つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

37 / 83
上手く仕上がったのでもういっちょ


第三十四話 散花愁章……⑥【No Understood Enemy/華鳥舞踊/合わせ鏡の底】

ChapterⅪ【No Understood Enemy】

 

 

 

 民家の屋根から屋根を。

 ビルの屋上から屋上へ。

 月が見降ろし、鴉たちが見守る神浜の夜を、魔法少女たちが疾駆する。

 

 

 更紗帆奈を追い詰める最中、何体もの魔女が放たれた。

 それら全てを駆逐して、彼女たちは元凶の元へと急ぐ。

 勿論消耗も激しい。

 琴織つばめが召集した魔法少女たちの多くは既に離脱している。

 今なお動けるのは七海やちよを始めとした8人のみ。由比鶴乃、十咎ももこのチームに静海このはのチーム。

 後は別ルートで迂回した十七夜たちだけだ。

 

 魔女の気配はない。

 どうやらあちら側の手札も枯渇したらしい。

 このまま行けば何の障害もなくつばめ達に合流し、圧倒的な戦力差によって更紗帆奈を仕留められる。

 

 やちよは冷静に状況を分析し、その勝利を確実に掴むため、次の足場とするビル目掛けて跳ぼうとして――。

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 

 そこで。

 歪み切った運命が結実するように、彼女たちはあり得ざるものを目にした。

 

 異質なものが屋上に佇んでいる。

 魔女ではない。使い魔でもない。

 

 けれど、魔法少女として幾多の修羅場をくぐり抜けてきた彼女たちですら、明確な異常だと認識できる存在がいる。

 

 犬めいた顔面に蜂のような複眼。太い身体を覆うは爬虫類のように強靭かつしなやかな外皮。肥大化し、曲線を描いた腹部は昆虫めいた基節で波打っている。それらを支えるのは虎のような足と、熊を思わせる屈強な腕。尾は二つに分かれ、先端には獰猛に舌をなめずる蛇の頭。

 数多の種を掛け合わせたような、おおよそ自然界では生まれ出ないはずの生物がそこにはいた。

 

 

「なに、あれ――」

「あいつ、あんなものまで用意していたっていうの……?」

 

 

 生理的嫌悪を齎す未知の怪物を前に、魔法少女たちは困惑の声を漏らす。

 魔女が見せる殺意でも敵意でもない。昆虫のように機械的なソレの気配は七海やちよですら経験したことがない。

 

 

「■■■■■■■――」

「――あ」

 

 

 ぎょろり、と首だけを動かすナニカ。

 その視線がやちよ達に向いた瞬間。

 

 

「ッ!」

 

 

 やちよは咄嗟に身を捻った。

 ガチン。という音が耳元で響く。

 彼女の首の一センチ横には強く閉じられた異形の顎が存在している。

 あのまま惚けていたら、今頃首に牙が食い込み、そのままねじ切られていただろう。

 ソウルジェムはそこに無いとはいえ、戦線離脱は免れず士気もガタ落ち。ぞっとしない話だ。

 

 獲物を仕留められなかった異形は、しかしそのことを疑問に思うことはなく。いまだ生き残っている人間目掛けてその腕を振るう。

 かろうじて槍で受けたやちよではあったが、その威力は凄まじく数メートルの後退を余儀なくされる。

 

 人の胴ほどもある腕もそうだが、なにより見るべきはその爪。熊の爪の一撃は人間の皮を軽々と剥いでみせる。ならばこの怪物の異様な巨体から振るわれる一撃は、岩石すらも三枚に下ろすだろう。

 

 手元で嫌な音が鳴り、視線を僅かに下げるやちよ。

 見れば槍の柄は辛うじて繋がっているほどにひび割れていた。

 

 

「なんてパワー……ッ!」

「やちよ!」

「油断しないで、来るわよ――ッ!!」

「■■■■■■■――ッ!」

 

 

 正気を引き裂くような怪鳥の如き声が、夜の街に木霊した。

 

 

 

 

 ――戦いは数分で決着した。

 

 魔法少女の防御を上から砕く攻撃力、完全に細胞を死滅させない限り再生する耐久力、一息で数メートルの距離を詰める俊敏性。尾の蛇は数メートルも伸縮し、その牙には致命的な毒を持っていた。蟲の腹からは肉を食い破る獰猛な羽虫を無数に生み出し、嫌悪感を伴った対処を余儀なくされる。

 その能力のいずれをとっても、上位の魔女に匹敵する脅威だった。

 

 だが、殺した。

 いかに異形の怪物であろうと、超常の力を振るう魔法少女が複数人でかかれば対処できない存在ではない。

 葉月の雷撃が肌を焼き、ももこの剣が胴体を割って臓腑を炙る。蛇の嚙みつきはあやめの自己保存の魔法による防御を突破できず、直後にこのはによって首を刈られた。

 四肢をかえでの操る樹木によって封じ、袋叩きで徹底的に切り刻んだ。苦し紛れに産み出された羽虫も鶴乃の炎によって掃討された。

 そして最後にやちよの槍で頭部から串刺しにされ、最後にレナが変身したつばめの骨喰噛砕によって首を切断。

 最早再生可能な領域を越えた異形は静かにその身を横たえた。

 

 肉がしなびていき塵となって風に散る。

 幻のように消えていく怪物。だが周囲に飛び散り、こびりついたままの血液は、それが確かに現実の生命であったことを証明する。

 

 

「はぁ、はぁ……」

「何とか、倒せたわね……」

 

 

 肩で息をしながらも、勝利を確信するやちよ達。

 魔女の非現実的な異形とはまた別の、生命倫理を著しく逸脱したが故の嫌悪感による精神的な疲労が大きい。

 

 

「くっ……」

「レナちゃん!?」

「どうしたレナ、どこか攻撃を喰らったか!?」

 

 

 その中で膝を付いたレナをももこ達が心配する。

 

 

「平気よ……ただ、慣れない変身したから、ちょっと……」

 

 

(それもだけど、そうじゃないわ……。変身した時、明らかに自分の身体じゃない感じがした。ちぐはぐしてるっていうか、明らかに何かが足りてない感じ……ももことかに変身した時は感じなかったのに、何なのこれ?)

 

 

 レナの『変身』はその特性上、変身相手の能力について十分に把握することができる。

 他の魔法少女に変身した場合、固有魔法までは無理だが、魔力性質やその武器特製についてはコピーが可能だ。

 つばめに変身した理由は単純に攻撃力の高さと、その特性。強靭な外皮を突破するための防御無視の能力。咄嗟に頭に出てきたことからして、レナの中でも特に印象に残っていたのだろう。

 しかしその選択はレナに必要以上の消耗をもたらした。

 

 つばめのステータスを再現できたのはおおよそ六割。骨喰も本来の半分の威力も発揮できていない。

 防御無視の概念を再現するだけでも、普段の変身分の魔力を持っていかれた。

 それに加えてあのブラックボックス。一体彼女はどれだけ力を秘めているのか。

 ――とはいえ、それらの疑問を気に留めてはいられない。

 

 

「一体何だったのよ、この化け物。魔女じゃないみたいだし……」

「わかんない。けど、更紗帆奈が作ったってわけでもなさそうだ」

 

 

 一体これが何だったのか。誰がこれを放ったのか。何の目的があってこれは襲い掛かってきたのか。

 すべてが理解不能の敵を、しかし顧みる間もなくやちよ達は先を急ぐ。

 

 目的地は近い。

 ここからでもかすかに激しい剣戟が聞こえてくる。

 

 

 この怪物を討伐するのに用いた数分。

 それは決戦が始まり、終わるには十分な時間だ。

 

 

 つばめとななかの戦いは佳境を迎えていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅫ【華鳥舞踊】

 

 

 

「白椿・八重咲き!!」

 

 

 長短二振りの刀、白椿による八連撃。

 常盤ななかが繰り出した四方八方より襲い来る斬撃のうち、胴体を狙うものだけを防いで琴織つばめの追撃を避ける。

 

 振り下ろされた刃がコンクリートを砕く。

 間一髪で回避し、雷を放つ。

 すると羽根が舞い、魔弾となって相殺した。

 砂煙が巻き起こり、一度体勢を立て直すために距離を取ろうとする。

 

 

「――はあっ!」

「くうっ!」

 

 

 その煙の中から、二つの剣閃が瞬く。

 

 

「……っ『動く轟ッ!!!!!

 

 

 咄嗟に放った言葉が、風の唸りにかき消される。

 当たればごっそり体を抉り取るだろう一撃を躱し、続く刺しの一撃を受け止める。

 

 

 何十回と繰り返された攻防は、未だ拮抗を保ったまま。

 だけどその天秤はじりじりと傾き始めている。

 

 本当にムカつくけど、このままじゃあたしは押し負ける。

 槍を振るう風切り音と地面の破砕音があたしの声を遮って『暗示』が発動できない。距離をとればすかさず常盤ななかが斬り込んでくる。反吐が出そうなほどよくできたコンビネーションだ。虫唾が走る。

 

 ……でもさ、気づいてる?

 あんたらあたしに連撃を与えることに夢中だけどさ、その頭上には雷のダガ―が大量に設置してあるんだ。合図一つ、念じるだけでこの場所に降り注ぐ。

 

 

「「はああああああっ!」」

 

 

 だからあんた達が息を合わせて突っ込んできた瞬間を狙って一斉に発射してやれば……ね!

 

 

「――らあっ!」

 

 

 ――けれど、防がれた。

 琴織つばめが跳躍した勢いのまま槍を振り回し、ダガ―を次々に撃墜していく。

 常盤ななかはそれを傘にあたしに突撃する。完全にお互いを信頼してないとできない行動だった。

 ……まあ、想定通りなんだけどね!

 

 

「しゃあ!」

「――っ!」

 

 

 杖で刀を防ぎながら、琴織つばめ目掛けて雷撃を放つ。

 ダガ―の雨を防ぐために塞がっていたその手が弾かれて、槍はあいつの手元を離れてごろごろと転がっていく。

 知ってるんだよ。あんたのそのデカい槍は機能を付け加えた代わりに一度に一つしか出現させられないってね!

 ペラペラペラペラ、仲間たちの前で得意げに喋ってたもんね!

 

 

「これであんたの武器はなくなった。もうあたしの言葉もちゃんと聞こえるよ。急いで取りに行ってみたら?」

 

 

 わざとらしく挑発してやる。だが油断はしない。こいつにはまだ魔女の力がある。武器がなくても黒い翼を生やして、羽根を弾丸として飛ばすことができる。飛行能力であたしを翻弄して一方的に殺すことができる。

 勿論それがあたしの狙い。その力を使うよりも先に、あたしの『暗示』があんたを止める!

 でも、琴織つばめは翼を生やさなかった。あいつは右手を頭上に掲げ、呟いた。

 

 

――咎人の血は我が糧なり。苦悶の鋼鉄よ、来よ

 

 

 ――琴織つばめは己の戦術が見切られ始めたことに気が付いていた。

 

 相手は『暗示』を自らにかけて身体能力のリミッターを解除している。

 身体能力の強化にとどまるつばめやななかはフィジカルで後れを取っており、それによって生じる差は命を懸けた戦いにおいては致命的な差となる。

 奇襲からの集団による追い込みで消耗させ、師である紺染音子の猛打で致命傷を与えるという徹底した事前準備。その上でのななかとのコンビネーションで優勢に立っていたが、想像以上に更紗帆奈はしぶとく、苛烈な打ち合いの最中に先ほどのような仕込みを行えるほどに魔術の腕前があった。

 

 このまま同じ戦法を続けていても戦況は好転しない。

 つばめには奥の手として異形顕現があり、黒翼を用いての機動戦闘を持ち込めばそれだけで圧倒することが出来るだろう。

 だが、異形顕現を使うには魔力の回線を切り替えるための隙がある。その隙を見逃すほど帆奈はお人よしではない。彼女がななかを無視してこちらに『暗示』をかけてくればあっという間に形勢は逆転する。

 

 だから、つばめはもう一つの奥の手。すなわち父である琴織渡――その本質である白翼公の力を借りることにした。

 

 召喚するのは一つの魔術兵装。

 

 相手の残り魔力、グリーフシードの数は不明。

 

 ならば、より深く、より複雑な傷を刻み込み、相手を物理的に行動不能にする――!

 

 

 琴織つばめの右手に鉄の塊が現れた。何の変哲もない無骨な黒い突撃槍。けどおかしいのはその穂先から下。上下左右東西南北、釘バットのようにあらゆる向きで小さな無数の刃を生やしたそれは、まるで鉄の仙人掌(さぼてん)かあるいは化学の教科書に載っている析出した結晶のよう。前にそれを喰らった奴らのであろう血がこびり付いて赤黒く変色した、魔法少女が持つにはあまりにも禍々しく仰々しく馬鹿馬鹿しい兵器があたしの前にはあった。

 

 

「……なにそれ?」

鮮血機構(ブラッドドリンガー)。お前はこれで殺す」

 

 

 なんでそんなものを持っている。なんて疑問を口にする暇はない。一瞬で距離を詰めて振りかぶられたその凶器をあたしは反射的に躱すので精いっぱいだった。

 

 

「ちぃ……!」

 

 

 地面を砕き、コンクリートの破片が舞う。その中からいくつもの鉄の破片が飛び出し、一撃を避けたあたしの肌を浅く切り裂いた。なるほど。槍を躱しても埋め込まれた刃が射出されて追い打ちをかけてくる。その仕組みはよーく覚えたよ。そしてその槍があたしの身体に直にぶっ刺さったら、小さい刃が発射されて身体中をズタズタにすることも想像できる。想定以上の悪趣味さに思わず背筋が震える。

 

 でもそんな仕掛けじゃとてもじゃないけど仲間と一緒には戦えない。さっきのは念話で通じたのか常盤ななかは無傷だったけど、二人がかりで打ち合ってくるのにそんな暇はないよねえ?

 だから――突っ込んでくるのは、あんただけだ。琴織つばめ!

 

 

「■■■■■■■■―!」

 

 

 雄たけびを伴って繰り出される槍の一撃を躱す。そんな正面からの突撃を受け止める馬鹿はいない。紙一重で回避したその一撃から刃が枝分かれる。腕を交差させて被弾面積を最小限に抑える。あたしは舌打ちした。どうやらこの武器はどうあがこうが出血を強制させてくる。血を飲むもの(ブラッドドリンガー)とはよく言ったものだ。

 

 それだけじゃない。打撲よりも出血の方が回復に魔力を使うし、痛覚は遮断してるけど流れ出る血は普通の魔法少女なら心理的プレッシャーを与えられる。見た目も威圧的なこの武器は、魔法少女を殺すには最適だ。そんなものがあたしの前にやってくるなんて、因果ってのは本当にクソだね。

 

 でも、こんなものは直ぐに慣れる。

 最初は度肝抜かれたけど攻撃自体は単純な大ぶりだと分かれば対処はカンタン。多少の傷は受け入れて間合いを詰めてしまえば、がら空きの胴体に攻撃し放題「はあああぁっ!」何だと!?

 

 

「――せいっ!」

「ちぃ!」

 

 

 背後からの刺突を寸でのところで受け止める。奇襲を防がれた常盤ななかは舞うような動きで追撃を牽制し距離をとる。

それ以上の注意は向けられない。

 間髪入れずに鋼鉄の茨が、頭上から襲い来るのを避けるのにすべての集中力を振り分けさせられた。

 

 ――なんてやつだ、なんてやつだよ常盤ななか!

 

 普通この中に飛び込んでこようとか思う!?

 自分を狙ってこないとわかっててもさ、一つ振るう度に無差別に刃が飛んでくる攻撃に加わろうとか正気じゃないよ!

 

 あっは。あはははは! とことんあたしを楽しませてくれるんだねアンタは!

 一対一で、アンタに倒されるならどれだけ良かったかなぁ!!

 

 

 そこからの数秒は永遠と同じだった。

 

 槍の一突きで飛び散る破片と刃。

 常盤ななかはその身を躍らせ、無差別に襲い来る散弾を躱して更紗帆奈の背後を取り続ける。

 

 一体どういう動体視力をしていればそんな真似ができるのか。

 その原理は単純。常盤ななかの魔法は『敵を見極める力』。

 本人はそう自己申告した。その時点ではその効果に嘘偽りはなかった。

 だが、その魔法はそれだけではなかった。

 

 彼女が願ったのは『復讐するための力』。

 そんな願いで出来上がった魔法が、ただ敵を判別するだけなんていうしょっぱいものだろうか。

 

 否。いいとこのお嬢様だったこいつの魔法少女の素質がショボいわけがない。

 だが、彼女の魔法は応用性がない。

 ゆえに考えられるのはただ一つ。

 

 常盤ななかの魔法は進化した。

 『敵を見定める』魔法から、『敵を倒す道筋を見つけ出す』魔法に。

 

 なんという執念。なんという因果。

 真の仇であるあたしを倒すためだけに、こいつは自分の魔法を一つ上の段階に進化させた!!

 

 我ながら戦いの最中によくこんなに頭が回るなあって思ったけど、ふとこれが走馬灯ってやつだと気が付いた。

 前から迫る巨大な鉄の茨と、後ろから忍び寄る蜂の一刺し。

 最初は弾き返せていたけど、元々息がぴったりのこいつらの攻撃は次第にパズルのピースが組み合うように隙間が無くなっていく。

 そのことに気づいたときにはもう遅い。

 唯一の隙間に回避した先、完全にタイミングを合わせた攻撃が飛んでくる。

 

 冷静な思考が、何倍にも引き延ばされた体感時間でその事実を理解した。

 

 

回 避 不 可 能

 

 

 槍に杖が弾かれ、刀の一閃が脚を切り裂いた。更紗帆奈は立つことままならずに崩れ落ちる。

 

 絶好の機会。琴織つばめは跳躍し、槍を構えた右腕を惹き絞る。

 渦巻く魔力が軋みを上げる。致命的なその攻撃を前に、更紗帆奈はただ吠えるしかなかった。

 

 

「あ……あああああああああああ!!」

「終わりだ――カズィクル・ベイ!

 

 

 串刺し公の名を冠した一撃が放たれる。

 槍が更紗帆奈を貫き、その穂先がはじけ飛んだ。

 

 

 

 

ChapterⅩⅢ【合わせ鏡の底】

 

 

 

 風の吹きこむ音がいやに耳に障る。

 

 琴織つばめと常盤ななかは、肩で息をしながら目の前に突き立ったものを見る。

 それは肉と血と鉄で作られたオブジェ。

 支柱となる槍から無数に飛び出した鏃が、肉を引き裂き穴だらけにするという、悪趣味極まりないもの。

 ぼろ布で作った案山子のようなそれは、しかしまだ生きていた。

 

 更紗帆奈という名前を持ったそれは、ここまでやってまだ息があった。

 

 

「はっ……こんな結末かあ。ひどいんじゃない? 魔法少女が一人相手に寄ってたかってタコ殴り。挙句にここまでずたずたにするとかさあ。正義面して魔女退治してるアンタらがやっていいことじゃないって」

 

 

 口から夥しい血を吐き出しながら、帆奈は負け惜しみを口にする。

 肺も損傷しているのだろう、その言葉にはコフコフと空気音が混ざっている。

 

 鮮血機構に仕込まれた鏃の数は総じて666。

 そのほとんどを炸裂させ、もはや彼女の首から下は殲滅されている。

 痛覚を無視し、負傷を治癒できる魔法少女であろうと物理的に行動不能な状態。

 ソウルジェムが損傷していないのは奇跡といってもいい。

 

 骨喰の刃が首に突きつけられる。

 何かを企む素振りを見せれば、すぐにその首は刈り取られるだろう。

 

 

「ななかちゃん、こいつのソウルジェムを取り上げて浄化を」

「わかりました」

「……何、殺さないの?」

 

 

 失望を孕んだ声で帆奈が問う。

 

 

「皆の前で土下座させてから、お前の身柄は音子さんに引き渡しますよ」

「へぇ? お前の家に魔女嗾けて人生無茶苦茶にしてやった張本人だよ。ぶっ殺したいとか思わないの?」

「――――本音を言えば、そのソウルジェムを今すぐ叩き壊してやりたい。けれど、憎しみで自らの手を血に染めれば、あなたがやってきたことと何も変わりません。それに、恨みの分は殴りつけたつもりです。あとの沙汰を下すのはよりふさわしい人に委ねましょう」

 

 

 怒りを噛み潰すようにななかは言う。

 彼女の境遇を考えれば、殺してもやむなしと思われるだろう。帆奈の毒牙にかかった犠牲者たちを考えれば、その対価は死ですら生ぬるいだろう。けれど、例え復讐であろうと命を奪うことを是とすることもまた違う。

 この者に下されるべきは感情による私刑ではなく、厳粛なる裁きであるべきだ。

 

 最も、それで結末が変わるわけではない。

 仮に粛清機関に引き渡したところで、この魔法少女の生存は許されない。

 その身に宿した神秘がどれだけ尊いものなのか。どれほど得難いものなのか。それを理解せず徒に社会を乱したことの罪は重い。

 これ以上の異変が伝播し、その実態が公のものとなる前に、彼らはこの魔法少女の命も以ってその罪を贖わせるだろう。

 

 

「ここまでズタズタにしておいてよく言うよ。それとも琴織つばめがやったことだからノーカンだって? それは言い訳にはずるいんじゃないかなぁ?」

「言い訳? いいえ、私たちは一蓮托生。彼女の所業は私の所業です。それに、ある程度分かる形で戦闘不能にしておかないと、皆さんの留飲も下らないでしょう」

「そういうの、綺麗ごとって言うんだよ。くっだらないなぁ……そういうのがまかり通るんだから、本当に気に入らない」

 

 

 くつくつと笑う帆奈

 最早観念したのか、その声に嘲りの感情は見られない。

 正真正銘、本心の吐露というわけだ。

 

 

「バランスが悪いんだ。何もかもが気に入らなくて仕方がなかった……。だからさあ、どうやったらあんた達のすべてを台無しにできるか必死で考えてたんだよ」

「それはご苦労でしたね。全部潰しましたよ」

「あっは……そうだよ。あんたはあたしの仕込みを後出しじゃんけんで潰してきやがった。本当、バランスが悪いったらありゃしない。――そうだろう、瀬奈……?」

「もういいでしょう。ななかちゃん、ソウルジェムを取り上げてください」

 

 

 つばめはななかを急かす。

 帆奈の様子がおかしい。

 自爆覚悟の反撃か? その割には魔力の動きは穏やかだ。

 ただ、これ以上ソウルジェムを身に着けさせたままというのが無性に不安だった。

 ななかもこれ以上交わす言葉はないと判断し、帆奈のソウルジェムをはく奪しようとした。

 そこで、帆奈はとっておきの言葉を口にした。

 

 

「――ずるいよなあ。あんたはさ。あたしの玩具を勝手に奪って、我が物顔で笑い合って仲良くしやがって。 しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「え……? つばめさん、それは一体……」

「――ッ!? 貴様、それをどこで――」

 

 

 それは、秘されていた真実。

 琴織つばめという魔法少女が、仲間たちに隠してきたほの暗い一面だった。

 

 

 二人の間に動揺が走る。

 ななかは帆奈の言葉をうまく咀嚼できず、つばめは決して部外者に漏らしていない筈の情報をどこで知ったのかを問い詰めるために焦り。

 その意識のブレは、帆奈の次の行動を見逃してしまうには十分な隙だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『お前が更紗帆奈か』

『……誰だよアンタ。魔法少女じゃないみたいだけど』

『ただの研究者だよ。今お前が持ってるソレを作って、他の奴らに使わせてるのさ』

『ああ。これ?』

 

 

 ソウルジェムを模して造られた呪具。

 魔法少女相手にアコギな商売をしていた奴からくすねてきた代物を指さし、白衣の女は愉快そうに笑う。

 

 

『いいんじゃない? 回復量はショボいけど、魔女狩りの手間がちょっと省けるのは楽だよ』

『やっぱり回復量が肝心か。こればっかりは中々ネックなんだよなぁ……。まあいい、お前、何やら魔女や魔法で色々試してるんだってなあ』

『なんで知ってんのかわかんないけど。とりあえず全部忘れてくんない?』

 

 

 この女の正体が何であれ、自分の事を知られているのは面倒だ。

 帆奈は暗示の魔法を使い、自分の事を忘却するように命令した。

 

 

『オイオイ、いきなり魔法とか止してくれよ』

『――は? 何、効いてないの?』

『その口ぶりから察するに精神系の魔法だな? それなら脳波への干渉を防げばどうとでもなる』

 

 

 女が広げた手。その五指にはリング状の機械が取りつけられており、ピィィィンと可聴域ギリギリの音を放っている。超音波を介しての魔法への干渉、ということらしい。

 なら直接排除すれば済む話……というところで女は両手を上げた。

 

 

『まあ別にお前を取って食うつもりはねえよ。うちの商品分捕られたのは売人が間抜けなだけだしな。オレが来たのはさ、お前がなかなか面白い事してるからなんだ』

『あん?』

『その破滅主義は中々オレ好みで気に入ったってコト。そら、お得意様に追加の試作品をくれてやる』

 

 

 返事を待たず、その女は何かを投げてきた。

 

 

『何これ?』

『オレの研究成果さ。名前を楽園の通行証(エデンズパス)。魔法少女の脳みそ揺さぶって、問答無用で幸せ限界突破でハッピー☆にさせる魔法のおくすり(ウィッチクラフト)。これを摂取すれば、希望を魔力に変換する魔法少女はどうなると思う?』

『……幸せ過ぎて、魔力が爆発?』

『その通り。まあ普段のやつなら効果が切れた途端反動で魔女化一直線だが、あんたはどうだ?魔力の過剰供給(オーバーロード)に身体が絶えれず砕け散るか、それとも禁断症状のフラッシュバックで魔女になるか……試してみろよ?』

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

「……ああ、そうだよ瀬奈。こっからが本番だ。あんたとあたしの共同作業だ」

 

 

 プスリ。

 

 

「あなた、一体何を……!?」

 

 

 吹き出した魔力に反応して常盤ななかが刀を構えるが遅い。

 常盤ななかを無視して、後ろにいる琴織つばめに向き直ってその目を合わせる。

 縫い留められた肉体がブチブチと千切れる嫌な音がするが構わない。

 どの道、己の肉体は用済み。より丈夫な体は此処に一人いるのだから。

 

 

「させるか……!」

 

 

 肩に刃が食い込むが、更紗帆奈は止まらない。

 がっしりと首を掴み、視線を逸らされないように固定する。

 

 同じ紫色の瞳が交差する。

 狂気を孕んだその瞳の中で、つばめの知らない何者かが妖艶にほほ笑んだ。

 

 

「ようやくあたしを見たね。これからあんたのすべて……貰ってやるよ!」

 

 

 ビシリ。

 過剰すぎる魔力にソウルジェムがひび割れる音を聞きながら、更紗帆奈は告げた。

 

 

「さあ、今からあたし(つばめ)アンタ(帆奈)だ……!」

 

 

 

 




〇【No Understood Enemy】
 帆奈「え、なにそれ知らんけど。こわ……」
 正体についてはチャプタータイトルを見よう。

 つばめちゃんは能力を外付けで違法建築してるので、魔法でコピーとかした場合何かしらの欠陥が出る。


〇【華鳥舞踊】
 かなり戦闘描写に力を入れた部分。
 作者的にはここが一番書いてて気に入ってたりする。


〇【合わせ鏡の底】
 決着……とはいかずもう一波乱。
 


○【鮮血機構】
 ブラッドドリンガー。
 杉の木めいて茂る刃はすぐに剥がれ落ちて周囲を傷つける突撃槍。傷口を抉り、出血を悪化させる悪魔の拷問具。
 相手に突き刺したまま刃を炸裂させて、体内を殲滅することもできる。

○常盤ななか
 戦闘時限定で最適解を導き出す魔法を習得。
 これぐらいはね?

○更紗帆奈
 徹底的に計画をぶち壊されて逆に弄ばれたことでここまで足掻いてくれた。

○瀬奈みこと
 8章配信前にこの展開をすることを決め、マジで帆奈の中にいたことにビビった。
 せっかくなのでその設定を取り入れることに。
 そしてさらに「サヨナラストレージ」の配信によってもう一度書き直す羽目になった模様。

○なぞのかがくしゃ
 もはや何人目かもわからない世界観を乱しているやつ。
 本作は魔術、科学、宗教など色んな分野から魔法少女にちょっかい出してる勢力の殴り合いが舞台裏で行われています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。