つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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第三十八話 太陽黒点

 開戦の号砲は、使い魔による一斉射撃だった。

 

 即座に音子が守護障壁を展開。屹立した十字架によるバリケードが銃弾を防ぐ。

 そこに高く跳躍して飛び越えてきた無貌の少女が音子目掛けて刀を振り下ろす。

 

 だがその隙を補えないほど、神浜の魔法少女たちも未熟ではない。上空からの攻撃を警戒していたやちよが槍で迎撃する。呪いの込められた一太刀。その予想外の威力にやちよは眉を顰める。

 

 

「ぐっ、重い……」

魔法……少女ォ!!

 

 

 

 押し合いの末、後ろに大きく弾き飛ばされるやちよ。

 苦い表情のやちよとは対照的に、鏡像はその無個性な顔に殺意の凶相を浮かべる。その手ごたえに口角が裂けるような三日月を形成し、怨嗟の咆哮と共に刀を振り回した。

 

 

■■■■■■■■!!!!

 

 

 感情に任せた、技量もへったくれもない斬撃。だがその威力は桁違い。一つ振るうたびに風が唸り、床や壁が真っ二つに割れる。

 

 

「なんて馬鹿げた威力だ……!」

「この肌を蝕むような痛み、さては呪いか」

「確かにそのようですね」

 

 

 猛攻の余波は凄まじく、回避に専念してなおやちよたちの肌を傷つける。加えて回復を阻害する効果もあるのか、本来なら応急治癒魔法ですぐに消える程度の切り傷が中々治らない。

 

 無傷であるのは音子、渡、みたまの三人。

 

 渡は魔力を遮断する特性のコートに強化をかけ、身を翻すことでなんとか難をしのぐ。彼は耐久性としては並の人間と変わらないが、悪意への感知能力は頭抜けている。こちら側への攻撃の兆候を読み取って回避することは造作もない。

 

 音子は深く呼吸を行うことで体内に魔力を巡らせ、呪いを強引に押し流した。強い信仰と特殊な『体質』による呪詛耐性が成せる技だ。

 

 みたまも呪いに近い性質の魔力には回復阻害は適用されないらしく、二の腕についた裂傷を魔力で癒した。

 

 

「厄介な相手だ。ならばこちらも最強をぶつけるしかあるまい」

「最強!」

「あなたじゃないわよ鶴乃」

 

 

 この時点で、この無貌を相手する者は自ずと定められた。

 

 音子の白兵能力で攻撃をしのぎ、みたまによる魔力浸透でコアを破壊する。その間、やちよ達は邪魔が入らないように鏡の魔女を相手取る。

 素早く作戦共有を行った彼女たちは一斉に駆けだし、悍ましき絶望の眷属たちがそれを迎え撃った。

 

 

「はあっ!」

ぬうっ!

 

 

 鋼鉄に覆われた拳が刀と衝突する。魔女の腕すらへし折る一撃を、しかしこの怨霊は真っ向から受け止める。

 音子は怯まず、絶え間ない拳打の嵐を放つ。ボクシングのような連打が蹴りも交えて無貌に斬撃を放つ暇を与えない。先の乱れ斬りを許せば、鏡の魔女を引き受けているやちよ達が横合いから襲われる形となり戦線が一気に崩壊する。ゆえにこの顔の無い少女相手に反撃の隙も与える気はなく、一方的に押し切って勝つつもりだ。

 

 だが、

 

 

効かん、なァ!

 

 

 打つ。蹴る。打つ。蹴る。払う。打つ。払う。防ぐ。

 音子の攻める拳に防御が混ざった。埒のあかない打撃の連続に業を煮やした怨霊が攻め方を変えたのだ。

 すなわち多少の被弾を是とした斬り込み。全身が魔力で作られ、中身に怨念を詰め込んだこの少女には人間の急所など存在しない。破損した箇所から溢れ出る穢れが即座に傷を埋め尽くす。拳によってひび割れた顔面から黒い穢れを漏らしながら怨霊は笑う。

 

 

その程度、所詮その程度だ。お前たちの希望など、我らが受けた辛酸苦渋の無念に比べればなんと弱々しきことよ!

 

 

 斬撃がついに防御をこじ開ける。

 無貌はその隙を見逃さずに、魔力の嵐を伴った斬撃を放った。

 

 

 硬質なものが何度も削る様に衝突する音が鳴り響く。

 音子は右手の甲を外側に向け、そこに刻まれた十字刻印から小さな十字壁を次々と発生させてこの斬撃を防いでいた。しかし体のあちこちには細かい裂傷が刻まれてゆき、音子は苦々しく歯を食いしばって耐え忍んだ。

 

 

飽きぬ足りぬ収まらぬ! この程度で我らの尊厳を踏みにじってきたなどとは、なんとも屈辱でままならぬわ!

 

 

 斬撃が止んだ瞬間、音子は引いていた左の拳を解き放ち、同時に生成した障壁を撃ち出した。

 

 

がっ……!? おのれぇ!!

 

 

 吹き飛ばされる無貌。音子は距離を詰めて、拳を振りぬくと同時に障壁を放つが、流石に二度目は弾かれて右の地面に突き立った。そのまま反撃で斬りかかる無貌だが、音子は地面からせり出させた障壁と、振り下ろす拳に沿わせた障壁で刀を挟み込んだ。

 

 

何だと!?

 

 

 キィィン!と甲高い音を立て、刀は真ん中からへし折れる。物理的に産み出されたものではないとはいえ、その構造は刀のそれ。強度がいかほどのものであろうとも、世界屈指の錬金術師が編み出した至高の守護障壁に「硬化」の魔法を掛けた音子の聖十字はその上を行く。

 

 狼狽の隙を見逃さず、音子は渾身の回し蹴りを繰り出した。

 横に転がる無貌。さらに追撃をかけるために、地を蹴る音子。

 

 

■■■■■■■■!!!!

「――ッ!!」

 

 

 咆哮と共に怨霊が腕を振るう。莫大な呪いが収束し、巨大な獣の爪を形成する。拳と爪が真っ向からぶつかり、音子の身体が真後ろへと弾き飛ばされた。

 轟音。鏡の破片を交えた塵が舞い上がり、音子の姿が見えなくなる。

 

 

■■■■……

 

 

 穢れた息が吐き出される。獣の如き姿となった無貌は音子に跳びかかろうとして、自分の身体に絡みつこうとする糸を払いのけた。その意図の手繰り主であるみたまは残念がる様子もなく無貌を見る。

 

 

「……よく気づいたわね」

お前の動きは常に感じているぞ契約者よ。この者の陰に隠れて、鏡像を砕いた一撃を我らに通すのが目的だったのだろう?

 

 

 瞳がぎろり、とみたまを見返す。

 魔女とは異なる威圧が降りかかる。『怒り』と『憎悪』を孕んだ呪いの視線が眼を通して心臓を射貫く。

 みたまは僅かな怖気を虚勢で隠し、この鬼と向かい合った。

 

 

「あなた達と契約した覚えはないのだけど?」

何ヲ言う。お前は滅びを願い、その願いによって我らはカタチを得た。互いに受け渡したものがある以上、ソレは契約だ。我らの器ヲ用意した者ヨ、お前の望んだ滅びヲ神浜に齎スまで、我らは決して止まらない。思い上がった西の豪族どもに、我が物顔で居座る東の賊どもにこの胸を焼き焦がす熱をぶつけてくれる

「……本当、嫌になるわ。あなた達を見ていると、まるであいつらを思い出しちゃう。身勝手な恨みで人を傷つけようとする。この街の縮図そのものね」

そうとも、我々はお前たちの罪を写した鏡、これまでに行ってきた所業を滅びとして返す者だ。傲岸な天之継に失墜を! 愚鈍な時女に絶望を! 無慈悲な御晒樹堂に報復を!! そして何も知らず安寧を貪る者たちすべてに我らの無念を思い知らせてやる!! ソレこそが我らノ……貴様が為すべき責任だ。その義務を果たさぬと言うのナラ、諸共に食ロウテクレル!!!

 

 

 絶叫と共に吹き荒れる呪いが傷を塞ぎ、肉を盛り上げ、その体を一回り大きくする。

 般若の如き形相、頭に頂く角はまさに鬼。

 誰も知らぬことではあるが、その姿はかつて水名の城に巣食いし魔女を封じ、最後には裏切りに果てた八百鬼(やおに)の魔人に酷似していた。

 

 

「あら怖い。そんなに脅かされちゃあ、調整屋さんびっくりしてあなたを縛っちゃうわぁ」

 

 

 みたまの指先がスナップする。

 それと同時にピン、と何かが引っ張られる。

 

 

 ――虚弦空絲(ジグ・ザグ)

 

 

これは……!?

「最初からずぅーっと張り巡らせていたわよ? あなたが気づいたのは小指(こっち)の糸だけよ」

 

 

 右手をキュッと返せば、それぞれの指先から伸びる四本の糸が音子が生み出した障壁を中継地点として無貌を縛る。四肢を別々の方向に引っ張られ、身動きの取れなくなった無貌の鬼にみたまは容赦なく魔力を流し込んだ。

 

 

「さようなら」

 

 

 ――施術・自壊執刀

 

 

 ミラーズで生まれたコピーである以上、その核となるものは変わらない。魔力を浸透させ、核を破壊する。そうすれば形を保つことはできずに消滅する。

 

 ……通常のコピーであれば、そうなのだろう。

 

 

――笑止

「……っ!?」

 

 

 浸透する魔力を、肉体に渦巻く呪いが押し流す。そうして強度を失ったエーテルワイヤーを引きちぎって、デッドコピーは拘束を逃れた。

 

 

我らをお前たちが相手取る慣れの果てどもと一緒にするな。所詮あの魔女も我らの器にすぎん。未練がましく縋りついていた小娘の残滓など、我らが恨みを濁らせるだけであったわ

 

 

 これはもはや魔女の使い魔などではない。

 その器を借りてこの世界に現れ出でた悪霊であり、希望を願った者たちへの報復機構。

 この悪霊が魔法少女に対する応報の形である以上、ソレは既存の方法では決定打足りえない。

 

 

それにもとよりこの身は貴様の願いで生まれたもの。己が衝動のうちより湧き出た願いを否定することなど、不可能と知れ

「ええ、そうね。私の力じゃ、あなたは倒せない」

 

 

 だが。忘れるなかれ魑魅魍魎よ。

 この世界にある奇跡の形は一つに非ず。

 人がヒトのままに願い、成し得た奇跡もここにある。

 

 

 

「でも――この人ならどうかしら?」

……身体、が!? 貴様、何をし――

 

 

 

 無貌はそこで、周囲の異変に気が付いた。

 四方に突き立つ十字架。淡く光を放つそれらの交点の真ん中に自分がいる。

 これまでの行動すべてが布石だった。障壁を生み出しそれを弾かれたことも。敢えて衝撃に身を任せて吹き飛ばされたことも。みたまの拘束によって注意を彼女に注がせることも。すべてがこの怨霊を浄化する祭壇を整えるための下準備を兼ねていたのだ。

 四つの十字架が強く輝き、怨霊に重圧をかける。

 目の前の十字架の上に、彼女は立っていた。

 

 

「祈りなさい。名もなき亡霊たちよ。これより、あなた達の業を洗います」

 

 

 コートを翻し、砲弾もかくやの速度で聖堂騎士が突き進む。

 

 

「"主の御言葉に命あり。力あり。その鋭さは両刃の剣に勝り、精神と霊魂を分け、関節と骨髄を割ち、汝らの心は情念と志に分かたれん"」

 

 

 無防備な後頭部を掴み、顔面を地面へと叩きつける。

 大地がひび割れ、無貌の少女は声にならぬ苦悶を漏らす。

 

 

「"この世にあるもの、主の前にはあらゆる虚飾は意味を為さず、すべてのものはその姿を晒す。"」

 

 

 四方に張られた十字架による結界が亡霊を蝕む。

 音子の守護聖壁はそれそのものが十字架としての役目を持徒と同時に、囲んだ範囲を聖域として外界から隔離する役目を持つ。鋼の信仰と卓越した能力を併せ持つ音子であれば、中級魔女を完全に束縛し上級魔女であっても重圧を与える。それはこの無貌の怨念も例外ではなく、この悪霊は最早身動きが不可能であった。

 

 

「"弁明せよ、告解せよ、懺悔せよ。"」

■■■■■■■■!!

 

 

 背中に拳を叩きつける。

 岩を砕くほどの威力が怨霊の全身に走る。その手甲に刻印された十字が怨霊の身体に聖句とともに洗礼を刻み付ける。内側から爆ぜ飛ぶような衝撃と激痛。芯となる呪いが分割され、浄化されていく。

 容赦も情けも必要ない。慈悲は主によって与えられるもの。ならばこそ、この騎士は無慈悲なほどに彼らを主の御前へと送り出す。

 

 

「"我らの前には主の御子あり。彼の者は罪を犯さず、試練を越え、我らの弱さに寄り添うもの也。我らは救いを求め、恵みの御座を目指すもの也。"」

何故だ、何故だ、何故だ……! お前たちはそこまでして我らを拒んだ。我らを踏みつけにする必要はあったのか!? 隣人に伸ばした手で、何故我らを追いやったのだ!?

「"――主よ、この魂を憐れみ給え(Κύριε ἐλέησον)"」

 

 

 聖典執行。

 それは魔法を上回るとされる世界でも稀有な魔術であり、最も普遍ともされる魔術。

 信仰という不特定多数の希望を束ね、認識として世界に敷かれた固定概念(システム)。ソラよりもたらされた希望と絶望の相転移の魔法ではなく、純然たる人の祈りによって編まれた概念基盤による対霊魔術。呪いを祓い、穢れを清め、現世に迷う魂を無に還す主の奇蹟。

 

 大いなる慈悲がこの神浜という土地に蓄積された怨霊を昇華していく。

 

 

あア亜嗚呼唖あああああ、ア、ぁぁ…………」

 

 

 顔のない少女は悶え、喘いで、この浄化の光から逃れようともがく。

 そして、その視界にみたまを収めると、縋るように薄れていく手を伸ばした。

 

 

――縋れ。求めろ。生きたい。恨め。責任をとれ。消えたくない。忘れるな。たすけて。

 

 

 漠然と蓄積するだけだった怨霊に指向性を与えて呼び起こしたみたまは、いわば要石のようなもの。土地に恨みを持つ彼女がこの手を取れば、自分たちはその中で生き続けられる。そうすれば、いずれ時を経て自分たちは顕れる。この神浜に滅びを齎すことができる。だから、だから、どうか――!

 

 

「ごめんなさい。私の罪は、私だけのものだから」

「――――」

 

 

 

 その拒絶は、福音か、宣告か。

 怨霊は落胆と安堵の表情を浮かべて、跡形もなく消え去った。

 

 

 

「――執行完了」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、やちよ達の方も激戦を繰り広げていた。

 

 戦況は膠着状態。

 銃弾を掻い潜って武器を振るえば、切り絵のような姿をした使い魔が十は消えた。そして鏡の中から新しい兵隊が十体湧き出る。さっきからずっとこの繰り返しだ。

 鏡の魔女本体は鏡の中に閉じこもって安全を確保しており、こちらの隙を見ては時折四つの腕で攻撃を加えてくる。この時は魔法少女たちの攻撃も通用するチャンスでもあるのだが、銃弾の嵐を躱しながらの攻撃では中々有効打とはなりにくい。

 

 

「――埒が明かんな」

 

 

 鞭を振るって三十体目の使い魔を葬った十七夜が悪態をつく。

 使い魔の群れを捌きながら魔女を倒す――いつもと同じ事だと言えばそうなのだが、こうも魔女に有効打を与えられない戦闘というのもそうそうない。グリーフシードは余裕をもって用意しているが、このままではいずれジリ貧になるだろう。

 

 

「君たち、ちょっと提案があるのだが」

「何かしら?」

 

 

 渡の言葉に全員が耳を傾ける。

 

 

「なに、単純な作戦だ。このまま戦闘をズルズル長引かせる必要もない。私が魔女を鏡から引きずり出すから、君たちは最大火力をぶち込んでくれ」

「分かったわ」

「できるのか?」

「ちょっと頑張るさ」

 

 

 そういって手に持ったジェムを砕き、瞬間的に魔力を確保した渡は腕を振るった。

 

 

悪意の渦よ!(Cancer Storm)

 

 

 黒い魔力が渦巻き、使い魔を巻き込みながら鏡を砕く。

 破壊された鏡から出てくる魔女へやちよ達が一斉に各々の必殺技を繰り出す。

 

 

 ――アブソリュート・レイン

 ――ミリアドゥ・メーゼ

 ――炎扇斬舞

 ――エッジオブユニヴァース

 

 

 槍の雨。チャクラムの嵐。炎の波。巨大な刃による一撃。

 降り注ぐ攻撃の数々が、鏡の魔女の身体に傷を与えていく。

 

 抵抗として魔女は鏡の破片を放つ。肉体だけではなく、精神を削る刃がやちよ達に降り注ぐ。

 

 

「そうは、いかないです、よっ!」

「悪いが、眠ってもらうぞ」

 

 

 ――漆黒のアルカナ

 ――断罪の光芒

 

 

 吹き荒れる風が破片を明後日の方向に吹き飛ばし、何本もの白い光線が鏡の魔女を貫いていく。

 その巨体がバリバリとひび割れ、崩れていく。

 

 その様子を眺めながら、渡は後ろからガシャリガシャリと、甲冑の音が近づいてくるのを耳にした。

 

 

「ふむ、向こうも終わったか」

 

 

 もう片方の戦いも終わったことを察知し、渡はとどめの一撃を準備する。

 

 

「君がそうなった要因にはいくらか同情しなくもないが……まあ、私の人生には何の関わりもないことだ。つばめの障害となる可能性があるなら、容赦なく滅ぼすだけだ」

 

 

 真っすぐにそろえた指に銀色の液体が滴る。

 

 

「"水星。滑らかなるもの。ソラを切り裂く一条"」

 

 

 一歩踏み出し、その指先から速攻の一撃を繰り出そうとして、

 

 

 バリン、と踏み出した先の鏡が粉々に割れた。

 

 魔女が意図して仕掛けたものではない。先ほどの大技の余波で少しずつ耐久度が下がっていた鏡の一つが、成人男性の踏み込みに耐えきれずに壊れただけの事。

 それだけのことで、追い詰められた鏡の魔女が生存本能で放った攻撃を回避することができなくなる。

 

 

「あ」

 

 

 その長身が鏡の破片に貫かれて、硬直。続けざまに二つ、三つと突き刺さり、ぐしゃりと血が至る個所から噴き出した。

 

 

「琴織さん!」

「そんなっ……」

 

 

 彼は魔術師ではあるが、魔法少女ではない。急所を貫かれた状態で戦闘を続行することはできず、即座に傷を癒すこともできない。

 やちよたちがうろたえる中、音子はいち早く目の前の惨状に対応した。

 

 

「――総員、撤退! 保澄さん、すぐに全員をこの結界から外に出しなさい!!」

 

 

 その言葉に一同は一瞬理解が追い付かなかった。

 救助ではなく、撤退命令。

 それはつまり、彼を見捨てるということで――。

 

 

「いやその前に琴織さんを……!」

「そんなことをしている暇はない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()

 そんな状況の恐ろしさをこの中で唯一知る音子は、有無を言わさぬ圧力で叫んだ。

 

 

「――ク、クク」

 

 

 そしてその言葉に誰かが反応する前に、

 死体から、声が漏れた。

 

 

「嗚呼。見るも無慚なこの在り様。実に実に驚きだよ。まさかこの体が一度ならず二度目も破壊されかけるとはね」

 

 

 ピシリ、と迷宮を構成する鏡のいくつかに罅が入った。貫かれたはずの渡の身体はすでに血が止まっており、代わりに黒いナニカがだくだくと零れ出していた。

 

 

「これは、何が起こっている!?」

「渡さんの足元から影が広がって……!?」

「いや、あれは影じゃない。あれは()だ……」

 

 

 保澄雫は目を見張った。空間接続という魔法の使い手として、彼女はその本質に気が付いた。

 虚ろの孔。空間に穿たれた黒点。世界を反転させる虚数世界の洞。この世界のすべてを飲み込むような、底なしの奈落の入り口。あらゆる呪いが行き着く最終廃棄孔。

 それが彼の身体を起点として鏡の魔女を、結界ごと飲み込もうとしている……!

 

「正解だよ、保澄くん」

 

 

()()()()が雫を見据え、裂けるような笑みを浮かべて男は言った。

 

 

「私の魔術は星の光と虚空の影を操るものでね。特に影とは転じて人の悪性情報、負の要素が蓄積された混沌を意味する。私の身体は()()()()()()()()()()、必要以上に魔術を行使すれば琴織渡という肉体のほうが耐えきれずに壊れて中身が溢れてしまうんだ」

 

 

 こんな風にね、と言葉通りに琴織渡の身体から一斉に混沌が溢れだした。

 鏡が粉々に砕け散り、その穴へと吸い込まれていく。

 いや、一面鏡だからそう見えただけで、実際は空間そのものが罅割れていたのだろう。

 

 

「悪いがこれは今の私では制御が利かない。何、遠慮するな。私に一手与えた褒美だ。カースドホールと呼ばれた私の本質、存分にその身で知るといい」

 

 

 断末魔の叫びを響かせながら、鏡の魔女が崩れていく。

 

 

 崩壊は一瞬でやちよたちの下にも来た。

 混沌の闇に呑まれる一秒前に雫が出口を開き、音子が問答無用で全員を押し込んだ。

 最後に音子に引っ張られるようにして脱出した雫が目の当たりにしたものは、

 

 

ハ、ハハ、ハハハハハハハハハハ!!

 

 

 狂笑に身を躍らせる魔人と、氾濫する暗黒に崩れ落ちていく鏡の欠片だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――と、そんな感じで鏡の魔女は父が解き放った混沌に呑まれて消滅したのでした、まる。

 

 

「って、何やらかしてるんですか」

「いやぁ面目ない。まさかまさか、この私が不覚を取るとはね」

「生きた心地がしなかったわね……」

 

 

 やちよさんも十七夜さんも憔悴しきった顔で同意を示す。

 

 ミラーズ消滅を確認後、こうして調整屋に集まっての反省会中なのであった。

 鶴乃さんと雫ちゃんはいない。具体的に言うと、瀬奈みことの事を語る必要があるため、魔女化について知っている面々だけということになる。

 

 

「というか、なんでこの人ひょっこり戻ってきてるんだよ」

「あれだけ受けた傷も嘘のように消えちゃってます」

「ん-……まあ、話すと少々長くなるから簡潔に言えば、私は致命傷を受けた場合にのみ急速にダメージを回復できるんだ。ただしその過程で普段は肉体で抑え込んでいる影が溢れて、周囲がしっちゃかめっちゃかになってしまうんだ」

 

 

 倒したと思ったら第二形態に移行してHP全快、おまけに無差別攻撃とかどんなクソゲーの魔王か邪神だっていう話だ。

 

 

「しかし、今回は予想外のものとも出くわしたな」

「まさか神浜に恨みを持つ怨霊がいたなんてな……」

「怨霊ね……そういうのはあまり知らないけど、なんだってあんなところで出てきたのかしらね」

「ん、アレのことか。言ってしまえば吹き溜まりだよ。積もり積もったその怨念、行き場を無くして溜まり続けたソレが、あの場所であの形をもって溢れだした。そんな感じのやつ」

「いや、何一つわからないけど?」

「そういうものがあるんだよ。無念を抱いて死んだ人間の想い、あるいは人々が忘れ去った歴史の陰に蠢いたもの。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界を動かしているものから生まれた廃棄物。それがあの怨霊の正体ってわけだ」

「魔法少女の願いから生まれた……?」

 

 

 人の営みにおいて発生する精神の淀み。

 忘却され、世界の裏側に積もり続ける廃棄物。

 情報の癌細胞――すなわち、悪性情報。

 

 人間の世界には時折、これが凝縮して世界に出現する。

 怨霊や悪魔などと呼ばれるそれが、今回は鏡の魔女のコピーを媒介として顕れたのだと父は言う。

 

 

「ああ。奴自身も言っていただろう。あれはお前たち魔法少女すらも憎んでいた。正確には、君たちが契約の際に願った『奇跡』をだな。誰かを押しのけて成りあがる類の願いなんてのは珍しくもない。命を対価としていようが、その願いにどれだけの正当性があろうが、そもそもの選択権すら持ち得ない大多数にとってみればそれまでの努力を一瞬で無に還されるだけの理不尽だからな」

「……っ、そう、よね……」

 

 

 やちよさんが苦々しい顔で肯定する。否定したくともしきれない、といった感じだ。他の人たちも少し考えるような顔をしているが、やちよさんには特に重たくのしかかっているらしい。

 

 

「何も君たちを責め立てているわけじゃない。これは単なる世界の仕組みで、魔法少女に限った話ではない。人間は誰しも他を蹴落とす競争本能を持っていて、それは人が成長するための動力源でもある。君たちが罪悪感を背負う道理はどこにもないし、背負ったところでどうしようもない。できることがあるとすれば、君たちが少しでも善い生き方を模索してあがくことぐらいだ。例えば、神浜の東西関係を改善しようとしてみるとかね」

「随分と軽々しく言ってくれるものだな」

「こればかりは部外者だからねえ。当事者である君たち自身の気の持ちようだとしか言えないのさ。でも、そうした少しの善意こそが世界を変えるのに何よりも大事なものだ。それは心に刻んでおくといい」

 

 

 そう。私も父さん、それに音子さんや神父も。

 神浜の外からやってきた私たちは、この街の事情に寄り添えない。

 昨年のように実力にものを言わせてどうこうできる話ならいいが、人間関係による軋轢、立場や身分の差、先祖代々の因縁などのこの街に根付く問題に対しては解決役となることができない。

 十七夜さんやみたまさんのように、問題の形を自分の身を以って知る人間でなければ、この街に見え隠れする闇を晴らすことはできない。私たちができることがあるとすれば、その問題に漬け込んで軋轢を深めようとする魔女を退治することぐらいだろう。

 

 

「……ああ。言われるまでもない」

「関係が改善して土地が健全になるなら、巡り巡って私の所にも仕事が舞い込んでくるだろうからね。土地開発となれば私の稼ぎどころだ」

「父さん?」

「おっほん。失敬した」

 

 

 本音が駄々洩れである。このダメ親父。

 

 

「――ま、解説はこの辺でいいだろう。だが問題は別にある」

「と言うと?」

「怨霊の呪いが真理の兆しを見せていたところだ。流石にあそこまでの個体が出てくるとは想像もしていなかったぞ」

「ええ。幸いにも()()()()だったのでどうにかできましたが、もうしばらく時間を置いてアレが真理を確実に成立させていた場合、苦戦は必至だったでしょう。このタイミングで討伐できたのは僥倖という他にありません」

 

 

 ――真理、か。

 その言葉を耳にするのも随分と久しぶりである。

 

 

「真理……先ほどから何度も聞いてはいるが、一体何なのだそれは? 魔女の力に関係していることだけは何となく分かるのだが」

「……ふむ、そうですね。私たち粛清機関が定める魔女の階級はその呪いの質と規模で計測しているのはご存じですね?」

「うん。上、中、下を三分割して1から9まであるんだったよね」

「では、この基準となる呪いとは一体何なのかという話になりますが、わかりますか?」

「さっきの言い方からすると……それが真理ってやつですか?」

「その通りです。魔法少女が魔女へ堕ちるときに抱いた『絶望』が呪いの礎だとするならば、その呪いに方向性を与えるのが『渇望』です。魔女はこれらの業を満たすために人間の血肉や絶望を貪り、呪いを成長させていき――やがて、その呪いは世界に孔を穿つ」

「孔……?」

「魔術用語における真理とは、世界の事象すべての意味を持ちます。アカシックレコード、とでもいえば皆さんにも伝わるでしょう。これになぞらえる形で、現実に侵食するようになった呪いを魔女の『真理』と呼びます。果てのない欲望によって積み上げられた業は、他の魔女のそれとは比較にならない。ゆえに我々は全く別の名で呼ぶのです」

 

 

 

「災厄に謳われる魔女たちが掲げし呪いの王冠」

 

 

「私たち人間の世界を塗りつぶす病巣の根、惑星の物理法則を書き換える特異点」

 

 

「――その名を渇望真理(かつぼうしんり)。またの名を、カルマデザイアという」

 

 

 

「カルマデザイア……」

「最も身近な例でいえば、かの十二魔女こそがこの渇望真理を有する存在です。私が交戦した蟹座の魔女が持っていた『空想外殻』という能力は、「自分の身体はあらゆる敵に破壊されない」というルールを世界に敷く渇望真理でした。彼女たちの能力は、部分的に世界を書き換えている」

「世界を書き換える、か。あの怨霊もその力があったということか」

「兆し、程度ですけどね。恐らくは魔法少女に対して有利となる力を持っていたでしょう。神浜という土地の歴史にもいくつか魔法少女がいたようですし、それらに恨みを持った何某かがあの怨霊の核になっていたのかもしれませんね」

「とはいえ、真理とは一介の魔女が至れる領域でもない。アレは呪いと言うものの到達点。絶望を律する理性が無ければ、魂のほうが先に呪いに押し潰れてしまう。土地に漂う雑霊程度が御しきれるものでもないのだけど、それができていた辺り、魔女の基になった瀬奈みことという少女のポテンシャルが高かったのだろうな」

 

 

 父は珈琲に砂糖とミルクを注ぎ、ぐるぐるとかき混ぜる。

 

 

「じゃあ仮に人格のほうが合流していたら……」

「間違いなくあの魔女は災厄級にまで登りつめていただろうな……しかし、惜しいものだな」

「惜しい? 瀬奈みことがですか」

「ああ。たった一人の絶望から生まれた存在が、世界を滅ぼしうる逸材だったのだ。もしも彼女がまっとうにその人生を歩んでいれば、それは転じて一つの救世主になったかもしれない。そう思うとだ、どうにもたかが不幸な一人の少女と軽んじることはできんのだ。……とはいえ、この世界は成り立ちからして色々と混ざり、ひとつのねじれとなっている。単一の要素を抜き取って語るのは無粋だな」

 

 

 そういって父はぐいっとカップを傾けた。

 語り口は若干傲慢だった。これは父の前世である白翼の始祖(アルバトロス)の側面が表に出た状態、いわゆる魔術師モードというやつだ。この時の父は私も音子さんもわからない何かを一人見通して、一人勝手に納得して訳知り顔で解説してくる。今も何を見透かしているのかはわからないけど、瀬奈みことの人生に何かしらの想いを馳せているというのは明白だった。

 

 

「いいんじゃないですか? そういうもしもを考えるぐらいは」

 

 

 魔法少女が魔女にならずに歩んだ未来、魔法少女にすらならなかった未来。そういったものへ思いを馳せるのは果たして不毛なのだろうか。魔法少女の素質は持って生まれた因果によって決まるというのなら、魔法少女はそもそも生まれた時からそうなる運命を抱えていたと言い換えられるのではないだろうか。

 

 ……だとしても、その『もしも』を夢想することは決して無駄ではないはずだ。

 もし運命が決まっていたとしても、『選べたはずだと』別の未来を想像することは、れっきとした希望なのだから。

 

 

「ああその通りだとも。そして既に終わったことでもある。

 

 

 ――さらばだ。災厄に至れたはずの少女よ。その魂に安らぎがあらんことを」

 

 

 父はその一言を手向けとして、それっきり鏡の魔女について語ることを止めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして反省会はお開きとなった。

 少女たちは解散し、調整屋に残ったのは八雲みたまと琴織渡の二人だけ。

 渡は今回用意した魔術道具の補填と片付けを。みたまは閉店準備のためだ。

 

 

「さて、お疲れ様と言っておこうか八雲嬢。今回の強行軍、非戦闘員である君には荷が重かっただろう」

 

 

 渡は改めてみたまに対して労いの言葉を口にする。

 それに対して彼女は一つ、疑問を口にした。

 

 

「ねえ、一ついいかしら」

「何だね?」

「どうして私をここまで手伝ってくれるのかしら? あなたが愛妻家なのは知ってるけど……私、あなたの奥さんとは似てないわよねぇ?」

 

 

 前々から疑問には思っていた。何故この男は自分に親身になってくれるのか。

 先に頼ったのは自分だが、それもビジネスとしての付き合いで、それ以上のものはないはず。だというのに、こうしてパトロンとして支援してくれているのは不思議で仕方がない。

 勿論最初は()()()()()()が目的なのかと妙な勘繰りも入れたが、そういう素振りを一切見せず、琴織つばめの記憶から読み解いた彼の人物像からもそういう人間でないことは分かっている。

 だからこそ、分からない。

 自分を支援したところで、彼には何の利益もないはずだ。娘に便宜を図ってもらうなどということもない以上、一体何が目的なのかさっぱり見当もつかなかった。

 

 

「勿論、君に彼女の面影を見たことはない。外見の趣味と中身の趣味なら、私は中身を優先したからね」

「あら。つまり見た目で贔屓したってこと?」

「一応それはなくもないが……それは私の目を惹いただけのきっかけだ」

「じゃあ、どうして?」

「居合わせた縁、というやつかな。最初君に会った時は驚いたよ。まさかここまでの業を背負った人間がいるとは、ってね」

 

 

 八雲みたまの背負った業。それが何かなど聞くまでもない。

 "神浜を滅ぼす存在になりたい"、確かに自分はそう願ったのだから。

 その願いによって滅びの原因となるものが神浜に集められている以上、それが彼の語る業というものなのだろう。

 

 

「一体どうしたらこんな業を背負うものやらと興味を抱いてから、私は君の事をどうにも放っておけなかったんだ。このまま行けばまあ間違いなくこの少女はその業に呑まれて良い結末を迎えない。別に私の人生には関係ないが、それはそれでどうにも忍びないと思ったら、不思議と君にあれこれ支援していたよ」

「そんな理由でここまで手厚くしてくれるなんて、お人よしねぇ」

「まさか、見ず知らずの他人にそこまで世話を焼くほどお人よしじゃないさ。けれど君は、まず最初に客として私を頼っただろう? ならばアフターサポートもしっかりするべきだからね。君はその齢では到底背負いきれないほどの大きな業を抱えている。私ではその根本的な助力はできないだろう。ならばせめて、その行く末が善きものとなるように導くのは先達の役目だと思っている」

 

 

「――要するに、ただの酔狂さ。私は君が自ら背負った呪いに打ち勝とうとする姿を応援しているのさ」

 

 

 打算でも同情でもなく、興味本位。この男は八雲みたまという人間の行く末を知りたい。ただそれだけの理由でほとんど無償の支援を行っている。

 その願いに責任を持とうとした親友(十七夜)でも、非力な自分におせっかいを発揮した少女(ももこ)とも違う。言ってしまえば道楽の類。憎しみに呑まれるよりもその呪いに抗い続ける姿が見たいという、決して良いとは言えない趣味。

 それでも、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

「なんというか、変わってるわねぇ」

「よく言われるよ」

 

 

 そうしてすべての後片づけを終えた彼らは、別々の帰路へとついた。




○【無貌の少女】
 通常攻撃に呪い付与効果。対魔法少女特攻ダメージ。
 数々の怨念が混ざっているが、その中でも特に強い憎悪を持っていたのはかつて水名城に巣食った象徴の魔女に致命傷を与え、封印の立役者となりつつも危険視されて暗殺されたある退魔一族の魔人である。

○琴織渡
 致命傷を負うと中の人が出てきてハチャメチャする。なんとも迷惑。
 自分の選んだ道で苦しんでも諦めず前に進める人間が好き。

○黄道十二魔女
 要するにワルプルギス並のやべー魔女。それが12体セットで括られている。 
 これまでに3体が討伐され、現在9体。
 全員クソギミック持ち、本体もクソ強とエンドコンテンツのレイドボス的な存在。
 要するに何体かは出るということである。

○渇望真理
 カルマデザイア。
 災厄級魔女が保有する超越能力。現実そのものを侵食するまで至った魔女の呪い。すんごい魔女結界。魔法少女が魔女になったとき、その理性と知性を失わなかった場合に獲得。あるいは上級魔女が莫大な呪いを蓄積したときに発生する。という設定。
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