つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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文章量は若干省エネです


第二十六話 愛情で許されるのも限度がある

「料理ってどうすれば上手になるのかしら」

 

 

 喫茶店にてこのはさんからそんな相談を受けたのは、よく晴れた、休日の昼下がりのことであった。

 

 料理、か。

 言うまでもないことだが、料理の腕前というのは女子にとって重要なステータス。

 

 昨今は男性の料理も重要視され、男の人が料理する動画はありふれている。だがそれでも、現在の日本において女性が料理を担当するという認識は未だに不動。これは古来より人間に染みついた常識と言っても過言ではない。

 

 

「中々難しい悩みですね……」

 

 

 私も父も、日中は家事をする余裕はない。

 買い出しは宅配サービス。洗濯物は二人暮らしなので2日に1回。

 肝心の料理については、朝は手間などかからないもの。昼は購買で買ったパンや冷凍食品頼りの弁当。夜は父が担当している。時々は私が作るが、つまりその程度。

 できなくはないが、人に教えられるほど熟達はしていないというのが自己評価だ。

 

 

 しかし、このはさんが私を頼ってくるというのは初めてのことだ。

 ここはひとつ、相談に乗ってあげるべきだろう。

 

 

「上手になりたいといいますが、まずこのはさんはどれくらい料理ができるのですか?」

 

 

 まずは前提条件を訊く。

 このはさんは成績優秀、運動神経もまずまず。加えて資産運用までできると一見完璧な女性だ。

 だから料理についてももしかしたら私よりは上手かもしれない。

 そうなると出せるアドバイスは何もなくなってしまう。

 ひとまず彼女の料理の腕前がどれくらいなのかは把握しておくべきだ。

 

 

「……料理だけはしなくていいって、葉月に言われたわ」

「わお」

 

 

 葉月さんがそう言うとはどうやら相当にダメらしい。 

 

 

「器具も揃えて、書籍からちゃんと勉強した。見栄えや食感も対比を意識して何も悪い所はなかったはずなのに……!」

「……レシピ通りに作ればまず失敗しませんよね?」

 

 

 食材を刻み、組み合わせ、火を通す定型作業。

 そこに運や直感は不要。

 あらかじめ分かっている道を辿れば成功する。

 それが料理というものの至極当然の原理。

 

 この時点で私は少し嫌な予感がしながらも、話を聞くことをやめることはできなかった。

 

 

「まあ大体想像はつきますが、実際どんな出来栄えで……?」

「あやめと葉月が気絶したわ」

「……このはさんは?」

「食べたわ。何も言えないぐらいに不味かったわ」

「その料理の見た目とかって、覚えてます……?」

「ええ。気合を入れて作った料理だったから写真を残してあるの」

 

 

 そう言ってこのはさんはスマホを見せてきた。

 ――え? なに、これ。

 

 

「『甘味たっぷりカツオだしオムレツ』。食感、色、味。五感のすべてを対比で刺激できる傑作だと思ったのに……」

 

 

 そこに映っていたのは青色のオムレツらしきもの。

 青系統の色彩は食欲を減衰させる効果がある。一度青色のご飯とかネットで見ればわかるが、本当に食べる気が起きない。それが対照的なケチャップの赤色で強調されているせいで余計に食べたくなくなる。

 そしてこの中から覗く妙にデカイ白いブツは一体なんだ?

 

 

「砂糖で漬けたカリフラワーよ。カツオだしのしょっぱさとの対比を意識して徹底的に甘くしたわ。それと卵はカリカリとふわふわを同時に味わえるように……」

 

 

 このはさんの解説は後半から聞こえていなかった。

 

 

 ――メシマズ。

 

 

 それは料理が下手な人たち。

 端的に言えばそういうべきものなのだが、この言葉が指すのはそれとは一線を画す戦々恐々たる毒物錬成の達人たちだ。

 

 

 曰く、米を洗剤で洗う。

 曰く、色合いが足りないと絵の具を混ぜる。

 曰く、どうみても傷んだ食材を熟してると判断して使用する。

 

 

 踏むべき手順を踏まない。

 守るべきルールを守らない。

 確かめておくべき成果を確かめない。

 挙句の果てに成功していないのにアレンジ(余計な真似)を加えようとする。

 

 そういった徹底的に料理という概念から見放された人間がこの世界には存在する。

 

 このはさんは、そうした分類に属しているのだと私は理解した。

 

 

(見ただけでマズイって分かりますよこれ。てかなんでこれでいけると思ったんですか)

 

 

 書籍で理論を勉強した、とこのはさんは言ったが、おそらくそれは料理上手な人がさらにアレンジを加えるための本。料理ができない人が読んだところで意味はない。格ゲーの基礎的な立ち回りも分かっていないのにコンボだけ学んでもどうしようもないのと同じだ。

 

 

「あー……でもそこでちゃんと不味いと気が付けただけマシなんでしょうね……」

 

 

 以前、ネットで家族のメシマズを嘆く内容のスレッドを覗いてみたことがある。

 そのあまりに酷い有様に、まさかそんなと現実味のなさから深夜にも関わらず笑い飛ばした。

 

 そう。あくまで絵空事の話だったのだ。

 

 

 つい最近までは――!

 

 

「どういうこと……?」

「みたまさん」

「え」

「あの人の料理、見たことありますか?」

 

 

 一週間ほど前のこと。

 みたまさんはクッキーを焼いて配ってくれた。

 濃い茶色のクッキー。

 その時はおやつに丁度いいと一つもらったのだが、口に入れた瞬間。味覚がバグったような錯覚を覚えた。

 

 なんだこれは?

 ココアクッキーだと思って食ったら、何故かしょっぱさとすっぱさと苦さと渋みが広がった。サクサクした触感を期待したら、なんかニチャッってした。

 はっきり言ってマズイ。人が食っていいものではない。

 

 

「独特な味ですね……あの……これ、なんです?」

「ウスターソースと海苔の佃煮とレーズンよ。黒っぽさを足すために墨汁も入れたわね」

 

 

 おおよそクッキーの材料と思われないどころか食材ですらないものが飛び出してきた。

 

 甘さとしょっぱさがハーモニーして美味しい、とか妄言を吐いていたが隣のメルくんがダウンしていたことからその大惨事っぷりは明らか。なぜ食べる前に気が付かなかったのだろう。

 

 とりあえず手に付けたものは速攻でかみ砕き、茶で味がこれ以上口の中へ広がる前に喉の奥へと流し込んだ。それでも胃の中に焼けつくような感触が残っているあたり、何か得体のしれないものが混入していた可能性が高い。

 

 うう、思い出したら胃がキリキリしてきた。もう一週間も前のことなのに。

 

 

「――と、そんなことがありまして」

「うそでしょ?」

「ところがどっこい現実だ」

 

 

 このはさんはドン引きしていた。

 よかった。この人の感性はまともだ。

 根っこから食の価値観が違う人間はもう何を言っても仕方がない。

 けれどこのはさんは自分の料理が不味いという自覚がある。他人のアレンジをダメだと客観視できる。

 ならば矯正は可能。

 このはさんがこれ以上のメシマズに成長する前に、ここで食い止める――!

 

 

「では、一つ一つ問題点を洗い出していきましょう。手順を一から思い出してください」

「ええ。……まず、味の対比効果を狙って塩と砂糖を混ぜたの」

「は?」

 

 

 対比効果? そんなものはいらんだろう。

 味は都度確認して調味料で整えていくもの。

 最初から全部混ぜるとか何を考えている?

 

 その後も聞けば、書籍で学んだなんたら理論を実践するためと明らかに余計な工程ばかりが飛び出してきた。

 料理についてそこまで本気で取り組んだことはないが、このはさんがかなり的外れなことをしているのだけは理解した。

 

 

「レシピは見ました?」

「作り方なら知ってるわ。でも理論を網羅したほうがより完璧に仕上がると思って……」

「葉月さんには見てもらったんですか?」

「いいえ。葉月は料理の天才だもの、私の間違いに気づかないわ。それに家長として一人でも料理ができるようにならないと……」

「おばか!!」

 

 

 思わず一喝。

 つい漏れ出した幽玄の魔力がこのはさんを委縮させる。

 

 

「このはさんの問題点は理解した。あなたはまず料理に対して必要以上に理想を抱きすぎだ」

「り、理想……? 私はただ葉月のように……」

「その時点で充分理想ですよ。とにかくレシピに忠実に作り、成功の味を知れ! 先人の知恵をきちんと頼れ! 以上!!」

 

 

 乱暴に言い放つ。

 丁寧に言い聞かせようとするとプライドで余計な真似をする。

 だから「これはするな」と強く厳格に命じておく。

 とにかく、まずは何も余計な真似をさせないことが重要だ――!

 

 

「……ッと、すみません。少し熱くなりすぎました。

 とにかく、このはさんには問題点が多いようです。どこかに料理の見本となる人間がいればいいのですが……」

「それなら、ちょうどあやめがこれを持ってきたのよ」

「なになに……『洋食ウォールナッツ、料理教室開催のお知らせ』……まなかちゃんのところですか」

「知ってるの?」

「まなかちゃん……娘さんが魔法少女ですね。中一なのに厨房に立てるだけの料理上手。確かに彼女なら料理のノウハウも知っていますね」

「琴織さんも認めるのね。うん、行ってみようかしら」

 

 

 一流の料理人が面倒を見るならなんとかなるだろう。

 ……なるよね?

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだったわ……」

「ダメでしたか」

 

 

 後日。

 案の定ともいえる料理教室の散々たる結果を携えて、このはさんは頭を抱えていた。

 

 内容を聴けばまあひどいことひどいこと。

 一番のハイライトは味噌汁を爆発させたことだろう。

 

 

「味噌汁はほっとくと味噌が沈殿して突沸を引き起こしますよ。なので適宜かき混ぜる必要があります」

「そうだったのね……」

 

 

 一度失敗したことがある。あの時は掃除が大変だった。

 

 

「これはもう、一度つきっきりでやったほうがいいかもしれませんね……」

「まなか先生でもダメだったのに……?」

「だからです。複数人を纏めて教えるよりも一人に集中する。静海さんの行動を逐一訂正していくんです」

 

 

 ここまでくればとことんやる。それが責任というものだ。

 そうとなれば話は早く、本日のこのはさん一家に直撃晩御飯だ。

 

 そういえば何気にこのはさん達の家を訪れるのは初めてである。

 まさかこんなことで友人の初訪問というイベントを消化することになるとは……。

 

 

「というわけで始めましょう」

「はい」

「本日は料理をうまくするのではなく、最低限食べられる味を作ることを目標としていきます。

 この手の失敗は大体相場が決まっています。

 一、基本事項を理解していない。

 二、なんとなくで自己流のアレンジを加えだす。

 三、出来上がった料理の味見をしていない。

 なので、問題点はズバズバ指摘するのであしからず」

 

 

 作るメニューは親子丼と味噌汁。

 若干手間がかかるが、その分下手なアレンジの介在する余地がない料理だ。

 

 カットについては手つきが危なっかしい以外は問題ない。

 単純作業ゆえ、彼女も余計な真似はしないのが幸いだ。

 

 

「片手で卵同士をぶつけるとかよりも、一個一個地道にやればいいんです。こんな風に」

「え、ええ。……できた」

 

 

 卵を割るのはイメージ的に角にぶつけるほうがやりやすいと思われがちだが、平らな場所に卵の中央を軽くぶつけたほうがやりやすい。もっとやりやすいのは円柱状のものにぶつけるやり方だが、今のところはこれで良いだろう。

 

 

「え、玉子のだし? 市販のめんつゆでいいですよ」

「でも最高のブレンド配合率とか」

「めんつゆの可能性は無限大です。大体の悩みはめんつゆと白だしが解決してくれますよ」

 

 

 自家製だしとか、一般家庭で正直そこまでこだわる必要はない。

 そんな手間はカットカット。

 安定した味というものは大正義なのだ。

 

 

「そんな手抜きみたいな真似……」

「手抜きじゃないです。メーカーさんが作り上げた理想の配合を信じているだけです。ほら、葉月さんもそうだそうだと頷いています」

「そうなの……そうなのね……」

「はい。めんつゆの力を信じましょう」

「信じるわ」

 

 

 チョロい。

 

 

「味噌は……はい、三人分なら大匙1と1/2。だしについては市販の本格だしを入れましょう」

「ええ……ええっと、これぐらいでいいのかしら? もし薄かったら……」

「その時は味見をして、足りないなら味噌を足せばいいんです。はいちゃんとかき混ぜる」

 

 

 と、そんなこんなあって。

 

 

「はい、できましたよ」

 

 

 一見は何の変哲もない夕食が完成した。

 

 

「普通だ!」

「普通だ……」

「普通です。味も問題ないですよ?」

「つばめさんが言うなら安心できるんだけど。このはの場合、見た目が普通の場合も結構危険だったりしたからね……」

「失礼ね!」

 

 

 などとコントを繰り広げつつ、実食タイム。

 前科ゆえか、少し逡巡する二人だが、やがて意を決して一口食べた。

 

 

「……どう?」

「……」

 

 じわっ

 

「……」

 

 ぶわっ

 

 

 二人は泣いた。

 

 

「ふ、二人とも!? そ、そんなに美味しかったの……!?」

「いや……味は普通だよ」

「うん。普通に美味しい。それでいいんだよ」

「アタシ達が求めていたのはこれだったんだよ……」

 

 

 感動に打ち震える二人をみて、これまでの惨状がどれほどだったのだろうか想像に難くない。

 

 

「うん。それにこのメニュー、つつじの家を思い出すなあ」

「園長先生の親子丼は一番のおいしさだったけど、これもおいしい!」

 

 

 そうしてパクパクと食べ進んでいき、あっというまにご馳走様。

 

 

「か、完食……。一度もマズイって言われずに……!」

「皆さん、私にできるのはここまでです」

「いや、これで充分だよ」

「うん。あちしたちは救われた……」

 

 

 そんな大げさ……でもないんだろうな。

 これはたかだか一歩。されど偉大な一歩だったのだ。

 

 

「やった、やったわ! ありがとう()()()!! これで私も料理ができるわ」

 

 

 感極まったこのはさんは私の手を掴んで礼を言った。

 はしゃいでいるこのはさん可愛いなあ。この顔を見られただけでも相談に付き合った甲斐があるというもの。

 

 

「お役に立てて何より。あとは経験を積んでいろいろ作れるようになりましょうね」

「ええ。頑張るわ!」

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 ……で、後日。

 

 

「あれからこのは、ちょっと料理ができたことに味を占めちゃって……。まだできもしない料理にまで手を出してるんだ。おかげでうちの食卓は現在ロシアンルーレット状態なんだけど、どうしたらいい?」

「好きにさせたらいいんじゃないでしょうか」

 

 

 相談してきた葉月さんを前に、私は匙を投げた。




○琴織つばめ
 普通。
 よく父親と外食に行ったりするので舌が肥えている。
 自分で考えるのが面倒なのでレシピ通りに作る。
 

○静海このは
 メシマズその一。
 まずいものはまずいと判断できるまともな感性だったので、最悪級からなんとか食えるレベルにまで改善できた。
 この後、一番大事なのは家族を思いやる心とか言って暴走するのは別の話。


○八雲みたま
 メシマズその二。
 手の施しようのないポイズンクッキングの使い手。
 材料もだが調理現場も殺人級
 絵の具はだめだってば。フグもダメだっつーの。

○胡桃まなか
 心労枠。
 マギレコ二次界隈では料理教室を開くたびに精神重症になっている。
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