあってピークの時間帯を外したのだけれど、やはり評判の店なだけはある。
「いらっしゃいませ!」
店内を眺めていると橙髪の少女の快活な声が響く。彼女が掛けている店名の入ったエプロンの下は神浜市立大附属学校の制服で、恐らくここのアルバイトだろう。かこちゃんを始めとして他の知り合いの魔法少女にも何人かがあの制服を着ているから覚えている……って、あの緑色の髪でちょこんとした人影はもしや。
「あれ、かこちゃん? かえでさんも……」
「あ……! つばめさん、奇遇ですね!」
「あ、お久しぶりです」
「かえでさんはお久しぶりですね。お二人が揃ってここにいるとは仲が良かったり?」
「はい。かえでちゃんとはお友達です」
こんな所でもチームメイトと遭遇。この前のあきらくんといい、予想しない場所で出会いますね。
そしてその傍らにいるのは
彼女とはももこさん経由で知り合った仲であり、これまでにも何度か魔女退治を一緒に行っている。かこちゃんと友達だったというのは知らなかったけども、大人しめな性格同士気が合うってことなんだろう。
「えーっと……つばめさん、鶴乃ちゃんから聞きました。迷惑をかけたみたいでごめんなさい」
挨拶をして間もなく、かえでちゃんが頭を下げてきた。
はて、出会い頭に謝罪されるようなことに心当たりは……って、ああ、この間のあれか。どうやら私が鶴乃さんの特訓を請け負ったことを本人から聞いたらしい。あの時鶴乃さんと出会ったのは全くの偶然だし、特訓するように煽ったのは私なので別に謝られることでもないだろう。
「いえいえお気になさらず。鶴乃さんはあれからどうです? 多少は一人でのトレーニングでも打ち込んでくれてます?」
「……それが、あれからよりいっそう特訓だって張り切るようになって色んな特訓メニューもやり始めて……ももこちゃんとレナちゃんがよく付き合わされてるの」
「おうふ」
逆効果でござったか。巻き込まれているお二人は哀れだが、それに関しては私は悪くない筈だ。
「うーん。それなりに効果ある特訓させたからですかねえ。お二人は大丈夫でしたか?」
「ももこちゃんは平気そうだったけど、レナちゃんは筋肉痛になって昨日も歩くの辛そうだったよ。ちょんってつっつくだけで大げさに震えるんだからついやり過ぎちゃって……多分今は家で寝てると思う」
「わあこの子こわい」
いつもふゆぅふゆぅと小動物みたいな声をあげているのにレナちゃんの事となるとサドっ気が出てくるんだよね。結構毒舌も吐くし、ゲーセンで躊躇なく5000円も溶かしたらしいし、気弱そうに見えて実は中々な暴走特急ではないだろうか。
「ところで、お二人も花を買いにきたんですか?」
「あ、違うの。私たちはね――」
そうして雑談に興じていると、先ほどのアルバイトの子が話しかけてきた。……というか、今気が付いたけどこの子も魔法少女だな。
「二人とも、知り合い?」
「つばめさん、紹介しますね。この人は
「どうも初めまして。琴織つばめです」
「うん。よろしくつばめさん」
「私たち、このみちゃんのお手伝いをしているんです!」
自信満々に言うかこちゃん。
……ん? でもかこちゃんとかえでちゃんって学年……。
「……あの、そっちの学校ってアルバイトの許可そんなに緩いんですか?」
「あ、違うの。二人は飽くまでお手伝い! お給料は出てないから安心して!」
「このみちゃん……その言い方だと余計にまずく聞こえるよ……」
「ちゃんとおばさんからお小遣いを貰ってますから、ね!」
まあ、ぶっちゃけかこちゃんは家の本屋で堂々と会計とかやってたりしますし、いいんじゃないですかね?
「その辺りは問題ない。学業の妨げや過酷な作業を不当な賃金でやらせたりしなければ児童労働の範疇には入りはしないよ。だからうちは高校生以上と条件を付けているわけだけどね」
そこに一家の大黒柱たる経営者からの的確なアドバイスが飛んできた。この父親、個人事業者として安定した収入を得られているだけあってこう言う時の知識を聞くには大いに頼りになる。
「なるほど、ですって皆さん大丈夫みたいですよ」
「へえ~そうなんだ……」
「あの、ところでこの人は?」
「うちの父です」
「どうも、琴織渡だ。秋野くんは初めましてになるかな。娘がいつも世話になっている。調子に乗りやすい性格だから振り回されないように気を付けておくといい」
「どういう意味ですかねそれ?」
脇に肘を軽く叩き込むが、父は笑うだけで何ともない。
「ところで……お二人もお花を買いに来たんですよね!」
「はい」
というかそれ以外の用事で花屋には来ない。
「どんな花をお探しですか?」
「今日は仏花を。仏壇に供えるための花を買いに来た」
「なるほど……それでしたらどのような花がお望みですか?」
「トルコキキョウとカーネーション。あとは季節に合わせた花をいくつか」
「色はどうなさいますか?」
「ここは六金色で揃えたい。良い組み合わせがあればそれを頼みたいのだが……ああ、後はホオズキの実が欲しい。この時期だと少し難しいと思うのだが……どうだろう?」
「わかりました! それなら……」
着々と父はこのみさんと花の段取りを済ませていく。
このみさんは父の要望を一言一句聞き逃さず、店に陳列されている花の中からてきぱきと揃えていく。
「いっぱい買うんだね……」
「ええ。うちは供え物だけは妥協しないと努めていますので」
「そうなんですね。あの……つばめさんが良ければなんですけど、誰へのお供えものなのか聞いてもいいですか?」
「ああ、母ですよ」
「えっ……?」
「つばめさんの……お母さん?」
「ええ。母さんは、私が物心つく前に亡くなりました。今日は母の命日なんです」
そう。今日は母の――
私は母の顔を写真でしか知らない。
だから私は、母親から愛情を知らない。それでもこの人が私を愛してくれていたというのは、生まれたばかりの私を抱き上げる写真からでもよく伝わってきた。
それと、父が十年以上経った今でも再婚もせずに男手一人で私を育ててくれたと言うのもあるだろう。母の命日には好物を、節目には仏壇に高級酒を律儀に供える。ホオズキの実も故人を偲ぶための定番だからではなく、母が好きな花だったから。六色を揃えるのは、風水や運気を重視する父の今も変わらぬ愛情の証である。
「……すいません。軽率に聞いてしまって」
「別に気にしませんよ。今更、喪に服すつもりもありませんし」
「ッ、でも!」
「はいはい。かこちゃんは優しいですね。正直その気持ちはとうと……いえ、とても嬉しいですよ」
「今、尊いって言いかけなかった?」
「知りませんね」
だがかこちゃんがぐう聖なのは事実である。
「ところで、このみさんも魔法少女ですよね?」
「え、ええ。そうですけど……」
「なんでわかったの……って、そういえばつばめさん。魔力が見えるんだっけ」
「そゆこと」
ちなみにこのみさんの魂は緑色だった。生命力溢れるオーラはまさに花を愛する少女というべきか。
そうやって談笑していると、視界の端でふらふらと花瓶の棚に近づく男性に気が付く。
その男の人は商品棚の上にある花を注してある花瓶に手を伸ばし……って、おいおい。
「やば……!」
「わっ、つばめさん!?」
私は急いで男の人に速足で近づく。
かこちゃん達は気が付いていないが、私の眼には男の人の首筋にこびり付く
「は……ははっ!!」
予想通り、魔女の被害者は花瓶を掴み、動きを隠そうともせずに店の中心に投げつける。
叩きつけられた花瓶は大きな音を立てて割れ、周囲に破片と水と花をまき散らして店内を滅茶苦茶にした。
「――っと。危ない危ない」
なんてことが起こる前に、私は男の人の腕を掴んで阻止する。
こっそり魔力で強化した握力と、先輩に教え込まれた武術の合理ならば、成人男性の動きぐらいはあっさりと止められる。
「……邪魔するな……ッ!」
「はいはい」
当然だが抵抗される。
本格的に暴れられる前に、幽界眼で捉えた魔女の口づけに手を伸ばしシールのように剥がしてやる。
そうすれば男性は瞬時に気を失い、床に倒れ込む前に支える。
端からは具合の悪い人を察知して介抱しただけに見えるはずだ。
かこちゃん達は何が起きたのか察したらしく、焦った様子で近づいて来た。
「つばめさん!」
「もしかしてこの人……」
「はい。魔女ですね」
「そんな、またですか……!?」
「また?」
かこちゃんの言葉に首を傾げる。
聞けば、以前にもこのブロッサムに魔女が現れ、その時は店主が被害者になったという。その時の縁がきっかけでこのみさんが魔法少女であることを知ったらしい。
やれやれ。今日ぐらいは魔女と関わることなく過ごしたかったのだけど、台無しにされる方がもっと嫌だ。
幽界眼を本格的に励起させ、魔女の結界がないかを探る。
「――いました。店の外です」
「行きましょう!」
「うん! あ、でもこの人どうしよう……」
と、その時。店の奥で花束のラッピングをしていたこのみさんが花束を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました! このような形でどうでしょう」
「……うん、素晴らしい。色のバランス、花の形状を意識した配置も完璧だ。その年だと言うのに素晴らしいセンスだね。このままで貰おう」
「ありがとうございます……って、三人ともどうしたの?」
このみさんが作った花束は眼鏡に適ったらしく、父はとても満足そうに頷いた。
そこに、背後からまた魔女の口づけを喰らった別の男性が近づく。
かえでちゃんが慌てて念話で警告を飛ばす。
『このみちゃん! 今、魔女の口づけを受けた人がつばめさんのお父さんに近づいてる!』
『え!?』
『……あ、特に心配は無用だと思いますよ?』
「寄こせ……!」
このみさんの反応は遅れ、被害者は父の手から花束をひったくろうとする。
が、伸ばした手は空を切った。
「悪いがこれは彼女が妻の為に作ってくれたものだ。君は君にあった花を見繕ってもらうといい。だがその前に、首に付いたゴミぐらいは払ってから店内に来るのがマナーだろう」
瞬時に回り込んだ父が魔女の口づけへと手を伸ばす。
たったそれだけで、魔女が付与した呪いは分解され父の手の中へと吸い込まれていった。
「……あれ? 俺は何を……」
「さあ? 花の魅力に惹かれてついやってきたんじゃないか?」
「そうか? ……確かに、そうかもしれないな」
あっさりと正気に戻ったその男性は、しっかりとした足取りで店内の物色を始めた。
……お見事。私でも力技でしかできない解呪をこうも容易くやってのけますか。
「やれやれ。今日は大事な日だというのに、思わぬ災難だな」
「え、あれ? 今……」
「すまないが、これを保管しておいてくれないか。どうやら、会計の前に片付けるべき用事ができたらしい?」
「あ……はい。じゃなくて! 今、あなた魔女の口づけを……!」
目の前で繰り広げられた光景が突拍子も無かったからか、言われるままに花束を受け取ってぽかんとしていたこのみさんだが、割とすぐに再起動した。
だが父への詰問は時間がかかりそうなのでストップをかける。
「まあまあこのみさん。ひとまずこの人を安全なところに寝かせて、魔女をブッ潰しに行きましょう」
「あ、そうだよね……って、つばめさんも魔法少女?」
「ええ。まあ、そういうわけですのでよろしく」
「……うん、よろしくね!」
次から次へと押し寄せる情報量に、どうやらこのみさんは考えるのをやめたようだ。
◇
既に魔女の結界は見つけていた私たちは、変身してすぐに突入した。
カーテンで覆われた空。ベッドのような布の地面。
この神浜にて多く蔓延る魔女の中で、立ち耳の魔女と呼ばれる魔女の結界だ。
「ふむ。今回の結界は随分とファンシーだな」
「ここの魔女は色んなものを集める魔女なんですよ」
「だから花屋に現れたのか。少女のお洒落は、花とアクセサリーとフリルだと相場が決まっているからな。まあ、つばめの趣味はカジュアルだがね」
「文句あるんですか?」
そして、何故かついてきた父は結界の内装にコメントをつけ、何故か私の趣味にケチをつけてきた。
「え、あれ? つばめさんのお父さん、なんだか普通に歩いてない?」
「ここ、魔女の結界の中だよね……?」
「魔女の口づけも剥がしていたみたいだし……どういうことなの?」
普段なら魔女の呪いに当てられてとっくに正気を失っている筈だというのに、一般人が魔女の結界に平然と足を踏み入れている光景にこのみさん達は目を丸くしている。
だましたつもりはないんだが、うちの父さん、多分この神浜で一般人という概念から一番かけ離れた人なんだわ。
「ん、ああ。君たちは知らないだろうが、私も魔術の心得がいくつかあってね。特に呪詛の類については人並み以上の対処はできる。それに、夏目嬢はつばめから説明を受けたのだろう?」
「それはつまり、琴織さんは魔術師……ということですか?」
「そう言う事。まあ、魔術師といってもそこまで大げさなものではない。
「そうなんですね……私、魔法少女以外で魔法を使える人を初めて見ました!」
素直に感心するかこちゃん。
まあ、魔法少女も魔術師も、表社会ではその正体を隠して行動していることがほとんどだ。
魔術師は魔法少女とは違い、魔力の行使にグリーフシードを必要としない。その代わり、生成できる魔力量に圧倒的な差をつけられており、発動も回りくどい下準備を必要とするものがほとんど。さらに言えば、魔術師は魔術を己のために使用、研究することがほとんどで粛清機関を除けば魔女を討伐しに活動すると言う事は余りない。むしろ彼らからすれば魔女や使い魔の身体の一部は上等な魔術の触媒となったりするため、魔法少女たちからも隠れながらこっそりと結界内で採取を行ったりしているとのこと。
だが、魔法少女と魔術師が日常的に交流を持つことが希少と言う訳ではない。単に魔術師の絶対数が少ないのと魔法少女の生死のサイクルが短すぎるということで関わりを持つ機会が少ないと言うだけで、中にはお互いに協力関係や取引を行っていることもある。粛清機関がその最もたる例だ。彼らは魔女狩りの為に魔術を身に着けた魔術師たちが集まった組織であり、その中には魔法少女も構成員として所属している。魔法社会で大きな影響力を持つ彼らは、世界で最も多くの魔法少女との関わりを持っている組織と言っても過言ではない。
「具体的にはどんなのが使えるんですか?」
「おっと、それを聞いてしまうか。まあ流石に気になるよなあ。気になってしまうよなあ」
このみさんの質問に、あからさまに待っていたかのような反応が返ってくる。
「そうだな……っと、流石に話が長かったか。下っ端どもが嗅ぎ付けてきたようだ」
指で示された方向に目を向ける。
「うわあ……」
思わず声が出た。
そこには包装紙の妖怪みたいな姿の使い魔がわんさか。多分、百以上はいる。
流石の大群に私たちはそれぞれの武器を構える。
だが、それに先んじて父が使い魔の群れの前へと進み出た。
「あ、危ないですよ!?」
「折角だ。初対面の記念に、君たちには一つ手品を見せてあげよう」
かこちゃんが咄嗟に叫んだ警告を悠々と聞き流し、父は使い魔の群れへと無造作に手をかざす。
この時点で、彼の足元の薄い影が光を一切通さない暗黒へと変わっているのに、一体何人が気づいていただろうか。
「……何をするつもりです?」
「実のところな、私も今日と言う日が危うく台無しに成りかかったことに思わないところが無いわけではない。だから少々鬱憤を晴らそうとしたところで、咎められはしないだろう」
要は怒ってるわけだ。
使い魔たちがガサガサと身体を揺らす。目の前に出てきた自分たちの敵とはまた別の人間。それは自分たちにとっては容易く屠れる程度のものでしかなく、恰好の獲物が出てきたことへの歓喜と未知への威嚇が合わさって紙の擦れる音が波のさざめきの様に鳴り響く。
常人にとっては身の毛もよだつ光景。
しかし父は表情一つ変えることなく、ただ詠唱を口にする。
「虚空を覗け――光は途絶え、影は生まれ、闇は出ずる」
一瞬の出来事。
周囲の
「えっ!?」
「うそ……今、何をしたんですか!?」
「これが私の魔術だ。原理としては魔力弾と大差ない単純なものだけどね」
父が言う通り、何も複雑な真似はしていない。
魔力を影を介することで実体化させ、刃として飛ばしただけだ。
まあ、影という「存在しないもの」を「存在するもの」に変換するというのは、そうした固有魔法を持つ魔法少女でもなければ不可能な芸当であり、それをこの男がやってのけたと言えば彼女達の驚きようにも納得がいくだろう。
「結局のところ、私のこれは魔力を自らの属性に適した形に変換して打ち出しているだけだよ。このようにね――
声と共に腕が振り上げられる。
影の次は星。
魔術師の頭上に眩き光球が幾つも生じる。
それらは流星となって使い魔の群れへと降り注ぎ、あっという間にその数は2割にまで減っていた。
「ほら、雑魚は片付けてあげたからとっとと行きなさい」
「はいはい。それじゃ急ぎましょうか皆さん」
促されるまま、三人を引き連れて結界の奥へと突き進む。
当の三人はと言えば、今の衝撃が頭から離れていないようだ。
「あ、うん……」
「すごい……」
「つばめさんのお父さん、こんなに強いんだ……」
「私なんか全然さ。そこのつばめだって、あれだけの使い魔を一掃するぐらい訳ないだろう?」
「そうなの?」
「まあ、あれぐらいは魔法少女でも鍛えればできるものではありますね」
多分やちよさんとか鶴乃さんなら十秒ぐらいで片付けられるはずだ。私なら……普通に戦って二十秒、なりふり構わずに大技を打つなら十秒といったところだろう。
「へぇ~。私も頑張らなきゃくちゃいけないなあ」
「ところで、このみさんの戦い方ってなんですか? かこちゃんとかえでさんとは何度か一緒に戦ってるので分かるんですが、このみさんとは今日が初対面なのでちょっと教えてくれますか?」
「うん、いいよ。見ればわかるけど私の武器はこの鋏だよ」
このみさんは近接スタイルの魔法少女のようだ。
かこちゃんは遠近両用。かえでちゃんは遠距離特化なので、私はミドルレンジでつかず離れずを維持して戦うことにしようか。
「では私が全体のバックアップに回るので皆さんは普段通りの戦い方でお願いします」
「いいんですか?」
「三人の戦い方があるのでしょう? なら今回はそちらに合わせますよ」
彼女たちは三人でのチームワークができている以上、それを崩さない立ち回りをしたほうが効率がいい。あと、かこちゃんが私たち以外とチーム組んでるときどう戦っているのか気になるし。
「――と、いましたね」
視界の先に現れたのは巨大なウサギのぬいぐるみ。
これが立ち耳の魔女。
魔女の周囲には大量の使い魔。どうやら迎撃準備は万全らしい。
「さて。ここは一つ餞別をやろう」
パチン。と父が指を鳴らすと、身体が少し軽くなった。
身体強化を行っている魔力の流れが、ほんの僅かだが改善されたのだ。
「これは……!?」
「魔術理論・天体航路。君たちの魔力効率を上昇させた。即席だが、この戦闘中ぐらいなら持つだろう。後詰は私が受け負ったから君たちは遠慮なく戦うといい」
さらっととんでもないこと言いやがったぞ。
「うん……確かにちょっと身体が軽くなったかも!」
「ありがとうございます」
下準備も整えたところで、改めて魔女を向き直る。
敵対者がこちらへ意識を向けたことをあちらも感じ取ったのか、使い魔たちが一斉に押し寄せる。
それに応えるように、まずこのみさんが正面に出た。
「せいっ! やぁ!」
鋏を振るい、先頭にいた使い魔を殴打。怯んだ隙に次に鋏を開き、使い魔の身体を挟み込んで切断する。
武器の類としては奇天烈だが、問題なく扱えているようだ。
その横では地面から生えてきた植物が使い魔を絡めとって絞殺している。かえでちゃんの魔法だ。かこちゃんは二人の間に立ってこのみさんを無視してかえでちゃんを狙う使い魔を倒している。
私はその三人の連携を横目に骨喰を振るって使い魔を薙ぎ払う。魔力を込めた一撃を振るえば、衝撃波で面白いように紙屑が宙を舞った。
だが、雑魚にかまけているばかりではいけない。魔女が耳を伸ばしてこちらに攻撃してきたのをはじき返し、逆にきつい一撃をお見舞いしてやる。
あらかた使い魔を倒し終えたところで、三人が前に出た。
「いくよ、みんな!」
「「はいっ!」」
かえでちゃんが今までよりも大きな蔓を召喚し魔女を拘束する。魔女は逃れようとその巨体で引きちぎりにかかるが、そこにこのみさんが手をかざすと蔓から数々の花が咲き誇り、蔓の締め付ける力が強くなり魔女は一切の抵抗ができなくなった。
「ほう。仲間の攻撃を強化したか」
父が感心したように呟く。
「はい。私の魔法は
「これが……私なりの精一杯です!」
突き出された穂先から射出される魔力の奔流。
そのまま真っ直ぐに伸びた光線は、身動きの取れない魔女の中心を撃ち抜いた。
◇
「お待たせしました! はい、こちらご注文の花束です!」
「ありがとう」
魔女を倒した私たちは、ブロッサムに戻り注文していた弔花を受け取った。持ち帰る途中に形が崩れないよう、丁寧にラッピングがされた花束を大事に持つ。
「それにしても、あのコンビネーションはすごかったですね。皆さんそれぞれの役割を分かっている。固有魔法も組み合わせた、素晴らしい技じゃないですか」
先ほど見せたあの連携技について、率直な称賛を口にする。
チームを組む魔法少女がそれぞれの力を合わせて一つの技にするのは珍しい話ではない。しかし、それらは単純にそれぞれの技を順繰りに出すだけの単調なものが多い。
だが、先の魔女を倒した技は自分たちの魔法を着実に組み合わせていた。かえでちゃんの束縛と、それを強化するこのみさんの『花添え』。そして動きを止めた後、魔力放出が得意なかこちゃんの必殺技、トドメを刺す。
確かにただ技を繰り出すだけでも魔女を倒せるかもしれない……だが、その
「うん、実はこれ、かこちゃんのアイデアなの」
「そうなんですか?」
「はい!」
かこちゃんを見れば、彼女は頷いて説明をした。
「最初は、このみちゃんの魔法とかえでちゃんの魔法が合いそうだなって思ったのがきっかけなんですけど……多分、その発想ができたのはつばめさんのおかげです」
「私が?」
はて。確かに私はかこちゃんに基本的な魔法の使い方から効率のいい魔女の探し方、魔力の運用方法なんかを教えたが、それらは全て基礎の範囲。さっきの必殺技は応用の中でもかなり深度の高い方で、その辺りの知識はまだ教えていなかったはずだが。
「はい。『魔法をただ使うだけじゃない。どう使うのか、どう使えるのかを探求することが強い魔法少女の秘訣』……以前、つばめさんから教わったことです」
「それは――ああ、そんなことも言いましたっけ」
そういえば、ななかちゃん達とチームを組んですぐの頃にそういう話をした気がする。魔女退治の帰りに喫茶店で駄弁っていた時の、講座と言うほどのものでもないアドバイスだったからすっかり忘れていた。
「いやはや、我が娘が人にものを教えられるほど成長していたとは……」
「当たり前ですよ、誰の娘だと思っているんですか?」
「それはもちろん、私だが」
当然だとばかりに言い返せば、これまた自信に満ちた一言が帰ってくる。
「二人とも、本当に仲がいいんですね」
このみさんの言葉に、私たちは顔を見合わせる。
「勿論、私のたった一人の家族ですから」
「そうだな。たった一人の、私が守るべき娘だからな」
◇
仏壇の清掃も終え、花束から献花台へ花を移し替える。
漆の黒色に色鮮やかな花々が加わり、その下で母は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
ちゃぶ台を引っ張り出し、仏壇の前に置く。
そのまま今日の夕食を持ってきて、父と向かい合わせに座り、手を合わせてから食べ始める。
母と共に、食卓を囲む。これが七枝にいた時から毎年行っている家族の恒例行事だった。
「……今年も、今日と言う日を迎えられたことが嬉しい」
食事を終え、酒を注いできた父はおもむろにそう言った。
「魔法少女に限らず、人間と言うのは些細なことで死ぬ。数時間前まで健康そのものだった知り合いが、取り返しのつかない状態になることも珍しくはない。私は、そのことを良く知っている」
「それは、魔術師としてですか?」
「親として、だよ。実際、二年前につばめが危なかった時、余裕ぶってたけど割と内心ハラハラしてたんだからね。無事に帰ってきてくれて本当に良かったと思ってるよ」
二年前。
あれは私が魔法少女の契約を行った始まりの二週間。私たちの最初の物語が終わりを告げ、決定的な変化が生まれたあの時を、私は忘れることは無い。
「無事っていうんですか? 私、あれで人間から道を踏み外してしまったような気がするんですが」
「ギリ人間だろう。それに、変わったのはお互いさまだよ。それでも親子であることは変わらないし、私たちが鈴女の伴侶と娘であることも変わりはしないんだ」
私の願いで人として破綻した父と、父の因果によって魔法少女としてすら破綻した私。
それでも、私たちが親子であることは不変の事実。母の遺した愛は、決して無くなってはいない。
ならばそれでいいのだと、私たちは改めてお互いが親子だと認識し合ったのだ。
「しかし、珍しいじゃないですか。いくら使い魔相手とは言え、父さんがまともに戦うなんて」
「確かにな。かつての生を自覚した二年前のあの時、私はその知識を濫用するまいと決めた。この世界に根付いた魔術ならまだしも、私のこれは完全な異物だからね。下手に晒せば、騒動の元になる。よっぽどのことが無ければ君たちのバックアップに務めるよ」
「それを学んでる私はいいんですか?」
「それはそれ。つばめは魔法少女という存在でも異端に近い。粛清機関とは音子嬢を通じてある程度話はつけてあるが、他の組織に目を付けられる可能性もなくはない。そうしたものから身を護るためにも、力をつけておくに越したことは無い」
「一番は使わないことなんですけどねえ」
今のところ、神浜でこの力を使うほどの危機は無い。
このまま穏やかに過ごすことができればどれほどいいだろうか。
「それは無理だな。この半年である程度この街を見てきたが、表も裏もかなりの厄ネタが転がっている。そして君の星の巡りは、多くの困難が待ち受けていると予期している。精々覚悟しておきなさい」
「……わざわざ母さんの前でそれを言いますか」
「ああ。彼女が誰よりも愛を注いだ娘だからね。その行く先を、見守ってもらわなければいけない」
――そうだろう、鈴女?
その言葉に答えはない。
その仏壇に降りる霊もない。
けれど。
私の耳には、確かに母の声が聞こえたような気がした。
○琴織つばめ
属性:「虚数」
一人称と会話で呼びかけが違うのは本人からすれば気分の一言。
○琴織渡
属性:「
虚数と星の二重属性を得意とする魔術師。
彼の前世についてはまだ語る時ではない。
○魔法と魔術
魔法少女が大雑把に使うのが魔法、儀式とか道具とか揃えてやるのが魔術。
どっちがすごいとかではなく、どちらも同じぐらいにはヤバいことができる。
○合体技
固有魔法の組み合わせを考えるのが楽しい。
次回、『メルの最も幸運な一日』