ここすき&感想よろしくお願いします。
最近、私はおかしな夢を見る。
いや、夢というには少々語弊がある。
起きているときに見るのだから白昼夢……というよりは幻覚か。
目の前の光景が別の場所へと変わる。
いないはずの人物がいるように見える。
明らかにおかしいと分かっていながら、それを否定することができない。
まさに幻覚。自分だけが正気の上で見るまぼろし。
そしてその幻覚は、いつも一緒だった。
――また、この幻覚だ。
知った魔法少女が疑心を向ける。
知らない魔法少女が敵意を向ける。
魔女の結界の中で、私たちは孤立無援。
もう手遅れだと、葉月が言う。
独りは嫌だと、あやめが苦しむ。
やめて。
「静海このはさん、もしかしたら、協力し合えたかもしれませんのに……」
常盤ななかが、憐れむような眼を向ける。
やめて。
「これではもう……! ッ、すみません。お願いします、
彼女の後ろからやってくる影。その姿は……!
「……せめて、苦しまないように眠らせましょう」
紫色の衣を纏った死神が、黒い羽根を散らして槍を手に取る。
彼女はその槍をあやめの首に添えて……!
やめて……!
やめて…………!
「独りは、嫌だよぉ……」
「おやすみなさい」
――このは、このは!
「このは!」
「――ッ!?」
「このは、大丈夫……?」
心配するような顔で葉月が覗き込む。
いつもと変わらないリビング。
心落ち着く数少ない場所だというのに、私の心にはあの風景が焼き付いている。
「もしかして、また幻覚……?」
「……ええ。本当に、何なのかしら」
何度も見る幻覚は、この上なく悪意に満ちている。
魔力は感じない。それでもここまで同じ内容を見るにしては作為的なものを感じる。
魔法少女の仕業だとしたら、一体誰が何のために。
疑い出したらきりがなく、苛立ちが募っていく。
昔なら読書でもして気を静めようとしていただろうに。
魔法少女になって。
つつじの園から離れて。
そんな余裕は失ってしまった。
だからこそ、なのだろう。
日に日に大きくなる不安を抱えながら登校する。
周囲に意識を向けながら教室に入る。
どこか覚束ない思考で席に座る。
「おはようございます。静海さん」
「ええ……おはよう」
濡羽色の髪を後ろで纏めた少女に挨拶を返しながらも、そっと目を背ける。
――琴織つばめ。
奇妙なクラスメイト。
去年の春に、お互い入れ違うようにして編入してきた少女。
自分がとりあえずとして入っていた部活にやってきており、そのことを思い出すのには時間がかかった。おそらく、意図的に思い出さないようにしていたのだろう。あの時期のことは、私たちの転換点でありながら、思い出したくない過去でもあったから。
そして神浜に戻ってきてからは、同じ魔法少女としての関係を持った。
常盤ななか達との出会いに現れた彼女を見て、魔法少女として相当な実力を持っていることを理解した。おそらく、一番最初に出会ったときにはもう魔法少女だったのだろう。
そんな彼女は度々私に近づいては、他愛のない話を持ち掛けてくる。
学生として、魔法少女として。
本当なら仲良くしておくに越したことはないのだろう。
信用するかどうかはともかくとして、情報筋の確保は正しいことのはずだ。
だが、打算なく近づいてくる彼女の姿に、あの幻覚がちらついてしまう。
彼女の顔を直視することができない。
静海このはは、琴織つばめと目を合わせることができなかった。
◇
水徳商店街。
その片隅にある喫茶店で、四人の人物が集っていた。
七海やちよ。紺染福詠。琴織渡。そして私。
西のベテラン。魔法少女監督役。魔法少女御用達の雇い主。ここ一年ですっかり名が知れ渡った魔法少女。神浜にて少なくない影響力を持つ四人が一堂に集ったことで、そのテーブルの周囲には名状しがたい緊張感が走っていた。
「お待たせしました。当店オリジナルブレンドを4つ。以上でよろしかったでしょうか」
「問題ないよ。ありがとう」
「それではごゆっくりどうぞ」
淡い銀髪の少女が中身の満たされたコーヒーカップを4つテーブルに置く。
エプロンの下の服装は参京院の高等部制服。ついこの間進級した一年生である彼女の名は保澄雫。
魔法少女である彼女の実家でもあるこの店は、魔法関係の話をするにはうってつけだった。
「さて、珈琲も来たことだし。対策会議を始めよう」
パチン。と父が指を鳴らせば、このテーブルの音は周辺から隔離される。
これで一般人に内容が漏れることはない。
魔法少女なら見て何らかの結界が張られていることは感知できるだろうが、雫ちゃんには当然話は通しており、おずおずとカウンターの奥からこちらの様子を伺っているが必要以上に気にする様子もない。
「うむ。うまい。ここの珈琲は豆の配合が絶妙だが、やはり彼女が淹れるともう一味違うな」
「父さん、それセクハラですよ」
ごめんね雫ちゃん。
雫ちゃんはどちらかといえば私ではなく父のほうが関係が深い。
空間転移という強力な固有魔法を持つ彼女は、同じく空間跳躍の魔術を用いる父となんやかんやあったらしい。
まあいかがわしい感じのやつとかではないので必要以上に気にすることはないのだけども。
「さて、はじめに状況整理だ。今回の事件は、魔法少女が何者かに襲撃され、一時的な昏睡状態に陥った。ということだが、君たちの認識は間違ってはいないかな?」
神父の言葉に全員が頷く。
魔法少女が突然襲撃を受け、抵抗する間もなく意識を刈り取られる。そんな噂がここ最近広まっている。
はじめはただの噂でしかなかったはずだが、十咎ももこという被害者が現れたことで状況は一変。
急遽私たちはやちよさんに呼び出され、紺染神父も加えての緊急会議を開くことになったわけだ。
「今のところ犯人は不明。だが魔法少女たちの間では同じ魔法少女が行っているという話が広まっている」
手口は不明だが、魔女の痕跡は見られず、そうなれば疑いの目は同じ魔法少女に向けられる。
そしてその中でも最近神浜に姿を見せはじめた魔法少女が怪しいと言われている……つまり、静海さん達だ。
「魔術師が犯人という可能性は?」
「なくはない……が、動機がないな。魔術師は極力自分の存在が魔法少女に露呈することを避けるものだ。下手に魔法少女と敵対すれば死ぬのは自分だからだ。もちろん、魔法少女の抵抗力を貫くような魔術を扱うものがいるならば話は別だが、それだけの実力者ならば逆にそのような真似をする意味がない」
「だから、犯人がいるなら魔法少女、というわけですか」
「そういうことだ」
ふむ。となるとやはりグリーフシードを横取りしようと不意打ちを試みた……?
だが失敗すれば神浜中の魔法少女を敵に回すような行為だぞ。よほど自信があったのか。わざわざ魔女を直接狩らずに漁夫の利を得るような真似をするほど戦いが面倒だったのか? 後々の事を考えればどう考えてもそっちのほうが面倒だとは思うが……。
「動機を考えていても仕方がないわ。重要なのは、少なくとも魔法少女の感知能力をすり抜けて一撃で意識を奪い取れる力を行使できる存在がこの街で暴れ回っているということ。これを野放しにしておくことはできないわ」
「だな」
西の魔法少女を纏める立場かつ親しい魔法少女が被害に遭ったやちよさんは、最も事態の解決を望んでいるのだろう。決断的に話を仕切っていく。
私? ななかちゃん達が被害に遭ったりするのは御免被るが、それはそれとしてこの事件に少しばかり懐疑的なのであまり自分から意見は言わない。
「私は、都ひなのくんと共に聞き込みを行った。精神干渉系の魔法を持つ魔法少女を中心に洗ってみたのだが、やはりチームメイトから擁護意見が上がった。これを信じるなら、少なくとも身内同士の犯行ではないらしい」
「そうね。この街の魔法少女はチームを組んでいるからそれぞれがアリバイを確認できる……だから、最近神浜で見かけるようになった魔法少女が怪しいって言われてるわ」
「だから、静海さんたちが疑われていると」
「その通りだ。しかし、出戻りという形だが彼女たちにとっても神浜は古巣だ。そのような場所で騒動を起こすかという疑問も生じている。一応、静海このはについては全く知らないわけでもないからな」
教会の慈善事業として孤児院を訪れることが度々ある神父は、既に静海さん達の素性も調べ終えている。
その結果として「つつじの園」という参京区の孤児院に属していた静海さん達三人は、どういうわけか所属記録及び関係者の記憶から存在が消失していることが発覚した。
おそらくは自分たちが魔法少女になったことで生じる問題から周囲の人たちを守るために行ったことなのだろうし、そのことについて如何する気はないが、自分の家族から離れざるを得ないというのは一体どれだけの覚悟が必要だったのだろうか。
などと、ほんの数回程度言葉を交わした関係だというのに、この短い間でかなり静海さんに対して感情移入をしていることを自覚する。
これはあれか、一目ぼれというやつか?
(んなわけないですね)
いやまあ要するにほんの僅かな間とはいえ同じ部活になって、同じクラスになって、同じ魔法少女になったというだけで勝手に親近感を覚えているだけなんだけどね。
ななかちゃんの時もそうだが、我ながら他人との距離感の縮め方が極端だなと自嘲して珈琲を啜る。
……うん。酸味と苦みのバランスが素晴らしい。
「勝手を知る場所だからという可能性もあるわ。各地を転々としているなら、いつでも街を抜け出せるってことかもしれない」
うーむ。何度か接している私からすれば、静海さん達の慎重さはそういう真似をするようなものではないと言えるのだけど。やちよさんは中々手厳しい。
魔法少女って修羅場に身を置いているせいで案外コロッと方針が変わるというか、ふとしたことでタガが外れがち。だからやちよさんの意見も一理ある。
「ともかく、一度彼女たちと接触してみないことには進展しないだろうな。ひとまず私と七海くんで行くとしよう」
「わかったわ」
「あのー、私は?」
「つばめくんは巡回を。君の使い魔による探知網は気取られにくい。」
「はいはい」
「では私は調整屋に向かおう。八雲嬢の顧客に被害者がいるかもしれないからな。聞きに行ってくる」
「おや、逢引ですか?」
「ふむ。流石にその年の差では感心しないぞ」
「琴織さん、娘さんと同年代の子に手を出したの……?」
「だから違うっての」
そうしてこの場の会議はお開きとなった。
その後、巡回がてらに立ち寄った調整屋にて、私たちはやちよさんから静海さんたちが犯人ではないという確証を得たという連絡を受け取った。
「教会からも彼女たちがこの事件と関わりがないことを通達するようです。これなら流石に下手な真似をする人も出ないでしょう」
「それなら安心ねえ」
「魔力で犯人を絞り込めるとは、流石は七海先輩ですね」
みたまさんとメルくんに伝える。
メルくんはあの一件以降近寄りがたいみかづき荘の代わりに、調整屋に入り浸っているらしい。最早半分ぐらい従業員だ。
「それで、被害に遭った魔法少女は調整屋に来たのかね?」
「いいえ。誰も来てないわね。いろんな子が来てくれているけど、神浜の子全員ってわけじゃないし」
みたまさんのほうもあまり情報は得られていないらしい。
メルくんも大体同じだったが、少しだけ他とは違う情報が得られた。どうやら、東のほうではあまりこの噂は流れていないらしい。中央区に近い場所は聞こえているけど、大東区のほうでは噂自体を知らない子もいたとのこと。
「みたまさん。この噂を知っている魔法少女で活動区域の差はありましたか?」
「ああ、それなら西側の子が多いわね。特に水名区と参京区の子はよく相談をしに来るわ」
「つまり、犯人は西のほうにいる?」
「かもしれないな。ところで、具体的な被害者がほぼいないのだが、そのあたりも知らないのだろうか?」
「ええ。大体はそういうことが起こっているとだけ……そう言われると、妙ね」
「でも、ももこ先輩は被害に遭ったんですよ」
「逆に言えば彼女以外の被害者は名前すら上がっていない。被害者がそう知られたくないから隠している。という可能性もあるが……ううむ。もう一人ぐらい被害者出てくれないかね?」
「とんでもねえこと口走ったですよこの人!?」
「まあ、父ですので」
とかなんとか言っていたらだ。
数日後、事態は急転直下を迎えた。
なんと静海さん達とレナちゃん達がガチでやり合う事態になったとかえでちゃんから連絡があった。
曰く、どうやらももこちゃんが襲われて苛立っているレナちゃんが静海さん達に突っかかったらしい。鴉くんの視界を見たら
捜査上からは遠いし、事態をややこしくしないように接触するなと周知させたはずだが、どうやらその程度で言うことを聞く殊勝な心掛けをレナちゃんは持っていなかったようだ。
……とはいえ。
身内であるももこさんが被害にあったから、ということを加味してもこの行動は軽率にすぎる。
彼女たちの中で最も信用のおけるやちよさんの名前も出してある以上、これを無視するのはいささか不自然でもある。これでまかり間違って大けがでもさせたら、レナちゃん自身だけでなくやちよさんの信用にも傷がつく。そのあたりのリスクを考慮できないほど彼女たちは浅はかではないはずだが。
……。
………。
焚きつけられた、か?
思いを巡らせながら、現場へと急いで向かう。
かえでちゃんはやちよさん、神父、ももこさんと方々に連絡を飛ばしている。最悪の場合を想定すれば、一人でも多くの人間がいたほうがいいだろう。
私はスマホを手に取り、トークアプリを起動した。
開くのはもちろん、私たちのチーム。
バーミー:『例の事件で静海さんたちが絡まれてトラブル発生。場所は参京区の廃神社。急行よろ』
ななかちゃん:『わかりました。向かいます』
あきら:『今稽古中だからごめん。ななか、宜しくね!』
美雨:『距離的に無理。対処はよろしく』
かこ:『わ、私も行きます!』
ななかちゃんとかこちゃんは移動可能。格闘組二人は無理。
葉月さんと関わってるななかちゃんと、あやめちゃんと友達のかこちゃんがいるので十分か。
尾けさせている鴉の視界を確認すれば、マジでレナちゃんが襲い掛かっている。やちよさんが駆け付けたみたいだけども、静海さんが堪忍袋の緒が切れたようで明らかに剣呑な雰囲気を発している。
「七海くん!」
「神父! それにつばめも」
「呼ばれなくても参上仕りっです!」
ほぼ同時に到着したらしい神父と同時に境内に滑り込めば、殺意とほぼ変わらぬ剣幕で静海さんはレナちゃん達に斬りかかっているところだった。
「紺染神父、それに琴織つばめ……」
「そこまでだ静海くん。君たちが必要以上に他の魔法少女と私闘を行うのは推奨できない」
「先に手を出したのはそっちのほうよ。これ以上やられるぐらいなら、私たちが先に全員叩き潰してやる……」
攻撃を捌いていたやちよさんが、安堵の声を漏らす。
神父は静海さんとの間に立って彼女を制している。流石に魔法少女でない神父への攻撃は躊躇ったのか、即座に襲ってくる様子はないが怒りの頂点に達するあまりジェノサイド宣言までしている。
「何があったかは概ね想像がつく。これは我々と七海くんが共同で対処するという連絡を行ったはずなのだけどね。いやまあ、
「うっ……」
じろり、と見ればレナちゃんはバツが悪そうに視線を背けた。
「彼女には後で言い聞かせておく。それでこの場は矛を収めてくれないだろうか?」
「信用できない……さっきの犯人もわかっていないのに、これ以上横から好き勝手言われるのはもうたくさんよ」
交渉はあっさりと決裂する。
あちら側からすれば事件の犯人の疑いをかけられ、有力者たちからあれこれ釘を刺されて、最終的に難癖をつけられた。我慢の限界を迎えて当然の状況だ。
それは神父もわかっていたようで、すぐに代替案、とも呼べないものをぶち上げてくれた。
「まあ当然だな。琴織くん」
「何ですか神父?」
「ちょっと彼女の相手をしてくれないか。見たところベテラン級だが、まあ君なら大体どうにかできるだろ」
「要するに実力行使ですか。軽く言ってくれますね……」
まあ、いいでしょう。
静海さんはちょっと音を詰めすぎているようですし、ここは私がストレス発散に付き合ってあげるとしましょうか。
骨喰を携え、静海さんの前に立つ。
「琴織、つばめ……」
完全に目が据わっていますね。
私相手でも容赦しない。むしろ殺意しかない。
いくら場の流れがあるとはいえ、さすがに何かしたかなと不安になる。やっぱり教室で度々話しかけてたの、予想以上にウザがられてたのかな?
そんな不安を悟らせないように、軽く挑発を投げかける。
「というわけですので、全力でかかってきなさい
「やっぱりあなたが……ッ! やらせない……、あやめを、あなたなんかに……ッ!」
――その時、魔力が迸った。
ほんの僅か。幽界眼が無ければ気づけなかったであろう微かな時間。
物陰から静海さんに向けて魔力のラインが確かに伸びていた。
(そういう、ことか……ッ!)
一連の不可解な状況に合点がいくも、しかしその正体を探る暇はない。
動揺した隙を突いて静海さんが襲ってくる。何はともあれ、彼女を大人しくさせる必要がある。意識を切り替えろ。
力強い踏み込みで振るわれた双頭刃を骨喰で防ぐ。直後、霧が立ちこめ、青く光る蝶が舞う幻想的な光景が目の前に広がった。おそらく静海さんの魔法だろう。既に彼女の姿は見えない。
「なるほど、霧の幻惑を用いた奇襲ですか」
私の長槍と、静海さんの双頭刃は同じ長物に属する武器だ。
しかし静海さんは両端に刃がある構造状、実際のリーチは私よりも劣る。その分、攻撃回数が単純計算で倍のため戦力差としては互いの距離関係で変わる。
霧の幻惑によって間合いを詰め、一方的な連撃で押し切ることができる。よく考えられた戦い方だ。経験を積んだ魔法少女としての堅実な強さが見える。
まあ、それだけなら
寸前に迫って出現した一撃を迎撃する。
姿は見えずとも、幽界眼によって静海さんのソウルジェムの位置は確認している。ならばそこから武器のリーチを類推して防ぐことは難しくはない。
「……ッ! 今のを防ぐのね……」
「伊達に三年も魔法少女やってませんので」
静海さんの猛攻は止まらない。
何度か打ち合っていると、静海さんのほうも私が完全に位置を把握していることを察したのか、霧を解除する。
「終わりですか。ではこっちが一つ手札を見せる番ですね」
骨喰の刃を開いて十字槍に換装する。
「うおっ、変形した!?」
「出た、つばめの必殺モード!」
「――ッ! それが切り札ってわけね」
「いえ。まだありますが」
というか十字形態は殺意が高すぎて使えない。
魔力を通して、またガシャガシャと刃を組み替える。いつ変形機能が一個しかないと言った?
次は左右の刃が一つの半月形の刃への変形。
十字槍からハルバードへとなったそれを遠心力を乗せて振り下ろす。
片側に寄った重心を利用した一撃を防ぐことは難しく、静海さんはこれまでのように受ける真似はせず横に避けた。
続けて武器を変形させる。
二つの刃を水平に並べて鎌の形状を作れば、リーチは変わらず、有効時間の伸びた斬撃が円弧を描く。
静海さんの肩に小さな傷が刻まれるが、彼女はこの一撃に怯むことなく刃を返してきた。
振りかぶった隙を狙っての反撃は外れたが、頬を掠めて一筋の赤い線が私の顔に刻まれた。
「……ッ、やりますね!」
まさか私に一撃入れるとは。これはもう少しギアをあげていかなくては。
槍に力を籠めると、柄が中心から折れる。
その断面からは鎖が覗き、それぞれを繋いでいた。つまりヌンチャクだ。
刃のあるほうを持って振るう。静海さんは先ほどと同じように受けるが、そこから曲がった一撃が頬を打った。
「チョイなッ!」
「くっ――!」
「えぇ……、あの槍どこまで変形すんのよ?」
驚く外野をよそに、たたらを踏む静海さんを見据える。
これ以上はただ痛めつけるだけになりそうだし、そろそろ終わらせようか。
と、骨喰を槍に戻したら静海さんが距離を取って武器を眼前に構えた……って、
え、ちょっと待って。この魔力の高まり具合はまさか……。
「
「このは!? ダメだってそれ!」
「調子に乗らないで。いい加減、終わらせるわ……!」
――バタフライ・テンペスト!
幻惑の霧が瞬く間に広がり、青く光る蝶が飛び交う平原が視界を埋め尽くす。
固有魔法の最大出力。蝶の群れは渦を巻くように殺到し、魔力の奔流となって襲い掛かる――!
「なんでこうなりますかー!」
原因:私がおちょくったから。
とにかく全力防御!
自分の周囲に防護結界を張る。
音子さんほどではないが、それでもかなりの強度を誇る防壁だ。
防壁と暴風が衝突し、周囲が魔力の余波で蹂躙される。
神父は自らの身を挺してレナ達を庇いながらも無傷。
七海やちよは自分の防御で余波を防いでいた。
そして、中心に晒された琴織つばめは――。
「痛った……」
はい。
ノーダメージとはいかなかったけれどなんとか乗り切りました。体中が滅茶苦茶痛いけどね。
静海さんは大技を使った後で、疲弊している。
今が最大のチャンス!
「あっ……」
関節を突いて武器を落とす。
そして拾う間も再生成する時間も与えず、眼前に槍を突き付けた。
「勝負あり、だな」
神父が決着を告げる。
流石に敗北を理解したのか、静海さんもがっくりと項垂れる。
とりあえず彼女のソウルジェムを確認――六割。一応安全圏、かな?
「どうして……」
「私ひとりに勝てないようでは神浜の魔法少女をすべて倒すなど夢もまた夢。周りとコネクションの一つでも築こうと動いていれば、私の戦い方も少しは知ることができたでしょうに。そうならなかったのは、あなたが自分と家族以外の関わりを持とうとしなかった。――だからこそ、信用のないあなた達は真っ先に疑われた」
ぴくり、と肩が揺れる。
この事件は確かに誰かの仕組み、それに踊らされた部分もあるが、その要因には静海さんの落ち度もある。心は痛むが、そこは指摘しなければいけない。
「それでいいんですか。誰ともつながりを持たず、誰も信じることなく、ただ自分の殻に閉じこもって。挙句の果てにそれを利用されて踊らされる……。そんな人生でいいんですか」
「……だって、だって……!!」
「あなたは知らないでしょ!? 私たちの家が、どうなったか! どんなことがあったのか!!
もう嫌なのよ! 信じていた人が敵だったのも、大事な人が奪われるのも!
だったら、誰も信じなくていい! 誰からも信用されなくていい! 誰を敵に回してもいい! 私の中には、私たち三人だけがいればいいの! ……それだけしか、もう大事なものはないのよ。独りでも強くて、仲間もいて、家族もいる。そんなあなたに何がわかるっていうのよ!?」
「このは……」
裂帛の勢いで吐き出される独白。
彼女の境遇については断片的に聞いただけだ。
自分たちの頼れる大人の片方が死んで、もう片方に裏切られた。
一度にそんな経験をすれば人間不信に陥って当然だ。
静海さんはそれから、自分と一緒に魔法少女になった二人を守るために、自分たちだけの世界を作ってそれだけですべてを完結させたかった。だから私たちと最低限の協力関係を築くことすら拒絶していた。
ここで「わかるよ」とか耳障りの良い言葉を吐くのは簡単だ。
でも、そんな欺瞞じゃ静海さんの心は開けない。
「ええ。わかりませんよ。静海さんのこと、私は何も知りませんから」
「なら――」
「だから、教えてください
偽らざる本心を伝える。
ええ。このはさんの事はかなり気にしているとも。
自分は他の人と関わりませんよなんて強がっていたところとか、そのくせ誰かがそばにいてくれないと駄目な寂しがりなところとか、魔法少女になる前の私を見ているようで放っておけなかったのだ。
あの頃は友達なんて美緒ぐらいしかいなかったけど、彼女を見習って少しでも友達を作ろうとしている。
(まあ、魔法少女に限ってなところはあるけれどね)
私たちは最早社会から隔絶された一面を持つ者たち。だからこそ、同じ境遇を知る相手としてのつながりは大事にしなくちゃいけない。その
「……でも、私たちは、三人で、三人だけで生きていかなくちゃ……」
揺らぐ。魂が揺らぐ。
戸惑い。喜び。そして恐怖。
私の差し伸べた手を取ろうとするのを、トラウマが邪魔をしている。
今の私にできることはここまで。
このはさんの心を開くことができるのは、最も深い絆で繋がれた彼女たちしかいない。
「このは!」
「あれ、なんかもう終わってるっぽい……?」
「お疲れ様ですももこさん。ささ、こちらの邪魔にならないほうへ」
葉月さん達が近づいてきていたのは気づいていた。
なのでこのまま葉月さんとあやめちゃんにバトンタッチして、やってきたななかちゃん達と一緒に脇に寄る。
葉月さんは外とのつながりを持つべきだと主張した。信じられる人間は自分たち以外にもいる。変わっていかなくちゃいけない。もっと外に目を向けなくてはいけないのだと。
そうしてあやめちゃんがかこちゃんを連れてきて友達と紹介する。以前だったらその関係も認められなかったのだろう。けれどこのはさんはかこちゃんを快く受け入れた。それが、彼女が変わろうとした最初の一歩だった。
「友達、ね。できるかしら、私にも……」
「何言ってるの。友達ならいるじゃん、ここに」
「……そうだった。あなたはずっと、私の友達だったわね」
このはさんと葉月さんが笑い合う。
うん。もうそろそろいいだろう。
二人が気づくように進み出る。なんか間に挟まるようで抵抗感あるなこれ。
「いやですね。水臭いですよこのはさん。私もあなたと友達になりたいと思っているんですから」
「琴織さん……」
「まあいきなりは難しいとは思いますけど……どうでしょう?」
いや、割と恥ずかしいなこれ。
自分から友達になろうと相手を誘ったことなんてなかったし。
あの時美緒の方から来てくれなかったら、多分今でもボッチ継続中だっただろうし。
「そうね……なら、こちらからもお願いするわ」
「はい。それではこれからもよろしくお願いしますね」
よし、ハッピーエンド! めでたしめでたし。第三部完!!
「……さて、事も収まったことだ。関係者も集まっていることだし、話を進めようか」
と、いうわけでもない。
ここ数日の調査によって、昏倒事件についてあることが判明していた。
「うん。アタシがももこさんと一緒に噂を追っていたんだけど、途中で曖昧になっていくんだよね。こう、糸がプツンと切れる感じで……」
「こちらも大体同じだ。事件の発端を探ってみたが、誰一人として該当者が見つからない」
この一連の事件。どうにも犯人像というか事の発端が見えてこない。
痕跡の残りづらい魔法による犯行、というのはほぼ確定としても、そもそも最初に被害にあったであろう魔法少女が現れないのだ。
"粛清機関"と七海やちよ。
神浜の魔法少女社会において、この二つの名前を使って探れば大体の噂の出所は掴める。
だが、どこの誰を探ってもその根元が見つからない。
どうやらそもそもの出所が又聞きの又聞きぐらいのものらしく、具体的にどこの誰が被害に遭ったという情報はももこさん以外になかった。
「まるで、あなた達を貶めるためだけに仕組まれた噂のようですね」
ななかちゃんの言う通り。
真相など、初めから無い。
「つまり、全部が嘘なんですよ。悪質極まるアジテート。核が空っぽのまま広がっていくデマゴギー。
一度流れればあとは自動的に状況が悪い方向へと流れていく。
ももこさんが襲われたのは、きっとその信ぴょう性に拍車をかけるため。
巧妙かつ悪辣な手口。そんな真似は理性のない魔女には不可能だ。
つまるところ、最初に議題に上がった魔法少女の仕業という結論に至る。
これを裏付ける証拠は他にもある。
「それとですね、このはさん。あなた、常に誰かから魔法をかけられていましたよ」
「――ッ!?」
「これは固有魔法の話なんですが、私は魔力を視認できます。そして、さっき戦うときもさりげなく物陰から魔力のラインを繋がれるところを目撃しました。おそらくですが、以前からしばしば精神を揺さぶられていたんじゃないですか?」
そう言うと静海さんは話してくれた。
あやめちゃんが斃れる幻覚を度々見てきたこと。
その中には私の姿もあり、瀕死のあやめちゃんを介錯する役割を担わされていたこと。
そのせいで私に苦手意識を抱いており、それが戦うときに敵意に変わったこと。
なるほど。だから私から目を逸らしていたと。
……なんとも下衆なやり口だ。反吐が出る。
「精神系の魔法、それも魔法少女にすら気づかれることなく行使できるタイプの高度な魔法ですね。ここまで濃く残滓が残っているとなると、何度も繰り返しかけられていますね」
静海さんの後頭部あたりに染み付いた暗い紫色の魔力。
色が似ているのが無性に腹立たしい。
最早魔女の呪いと何も変わらないぐらいに凝り固まった魔力を引っぺがす。
そうして手に残った魔力の塊を見せつける。
「とりあえずこの魔力を覚えておいてください。このはさんの固有魔法なら、抵抗の一つ二つは取れるはずです」
「……なるほど。確かにこれならできなくはないわ。……ありがとう」
「お構いなく。これで、犯人も見つけやすくなりましたね」
「ええ。このお礼は必ず返すわ」
そうして私たちは真犯人を突き止める決意を固め、この場は解散となった。
――その翌日。
朝に弱い私*1はいつもと同じく朝のホームルームギリギリに教室へと入り込む。
自分の席に着くために後ろの席を通り過ぎようとして、
「おはよう。琴織さん」
そこに、声がかけられた。
「――! おはようございます。このはさん」
いつもはこちらからしていた挨拶が、このはさんからしてきたことで、私たちは友達になったのだと実感する。
そうして何事もなく授業を受け。
昼休みにはななかちゃんや葉月さん達も交えて昼食を取る。
そこには打算も何もない。ただ友人と過ごす穏やかな時間だけがあった。
○琴織つばめ
カウンセリングとか柄じゃないですよねー。
一般人の友達は驚くほど少ない。
○静海このは
殴り合って友情を深めた。
本来なら軽く打ち合って終わるはずが、ついつい筆が興じてしまったともいう。
それでは皆さん、ここで番外編を思い出してみましょう。
○【骨喰】
他の魔法少女が確認している中では『直槍』『十字槍』『斧』『鎌』『ヌンチャク』『矛』の六形態がある。もっとある。