つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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第三十一話 散花愁章……③【アンダーナイツ/記憶の果て】

ChapterⅤ【アンダーナイツ】

 

 

 

 安名メルは夜の街を急いでいた。

 電車は使わない。新西から大東への運賃は案外馬鹿にならないし、土地事情の関係で微妙に遠回りになる。

 だったら魔法少女の強化された脚力で一直線に走った方が速く着くのだ。

 

 調整屋で日を跨ぐこともあるみたまとは違い、メルは毎日律儀に家に帰っている。

 いやたまに鶴乃やももこの家に泊まる時はあるが、彼女たちも現在起こっている事件の調査で忙しい。

 

 それに明日は十七夜と共に団地の調査もある。

 寝坊なんてしたらどんな辛辣な言葉を掛けられるか――そんな焦燥を胸に急ぐメルだったが、中央区を抜けようとする辺りで足を止めた。

 

 

「もう……急いでいるというのに」

 

 

 ソウルジェムを通じて背筋を疼かせる魔女の穢れ。

 急いでいる、とはいえ見過ごす道理はなし。

 他の魔法少女の反応は――あった。

 覚えのない魔力の持ち主が一人。チームメンバーはいないのか? 少し不安だ。

 この街の強力な魔女を単独で討伐できる魔法少女は限られている。

 七海やちよ、由比鶴乃、和泉十七夜、琴織つばめ、それに最近やってきた紺染音子。

 あれ、結構知り合いに多いな?

 

 

(思えばかなりの人外魔境ですよねえ、ボクの知り合い)

 

 

 度重なる鍛錬と調整によって自分もその仲間入りしかけているという事実からは目を背けつつ、メルは様子見に向かう。

 ひとまず様子を見て、問題なさそうなら手出しは無用……そう思って路地裏に立ち入った瞬間、魔女の反応が失せたことにメルは首を傾げた。

 

 

「あれ、もしかして倒されたんですか?」

 

 

 拍子抜けしつつ、倒されたならそれでいいかと気を取り直す。

 

 とはいえ、ここまで来て何もせずに立ち去るのというのも座りが悪い。せめて労いの声掛けぐらいはいいだろう。今の神浜はグリーフシードの強奪なんて考える必要もないぐらいには魔女の討伐ができる。もしかしたら負傷しているかもしれないし。

 などと考えながら見覚えのない後ろ姿に近づいて、

 

 

「あのー、大丈夫で『動くな』――え?」

 

 

 振り向きざまに掛けられたその声に、全身がピタリと硬直した。

 

 

「え……? 何ですか、これ!?」

 

 

 身体が言うことを利かなくなった。

 感触はある。だが動かそうとするとまるで全身が彫像になったかのように微動だにしない。

 声は出せる。呼吸はできる。だが手も足も動かない。

 

 不気味な感覚に戸惑うメルに、魔法を仕掛けた少女はにたりと笑った。

 

 

「まーったくさあ、近頃は魔法少女が襲われているんだぜ? 一人で行動している魔法少女に近づくとか、警戒心が足りてないんじゃないかなー?」

「まさか、『暗示』の魔法少女……!!」

「ピンポーン!! だいせいかーい!」

 

 

 雲が途切れ、月光が路地裏に差し込む。

 暗がりに紛れていた少女の姿が照らされる。

 紫色の髪。マンキャッチャーと呼ばれる禍々しい形状の刺股に似た杖。まさに魔女といったとんがり帽子。そしてその瞳は光を反射しながらも、ほの暗く燻んでいるようにも見える。

 

 

「この魔法って本当便利でさぁ……ずっと眠らせるとか、動きを止めるとかそんなケチな使い方だけじゃない。魔女に命令して言うこと聞かせることだってできるんだよ」

「じゃあ、さっきの反応は……」

「あたしが操ってた使い魔だよ。もう用済みだから片付けたんだけどね~」

 

 

 どうせ使い魔なんてほっとけば増えるしぃ? と少女はくるくると杖を弄びながら語る。

 

 ――分からない。

 メルは目の前の少女の思考を理解できなかった。

 会話がまるで嚙み合っていない。全く別の世界にいる者のような、まったく別の常識で動いている人間と接したような。そんな気味の悪い違和感が背筋を走って仕方がない。

 

 ただわかることは一つ。

 間違いなく目の前の魔法少女が今回の昏倒事件の犯人であり、何らかの意図を以って自分を罠に嵌めたということだ。

 

 

「なんで……こんなことをするんですか!」

「え~? どうしよっかな~教えちゃおっかな~~?」

 

 

 ニヤニヤと笑いながらメルを見下ろす少女。

 わざわざ背筋を伸ばすようにしてからのそれは、肉食獣が追い詰めた獲物を前にして様子を伺うようでもある。

 

 

「ま、勿体つけるものでもないけどね。こんなのただの嫌がらせだよ」

「嫌がらせ……?」

「そ。何にも知らずにのうのうと生きてるような連中と、お行儀よく魔女退治なんてしているようなあんたらへのね」

 

 

 侮蔑を含んだ声。

 正義や平和が下らない。だからこの少女は各地で騒動を起こしているのか?

 メルの心は義憤に満ちる。

 

 

「そんなことで……っ!」

「そう。そんなこと。その程度の理由でも、この世界がぶっ壊せるんだよ。お高くすましてる奴とか、仲良しこよしの家族ごっこしてる奴らとか、そういう連中の人生を台無しにしてやるのは中々楽しいんだよね~」

「そんなの、ただの僻みじゃないですか……!」

「は。羨ましいかって? ぜんっぜん! 仮にあたしが恵まれた環境にいたとしても、そこにあんたがいないんじゃ何の意味もないんだよ。だーれも見向きもしないこの世界の底辺に、全員叩き落して踏みつけてやれば、少しはあたし達の気持ちもわかるんじゃないかなぁって思ったこともあったよ。ま、そんな気持ちはすぐに消えたけどね」

 

 

 この少女の言葉はどこか妙だ。

 自分自身……いや見えない誰かと話しているようにも聞こえる。

 メルの言葉に返事をしたように見えて、その実メルとはほとんど視線を合わせていない。

 逃げる、という意味なら絶好のチャンスだった。目の前の少女が犯人である事実を、誰かに伝えなければならない。

 そんなメルの思いもはしかし空を切る様に、動きを封じられた体は間近に寄ってきた蜂を払うことすらできない。

 ぶうんぶうんとメルと少女の周囲を間を旋回する蜂だったが、やがて鬱陶しそうに少女の手で叩き落とされた。

 

 

「鬱陶しいなあ……最近妙に虫が寄って来る気がするんだよねえ。ま、そういうわけで、お前を引っかけたのはアイツへの嫌がらせってわけ」

「アイツ……?」

「知ってるでしょ? 琴織つばめって奴。なんたってあんたの命の恩人だもんね~」

「っ!?」

 

 

 あの夜の出来事を忘れたことはない。

 みかづき荘の皆で強力な魔女を討伐に向かった半年前の秋。

 生死の運命を決める日があるとするのなら、きっとあの日なのだろうとメルは思う。

 力及ばす戦死する運命だったメルを助けたのは、他でもないつばめだ。

 

 その時、メルは彼女の力の一端と真実、それに通じる形で魔法少女全体の秘密を知った。

 だが……それを何故目の前の少女が知っている?

 

 あの日知ったことは他言無用。

 今日まで誰にも語っていないはずだ。

 

 

「本当、気に入らないんだよあいつ。いけ好かない顔してあたしの玩具を勝手に横取りするし、その上あたしが精いっぱい仕込んだ仕掛けを潰そうとしてくるし。おまけにいかにも自分は経験豊富ですよって感じの空気が鼻につくし。そして何よりも気に入らないのは……ッ!!」

 

 

 先ほどの人を食ったような表情からはまったく想像できないほどの嫌悪の表情を浮かべる紫の少女。首に爪を立てて歯ぎしりをするその姿は狂気の一言。

 壮大な逆恨みであることは明白だが、怨嗟の念すら滲み出るその様子に気圧され、咄嗟の反論すら口に出せなかった。

 

 

「――まあ、そういうわけでさ。とりあえずあいつに嫌がらせできるには何がいいかなって考えたんだ。それでさあ、自分が助けた奴が野垂れ死んだとしたら、それなりの嫌がらせにはなるんじゃないかなぁって」

 

 

 カランと地面に転がったそれを見て、メルは目を見開く。

 穢れに満ちたグリーフシード。それも二つ。

 

 

「どうせあいつが助けに入らなきゃ死んでたんだし? 別にここで死んでも問題ないよね!」

 

「「――――――――!!」」

 

 

 耳をつんざく産声を上げ、魔女が孵化する。

 周囲の風景が極彩色に塗りつぶされる。

 生まれたばかりの怪物は、まずはその飢えを満たすために手近な獲物に視線を向けた。

 

 

「それじゃあ、バイバ~イ!」

「なっ、待て……っ!!」

 

 

 制止も虚しく、下手人の少女は結界の外へと立ち去ってしまう。

 メルの実力なら少しの隙を作り、逃げ出すこともできただろうが、身動きを封じられた現状では逃げることも立ち向かうこともできない。

 当然今も必死に暗示の解除を試みているが、自由を取り戻した時には既に己の身体は魔女の腕に抱かれているだろう。

 

 

「くっ……、動け! 動いてくれですボクの身体!!」

 

 

 此度は救援も望めず、看取る人間もいない。

 メルは悟る。死と生に見放された少女の介入によってほんの僅かに延びた己の運命はここに尽きるのだと。

 

 少女は視線だけでも抵抗の意志を向ける。ここは終着点ならば、せめて最後まで立派な先輩と戦友に恥じない魔法少女としてあるために。

 そんな悪あがきを嘲笑うように、魔女はその異形の腕を伸ばし――

 

 

「アサルトパラノイア!!!」

 

 

 雨あられと降り注ぐ鉄の月。

 円月輪による掃討を受け、魔女の一体は寸断されて消滅した。

 一秒先の痛みを覚悟していたメルは、目の前の魔女が塵と消えたことに瞬きした。

 

 

「……え?」

「よかった。今回は間に合ったようですね。メルさん」

 

 

 いつの間にか、自分の前に誰かがいた。

 緩やかで抱擁感に満ちた、聞き覚えのある声。

 頭頂部でハネた二つの灰色の髪が特徴的なその女性は、

 

 

「み、みふゆさん!?」

「お久しぶりですメルさん。まずはその魔法を完全に解きますね」

 

 

 数か月前に失踪した頼れる先輩、梓みふゆその人だった。

 みふゆはトン、とメルの肩に軽く触れる。

 それだけで身体の所有権は完全に取り戻された。

 

 

「うわ、っと……」

「ふう。幻覚の応用で解除できたようですね」

「あ、ありがとうございます……じゃなくてどこにいたんですかみふゆさん!? 連絡もせず何をしていたんですか!?」

「すみません、そのことについて話すことはできません」

 

 

 メルの言葉をきっぱりと断るみふゆ。何やら混み入っている事情があるのか、その表情には断固たる拒絶の意志があった。

 だがメルも引き下がるつもりはない。行方不明になっていた先輩の姿を掴めたのだ。先ほどの魔法少女に逃げられた代わり、ではないがそれでもどうして音信不通になっていたのかぐらいは問い詰めないと気が収まらなかった。

 

 

「何言ってるんですか。七海先輩やみんながどれだけ心配していたのか……!」

「そうですね。やっちゃん達を心配させているのは心苦しいですが……それでも、今はまだ会うことはできません。ワタシにはやるべきことがありますから」

 

 

 みふゆはメルの眼前に手をかざす。指先から発せられる灰色の魔力光。

 気を許していた先輩に助けられたことと緊張からの解放で油断していたメルは、いともあっさりと術中に陥った。

 

 

「ですので、今ここで起こったことは半分ぐらい忘れて下さい。大丈夫、悪い夢を見ていたようなものですから」

「え、あ。待ってください、み、ふゆ、さ――」

 

 

 文字通り夢の世界に旅立ったメルの身体をみふゆは抱き留める。

 幻覚を深く見せることで夢に沈める。そうしてごく僅かな間の認識をも狂わせ、事実を誤認させる。

 あまり使いたくはない外法だが、彼女の安全を図るにはこれしかない。

 今は自分たちの存在が外部に露呈してはまずい。特に唯一無二の親友に自分の行方が分かってしまう危険性は徹底的に排除する。少なくとも自分たちの存在は朧気となるだろう。

 

 

「さて、後はこれの片付けですが――あらら」

 

 

 もう一体残った魔女に振り向くと、既に魔女は物言わぬ氷像と化していた。

 真下には少女が一人。茶色のポニーテールと、赤いドレス。

 

 

「もう片付けましたか。()()()()

「勿論。この程度の雑兵、一振りで事足ります」

 

 

 手に持った片刃剣に纏わりついた冷気を振り払うと同時、氷像が砕け散る。その破片の中から出てきたグリーフシードを手に収めて、ルカと呼ばれた少女はみふゆを見た。

 

 

蜜告罰(みっこくばち)が先の少女を捕捉したのが功を奏しましたねぇ。我らがいなければどうなっていたことやら」

()()()()には感謝しなくてはいけませんね……」

「みふゆさんはお優しきこと。かくいう私も、この尊き輝きが失われるのは実に惜しい。あの蛇女への借りというほどではありませんがね」

 

 

 細められたルカの視線。向かう先はメルの指先。

 中指に嵌められた緑色の宝石……ソウルジェムの輝きを視界に収め、ルカは喜悦の笑みを浮かべる。

 

 

「しかし、わざわざ記憶操作などとは。魔法少女の秘密について知っておられるのなら、いっそこちら側に引き込んでしまえばよろしいのに」

「確かにそれも考えました……けど、ワタシが居なくなったのに続いてメルさんまで姿をくらませてしまえば、やっちゃんがどうするかわかりません。下手に刺激して、()()()の存在に気づかれる危険性が高まります」

「七海やちよ、か。確かにかの御仁と敵対するには時期尚早と、あの方も仰られておりましたね。まあいいでしょう。あやせはどうですか? うん。お姉さまの指示なら特に反対とかないよ。 だ、そうです」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 誰かの名前を呼んだかと思えば、まったく異なる口調でまるで別人のように語り、また元の口調に戻るルカ。

 その異様な話し方に微塵も動じず、みふゆは彼女たちが納得してくれたことに安堵する。

 

 

「しかし如何するおつもりで? まさかこのまま放置、はないでしょう?」

「ひとまず表に。目が覚めるか誰かが来るまで、見ておくつもりですよ」

「そうですか。しかしその方、実に良き輝きをしている。瑞々しき生命の力に溢れた輝き――ふふ」

「ダメですよ?」

「わかっておりますとも。我が至高の輝きはあの方でございますが、他の輝きに目を配るのを怠れば審美も腐り落ちてしまうというだけ。ご心配せずとも手は出しませんよ」

 

 

 では私は先に帰っておりますね。と瞬く間に姿を消した同僚に、みふゆははあとため息をついた。

 話を聞くに、あれでもかなり鳴りを潜めたらしい。当時の彼女はさぞ手に負えない狂犬だっただろう。それを手なづけた上司には頭が上がらない。

 

 

「さて。それじゃあもう一仕事しましょうか」

 

 

 メルを優しく抱え上げ、みふゆも路地裏を後にした。

 

 

 

 

 

 

「――安名! 大丈夫か安名!!」

 

 

 

「……ん、かな、ぎさん?」

「良かった……目を覚ましたか、安名」

「あれ……? ボク、どうしていたですか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その報せを聞いた時、予想に反して思考は冴え渡っていた。

 おもむろに鏡を見てみれば、黒いはずの瞳が幽白に染め上がっている。

 そればかりか、ベッドの上には黒い羽根が散乱している。

 どうやら急激な怒りによって、魔女の側面が表出したらしい。

 半魔女的な存在になったことで魂の穢れを燃焼して魔力に変換できるようになってはいるが、負の感情によってソウルジェムに濁りが生じるのは変わらない。むしろため込みすぎると思考が物騒な方向に偏って来る。

 

 さて。さて――。

 

 状況について考える。

 メルは今回の事件の犯人……『飛蝗』の魔法少女に誘い出され、彼女が飼う魔女の餌にされかけた。

 幸いにもその場は切り抜けたらしいが、その後十七夜さんに道端で気を失っているところを発見された。

 前後の記憶は霞がかかったように思い出すことはできないが、幸いにも犯人との会話についてはある程度覚えていた。

 

 曰く、これはただの嫌がらせだと。

 ななかちゃんやこのはさんではなく、私を標的とした攻撃。

 メルを魔女に襲わせて、その死体を使って私を挑発しようとしたのか。

 これまででも相当お冠に来ているというのに、ここで私に標的を移すとは。

 全く、いい度胸だ。

 

 

「いいだろう。お前がその気なら、こっちも自重は無しだ」

 

 

 SNSを開き、メッセージを打ち込んでいく。

 送信先は、魔法少女ルーム。

 

 言うべきことはひとつ。

 

 

 ――この事件を解決するために力を貸してほしい。

 

 

 反応は一分も経たずに来た。

 最初の一人が出れば、有志は瞬く間に増えていく。

 

 

 覚悟しろ『飛蝗』。

 

 ゲームマスター気取りでいられるのも今のうちだ。

 

 

 

ChapterⅥ【記憶の果て】

 

 

 

 新西区。建設放棄地帯。

 廃映画館「神浜ミレナ座」。

 

 

 和泉十七夜と共に、大東団地を活動の中心とする魔法少女、伊吹れいら、桑水せいか、相野みとの三人は調整屋を訪れていた。

 瀬奈みことの行方を追って団地内を調査していた十七夜は、同じく昏倒事件を調査するれいら達と接触した。れいら達は魔女退治で知り合い、親交を深めていたこのは達への疑いを晴らそうと動く者たちの一つで、目的の一致した両者は互いに協力することになった。

 

 さらにそこへ拍車をかけたのが犯人による安名メルへの襲撃だ。メルは神浜の東側でもそこそこ名が通った魔法少女で、団地の魔法少女ともいくらかの交流があった。そんな彼女が襲われたことは、一刻も早く犯人を暴かなくてはならないという使命感を燃やすには充分すぎる。

 

 同じ事件を追う者として、そして同じ怒りを共有する者として彼女たちは十七夜の記憶を蘇らせるための知恵を絞り合った。

 メルの証言から犯人の暗示使いは紫色の髪をした少女。という容姿を知ることはできた。しかし断片的な外見情報だけでは記憶にかかった靄を晴らせず。さらに言えば、十七夜の記憶に残っている瀬奈みことの外見とはかけ離れていた。

 

 手探りで情報を探し続けた結果、十七夜は瀬奈みことにもう一人の魔法少女を紹介されたことを思い出すが、肝心の詳細についてが思い出せない。十七夜の記憶には暗示の魔法が掛けられており、もう一人の存在を隠しているらしい。

 そこでさらに記憶を探るべく、せいかの提案によって十七夜たちはみとの固有魔法である「心を繋げる」効果によって十七夜の記憶を直に覗くという手段に出る。その甲斐あってか、十七夜はその少女の名前と思わしき「サラサハンナ」という名称を思い出す。

 

 しかし得られたのは名称だけ。

 こうなれば魔法を直に解くしかないと、ソウルジェムの扱いに長けた八雲みたまを頼ることにしたのである。

 

 

「失礼する」

「お、お邪魔しまーす……」

 

 

 調整屋に入る十七夜たち。

 普段ならみたまが出迎えてくれるのだが、取り込み中なのか返って来る言葉はない。

 

 

「あれ、留守かな……?」

「いや。声が聞こえるな。先客がいるか」

 

 

 静寂に不安を抱えるせいか。

 しかし耳を澄ませば確かに店主と誰かの話し声が聞こえてくる。

 邪魔にならないようにと静かにホールに入る。

 ……と、

 

 

「――って感じなのよ。どうにかできない?」 

「魔女の口づけ程度なら無理やり引っぺがせるが、聞けばかなり念入りに仕掛けられているようだ。ソウルジェムの構造、人間の精神、そしてそれに作用させる魔法のすべてに熟達した者の仕業とみて間違いはあるまい」

「じゃあ、無理なのかしら?」

「できなくはない。ソウルジェムから強引にその魔力を引きはがせば、彼女たちに掛けられた魔法の効果も消失はするだろう。勿論、ただでさえデリケートなソウルジェムと精神を同時にロックしている魔力を引きはがすなどという無茶だ。最悪彼女たちの魂に傷がつく。あまり薦められた手段ではないな」

 

 

 店主である八雲みたまと、黒い髪を一房に纏めた三十半ばといった成人男性が神妙な顔で話し合っている。

 稀ではあるが何らおかしくはない光景だが、やはり見慣れていないものからすればそれなりにおかしな状況ではある。

 

 

「え、男の人!?」

「つ、つつつ通報を」

 

 

 驚愕するれいら。せいかは「見慣れない人」+「異性の大人」を前に人見知りが限界突破した結果、徐に携帯電話を取り出して110をおぼつかない指で押そうとし始める始末。なお、常に自然体のみとは知らない人がいるなあぐらいの認識だった。

 

 

「おっと君たち、私は悪い人でも怪しい者でもないのでその電話を締まってくれ。警察相手だと真面目に弁解のしようがない」

「……落ちついてくれ桑水くん。彼はこちら側の関係者だ、八雲に不埒な真似はしないはずだ……おそらくな」

「そこは断定してもらいたいのだが」

 

 

 十七夜がせいかが震える手で持つ携帯電話を下げさせる。

 無抵抗で両手を挙げる琴織の姿に、彼女たちも一応は警戒を解いた。

 

 

「ふう……さて、君たちとは初対面だったな。私は琴織渡。調整屋の後見人だ。娘が魔法少女をしていてね、私もそれなりに魔導の嗜みがある。今は野暮用でお邪魔させてもらっている」

 

 

 ついでにつばめが勝手にツケにした情報量の支払いもある。

 その証拠にテーブルの上には極大サイズの魔力結晶がゴロゴロと転がっていた。

 

 

「彼は魔術師だ。知恵を借りるなら心強い」

「魔術師って……魔法少女とは違うの?」

「ああ。魔術師とは己が目的のため神秘の業を歩む者たちの総称だ。インキュベーターとの契約でその目的を叶えたことの副産物として神秘の業を背負った君たちとは順序が異なる」

「キュゥべえとは契約してないんだ?」

「そうだ。魔力を用いて物理法則に反した現象を引き起こすのは魔法も魔術も同じ。そしてこの世界の魔術とは、魔法少女としての資格を持たない人間が魔法を模して開発した神秘を行使する術のことを言う」

 

 

 と、解説したはいいが、れいら達はいまいち理解しきれていないのか首を傾げたり視線が横に逸れたりしている。

 琴織は彼女たちの顔を一瞥し、本題に入る。

 

 

「――と、この辺の話は語ると長くなるな。とりあえず私は今回の事件における対処法の確立と、緊急時の備えとしてここを間借りしている。本来なら傍観するつもりだったのだが、昨晩の件で娘が少し……いやかなり頭にきたようでね。後先度外視で駆り出されてしまったよ」

「対処法……?」

「嗚呼。犯人が捕まらなかった場合、こちら側で被害者に掛けられた魔法の解除を行う必要がある。つばめが失敗した時ぐらいの保険ぐらいはあらかじめ用意しておかなくてはならないだろう?」

「みんなを目覚めさせる方法が分かったんですか!?」

 

 

 身を乗り出すれいらに、琴織は首を横に振る。

 

 

「つい先ほど八雲嬢にも言ったのだが、精神と魂に作用している魔法に対してむやみやたらと干渉することはあまり推奨できない。無理やり電源を切ったときに回路が焼き切れるように、外部から無理やり手を出せば反動で何らかの悪影響があるかもしれん。精神潜行ができるなら、うまくその魔法だけを除去することもできたのだがね」

 

 

 荒業として彼の魔術である悪性情報の操作により、強引にその魔法を動かしている魔力を侵食して解除する手段もなくはないが、やはり悪影響が懸念される。

 

 

「結局、この手の術への対処法は単純だ。術者を捕らえて解かせるか、ブッ殺して強制的に解除させるかだな」

「どちらにせよ、犯人を暴かなくては初めの一歩すら踏み出せんというわけだな。八雲、今回の用はそのことについてだ」

 

 

 そこでようやく、十七夜は此処に来た経緯を説明する。

 

 

「――というわけだ、できるか。八雲?」

「う~ん、私は「調整屋」であって「魔法の解除」は守備範囲外なんだけど……」

 

 

 ちら、とみたまは期待を込めた視線で琴織を一瞥する。

 露骨なその視線に琴織は一つ咳払いをして。

 

 

「それなら問題あるまい。彼女単体なら少々難しいが、今回は幸いにも私がいる。八雲嬢、以前私が渡した魔力繊維は使っているかな?」

「ええ」

「ならばそれを和泉くんの延髄とソウルジェムに接続しなさい。エーテルワイヤーは外部に拡散しない魔力の通り道として作られたものだ。調整魔法と併用すれば、より深部への侵入を果たすことができるはずだ」

「延髄って……」

「魔法少女であっても、思考と記憶は脳が行うものだ。ならば必然、そっちからもアプローチは仕掛けるべきだろう」

 

 

 予想より生々しい行いに、れいらが少し怯えた声を漏らす。

 そんなことを意にも介さずに琴織は淡々と答え、準備を進めていく。

 

 

「まずは和泉くんのソウルジェムに潜行。しかる後、精神潜行にて患部を特定。その後は魔法の解除を実行する。細かい指示は私が行うが、肝心な部分は八雲嬢の手腕が問われることになる。聞くまでもないと思うが……いけるかね?」

「大丈夫よ。伊達に調整屋を任されてはいないんだから!」

「頼んだぞ、八雲!」

 

 

 ぎゅ、と手袋を引っ張って気合を入れ直すみたま。

 銀色の軌跡が二つ、その指先からふわりと空を切る。

 魔力繊維エーテルワイヤー。糸は主の意のままにベッドに横たわる十七夜の延髄とソウルジェムへと繋がり、その魂と精神への経路を確立する。

 その傍らで、魔術師はどこからか取り出した教鞭のような杖を振るった。

 

 

「それじゃ、行くわよ!!」

 

 

 

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 夕暮れ時の団地の屋上。

 和泉十七夜は二人の魔法少女と対面していた。

 

 

「ここで出会ったのも何かの縁だ。よろしく頼む」

「はい! ほら、■■も挨拶しないと!」

 

 

 一人は透き通るような水色の髪の少女。

 彼女が瀬奈みこと。美貌と呼ぶに差支えのない整った顔に人懐こい笑みを浮かべた彼女は、自分の陰に隠れるようにする少女に呼びかけた。

 最も、今はその姿は靄めいた暗黒に覆われ、文字通りの状態となっているのだが。

 

 

「■■■■■■■■■」

「なるほど……凄い魔法だな、それは」

「――■■■■■■」

「一体、どうやって魔法の研究をしているんだ?」

「■■■■■■――」

「なに……? ■■■の魔法だと!?」

 

 

「ふむ。なるほど、これはひどいな」

「何も聞き取れないし、見えないわね……」

 

 

 彼女たちの魔法について話しているのだろうが、十七夜の言葉以外はひどいノイズに侵されて聞き取ることができない。十七夜の発言についても、肝心な部分だけが隠されている。

 なんと念の入った隠蔽具合か。こうして直に覗かれなければ、全貌を掴むことはできなかっただろう。

 

 

「とりあえず、この邪魔な靄を引っぺがす必要があるな。今から指示する三箇所に魔力を通して破壊してほしい。それが魔法を構成する魔力の焦点だ」

「わかったわ」

 

 

 みたまは記憶の断片を覆う靄に手をかざす。

 ソウルジェムの調整において、注ぎ込む魔力を過剰に入れてしまうと弾けてしまう。

 使い魔相手にはこの危険性を悪用することで、内部から破壊する戦法を編み出したものだが……それを魔法の解除に使うとなると、却って慎重さが要求されるものだ。

 十七夜の精神に傷をつけないよう、しかし魔法を構成する魔力がはじけ飛ぶように……。

 

 

 一つ目――――想定より魔力の消費が大きい。クリア。

 二つ目――――少し危なかったが、クリア。

 三つ目――――コツは掴んだ。クリア。

 

 

「よし、完了だ」

 

 

 靄が晴れ、霞んでいた輪郭が実像を保つ。

 ノイズが止み、はっきりとした声が聞こえる。

 

 何度か再生されていた団地の一幕。

 その中で、正体不明だった一人が口を開いた。 

 

 

「――ほら、帆奈も挨拶しないと!」

 

 

 

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「――――はっ!」

 

 

 れいら達が見守る中、目を閉じていた十七夜は唐突に覚醒し、勢いよく身を起こした。

 

 

「か、十七夜さん! 大丈夫ですか!?」

「……ああ、大丈夫だ。すべて思い出した」

 

 

 そう言う十七夜の息は荒く、頬は紅潮し脂汗が滲み出ている。

 じっと精神を集中させていたみたまも、どっと肩と落として大きく息を吐いた。

 

 

「ふぅ……結構しんどいわね……」

「他人の精神に潜るだけでも相応に体力は使う。そのうえで記憶の中に掛けられた魔法の解除による精密な魔力操作。正直、君がここで倒れていないことに私は感心している」

「当然……私を誰だと思っているのかしら?」

 

 

 一方、琴織渡は平然とした様子で携帯を取り出し、どこかへ電話を掛けようとしている。

 

 

「しかし……まさかこんなことになっていたとはな」

「あの、十七夜さん……。それで、もう一人の魔法少女とは一体……?」

「ああ。まず、瀬奈みことはその魔法少女と共に魔法の研究をしていた。もう一人の使う魔法は『上書き』。他人の魔法を自分に写し取る魔法だ」

 

 

 『上書き』……それがもう一人の魔法少女の固有魔法。

 他人の魔法を自分のものにする。一度に一つという制限はあるが、それを覗けばほぼ無法に等しい魔法。

 これならば、情報の齟齬にも説明がつく。

 『暗示』の魔法を用いて悪事を働いていたのは、魔法の本来の持ち主ではなかったのだから。

 

 

「上書き、ということはつまり……!」

「ああ。彼女は瀬奈みことの魔法を自分のものにしている。容姿も安名が言っていたものと一致する」

 

 

 

()()()()……それがもう一人の魔法少女の正体だ!!」

 

 

 

 

「はい。……はい。なるほど、そういうことでしたか。ありがとうございます。では私たちも現場に向かいます。バックアップは頼みましたよ」

 

 

 ぷつり、と通話を切る。

 

 犯人の正体は判明した。

 このはさん達の居場所も鴉が発見した。あとでご褒美に油揚げをあげよう。

 そしてさっきかこちゃんがあやめちゃんと会ったことで、犯人がこのはさん達の近くにいるということも分かった。

 後は対処法についてだが――問題ない。

 

 神妙な顔でこちらを見守っている四人を見る。

 最初に口を開いたのは、やっぱりななかちゃんだ。

 

 

「何が分かりましたか、つばめさん?」

「ええ。全部わかりましたよ。このはさん達と合流しがてら、説明します。

 ――行きましょう皆さん、決着をつける時だ」




〇【アンダーナイツ】
 夜の出来事。あるいは水面下で動く騎士たち。
 ――盟友の危機に、夜を駆ける者は本気で動き出す。

 余談だが、本作は外伝からもキャラを引っ張って来たりする。

〇【記憶の果て】
 流石に外見情報だけじゃ、ねえ?

 そしてこの親父、一切自重していない。
 魔術師とか世界観に足しておきながら、この人は割とイレギュラーだったりもする。


 ちなみに作者はこの話を書いていて、せいかとせいらを十回以上間違えました。
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