結界に足を踏み入れると、相も変わらずサイケデリックな光景が広がっていた。
絵本の中身をそのまま抜き取ったような風景に、現実世界のオブジェクトが乱立する奇妙な景色。今回は砂漠のような風景にスコップや旗と言った玩具が突き刺さっている。どうやら砂漠ではなく砂場のようだ。
魔女の結界は大体がこのようなものだ。現実世界から自らの気に入ったものを蒐集し、結界に組み込む。そうして魔女は自らの領土を広げていくのだ。
だが魔女は結界の中から出てくることは無い。外敵から身を護るため、魔女は結界の最奥部に引きこもっている。そんな彼女らの欲求を満たすため、現実世界から様々なものを集めてくるのが使い魔である。
例えば、目の前にいるような。
「□▽★※◎◆♯ポッー!!」
団子めいた胴体からいくつかの足が生えた生き物。その造形は子供の落書きをそのまま立体にしたようで、明らかに生物として矛盾している。蟻にも見えるだろう外見無機質ながら愛嬌を感じさせる。だが侮るなかれ、あれはその気になれば人間を軽く捻り殺せる異形の怪物。そんな使い魔を視認すると同時に私は駆けだしていた。
「――シッ」
「□▽★※◎◆♯ポッー!?」
使い魔も突然現れた私に気が付いたようだが、その時には既に私は間合いを詰めていた。迎撃か逃走か。判断の隙を与えず、私は右手に握った
「□▽★※◎◆♯ポッー!?」
刃に貫かれた使い魔が短い脚を痙攣させる。一撃で仕留めたことを確信した私は、槍を振るって使い魔を解放する。地面に叩きつけられた団子状の胴体がバラバラになり、空気に解けるようにして消滅した。
ふむ。どうやら七枝市に出現していた魔女の使い魔とあまり実力は変わらないようだ。とは言え、使い魔の中にはひと際強力な個体がいることもしばしばあるので大した目安にはならないだろう。不意打ちが成功しただけという可能性もある。油断や慢心は厳禁だ。
槍を構え直し、魔女がいるであろう場所に向けて歩みを進める。しばらくすると、先ほどと同じ外見の使い魔が複数現れた。
その数、なんと二十二。
「いや、流石に増えすぎではッ!」
既に私が入り込んだことを察知していたのか、一体の使い魔がその体を弾丸のように飛ばしてきた。
私はそれを槍で払い飛ばす。なるほど、こういう攻撃をしてくるのか。そう分析しながら私は、手ごろな場所にいた使い魔に槍を振り下ろして仕留める。
仲間の死に様から学習しているのか今度は次々に私に向けて突進してくる使い魔たち。タイミングを見計らい、槍で前方を薙ぎ払って一掃する。そしてそのまま勢いに乗って使い魔を二体同時に串刺しにする。
「「□▽★※◎◆♯ポッー!?」」
「はい、はい、次ィ!」
ばっさばっさと無双ゲーの如く槍を振るって使い魔を吹き飛ばす。一撃ごとに必ず一体が倒れ、あっという間に使い魔は全滅した。
タイミングをずらしての突進や複数方向からのコンビネーションなど、少し攻撃を受けそうになったものの、何とか無傷で突破。この程度で被弾していたら、鍛え方が足りないとまた魔法少女の先輩に叱られる。というか、掠りかけた程度でも甘いと言われるだろう。新天地ということで少し浮かれていただろうかと反省し、気合を入れ直す。
その後も時折出てくる使い魔を倒しながら進んでいくと、周囲の景色が若干変化する。魔女のいる最奥部に到達した兆しだ。それを証明するように、前方からどす黒い魔力がさっきから漂ってきている。
「さてさて。ここからが本番だ」
視界の先には、茶髪のロングヘアと黒いドレスを身に纏った黒い人型。その頭にかぶったバケツとスコップはアクセサリーのつもりだろうか。砂場の中心で砂遊びに没頭しているそれは私の背丈の何倍もある巨体。
「というわけで、セイヤッ!」
私と魔女ではサイズ差が違い過ぎる。長物を用いているとは言え、まずは距離を詰めなければ話にならない。私は地を蹴り、魔女へと突撃する。砂場の魔女はこちらを認識していないのか遊びに没頭している。このままいけば会心の一撃を見舞うことができるだろう。
だが、砂場の魔女はいきなり集めていた砂の城を叩いて崩し始めた。
「あぶなッ!?」
狙いも無く攻撃ですらない、ただ子供が自分の作ったものに不満をもって破壊するのと同じ行動。しかし巨体によって払われた砂は私からすれば土砂崩れも同然。慌てて後ろに下がり、飲み込まれるのを回避する。
しばらくがっしがっしと砂をかき分けていた魔女は、一通り暴れて落ち着いたのか動きを止める。そこで自分の周りに何かがいるのが気が付いたようで、私に視線を向けてきた。いや、頭部が黒一色で目があるのかわからんけども。ただ、確かな敵意が伝わってくるのでこちらを認識しているのは確かである。
「□▽★※◎◆♯!!」
外敵を判断した魔女がその両腕を叩きつけると、巻き上がった砂が竜巻となって襲い掛かってきた。
私は槍を勢いよく振り下ろし、発生した衝撃波をぶつけて相殺する。
私が無事なことを知った魔女は、駄々をこねるように地面を叩いていくつもの竜巻を生み出してきた。
竜巻は広範囲に広がっており回避は難しく、また一つ相殺しても他の竜巻に呑み込まれる素敵仕様。本能のままに生きる怪物とは言え、どうやら戦術を練れるぐらいには知性があるようだ。
「♯◆◎※★▽□!!!」
「……ハッ!」
私は先ほどよりも強く槍を振り下ろし地面に叩きつける。衝撃波が先頭の竜巻とぶつかり合い、大きな突風となって結界の中を吹き荒れる。
「……□▽★※◎◆♯!?」
そうして竜巻が通り過ぎた後。魔女は私の姿が見えないことに気が付いたのか辺りを見回す。全くもって見当違いの方向を見ている魔女に、私は
「……♯◆◎※★▽□!!」
ようやく気が付いたらしいが、もう遅い。
私は渾身の力を込めた一撃を、魔女の頭部へと振り下ろした。
◇
景色が揺らぎ、元の路地裏の風景が戻ってくる。
魔女が倒されたことで、結界が崩れたのだ。
「ふう。特に問題なく倒せましたね」
変身を解いた私の手には、一つの石が握られている。
――グリーフシード。魔女を倒した際に落とす魔女の魂であり、新たな魔女を生む卵でもある。これだけなら一刻も早く処分するべき代物なのだが、魔法少女の力の源であるソウルジェム発生する穢れを吸い取ると言う性質がある。魔力を使う度にソウルジェムには穢れが溜まっていくため、グリーフシードは魔法少女にとっての回復アイテムという側面がある。つまりグリーフシードはそのまま魔法少女の生命線でもあるわけだ。これは割と比喩でも何でもなくガチでグリーフシードの有無は生死を左右する。穢れが溜まりすぎると体調にも影響が出るし、もし仮に染まり切った時の末路は死である。
そんな神浜で得た記念するべき初ソウルジェムを私は鞄に仕舞いこみ、私は先ほどの魔女について考察する。
「うーむ。大体半分ぐらいでいけば問題ないか」
何を考えているかと言えば、私の出す実力の具合である。今回の魔女は正直言って弱かった。なにせ実力の半分も出さずに勝ったのだ。とはいえ神浜の魔女全体に対してこれを基準にすると痛い目を見るのは確かなので、もう少し大きめに見積もっておくことにする。なお、実力の半分とか言ったが私は魔女退治に手を抜くことはない。飽くまでどれだけ魔力を消費するか、どこまでの手札を使うかといった方針でしかない。予想外の事態など、この世界にはごまんとある。
「さて、帰りましょうか」
腕時計を確認すれば、まだ30分も経っていなかった。
道端で安らかに寝息を立てている男子学生を一瞥する。流石に同じ学校とは言え、知らない相手を介抱し続けると言うのは地味に抵抗がある。幸いこの辺りは治安も良い。そのうち起きて帰るはずだと結論付け、私は帰路につくことにした。
◇
参京区の商店街外れ。
駅前の通りから少し歩いた場所に、私の家が存在する。
四階建ての雑居ビルで、どこぞの名探偵よろしく父の仕事場と自宅が兼任されている。ちなみに一、二階が職場で、三階と四階が住居スペースである。
階段を登って三階に向かい、扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえり、つばめ。今日はどうだったかい?」
居間に入って挨拶をすれば、柔らかな返事が返ってきた。
長く伸ばした黒い髪を後ろで雑に纏めた眼鏡の男性。それが私の父の
「いつもと同じですよ。授業を受けて部活をエンジョイして……あとは、こっちの活動もちょっと」
父の質問に対して私は右手の指輪に変形したソウルジェムを見せる。普通の人ならただアクセサリーを自慢する行為に見えるだろうが、父の場合は話が違う。
「なるほど。それで、どんな感じだった?」
「七枝で遭遇したのとあまり変わりはなかったですね。一先ずはいつものようにやっていけそうです」
「そうか。それなら問題はなさそうだ。だが慎重にいくことを忘れないこと。ただ一回の戦闘ですべてを知り尽くすことなどできはしないのだから。予想外とは常に潜んでいるものだよ」
「わかりました。父さんの方は?」
「こっちはいたって平和なものだよ。ただ、明らかに魔女の類と思われる事件は耳にしたがね」
父のアドバイスに素直に返事をする。相も変わらず回りくどい言い回しを好むが、内容自体は至極まっとうなものだ。
魔法少女の話題を家族と話した。そう、父は私が魔法少女であることを知っている。基本的に一般人は魔法少女も魔女のことを知らないのだが、私が魔法少女として契約した初めの一年目に発生したある事件がきっかけで父は魔法少女と魔女について知ることになった。
家族に魔法少女をやっていることを知られている人はほとんどいない。明らかに内容が突拍子もないことと、自分の家族が命の危険がある戦いに身を投じることを受け入れるはずがないことから、家族に事実を明かす魔法少女はいない。
だが父は私が魔法少女になった事、そのために何を願ったのかなどを全部聞いて、私が魔法少女として活動することを許可してくれた。というのも、そもそもの話として父には私の知らないとんでもない秘密があったのだ。
どうやらこの男、私の「魂を呼び戻す」という願いのせいで、琴織渡ではない前の人生――いわゆる前世の因果――を引っ張ってきてしまったらしく、その分の記憶とか知識とかひっくるめて取り戻してしまったのだ。しかもその前世がかなり強力な魔術師とやらで、最初のうちは記憶の齟齬や人格の変化に戸惑っていたらしい。私はそのことを知る由も無く普段の日常を過ごしており、その事実を知った時にはかなり狼狽した。自分の願いのせいで父が父でなくなってしまったと思ったからだ。
だが彼は私の知る父のままでいてくれた。ただちょっと変な記憶がひっついてきてやばい感じの何かと繋がってしまっただけで、それ以外は何の変わりもないいつも通りの父さんだった。だから今ではほとんど気にしていない。
そう言う訳で、父は私の魔法少女活動に理解を示し、許可したどころか喜々としてこっち側に関わるようになった。知っている魔法を教えたり、秘密裏に魔法少女と魔女についての研究を始めたり。端から見ればかなり異質な状況なのだろう。父から魔法の使い方を教わる魔法少女、なんて後にも先にも私ぐらいのもので、それは父との特別な繋がりを感じられて悪くないと思っている。それに、父がいなければ私は今頃死んでいただろうから。感謝することは在っても、拒絶することなどありえない。
「神浜で活動する他の魔法少女とはもう会ったかい?」
「いえ、それがまだ見かけていませんね」
「ふむ、この辺りにはもしかしたら少ないのかもしれないね」
「学園も中々広いんですよね。中等部から下は棟が離れていて確認に行けませんし、だからと言っていつも魂の色を見続けるのは疲れます」
「では、まずこの辺りを中心に活動して様子を伺おう。一週間もあれば、ぐるりと回れるだろう?」
今もこうして、他の魔法少女とのファーストコンタクトをどうするかを親子二人で話し合っている。
数奇な運命を持つ私たち親子は、こうして神浜という新しい地で魔女狩りを開始しようとしている。父の助言の元、私はこの地で羽ばたこうとしている。
試すような父の言葉に、私は自信を持って答える。
「ええ。当然です。魔法少女がいないのなら、ここを私が狩りつくすまでです」
「その意義だつばめ。流石は私の可愛い娘だ」
私たちの神浜での物語は、今日このとき真の意味で始まりを迎えた。
〇琴織つばめ
得物は槍。リーチと遠心力を活かした高威力の攻撃が得意。
以下、以前に作成したイメージ画像。
【挿絵表示】
〇砂場の魔女
お馴染みチュートリアルの魔女。この小説でも最初の出番を飾った。
異変前の神浜なので強さは他の地域とあまり変わらない。
〇琴織渡
つばめの父親。
願いの結果魂だけじゃなく前世の因果まで呼び戻されちゃった人。ある魔術師が気まぐれで魂を分割して人間としての生を歩ませていたのを事故&願いのコンボで接続してしまったらしい。クロウ・リードみたいなものと思っていただければ。
「空の境界」で例えれば橙子さんのポジション。
〇他の魔法少女
モブ魔法少女はいるけどネームドはまだ少ない。
あと普通にニアミスはしてる。
(一人称パートについて)どっちが見たい?
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つばめちゃん視点
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原作キャラ視点
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いいや両方だ
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先にEP1を書くんだよ