視界が黒に塗りつぶされる。
突如として周囲の空間を埋め尽くしたそれは、夥しく舞い落ちる烏の羽根だった。
「琴織さん……?」
漆黒の羽根が舞う中で、私は目の前の少女の姿を疑った。
琴織つばめ。
彼女との関係を一言で表せば、『頼りになる同業者』だろう。
今年の春に引っ越してきた彼女とは仲間というほど連帯感を持っているわけでもなければ、友人と呼べるほどプライベートで関わりを持っているわけでもない。けれど、他所の街で二年間戦ってきたという経験に裏付けられた実力と、魔法少女でもあまりいない魔術への深い知識を持った彼女に対しては、その経験以上の信頼を持っていた。
だから、今回思わぬ苦戦を強いられた魔女との戦いに乱入してきたことには困惑よりも安堵があった。
あのままメルが魔女の攻撃を防いでいたら、魔力を使い切って死んでしまっていた筈だ。
だから鶴乃の願いに応え、メルの危機を救った恩人として現れた琴織さんには感謝をしてもしきれない。
このまま琴織さんと共に魔女を引き受ければ皆を逃がすのに十分な時間が稼げる。
だけど、彼女は一人で魔女の足止めをすると言った。
無茶だ。
いくら琴織さんが強くても、私でも精一杯な相手に持たせられるわけがない。
何より、鶴乃の頼みで駆けつけてくれた彼女に全てを任せて逃げるなど、私自身のプライドが許さなかった。
情けない。
チームの仲間でもないのに、義に応じて駆けつけてくれた彼女にこんな真似をさせるなんて、ベテランと自負してきた自分に嫌気が差す。
……そうだ。
私はいつも誰かを犠牲にするような生き方をしてきた。
願いではモデルグループの子たちを押しのけて生き残れることを願った。
二年前はかなえが私たちを庇って死んだ。
そして今回は、メルと琴織さんが私たちを護るために危険に身を投じている。
私の命は、常に誰かの犠牲の上に成り立っている。
もしここで彼女の言う通りに撤退すれば、その事実を認めてしまうようで……。
「いいからさっさと行く!」
そうして逡巡する私を、琴織さんの発破が蹴り上げる。
その一言で我に返る。
……そうだ。私は何よりも、リーダーとして三人の命を守らなくてはいけない。
私は皆を引き連れて撤退するべく結界の出口に向かう。けれど、そこで行く手を遮るように使い魔の群れが立ち塞がる。
いくら回復したとしてもメルの消耗は重篤だ。
果たしてこれだけの数を、私とみふゆとももこの三人で掻い潜れるのだろうか……。
そんな時だった。
琴織さんは魔女を倒すと方針に切り替えると言い、ソウルジェムへと手を当てて――
そして、
「ふう。まさかこんなところでお披露目になるとは。本当はもう少しいい感じの強敵相手に使いたかったんですが、こんな状況で甘ったれたことも言ってられませんよね」
普段と同じく丁寧だがつかみどころのない口調。
紫を基調としたスカウト服めいた装束も相変わらず。
だが、決定的に違う点が一つ。
「よし、久しぶりだけど問題なさそう」
その背中からは、
腕よりも大きな長さの黒々とした翼は、その調子を確かめるように一度大きく羽ばたき、再びその羽根を散らした。
「それは、一体……?」
「あー……秘密のパワーアップということで、ひとつ」
思わず疑問が口から洩れる。
濡羽髪の少女は青白く染め上げた瞳を向けて、口に指を添えてみせる仕草は、いつもと変わらない飄々とした琴織さんだった。
『uyq"c;f!? 7/\! ck6c\demk0atz":.u!!』
魔女が怯えたように悶え、琴織さんの姿を腕で遮るようにする。
今まで狼狽える素振りすら見せなかった魔女は、今は彼女の存在を畏れているようだった。
「それじゃあ、死ね」
そこからの戦いは、圧倒的だった。
琴織さんは翼を羽ばたかせ、弾丸のような速度で魔女へと飛翔する。
飛行能力を得た琴織さんは木々の合間を縦横無尽に飛び交い、魔女を何度も斬りつける。青白い幽玄の炎を纏った琴織さんの攻撃は、面白いように魔女の身体を傷つけていた。
斬。
魔女の腕が切り落とされる。
斬。
迎撃に用いたノミが砕かれる。
斬。
飛び込んでくる使い魔が一撃で灰燼と化す。
斬。
私でも弾き返すことが精いっぱいだった攻撃を、琴織さんは砕き返している。
当然、魔女もやられてばかりではない。
私に行ったのと同じように、複数の腕を一度に使って空にいる琴織さんを捕まえようとする。
けれど、
「
琴織さんの叫びに呼応して、飛び散った羽根が黒い魔力を帯びる。
そのまま羽根は弾丸のように射出され、魔女の腕を拒絶した。
「強い……」
「ちょっと、やちよさん! こっちもまずいよ!」
「やっちゃん!」
「……っ! ごめんなさい!」
一方的に余りあるその状況に気を取られていると、仲間達からの声で現状を思い出し、こちらに向かって飛んでくる使い魔を槍で叩き潰す。
みふゆのチャクラムが切り刻み、ももこの大剣が叩き潰すように両断していく。琴織さんからのグリーフシードで魔力を回復できた以上、私たちのコンディションは万全に近い。
ただ一人、メルを除いては。
「七海先輩……」
「メル、あなたは大人しくしてて!」
メルが動こうとするのを制止する。
回復が得意でないメルの受けた傷は深い、魔力は持ち直したとはいえ無理な戦いは禁物。
それもこれも、私が実力を過信して無理をした結果だ。ならばその責任ぐらいはとらなくてはいけない。
不甲斐なさをも闘志に変えて、自らを奮い立たせる。メルを庇いながら戦うが、使い魔も一人手負いがいることを分かっているのかメルを執拗に狙ってくる。
「くっ……!」
前に出て引きつけようとするが、使い魔は無視してメルを狙う。
三人で守るけど、それでも数の暴力は強力だ。
それでも、琴織さんが魔女を倒すまで持ちこたえなければ……!
そんな時だった。
BARATATATATATATA!!
この場所には似つかわしくない、無骨な銃声が響き渡る。
使い魔の一角が横合いの銃弾に薙ぎ払われ、あっという間に四散する。
その隙を見逃さず、私たちは一気に使い魔を殲滅する。
「今のは……」
残心と同時に、銃弾が飛んできた方向を見る。
コツコツとブーツを鳴らして現れたのは、カソックコートに身を包み、銃と剣を携えた眼帯の神父だった。
「神父……!」
「琴織くんが飛び込むのが見えたのでな。ただ事ではないと判断した」
引退した身には堪える運動だと、紺染神父は肩を竦めてみせた。左手に持った十字剣には使い魔の残骸らしきものがこびり付いていた。
恐らくは結界の外で有事の際に備えていて、琴織さんが結界に突入するのを見て追いかけてきたのだろう。
五年前にこの街に赴任してきて以来、彼とは幾度も協力し、時に意見を違えてきた。私たち魔法少女に最も近く、けれど決して相容れない粛清機関の代表としてこの神浜を護る同士だ。
鍛え抜かれたその実力はベテランの魔法少女に食らいつけるほど。私も組手では何本取られているのか分からない。それに加えて充分な武装があれば、使い魔を撃退しながら結界の最深部にたどり着くぐらいは目の前の通りだった。
「おいおい、神父さんがどうしてここに?」
ももこが疑問を口にする。
そうね。ももこが契約した頃は魔女も減ってきた時期だったし、最近は勧告されるほど強力な魔女は出てきていなかったから、神父の役目は知っていてもその実態がどうなのかは知らないのも当然よね。
「依頼を行った以上、君たちが魔女を討伐したかを確認する義務がある。もし君たちがソウルジェムを濁らせて戻ってきたのであれば補給を行おうかと見守っていたのさ。まあ、琴織くんの奮闘によってその必要も無くなったがね。見ろ、あっちも決着がつくようだ」
神父が指で示した先を見れば、琴織さんが天高く舞う。
いつの間にか魔女の頭上は羽根で埋め尽くされ、夜空の如き黒に染まっていた。
「
「――――sayonara,sumire」
夜の帳に溶け落ちたつばめと、断罪の刃が落ちて来る。
振り下ろされた死神の鎌は、魔女の心臓を断ち斬った。
◇
魔女の結界が崩れると、そこは元通りの公園だった。
中に入ってからかなりの時間が立っていたのだろう。夕焼けだったはずの空には、月と星が輝いていた。
「か、帰ってきた~」
「メルさん、大丈夫ですか?」
「な、なんとか……」
「間一髪の勝利。ですが、皆さんこうして生きて帰れて何よりですね」
変身を解いた瞬間、疲れがきたのか皆がどっと座り込む。
琴織さんも元の姿に戻り、先ほど出していた翼は跡形もなく、魔女に似た魔力も一切感じられなかった。
そのことを訝しんでいると、軽い拍手が響き渡った。
「生還おめでとう、七海やちよ一行。琴織くんも、良い奮闘だった」
「これは神父。要らぬ心配をかけてしまいましたか」
「あれだけ血相を変えて飛びこんで行けば流石にな。まあ、世辞はここまでとして、
「……はい」
神父の冷徹な瞳が琴織さんを射抜く。
端的に問いただしたそれは、恐らく先ほど見せたあの力について。
報告にあった、ということは琴織さんの力について神父は前々から知っていたってことだろうか。彼は大きな組織の一員として、私たちよりも魔法少女の情報について詳しくとても重要な情報すらも握っている。
この状況は二年前に私たちの大事な親友が死んだ時を思い出させた。つまり、私たちに黙っていた大事な事実を話す時だった。
あの時は
「なるほど、確かにアレは一部の者には大問題だろう。だが安心するといい、聖堂騎士・紺染音子が許容したのなら、私としても異論はない。その力で存分に魔女退治に貢献するといい」
「ありがとうございます」
「ただし」
神父は一拍置いて私の方を見た。
「彼女たちには説明の必要があるだろうな」
「ええ、そうでしょうね」
「……神父、あなたは琴織さんの秘密を知っているのね?」
「ああ。だが、君が私の決定に従う必要はない。
「魔女を利用……!?」
「ということは、さっきのはやはり……」
みふゆの考えは、私と同じらしい。
「あなた、あの
そう。あの時琴織さんから発せられた、魔女の如き質の魔力だ。
神父は許容しているみたいだけど私は違う。
仮にそれが神浜を脅かすものだとしたら、私は西のリーダーとして彼女を――
「――そうだな。そこから先は私も説明に加わる必要があるだろう」
「……父さん」
「私の可愛い娘が魔女と誤認されるのは心外だからね。ここは一つ、弁護側に立ち回ろうじゃないか」
いつの間にかそこには琴織さんの父親が立っていた。
「うえぇ! いつの間に!?」
「
「……これはこれは琴織殿。相変わらずの神出鬼没ぶりのようで」
「はは。そう言う神父も、夜更けまでお勤めご苦労様と言っておこうか」
目の前で交わされる大人の社交辞令。
「さて、君たちは我が娘の抱えるちょっとした秘密について知りたいということだろう。私としても、娘の交友関係に罅が入ってしまうのは少々忍びない。親心として、ささやかな家庭事情を話させてもらうとしよう。とはいえ、こんな場所で話すのもいささか都合が悪い。ここはひとまず落ち着ける場所に行くのが良いだろうね」
そうして、私たちは出た時よりも三人増えてみかづき荘へと戻ってきた。
「やあ、ようやく帰ってきたかい」
「……キュゥべえ」
そこには、見たくも言葉を交わしたくもない相手がいた。
キュゥべえ。
少女の願いを叶え、対価として魔法少女として魔女との戦いへと送り出す魔法の使者。などと言えば聞こえはいいが、私はこれがそんなメルヘンなものでないことは知っている。
二年前、ソウルジェムのことについて問いただした時から、私はこの生命体に対する信頼の感情を投げ捨てていた。
無表情な顔が私たちの姿を見回し、成人男性二人の前で動きを止めた。
「これは意外な組み合わせだ。魔女狩りはともかくキミがいるとはね、
「アルバトロス?」
「私の異名だよ。これでも昔は結構暴れてたものでね。ソラを駆ける
琴織さん(父)は懐かしむような目で言った。彼の来歴については謎が多すぎるが、恐らく聞いたところで理解が追い付かないので、もうそう言うものなのだと思うようにしている。魔法少女と魔女がこの世界の秘密の全てではない。自分たちの手の及ばない話については、そういうものなのだと受け流すことが大事だ。
それより問題は、何食わぬ顔でテーブルに陣取っているこの
「それで、あなたは何の用よ」
「そうだね。キミたちが挑んだ魔女についてはボクも把握していた。あそこまで大きく育った魔女というのもそうそういない。だからこそ、この辺りでキミたちも頃合いじゃないかと様子を見に来たわけさ」
「頃合い?」
何を言っているのかが分からない。
強い魔女と戦ったのが頃合い? あれほどに強い魔女なんて、それこそ二年前の……
「……おい、お前たちはいつからそんなに露骨な真似をするようになった? 回りくどさと説明の不足さこそが効率じゃなかったのか、
「何事も時と場合だよ。今回はきちんと説明することが重要だと思っただけさ」
琴織さんがいつになく低い声で問いかける。
その中に含まれた単語を私は聞き逃さなかった。
それはキュゥべえの正式名称であり、私とみふゆもかつて神父から聞いたことがある。キュゥべえとは時代と文化圏に即した呼び名でしかなく、正式な種族としての名前はインキュベーターであると。
「キュゥべえ……あなた何を言ってるの?」
「七海やちよ、梓みふゆ。キミたちはよく戦ってくれた。六年と言う時間を生きた魔法少女というのは極めて貴重な例だ。その戦いの対価として、ボクたちもいくつかの情報を教えようじゃないか」
「あらかじめ言っておきますが、とにかく胸クソものなので聞きたくないと思ったのならご退席を」
「いや……それで出てく奴はいないだろ……」
「そうですよ、そこまで言われると逆に気になります!」
琴織さんの注意が飛んできたが、ももことメルは話を聞くつもりらしい。
私とみふゆも同意見。
この際だ、キュゥべえがが何なのか知ってやろうじゃない。琴織さんの事について聞くのは、その後でいい。
「どうやら合意は得られたみたいだ。それじゃあ話すとしようか」
そしてキュゥべえは語り始めた。
自分たちの目的を。
魔法少女の真実を。
「まず初めに、ボクたちの目的は宇宙の延命。いずれくるであろう宇宙の熱的死となるエントロピーを覆すことなんだ。しかしボクたちの種族には感情というものがほとんど存在しない。そんな時君たち人間の第二次性長期に突入する女性の感情の振れ幅が生み出すエネルギーがとても有用だった。特に、願いを叶える時に魂が燃焼して発生するエネルギーは、現実の改変も可能なほどに莫大だ」
「……魂とは生命を定義する高次元のエネルギー体だ。情報媒体としても極めて優れており、仮にそこからエネルギーを取り出せるのであれば、その熱量は物理法則を凌駕しうるというわけだ」
「すみません父さん、訳されても全くわかりません」
琴織さん(父)の意訳に、琴織さん……もういいや、つばめさんのツッコミが入る。
実際キュゥべえが語りだしたことは宇宙がどうこうと次元が飛び過ぎているが、私たちの感情の揺れ幅が生むエネルギーが願いを叶えられる原理ってことだけは分かった。
「とは言え、肉体という殻に収まった魂からエネルギーを抽出するというのは難しい。かと言って肉体を破壊してしまえばその瞬間に生命が途絶えて魂は観測不能になる。しかし魂をそのまま取り出しても肉体は機能を停止してしまう。だからボクたちは、肉体を保ったままに魂と接続できる器を作り、そこにキミたちの魂に収めることでエネルギーの収拾に適した形へ加工することにした。それがソウルジェムだよ」
「なんだよそれ、それじゃあ……!」
「ソウルジェムが、ボクたちの魂ってことですよね……?」
初耳だったももことメルが愕然とする。
既に知っていた私とみふゆも、改めてその事実を突きつけられるのはいい気分ではなかった。
琴織さんは……平然としている。神父と懇意にしていたから薄々思っていたけど、やっぱり既に知っていたのね。
「……おかしいです。その説明なら、ワタシたちの願いを叶えたことにエネルギーは消費されるのでは?」
「その通りだ。確かに願いを叶えるためのエネルギーも大きいけど、ボクたちの目的はその先にある。希望を抱き、そこから絶望へ至る際に生じる転移エネルギーこそ、ボクたちが求めていたものだ」
「希望と、絶望……?」
「その通り。というのも――」
「待ちなさいインキュベーター。それは私の口から説明します」
「そうかい? 別に構わないよ」
キュゥべえの言葉を遮り、つばめさんが前に立つ。
「キュゥべえの言い方はかなりアレなので、私が適切な表現で皆さんに説明したいと思います。まずソウルジェムについてですが、私たちの魂なのは事実です。キュゥべえは魂を取り出し、魔力炉として扱えるようにソウルジェムに変換します。つまりソウルジェムが破壊されれば私たちは死にます。ですが、裏を返せばソウルジェムが健在ならば肉体の再生が可能であることも示しています。つまり魔女の攻撃で脳や心臓をぶち抜かれても、回復さえ間に合えば復活できるというわけです。まあ、そういう大けがは大体ソウルジェムごと持ってかれるので大した差はないと言えばないですがね」
つばめさんは自分のこめかみをとんとんと叩いてみせる。
確かに。ソウルジェムを無くすのが魔法少女にとって死活問題であることには変わりない。ならば魂かどうかなど、些細な問題ではある。
「んで、こっからが本番なんですが。ソウルジェムは本来人間には想定されていない出力でエネルギーを生んでいるので老廃物が溜まっていきます。それが穢れ。本来ならば自然と解消されるはずの悪性情報なんですが、ソウルジェムという器にはこれが蓄積されていってしまいます。ですが、魔女という穢れを糧とする魂の殻には穢れを転嫁させることができます。
そこで問題です。魂というただでさえデリケートなものが、穢れに染まり切ってしまった場合どうなってしまうでしょうか?」
「……まさか」
そんな言い方をされれば、誰だって気が付いてしまう。
認めたくない。
でも、それなら筋が通ってしまう……!
「魔法少女は……魔女に成る、ですか……?」
「正解だよ安名メル。キミたちの魂が絶望に染まり切った時、ソウルジェムはグリーフシードへと変化し、希望と絶望の相転移による莫大なエネルギーが生じる。これが、魔法少女のシステムだよ」
キュゥべえが無慈悲に真実を肯定する。
魔法少女は、魔女になる。
残酷にすぎる真実が、絶望となって私たちを打ちのめす。
「ふざけんな……どういうことだよそれは……!」
「この国では成長途中の女性の事を『少女』って呼ぶんだろう?だったら、やがて魔女になるキミ達の事は『魔法少女』と呼ぶべきだよね」
「そう言う問題じゃない、アタシたちを何だと思ってるんだお前は……!」
怒りに任せたももこの拳が、キュゥべえを殴り飛ばす。
宙に浮いたキュゥべえが飛んだ先にいたのはつばめさんで――
「へいへいメルくんパース」
「きゅぷいっ!?」
「えっ!? ……みふゆさん!」
「ムキュ!?」
「やっちゃん!」
「キュピッ!?」
「ええ、ももこ!」
「ギュピン!?」
「おう、死ねええええ!」
「ギュプィッ!?」
つばめさんがメルにキュゥべえをパスし、メルがみふゆに弾き飛ばす。みふゆのトスを私がももこに向けてシュートし、変身したももこが大剣でキュゥべえを両断した。
「ナイススイング」
「ざまあみろです!」
「やりましたね、ももこさん!」
「おう! つばめさんもナイス判断だったよ」
「ストレス解消は大事。魔法少女なら猶更ですよ」
ふう。すっきりしたわ……って、
「何してるの!?」
「あっ……ごめん、ついカッとなって」
「大丈夫大丈夫。こいつら残機いっぱいもってるからお替りがすぐに来ますよ」
「あ、そうなんですね」
「そういえばそうでしたね」
「みふゆさん知ってたのか?」
「前にも一度やっちゃんが串刺しにしまして……」
「し、仕方ないでしょ!? かなえの事があったのにあんなことを言われたら……」
二年前のあの時、『君たち人間は魂の在り方にいつもこだわるね。わけがわからないよ』なんてほざいたキュゥべえを勢いあまって串刺しにしたのは感情的に過ぎる行動だった。別に後悔はしてないけど。
だから恐らく、この後に起こる出来事と言えば……。
「やれやれ。ボクたちの個体だって無限じゃないんだ。鬱憤を晴らすために使い潰すのは非効率だからやめてもらいたいな」
ほらやってきた。
どこからともなく現れたキュゥべえは、先ほど両断されたキュゥべえの死体を貪っていた。
「ほんとにもう一体来ました!?」
「自分の死体喰ってるよ……」
「貴重な資源だからね。回収できる分は回収するさ」
そうして綺麗さっぱり以前の自分を平らげたキュゥべえは、何食わぬ顔で私たちを見渡した。
「さて、十咎ももこ。キミは自分たちの扱いに不満を持っているみたいだけどそれは大きな勘違いだ。宇宙の延命にこの地球に住まう霊長の一個体でしかないキミたちが大いに貢献できる。そのことを誇りこそすれ、感情を爆発させることはお門違い。むしろこの上なく生命の価値を尊重した使い方の筈だよ」
「それを尊重してないって言うんだよ!」
「あまり怒らないでほしいな。多少の誤差はあれど、本来ならばボクたちの回収事業はおよそ200000年で回収できる計算だった。だというのに、
それが何を意味しているのかは私たちには分からない。だが、今となっては忌まわしい存在であるこの白い生命体にも不愉快という感情を与えられるほどの事態が過去にあったのだということだけは分かる。
「……もういい。お前と分かり合えないのはよくわかった」
「説明に折り合いをつけてくれるならそれで構わないよ。結局のところ、キミたちがいずれ魔女に成るのは決定された運命だ。……そこの琴織つばめを除いてはね」
「そう、実際のところ知りたかったのは琴織さんのことよ。あなた達の説明が真実なら、彼女のあの力に説明がつかないじゃない」
魔法少女が魔女に成るならば、魔女の魔力を扱いながら魔法少女として振舞っているつばめさんは明らかにおかしい。
キュゥべえの語るシステムに何らかの抜け道があるのか。
あるいは彼女が、伝説にある十二体のように理性と知性を保った人型の魔女なのか。
そのことを、私は確かめなくてはいけない。
「成る程。キミたちはつばめの力を見たわけだ。ならそれについても説明するべきだろう。それでいいかい?」
「好きになさい」
「まず、琴織つばめの願いは『父親の魂を呼び戻すこと』だ」
「――ッ!?」
「それって……!」
「いやはや。お恥ずかしいことに、実は私は一度死んでいるんだ。暴走車にポーンと撥ねられてね」
「軽く言わないでくださいよ。あの時は本当に生きた心地がしなかったんですからね」
「すまんすまん」
気恥ずかしそうに笑う琴織さんを、つばめさんが真顔で嗜める。
死亡した父の蘇生。
それが琴織さんの願い。
決して軽々しく聞いてはいけなかったことを知ってしまったというのに、つばめさんは大して気にしていないようだった。
「『治癒ではなく魂の呼び戻し』ボクたちにとっては些細な違いでしかないが、この願いによって琴織つばめは魂に対する干渉能力を魔法として獲得した。また、彼女の父親は魂を戻した影響によって前世と呼ぶべき異界の魔術師の記憶も蘇ったのだけど、これについてはボクたちの手が及ぶ領域ではないから割愛させてもらおう。そうして魔法少女となった琴織つばめは二年前に、確かにソウルジェムを穢れで染め上げ、その魂を魔女へと変じる筈だった」
「筈だった?」
「そうだ。彼女は魔女化する直前に自分へ魔法をかけたんだ。『魂を捉える』という魔法から発展した反魂の魔法。最後に残った魔力を振り絞って発動したその魔法によって、彼女の魂は砕け散る前に肉体へと押し戻された。彼女は魔女を死んだ魔法少女の魂だと認識していたからだ。だが魔女になったという事実を無かったことにはできず、しかし魂の蘇生に成功した以上は魔女ではなく、さりとて元の魔法少女に戻ったわけでもない。
魔法少女でありながら魔女でもある。
生きながらにして死んでいる
○琴織つばめ
一度死んでいる。というか魔女化している。
しかし、土壇場で発動させた反魂の術と、父親の魂から受け継いだ虚数への適正、願いによって父の前世が目覚めていたことなどの要因によって、魔法少女でも魔女でもない存在となって蘇った。存在が完全に変質しているため、QBがエネルギーを回収することは不可能になった。
魔法少女の耐久力に加えて、アンデッドとしての不死性を獲得したつばめは肉体とソウルジェムの両方に魂を分けられており、ソウルジェムの破壊に加えて脳と心臓の両方を破壊しなければ復活する。要は分霊箱状態。
○異形顕現
黒い翼、死を呼ぶ鳥とされるワタリガラスの翼を背中に顕現させる。この時は存在が魔女寄りになり、魔力そのものが若干の呪いを帯びる。
飛行能力、羽根の弾丸による射撃、即死付与率アップなど様々な効果を得るが、地味にアンデッド属性になるので浄化や希望の力にめっぽう弱くなる。
○琴織渡
白翼公と呼ばれた魔術師の分霊が人間になった男。
つばめの砕けたソウルジェムを魔力によって繋ぎとめている。
○紺染福詠
粛清機関もソウルジェムが魂であることや魔女化については基本的に黙っている。
というのも情報開示を行うと魔法少女が戦意喪失して魔女狩りに支障が出ることや、そもそもとして契約前の少女を探し出すことが難しいという事情を抱えての事であり、正式に所属する構成員には魔法少女を含めて知らされている。
○QB
そろそろ魔女化するやろ……しとらんやんけ!
丁度いいからこの辺りで魔女化させてみるか……