春休み。
私は新西駅前の広場で時間を潰している。
行楽シーズンなだけあって、駅前は大混雑。
モチーフ不明なオブジェの一つにもたれかかり適当なネット小説を斜め読みしていると、通知欄から『着いたよ!』の文字と『
来たか。
待っていたその知らせに画面から顔を上げると、ごった返す駅の入り口に一つ目立つものが映り込んだ。
「おいーっす! つばめー、元気してたー?」
「元気ですよー! お久しぶりですね美緒!」
「ひっさしぶりー!」
私目掛けて雑踏の中心を突っ切ってくるのは金髪をツーサイドアップにした少女。
満面の笑みが眩しい彼女の名前は
SNSでちょいちょい会話はしていたが、こうして直に顔を会わせて話すのは実に一年ぶりになる。
人の記憶というものは存外いい加減なもので、表情や仕草、声なんかも覚えているものとは結構違っていた。それでも、変わっていないという印象を与えてくるのだから、実に人間の脳とは高性能だろう。
「いやー、つばめ一人で知らない街にほっぽり出されて平気なのかなって心配してたけど、こりゃ杞憂だったか!」
「おあいにく様。私はどこでも適応できますので」
「えー? そう言って早々に地域の魔法少女に喧嘩売ったんでしょ?」
「売ってない売ってない」
ただちょっと縄張り荒らす勢いで魔女狩りまくった結果、
「ところで、
「んー、魔法少女の新人が一人二人増えたぐらいかな。とは言ってもあたしの巡回ルートって学校近くとショッピングモール周りだし、外れのほうはよくわかんないや」
二年以上になる美緒は七枝では最古参に近く、新人魔法少女の面倒も見ているらしい。
しかしちゃっかり良質な狩場をキープしてやがるなこいつ。
人の多い場所は魔女も多い。彼女の戦闘スタイルも考えれば、グリーフシードに困ることなどそれこそ魔女が一体もいなくなるぐらいのことが起きなければまずないだろう。
「他の子の獲物横取りしたりしてませんよね?」
「やんないやんない。たまに困ってる子に遠くから援護射撃するぐらい」
「ならよし」
そんな感じにゆるゆると進む会話は近況報告から今日の予定へ。
美緒は今推しのアイドル『LinkS』のライブのために神浜に訪れ、そのついでとして話題のスイーツを食べるつもりで、さらにいえば神浜の案内を私にさせるつもりであった。
「今日の予定、覚えてますね?」
「『フルールドリス』のトロピカルアラカルト! で、5時からは一緒に『LinkS』のライブ!」
「よろしい」
「で、その間はつばめの家でだらだらする!」
「おい」
なぜわざわざほぼ一年ぶりに会いに来てまで家に転がり込もうとするんだ。
「んー、でもつばめそういうお店詳しくないでしょ」
「なんだと」
失礼な、こちとら最近お洒落とか気にかけ始めるようになったんだぞ。
「だってつばめって街歩いてたら本屋にふらっと誘い込まれてそうだし……」
いいじゃないか本屋。
無限に時を過ごすことのできる聖地だぞ。
例え暗いとか本の虫とか潜在的陰キャとか地味っ子とか言われようと、私が本屋を訪れない理由にはならないのだ。
まあそれはそれとして、友人と一緒に遊びに行って本屋で時間を潰しました、というのは思うところはある。
ならばここは無難に行き慣れた場所を選ぶとしよう。
あそこなら美緒のお気に召す場所もあるだろうし、ちょうど今から行く店も近い。
「それじゃあクレープついでに近くの商店街でも歩きますか。賑やかですし、きっと気に入ると思いますよ」
「ほーう、それじゃあお手並み拝見と行こうじゃなーい」
◇
「富野美緒でーす!」
「あーし木崎衣美里! エミリーでよろ!」
「オッケーエミリー!」
というわけでやってきました相談所。
美緒とエミリーは同タイプだと思っていたので引き合わせてみたが、予想は正しかったようで秒で意気投合した。
「つばめさんの友達が来るって言うからどんな子かなって思ってたけど、意外な子だね」
「うん。もっとこう大人しい子が来ると思ってた」
「よく言われます」
あきらくんもささらさんも美緒を見て少し意外そうに言った。
確かに私と美緒って結構正反対な属性ではあるが、一緒にいるとなんとなくしっくりくるのだ。足りない部分を埋めてくれると言うか、彼女の明るさと鬱陶しさが逆に癖になっていると言うか。
「うんうん、つばめってばあたし以外にこういう友達作れたんだね」
「どういう意味だオイ」
「いやあ……ぶっちゃけつばめって自分のペース崩されるの苦手じゃん。あたし以外に」
いや確かにエミリーは割と苦手な部類だけど、魔女退治を何度か付き合ったらそれなりに打ち解けたんだよ?? ちなみにサブカル話で盛り上がれるギャルって本当にいたんだなあって一人勝手に感慨深くなったのは余談である。
「ミオミオはバーミーのマブダチっしょ?」
「うおっ、初対面であだ名とは出来るなこやつ。ってかバーミーってつばめの事? あたしもこれからそう呼んでいい?」
「やめてください調子狂うんで」
「ちぇー」
昔はお互いに仇名で呼び合う仲とかにも憧れたものですが、今は我が幼馴染には気取ったあだ名よりも名前で呼び続けてもらいたい。そんなこだわりがある。
「本当に仲がいいんだね」
「ええ。幼馴染で親友で戦友ですから」
誰であっても打ち解けられる。どんな相手にも興味から入る。そして相手が嫌がらないギリギリのラインで気軽に接してくれるので、こちらも気負う必要なく接することができる。……本当、私にはもったいないぐらいの友人だ。
「そう。私がシ○ザーなら美緒はジョ○フ……」
「それ最終的につばめさんが死ぬやつじゃない?」
うん、実はもう一度死んでる。
あの時は美緒ガチで泣いてたもんね、悪いことをした。
「あるいは怪盗三世と凄腕ガンマン。もしくは陳宮と呂布のような関係ですよ」
「うん、癖が強いほうがつばめさんなのは大体わかった」
私という人間をご理解いただけているようで大変結構。
「さて、そろそろ時間ですね……」
時刻を確認すれば時計は4時に差し掛かる頃合い。
確かライブ会場は栄区だからそろそろ会場入りしたほうがいいだろう。
そろそろ切り上げるべく美緒に声をかける。
……って、
「このネイルこの前出たばっかの新作じゃん! しかもプチプラじゃないガチ高いの!」
「へっへ~、奮発したんだよ。どや!」
「高校生の財力パワーつっよ!」
「でもりかっぺの方のプチプラもめちゃ可愛いよ!! それどこのやつ?」
「これはね~」
なんか増えとる。
「
「ぁ……つばめさん、こんにちは……」
「おっと五十鈴さん。これはこれは」
周囲を見れば灰色の髪に片目が隠れた女の子、
現在美緒たちとコスメ話で盛り上がっている
「私の連れが梨花さん取っちゃいましたか」
「いえ、梨花ちゃんが色んな人と仲良しなのはいいことですから……」
「うーん健気。魔術の訓練はあれからどう?」
「……はい。でもつばめさんみたいにはまだ……」
れんちゃんと私は魔法の性質……要するに属性が似通っていた。
『成仏』――グリーフシードの完全消滅の能力を持つれんちゃんは、魂に関わる魔法を持つものとして反魂魔術の適正を有していた。
一度の共闘を経てそのことに気が付いた私は、興味半分親切半分で初歩的な術をいくつか教えることにした。
元々から行っていた属性付与は多少コツを教えることでさらに威力が増し、魔力残滓の追跡も大雑把だができるようになった。ただ魂縛りや口寄せなどの霊魂に干渉する習得は難航しているらしい。反魂魔術はデリケートな魔術だ、それぐらい慎重に進めていくぐらいがちょうどいいだろう。
「そろそろお返ししますんで……美緒、そろそろ行かないと間に合いませんよ」
「え? あ、ほんとだ。それじゃあね、エミリー、梨花ち。楽しかったよ」
「ばいび!」
「今度会ったらまたおしゃべりしよーね!」
◇
ライブ会場に着くと、三十分前だというのに会場の八割が埋まっていた。
流石は有名アイドル。受付を済ませ、いざ指定された席に向かうと見知った顔を見つけた。
「ん……? あ、つばめじゃない!」
「おやレナちゃん。ももこさんも」
水波レナとももこさん。
「おっすつばめさん。隣の席とは偶然だね!」
「アンタもライブ? こっち側にはあんまり興味ないと思ってたけど意外ね」
「なになに、知りあい? どーも、つばめの親友、美緒でーす!」
「あたしは十咎ももこ、よろしく!」
「……水波レナよ、よろしく……」
ももこさんとは対照的に、レナちゃんは余所余所しい。
多分だけど私の肩に腕を回している美緒との距離を測りかねているのだろう。
「ありゃ、機嫌悪い?」
「いえ、単にこの子は人見知りです。今はただ距離感が掴めてないだけですね」
「ほーぉ、ツンデレ?」
「YESツンデレ」
「違うわよ! NOツンデレ!」
(そういうところだぞレナ……)
ふざけ倒していると、いよいよライブが始まった。
たちまち会場は熱狂に包まれて大盛況。
最初はライブで一緒にはしゃぐとか柄ではないと思っていたが、周囲の熱に当てられてかいつの間にやら自然とコールを送っていた。ライブとは間近で生の歌を聴けるというだけではなく、自分の好きなものを大多数と共有する高揚感もあるのだろう。
そうしてあっと言う間に前半の曲が終わり、インターバルを挟んで後半の曲が始まる。
って時にだ。
「……む、これは」
ソウルジェムに魔女の反応あり。
人が集まっていることから出没するポイントなのはわかるが、もうちょっと場所を選んでくれないかな。
高ぶった感覚が一気に冷める。
美緒も同じく察知し、周囲に気を配っている。
「ちょ、またぁ!?」
「なんだか嫌な偶然だなぁ……」
お二人は妙な反応。どうやら前もライブ中に魔女が現れたことがあるらしい。
ツイてないというべきか、この場に居合わせたことで被害を防げたとみるべきか。
魔女の結界に入れば早速使い魔の群れがお出迎え。
「さっさと片付けるわよ!」
「はいはい。それじゃ突貫しますか。美緒は援護と狙撃よろしく」
「りょ。そんじゃ一発いれまーす」
「おk、では皆さんちょい待ちで」
美緒が自らの武器である長弓を山なりに構えるのを見て、二人を下がらせる。
親友のつがえる矢に魔力が籠る。
ぎりぎりと引き絞られる弦。その双眸はまっすぐ一点を見据える。
時間にして僅か五秒。富野美緒は矢を放つ。
「シュート!」
矢は山なりの頂点に達し、そして花火のように爆ぜた。
爆ぜた。としか思えないが、実際は違う。
矢は込められた魔力によって幾重にも分裂し、雨のように使い魔に殺到した。
これぞ美緒の
――
降り注ぐ矢は、使い魔たちを余さず射抜いていく。
……量と威力が一年前よりも増している。それでいて魔力消費は据え置きか。
どうやら美緒も研鑽を重ね、成長を続けているらしい。
親友として負けてはいられない。
「オールクリア! 前進ゴーゴーゴー!」
「うわー、最初から派手にやるなぁ……」
「どうですうちの親友強いでしょう」
「なんでアンタがドヤ顔すんのよ」
私たちの進軍は止まらない。
使い魔の第二波も蹴散らし、最深部へと躍り出る。
私たちの目の前に広がっていたのは、球状の空間の壁に無数の穴が開いた、虫の巣を想起させるような場光景。
そしてその中央部に浮遊するのはこれまたハチやハエに似たシルエットの魔女。
「うーわ、きっしょ! 何よこいつ」
「見たことのないタイプの魔女だな……。気をつけろよ、みんな!」
私からすれば、同一タイプの魔女と度々遭遇する神浜のほうが異常だと思う。
しかしかなり強力な魔女だ。全身に穢れが漲っている。その中でひと際濃い感じの穢れがグリーフシードを抱える核だろう。さっさと始末するために骨喰を構えて跳躍する。
敵が近づいてくるのに気が付いた魔女は八本ある腕のいくつかを振るう。すると肉片が剥がれ落ち、使い魔となって襲い掛かってくる。
最初の一体を振り下ろして潰し、もう一体を踏みつけて再度跳躍。瞬時に間合いを詰めた私は袈裟懸けに斬撃を繰り出した。
重量ある一撃に魔女の巨体はいともあっさりと寸断され、ばらばらに解けて……って、
「なんだこれ……!」
「分裂した!?」
魔女の体は確かに崩れた。だがそれは死を意味していない。
切断面から無数の小さな使い魔が生じる。
次々と襲い掛かってくるそれらを虚火を纏わせた回転切りで薙ぎ払い、足場を確保してから叫ぶ。
「違う、これは使い魔……! 使い魔を身にまとって鎧にしています!」
分裂した魔女の中、一つだけ穢れの濃い個体を見て確信する。
使い魔が集合し、巨大な姿を形作っている。
魔女はその中に本体として紛れ込んでいるのだろう。
そうして再び本体の魔女の下に使い魔が集まり再び巨体を形成した。
なんとも狡猾な魔女だ。生前もさぞ頭の回る魔法少女だったに違いない。
しかし困った。幽界眼だとどれもこれも密に穢れを纏っているのが見えるため、かえって魔女を見つけづらい。
「だったら削ればいいんでしょ!」
レナちゃんの槍が魔女を穿つが、穴の中から使い魔が合流してすぐさま復元してしまう。ももこさんの炎を纏った斬撃がさらに大きく群体を削り取る。範囲攻撃で薙ぎ払うのは効果的だろうが、それでも補うスピードが速い。
振るわれる腕を躱し、返す刀で切り落とす。
異形顕現は使わない。それなりに疲れるし、ぶっちゃけその必要性を感じてはいなかった。
と、いうのもだ、
「美緒、どうですか!?」
「――ん、焦点合わせた。
この手の面倒な輩には、美緒の能力が刺さるからだ。
「オッケー。二人とも、魔女を囲んでください!」
「「了解!」」
美緒の言葉を聞き、私たちは三方向に飛び魔女を包囲して攻撃を繰り出す。
あちこちから削られる群体。その様子に危機感を覚えたのか、魔女はさらに使い魔を集めその体を肥大化させる。
この巨体を一撃で滅せる範囲と威力を併せ持った攻撃を繰り出せる者はおらず、かと言って流動的な内部に潜む小さな本体を射撃で打ち抜くのはほとんど不可能に近い。
だが、
美緒の固有魔法は『千里眼』。
『鷹の目』という二つ名の由来であるこの魔法は、文字通り千里を見据える。
遠くを見通し、行き先を捉え、その先への縁を作り出す。
即ち、最適な弾道を導くことが可能なのだ。
「
美緒は真っすぐ魔女を見据え、流星の如き一矢を放った。
私たちに注意を裂いていた魔女はその一撃に反応することができない。だが使い魔の群れが肉の壁となってその矢を受け止めようと蠢く。
そして矢は
◇
「うっは~~~! マジよかった~~ライブ! りっちゃんエモかわいかった~~」
「いいものでしたねぇ。意外と楽しい。癖になりそう」
「でしょでしょ!? ヤバイ。まだワクワク収まんない」
魔女を倒した私たちは、ライブの続きを堪能し、その熱も冷めやらぬままに一日を終えようとしていた。
「久しぶりにつばめと遊べてほんと楽しかった!」
「私も、あなたと一緒に過ごせて楽しかったですよ」
神浜での日々も充実していたが、旧友との時間はまた違った充実感がある。
心の底から自分を受け入れてくれる私の親友。
平凡で、成績が少し悪くて、友達が多くて、私が持っていない明るさを教えてくれた、星のように輝く女の子。
そして、私と同じく戦うことを定められた魔法少女。
私たちは戦い続けなくてはいけない。
私はいつかこの身が朽ちるまで。
美緒はやがて魂が穢れきるまで。
同じように見えて、この二つは全く違う。
その気になればいつでも逃げられる私と違い、美緒は抗いようのない結末が存在する。
絶望の軛から逃れた私は、親友に待ち受ける運命から目をそらし続けている。
あの子はあんまり、そういうのを気にしていないのだろうけど。
ふとした時、私は考えてしまう。
――もしこの親友が魔女に堕ちる時が来たのなら、その時は私がその首を落とさなくてはならない。
それがともに肩を並べて戦った少女への、最大限の礼儀だ。
……けれどどうか、その時が訪れることがないように。
そして、新たな一年が始まる。
○富野美緒
つばめの幼馴染で親友。コミュニケーションの達人。仲良しマスター。人類とまではいかないがクラス全員友達。
願い事は『目を良くしてほしい』。視力低下の改善を願ったこの目は、本当に目を色々と良くしてしまった。
固有魔法は『千里眼』。対象の捕捉と事象の収束。
ゲーム的には回避無効とクリティカル率の上昇、それと射程範囲の増大。
○五十鈴れん
れんぱす。
主人公に目を付けられ、多少の強化が入った。
次回、アザレア編です。