つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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プレシーズン的なの


エピソード2【神浜編】プレシーズン1
第三十七話 鏡の最果て


「はい。終わったわよ。気分はどうかしら?」

 

 

 みたまさんの言葉に従い、自分の魔力を探ってみる。

 

 

「……特にあまり変化はないですね」

「まあ、つばめの調整についてはほぼ頭打ちだからね。今回は微々たるものだろう」

 

 

 珈琲を啜りながら父が言う。

 まあ、私の成長限界についてはいい。槍の腕を磨いたり、魔術の探求を進めたりとまだまだ強くなる道筋はある。

 で、問題はそこではなく。

 

 

「それで、肝心のアレについてですが……」

「ええ。瀬奈みことの人格が持っていた鏡の魔女の呪い。その大部分はあなたの魂に根付いているわね」

 

 

 更紗帆奈を精神世界で倒した時、私は彼女の魂――正確には、彼女の精神内にいた瀬奈みことの人格が持っていた呪いを奪い取っていた。

 

 例の一件で行方不明となっていた暗示の魔法少女、瀬奈みことは魔女化した際に人格が分離し、更紗帆奈の精神に寄生あるいは憑依していた。

 その人格は更紗帆奈が凶行を積み重ねる傍らで、彼女に使役される魔女が放つ負の呪いを少しずつ吸収し、僅かずつではあるがその呪いを高めていったのだ。

 そして瀬奈みことの魂が魔女化した存在というのが、何を隠そう一年前に魔法少女の偽物で神浜を騒がした張本人、すなわち鏡の魔女であったのだ。

 そのことを知ったのは更紗帆奈の記憶を垣間見ての事。その時の魔女の姿に見覚えがあり、みたまさんにこの呪いの詳しい解析を依頼したところ、それはミラーズの使い魔たちが発する性質と酷似していたのだった。

 

 

「大元のミラーズは潰した。瀬奈みことの呪いも君が保有している。これ以外に八雲嬢の願いが及ぼす影響は不明だが、ひとまず憂いは絶ったとも」

「絶った、と言っていいのかは再考の余地がありますけどね」

 

 

 そう、果て無しのミラーズ。

 鏡の魔女の結界は消滅した。

 

 この事実を知った翌日、父さんが音子さん、みたまさん、やちよさん、十七夜さん、鶴乃さん、ももこさん、メルくん、雫ちゃんを引き連れて乗り込んでいき、丸一日もかけてこれを踏破。鏡の魔女の本体と交戦し、全力を以ってこれを討伐せしめたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……一つ聞きますが、なぜこれを放置していた?」

「いやすまん。私も正直舐めていた。よもやこの魔女がここまで大きくなるとはな」

 

 

 果て無しのミラーズに足を踏み入れてから開口一番、紺染音子は重々しく苦言を呈した。

 結界の彼方に感じた尋常ならざる気配。こればかりは()()と戦った経験のある彼女ぐらいにしか判断が付けられないものではあるが、呪いという分野においてはプロフェッショナルである琴織がこれを見逃していたのはどういう了見なのか。

 そう視線で攻めれば、琴織渡は面目なさそうに頭を掻いた。

 

 およそ一年前、結界を垣間見た時、既に彼はこの魔女の潜在性に気づいてはいた。

 そして日を改めて結界に赴き、その実態を目で確かめて予感は確信に至った。

 この鏡の魔女が成長を続けた場合、いずれ災厄に至るだろう。

 

 そう悟った上で、彼はこの魔女を放置した。

 

 琴織渡のスタンスは基本的に傍観者だ。

 観客、と言い換えてもいい。主役の活躍には惜しみない拍手を送り、時に無慈悲で無責任な野次を飛ばす。そしてあまりに観ていられなければ壇上に上がり込んでくる。

 そんな迷惑極まりない性質を持った魔術の王は多少気に入った人間に肩入れすることはあるが、自らがその世界の趨勢を決めるような立場に立つことは避けている。

 かつてこの世界に顕現した際も、魔術の知恵を請うた魔術師たちにその知啓を授けたことはあれど、表立って魔女を祓うような真似はしなかった。

 

 無論、この時点での討伐は容易い話だった。

 生死の境から引き戻されたことで目覚めた起源、おおいなる魔術師・白翼の始祖の力。星と虚数の二大原理を操るその魔術はこの世界においても圧倒的な性能を誇る。

 極論、彼が本気を出せば魔女なんぞはよほどの例外以外はあっという間に殲滅できる。

 

 だがそれを彼はしない。自らの力が異物であるという自覚と、娘を含む魔法少女たちの存在意義を奪う行為に対しての遠慮によって、彼はこの脅威に対してみて見ぬふりをした。勿論、いずれ娘がこの魔女を看過せずに挑むというのであれば、その叡智をもっていくらかの助言ぐらいはしただろう。いずれ離れることになるとはいえ、琴織つばめは今を生きる人類だ。彼女が友と一緒に待ち受ける苦難の数々を乗り越えることに手を貸すことは、彼のスタンスにも何ら支障はない。

 つまり、これは今の世代、神浜の住人に与えられた課題のようなもの。それを横から掻っ攫うのは、いささか無粋というものではないか――。

 

 

 そんな楽観的な考えを、彼はこの時放棄した。

 

 この魔女は下手をすれば世界を覆う災厄にすらなり得る存在だ。それだけなら精々が街一つ滅ぼして終わるだろうとタカをくくっていたのだが、この成長速度は流石に想定外。あと一年も余裕を与えれば人類の脅威に変貌するだろう。

 

 そしてほかの魔法少女たちも同様に、鏡の魔女を侮っていたと言わざるを得ない。

 魔法少女のコピーを作成するという特性は非常に厄介ではあるものの、鏡に引き寄せられる性質を利用して鏡屋敷に誘導することで活動範囲を制限できた。加えて魔女自体の凶暴性が少ないことと、その迷宮型の結界の踏破の難しさから、早急に対処することではないと判断していた。むしろコピーの存在がよい鍛錬になるとして度々修行にこもる輩まで現れる始末だ。レベル上げダンジョンだと思っていたものが、ラスボスの巣窟だったというわけだ。

 

 流石にこれは今の娘たちには荷が重い。

 琴織つばめは大元である瀬奈みこととは既に決着をつけた。ならば残された骸ぐらいは片付けてやるのが親心というもの。

 試練を乗り越えた娘のために、琴織渡は重い腰を上げてこの魔女を葬ることを定めたのだ。紺染音子がいるのはそのためだ。数多の強者を見てきた渡からしても、音子の実力は喉を唸らせる。

 他の魔法少女たちを連れてきたのは、いわゆるケジメだ。彼女たちが手に負えぬと判断して放置したものがどれだけの危険分子だったのかを教えるのには丁度良い機会であった。

 

 

「今回の目的は鏡の魔女の結界の完全踏破、そして大元である鏡の魔女の討伐。いざとなったら保澄くんの魔法で撤退する」

 

 

 今回召集したメンバーは、主に昨年の鏡の魔女事件の調査を行った者たちで構成されている。

 唯一、保澄雫はこの中ではその条件に当てはまらず、また他のメンバーとも接点が薄いが、琴織渡の伝手を利用して協力を取り付けたらしい。相変わらず謎に人脈を広げている男だ。

 

 

「今回は私も少しばかり自重を捨てよう。つまりそれなりに魔術を行使させてもらう」

「前も結構暴れていた気がするがな」

「あんなのは序の口だとも。最も、あまり連続して大技を放てば身体の方が先に持たない。ほどほどに頼ってくれたまえ」

 

 

 頼りになるのかならないのか微妙にわからないことを言う渡。

 だが仕方がない。彼は魔法少女とは違って肉体の強度自体は通常の人間。強化魔術やベクトル転換など様々な魔術を駆使することで遜色ない身体能力を発揮することもできるが、問題はその魔力量。彼の行使する魔術の並外れた出力は、体内で魔力を循環させ、急速に増幅することで実現している。そのため、魔術を使いすぎると生成される魔力で内側から自壊しかねないという欠点を持っている。

 これが白翼公そのものであればなんら支障はないのだが、その端末でしかない渡にとっては戦闘行為に使用制限と時間制限があるようなもの。固定砲台として後衛でバカスカ撃つという真似はできない以上、自分をあてにされ過ぎても困るのだ。

 

 

「陣形はシスター音子と七海くん、そして和泉くんを先頭として、その後に十咎くんと由比くんが続く。私もこの位置だ。八雲嬢がその後ろで支援を行い、最後に保澄くんと安名くんが後衛から援護射撃。基本はこの陣形を崩さないように動くが、異論はないか?」

「自分としても異存はない。……が、本当に八雲も来るのか? 言葉は悪いが、お前の戦闘能力は魔女相手には……」

「わかってるわ。それでもお願い、私を連れて行かせて。大丈夫、足手まといになるつもりはないから」

「……まあ、本人がこうやって言っているんだ。無碍にするのも気が引ける。――それに、ケジメなのだろう?」

「ええ。自分の撒いた種ぐらいは、自分で刈り取らないと」

 

 

 おおよそ戦いに向いていない八雲みたまが鏡の魔女討伐に参加した理由。

 それは彼女の契約による願いが関係していた。

 

 瀬奈みことが鏡の魔女であることが判明した時、みたまは渡、音子、やちよの三人へ自分の過去と願いについて話した。

 

 学友と思っていた相手に裏切られる形で水名女学院を去り、戻ってきた大東学院でも面汚しの誹りを受けることとなる。東西の軋轢を利用した人間の醜さに深い怒りと失望を覚えた時、あの悪魔が現れて取引を持ち掛けた。

 

 

 ――"神浜を滅ぼす存在になりたい"

 

 

 瀬奈みことの魔女化と前後する形で叶えられたその願い(呪い)は、果たして瀬奈みことの別たれた人格に大きな力を与えた。

 それが他者の精神に寄生する能力であり、更紗帆奈との戦いにて琴織つばめを苛んだ力の絡繰りだった。

 

 つばめのソウルジェムの調整を通じてこの事実を知ったみたまは、これらの一連の事情について白状し頭を下げた。自らが撒いた滅びの因子、その一つの始末を他者に任せたことへの謝罪と自分が齎した抗いがたい何かを退けたことへの感謝を告げた。

 

 

『……わかった。ひとまず君の事情については後回しだ。しかし、そうなると早急に事を片付ける必要があるな』

『ええ。魔法少女の願いが魔女の強化に使われたとなれば、事態は一刻の猶予もない。場合によっては災厄級にまで成長している可能性もあるでしょう』

『すぐに討伐隊を結成しましょう。今から腕の立つ魔法少女を集めるわ』

『分かった。ならば私も同行しよう』

『いいのですか?』

『流石に事が事だ。なりふり構ってはいられんよ』

『じゃあ私も――』

『つばめは留守番だ。魂を揺さぶられた反動がまだ戻ってないだろう? 流石にそんな状況であの魔女の結界に放り込むわけにはいかないな』

『……まあ、確かにそうですけど』

『心配はいらん。この街の精鋭を集めたうえで、彼女(音子)もいる。これで負けると思うかね?』

『微塵も思っていませんが、フラグを立てるようなことを言われると不安がですね』

 

 

『――ねえ、私も連れて行って』

 

 

 それが罪悪感から来る使命感なのか、また別の感情なのかは余人には計り知れない。わかることは一つ。彼女の決意は固く、それが渡がみたまの同行を認める決定打となったことだけだ。

 

 

「……わかった。無粋なことを聞いて失礼した」

 

 

 そこまでの決意と努力を見せられては十七夜も頷くしかない。

 みたまが神浜へ持つ負の感情は自分のそれよりも深く暗い。その彼女が自らの憎悪と決別しようというのならば、彼女に寄り添いその行く末を見届けるのが自分の役目だと十七夜は心に刻んだ。

 

 

「納得してもらえたようで何より。では、半日で片付けるぞ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 進軍を開始して間もなく、音子たちの前に鏡像の魔法少女たちが立ちはだかる。

 その数は数十人。戦力で言えば一個小隊にも匹敵する。

 

 

「随分と手厚い歓迎ですね」

「この結界に踏み入った時から、既にこっちの戦力は把握されているでしょうね」

「突撃……の前にあちら側の布陣を崩しておきたい。任せられるか、魔術師」

「承った」

 

 

 光を反射する鏡の性質上、この場所は影の魔術とは相性が悪い。かといって星の魔術は魔力消費が悪いし、巻き添えにしかねない。

 渡はこの場所でも通用する手段を吟味し、これはと思うものを繰り出した。

 

 

「『影蟲』」

 

 

 袖口からバラバラと黒い何かがこぼれ出る。

 それは霧のように立ち込める菌糸のようなもの。

 琴織の足元を漂うそれが使い魔たちへと殺到し、瞬く間にその身体を登っていく。

 

 

「魔力素を糧に増殖する魔物だ。魔力で構成される使い魔には効果覿面だろうよ」

「うわぁ……」

 

 

 影虫にたかられる使い魔。

 魔法少女の姿を模した彼女たちは、その身を侵食される苦痛に悲鳴を上げ、やがて形を保てずに崩れ溶けていく。

 圧倒的だが凄惨な光景に顔をしかめるやちよ達。自分たちと同じ魔法少女が無数の虫に貪られていく様子は、いかに使い魔とは分かっていても気分の良いものではない。

 

 

「露払いは済んだぞ」

「上出来です」

 

 

 紺染音子はコートを翻して最前線へと突き進む。

 その鉄拳から生じる十字架が魔法少女の武器を受け止め、直後に放たれた衝撃が鏡の使い魔を蹴散らしていく。

 

 抵抗は無意味。

 偽物たちの放つ攻撃はその淡く輝く盾を砕くことができず、障壁を利用した格闘技がヒトガタ達を有無を言わさずに押し潰していく。

 手刀が剣や槍を砕き、組み付いてこようとする使い魔の頭を掴み、別の使い魔と衝突させる。飛び道具を使ってくるコピーには障壁を蹴り飛ばして破壊する。固有魔法をコピーした使い魔がそれぞれの魔法で足止めにかかるが、音子の呪いに対する強い耐性がそれを弾く。

 拳を振るうたび、足を踏み出すたびに鏡の破片が飛び散っていく。

 

 これぞ聖堂騎士にして異端審問の執行者。最強と疑われぬ魔法少女の雄姿である。

 

 真正面からの突破は不可能と判断した使い魔たちが側面や背後に回り込む。だがそれをカバーするのがやちよ達だ。彼女たちも負けず劣らずの戦いぶりで音子が正面突破に集中できるように駆逐している。

 やちよと十七夜が音子と肩を並べて使い魔を倒す。鶴乃とももこは両翼に展開するように炎を放って敵を寄せ付けず、怯んだ隙にメルのタロットから発動する雷撃や竜巻が蹂躙する。彼女らの中心には雫を側においたみたまが全員に強化魔法を付与している。

 これはソウルジェムの連結によってそれぞれが得意とする魔力性質を一時的に他者と共有する『コネクト』と呼ばれる技法。みたまの操るエーテルワイヤーによって疑似的に回路が展開された状態の今、彼女たちは任意でこのコネクトの効果を発揮しているに等しい。

 

 例外的に音子と渡。この二人はコネクトの対象外だ。

 魔法少女ではない渡はともかく、音子が対象から外れている理由は彼女が粛清機関の聖堂騎士だからだ。彼女のソウルジェムを調整し、記憶にある極秘情報の一片でも見ようものならみたまは中立でいられなくなる。そういう条件のもと、調整屋という存在は成り立っているのだから。

 

 さて、いかに堅牢な布陣を敷いているとはいえ、相手もまがりなりに魔法少女の写し身である以上は相応の戦闘能力を持つ。

 いくら強化されているとはいえ、二人だけで十数人の数は抑え込めない。例えば、鶴乃たちと同じく炎の属性に長けた魔法少女のコピーならば炎の壁を越えて肉薄できる。コピーの少女は捨て身だ。保身など考えない、元より生への自覚などない。自我がある様に振舞いながらも、その根底にあるのは人の世に対する呪いだ。主の脅威を排除するため、そして怨敵たる魔法少女を倒すためかりそめの命を捨てることに、彼女たちは一切の躊躇いを抱かない。

 

 

「ごめーん! そっちちょっと通しちゃった!」

 

 

 同胞の屍を踏み越えて、彼女たちはその先にいるみたまを狙う。

 一切の攻撃行為を行っていない彼女の存在は、しかし支援の要であることは明白。

 横から飛来したチャクラムによって見咎められていくのがその証拠。

 手足を切り飛ばされようと止まらない。本物であれば決して浮かべないような殺意の形相で、彼女たちはみたまへと刃を突き立てる――

 

 

「あらあら」

 

 

 何もないのに攻撃が押しとどめられる。

 反対側に引っ張られるようにして、身体が引きはがされる。

 注視すれば、極めて細い糸がコピー達の絡め取っているのが分かるだろう。

 

 

「危ないじゃないの、もう!」

 

 

 調整の要領で魔力を流し込み、核であるミラーズコインを破壊すれば、コピーの身体は崩れ去っていく。

 エーテルワイヤーによって魔力を直に注ぎ込めるということは、触れてしまえばそれだけでコピーを破壊できるに等しい。みたまは断じて足手まといなどではなく、むしろ鏡の魔女に対しては特効と呼べるほどに攻略に最適な要因なのだ。

 

 

「大丈夫か、調整屋!? ……って、問題なさそうだな」

「だから言ったでしょ。私もちゃんと戦えるって。でもありがとう。ももこが心配してくれるなら、調整屋さんやる気でちゃうわぁ♡」

 

 

 ふわり、と腕を軽く振るえばそれだけで数体のコピーがはじけ飛んだ。エーテルワイヤーは所有者の魔力で自由自在に動く。糸という見た目に惑わされてはいけない。実質伸縮自在の腕があるようなものだといっていい。

 意気揚々とコピーを殲滅していくみたまを見て、あの魔術師はとんでもないものを調整屋に渡してくれたな、とももこは思った。

 

 

 

 

「強いなぁ……」

 

 

 由比鶴乃はぽつりとそんなことを口にした。

 彼女の視線の先には、最前列で使い魔をなぎ倒していく音子の背中がある。

 

 

「あれが、最強かぁ」

 

 

 鶴乃の目的は最強になること。正確には、最強の魔法少女になることで自分の家を守り通せるだけの力があると証明すること。

 勿論、上には上がいることを知っている。

 

 七海やちよ、梓みふゆ、和泉十七夜、琴織つばめ。

 

 神浜の名だたる実力者たちにはまだ適わないが、それでも自分が最強を目指すという目的は変わらない。鍛錬を積み、戦いを越えていくことで次第に実力の差も縮まってきていた。

 

 そこに現れたのが、紺染音子だった。

 

 多くの人から認められる「最強」の魔法少女。古から生きる大魔女の一体を討伐した現代の英雄。

 

 鶴乃だってその勇名は知っている。ライバル(と勝手に思っている)のつばめが最強として引き合いに出す名前であり、魔法少女でないながらも自分に一本取ることのできる神父の義妹ということから、聞いただけでも実力に疑うことはなかった。

 だからこそ、彼女が神浜の魔法少女への挨拶代わりとして催した竜真館での集団組手は、今の自分がどれだけ戦えるのかを確かめるのに絶好の機会のはずだった。

 

 結果は惨敗。

 繰り出した扇を指先で受け止められ、返す刀で急所に三手。完全な出オチであった。

 

 別にそのことは良い。それだけの実力差があるということは、それだけ超える壁が高いということ。少なくとも、そんなことで心を折られるなら最初につばめに完封されたりやちよにボコボコにされた時点で心が折れている。

 とはいえ、ああやって歯牙にもかけない戦いぶりを目にすると、どうしようもない劣等感に苛まれるのも確か。

 

 全く持って遠い道のりだ。

 自分があの領域に至るまで果たしてどれだけの時間がかかるのか。はたしてそれまで、自分の家はきちんと存続できるのか。

 

 

「鶴乃さん、前!」

「……へ?」

 

 

 そんな思いは、この場においては致命傷にも等しい。

 メルの声で、視線を自分の前に戻す。

 すると見知らぬ魔法少女が、目の前で斧を振り降ろそうとしている。

 回避も防御も間に合わない。

 

 

(もしかして、死んだ?)

 

 

 スローモーションになる視界。

 一秒後には自分の頭が真っ二つに割られる未来が訪れ――。

 

 

 ――射出式十字壁

 

 

 割って入るように突き立った十字架がその刃を阻んだ。 

 

 

「ぬうん!」

 

 

 そして横から飛んでくる音子。

 飛び蹴りが胴体に突き刺さったコピーは、衝撃のあまりに四散する。

 音子は空中で一回転、着地。それから鶴乃を見る。

 

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん……」

「鶴乃!」

 

 

 前方、使い魔を片付けたやちよ達も駆けつけてくる。

 

 

「何やってんの! 戦闘中に余所見なんてして!!」

「あうぅ……ごめんなさい」

「珍しい、ってか初めてか? 鶴乃が敵から視線を逸らすなんて」

 

 

 まさかコンプレックスを拗らせて上の空で戦っていましたなんて言えるわけもなく、ばつの悪そうに目を反らしてお茶を濁した。

 

 

「ところで、今のどうやって来たの? どう見ても間に合わない感じだったけど」

「まず腕から障壁を射出し、その後足から障壁を出す形で自分を撃ちだしました」

「ごめん何言ってるのかわかんない」

 

 

 なんでこの人はしれっと人間ピンボールをやっているのだろうか。

 最強ってもしかしてこんな戦い方ができなきゃいけないの? 真顔で奇天烈な挙動を解説されればさしもの鶴乃も首を傾げざるを得ない。

 

 

「さて。それでは私たちは先頭に戻りますね」

「う、うん」

 

 

 そうして再び進軍を続ける一行。

 自分たちの目の前を進む背中を見て、鶴乃は頬を叩いて気合を入れ直した。

 

 最強の道は遠い。

 けれど、それは自分が歩みを止める理由にはならないのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 破竹の如く突き進み、中層部と呼ばれる域も越えた頃。

 

 最早何度目かもわからないコピー魔法少女による防衛陣が見えてくる。

 

 

「む」

 

 

 前方に目をやり、僅かに眉を顰める音子。

 その群れる魔法少女の中に、一人こちらを真っすぐに見据える影を見つけたからだ。

 

 

「あれは……まさか」

「なるほど、私か」

 

 

 全く同じ、だが文字通り鏡写しの姿をした聖堂騎士の姿。

 違うのは、その貌に浮かべるのがひどく野生的な笑みであることか。

 ぎし、とコピーは地に深く屈みこんで。

 直後、砲弾のような速度で英雄の写し身が本物へと挑みかかった。

 

 

「ふむ。彼女がここに入ったのは今回が初めてのはずだが……」

 

 

 本来なら見られないだろう同一の騎士による戦いを眺めて渡は不思議そうに呟いた。

 

 対象となる魔法少女が鏡の使い魔によって型をとられることで、魔法少女のミラーズは作成される。だが音子は鎧袖一触で使い魔を蹴散らし続け、覆いかぶさるどころか接触すら許してはいない。恐らくは倒された使い魔から戦闘情報を蒐集して即席で仕上げた、と言ったところだろうか。それにしてはかなりの再現率を誇っているなと、渡は一人感心する。

 

 同一の拳法がぶつかり合う。質実剛健を実直に貫く音子の拳法は、まさに人体の合理を極めたもの。偽物が本物の正拳突きを捌き、獣が襲い掛かる様に拳を繰り出す。それを本物は半身になって躱し、流れるような後ろ蹴りを二回。腕で防がれるが、三度目に振り上げた足で大きく踏み込み、衝撃で偽物の体勢を崩す。たたらを踏んだ偽物が苦しまぎれに拳を放つが、

 

 

「甘い」

 

 

 カウンターの鉄拳がコピーの顔面を捉え、粉々に粉砕する。

 いくら表面上のステータスを模倣したところで、それらを支える心が不足するコピーに本物が後れを取ることなどあり得ない。その上、性格すらも反転するミラーズの偽物であれば音子の技量を半分も発揮できていないと言えるだろう。

 紺染音子は砕け散った残骸に目もくれることなく、次々とコピーを粉砕していく。

 

 

「ま。彼女は心配するだけ無駄だな。――で、こっちはこっちでいるわけか」

「……0110110101011」

 

 

 渡は音子から視線を外し、少女たちに紛れた異物を見る。

 黒い髪を後ろ手にまとめた男性の姿は、統一性のない魔法少女のコピーの中においてもなお異色を放っている。

 

 

「よもや私のコピーも作るとはな、節操なしにもほどがあるだろう」

「……011011」

 

 

 言葉にならないノイズを口から発しながら、渡のコピーは侵入者に対応するために魔術を行使しようとする。

 彼の大火力魔術が自分たちに振るわれる。その考えに至ったやちよ達は一斉に防御姿勢を取るが、渡は何のアクションも取らず、ただ一言。

 

 

「無理だよ、君には」

「0101、010……ッ、010100!!!!!!」

 

 

 その言葉を証明するように、魔力を練り上げた途端全身にひびが入るコピー。

 渡のコピーは何の魔術も行使することなく、その場で塵に還った。

 

 

「私の中身を模倣しようなどとは無謀も極まったな。いくら魔女の使い魔とは言え、私の魔術を扱うための情報を取り込めば内側から破綻して崩壊するに決まっているだろう」

 

 

 確かに琴織渡の扱う魔術属性は魔女の穢れと近似ではあるが、実際にはより根源的なものを指している。

 正しい情報から変質、汚染して伝播する悪性情報は社会の(サガ)であり業。原始の呪い。人類そのものが蓄積した穢れと言える。たかだか姿を模倣するための使い魔程度では、その情報量の重さに器が耐えきれずにパンクする。

 己の姿を取ったものへの残骸を一瞥してから、腕を一振り。六つの火球が大爆発を起こし、密集した使い魔をばらばらに吹き飛ばす。

 

 

「はてさて、こちらも残り少ないか。そろそろ着いてくれないかね?」

 

 

 もうかれこれ50層は下っており、渡はジェムの残数を気にし始める。自分の身体があまり魔力を生成できない以上、外付けリソースが尽きれば一気にじり貧になる。

 

 音子がやちよのコピーを叩き潰して、塞いでいた扉を蹴破る。

 その先に広がるのはひと際広い空間。中央に鎮座するのは巨大な姿見。そこに映っているのは音子たちの姿だけでない。人の顔を模して金属の蔓で形成されたような異形。ただそこにいるだけだというのに、発せられる穢れが無視できない存在感を放っている。

 

 間違いない。これが鏡の魔女。

 この果て無しのミラーズを作り上げた主にして、瀬奈みことの成れの果てだ。

 

 

「ようやく、お出ましだな」

「ええ。とっとと片付けるわよ」 

「待て、誰かいます」

 

 

 一気呵成に突撃しようとする一行を音子が制止する。

 巨大な鏡と魔女の姿に気を取られて気が付かなかったが、その根元に誰かが立っている。

 銀髪。均整の取れた若干の童顔。燕尾服の衣装に身を包んだその姿は。

 

 

「……私ね」

「ええ、そうよ。愚かなわたし(あなた)。身勝手な裏切り者」

 

 

 みたまのコピーは口を開く。その瞳は濁り切っており、この世界すべてに対する嫌悪と憎しみの感情が眼差しから伝わって来る。

 

 

「裏切り者?」

「ええ。それがぴったりの言葉でしょう? 身勝手にこの世界を呪って今度はわたしを生み出しておきながら、世界を滅ぼしそうになるからって殺しに来た。これを裏切り者と言わなくてなんというのかしら」

 

 

 その言葉は、鏡の魔女がみたまの願いの影響を受けたことの証明。

 己のオリジナルへその罪科を突きつけ、コピーは追い打ちをかける。

 

 

「情に絆されて憎しみを捨てて、それで何が変わるっていうの? 私を落とそうとした子も、罪を被せた連中も、慰めの言葉もなく罵倒してきたあいつらも。彼らが私にしてきたことを反省することなくのうのうと生きたままの神浜を許していいの? 願いから目を背けて、それで救われた気になったつもりかしら?」

「救われるなんて思ってないし、彼女たちを許す気もないわ。……でも、それで関係ない人たちまで呪うのは間違っている。だからこそ、すべてを呑み込もうとするあなたを倒しに来たのよ」

「呆れ果てるわね。本当にこの街を呪ったことを申し訳なく思っているなら、潔く首を括ってわたしたちの中に還ればいいのに、それすらもできないなんて。結局は自分の立場がなくなることが怖いだけの臆病な偽善者ね」

「逃げるつもりなんてないわ。ただ、私は抗うって決めただけ。――希望を嗤い、絶望を踏破する。ただ、それだけの話よ」

 

 

 文字通り鏡写しである自分に対して、みたまはきっぱりと拒絶の意を示す。

 あの裏切りを許すつもりはない。受けた仕打ちへの憎しみも消えてなどいない。

 その上で、この願いは間違っているのだと決別する。

 そうすることが、この神浜に根付く呪いを祓う一歩になると信じて。

 

 その決意に対して、コピーのみたまは「論外」と吐き捨てる。

 

 

「希望はいずれ絶望に変わる。どんなに抗ったところで、最後に待ち受けるのは絶望なのよ。だからわたしは生まれたのよ。そのようになれと望まれて、そうならなければと呪われて……嗚呼、嗚呼!! そうだ! お前たちがそうだと決めつけたくせに、我らの存在を拒むことなど、断じて許すものか!!!

 

 

 彼女の口から、みたまのものではない声が響き渡り、足元からは凄まじい勢いで黒き呪いが吹き出した。

 

 

「なんだこれは!?」

「おそらくだが、鏡の魔女の意志だな。八雲嬢の人格を借りてこちらに対話を仕掛けてきているのだろう」

「魔女の意志だと……いや待て、確か彼女の意志は……」

 

 

 鏡の魔女の大元であった瀬奈みことの人格は、既につばめによって葬られている。

 であれば、今の鏡の魔女は生存本能に従って動くだけの怪物であり、ここまではっきりとした意志を示すことなど本来はあり得ない。それも、神浜の歴史への憎悪を吐き出す時点で本来のみことの人格とも剥離している。

 

 

「その通りだ。ゆえに奴の正体は鏡の魔女そのものとも言い難い。――アレはこの土地そのものに染み付いた怨念だ。これまでの歴史で、東西の分裂によって非業の死を遂げた者たちの恨みつらみ……それが鏡の魔女に集積され、空っぽの器を動かす人格として機能したといったところか」

「神浜の土地、そのものに宿った怨念だと!?」

許せるものか。許してなるものか。愚かな西も、卑しき東も。皆、皆死に絶えよ。和解など認めない。謝罪など必要ない。永劫の呪いを、永遠の断絶を! 我らの存在を忘れて手を取り合うぐらいなら、滅びを齎してくれる!! ただただ屍を晒し続けよ、神浜アアアアアァァァァァァ!!!

 

 

 どろり、とみたまのコピーが輪郭を失い、ゼリーのように溶ける。

 ソレはぐるぐると渦巻き、周囲の穢れを巻き込みながら収束する。

 

 そして再び固まった形を得た時、そこに立っていたのは()()()()()()()

 

 あらゆる魔法少女の衣装を混ぜこぜにしたような服装。携える武器は何の変哲もない刀。肩口で切り揃えられた髪。のっぺりとして特徴のないその顔は、果たして誰のものか。

 空間を歪ませるほどに強い穢れを発するそのヒトガタは、音子たちに切っ先を突き付ける。

 

 

死ね、死ね、死ね。希望も救いも我らには不要。たかだか願いを捧げた程度で奇跡などと思い上がった小娘どもよ。まずは貴様らの骸で詫びるがいい!!

「なんて圧力……!」

「なるほど。すべてのコピーに割り振られているリソースを一人に集めたか。反射光を一点に集約して、現実に孔を穿つ熱量を持つ呪いを生み出す……確かに真理の一片へと手を掛けるか」

 

 

 渡の言葉に音子が瞠目する。

 

 

「『真理』……! すなわちこれは……」

「然り。上級魔女に匹敵する怪物だろうな」

 

 

 ヒトガタの殺意に呼応するように、鏡の魔女も唸りを上げる。

 パリパリと鏡がひび割れて、そこから銃を携えた使い魔が整列する。

 さながら戦争の将軍と兵士のような並びで、鏡の眷属は現代の英雄達と相対する。

 

 

 是こそは神浜の罪を精算するための戦い。その序章。

 さりとて日常を生きる人々の目には留まらず、魔法少女たちの耳にも届かず。

 決して知られることのない決戦が、ここに幕を開けた。




○紺染音子
 水属性。
 ディフェンスがカチカチなので突破できないし、パッシブで防御力が攻撃力に加算されているので反撃で死ぬ。

○琴織渡
 バグ塗れなのでコピーできません。
 ユニット化したら星属性。火と水と木に不利、光と闇に有利。ヴァリアブル対象外。

○八雲みたま
 瀬奈みことが倒されたので自分の願いを乗り越えようとする者たちの存在を信じるようになった。
 あと度々大人組二人がちょいちょいメンタルケアしてる。神父とは水名時代によく相談する仲だった。

○ミラーズコピー
 一部開始前なのでまだ精度が粗い。
 ちゃんと全部コピーできてたら音子さんでもてこずっていた。

○鏡の魔女
 人格いなくなったので怨霊インストール。
 不足した憎悪を神浜の怨恨で象ったため、魔法少女によって損害を受けた者たちも混ざっている。
 象徴の魔女とは異なる神浜の負の化身。

○『無貌の少女』
 鏡像を束ねた結果、誰でもなくなった使い魔。
 基礎個体として水名露と八雲みたまがあるが、それはそれ。
 ■■■■が存在する世界線でのみ成立する特殊個体。現実に穿たれた黒点。真理に至り得る逸材。
 原作時空にでも解き放とうものなら大惨事確定のやつ。
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