ChapterⅢ【スニーキング・ミッション】
「いい調子だ」
薄暗い部屋の中、針の振れ方を確認した男は満足げに頷く。
窓は締め切られ、微かな明かりが仄かに照らす空間。
民族工芸と思わしき謎の小物があちらこちらに設置され、数人の人物がそこで何らかの書物を読み漁ったり、古めかしい計器を睨みつけながらしきりに手元の紙に経過を書き記したり、あるいは奇妙な小道具を絨毯の上に広げている。
何も知らない者が見ればどこぞの研究室だとでも考えるだろう。だが彼らは学者ではない。いや、研究者であることには間違いないが、彼らが追い求めるものは世間一般に語られる学問とは一線を画すものだ。
すなわち彼らは魔術師。
インキュベーターとの契約を交わす資格を持たず、しかし奇跡の模倣を探求することによって神秘の業を操る術を身に着けることに成功した者たち。
そんな彼らはこの神浜に張り巡らされた霊脈への介入――すなわちハッキングを仕掛けている最中であった。
突如として街全体に謎の結界が張られ、内部の様子が確認できなくなった極東の都市・神浜市。
この異変によって生じた世界全体の魔力の微細な乱れは、それらの観測に勤しむ魔術師たちの知るところとなる。
それだけであれば魔術師たちは静観を決めただろう。どこぞの少女が新たに契約を行い、何らかの事象改変が行われるなど日常茶飯事。
凡庸な少女の願い一つ、一定以上の格を持った術者であれば自分たちの研究室や工房に備えた結界にて影響を最小限に抑えている。仮に強力な因果を持った少女によって大規模な改変が行われたのならば、それこそ世界の調停者を気取る聖堂騎士たちによって遅かれ早かれ対処が行われる。
どれほど独善的で破滅的な願いが成就しようとも、世界は平常に回り続けている。
魔法少女が魔女を狩り、魔法少女は魔女に変じる。
そしてその繰り返しから逸れた異物を神の代行者たちが粛清する。
故にこそ、魔術師たちもたかが一都市の変化に対して気に留めることはないはずだった。
――だが、その異変から程なくして。彼らのネットワークにある噂が流れ始める。
『魔法少女によってインキュベーターの眼から隔離された街。その内部にて大掛かりな儀式が執り行われようとしている』
出所不明。根拠皆無。荒唐無稽。
しかし一部の野心的な魔術師たちが動くには十分な情報でもあった。
観測者気取りの宇宙生物や、何かと研究を妨害しては成果を根こそぎ持っていく粛清機関の者たちからの介入を防ぐことができるまたとない機会。
この地を巡っている膨大なパワーリソースの獲得に成功すれば、自分たちの魔導研究に多大な寄与を果たすに違いない。さすれば、各々が目指す悲願――すなわち、『奇跡の実現』にたどり着くことも不可能ではないだろう。
そして現在、この廃墟を作り替えた工房にて霊脈への介入を試みる魔術師たちもまた、そうした目論見の元神浜への侵入を果たした一派である。
魔術師とはその思想、目的に差異があれど、その根底にあるものは共通している。それは『奇跡を手にしたい』という願い。
己の願いを叶え、奇跡の力を行使する少女たち。現代においては魔法少女と故障される彼女たちは、人類の歴史上の大半において大きな影響を与えてきた。
それは時の権力者の忠実な手足として。
あるいは科学の未発達な時代にて神の声を聞き、人々に伝える巫女として。
あるいはその常人を越えた能力を用いて戦争の趨勢を決めた陰なる兵士として。
歴史の陰にて奇跡の力を振るう少女たちの姿を見て人々が抱く思いは何か。
それは畏怖であり、尊敬であり。
あるいは恐れであり、嫌悪であり――そして、憧憬であった。
人の欲望とは果てしないもの。魔法の存在を知った人間は、当然のように自らもその奇跡を手にすることを望んだ。
魔法少女も元は同じ人間だ。
インキュベーターの望む素質の有無という違いはあれど、人の魂が凄まじい熱量を秘めていることは同じ。であれば、誰であろうと血の滲む努力によって奇跡の力に手をかけるだけの資格は存在し――そうして、探究者たちは自らの手で神秘を手繰る術を見出すことに成功した。
それが魔術であり、それらを操り、真理を探究する者たちのことを魔術師と呼んだ。
「さて……あと少しと言ったところか」
魔術師が観測したところ、霊脈の流れはある一か所に集中している。
極めて巧妙かつ精細に流れを操作されており、半端な使い手ではこの流れが操作されたものであるなどとは気づけないだろう。
だが魔術の一派を率いる立場にいる男には分かる。これは極めて強固に仕組まれた結界術だ。
恐らくは風水や陰陽道などに長けた術者が考案した、各地で蒐集したエネルギーを蓄積させて最終的には一か所に収束させるための仕込み。それにしては
大事なのはこの収束地点に存在するモノ。魔法少女がインキュベーターの目から逃れてまで集めている膨大な魔力の根本を暴くことが今回の目標だ。
故にこれは誰にも気取られることなく遂行されるのが重要であり、その土地では押さえられているだろう霊脈に干渉を試みるなど、即座に察知されてもおかしくはない蛮勇だ。それをこの上なく慎重かつ大胆に行えるのは、一重に彼の卓越した手腕に他ならない。
慎重に探知用の魔術を仕掛ける範囲を広げ、次第に近づいている巨大な存在に思わずほくそ笑んだ。
「これほどまでに周到な用意をするとは……どうやら、かなりのアタリを引き当てたかもしれんな」
想定外の収穫に男は静かに高揚し、その裏で今後の展開について考えを巡らせる。
どうやらかなりの大物を探り当てた感触があり、故にこそ一筋縄ではいかないだろうという予感がある。
今回は飽くまで事前調査。魔法少女や聖堂騎士との戦闘に備えて必要最低限の用意はあるが、それでも本腰を入れて動き出すには聊か心許ない。
欲をかかずにこの辺りで調査を切り上げて、一度本国まで帰った方がいい。そう判断した魔術師の頭目は部屋を振り返る。
「さて、今回はこの辺りで切り上げるとしよう」
部下たちに撤収の準備を指示しつつ、頭目は部屋の隅へと視線を向ける。そこには彫の深い顔立ちをした屈強な男が酒の入ったグラスを片手に深々とソファに座っていた。
「貴様もさっさとそれを片付けろ。流石に貴様が飲み散らかした分の後始末は受け持たんからな」
その男は元々自分の一派ではない。
魔術師であり戦いに赴くことを至上とする傭兵。魔術社会においても名をはせる強豪を不測の事態に備えるため雇った訳だが、この拠点での潜伏を始めてからというものほぼ毎日といっていいほど酒を飲み、常に酒瓶が足元に散乱している始末。
評判には違わぬ実力を持ってはいるが、こうもだらしなく過ごされていると無駄金を払ったような気分になるのも仕方がないだろう。
次に来る時はもう少し品性もある傭兵を雇うかと魔術師が思案していると、不意に傭兵が立ち上がる。
「いや、どうやら仕事の時間だ」
「何だと?」
「なんだ、それにかじりついていた癖に分からんのか」
酒臭いため息を吐いて自らの武器を構え始めた傭兵の言葉に魔術師は計器に目を戻して――驚愕に目を見開いた。
「これは……っ! 霊脈の接続が途絶えているだと!?」
『ええ。ええ。とりあえずパパっとこの辺りだけ流れを切り替えておきましたよ。不足の事態への備えができていないのは二流のやること。その点、私は一流ですので。というわけでご当主殿、準備完了にて』
『分かりました、では……』
――突入開始。
その言葉と同時にドアがひしゃげて吹き飛ばされる。
強化魔術によって物理的な強さを、施錠魔術によって複雑な鍵を掛けられていたはずの扉は、しかし魔法少女の常識はずれな一撃であっけなく破壊された。
「失礼いたします」
部屋に進み入る二人の魔法少女。
片や紅色のドレスに身を包み、剣を携えた双樹ルカ。
もう片方はペストマスクめいたバイザーと暗紫色のローブ姿、禍々しい棘塗れの槍を構えた鶴喰夜鴉。
外の光を背に堂々と乗り込んできたその姿は、魔術師たちにとっては悪夢そのもの。
「……ッ、馬鹿な、なぜ此処がバレて」
『そりゃあまあ、こんな派手に霊脈に繋いでたら分かりますとも。我らを神秘に疎い無知な小娘とでも侮りましたかな?』
少女たちの間に浮かぶ小さな人型の紙から声が響く。
通信用の式符。陰陽師たちが用いる基本的な式神。
この襲撃作戦を考案した葛葉が遣わしたものだ。
『我々はマギウスの翼。盗人どもよ、不遜にもこの地を踏み荒らし、偉大なる賢人たちの計画を掠め獲ろうとした対価は分かっておりますね?』
また別の声が式神から聞こえる。
それはこの作戦の総指揮を執る沙羅ウズメのもの。
彼女たちは少し離れた場所でこの状況をオペレートしていた。
事の発端はほんの少し前。
監視している霊脈の幾つかに微かな違和感を発見した葛葉はそう時間をかけることなくイヴの供給に干渉を受けていることに気が付き、これをウズメに報告した。
非常に巧妙な隠ぺいを施された霊脈への干渉。それ自体はさほど重要ではないが、問題はそれがここフェントホープ、さらにその地下まで伸びようとしていたところだった。
ウズメは早急の対応を命じ、葛葉は遅延工作を行いながら調査を開始し、間もなくしてその干渉地点を絞り込んだ。
本来ならばここで適当な羽根を偵察に送るところなのだが、しかし葛葉は無策な突撃は危険だと進言した。
実際の干渉は数日前から行われており、ここまでの隠蔽を可能としてきた相手もまた相応の術者。黒羽根程度の実力ではむしろ翻弄されるのが関の山で、白羽根であっても若干危ない。というかのこのこと現地に近づいて調べようものなら、察知されて逃げられる可能性がある。少なくとも、ここまで用意周到な連中ならばそれぐらいはやるだろうというのが葛葉の見解だった。
ならばと式神を放とうにも、偵察を得意とする『蜜告罰』は隠密性に特化しているため周辺に張り巡らされた魔術的防御を突破できないという欠点を抱えていた。
さてどうしようかとウズメが頭を悩ませていたところで、丁度よく加入してきたのが鶴喰夜鴉であった。
烏の使役による上空からの偵察。これによって人の出入りの痕跡があった廃ビルをアジトとして突き止めることに成功し、かくして突入作戦の開始と相成ったのである。
「だとしても結界は!? アレはそれなりに複雑な構え、例え魔法少女だろうとそう簡単には……」
「確かに、アレはそれなりに堅牢な防御だったのでしょう。ですがまあ、相手が悪かったとしか言いようがないでしょうね。こちらにも陰湿な魔術師がいまして、餅は餅屋というわけです」
『おや、おや。それはつまり私の知恵あっての賜物というわけで。評価を改めてもらえましたかな?』
「うるさいですよ」
おちょくるようにねちねちした声をルカは文字通りバッサリと斬り捨てる。
……が、程なくして別の式神が何事も無かったかのように飛来してきた。
『やれやれ。用意しているとはいえ、数に限りはあるのであまり無駄にしてほしくはないのですがね』
『……ルカ、とりあえず葛葉の言う事は無視して結構ですので。早急に取り押さえるように』
「承知。ではウズメさんの手前、迅速にカタをつけると致しましょう」
「ああ。打ち合わせ通り行くぞ」
夜鴉は身をかがめ、ルカが剣を床に突き立てる。
「――っ、貴様」
魔力の兆候を察した傭兵は、瞬時に近くにいた魔術師の前に立って盾を構える。咄嗟の判断が間に合ったのは彼だけだった。
――カーゾ・フレッド
瞬間、極寒の大地を思わせる冷気が部屋の中を包み込んだ。
刃の突き刺さった地点から氷が広がり、それは瞬く間に中にいた魔術師たちの足元まで到達する。
凍結魔法――
「ぐわぁ!?」
「足が……っ」
「くそ、こんなもの」
足を奪われた魔術師たちは狼狽しながらも魔術で氷を解かしはじめる。
当然、そんな明確な隙を見逃すわけもなく。
――カズィクル・ベイ
ルカを飛び越えるように跳躍した夜鴉がその手に携えた棘まみれの槍を投げ放つ。
秒とかからずに殲滅槍は着弾し、その身に纏った棘を散弾として部屋中を蹂躙した。
◇
ChapterⅣ【ヴァルキルベイン】
「ぎゃああああああ!」
「ぬぅぅぅ……!」
氷結による足止め。室内を襲った棘の散弾。
突入開始から間もなくの奇襲により、ほとんどの魔術師が浅からぬ傷を負った。
多くの者がその身体を幾つもの棘に貫かれて苦悶の声を上げ、辛うじて正気を保って行動できる数人もまた軽くない負傷。
無事と言えたのはいち早く防御を固めていた傭兵の男と、彼に庇われた一派の頭目だけだ。
「おのれ……アンデルバリ、早くそいつらを始末しろ!」
「分かっている!」
アンデルバリと呼ばれた傭兵はズタボロになったジャケットを脱ぎ捨て、その下に隠されていた時代錯誤も甚だしい革鎧が露わとなる。そうして最小限の負傷で不意打ちを乗り切った傭兵は反撃の一歩を踏み出した。
床面の氷を踏み砕いて傭兵は着地した夜鴉へと肉薄する。丸太のような腕が唸りを上げ、
肩から袈裟懸けにするような一撃を、夜鴉は半身になって躱し、そのまま振り下ろされた刃の側面を蹴って距離を取る。
「やるな……そして!」
「おっと、流石に無理でしたか」
傭兵は惜しむ間もなく、自らの首筋に向かってきた斬撃を左手の盾で受け止める。
魔法少女でもない相手に奇襲を受け止められたルカの顔に浮かんだのは驚愕や落胆ではなく、むしろ望外の相手に出逢えたという喜び。
傭兵もまた盾から伝わる感触から相手の力量を推察。彼女が魔法少女の中でも相当な実力を持つことを把握して闘志を漲らせる。
刃と刃がぶつかり合い、甲高く重い音を何度も鳴らす。
身に纏うドレスのように戦場にて舞うようなルカ。対して傭兵はどっしりと防御を構えながらも機を見て斧による反撃を繰り出している。
ルカが斬撃と同時に放つ冷気を盾でいなしながら、しのぎを削るその様子はまさに歴戦の戦士。幾度もの戦場を乗り越えることで磨かれてきた技は魔法を交えた剣技にも対抗する。
その間に夜鴉は袖口から伸びていた鎖を掴んで思い切り引く。
ジャラジャラと音を立て、その鎖が伸びる先……鮮血機構の石突が引っ張られるようにして浮き上がり、手元へと呼び戻された。
「おや。さっきの戦いで使わないと思ったら、そんなところに」
「使えるものはなんでも使わせてもらうさ」
模擬訓練前に受け取った黒羽根としての武装である分銅鎖を受け取った夜鴉は、作戦準備中に軽く改造を施し、即席のアタッチメントとして鮮血機構に接続していた。投擲技は雑魚を散らすのに使える分、手元から離れてしまう。骨喰ならいつでも呼び戻せるのだが、生憎この武器は自前ではなく借り物。これ幸いとばかりに貰った武器を組み込んだというわけだ。
漆黒の突撃槍としての姿が露わとなった鮮血機構を夜鴉は構え直す。
余計な棘をすべて落とした殲滅槍はそれまでとは対照的にシャープなフォルムと軽量化した重量による高速の刺突突撃を実現する。
「シッ―――!」
「ぬおっ!」
黒い閃光の如き一撃を盾で受け止める――が、衝撃の余りに後ろへと弾き飛ばされる。
「おっと、口ほどにもありませんかね」
「お、おい。貴様本当に大丈夫なんだろうな!?」
「問題ない、これで準備が整ったところだ」
「何のつもりかは存じませぬが――!」
余計な真似をされる前に潰す。その意見が一致した二人は同時に襲い掛かった。
「――戦乙女どもよ、見るがいい」
その宣言による変化は如実だった。
剣が、槍が弾かれる。
「なっ!?」
堅い鉄を打ったような手ごたえにルカの顔が驚愕に歪む。
その隙に放たれた丸太のような脚の回し蹴りが脇腹へと突き刺さった。
「かぁ……っ!」
「双樹!」
「ははは! どうした、先ほどまでの威勢は何処に行った?」
完全に形勢が変わったことを確信したように傭兵が笑う。
黄金の輝きを身に纏い、威風堂々と斧と盾を持つその姿は古代の戦士を彷彿とさせる。
先ほどまでは常人よりは上程度であった迫力が、今では無意識に身構えさせるだけの威圧感へと変貌した。
これは一体どういう理屈か? 彼はどのような魔術を用いたのか?
「
鶴喰は苦々しくその絡繰りの正体を呟く。
魔法少女は魔術師よりも多くの点で優るとは言ったが、それは決して戦いでの優劣を決めることではない。
基本的に一代限りである魔法少女に対して、魔術師は世代を重ねて研鑽を重ねる研究者。彼らの間で連綿と受け継がれてきた魔法少女という存在に対する執念の篭った研究は、そのまま魔法少女への対抗策へと転ずる。
それが
この傭兵が用いたのは北欧にて伝わる術式。
『アインヘリヤル……なんと、なんと。まさかあの
「知っているのか」
『フェリクス・アンデルバリ。その道の魔術界では有名な傭兵です。彼が斃した魔法少女の人数は五十を越えます、故の仇名が
「マジか……」
葛葉から伝えられた情報に夜鴉は考えを巡らせる。
魔法少女との戦いに熟達した魔術師。かつて七枝市にて戦った黒魔術師とは比較になるまい。いやあちらも魔女を掛け合わせて人為的に大魔女を作りあげかけたとかいう厄介さで言えば同じぐらいだっただろうか。
だがこの男の厄介さは単純な戦力。純粋な武器の打ち合いでは互角と言えるが、こちらの魔法を意に介した様子が無いのが危険すぎる。恐らくは手に持ったあの盾の仕業だろう。守りのルーンで防御を固めた霊装がルカの冷気を防いでいる。
つくづく骨喰を持ち出せないのが面倒だと内心でひとりごちる。アレを持ち出せば、その程度の小癪な守りは紙切れも同然だというのに。
「我こそが奇跡を纏いし戦士にして偉大なる神の時代を再現する者。幼稚な夢に奇跡を費やした貴様らのような子供が叶う道理はない!!」
『厄介ですねぇ。とりあえずヤバそうになったらウズメ様が動きますので、まぁなんとかしてくださいな』
「丸投げかい……」
斧を掲げ、声高らかにフェリクスが叫ぶ。
さてどう攻めたものかと思案して――傭兵の背後で瞬いた光に本能が警鐘を鳴らした。
「
突如として雷が迸り、夜鴉に襲い掛かる。
一瞬反応が遅れた夜鴉はその雷に直撃する。
「くっ……」
ダメージ自体は大したことはない。
鶴喰夜鴉――つばめが用意したこのローブは彼女自身の異形から抜け出た羽根の他、多数の魔法素材を用いて仕立てた特注品。ゆえにそれなりの抗魔力性能もあり、魔法少女による魔法攻撃でもある程度はやり過ごせる。
だが、これがあの傭兵と刃を交えている最中に飛んで来たりすれば命取りに繋がる。
「くそ、後ろで縮こまっているだけじゃなかったか」
魔術を放ったのはフェリクスの背後にいた魔術師だった。
形勢逆転を見て戦闘に加わり始めたのだろうが、ほぼいないものとして扱い魔術を発動する隙を与えたのは自分たちの落ち度だ。
さてどうするか、と考え始めた途端。
ごう、と肌に伝わる温度が急上昇した。
そちらを見れば、白いドレスが劫火を纏った剣を振り回して傭兵に挑んでいる。
「よくもルカを傷つけたな! ブチ殺す!!」
「ぬっ、氷の次は炎か、上等よ!」
ルカと交代したあやせにフェリクスの相手を任せ、夜鴉は魔術師の方へ突っ込んでいく。
迅速に後衛を仕留め、フェリクスを挟撃して倒す。今はそれが最も勝算の高い作戦だ。
「来るか。ならば我が探究の成果を見るがいい。"砂塵より生まれよ、我が巨人"!!」
魔術師は懐から取り出した革袋の中身をぶちまける。
そこからには外見以上の量の砂鉄が滝のように流れ出し、それは地に広がる前に宙に留まって人型となる。
「それは……ゴーレムか」
カバラにおける奥義とも言われる、自律した泥人形。
それだけならとりわけ珍しくもない存在なのだが、このゴーレムは奇妙にも砂鉄で作られた砂人形とでも言うべき存在。
夜鴉の二倍以上もの背丈を持つ砂の巨人は、天井に届くほどの巨体をもたげて敵を見下ろす。
「
魔術師の号令に従い、流れるような速度で振り下ろされる腕を夜鴉は回避する。
そして反撃に転じ、ゴーレムの胴体を槍で薙ぎ払う。
「無駄だ!」
その努力をせせら笑うような魔術師の言葉通りに、飛び散った砂鉄はそれが自然な流れのように胴体へと戻っていく。
そして損壊など無かったようにゴーレムは再び夜鴉へ両腕を伸ばす。
掴まれればそのまま無数の粒に削り取られて挽肉になる未来が待っていただろう。そうなれば魔法少女の耐久性など意味がない。ソウルジェムすら研磨を越えて粉みじんになるまで削り取られる。羽根程度の魔法少女なら……いや、相性によってはそれ以上の実力者にすら通じる魔術だろう。
だが。
「いや――視えているぞ」
鶴喰夜鴉にその程度の小細工は意味がない。
幽界眼によって魔力の波長を読み取り、寸分狂うことなく核となる貴石を破壊する。
かくして伝承をなぞらえるように、核を砕かれたゴーレムは力を失いただの砂塵となって崩れ落ちて――、
「
バチリ、と雷が迸る。
空間を切り裂く三つの光矢を、しかし見越していたように槍で叩き落す夜鴉。
だが彼女の虚を突いたのは、それに追随するようにして飛来してきた黒色の矢だった。
「ぐぅっ!」
回避が遅れ、槍の一つが肩を貫く。
夜鴉は苦悶の声を上げながら地面を転がり、片膝立ちになって傷口を押さえる。
「ふむ、仕留め損なったか」
「……不覚だ」
雷。そして砂鉄。
ここまで露骨な符合を見ておきながら、それを想像出来なかったのは注意不足。
ゴーレム自体が捨て石ではないにせよ、突破された時の保険も用意してあるとは、魔術師の一派を率いるだけのことはあるらしい。
「だが、二度目はない」
一回目で戦闘不能にできなかった以上、もう同じ手は喰らわない。
こちら側の攻め方に備えているのか、術者を守る様にして砂鉄が周囲を漂っている。
果たしてそれをどうやって攻略するか。もういっそ魔力を込めて一気に突っ込むのが手っ取り早いのだが、それをやると確実に相手は死ぬ。
別にここまで命をやり取りをしておいて殺すことに抵抗があるとかではなく、一応の目的として生け捕りにする必要があるので、そういう選択肢が積極的に取りにくいのだ。
「やはり有効なのは凍結か」
あの流体を纏めて氷に閉じ込めて使えなくするのが良い。
そのためにも傭兵の方を引き受けるべく、夜鴉は一度あやせの傍まで後退した。
どうやらお互い膠着しているようで、目立った負傷はないものの有効打も与えられていないらしい。
「あ、新入り。あっち片付いてないのに戻ってきたの?」
「すまん。予想以上に向こうも厄介だ。ここは一つデカいのを頼めるか」
「――なるほど。そう言う事ならば、遠慮なく」
言葉の直後、あやせの姿が変わる。
赤と白、色を半々に分けたドレスを纏ったその恰好は、あやせとルカ二人の姿を合わせたよう。
同時変身。一つの身体に二つの魂を宿す彼女たちだからこそできる離れ業だ。
彼女たちの魔力が同時に励起し、交差させた剣に収束する。
混ぜ合わさった二色の魔力は互いに混ぜ合わさりその輝きを増して――
「……え、ちょ、待てそれって」
「纏めて潰してやりましょう、私たちの本気、見るがいい!」
獄炎と氷河。
相反する二つの属性を持ちいる双樹の切り札。
彼女たちが何を放つつもりなのかを察した夜鴉が止める間もなく。
――ピッチ・ジェネラーティ
爆発的なエネルギーが、部屋の中を満たした。
◇
KABOOOOM!!
寂びれたホテル街の一角。
そこにあった廃ビルの一つが爆発し、瓦礫と粉塵が街路へとまき散らされる。
幸いにも巻き込まれるような通行人はおらず、またこの騒ぎを聞きつけた者たちもいないようだ。
「うへぁ!?」
鶴喰夜鴉は煙の中から飛び出し、アスファルトの地面へと着地する。
咄嗟の回避が功を奏したのか爆発によるダメージはほとんどないが、被っているローブは塵と埃に塗れて灰白色に染まっている。
下手人である双樹は、何事も無かったかのように優雅な仕草でシュタっと降りてきた。
「おいこら、そこの氷炎将軍。メドローアを閉所でブチかますとか何考えてんだ。マヒャドで良かったんだよあそこは」
「はぁ!? その呼び方は聞き捨てなりませんね!! あとあの技を使うのは大魔導士のほうですわよ!」
「突っ込むとこそこ?」
などと二人が言い争っていたその時。
「ぬぅぅぅ!」
「くそ……なんと無茶苦茶な小娘どもだ」
ドスン、と落下してきた傭兵フェリクスが彼女たちを睨みつける。その肉体は多少煤けているが未だ健在。だが先の一撃を直接防いだ影響か、あの守護の盾は使い物にならないほどボロボロだった。
そして最も負傷が大きいのは頭目の魔術師だ。自身も衝撃を気流操作で受け流したものの瓦礫が当たったのかおかしな方向に曲がった右腕がだらりと下がっている。武器であった砂鉄の礼装は爆発で吹き散らされ、苦し紛れの魔術に期待は持てない。戦闘能力は完全に失われたと見ていいだろう。
「……何にせよ、これで勝負あっただろう」
「ええ。ここは潔く投降なされよ。今ならまだ命だけは助かりますよ?」
「舐めるなよ。傭兵、とにかく逃げる時間を稼げ!」
「応とも。ここで臆せば戦士の名折れ、かかって来るがいい魔法少女よ」
即座に離脱を計る魔術師。ここで命惜しさに戦闘を放棄するような真似をせず、殿を務めようとするフェリクスもまた仕事人としての矜持が垣間見える。
それに、彼の『我は勇士なり』の効果はまだ持続している。
捨て身で挑めばこの二人を足止めすることは不可能ではなく、魔術師がここから逃げる時間を稼ぎつつ、機を見て自らも離脱することができただろう。
最も、それは彼の命を狙うのが二人だけならばの話だが。
「――その意義や結構。どちらにせよ、もう御終いですがね」
「何を、ガ――!?」
どこからか声が聞こえ、そちらにフェリクスが注意を向けた瞬間、彼の胸からは深紅の刃が生えていた。
「な……!?」
「せめて戦士の情けとして名乗りましょう。我が名はマギウスの翼統領・沙羅ウズメ。『戦女狩り』フェリクス・アンデルバリ殿、これにて切捨御免」
「お、のれ、抜かったか……」
そうして力尽きた戦女狩りに向けて残心し、沙羅ウズメは魔術師の方を一瞥。
「ひっ、来るな――あぐっ」
「はい、はい。これ以上余計な手間は増やさない。観念して眠りなさいな」
踵を返して逃げ出そうとした魔術師だったが、少し走ったところで唐突に糸が切れたように地面へと倒れ伏した。
「今のは……」
「おい、何お姉さまの見せ場に横入りしているんだ毒虫」
「いやいや、派手に吹っ飛ばしたのはそちらですよね? これ以上長引かせたくないので手っ取り早く無力化いたしましたのに、責められる謂れはないかと」
するりと物陰から葛葉が現れる。
彼女の周りには蜂のような虫が滞空しており、恐らくはその針に含まれた毒で魔術師を昏倒させたのだろう。
なんともえげつない手を使うものだと夜鴉は内心震えた。
双樹は彼女が最後の獲物を取ったことが気に入らないらしく、葛葉に食って掛かるが当の本人はどこ吹く風だ。
「さて、後の片づけは彼女たちに任せて、我々はいち早く戻りましょう」
ウズメが手を叩くと、どこからともなく黒羽根たちが現れる。
彼女たちは爆発した魔術師のアジトへぞろぞろと入っていき、いくつかの資料や気絶した魔術師たちの身柄を取り押さえていく。
「ま。何はともあれ、これにてゴミ掃除完了に御座います。皆さまお疲れさまでした」
クスクスと笑う葛葉に、それで余計に不機嫌になる双樹。その二人の仲裁をウズメが宥めている様子を、つばめは疲弊した身体で眺めていた。
――そして、その様子を路地裏に設置された一機の監視カメラが静かに見守っていた。
○魔術師
普段は表舞台に出ないが、いざ準備が整えばテロすら辞さない傍迷惑な連中。モブ魔術師はこういう連中が多いし、なんだったら粛清機関に属する魔術師も結構アレ。奇跡に目を焼かれた奴らだから仕方ないね。
今回用いたのはカバラ。ノタリコンによる短縮法。
○
魔法少女に対して用いられるほぼ魔術。流派や体系によって効果もバラバラだが、"魔法少女に最も効果を発揮する"という共通点によって分類される。
粛清機関はこれの保有数がべらぼうに多く、魔法少女に優位を保っている要因の一つである。
●
魔法少女から戦乙女の伝承が生まれたという仮説から、魔法少女に命を狙われる自分はすなわち戦乙女によって導かれる勇士であると因果を逆転させて超バフを盛る。