ここからオリジナル魔法少女たちがわんさか出てきます。
扉絵イメージ『ライブハウス。お気に入りのバンドを観戦する四年前のみかづき荘三人組』
ChapterⅠ【地下会合】
「いらっしゃいませ。チケットはお持ちですか?」
「当日券を一つ」
「かしこまりました。2500円になります」
栄区。
地下ライブハウス。
聞いたことのないバンドの曲と客の歓声で賑わうほの暗い空間。熱狂に包まれる独特の雰囲気は個人的に居心地の良さを感じる。普段なら聞かないような曲に耳を傾け、一人で静かに音に身をゆだねるというのも案外乙なものかもしれない。
しかし残念ながら今回は曲を聞きに来たわけではない。
カウンターでジンジャーエールを受け取り、ギャラリーの中から目的の人を探す。
「あ、つばめさん。こっちです」
と、そこで壁際にいた人がこちらに気づいて手を振る。
パーカーとキャップ、ダメ押しのグラサンで顔を隠したその人物の元へと近づく。ラフな格好をしているが、その中身から漂う上品な雰囲気は隠しきれていない気がする。
「……どうも、みふゆさん」
ここ半年間、連絡が取れなくなっていた魔法少女。梓みふゆその人だった。
◇
「意外ですね……」
「ここなら多少の声が漏れても大丈夫ですから」
確かにここなら会話が他者に聞かれるような心配はなく、みふゆさんの姿を見られて問題あるような面々が通っていることもない。私だけに話をするには最適な場所だ。
しかし水名のいいとこのお嬢様であるみふゆさんが、こんな低俗の極みみたいな場所に縁があるとは思わなかった。
「家で嫌なことがあった時、昔の友人がよくここに連れてきてくれたんです。この上着と帽子も元々は彼女のものでして、譲ってもらってからこっそりと隠し持っていたんですよ」
「それって確か、かなえさんでしたっけ」
「あら、ご存じだったんですね。だったら知ってますよね、彼女がワタシとやっちゃんのチームメンバーだったことも。魔女との戦いで命を落としたことも」
「ええ、まあ」
まさか知り合ってすぐにご本人と会話して聞いたとは言えない。
「……ここに来ればかなえさんが喜んでくれているような気がして。たまにここに来たくなるんですよ」
うん。そうだろうね。
だって今もあなたの後ろでライブを聴いてるからね。いつもの仏頂面だけど、身体でビートを刻んでいるからむっちゃノリノリなの丸わかりだからね。
「で、なんだって音沙汰もなかったくせにいきなり呼び出したんですか? まさか浪人してマジで家を追い出されたんじゃ……」
「違いますよ! ワタシはしっかり自立を始めています。受験勉強だってちゃんとしていますよ」
「実家から離れたのは本当なんだ……」
あと浪人も。
「まあそっちは別にいいとして。それで、話したい事ってのはウワサについてですか。それともドッペルについてですか?」
先んじて切り出せば、みふゆさんは露骨に反応を示した。
ドッペル――空飛び姫のウワサとの戦いでれんちゃんのソウルジェムから出現した、魔女に酷似した異形。当初はウワサによるものかとも考えたものだが、あの後駆けこんだ調整屋にてみたまさんの口から伝えられたのは、それが最近になって神浜市で起こるようになった現象であるということ。
魔女体を本人の魂から引きはがし、穢れの昇華を行うことができる秘術。私も知っている魔法少女も何人か発動したことがあるらしかったが、その特異性から他言無用のような扱いを受けているらしい。事実私たちも初耳で、もう少し聞き出そうとしたのだがみたまさんはそれ以上の情報を落としてくれなかった。ただあの様子だと絶対にもっと詳しいことを知っているはずなので、大方それを仕組んだ何者かとバックで通じているのだろう。
とりあえずそのことについては深く追求しないことにした。完全中立という立場上、どんなに厄介な連中と関わりを持っていようともこちら側がそれを問い質す真似はできない。味方でもなければ敵でもない。父がパトロンを務めているから半ば身内扱いしてはいるが、私個人という立場では単なる取引関係でしかないのだから。
私もななかちゃんと話し合い、もう少しこのドッペルについて調べてから皆に話そう……というところで、みふゆさんから連絡が来た。
『お久しぶりです。魔法少女のことについて少し相談したいことがあるので、一人で来てくれませんか?』……なんてメッセージを私は当然訝しんだ。
いくらなんでもタイミングが良すぎる。ウワサやドッペルに関わって間もなく、しばらく消息を絶っていた人が魔法絡みの話題で接触を図ってきた。こんなのどう見ても関係がありますと言っているようなものだ。
「……やはり、空飛び姫のウワサを消したのはあなたでしたか」
「そうですよ。で、みふゆさんはそのウワサと何のご関係があるんですかね。まさか製作者とか言いませんよね?」
「ワタシにはそんな真似できませんよ」
「じゃあ作れる人を知っている、というか現在はその人たちと関わっていると」
「話が早くて助かります。ワタシは今、マギウスの翼という組織に属しています」
「マギウスの翼……」
「はい。現在この街に展開されている自動浄化システム。すなわちドッペルを開発した三人の魔法少女、マギウスを支援するために集った組織です」
「自動浄化システムだって?」
何を浄化するのか、言うまでもない。魔法少女が貯め込んだ穢れをドッペルという形で排出し、ソウルジェムを浄化する。
その目的は言うまでもなく魔女化を回避するための措置。それを引き起こすナニカが神浜市全域に張られているとして、それが起こったのはいつか。恐らくは今年の春。このはさん達がやって来た前後でこの現象がみられるようになっている。
だとすればキュゥべえを見なくなったのも納得できる。これが本当に魔女に成るのを防ぐためのものであるならば、連中の介入を防ぐために締め出しを行ったというところか。そんなトンデモをやってのける魔法少女がいるのかという話になるのだが、とびぬけた素質を持っている魔法少女に不可能なんてものはない。
何はともあれ、答え合わせは彼女がしてくれるだろう。
「そうです。ウワサとは一般人から感情エネルギーを取り出すために作られたもの。何故そのエネルギーを集めているかというのは、魔法少女を魔女化の運命から解放するため。今は神浜にしか展開されていないドッペルによる自動浄化システムを、この世界すべてに広げるためです」
「――――」
空いた口が塞がらない、とはこのことか。
みふゆさんの言葉は本気だ。いやドッペルを間近で見ている以上、魔女化からの解放も夢物語ではない、というかこの神浜だけで言えばそれを実現してしまっている。それを全世界に広げようとする。なるほど、それだけ聞けば確かに立派ではある。だが、それだけでは済まないであろうことを何となく感じていた。恐らくだが、みふゆさんも知らない目的がいくつかあるに違いない。
「さて、ワタシ達について知ってもらったことですし、本題に入りましょう。……ですが、その前にまずはお礼を」
「私、何かした覚えはないんですけど……」
「いえいえ。こちら側の都合です。以前の更紗帆奈の一件、彼女の存在はワタシ達の組織からしても悩みの種でしたから」
「……見てたんですか」
「彼女は前々から要注意対象でしたから。あなた達が動かなければワタシ達のほうで対処するつもりで追跡していました。だからメルさんが襲われた時も間一髪間に合ったわけです」
あの時に襲われたメル君が助かったのは、みふゆさんの仕業だったのか。
何かしら記憶が操作されたと思わしき痕跡があったのは確認していたものの、その後のゴタゴタであやふやになっていたのだが、みふゆさんなら別にいいだろう。
「それと先日の空飛び姫のウワサについてもご迷惑をおかけしました。本来ならこちらで対処するべきアクシデントを解決してくれていたみたいですね。アレは本来ならほぼ無害なウワサのはずだったらしいのですが、どういう訳か他人を死に誘うような動きをしてしまっていたようです。ウワサの範囲外での事故だったのでこちらも察知することができず……つばめさんには本当に苦労をおかけします」
「全くですよ。大体、何であんなものを作っちゃったんですか。その言いぶりだと、ウワサの中には有害なものもあるみたいに聞こえますが」
「そうですね。確かにウワサは都市伝説や怪談を基にして作られた存在ですので、人を取り込むものが多く存在します。それでも魔女のように積極的に人は襲いませんし、ウワサの内容に囚われたとしても決められた手順に則れば安全に脱出できるようにはなっています。万が一の事故が起きないように、マギウスの翼に属する羽根の皆さんが監視を続けているワケなのですが……」
「あのウワサはそうじゃなかった、と」
「……はい。まさか本当に夢の中で飛べる人たちがいるとは思わなかった、と言うのがマギウスの言い分らしいです。最も、そんな言い訳をしたとしても犠牲となった人たちがいることには変わりありません。ウワサを作る時は内容を吟味するように厳密に言いつけておきました。どれだけの効力があるかはわかりませんが、少なくともワタシは大義のために犠牲を許容したくはありません」
「なるほど」
嘘は言っていない。少なくともみふゆさんはウワサで犠牲が出ることには否定的。それでも組織そのものから離れるようなつもりはないらしい。その板挟みの感情は理解できる。魔女化の運命から解放される、というのはそれらに目を瞑ってでも求める価値のあるものだからだ。
「以上の事を踏まえてお願いがあります。ワタシと共に来てくれませんか? マギウスの翼は、あなたの力を必要としています」
「……それは、私の事情を知ってのことですか?」
二度目が確約できないバグ塗れの方法とは言え、魔女化のデメリットを半永久的に踏み倒したのが私という存在。その成立に当たって大きく関わった男、魔導を極めた白翼公の英知の結晶と言ってもよく、魔導を志す者であれば垂涎の代物だ。
その自動浄化システムを完成させるために、私の力を調べようと考えた可能性はおおいにあり得る。
「いいえ。口止めの約束は守っています。誓ってあなたの事情については伝えていませんよ」
「おや、律儀ですね。てっきり重要な前例として話してしまっているかと覚悟していたのですが」
「ええまあ。マギウスの三人は割と人でな……目的のためなら手段を択ばない方たちなので。あなたが自力で魔女化を免れたことを知ったなら、彼女たちはあなたを同胞ではなくサンプルとして扱う可能性があったので喋っていません。流石に、メルさんの恩人がそんな目に遭うのはワタシも嫌ですから」
「その言葉で滅茶苦茶行きたくなくなったんですが???」
マッドが頭に付くタイプの天才じゃん。
いやだよ実験動物扱いとか。もし監禁されたら後先考えずに暴れて滅茶苦茶にしてやるからな。
「勿論、そんなことにはワタシが誓ってさせませんので。マギウスの翼は純粋にアナタという戦力を欲しがって話を持ちかけています」
「戦力、ねえ。まさかの話ですけど、教会とやり合おうってつもりですか? それこそマジでお断りですが」
「まさか。粛清機関を敵に回してしまえば、ワタシ達は問答無用で潰されてしまうでしょう。やっちゃんにも引けを取らない方も僅かにいますが、マギウスの翼に羽根として加わっている大半の子は魔法少女として弱い子ばかり。ですがあなたの力があれば、今回のようにウワサや魔女でもしものことがあっても安心できます」
「ふむ――」
さて、どうしたものやら。
実のところ、個人的にはこの話にかなり惹かれるものがある。
もちろんウワサを創造し広めるということは決して良いとは言えず、実際に一般人にも被害が出ている。みふゆさんはともかく組織全体の意向として犠牲を許容する救済に意義はあれども正義はない。
だが、私は彼女たちを一方的な悪と断じることもできない。
こんなはずじゃなかった。魔女になるなんて教えてくれなかった。キュゥべえに騙された。
戦いたくない。死にたくない。魔女になりたくない。
そんな思いは当然だ。
契約したのだからあとは自己責任。そんなことを言うのは感嘆だが、しかしそうやって声を上げて弾劾して文句はないぐらいにはあのクソ侵略生物の勧誘行為は悪辣だ。年端も行かない女の子に近づき、甘い言葉で惑わせ、ちょうど判断能力が鈍るような問題が起こっている時に契約を迫る。これに引っかからず一般人として生き続けるというのも難しいだろう。
その事情を加味すれば、どんな手を使ってでも真っ当な人生に戻りたいというのは決して否定してはいけないことだ。
それに、私の方もそれに耳を傾けざるを得ない事情がある。
富野美緒、常盤ななか、夏目かこ、志伸あきら、純美雨、静海このは、遊佐葉月、三栗あやめ、安名メル。
魔法少女である私の掛け替えのない友。いくら実力のある彼女たちとはいえ、戦いを繰り返した果てに待っているのは、戦死か魔女化という結末。そこに目を背けることはできない。
それをどうにか覆したいと思い、自らの魔法を探究する中でわかったこと。
私が用いた復活法――反魂の秘術は他の魔法少女には適用できない。
それがこの3年間の月日で導きだされた結論だった。
理由はいくつか。
一つ、私の実力不足。
二つ、魔力リソースの確保。
そして三つ、私個人の認識の問題。
戦いの中で反魂魔術を使いこなし、生と死、魂魄の理についての探究は未だに底を見ることすらできていない。魔力リソースについては、不安はあるが一応解決はしている。
そして一番肝心なのが三つ目。様々な要因が重なっていたが、あの時私が復活できたのは、自分が死んだという確信があったからというのが最も大きい。魔術が人々の信仰や積み上げられた伝承によって効果を発揮するものであるのに対し、魔法というものはその奇跡を宿した個人――つまり魔法少女の認識によって効果が左右される。
ならば、魔法少女がいくらソウルジェムとして魂を抜き出されていようとも、脈があり、息をしている以上その身体は生きている。完全な魔女に成るまで、私は美緒たちを死んだと認めることはできないだろう。それではダメなのだ。
それでも私は親友たちに待ち受ける魔女化の未来をどうにかできないか、魔術の探究によって見つけられないかと模索していた。だけど人類が抱えてきた魔女という病巣を取り除くには、私一人の力はあまりにもちっぽけで、タイムリミットは刻一刻と近づいている。
けれど、この神浜でドッペルという形で実現したのならば。私のように、中途半端な人外としてではなく、れっきとした人間としての生を真っ当できるのなら。
「……いくつか条件があります。それを受け入れてくれるなら私は加入しましょう」
「条件、ですか。何ですか?」
「はい。でも念には念を……」
パチン。と指を鳴らしあらかじめ用意しておいた術式を発動する。
みふゆさんも空間に作用する魔力に気が付いたようで、辺りを見回し警戒している。
「安心してください。ただ単に空間を隔離しただけです。私の提案は第三者に聞かれてはいけないので。あと正直言えばみふゆさんが一人で来なければその勧誘も突っぱねていたでしょう」
みふゆさんに盗聴なり監視なりが付いていればこの提案は意味を成さなくなる。それに彼女本人に対してもこれは念入りに大事なことだと印象付けるためのパフォーマンスでもある。
そんな念の入り様に、みふゆさんは目を引き締めてこちらを見た。
「……はあ。要求はなんですか?」
「簡単ですよ――」
◇
ChapterⅡ【マギウスの翼】
そして翌日。
みふゆさんに連れられた私は北養区の山中へと足を踏み入れた。
しばらく山を登り、途中で脇に逸れて獣道を進む。
微かに魔力の走る感覚がする。木々の合間を抜けた先は、文字通りの別世界がだった。
立派な大木が聳え立つ草原。この前の空飛び姫のウワサとは全く異なる穏やかな光景が広がっていた。
「ここは……」
「入口です。万年桜のウワサと呼ばれています」
桜が咲いているところを見たことはありませんがね、と言いながらみふゆさんは桜の木に近づいていくのに倣う。
もう一度魔力の走る感覚がし、再び景色は変化していた。
「ようこそ。ここがワタシ達マギウスの翼の本拠地、ホテルフェントホープです」
眼前に広がる巨大な洋館。その建物全体からウワサと同等の魔力を感じられる。どうやら、この建物が丸ごとウワサによって形成されているらしい。
しかし
果たしてそれが本当に藁でしかないのか、あるいは希望を束ねて編み上げた強固な藁縄なのか。その答えはホテルの中にいた多くの魔法少女、そしてドッペルという現象が指し示している。
「お疲れ様です。みふゆさん」
「はい。そちらもご苦労様です」
先導されるままにロビーへと入ると、こちらに気が付いた黒いローブの魔法少女が頭を下げてくる。
このホテル内にいる魔法少女は皆一様に黒か白のローブで身体を隠していた。白のほうが少数であることから、恐らくは白のほうが上司にあたるのだろう。
「今日は新人を連れてきました。これから挨拶回りと案内をするところです」
「新入り……そちらの人ですか?」
「ああ。よろしく頼む」
「あ、うん、よろしく」
お互い顔は見えていない。道中、顔見知りと出くわすのを避けるために黒いマントを羽織り、おまけにバイザーをつけてきている。マギウスの翼は概ね顔を隠して活動しているというから特に違和感はないと思っていたが、デザインを統一しているとなるとむしろその違いが浮いてしまったか。
「なるほど、私もあの黒色の中の一人というわけか」
「はい。まずは黒羽根として活動してもらいます。ですがその前に、この組織のトップと会ってもらいます」
「トップ……マギウスとやらか?」
「少々違いますね。ワタシたちはマギウスの”翼”。解放の儀式を行うマギウスの三人、それを支えるための組織であり、そこの統率役である彼女とワタシが適宜マギウスの方針を羽根たちに伝えるという形になってます。まあ、マギウスは時折好き勝手に羽根たちを使っていたりするのですが……少なくとも、今から会う人は真っ当な方ですよ」
そうして案内され、何回か階層を上がった後の廊下の突きあたり、洋風のつくりとは不釣り合いな襖の前に着いた。
「なんで襖……」
「それままあ趣味としか……。ウズメさん、ワタシです。新しい子を連れてきました」
「入って構いませんよ」
「では失礼します」
すす、と襖が静かに開かれる。
中は洋館の内装とは真逆の純正なる和風で、大部屋に畳が敷かれている。
その中心。座布団の上に凛と正座する者が一人。
紅い和服に身を包み、ぬばたまの髪を後ろで一つに纏めた女性がこちらを見つめている。
奇妙なことに、服と同じ紅い魂はその雰囲気がみたまさんとよく似ていた。より具体的に言えば、紅く光っているが本質は透き通った無色に近い。
「お初にお目にかかります。私は沙羅ウズメ。偉大なるマギウスの側仕えであり、このマギウスの翼の統括役でございます」
「……よろしくお願いします」
その礼儀正しい仕草からは、へりくだっているというよりもむしろ堂々とした佇まいを感じさせ、こちらも相応の礼儀をもって返さなくてはいけないという気持ちにさせられる。みふゆさんが上司と認めるだけの器はあるようだ。
「どうぞ遠慮なくお座りを。嗚呼、喋りも崩して構いませんよ」
「では失礼を」
いわれるままに座敷に上がり、座布団へと腰を下ろす。
みふゆさんも隣に座ると、私の前に茶と菓子が乗った盆が出される。
「遠路はるばるどうも。ささやかですが、お寛ぎを」
「それでは……」
とりあえず湯呑を手に取ってみる。
中に入っているのは綺麗に透き通った緑色の液体。つまり緑茶だ。
『毒とかはないですよ』
『いやまあいきなり毒を振舞うとかは考えてないですけど』
みふゆさんが念話でフォローしてきたが、単にこんな怪しい組織で真っ当なもてなしを受けたのが意外なだけである。いやこう、もっと変な儀式としかしててもおかしくないっていうか……。
とりあえず茶を口に含むが、確かに変なものが入っている感じはしない。普通に美味い、いや結構美味いなこれ。前にななかちゃんの家で振舞われた茶と同じぐらい上等な茶葉が使われている。
そうなるとこの花の練り切り菓子にも見た目相応の期待が持てる。少し切り分けてから口に運べば、繊細で柔らかな甘味が舌の上でほぐれて広がり出す。それを茶の苦みで流すのはまさに最高である。
「どうですか?」
「……美味しい。まさかこれほどのものが出るとは思っていなかった」
「それはどうも。お粗末でありますが、こちらとしても作り甲斐がございます」
「……何だと?」
「はい。ウズメさんは和菓子作りが得意なんです。マギウスが茶会を開くときの菓子も度々作っていますし、羽根の皆さんにはご褒美として振舞われるので皆さんやる気を出してくれているんです。ところで、ワタシの分はどこに……」
「はいはい。こちらにありますよ」
出されるや否や、みふゆさんは茶菓子をパクつき始めた。めちゃくちゃ美味そうに食べてるよ。完全に餌付けされてるじゃないか。まさかマギウスの翼ってスイーツに釣られた女子の集まりなのか?
「何、そう気を張る必要はありません。なにせこのように陰に潜む以上、少なからず悪し様に思われる方もおります故、そのような緊張をほぐす為このようなもてなしをしているのです」
「そういうことか」
「納得していただけたようで何より。では早速ですが我らがマギウスにお目通しを――」
「お・ね・え・さ・ま!!!」
スパン! と勢いよく襖が開かれる。
反射的に視線を向けると、そこにいたのは茶色の髪をサイドテールにして眉毛のくっきりした少女。可愛らしい白いドレスの衣装に燃え盛るような濃い赤色の魂。ここまでなら普通の魔法少女と言えるが、驚いたことに彼女の中にはもう一つ、薄いピンク色の魂が存在していた。
「おや、あやせ。今は新しく入った方に組織の説明を――」
「スキありい!」
「――え?」
あやせと呼ばれた少女の姿が消え、かろうじてその軌跡を目で追いかける。
トン。と跳躍し、壁を蹴ってさらに加速。
刀めいたブレードを抜き放ち、沙羅ウズメに目掛けて振るった。
完全な奇襲。
沙羅ウズメが反応する暇なく、ブレードがその綺麗な首筋に吸い込まれる。
――が。
その刃は寸でのところで弾かれた。
沙羅ウズメの手には、いつの間にやら真っ赤な刀が握られており、一瞬でブレードを弾いていたのだ。そのまま沙羅ウズメは腕を振り上げ、刀の柄頭で少女の頭を打ち据える。
「ああん♡」
恍惚とした声を挙げ、その少女は畳に沈んだ。
……突然の事態に、状況を見ていることしかできなかった。
突然の凶行もそうだが、なによりそれを眉一つ、動作の起こりを捉えさせずに迎撃してみせた沙羅ウズメの技量が信じられないほどの高みにあったからだ。
「……あの、これは?」
「ああ、すみません。彼女――あやせは私を慕っているのは良いのですが、同時に隙を見て私に不意打ちを仕掛けてくるのです。しかも魔法少女だからかどれもこれも殺す気の一撃ですので油断なりません。ルカの方はもう少し場を弁えてくれるのですが、あやせはご覧のように節操なしで」
「お姉さま……相変わらずつよおい。スキ♡」
そのあやせはまだビクンびくんと悶えている。
頬を赤らめていることといい、度が過ぎるタイプの後輩キャラなのだろう。
画面越しだと『あら~』とか萌え要素でしかないけど、実際に目の当たりにすると普通に気持ち悪い。
「さて――仕切り直して。私は沙羅ウズメ。そこに沈んでいるのが、双樹あやせと言います」
「うん。私はあやせだよ。よろしくね新人さん」
切り替え早っ。
「先ほども申しましたが、私が組織の統括を、梓さんには私の補佐として羽根たち――つまりは構成員である魔法少女たちとの連絡役を担ってもらっています」
「そこの双樹さんは?」
「彼女たちには私からある程度の荒事を頼んでおります。彼女についてはいささか特殊な事情がありまして……あやせ、代わりなさい」
はあい。という声と共に魂がかちり、と入れ替わる。
……なるほど、そういう訳か。
「……ふふ。あやせの中で見ておりましたが、今日も素晴らしい技前でしたウズメさん。」
「世辞は結構。挨拶をなさい」
「初めまして、私は双樹ルカ。ウズメさんには弟子入りの真似事をば。あやせとは一つの身体を分かち合うもの。彼女ともども、よろしくお願いいたします」
「……二重人格、いや魂まで二つか」
「ご名答です」
ぱちぱちとわざとらしく拍手をする双樹ルカ。
まさか二重人格。いやこの場合は二重存在と呼ぶべきものか。この組織にはローブを纏った魔法少女たちだけではなく、こんな特殊性を持った魔法少女までいるとは。最初は弱い魔法少女が偶然手に入れた何らかの力を根拠にカルトめいた組織を築いているのかとも思っていたが、これは認識を改めざるを得ない。
認めよう。マギウスの翼は油断ならぬ勢力だ。
街一つを牛耳るに値する立派な戦力が、この場だけで三人も集っている。それは、実力者の集うこの神浜をして十分な異常事態だ。
粛清機関の膝下と言ってもいいこの街で暗躍しようとする組織がどのようなものかと見定めに来たが……魔法少女を解放しようと豪語するだけのことはあるわけだ。
「このように、少々彼女は癖が強い。また実力も頭一つ抜けておりますゆえ、私の直属として遊撃に当たらせています」
そう言って双樹の頭を撫でるウズメ。双樹もそれを心地よさそうに受け入れている。
……今更ながら、ヤバい組織に首を突っ込んだかもしれない。
〇沙羅ウズメ
本作オリジナル魔法少女第四弾。
カラーズ編の実質的な主役。
マギウスの一人、里見灯花に仕える侍女であり、同時に後援組織であるマギウスの翼のボス。
剣術の達人。
〇双樹あやせ/双樹ルカ
皆さんご存じソウルジェム狩りのヴィラン魔法少女。
二重人格、通り魔、中ボスととにかくキャラが濃く、マギレコ配信前はやべー魔法少女の代表みたいな扱いだった(主観)
「かずみマギカ」からのゲスト参戦枠。
ウズメを慕い、事あるごとに殺しにかかっている。彼女の言う事以外は聞かない。
〇梓みふゆ
ウズメの副官。元・西の副リーダーとして羽根の全般的な管理を一任されている。
マギウスと羽根の間に自分以外のクッション役がいるので幾分かメンタルは穏やか。