ChapterⅨ【ウサギ狩り】
鬱陶しい。
なんだよこれ……なんだよこれ!
人ひとりいない路地裏。
音も影もなく出現した加賀見まさらが斬撃を繰り出す。
明確な殺意の籠った、すべてが急所狙いのそれを紙一重で捌いていく。
他のいい子ちゃん達と違ってこいつは容赦がないけれど、その分太刀筋が単調で分かりやすい。
ならば、それを補うのが彼女の射撃だ。
袈裟懸けの一撃を後ろに跳んで躱す。
しかし、着地点が分かっていたように飛来した弾丸が左肩に突き刺さった。
「ぐっ……!」
魔力で痛覚を遮断しているから痛みはないが、変なところを打ちぬかれたのか力が入りづらい。
飛んできた方向を見るが、そこには誰もいない。
もう一つ銃声が響く。右脚を掠めた。
方向から察するに、近くのビルから撃ってきているのか。
確か、江利あいみ……『行動予測』の魔法だったか。
先読みによるほぼ百発百中の弾丸は、加賀見まさらの剣術と合わせれば凶悪だろう。
だが、この戦法には肝心なものが足りない。
雷のダガーを投げつけてけん制し、飛んできた弾丸を杖で弾く。
そうして動きが止まった隙に暗示を叩き込む。
「『そこを動くな』!」
「……ッ!」
加賀見まさらの恐ろしさは常に捨て身で突っ込んでくることで、それはそのまま弱点でもある。相方の
同時に銃弾の雨も止んだ。味方が止められたらそこで硬直するなんて、未熟なんじゃないの?
連中には目もくれずに路地裏を駆け抜ける。何度も角を曲がり、ビルの壁を登って屋上を飛び渡りながら、この状況について考える。
あたし――いや、あたし達は世界に喧嘩を売った。
魔女に堕ちた後、意識だけの存在としてあたしの中に宿った瀬奈を自由にするために、このくだらない世界をぶち壊すための企みを始めた。
魔女を操り、絶望を振りまき、魔法少女どもの間に不和の種を撒いた。
クラス一つを閉鎖に追い込んだり、仲良し家族を離散させたり、順風満帆に生きてるやつの人生を台無しにしてやったり。
瀬奈から借りた暗示の魔法は便利だ。万能と言ってもいい。
他人の行動を操るのは序の口。自分に暗示をかけて肉体のリミッターを外し、魔力を外に漏れないようにして感知されないようにもできた。
ただまあ、色々好き勝手やってたら、どれだけ痕跡を消しても嗅ぎつけてくる奴らはいるんだよ。
特に粛清機関とかいう魔女狩り狂いの聖職者どもはしつこかった。下っ端を見つけたら下級魔女を餌にしつつ即座に暗示で何事もなかったように振舞ってもらうだけだけど、それでもうろちょろされるのは鬱陶しかった。
そうしていたらさ、いつしか魔女を使ってめちゃくちゃにしてやった奴の一人が魔法少女になってあたしのことを探し回っていたんだ。
常盤ななかっていうお澄まし顔のお嬢様。キュゥべえに聞いたら復讐のための力を願って魔法少女になったんだって聞いて本当に笑いが止まらなかった。だってあたしのために、まだやり直しがきいたはずの人生を棒に振ったも同然だからね。
ある意味、これは運命なんじゃないかって確信したよ。こんなどうしようもない悪党をしっかりと倒しに来てくれる奴が現れるぐらいには、この世界はまだまともだった。
――そう思えたのに、現実はまたも非情だった。
その原因は常盤ななかの側にいたある魔法少女。
志伸あきら、夏目かこ、純美雨。あたしの仕組みによって魔法少女になって、常盤ななかの仲間として共にあたしの影を追いかける中にいた、一人の不純物。
琴織つばめという、妙に強い魔法少女について最初は何の興味もなかった。精々が余所からやってきて幅を利かせていることが妙に癪に障ったぐらいだ。
けれどある日。この街にデカい魔女が現れて、それをベテランどもが倒しに行った夜。
もしそいつらが全滅したらその魔女を貰ってやろうと思ってひっそりと様子を伺っていたその時。あたしは琴織つばめという魔法少女の秘密を知った。
魔女に成ってなお、戻ってきた魔法少女。
魔女でもない、魔法少女でもない。死にながら生き続けている半死人。
それを知ってあたしの心はぐちゃぐちゃになった。
だってそうだろ? 瀬奈はただ苦しんで魔女に成るしかなくて、今もあたしの魔力が無ければ何も感じることができない幽霊のまま。
それなのにあいつは生を謳歌している。あいつだけは特別だと言わんばかりに、魔法少女の力も魔女の力も使って、思うままに人生を歩んでいる。
それがどうしようもなく気に入らない。
あんな奴がいるのが許されるなら何故、瀬奈は魔女にならなければいけなかった。どうしてたった一人の希望をあたしから奪った。存在そのものがあたし達への侮辱。生きているだけで魔法少女の価値にケチをつけてるようなものだ。
逆恨みも甚だしい。けどこれは正当な恨みだ。
瀬奈を縛り付ける世界を、こんな悪意のまかり通る世界を、あんな理不尽の存在を許す世界を、あたしはぶち壊してやるって決めたんだ。
そのためにはどうすればいいか? これは至極単純だった。
何せ今のあたしは悪意を振りまく災厄そのもの。
ならば魔法少女たちの敵として盛大に振る舞い、最後に正義の魔法少女に倒される。その上で、あの憎たらしいなり損ないを地獄に道連れにする。
そうすることで、この世界が悪意に塗れているだけじゃないことを証明と、世界の歪みを正すことの両立ができる。
そのための準備は惜しまなかった。
最近街にやってきた三人組を餌にして、街中に不和の種を撒いた。
色々と苦労もあった。瀬奈の『暗示』の魔法があるとはいえ、下準備の段階で見つからないように立ち回るのは中々骨が折れた。
そうしてすべての仕込みを終えて、始まったあたしのラストステージ。
まずはいくつかのグループの中でムードメーカーな連中を昏倒させる。そしてその疑いを静海このは達三人に向けさせる。手口は以前のままにして、あたしが犯人だとわかるためのパンくずを残した。そうすればあいつらは絶対にあたしの存在にたどり着く。
念には念を入れて、ここから正反対の南凪区に魔女を十数体解き放っておいた。予想通り、最近やってきた邪魔な聖堂騎士は意気揚々と討伐に向かい、邪魔が入ることはなくなった。
そうして期待通り、魔法少女どもはあたしを犯人として突き止めてくれた。
後はネタバラシをした後は、必死になって追いかけてくる常盤ななか達を迎え討ち、あたしは悪役としてアイツを道連れに滅んでやる。
そうするはずだったのだ。
「いた! 明日香!!」
「更紗帆奈、この竜城明日香が成敗いたします!」
先回るように現れた二人組。
美凪ささらと竜城明日香。
この二人もそこそこやるけど、あたしなら正直
「『動くな』!」
「あぐっ」
「明日香!?」
薙刀の一撃を防いでから暗示で動きを封じ、隙だらけの身体に雷撃をお見舞いしてやれば、すかさず美凪ささらが庇い出て攻撃を防ぐ。
「ちぃ……!」
"――帆奈ちゃん、後ろ!"
突然空から降ってきたチャクラム。時折消えたりしながら襲ってきたそれを防ぎきれず、身体が切り刻まれる。
瀬奈の声に振り向くことなく杖を後ろに回せば、さっきまで影も形も無かった保澄雫が直接斬りかかって来るところを防いだ。
空間跳躍による不規則な斬撃と、それすら隠れ蓑にした背後からの奇襲。
即座に雷撃で追い払い、懐からグリーフシードを取り出す。
穢れの溜まった孵化寸前のそれにソウルジェムの穢れを吸わせて最後の一押しとすれば、瞬く間に魔女が孵る。
「魔女!?」
「おのれ、なんて卑劣な……!」
生まれたてだからすぐに倒されるだろうけど、時間稼ぎには十分。
その隙に逃げた先には、また別の魔法少女がいた。そのあたりに待機させていた魔女に相手をさせて通り抜ければ、三つの方向からそれぞれ近づいてくる気配があった。
と、このように彼女たちは的確に包囲網を構築して、自分はその中をみっともなく逃げ回っている。
一挙一動を読まれているようなこれは戦いなんて言えない。淡々と獲物を追い込み、本命の罠に飛び込んでくるのを待つ一方的な狩りだ。
こんなことになっている絡繰りは分かる。空を旋回するように飛んでいる不自然なカラス、あれがあたしの行動を全部監視してやがるんだ。あんな真似ができるやつはおそらく琴織つばめだ。ちょっと観察したぐらいじゃわけの分かんない魔法だったから、そういうことができてもおかしくはないはずだ。本当、どこまでもあたしの神経を逆撫でしてくれる。
あいつがあたしの行く先を見て、それを聞いた常盤ななかあたりが指示を出して魔法少女を出動させている。それに加えて遠距離攻撃が得意な魔法少女は徹底的に前に出さないであたしが感知できないところから援護射撃に徹させている。さっきから何本も矢が飛んできているのがその証拠。うざったいことこの上ない。
打ち落とそうしたが、悠々と回避して馬鹿にするように『アホー』と鳴きやがった。その奥で琴織つばめが挑発している姿がありありと想像できた。
得意げになってるんだろうな。他の奴らを動かしながら、自分たちは意気揚々と安全圏から高みの見物決め込んであたしが弱るのを待っている。実力も知恵もあって、これだけの人員を動かせるコネも持った優等生だけができる上品な手口で実に反吐が出る。
でもあたしのほうが強い。有象無象をどれだけ集めて追い回したところで、魔法少女一人捕まえることなんてできやしない。そんな小細工で邪悪に勝とうなんて思い上がりも甚だしい。
あんたの策を全部抜け出して、それを証明してやる!
溜まった穢れを懐から取り出したソレに吸わせて、とりあえずの魔力を回復する。
骨組みだけの卵じみた模型。名を《エンプティエッグ》。イカれた科学者がこっそりばらまいてる
「見つけたー!」
「待ってたよ、もう逃げられないからね」
「覚悟しなさい……!」
やってきたのは静海このは、遊佐葉月、三栗あやめの三人組。
こいつらは遊んでいて面白かったなぁ。特に静海このは。こいつがヒステリックになる様子は昼のドラマでも中々見ない迫真さだった。
既に静海このはが魔法が発動させたのか、あたりには霧が立ち込めている。
幻惑を見せる霧。それだけじゃない、琴織つばめが余計な入れ知恵をしたせいで暗示への対策も兼ねるようになった。そのせいで見たかったギスギスも未遂に終わるし……人の玩具を横取りする嫌な奴だよホント。
まあ、それだけならいい。
暗示を頼りにしているとタカをくくっているみたいだけど、あんたら三人ぐらいならハンデ付きで返り討ちにできる……って、は?
「一人、二人、三人、四人……」
周囲の魔力反応が次々と増えていく。
なんだこれは……!
「着いたー!」
「桑水くんの魔法はこんな応用もできるんだな……」
「わ、私も驚いてます……」
――転移系! それも複数人を一気に運べるタイプ!!
保澄雫だけかと思ったが、他にもいたのか!
「さあ、これで逃げられないわよ。観念なさい!」
「ハッ、勝ち誇るのは早いんじゃないのぉ~? まだあたしは動けるって言うのにさぁ!」
まずは全方位に電撃をばら撒く。
勿論こんな雑な攻撃は防がれるが、その一瞬ができればいい。
まずは遠距離を潰すために、緑色の弓持ち目掛けて全力で攻撃を仕掛ける。さっきからチョロチョロ撃ってきてたのはお前だろう? そのお礼をしてやるよ!!
雷撃への防御で反応しきれていないその間抜け面のソウルジェムを砕く直前、青色の影が目にも止まらぬ速さで割り込んできた。
流石は最年長、桁違いの反応速度だ。
杖と槍が何度か打ち合いを演じる。
「『ちょっと止まれ』!」
「……ッ!!」
動きが鈍くなった七海やちよを杖で殴り飛ばす。
……効きが悪いな。やっぱりこの霧が魔力を散らしてやがる。
静海このはを排除するのが手っ取り早いけど、こいつらがそれを許してくれるわけないよね。
そうして霧に紛れて次々と襲いかかってくる攻撃を捌いていく。
暗示が完全に無力化されているわけじゃないならいくらでもやりようはある。
囲まれた時はちょっと負けを考えたけど、こいつらの攻撃は妙に手ぬるい。あたしの生け捕りでも考えているのか、本気だけど殺意が籠ってない。ここまでやってまだ暗示を警戒しているのか、あるいは同士討ちのリスクを避けたのか。
まあいい。そうやってヒットアンドアウェイで攻めてくるなら、こっちはその一撃にカウンターを加えていけばいいだけだ。
赤いやつの斬撃を躱して肩を抉る。青いやつの鞭も軽くいなして腹を蹴り飛ばす。緑色の矢を弾いて、そのまま別の奴の攻撃を防いでやる。
次にやってきた三栗あやめの攻撃を受け流して、その無防備な顔に杖を叩きつける。
「へっへ~ん! 効かないもんね!」
ガギン、と硬質な音を立てて杖が弾かれた。
防御魔法だと!? なんて似合わない魔法なんだ……!
ぎしり、と足に何かが絡みつく。
視線を下ろした先には植物のツタ。これはまさか……!
「今だよ、ももこちゃん!」
「おう、これでも食らえ!」
「チィ……!!」
十咎ももこの全力の振り下ろしを咄嗟に杖で受け止める。
それでも衝撃はすさまじく、ビリビリと腕が痺れている。
渾身の一撃を防がれた十咎ももこは、悔しがるでもなく後退する。
……変だな。
ここまで追い込んでおきながら、こいつらの攻撃は妙に手ぬるい。
消耗を狙っているのか?
少し落ち着くために大きく息を吸い込み――直後、粘膜に灼くような刺激が走ったことによって、あたしはその目論見を悟った。
「げほっ、ごほっ、毒だと……!?」
「アタシの特製催涙弾だ。可愛い後輩を襲ったこと、後悔しやがれ」
この声は、都ひなの……!
霧の本命は毒ガスを誤魔化すこと!
手ぬるい攻撃は散布による巻き添えを最低限まで減らすため。
そして最後の一撃は、体力を消耗させて呼吸を狙うため。
魔法少女は魔力で身体能力を強化できるけど、機能が人間から逸脱したわけじゃない。
暑さには汗をかくし、血液が足りなくなれば思考は鈍る。神経が麻痺すれば身体は動かなくなるし、異物が入り込めばそれを排出しようとするのは当然のことだ。
ゆえに催涙ガス……直接のダメージではなく、あくまで人体の防衛機能を誘発させるそれは痛覚の遮断では防ぎきれない。
視界が滲み、聴覚が詰まる。これが直に蝕む類なら魔力を通して無理やり身体を動かせたというのに、なんともいやらしさに満ちたチョイスだ。
でもそれは感覚を鈍らせるだけ。
直接的なダメージがないこれでは魔法少女を倒すことはできない。魔力感知さえあれば、十分に戦闘は続行できる。
「この、程度で。あたしを捕まえられるとでも――」
「やれ、れん!」
「"五つの鋲、影の楔、是を以ってその魂を縫い留める"」
冬風のように染み入る声が響き渡る。
その言葉に呼応するように輝いた、五つの
――反魂魔術・魂縛り
「あがっ!?」
「……魂を、縛りました。もう動けません……はい」
存在の根幹。魂そのものに杭を打ちつけられたかのように一切の自由がない。
青白い輝きを放つ少女……五十鈴れんが都ひなのの隣に立っている。
琴織つばめの使う小癪な魔術……こいつも使えたのか……。
「よし、これで完了だ」
「てこずらせてくれたわね……」
「後は、ソウルジェムを没収すれば終わりだな」
霧が晴れ、吹いた風が薬物を流し飛ばす。
完全にあたしを無力化したと思った連中は、ソウルジェムを取り上げようと近づいてくる。
……ちくしょう。
ここまで徹底的にやられたら、ちょっと文句も言えなくなるなぁ。
ごめん、と瀬奈に謝ろうとして――。
"――ダメ! 帆奈ちゃんを好きにはさせないんだから!!"
瀬奈の声が響き、身体に打ち込まれたナニカが外れる。
手が動く。脚に魔力を走らせれば、纏わりついていた蔦は襤褸くずとなって散った。
……そうだよね。そうだよねぇ! ここでやられちゃあ、ここまで頑張った意味がないよなぁ!!
ありがとね瀬奈。あんたのためなら、あたしはいつまででも走り続けられるよ!!
「なっ、拘束が!?」
倦怠感を無理やり誤魔化して、即座にこの場から離れる。
向かうのは
琴織つばめは魔法の使い道、組み合わせに詳しい。
常盤ななかは盤面を操る戦術眼が恐ろしい。
この二人が組めば戦場のコントロールなんて簡単だろう。
だが、
それに関してはあたしの方が一日の長がある。
いいこちゃんのあんたらが悪意であたしを手玉にとるなんざ、百年早いんだよ!!
「今だっ!」
ほらね。爆発だろうと毒ガスだろうと魔法だろうと何でも持ってきなよ。全部乗り越えてやるからさ!
一秒。身構えて魔力の感知を最大に広げる。
二秒。後ろからの追撃はない。
三秒。空気がしんと静まり返る。
四秒。五秒。六秒。
……七秒。なんの予兆もない。
「は? 何もないじゃん――」
もしかしてネタ切れ?
それは少し興ざめだなと逃げ出そうとした瞬間。
"――!! 危ない、帆奈ちゃん!! 避けて!!"
相棒の警告に従い、反射的に仰け反る。
瞬きの後に強い風圧が眼前を通り過ぎ、アスファルトを深く砕いた。
「~~~~~~ッ!! 今のは危なかったな……」
これには流石に肝を冷やした。
瀬奈からの警告が来るまで予兆も接近も気が付かなかった。
着弾後、それが魔力の矢であることをようやく理解できた。
寸前まで存在を察知させない魔法、そんなのを使える奴もいたのか。
あっちも殺しを解禁したってことか……いいね、面白くなってきたじゃん!
「嘘、避けられた!?」
――100メートルほど離れた建物の屋上。
所定の位置についていた阿見莉愛は自分の放った攻撃の結果を目で疑った。
固有魔法である『隠蔽』によって視認不可と化した渾身の一射。
気配もない。探知も効かない。堂々とした完全な不意打ちは確かに更紗帆奈の急所を射貫いて行動不能にできるはずだった。
「ちょっと琴織さん、悪いけど避けられてしまいましたわ!」
『え、マジっすか。どんな探知能力持ってんだアイツ』
側にいた鴉を介してつばめが心底驚いたような声を上げる。
彼女たちの視線の先。追撃しようとしたやちよ達に魔女をけしかけて更紗帆奈が逃げていく。
最早出し惜しみもなく従えた魔女を次々と放っていく様子からして相当追い詰められているのだろうが、生憎それはこちらも同じ。固有魔法を全力で使用したこの戦術は消費魔力もかなりのもの。つばめの貯蓄したグリーフシードを前払いで大判振る舞いしているからこそ、この総力戦は成り立っているのだから。
「ああもう、これで仕留める計画だったのでしょう? どうするおつもり?」
『正直予想外ですよ……でも大丈夫。念には念を入れて、後詰めに私たちがいるんですから』
◇
ChapterⅩ【英雄推参】
「あーもう、逃げんなこいつ!」
「くっそー、当たんない!」
「ひなのさんから貰った爆薬無くなった! 撤退撤退!」
「あっち行ったよ、次のポイント飛んで!」
「ッ、こいつまた魔女を!」
「とりあえずルート絞って、後は他の人に任せてこっちは魔女狩るよ!」
あっちこっちを逃げ回り、物陰に隠れて一息つく。
あの狙撃が作戦のピークだったのか、罠は減って奇襲も少なくなった。
けれどこっちの手駒もあと一枚、とびきりのデカいやつを残すだけ。しかもその使い道は決まっている。
最後のグリーフシードで魔力を回復する。
状況はお互いにギリギリ。
あいつらはこれ以上あたしを止める手立てがなく。あたしは、これ以上逃げ続けるだけの余力がない。
どいつもこいつもあたし一人に必死になって、ほんっと楽しいなあ。
この名残惜しい逃走劇の終わりを確信し、予感と期待を胸に路地裏を進む。
「おー、来ました来ました」
「皆さん、作戦通りにいきましょう!」
「うん!」
「はい!」
「覚悟するヨ!」
そいつらは期待通りそこにいた。
常盤ななか、それに琴織つばめ。あとその仲間たち。
ここは袋小路だ。あたしを逃がさないようにこの二人は確実に待ち構えていると思っていた。
でも残念だったね。
あんたたちのためのとっておきが、こっちには用意してあるんだよ!
「魔女……!」
「うげ、ここでですか。しかもこの穢れの量は中級以上……」
「……ッ! この魔女、まさか……!」
「アッハハハハハハハ! その通り、そいつこそあんたたちが追いかけてた『飛蝗』さ。精々そいつをボコって復讐を楽しんでな!」
そうしてその場を去る。
すぐには戦ってやらない。
散々こっちをいたぶっておいて、あっちだけピンピンしてるとかフェアじゃないからね。
とりあえず無駄に体力と魔力を使ってからかかってきな!
「おのれ……」
常盤ななかは悔しさに歯を軋ませる。
今すぐに更紗帆奈を追いたいが、目の前の魔女が足を止めさせる。
目の前にいるのは正真正銘の仇。
自分の家を貶め、戦友に牙を剥いた憎き魔女『飛蝗』。
だが同時にこれを討伐しても彼女の復讐は終わらない。
この飛蝗をけしかけた正真正銘の『魔女』。堕ちた魔法少女である更紗帆奈こそすべての元凶である以上、彼女を逃してはならない。
どちらを優先すればいいのかは明白。
だがこの魔女は消耗している他の魔法少女には荷が重い。
しかしこのままでは犯人は逃げ、これまでの奮戦すべてが水の泡となる。
逡巡するななか。
それをよそに、激流を思わせる拳が真っすぐに魔女へと突き刺さった。
「二人とも、行って!」
「ここは私たちに任せてください!」
「もう一つの『飛蝗』、逃がすんじゃないヨ!」
志伸あきら、夏目かこ、純美雨。
ななかが集めた戦友たちが、この『飛蝗』の討伐を名乗り出る。
もう一人の仇、災厄の根源を断ち切るため、憂いのないように彼女たちはこの場を引き受けた。
「あきらさん、かこさん、美雨さん……!」
仲間たちの心意気を無下にはできない。
瞬時に覚悟を固めたななかに、琴織つばめが微笑んだ。
「いい仲間を集めましたね。ななかちゃん」
「――はい。私には勿体ないぐらいです」
地を蹴り、ビルを渡っていく。
更紗帆奈の逃げ足は予想以上に早く、最早痕跡は微か。
魔法少女たちによる包囲網はあれで終わりだ。
魔女も出し切らせられると踏んで構築したが、よりにもよってあのような大物を温存していた帆奈のほうが一歩上手だったか。
「……ふむ。こっちに行きましょう」
「つばめさん?」
つばめが指し示したのは、痕跡とは異なる方向。
確かにそちらからでも回り込めるだろうが、そんな余裕はどこにもないはずだが。
「いやあ。父さんったら用意周到なのか意地が悪いのか。とんだ援軍を用意したことを黙っていやがりました」
「援軍、ですか?」
「ええ。それもとびきりの、一騎当千を誇る騎士をね」
それを聞いてななかも集中して感覚を研ぎ澄まし――気づく。
更紗帆奈の向かう先、そこに一人の魔法少女が先んじていたことを。
◇
適当な廃墟に身を顰めて、息を整える。
ここなら奇襲に都合がよかった。
このまま真っすぐ来るかな。それとも挟み撃ちでもしてくるかな。
お前たちをどう攻略するかは散々考えてきたんだ。
カツン。カツン。
硬質な靴底が床を踏む音が響き渡る。
やっと来たかと、音の方向に目を向ける。
暗がりでよく見えないけど、この重厚な足音は――おい、こいつは、一体誰だ?
「更紗帆奈。水名女学院中等部第二学年所属。両親は既に他界。父親は刺殺。母親は泥酔による注意不足からの交通事故。本人は施設へと移動したが、一年以上前から行方不明」
「――ハ」
割れた窓から月光が差し込み、そいつの姿が露わになる。
月明りに照らされる銀のブレストプレートと鉄の籠手。
風にたなびくのは紺色のサーコート。
こちらを見る眼は、冷たい鉄のように。
「何故知っている。という疑問は当然だろう。最も、私にその理屈を話す義理はないが」
「誰だよ。あんたみたいなやつ、呼んだ覚えはないんだけど?」
「異端審問会所属、聖堂騎士・紺染音子。これより、主の教えを犯す異端を粛清する」
『鉄の英雄』と呼ばれる魔法少女が、目の前に立っていた。
◇
"――――なに、なに!? あの人、怖い。何かわからないけど、怖いよ帆奈ちゃん……。"
瀬奈の怯える声が聞こえる。
それもそのはず。
目の前にいる女は魔女を祓う聖堂の騎士。魂が魔女に近づいている瀬奈からすれば、死を告げにきた死神にも等しいだろう。
最も、今のこいつが死を与えに来たのはあたしのほうなんだろうけど。
「おっかしいなぁ。あんた、今頃南の方で魔女退治してるんじゃないの? 英雄サマとしてのお勤めはどうしたのかな?」
「ああ。南凪区の魔女でしたら、既に終わらせました」
ざら、と取り出された皮袋の中に納まっているいくつものグリーフシード。
マジかよ。こいつ、たった半日であれだけの魔女を全部倒したってのか。
参ったなぁ。
聖堂騎士どもを念入りに遠ざけていた理由は一つ。
こいつらを盤上に上げるとつまらないから。
面白味も何もない。淡々とした駆除作業。
魔女という存在を許さないどころか、その実態は魔法少女すら野放しにしたくない。
でもそうすると都合が悪いから、仕方なく魔法少女を容認している。
そんな自分たちに都合のいい世界を回すためのシステム。あたしが最も嫌いな世界の在り方そのものだ。
「さて。私を呼んだ覚えがない、と言いましたね。魔女の飼育と放逐、ならびに暗示を用いて引き起こされた民間人への数々の被害。挙句の果てにはこちらの構成員に対する認識改竄と殺害……。最早一刻の余地もなく滅すべき脅威と判断しました。懺悔があるなら今のうちに考えておきなさい。叩きのめしたあとでは、そんなことを考えている余裕もないでしょうから」
直感で理解する。
こいつに何か一つでも行動させたら、その瞬間にあたしは負ける。
「『止まれ』――!」
不意打ち気味に暗示を発動して、
眼の前にいた騎士の姿が消えた。
「ごはっ……!」
視界が明滅する。頭蓋が軋む。意識が一瞬吹き飛び、激しい衝撃が脳を揺さぶる。
紺染音子は一瞬で距離を詰め、あたしの顔に全力の拳を叩きつけていた。
見えなかった。
そいつの踏み込みは一瞬で、暗示を言い終わる時には振りかぶった拳が眼前に迫っていた。
あたしは顔の骨を砕かれながら、10メートルも後ろに吹き飛ばされた。
「がはっ……ごほっ……」
咳込むたびに血が溢れ出る。
今の一撃で顎から喉までが潰れた。治療は難しくないが、その隙を目の前の女が許すわけがない。
この女の攻撃は速すぎる。『暗示』を発動した後に動いて、その言葉が届く前に攻撃を当てた。
途方もない技量と反応速度。おそらく『暗示』の魔法と同系統の使い手への対処を万全にしている。大方、似たような魔法少女を何人を狩ってきた経験があるのだろう。
そんなあたしの考えを見透かしたように、鉄の英雄は迫りながら口を開いた。
「あなたのような苦境を味わった者はありふれています。現実を呪うことを願い、災厄を撒く側に回った魔法少女もまた数え切れない。それらの苦しみを慰めることが我らが主の教えであり、その呪いを粛清することは私たちの役目だ」
そいつは上から目線で語りかけてくる。
それは心の底からあたしを憐れむ声であり、同時に決して許しはしないという決意が込められていた。
「哀れな少女、憎しみと絶望に狂ったけものよ。悔い改める必要はない。憎み、許し、そして諦めよ。我が行いは主の御業の代行であり、人界を守護するためにお前たちの希望を挫く蛮行である」
くだらない文言が朗々と響き渡る。
そうやって、何人もの魔法少女を殺してきたんだろう。
なんて滑稽な奴だ。
なんて傲慢な奴だ。
なんて――ムカつく奴だ。
怒りが沸き上がる。
こんなやつに殺されるために、あたしは生きてきたわけじゃない。
こんなやつらに台無しにされるために、あいつの魔法はあったわけじゃない!
怒りは爆発的に感情を揺るがし、感情の揺らぎは魔力を生む。
聖堂騎士の周囲に雷とダガ―が現れ、一斉に爆撃を行う。
いくら魔法少女でもこれをうければ一たまりも――
「――――ふっ」
紺染音子が拳を天に掲げる。
すると周囲に十字型の半透明なシールドが現れて爆撃を防ぐ。
十数秒に渡る爆撃は、しかし一つも届いていない。
でもその時間があればいい。
防御に意識が回っている間に、喉を直して『暗示』を通してしまえば――!
「喝ッ!」
――嘘だろ!?
爆風を吹き飛ばし、中から光り輝く十字架が飛んできた。
あまりにあんまりな光景に反応が遅れ、シールドがあたしの身に直撃する。
「ぐあ……っ!」
壁と板挟みになり、体中の骨が軋みを上げる。
圧死していないのは魔法少女の耐久力あってのことだ。これが常人なら、そもそも最初の一撃で頭部がトマトのようにはじけ飛んでいる。
どうにか踏ん張って立ったところで、地を蹴る音が聞こえた。
「主よ、かの者の罪業を洗い給え――!」
神速の拳が腹に突き刺さり、背後の壁をも砕いてあたしの意識を吹き飛ばした。
――更紗帆奈が飛んで行った先。
土煙が巻き上がる様子を、紺染音子は腕を組んで睨みつけていた。
反撃が飛んで来たらいつでも反応できるように気を張ってはいるものの、自分から追撃に移る様子はない。
確かにこのまま止めを刺すのは容易だ。
だが、それでは他の者の面子が立たない。
職務怠慢だと言われるかもしれないが――何、せっかくの後輩の晴れ舞台だ。
これ以上出張るのは、彼女たちの戦いが終わってからでもいいだろう。
「さて、後は出来の悪い後輩に任せるとしましょう。――これも試験です。あなたが新しく得た仲間たちと共に、この困難を乗り越えられるか見せてもらいますよ」
◇
"――帆奈ちゃん! 帆奈ちゃん!"
瀬奈の声で目が覚める。
瓦礫を押しのけながら立ち上がれば、そこは今まさにあたしが突っ込んだことでできた、壁に穴の開いた工場跡。
ぶうんぶうんと、耳障りな羽虫の音。
ほんの一瞬の意識の断絶。
どういうわけか、あたしはまだ生きていた。
ダンプカーが衝突したかのような一撃でも死なないとは、魔法少女とはつくづく冗談みたいな存在だと実感する。もっとも、それよりも冗談でしかない奴がついさっき現れたわけだが。そんな相手に出会って生きているとは、幸運もまだまだ尽きちゃいないらしい。
だが、それは生きているというだけ。
内臓は今の一撃で破裂してぐちゃぐちゃ。骨も相当罅が入ってる。
ソウルジェムの機能で急速に回復が始まっているとはいえ、ほとんど死体同然の有様だ。
「……ハ」
……思わず失笑する。
まさかこんな横入りで終わるとか思わないじゃん。
苦労して魔女を確保して仕込みまで済ませたくせに、結果何もできずにここで無様を晒している。
どういうわけか、あの英雄サマは追ってこないらしい。あれだけ殺す気で殴ってきたのに訳が分からない……まさかここで野垂れ死にするのを待っているのか……?
「おうおう。音子さん派手にかましましたねー」
「まさか彼女に何もさせずにここまで吹き飛ばすとは……本当に恐ろしい人ですね」
あたしを挟むように声が聞こえる。
「琴織つばめ、常盤ななか……あはっ」
そうかい。そういうことかよ。
あいつは逃がしたんじゃなくて譲ったんだ。
本当にあたしをぶち殺したがっている奴らのために、わざわざあたしをここまで運んだんだ。
「あは、あはっ。あははははははははは!」
ああ、なんて優しい騎士サマだ。
ご親切にもアタシが望んでいた晴れ舞台を整えてくれるなんてね!
いいよ、いいよ!
ならやってやる!
こいつら二人とも、あたしの手でぶっ潰してやる!
ここがあたしの最終幕だ!
「さて……お前と言葉を交わすのは心底御免だが、名乗りぐらいはちゃんとするか」
「ええ。私たちは人として、最低限の礼儀は尽くしましょう」
ああ。そうだ。
お前たちはそれでいい。
最期の戦いだ。
正義の味方と悪党で、正々堂々名乗り合おうじゃないか。
勿論、名前は決まっている。
かつてキュゥべえがあたしに名付けた『混沌』。
これ以上にあたしを表す言葉はない。あのナマモノも、たまには粋なことをすると思ったものだ。
「『夜駆ける白翼』琴織つばめ!!! 貴様の魂、貰い受ける!!」
「『華心流宗家』常盤ななか!!! ここに我らが無念を晴らす!!」
「いいよ! 『深淵の混沌』更紗帆奈!!! あんたら二人とも、グッチャグチャにしてやる!!」
さあ、魔女退治を始めよう。
【ウサギ狩り】
つばめちゃんのクソコンボ披露タイム。
傍から見たら一方的なリンチである。
先駆者さまのやっていた霧ワープもばっちり。
莉愛の隠蔽狙撃が一番殺意高いなと書いてて思った。
【英雄推参】
音子さんのターン。
この作品で最強ってのはこれぐらいやりますよ。
○琴織つばめ
作戦を説明したとき多くの魔法少女から「エグい」という感想を貰ったとかなんとか。
○更紗帆奈
どこまでやっても生き延びてくれるだろうという謎の信頼感がある。