つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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序章の序章。


第二十七話 はじまりのはじまり

 里見メディカルセンター。

 

 

 神浜市で最大規模を誇る複合医療施設。

 

 その屋上に立つ三人の少女。

 

 そのうち二人は、いまだ小学校も卒業していないほどに幼い少女。

 だがその瞳には年相応のあどけなさと、不釣り合いの知性を兼ね備えられている。

 

 

 科学、文学、芸術。

 

 

 彼女たち三人は魔法少女であると同時に、この三つの分野においてそれぞれ天才と呼ばれるだけの能力を持った逸材だ。

 

 彼女たちが見上げる先。そこに鎮座するはタダならぬほどの穢れを放つ存在――すなわち魔女。奇妙なことに、この魔女は未だ完全な姿ではない。それは魔法少女から魔女へと堕ちる過程で留まった、すなわち半魔女とでも呼ぶべき存在である。

 そして呪いに詳しいものが見れば、それは穢れを放出しているのではなく、吸い取っているのだとわかるだろう。周囲を満たす穢れは、一度に吸収しきれなかった穢れが滞っていることで起こった現象だ。

 

 そしてこの魔女が穢れを吸収する範囲は、()()()()()()

 

 ともすればこの世界のすべての穢れを蒐集しかねない魔女は、今はそれを取り囲む結界によって隔離され、無害でささやかな存在にまで落とし込められていた。

 

 

「計画はうまくいった。この半魔女の捕獲にも成功した。アリナのおかげだ」

「うんうん。それにこのタイミングでちょうど魔法少女になったのはちょーどよかったよ」

 

 

 ロングヘアの少女は先ほどまで病理に蝕まれていた体を存分に動かす。

 魔法少女となったことで、肉体は最も優れた状態を魔力によって維持し続ける。

 成長、成熟はあっても老化劣化は起こらない。病室にいた時から夢見た最高の状態を彼女たちは手にしていた。

 

 

「あとは仕上げをアリナにお願いするだけかな」

「二人の魔力をもらえればアリナ的にオーケーだヨネ。ホスピタルを包む被膜を広げて、町からキュゥべえを隔離するワケ」

 

 

 学帽を被った少女がアリナと呼んだ緑髪の少女が手をかざす。

 病院ごと半魔女を取り囲んでいた結界が薄く引き伸ばされ、神浜全域へと広がっていく。

 

 キュゥべえ。インキュベーター。

 

 これから彼女たちが行おうとしている事業に対して、『観測』という機能について人類を凌駕するキュゥべえは何よりもの邪魔者。

 この半魔女の効果範囲を制限するための結界にインキュベーターを排除する機能が付加され、結界は完全に神浜を覆いつくした。

 

 

「これでアリナ達のプランは動き出したってことだヨネ」

「最も、この半魔女を育てるためのエネルギーはこつこつ集めていかなくちゃいけないんだけどねー」

「一応訊いておくケド、それってどれくらいの時間が必要なワケ?」

「わたくしの計算では()()()()()で必死に集めても一年以上はかかっちゃうかなー。流石に魔女の存在規模を地球全土にまで広げるってなるとその分エネルギーも膨大だし」

「長すぎるんですケド。流石にキュゥべえが勘づくワケ」

 

 

 神浜の街にキュゥべえが干渉できなくなるとしても、彼らが街の外から何らかの干渉を講じることは容易に想像がつく。そしてそれは時間がかかればかかるほど露呈するリスクが高まるだろう。

 

 

「うん。だから少しでも早めるために多くの人員が必要だ」

「だからまずは、わたくしたちを手伝ってくれる魔法少女を集めることが必要。そのためには強い魔法少女がいることが大事。だから勿論、手伝ってくれるよねー()()()?」

 

 

 あどけなさの裏に底知れぬ悪意を潜ませた笑みを浮かべた少女が振り向くその視線の先、僅かに離れた場所では、紅い着物に身を包んだ黒髪の女性が少女たちに向かって跪いていた。

 

 俯き、その表情はわからない。

 涙のような血液が滴り、床を濡らす。

 

 そしてウズメと呼ばれたその女性は、己が携える刀を力強く掲げて見せた。

 

 

「……仰せつかりました、お嬢さま……!」

 

 

 その声は畏怖か、あるいは別の感情か。己の意思を押し殺したように震えながら、しかしその確固たる忠義を疑わせないほどの決意に満ちていた。

 

 

 こうして、誰も知らぬ間に一人の少女が世界の因果から姿を消し、三人の少女がその欲望を果たすための歪んだ計画に乗り出した。

 

 この日を機に、神浜の街からキュウべえが姿を消すこととなる。

 

 一夜の瞬きに起きた変化。

 

 

 

 この異変を、インキュベーターに先んじていくつかの者たちが感じ取っていた。

 

 

「報告! 『眼球の魔女(Bookman)』が観測の焦点を合わせ始めました。特異魔導事象の発生です!」

「因果係数に急激な変化が! 大幅な事象改変の発生です。議長!」

 

 異端狩りの総本山では、睥睨の目を持つ魔女がその刹那に()()()()()()をつぶさに書き記し、

 それらを観測する魔術師たちが慌ただしくその異常を報告するために駆けずり回る。

 

 彼らを纏める立場にある女性が、薄く閉じられた双眸を開き静かに告げた。

 

 

「――至急、因果の収束地点の特定を。異端審問会を招集します」

 

 

 

 

 

 

「"あら。何かが起こったわね"」

「"星の巡りが変わったわ。楽しいことが起こりそう"」

「"暇つぶしになればいいけど"」

「"ワルプルギスを見るのにも飽きてきた頃よ。そろそろ別の災いが見たいわ"」

 

 

 どことも知れぬ場所。

 人界から離れた秘境。

 あるいは天を衝く摩天楼の頂点。

 それとも、美しくもおぞましき退廃の神殿か。

 

 各々が統べし欲望の領域にて、()()()()は天を見上げて邪悪に囁き合った。

 

 其は十二の座を戴く魔女。

 星の呪いを呑み、人の世を蝕む災いの化身。

 

 

「"私が愛するに値するものはあればいいのだけど"」

「"ははは。そう言って、きみはなんだって愛しちゃうじゃないか"」

「"もし面白そうなものがあれば、あの子を送るとしましょう"」

「"またあの騎士くん? 彼も働きものねえ"」

「"ええ。昔の私もいい拾いものをしたわ"」

「"それなら、まずはお手並み拝見ね"」

 

 

 黄道の名を謳う災いの魔女たちは、その因果の移り行くさまを観覧し、あるいは己の手で玩弄するために、その目を一つの街に向けた。

 

 

 

 

 

 

「神浜の地にて大規模な魔力行使が確認された」

「陰陽の巡り、五行の乱れがあるか」

 

 

 歴史ある京の都。

 古来より国の守護を担い、文明の開化と同時にその姿を陰に隠した守護者たちは、今最も栄えようとしている街の変化をつぶさに捉えていた。

 

 

「あの街は首都の近くであろう。帝の守りに影響はないだろうな?」

「あの街には教会の者どもが我が物顔で占拠しておる。これ以上奴らに大きな顔をさせられるか」

「だが誰を送る? 神浜はみだりに神秘を乱す神子もどきが多い。忌むべき八百鬼(やおに)は潰え、時女は小賢しい本家が姿を晦ましたまま。頼れた御晒樹堂(みさらぎどう)も先日の内部粛清で壊滅状態。かくなるはあの方に希う他……」

天之継(あめのつぎ)さまが出られる幕ではない。下手をすれば取り返しのつかないことになる。だが、ううむ、やはり御晒樹堂が健在であれば支障はなかったというのに……残ったのが継いだばかりの当主と逃げ腰になった分派ではどうにもな」

「ふむ。かのご子女は確か神浜におられるのだったな。彼女をいざなったのは誰だったか?」

道麗(とうら)にございます。我ら一族の次期党首であり、2年前には陰陽博士の位を得た秀才でございます。たかだか小娘どもの魔法に遅れは取りません」

「それは頼もしい。では早速彼女を送り込み給え。事態の調査、可能ならば収束もさせろ」

「ははっ」

 

 

 裏を司る者たちはそれぞれの思惑を腹に抱えながらも、様子見として若き逸材を送り込むことにした。

 

 

 

「――ふむ。これはこれは。因果の改竄とは、果たして何が起こったのやら」

 

 

 そして、異界より君臨せり魂を宿した白き賢者は、己の膝元で起こった変化に笑みを浮かべ、興味深そうに空を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 ――日本。

 

 ある町の路地裏。

 

 その中にあるひとつの廃墟。

 建設途中で放棄されたそれは、あちらこちらが倒壊寸前まで破壊されており、今まさにその原因である戦闘が終わりを迎えていた。

 

 

「あ、あが……」

 

 

 おおよそ魔法少女と呼べぬほど異形の姿をした魔法少女が倒れる。

 

 自らをユゥと名乗る彼女を見下ろすのもまた魔法少女。

 いつものように悪人を殺して回っていたユゥの前に現れた彼女は聖堂騎士を名乗り、ユゥのそれまでの行動を突き付けて襲い掛かってきた。

 

 

 正義感に駆られ、ユゥの行いを悪として立ち向かってきた魔法少女がいなかったわけではない。

 

 だがそれも彼女の敵ではなかった。

 インキュベーター曰く、ユゥは人格も忘れ、年をとることも忘れ、もはや現実と夢の境目すらも忘れた魔法少女。彼女を動かす理は既に魔法少女の領域から片足を踏み外している。

 

 それを目の前の騎士は真っ向から打ち砕いた。鉄拳と聖盾、その二つを以って異端を砕くこの魔法少女は『(くろがね)の英雄』と呼ばれる存在であり、何よりも魔法少女との戦闘が豊富だった。

 

 

 とはいえ、騎士とて無傷の勝利ではない。

 ユゥの心臓を貫いた代償に、二の腕を深く切り裂かれている。

 

 どちらの負傷も、魔法少女にとっては治癒可能な傷。魔力を回せば内臓はおろか、脳すらも再生できる。その耐久性を自覚している魔法少女の戦いは極めて決着が付きにくい。

 だからこそ騎士の追撃は早かった。血液を送るための器官を失い、肉体が硬直した隙を逃さず彼女はユゥにとどめを刺した。

 凶器である異形の四肢を砕いて反撃を封じ、その角による刺突も同じ頭突きで相殺。最後に腹部のソウルジェム渾身の拳で内臓ごと破壊したのだ。

 

 亡霊のソウルジェムは砕かれ、後に残ったのはゆるりと死にゆく少女の姿。

 

 

「どうして? なんでわたしを、ころすの?」

「それは、貴方が亡霊だからだ」

 

 

 血とともに吐き出される問い。

 

 この騎士は悪人ではない。

 それは彼女の魔法が示している。

 ではなぜ? 自らの行為は正しいことのはず。それを一方的に悪と決めつけて殺しに来たのは騎士のほうだ。

 理不尽を押し付ける行為は、悪でなければならないはずなのに。

 

 ……否、それは彼女がやってきた行為と何ら変わらぬだろう。

 

 彼女は悪人として啓示を受けた人物を殺して回る殺人鬼。

 そして騎士は、その行為を咎めるために彼女を殺しに来た粛清者。

 

 巡り巡って、その因果が彼女に帰ってきただけのことだ。

 

 

「貴方は既に死している。名も願いも忘れた亡霊に、この世の居場所はない。潔く眠りにつくがいい」

「もう、しんでる? そう、だ。まえにもこんなこと……あ……ケ、イ……そう、だ。ケイ、ケイ……!! ああ。やっと、やっとしね、る、ん、だ。あは。いま、いく、よケ、イ――」

 

 

 掠れていた声が途絶える。

 対象の完全な絶命を感知し、聖堂騎士は十字を切った。

 

 

「――その魂に安らぎあれ」

 

 

 この魔法少女が抱える事情を彼女は知らない。知るつもりもない。

 独善によって悪を殺す魔法少女は社会を脅かす異端。

 その上で、彼女はその死後の安寧を祈る。

 

 そうしてしばしの祈りを捧げた後、騎士は報告のために携帯電話を取り出した。

 

 

「――はい、こちら紺染(こうぞめ)。執行対象の粛清を完了しました」

『ご苦労だシスター紺染。引き続き巡回に戻れ、と言いたいところだがつい先ほど異端審問会本部から君宛に招集命令が来ている。夜が明けたらすぐに向かってくれ』

「なんですって……? わかりました。至急、本部へと帰還いたします」

『ああ。飛行機は手配しておこう』

「ありがとうございます。ではこれより、準備のために巡回を終了。帰宅します」

『了解した。では失礼する』

「はい。失礼します。

 

 

 ――さて、本部が直々に呼び出すとは、面倒事にならないといいのですが」




この世界に座す奇妙な連中がやってきた。

シーズン2のための伏線張りともいう。




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