つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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第三十五話 散花愁章……⑦【魂の在処/褪せ色メモリアル/父と娘】

ChapterⅩⅣ【魂の在処】

 

 

 

 琴織つばめの身体が仰向けに倒れる。

 纏っていた衣装が光に消え、見慣れた参京院の制服姿に戻る。

 

 

「つばめさん!?」

 

 

 ななかは駆け寄り、つばめの身体を抱き起こす。

 

 変身が解ける。それは魔力を維持できないほどに意識が断絶したことを示していた。 

 主からの魔力供給が途絶えた鮮血機構が魔力素に還元されて消える。

 それに縫い留められていた更紗帆奈の死体がどちゃり、と地面に崩れ落ちた。

 

 

「つばめさん! ……つばめさん! しっかりしてください!!」

 

 

 慌ててソウルジェムを確認する。割れてはいない。()()()()()()()()()()()()()()()()と、それを金継ぐように施された銀色は健在――。

 いや、違う。

 

 

「これは……!?」

「ななか!!」

 

 

 ソウルジェムの明確な異常に気が付いたななか。

 そこへあきら達が駆け付け、ほぼ同時にやちよ達や十七夜達も合流する。

 魔女を倒してきた彼女たちは皆ボロボロであった。

 

 

「皆さん……」

「うわっ、なにこれ!?」

「どう見ても死んでるわね……」

 

 

 凄惨な有様の死体を見て顔を顰める一同。

 全身が血にまみれ、首から下は穴だらけ。右腕はちぎれ、上半身と下半身はほぼ皮一枚で繋がっているような有様。思わず目を背ける者もいるが仕方のないことだ。

 

 だがそれ以上に彼女たちが気になるのは琴織つばめのほうだ。

 勝者のはずの彼女が倒れている。もしや相打ちになってしまったのか? と不安がよぎる。

 

 

「ねえ……つばめは一体どうなったの?」

「そうだよ。つばめさんがなんで倒れてるの!?」

「――更紗帆奈は、最後につばめさんに暗示をかけました」

 

 

 絞り出すように発せられたななかの言葉に、このはは憎悪の視線を帆奈だったものへと向けた。

 

 

「――ッ、こいつ、最後の最後まで……!!」

 

 

 家族のみならず、死してなお親友を害した。その悪辣さに追い打ちと言わんばかりの怒りを込めたこのはだが、辛うじてその感情を抑え込む。死体を辱めるような真似をすれば、己もまた外道に堕ちる。その良識と倫理を律する理性は決して捨ててはならない。

 

 

「……完全に死んでるわね。ソウルジェムも割れている。だったらどんな暗示だとしても、魔法の効果なら切れるはずよ」

 

 

 帆奈の死体を検分していたやちよが口を開く。

 それは七年間戦ってきたやちよが否応なく知ることとなった事実。

 力及ばずに散っていた少女たちの奇跡の結晶は、その命が散ると同時に消え去る。

 当然だ。魔法を成立させている魔力の大元が途切れれば、その魔法が途切れるのは定め。燃料の切れた機械が動かなくなるのと同じだ。

 勿論、中には術者が死んだ後も動き続ける魔法はあるだろうが、そのためには強い思いを込めて強力な魔力を込める必要があるはず。少なくとも、悪あがきの相打ちで狙える手段ではない。

 

 

「――ふむ。これは少々厄介なことになったな」

 

 

 いつの間にか、琴織渡がつばめの側に立っていた。

 影跳びによる瞬間移動。調整屋からここまで。そんな遠距離を一息に縮めるなど並みの魔術師どころか、普通の魔法少女でも不可能だが、この男はそんな芸当を容易くやってのけてみせる。

 

 

「わわっ!?」

「こ、琴織さん!?」

「つばめとの回線がいきなり途切れたから急遽跳んできた。しかし、あー、ちょっとまずいかもしれないな。ななかくん。更紗帆奈は事切れる寸前、娘にどのような暗示を仕掛けた?」

「あまり要領はつかめませんが……『私はあなただ』というようなことを言っていました」

「なるほど、となると……やはりか」

「何かわかったのですか?」

「つばめのソウルジェムを見るといい」

 

 

 琴織渡はつばめのソウルジェムを取り上げ、皆に見せつける。

 暗い紫と明るめの紫。この二つの光が混ざり合うように、あるいは片方をかき消さんとするようにして輝いていた。

 

 

「やはり、それが原因なんですね?」

「ああ。君も気づいていたか」

「はい。そこから『敵』の気配がしましたから」

 

 

 二つの色がせめぎ合うソウルジェムを見たななかは、そこで己の魔法が発動したことを理解した。それが彼女にとっての敵……すなわち更紗帆奈の反応であるということは、何を意味していたのか。

 

 

「どういうこと……?」

「おそらく彼女は魔法を暴走させ、自らの魂をつばめに送り込んだのだ。そうして自我侵食を行い、完全に乗っ取るつもりだろう」

「なんですって!?」

 

 

 その言葉にやちよは瞠目する。

 いくら更紗帆奈が精神を操る魔法を扱っていたとはいえ、相手の精神を完全に乗っ取るなどという真似ができるとは思えない。

 

 

「現に更紗帆奈の魔力をつばめのソウルジェムから感じないか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ゆえにそこにある輝きは魔法少女の魂の色。二つの輝きがあることは本来あり得ないことなんだよ」

 

 

 ほとんどの魔法少女がぎょっとして琴織渡を見る。

 半分は唐突に明かされた真実について。

 もう半分は彼が前触れもなく真実を明かしたことに。

 そしてさらにごく一部は、更紗帆奈が行った所業の壮絶さに息を呑んだ。

 

 

「そ、ソウルジェムが魂だって!?」

「ちょっといきなり何を言い出すの琴織さん!?」

「これは前提条件だからな。無理やりにでも受け入れてもらう。大体だね、魔法少女と普通の人間の違いなんて、死ぬ条件が心臓や脳が破壊されるかその宝玉が砕けるかでしかないんだ。致命傷を追えばどの道お陀仏である以上、この両者に大した違いはないともいえるだろう」

 

 

 琴織渡は言葉を続ける。そこに遠慮も配慮もない。彼はただ淡々と事実を陳列する。

 そんな有無を言わさぬ物言いに、広がった動揺はひとまず落ち着く。

 

 確か魔法少女の真実を前触れなく暴露したことに是非はあるだろう。だが、今ここで論ずるべきは愛娘の問題なのだ。それを説明するのに必要な情報を誤魔化している余裕などありはしない。それにいずれ遅かれ早かれ知ることになる事実。こういうのは流れでぶっちゃけてうやむやに呑み込ませるぐらいがちょうどいいのだ。

 

 親子揃って似たような手口を使うものだ、とやちよは思った。

 胡乱な物言いで疑問点を煙に巻き、軽い口ぶりで重たい事実を錯覚させ、最後に情報量で押し流して有耶無耶のままに納得させる。まるで詐欺師か押し売りだ。精神のケアを考慮している分、インキュベーターよりも性質が悪い。

 勿論、琴織渡はそんな下衆に手を染めたことはない。しかし、個人営業ともなればこの手のやり口は否が応でも身に着けるものである。

 

 

「だから、つばめさんのソウルジェムに……」

「そうなる。おそらくだが本来の『上書き』も使ったな? なんにせよ、このままだと目を覚ましたのがつばめの身体を乗っ取った更紗帆奈だったというオチもあり得るか……全く、最後まで気が抜けんな」

「そんな……!」

 

 

 多くの人間を踏みにじったにも飽き足らず、今度は友人まで奪っていこうというのか。

 ぎり、と強く握られたななかの手から一筋の血が垂れた。

 

 

「何か方法はないの?」

「そうならないようにするのが私の仕事だよ。人の悪性、混沌の魔術を修めた白翼公(アルバトロス)の名。侮ってもらっては困る」

 

 

 バリバリと体内の魔力が活性化する。

 ピン。と指を動かせば、エーテルワイヤーが宙を舞う。

 そのままつばめのソウルジェムに繋ぎ、琴織渡はそこから彼女の魂と精神にアクセスする。元より彼女の魂は己の魔力が繋ぎとめている。赤の他人に比べれば接続も、フィードバックを押さえることも容易い。

 

 

「私が彼女の魂にある病巣を切除する。ななかくんと静海くんも手伝ってくれ。相野くんの魔法を使い、つばめの心に呼びかけ続けてほしい。こればっかりは根競べだ、つばめの魂が呑まれる前にカタを付ける」

「あ、私!? ななかさん、このはさん、手を握って! つばめさんと心を繋ぐよ!」

「分かりました」

「ええ……絶対に助けるから!」

 

 

 少女たちが手を繋いで輪となる。

 そしてそれらを取り囲む銀の絹糸の中心で、魔術師は己が極めし秘術の一端を行使する。

 

 

 

"虚空を覗け――光は途絶え、影は生まれ、闇は出ずる。我は狭間を行く旅人なり。汝の心は我が手繰るままに。その碑文を開き給え"

 

 

 

 

 

 

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魔法少女 つばめ☆マギカ

The magica of Albatross~

エピソード1:Wake up Deadman

 

 

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ChapterⅩⅤ【褪せ色メモリアル】

 

 

 

 ――最初の転機は、小学校の時。

 

 

 琴織つばめは、幼い頃から創作物と共にあった。

 

 物心つく前に母、琴織鈴女を亡くし、父である琴織渡はつばめを養うために働くことであまり子育てに関われなかった。

 

 その代わり、と言うように、渡はつばめに多くの娯楽を買い与えた。

 小説、漫画、ゲーム、アニメ。

 

 一人用の娯楽には事欠かない現代。自分が関われない時間を持て余すことが無いようにと与えられたそれらをつばめは摂取し続け――そしていつしかその奥深さにどっぷり漬かってしまった。

 

 つばめが自分の性質(タチ)を自覚したのは小学四年生の時だ。

 クラスカーストの必需事項と言ってもいい流行りのアニメや漫画の話題には事欠かなかったつばめはクラスに馴染んでいた。

 だがある日、自分のお気に入りの作品が話題に上がった時、彼女は暴走した。

 

 ライバルの裏切りと葛藤。そして対決。

 そこに込められた緻密な描写と監督の癖は、つばめの感動を大いに揺さぶっていた。

 

 だからつばめは熱心に語った。

 やれあの時からの描写がこうだの。実は最初からこういうことへの伏線は張られていただの。

 とにかく自分の中の感動を伝えようとして――その熱の入り様にドン引きされた。

 

 当たり前だ。そんなキャラクターの心情とか関係性とか、ましてやストーリーの考察なんてことをほとんどの小学生は考えたりしない。せいぜいあれがすごかった、共感した、好きじゃなかったぐらいのものだ。だがつばめの読書によって磨かれた表現性と、ほんの少し早く発達(発症)した情緒(中二病)は自らの余りあるリビドーを表現できてしまった。

 

 その結果、つばめはクラスで浮いた。

 いじめの標的にならなかったことは幸運だっただろう。

 つかず離れずの距離を維持することは得意だったから、たまに変な熱が入る子という立ち位置に納まっただけで、実際に関係性が悪化するようなことにはならなかった。

 

 ……ただ、彼女の心に一つの壁が生まれたのは確かだった。

 それからは好きな漫画の話題には関わらず、アニメのグッズも大っぴらには見せなくなった。 

 自分に向けられる、奇異なものを見る視線。

 それはある種の恐怖であり、強迫観念であった。

 ああ、自分は此処では受け入れられないのだ、と。

 

 自分を押し殺し、埋没するように生きていく。

 そんな生活が変化したのは五年生。彼女と同じクラスになった時だ。

 

 

「やっほー、つばめ。また本読んでるの?」

「……美緒」

 

 

 教室の席にて、お気に入りの新刊を読んでいたつばめに声を掛けるものがいた。

 金髪と笑顔が眩しい少女。彼女の名は富野美緒。

 人当たりがよく、快活で物おじしないクラスの人気者。

 ここ三年ぐらいは別々のクラスになっていた、一年生からの顔見知り。

 

 

「その本、本屋の前に並んでた新しい本だよね。面白いの?」

「ええ。面白いですよ」

 

 

 当たり障りのない言葉で返す。

 彼女のことは嫌いではない。むしろその活発さは好ましくもある。 

 だからこそ、自分の思いを正直に伝えることに抵抗があった。

 

 

「そうなんだ! じゃあさ。どんなところが好きなの?」

「え?」

「ほら、好きって言っても色々あるじゃん。シーンとか、キャラとかさっ」

「えっと、そうですね――」

 

 

 あちらから聞いてきたのなら仕方がない。

 などと言い訳をして、つばめは語り出した。

 勿論、最初は控えめに語ろうとした。だが抑圧されてきた心の反動か、気が付けば自分の好きを全面に押し出していた。売りはこうだの。ここが他の作品とは違うだの。作者の過去作との繋がりが仄めかされている。自分の好きなキャラはこれだのと。

 

 一区切りして、つばめは自分の行いに気が付いた。

 久しぶりに思いの丈を語ることができるという事実に浮かれ、相手のことを考えずに自分のことだけを話し続けてしまった。

 どうしよう。あの快活な顔が嫌悪に歪む未来を想像してしまう。淡く感じていた友情が崩れ去ってしまう。

 怯え切った表情のつばめに、しかし美緒は笑って、

 

 

「へえ、そんなに好きなんだ! それじゃあたしも読んでみよっかな」

「……え?」

 

 

 と言った。

 深い意味はない。

 ただその感想を語る姿がとても楽しそうだったから、自分も読んでみようかとなっただけの軽い返事だ。

 

 

 だが、それでもよかった。

 それだけのことが嬉しかった。

 きっと彼女にとっては他の友人にも言うような、それこそ何てことのない言葉だろうけど。

 つばめにとっては、自分のすべてを肯定してくれたに等しかったのだ。

 

 

「ねえねえ、他にはお勧めの本とかない? できればあんまり難しくないやつがいいな」

「……そう、ですね。それじゃあ――」

 

 

 富野美緒という少女は、琴織つばめの道を照らす篝火だった。

 

 

 

 

「ふーん。これが琴織つばめの過去、か」

 

 

 教室の片隅。

 友人の取り巻きとして紛れ込みながら、更紗帆奈は呟いた。

 隣の空間がじわりと滲み、水色の髪をした美しい少女が帆奈の側に現れた。

 

 

「まずは第一段階成功だね。()()()()()

「うん。実際賭けみたいなものだったけど、あんたと一緒なら成功できるって信じてたよ。()()

 

 

 帆奈に微笑む彼女の名は瀬奈みこと。

 かつて魔女となる運命を迎え、帆奈の中で精神体のみで生き永らえていた存在だ。

 

 更紗帆奈が自らの魔力を暴走させて行ったことは自爆ではない。

 琴織渡の予想通り、彼女は瀬奈みことと共に琴織つばめの精神へと潜り込んだ。

 

 そうして彼女が行うのはつばめの記憶の改竄……ではない。

 『暗示』の魔法は瀬奈みことの『移植』に書き換えたことで失われた。それに、そもそもソウルジェムを失った現在の帆奈にはそこまでの魔法は行使できない。

 

 今の帆奈ができるのは知ることだけ。だがその先にこそ彼女の狙いがある。

 

 琴織つばめの記憶の要点。彼女の精神を支える絆の始まりを知ることで魂を掌握する。 

 それこそが、『上書き』と『暗示』……そして瀬奈みことの魔女としての能力である『移植』を掛け合わせるという離れ業によって、琴織つばめの精神へと魂を移植した帆奈が彼女の肉体を乗っ取るために必要な条件であった。

 

 

「しっかしオタク女子ねぇ、まあ口ぶりからしてそんな感じはしてたけどね。人付き合いが下手くそだなぁ……そんぐらいの方が、あたしとしても成り代わりやすいけどね」

「クラスの人気者とか、なりたいと思わないの? そこの美緒ちゃんみたいに」

「ないよ。あたしの親友は今も昔も瀬奈だけ。それ以外はいらないよ、さ。こいつの最初の友達は分かった。次だ次」

 

 

 帆奈は残るクラスメイトとの当たり障りのない記憶をすっ飛ばして次の記憶を覗こうとする。

 琴織つばめの魂は現在、膨大な魔力の衝突と瀬奈みことが帆奈の中で蓄えてきた呪いによって沈静化状態にある。

 これは時間との戦いだ。琴織つばめが目覚める前に、その精神を掌握しなくてはいけない。

 

 必要なのは絆を育むに至った記憶。

 それも神浜での出会いではない。もっと深い根幹に根差した記憶だ。

 すなわち、友、師、家族。

 琴織つばめの人間性を形作るに至った骨子を知り、それを自分に置き換えることで初めて彼女の魂を完全に塗りつぶすことができる。

 

 ぐるり、と風景が早送りになる。

 心を許した友との日常。一人の家は少し寂しくもあったが、それでも充実していた日々。

 そうして月日は経つ。六年生への進級。卒業式を迎え。次に七枝中学校への入学式。

 

 カシャリ。カシャリ。とシャッターを切る様に変わりゆく褪せ色のメモリアル。

 帆奈と瀬奈は映画を鑑賞するようにその在り方を眺め、理解する。

 

 

「……そういえば、こうして一緒に映画とか観たこと無かったね」

「まーね。お互い、そんな余裕もなかったからね」

「ふふ。ちょっと楽しくなってきたかも」

「一緒に観るのがこいつの記憶だっていうのは、気に入らないけどね」

 

 

 美緒とその他友人と共に過ごす放課後。

 この時には既に自分を律するだけの弁えをつけていたつばめは、浅く広く、クラスメイトとの交友を築き上げていた。

 

 

 そうして何度かページをめくり続けた後、

 

 

 彼女の二度目の転機となる。あの夜の一幕が再生される。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ……彼女に出会ったのは、中学二年の時。

 

 

 七枝市にて連続殺人事件が囁かれはじめ、下校時間に大きな制限がかかった。

 

 つばめは美緒と共に下校し、途中で別れた。

 そしてふと彼女が見知らぬ誰かと路地裏に入っていくのを見つけ、後を追いかけ――魔女の結界に迷い込んでしまった。

 

 使い魔に襲われるつばめ。

 間一髪のところを助けたのがこの時既に魔法少女になっていた美緒であり、そしてかの名高き魔法少女にして聖堂騎士、紺染音子その人だった。

 

 そしてつばめは世界の裏側を知る。

 キュゥべえ。魔女。魔法少女。願いと契約。

 キミには素質があると契約を求めるキュゥべえだが、つばめには叶えたい願いはなかった。

 音子に釘を刺されたのもあるだろうが、その時のつばめは非日常を知りながらも、日常へ留まることを選んだ堅実な人間だった。

 

 

 ――それから数日後。

 

 つばめの父、琴織渡が暴走車との交通事故によって覚めない眠りに就き。

 少女はただ一人の肉親の復活を奇跡として願い、対価として魔法少女になった。

 

 

「な~るほどねぇ」

「事故に遭ったお父さんを治したんだ。……私たちとは正反対だね」

 

 

 目の前の風景を、互いの境遇と比較する。

 どちらも真っ当な親とは呼べない父親で、帆奈の父は身勝手な暴力の果てに野垂れ死に、みことに至っては願いによって父親を排除することを望んだ。

 そのことに後悔はない。あんなのを家族だなんて呼びたくもない。

 

 だからこそ、曲がりなりにも家族の情を持っていた琴織つばめの願いを見せつけられるというのは何とも不条理ではないか。

 

 

「何、羨ましいの瀬奈?」

「え?」

「だって、さっきからじっと目を凝らしてるじゃん」

「……別に、羨ましくなんて」

「いいんじゃない? こいつを乗っ取ったら、それも全部あんたのものになるんだからさ」

「……? うん、そうだね……」

 

 

 何か引っかかる物言いだが、みことはそれで納得した。

 自分のことを娘として愛してくれる父親……本当にそんなのがいるのか。

 たとえそれが手に入るのだとしても、実感と喜びは湧いてこなかった。

 

 

 そうして魔法少女となったつばめは、その経緯を知った音子によって魔女狩りのノウハウを教えられることとなる。

 まず、実地訓練として魔女結界の中を共に進んでいく。

 

 

「うーわ、こいつ。この時からクソ強かよ」

 

 

 再生される魔女との戦い。

 その中であらゆる魔女を瞬殺していくのが紺染音子の雄姿だ。

 つばめの視界から見えるその背中は、強く、大きく、頼もしく。

 

 有無を言わさぬ圧倒的な強さと、その正々堂々たる潔白さこそが、琴織つばめの歩むべき道を指し示した。

 

 

「悪いけど瀬奈、ちょっと引っ込んでて」

「え、どうして?」

「一番大事な記憶は、こいつの目線で覗かなきゃいけないからね。二人だとちょっと厳しいんだ」

「……うん。わかった、じゃあ頑張ってね帆奈ちゃん」

「ああ。頑張るよ瀬奈。これが終われば、晴れてあんたは生まれ変われるんだからさ」

 

 

 瀬奈みことの姿が薄れて消える。

 帆奈はつばめに近づき、その映像に重なってひとつになる。

 灯と道。この二つを知ったことで、彼女と深く繋がることができるようになった。

 あとは最後の一つ、琴織つばめという人間の(希望)を奪い取る。

 そのためにも、ここから先は一つも見逃してはならない。

 

 

 音子はつばめに伝える。

 この街で起こっている連続殺人事件。それは魔女によって引き起こされているものだと。

 その事実を知ったつばめは、平穏を取り戻すために魔女を倒すことを決意する。

 

 

「ぐはぁ!」

「踏み込みが甘い。槍の持ち方もなってません。何事もまずは基本から。最も力を無駄なく伝えられるやり方を身体に覚え込ませなさい」

「っつつ……はい!」

 

 

 つばめは苦痛に顔を歪め、感覚を共有する帆奈もまた歯を食いしばった。

 散々痛めつけられた女に、また痛めつけられている。

 訓練ということで大分優しいが、それでもあの身体を芯から砕かれる感覚が思い起こされる。

 

 組み手だけに終わらない。

 走り込み。丸太避け。滝登り。音子相手の耐久スパーリング。

 大分優しくない訓練に悲鳴を上げるつばめ。

 勿論、感覚も共有している帆奈にもその苦しみは伝わる。

 

 

(ぐわああああ! こいつ、こんな馬鹿みたいな訓練やってきたの!?)

 

 

 魔法少女であろうとも根を上げる地獄のブートキャンプ。

 だがその甲斐あってか、着々と実力をつけていくつばめと美緒。

 

 そうして魔女を狩っていき、七枝市に巣食う強力な魔女は軒並み倒された後。

 収束するはずだった連続殺人事件は、決して止まることは無かった。

 

 紺染音子は語った。自分はこの街にある魔法少女を追ってきたのだと。

 それは精神を操る魔法少女、名前を神名あすみ。

 周囲の不幸を願い、それに飽き足らず多くの人に不幸を振りまいて、最早看過できぬと粛清機関から刺客を送り付けられた魔法少女。

 七枝市の魔法少女を一度は全滅させた彼女は、根気強く調査を続けるつばめ達の前に姿を現した。

 

 

(なるほどねぇ。やけにあたしの手口に詳しいと思ったら、予習済みだったってわけか)

 

 

 余計な真似をしてくれた。と自分勝手に帆奈は思う。

 音子の不在を狙って現れた神名あすみは、彼女への嫌がらせとしてつばめ達を亡き者にしようとした。

 精神操作の魔法。それによって見せられる、裏切りと絶望の光景。 

 どれほど鍛えようとも、魔法少女として新米でしかない彼女たちは、人の悪意に対して慣れておらず、そうした魔法少女を狩ることは、神名あすみにとっては朝飯前だった。

 

 万事休すのつばめ達。

 そこに現れたのは、琴織つばめの父、琴織渡だった。

 

 

「……騒がしい音がすると思えば、何だこれは。つばめ、一体こんなところで何をやっているんだ?」

「ああ? なんだただの人間か……」

「父さん、こっち来ちゃダメっ!」

 

 

 つばめの言葉に神名あすみはニタリと笑みを浮かべた。

 妙にてこずらせてくれた目の前の少女を絶望へと落とすための方法が、自分からやってきたのだから。

 

 

「へぇ、あれがあんたのお父さん……。じゃあ、こうしてあげるっ!!」

 

 

 渡を目掛けて振るわれる鉄球。

 ただの人間が回避するには早すぎて、満身創痍のつばめ達が割り込むには遠すぎた。

 見よ、人の胴回り以上もある鉄球が、その頭をトマトのように弾け飛ばす――

 

 

「おいおい、いきなり攻撃とか。現代日本のくせに物騒すぎるだろう」

 

 

 ――ことはなく。

 鉄球は、琴織渡に片手で受け止められていた。

 

 

「え?」

「……は?」

 

 

 予想外の光景に、あっけに取られる少女たち。

 

 

「はてさて。実のところあまり状況は呑み込めていないが、それでもわかることはある。一つ、つばめはいつの間にやら魔術……いや魔法に関わる様になっていたこと。二つ、そこの君は私の娘や富野くんと敵対関係にあるということ」

 

 

 トン、と軽く指で突く。それだけで鉄球が粉々に砕け散る。

 神名あすみがぎょっとして一歩後ずさりした瞬間、既に琴織渡――否、虚空の魔術師は眼前に立っていた。

 

 

「そして、キミが私の可愛いつばめに手ひどい傷を負わせたことだ」

 

 

 

「私の娘に手を出そうとするとは、少々お仕置きが必要だね?」

「ひっ、嫌だっ、来ないでっ」

 

 

 理解の範囲を超えた相手に恐慌するあすみ。鉄球を生み出し、振り払うように振り回す。

 琴織渡はそれを難なくつかみ取り、今度はめきょりと内側から鉄球が圧壊する。

 手についた鉄片をコートの裾で払いとる渡の姿は、あすみにとって理解しがたい怪物であった。

 

 

「やめて、やめて、こっちこないでぇ!!」

 

 

 行使されるのは精神操作。

 これまで彼女の力となり、何度も自分を虐げた者たちを――敵を倒してくれた魔法。

 目の前から消えてくれという願いを込めて放たれたその魔法は、しかし彼の前には何の意味もない。

 

 

「ふむ、精神系の呪いか。悪いね、生憎と呪いは私の糧だ」

 

 

 指で見えない何かを摘まむようにしてから、それを無慈悲に握りつぶす。

 そしてその手が少女の眼前に翳され、滅びの極光が放たれようとして――

 

 ビシリ、と血の断裂が彼の右腕に走った。

 

 

「……この体ではこれが限界か」

 

 

 這う這うの体で逃げていく少女には目もくれず、琴織渡だったものはつばめ達に振り返る。

 黒いはずの瞳は金色に染まっており、困ったように肩をすくめてつばめを見据えた。

 

 

「さて、一体どこから説明したものかは困ったが……大丈夫かい? つばめ」

「……とう、さん?」

「そうだ。私は琴織渡だ。……なのだが、ちょっとばかりややこしいことになっている。ひとまず我が家に帰ろう。話はそれからだ」

 

 

 

ChapterⅩⅥ【父と娘】

 

 

 

 二人きりのリビングで、琴織渡は真実を語った。

 

 

 琴織つばめが願った、父親の魂の奪還。

 それは琴織渡を目覚めさせるだけでなく、彼の魂が持っていた因果すらも手繰り寄せたのだ。

 こことは違う異界の魔術王。ソラを駆ける渡り鳥(アルバトロス)。かつてこの世界にも顕現し、いくつかの魔術の種を残した白翼の祖。

 その端末として、時の流れの果てにこの日本の地で目覚めた末裔。

 それが琴織渡であり、同じ血を引くつばめによってこの世界に呼ばれた魔術師の正体だった。

 

 

 拒絶と葛藤。

 全く別の存在と化した父を一度は拒むつばめ。

 己の願いが予想にもしなかった事態を引き起こしたことで、彼女の心は傷心に揺れる。

 

 それを彼女は見逃さなかった。

 再び現れた神名あすみ。失意に沈むつばめに対して、彼女は追撃を与えた。

 それは魔法少女の真実。

 魔法少女の魂が穢れきる時、魔法少女は魔女に為る。

 

 

 ソウルジェムの真実すら自力で導いた普段の彼女ならば、その事実をも受け止めきっていただろう。

 だが、今は肉親の変貌についての気持ちが整理できておらず、その事実を受け止めることができないほどにつばめの心は弱り切っていた。

 

 

 穢れる。紫色の輝きを放っていたソウルジェムが、黒き呪いで満たされる。

 

 ――堕ちる。堕ちる。

 

 

 友の慟哭。師の悔恨。敵の哄笑。

 そのすべてが遠くなり、意識が闇に堕ちていく。

 何もない虚無が近づく中で、彼女はその中に一つの光を見た。

 

 

「……あぁ。こうすればいいんですね。父さん」

 

 

 そして、二度目の奇跡は起きる。 

 不条理を覆すのは、白き翼。

 自分が操る魔法の真の力を知り、琴織つばめは死の淵より蘇った。

 

 砕けたはずのソウルジェムが、銀の魔力で繋ぎとめられる。

 孵化するはずのグリーフシードは、あるべき身体に戻っていく。

 

 魔女でもなく、魔法少女でもなく。

 ただ一人の存在として再誕したつばめ。

 祖たるアルバトロスはそれを祝福する。

 

 

「見事だ。未熟も未熟、魔導においては駆け出しの身なれども、キミは今間違いなく我らが血族としての在り方を示した。この世界において類なき……とまではいかないが、それでもキミは新たな道を切り開いて見せたのだ。……と、世辞はこの辺にして、よくやったね、つばめ。キミが生きていてくれて、私はとても嬉しい」

 

 

 そうして名前を呼ぶ声と、頭に置かれた手の温かさは間違いなく父のものだった。

 

 

 ――ここだ。

 この記憶こそが最後の鍵だ。

 

 つばめと同じ視点で重なり合った帆奈はほくそ笑んだ。

 

 父親との間に感じていた僅かな隔たり。

 それが取り払われ、親子の絆を築き直したこの記憶を手に入れれば、琴織つばめという存在を手に入れられる。

 

 

「父さんは……父さんなんですよね?」

「そうだよ、つばめ帆奈。私の可愛い娘。私は琴織渡。白翼の祖としての前世があろうと、今の私は君の知るものだ」

 

 

 これで琴織つばめは、更紗帆奈として『上書き』され――

 

 

 

 

「だが、君の父親ではないよ更紗帆奈」

 

 

 

 

 その見開かれた金色の瞳が琴織つばめを――否、更紗帆奈を見た。

 

 

『……え?』

「やれやれ。最後の最後で不覚を取るとは、手を焼かせる子だ。まあ、それもまた可愛いところだけどね」

「父さん、褒めてないでしょそれ」

「いやいや。親はいつでも子供の世話を焼きたがるものなんだから。ちょっと迷惑なぐらいでいいんだよ」

 

 

 よっこいしょと、立ち上がったつばめが帆奈を追い越し、渡と笑いあう。

 

 

『え、ちょっと、なんだよこれ?』

「まだわからないんですか?

 

 ――あなたの目論見は、これで全部失敗です」

 

 

 気が付けば、帆奈の前にはつばめが立っていた。

 風景も懐かしき家ではなく、虚無のような暗黒へ。

 

 

「……なんで?」

「私とあなたでは、何もかもが違った。それを無理やり染め上げようとすれば、どこかでズレるのは当然ですよ。とはいえ、ここまで真逆なのも何かの縁でしょうか」

「お前、まさか……」

「流れ込んできましたよ。あなたの過去。まあ、確かに悲惨で、こんなことをしでかしたのも理解できなくはないですが……。でもいじめっ子を消したのは良くありませんでしたね。消えてほしいぐらいに憎かったのでしょうが、それでもそれは願いじゃなくて呪いだ。幸福を願わなかった時点で、あなたが瀬奈さんとずっと過ごせる未来は、最初からなかったんです」

 

 

 彼女の抱いた願い(呪い)を。この世界に望んだことを。つばめはきっぱりと斬り捨てる。

 

 同情はない。憐憫はない。

 ただ、目の前の「混沌」を名乗ったものには、訣別の宣言を。

 

 

「お前に、何がッ、あたしの何がわかるんだ……!」

「さあ。わかりたくもないし、きっとわかってはいけない。ですが、あなたが失敗した根本的な理由だけはわかります」

「……なんだよ」

 

 

 友の声が聞こえる。

 

 

「つばめさん!」

「つばめ!」

「――お前は最初から、誰かの人生を踏みにじっていた。その願いこそが、私との決定的な差だ」

 

 

 

 一歩。つばめの踏み出した足から青白い炎が噴き出る。

 

 

「ななかちゃんやかこちゃんの人生を穢して、このはさん達の尊厳を踏みにじった」

 

 

 二歩。濡羽色の髪が白銀に輝き、その肌からは血の色が抜け落ちた。

 

 

「それどころか、私への嫌がらせのためだけにメルくんを殺そうとした」

 

 

 三歩。黒き翼が羽ばたき、二人の間に羽根が舞う。

 

 

「挙句の果てに自分の中にまで潜り込まれて、記憶を覗かれて乗っ取られそうになった。正直言って、さっきミンチにした程度じゃ全然気は収まっていないんですよ

 

 

 幽界眼を臨界まで励起し、己の魔女としての性が前面に表出する。

 

 

 ――雛鳥の魔女(Martyrs)。その性質は殉教。

 家族、友、師、仲間。

 己を形作ってくれたすべてを尊ぶ彼女は、それを踏みにじるものに一切の容赦がなかった。

 

 

これで終わりだ。地獄に落ちろ、更紗帆奈

 

 

 骨喰を握りしめ、つばめは最後の一歩を踏み出す。

 抵抗するすべての力を失った帆奈は、振るわれる刃を躱すことができず――

 

 

「だめ……ダメッ! 帆奈ちゃんに、それ以上近づくなっ!」

「瀬奈!」

「――ッ!?」

 

 

 立ちふさがる様にして、瀬奈みことの姿が現れる。

 彼女から放たれた呪詛の奔流がつばめを弾き飛ばすが、その対価として青白き炎がみことを燃やす。

 ここはつばめの精神領域。魔女の魂を持ち、いかに真理に至る渇望の呪いを蓄えていたとはいえ、今のみことは吹けば消えるような精神体に過ぎない。

 必然として彼女は死の遣いに刃向かった報いとして、ここで焼き尽くされる運命を迎える。

 

 

「ああ、あああ、ああああああ!!」

「なんて強い呪い……それを野放しにはできません!」

「――が、あぁ……」

「やめろ……やめろよっ!」

 

 

 みことの首を掴み上げるつばめ。

 帆奈は遮二無二掴みかかり、つばめから瀬奈を引きはがす。

 当然炎は帆奈にも移るが、一向にかまわない。

 魂そのものを灼く苦痛に悶える瀬奈を、帆奈は必死に掻き抱いた。

 

 

「いやだ、やめろ、やめて……瀬奈、瀬奈ぁ!」

「――ううむ。なんだか私のほうが悪役になってしまった感じ」

 

 

 自分への怒りではなく、友の惨状に泣き喚く帆奈の姿に、つばめはすっかり興が醒めてしまった。

 色々やられたし、仕返しの意味を込めてブチかましてやろうと思ったが、流石にこんな痛ましい光景は良心が痛む。

 ばつの悪そうに頭を捻るつばめの肩に、渡が手を置いた。

 

 

「もういいだろう。つばめ」

「……父さん」

「彼女たちはじきに()()()。もう手を出す必要はない。さあ、みんな待ってるよ。キミの意識を引き上げるから、しっかり掴まっているように」

「え、あ、ちょ」

 

 

 ぐるり、と浮遊感を覚えると同時。

 つばめの意識は微かに見える光へと急上昇していった。

 対するように、彼女たちは無限の奈落に落ちていく。

 

 待ち受けるのは虚無の渦。

 人間の悪性が行き着く先、社会に不要なものを受け続ける廃棄孔。

 星光と混沌を操る白翼の王が研鑽の果てに見出した、この世の最果てだ。

 

 

「畜生、チクショウ、ちくしょう!」

 

 

 堰を切ったように溢れだす慟哭。

 末端から崩れ落ちながら、帆奈の魂は叫んだ。

 

 

「あと少しだったのに、もうちょっとであいつはあたしのものだったのに! あたしはあいつになれたのに! そうしたら――瀬奈を生き帰らせれたのに!!」

『帆奈ちゃん……』

 

 

 それが更紗帆奈が琴織つばめの肉体を奪おうとした本当の理由。

 あの日。みかづき荘の外から彼女の秘密を立ち聞きした時、帆奈の中に一つの欲が生まれた。

 魔女を操ることでその生態を観察し、キュゥべえから性質を根掘り葉掘り聞き出した。もしかしたらという推測から導かれたその希望は、実際に的中していた。

 

 琴織つばめは他の魔法少女とは異なる構造を持っていた。一度死んだことで、彼女の魂は変質を起こしていた。半分魔女であるからこそ、瀬奈みことの人格を受け入れる余地があった。

 帆奈はつばめの体を乗っ取った後、瀬奈に体を明け渡しそのまま自らは死ぬつもりだったのだ。

 

 だが、その目論見は挫かれた。

 

 琴織つばめの父親と、彼女と絆を紡いだ親友たちの手によって。彼女の魂は守り通された。

 いや、最初から破綻していたのだろう。

 父に愛されず、愛することもできなかった二人には、琴織つばめの心を理解することなど、到底無理だったのかもしれない。

 

 

「ごめん。ごめん瀬奈。あんたの力貰ったのに、あいつ倒せなかった。何もぐちゃぐちゃにできなかった。あたし、何にもできなかった……」

「ううん。いいよ、帆奈ちゃんが頑張ってたのは知ってるもん。こんな私のために、ぼろぼろになるまで頑張っちゃうような不器用で、とっても優しい私の親友」

「……」

 

 

 胸の中で泣きじゃくる帆奈をみことは優しく抱きしめる。

 お互いを抱きながら崩れ果てる最期こそが、この混沌を名乗った少女と、世界を呪った少女に対する応報(報酬)だった。

 

 

「うん。最後まで一緒にいよう。呪いはあいつに持ってかれちゃったけど、私はあなたと一緒なら、それだけで十分だったんだ」

「ありがと……みこと」

「あっ……! やっと名前で呼んでくれたね、帆奈ちゃん」

 

 

 紫色の炎は闇の底を落ちてゆく。

 どこまでも。どこまでも。

 

 ――そして、炎はかき消えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ……おぼろげな視界に初めて映ったのは、ななかちゃんやこのはさんの顔。

 なんだろうこの幸せ空間。

 

 じゃなくて。

 

 

「……私は、琴織つばめ」

「はい。その通りですよつばめさん」

「ななかちゃんに、このはさん……」

「よかった……! つばめが無事で……」

「つばめさん!」

「よかった、つばめさんが目覚めたよ!」

「全く、いらぬ心配かけさせるネ」

「そういう美雨さんも、結構慌ててたような気がするけどね」

 

 

 周囲を見渡せば最初の皆さんが揃っていた。

 どうやら、自分の不覚でいらぬ心配をかけてしまったらしい。

 

 ゆっくりと身体を起こす。

 傍らに目をやれば、事切れた更紗帆奈。

 あの誰もを嘲笑うような形相はどこへやら。何もかもをやり遂げたように穏やかに目を閉じている。

 

 

 ……なんかムカつく。

 企みを全部お釈迦にしてやったと言うのに、何でそこまで安らかな死に顔ができるのやら。

 

 

 ――いや、もしかしたら彼女は最期に夢を見たのかもしれない。

 たった一人、心を許せる親友と過ごした幸せだった時間を。

 

 何度も。何度も。

 地獄に落ちてさえも、その夢を見続けるのだろう。

 

 

「彼女は死にましたか」

「……はい」

「アイツ、最後に『暗示』と『上書き』の重ね合わせで私の精神を乗っ取ろうとしてきました。ですがそれもぶっ殺したので、もう戻っては来ないでしょう」

「そうですか。それはよかった」

「……どうですか、仇を倒した感触は」

 

 

 実際に手を下したのはほぼ私だが。

 いくら相手が仇で、情けを駆ける必要のない外道であったとはいえ、結果として人一人の命を奪ったというのは、たった齢十五の少女には重荷になるはずだ。

 

 

「……あまり、後味の良いものではありませんね」

「まあ、そうですよね」

「でも、あなたが生きていてくれたのは本当によかった」

 

 

 ななかちゃんは私の手をとって微笑んでくれた。

 ……全く、強い人だ。

 

 

「一時はどうなることかと思いましたが、どうやら上手くいったようですね」

「あ、音子さん……」

 

 

 いつの間にか側には音子さんがいた。

 いやマジでいつの間に? 足音とか、気配とか一切しなかったんだけど??

 

 

「最後の一撃を喰らったのは減点ですが、こうして生きて帰ってきたことが全て。ちゃんと決着もつけたようですし、よしとしましょう」

「じゃあ……今回の採点は?」

 

 

 七枝市にいた頃に何度もやった、懐かしいやり取りを交わす。

 音子さんは満足そうに頷いて、

 

 

「ええ。及第点です。いい友を得ましたね、つばめ」

「……はい!」

 

 

 私もまた、誇らしい気持ちで笑みを返した。

 

 

 

 

 こうして、神浜の街を揺るがした魔法少女昏倒事件は、黒幕の討伐を以って終わりを迎えたのであった。




○【魂の在処】
 しれっとバラされるソウルジェムについて
 なお、この時点で知ったのは鶴乃、かもれ組、つつじシスターズ、ななか組
 他に動員されていた魔法少女は撤退したので聞いておらず、後日箝口令が敷かれたので情報も漏れていない

○【褪せ色メモリアル】
 幼少期~シーズン1まで
 シーズン1の情報は今回書いたのが大体
 逆に言うとこの程度で済むんですよね

○【父と娘】
 例えどれほど変わり果てようとも、お互いの絆が変わることはない
 ちなみにどの辺から渡が介入したかというと、最初に登場した時からである

○琴織つばめ
 陰キャオタク少女
 理解のある友人がいてくれたので陽キャムーブができてるだけの、典型的なオタク
 入れ込んだものへの感情が重い
 生死の境を何度か垣間見たことで、人付き合いへの躊躇いが吹っ飛んだ

○雛鳥の魔女
 Martyr その性質は殉教
 異形顕現の先、魔法少女のまま魔女に至った姿。
 要は虚化。現実世界では起動するための呪いが足りなく、まだ実戦では使えなかった。

○富野美緒
 オタクに理解のあるギャル……ではない
 はやりものに飛びつき、なんとなく話を合わせられるだけの超絶コミュ強

○神名あすみ
 二次創作によくいるあの子。
 この記憶の後、性懲りもなくつばめちゃんを襲って色々やらかした挙句、精神魔法が通用しない(頭が堅いので)音子にボコボコにされた。

○更紗帆奈
 完全に死亡
 信賞必罰。因果応報
 この物語は万人が救済される話ではない

○瀬名みこと
 つばめに呪いを奪われて諸共に消滅
 本人的には親友と一緒に逝ったので満足
 はい。彼女の人格がここで消えたことで第二部の色んなフラグがへし折れました

○琴織渡
 別作品でも使った「白翼の一族」のオリジン的な存在
 原案はこいつが主人公で色んな世界を旅する多重クロスものだった


 あとはエピローグを書いて、第1シーズンは終了となります
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