つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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説明フェイズな回。
しかし本来より倍ぐらい文字数が膨れ上がってしまった


第四十九話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……③【夜巡る思惑/梓みふゆ】

ChapterⅤ【夜巡る思惑】

 

 

「はーい、みんなお疲れ様ー。そこの新人さんもよく頑張ったねー」

 

 

 本日二度目のデブリーフィングは、灯花の鈴を転がしたような妙に耳に残る声を挨拶として始まった。

 

 

「これで今回の闖入者の主導者と構成員の大部分の確保。ならびに傭兵として雇われていた魔術師の排除に成功しました。素晴らしい成果でしたよあやせにルカ。そして鶴喰さん」

「お褒めに預かり、光栄に御座います」

 

 

 ルカが恭しく頭を垂れる。

 私もそれに続いて一礼する。

 まだたった一日だというのに、この人から指示を受けてそれを完遂したことに対して、少なくない達成感が心を満たしていた。

 

 

「とはいえ、どこかの誰かさんが派手にしてくれた御蔭で、アジトは爆発によって機材や資料の多くは破損。構成員も多くが負傷し、あまり尋問が捗りそうにありませんねぇ」

「む」

「葛葉」

「失礼。まあおおよそ、今回の連中もイヴのことを探りに来たというところでしょう。残存した資料を見ても霊脈に探りを入れていた段階のようでしたし、ロクな情報は持っていないかと。とはいえ、ここで取り逃がして余計な情報を外部に持ち出されなかったのが幸いでしたが」

「イヴにハックしてくるだけでもうっとおしいのに、さらにやって来るとか面倒なワケ」

「想定されていたリスクの一つだけどね。街を一つ隔離した弊害だけど、今のところ押し返せているから問題は無い。葛葉のほうも根回しはしているんだよね」

「勿論ですとも。とはいえ、国外の魔術師に陰陽寮(うち)からの言葉がどれだけ効いているやら」

「パブリックな組織のくせに情けないワケ」

 

 

 いつもの煽りをウズメに窘められ、葛葉は淡々と自らの分析を告げる。

 続くアリナのぼやきを聞いた後、私はぽつりと疑問を口にした。

 

 

「まさか、いつもこんな連中を相手にしているのか……?」

「いえ、たまに来るといったところです。今回はこれまででも一番手こずりましたが」

「普段なら双樹さまと梓さまのお二方で片付きますからねぇ。ウズメ様が戦線まで直々に出張ったのはこれで初めてです」

「歴戦の傭兵だったっけ? でもわたくしのウズメの方が強かったもんねー♪」

「ええ。ウズメさんの手を煩わせたのは我々の未熟ですが、実に素晴らしき剣の冴え……! 嗚呼、何度惚れ直したか分かりません……!!」

 

 

 直接戦った鶴喰からすれば、それなりに苦戦した相手なのだが、そんな想いを露知らず灯花は己が従者の勝利は当然とばかりに笑っている。

 そしてルカが頬を赤らめながら震えているのは全員がスルーした。薄々分かっていたが、どっちの人格も大概らしい。

 

 

「まあ、私の事はそこまでにして。一応鶴喰さんに説明しておきますと、魔術師どもは尋問が終わり次第、地下の無限病棟のウワサに放り込みます。彼らには微睡みの中、時が来るまで感情エネルギーと魔力をイヴに供給してもらうことになりますね」

「なるほどな。命は取らんが、代わりに相応の対価は貰うというわけか」

「ふふ。あれだけ追い求めていたイヴの間近でその神髄を拝めるのですから、苦労の甲斐はあったのでしょうねぇ」

 

 

 嘲るような葛葉の言葉に、彼らの末路を想像して憐れむ。

 まあ、私もついさっきまで殺し合いを演じた相手の安否を案じるほど殊勝な心掛けは持っていないが。

 正義感で立ち向かってきた魔法少女とかならまだしも、完全に私利私欲で近づいてきた連中だ。それが返り討ちに遭った挙句どうなろうと特に心が痛むわけでもない。むしろこれで一般人から搾り取る分が賄えるなら丁度いい。

 ……と、そこまで考えてある点に思い至った。

 

 

「……待て、それができるなら一般人からエネルギーを取る必要はないのでは……?」

「まあ、普通はそう考えますよね」

「はい、はい。そうは問屋が卸さずといいますか、魔術師から搾取できる魔力などたかが知れていまして。聖人と呼ばれるような特殊体質持ちでもなければ、一般人よりも多少はマシ程度にございます」

 

 

 あー、そういう事情ね。

 そもそもの話、魔術師は自分だけで奇跡を行使できるだけの魔力がないからこそ、信仰や伝承に則る形で神秘を編み出している。これが自前の魔力だけでどうこうできてしまう魔法少女との大きな違いであるわけだ。

 実際、目の前の葛葉にしても弱い魔法少女程度の魔力しか持っていない。これでも魔術師としては破格の部類なのだろうから、実に世知辛い話である。

 

 

「魔法少女でもないのに頑張ってわたくし達に追い付こうとしてる割には、正直期待外れなんだよねー」

「それに感情エネルギーのほうもぶっちゃけそこまで出ないんだよネ。あんなゴシップに釣られてやってくるメイガスなんて人生が擦り切れたオッサンばかりだし、やっぱりティーンズを中心にウワサに取り込んだ方が効率がいいワケ」

 

 

 生半可な魔力では真理に至らず。

 自動浄化システムを完成させるためには結局のところ、ドッペルによる相転移エネルギーか、ウワサで一般人を対象に集めるかの二択しかないということか。

 

 

「だーいたい、過去の奇跡をわざわざ再現しようって考えがダサいよね。神話や伝承なんて科学が未熟だった時の人たちが未知を納得するための言い訳でしょー? 其れにすがって魔法を越えることができないなら、民族学以下の発展に寄与しない学問だと思うにゃー」

「物語に積み重ねられた希望を媒体として奇跡を再現するのはいい試みだとボクは思うよ。ボクのウワサだって、多くが既存の都市伝説や怪談をモチーフにしたものだし、人々が想像を共有して生まれたものにはなんだって価値が宿るものさ。最も、当人たちの努力が不足しているのは否定しないけど」

「むっ」

「何だい?」

「こら、お二人とも喧嘩なさらず。あと、灯花様は叔父上様の事を自論のダシにするのはやめなさい」

「はーい……」

 

 

 意見が二分したガキ二人が些細なことで喧嘩しかけるのをウズメさんが一瞬で黙らせる。

 どうやら完全に力関係は決まっているようだ。ここだけ切り取るととても魔法で悪だくみをしてる組織には見えないんだけどなぁ。

 

 

「流石に今日のようなことが続くわけではありませんが、こうした不測の事態は常に起こり得ます。その時に招集がかかる場合がありますので、その辺りはご了承を。無論、それに見合う融通は利かせましょう」

「承知した」

「あら二つ返事。荒事にブチ込むと言っているのに意外と積極的ですこと」

 

 

 どうもここにいる面々がヤバいだけでそれ以外は割と下っ端ぽいし、貴重な戦力として駆り出されるのは想定の内だ。

 でも流石にあんなヤベえ連中とやり合う羽目になるのは予想外だったけどね。

 

 

「では本日の活動はここまでです。初日から本当にお疲れさまでした」

「わかった。次は明日か?」

「ええ。ですが明日は夕方からで構いませんよ。お嬢様がたもそれぐらいですので。あるいは日中からここに来ますか?」

「いや、流石にこちらにも生活がある。……だが、斥候というからには常に見張りが必要かとも思っただけだ」

「まさか。そこまで負担をかけるような真似はいたしませんよ。ただ、そうですね……先ほどのカラスをこの街に巡らせておくことなどはできますか?」

「それぐらいなら造作もない」

 

 

 この前の事件から教訓を得て、カラスの自動制御用の術式は父から教わっている。

 普段は巡回させて魔力を感知した時に自分に連絡が入る仕組みである。これで複数体運用しても脳に負担があんまりかからなくなった。

 自分の強みはこうした裏方作業だから、それを全力で遂行できるようにする努力は怠らない。

 

 

「ほほ。有望でよろしいこと。ところで、これから尋問を開始しますが、鶴喰さまは見ていかれますか?」

「生憎そういう趣味はない」

「逆アイアンメイデンみたいな武器なのに?」

「それとこれとは話が別だ」

 

 

 足早にその場から去る。

 後ろから『アッアッ、ミズミシキトハ、アッ、アッ、ア……』みたいな声が聞こえた気がしたが、特に気にすることでもないだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 帰宅した私は早速父に今回の事を報告する。

 

 

「ふむ、そうか。そのようなことがあったか」

 

 

 一部始終を黙って聞いていた父は、話が終わると同時に莞爾*1と頷いた。

 

 

「なるほど。『回収』、『変換』、そして『具現化』か。それならば確かに道理は通る。多少の穴はあるにせよ、理論としては申し分ない。科学のみならずこちらの分野でもその頭脳を振るうとは、流石は希代の天才少女と噂されるだけはある」

「知ってるんですか?」

「マギウスの一人、里見灯花は里見医療財団のご子女だよ。宇宙開発部門において幾つかの理論を一新させるほどの頭脳を持っているが、病弱故に常に入院しているという話だった。しかし数か月前に前触れなく快癒し、そこの最新医療を以てしても原因不明だと噂になっていたが……魔法少女になっていたのなら合点がいったよ」

 

 

 里見医療財団。この街で一番大きい里見メディカルセンターを運営している所か。

 制服からしてお嬢様だろうとは思っていたが、そんな大物だったのか。

 

 

「まあ、それでも幾らかの謎は残っているがね。そこは君も同じだろう?」

「ええ、まあ……」

 

 

 謎とはいうまでもなく、あのイヴという存在の出所。

 希代の天才が魔法少女になって魔女化の解決を目指そうとするのはそう言う事もあると納得できる。だがそれを実現できる力を持った魔女が都合よく出てくるというのは出来過ぎた話だ。

 それ以上の詮索は沙羅ウズメに止められてしまったが、やはりアレについての調査は進める必要があるだろう。

 仮にあのまま協力を続けて、実は神浜があの魔女によって更地になります! なんて言われても遅いのだ。

 

 

「父さんはどう思います?」

「どうだろうな。ある程度の予想は立てている、というか必要な推理材料は既に揃っている。だが分かった所でどうしろという話でな。私からすればこの事態は放っておいてなんら問題ない話だ。連中が魔女を集めて育てるだけならむしろ無害だし、ウワサとやらの被害についても、そもそも近づかなければ良いだけだ」

「わぁ薄情」

「私が魔法少女の事柄に直接首を突っ込んだところで、誰のためにもならないからねぇ」

「それはそうですね」

 

 

 この前の鏡の魔女とか、本当酷い結末になったもんね。

 

 

「だからまあ、今考慮するべきはあちら側の戦力についてだな」

 

 

 その言葉に、この一日で出会った彼女たちについて改めて考察する。 

 まず初めに考えるべきはもちろん。

 マギウスと呼ばれている、自動浄化システムを作り上げた三人の魔法少女。

 

 

「マギウスの三人については未知数な部分が多いが、これだけの術式を成立させた以上は実力も相応にあるだろうね」

 

 

 おそらくは天才という生まれから背負った因果によるものだろう。

 彼女たち三人の持つ魔力は凄まじく、その魔法についても頭一つ抜けている。

 

 エネルギーを自在に変換できるという灯花。

 ウワサという魔女にも引けを取らない魔法生命を生み出す柊ねむ。

 この街一つ覆い隠せる結界を張ったアリナ。

 

 どれもこれも魔法少女が持てる魔法としては極めて強力。

 魔力そのものに干渉する私の魔法があっても、真っ向から敵対するのは避けたいものだ。

 

 

「対して羽根と呼ばれる構成員はそのほとんどが魔女化から逃れるために集まった非力な魔法少女。とはいえ中にはそこそこやれる者も混ざっているだろうし、侮れば足を掬われるだろう」

 

 

 黒羽根はその多くが魔女と満足に戦うことができない魔法少女。

 だがマギウスはこれを統一された装備と戦い方によって、数の暴力で押し通せるように仕立て上げている。

 全力で足を引っ張られたところを、それなりの実力を持つ白羽根が襲ってくれば、ベテランであっても不意を打たれるだろう。

 一騎当千。数を質で薙ぎ払うのが常套句の魔法少女であるが、それでも羽根たちの運用方法には一定の価値を認めざるを得ない。

 

 

「問題は幹部だな。梓くんは言わずもがな、双樹という二重人格の魔法少女も君と真っ向から打ち合えるだけの力量がある。この時点でも中々の粒ぞろいだが……」

 

 

 全くだ。

 

 七海やちよの相棒にして幻惑の達人であるみふゆさん。

 炎と氷という相反する属性を併せ持った二重人格の双樹あやせ/ルカ。

 

 どちらもベテラン級の実力者だが、その二人が問題にならないほどの猛者があの組織にいた。

 深紅の女武者。曲者しかいない組織を取りまとめる女傑。

 

 

「沙羅ウズメ。マギウスの翼の首領にして里見灯花の侍女(メイド)か。君から見てどうだったかね? 彼女の実力は」

「……圧倒的でした。少なくとも、私なんかじゃ追い付けないぐらいの達人です」

「ほほーう。七海くんやシスターと比べたらどうなる?」

「さて。やちよさん以上かもしれませんし、もしかしたら音子さんに並ぶかも……」

 

 

 僅かしか見ることは適わなかったが、その一瞬であっても彼女の並々ならぬ実力は十分に知れた。

 正面から相対して感じた静かながらもこちらを委縮させる気品ある佇まい。一切の無駄がない足運び。軌跡を追う事しかできなかった剣筋。

 確かに魔力だけで言えばマギウスのほうが遥かに上回っているだろう。

 それどころか、あの魂の質から察するに、ウズメさんは()()()()()()()()。即ち、魔法少女という点においては落第と呼べるもの。

 血液を自在に操る魔法も便利と言えるが、それだけに術者のセンスや経験がものを言う類だろう。

 少なくともあれ一つで無双を誇れるものではなく、みふゆさんの幻惑や双樹の属性魔法のほうがよほど戦闘能力に寄与している。

 

 

 ならば、あの強さの理由はただ一つ。

 彼女は単純に、自ら鍛えた肉体と剣術のみで魔女を倒している。

 その凄まじき剣の冴えとカリスマによって、沙羅ウズメはマギウスの翼の首領として君臨しているのだ。

 

 

「ふうむ。侍女が魔法少女になって頭抜けた戦闘能力を得た……というよりは凄腕の使い手が侍女兼護衛として里見家に仕えているというところか。院長ほどの有力者ともなればこちら側の事情も多少は聞き及んでいるだろうし、魑魅魍魎に対応できる人材をボディガードとして病弱な娘につけようというのは自然な話だ」

 

 

 だから魔法絡みの怪我人ってあそこに運ばれてるのかと、今更ながらに合点する。

 しかしウズメさん……カタギじゃないのか。元々からして聖堂騎士のような、魔と対峙することを生業とした人間だったというならば、あの研ぎ澄まされた眼差しにも納得がいく。あれは普通に魔女と戦っているだけでは身につかない、音子さんや神父のような血に彩られた世界に生きる戦士が持つ目だ。

 

 

「それに葛葉という陰陽師についても考えなくてはいけないね。神浜に異変が起こっていい加減国の魔術機関が嗅ぎつけるだろうとは思っていたが、やはりもう潜り込んでいたか。ここしばらくうろついていた蟲は彼女の仕業だったか」

「げ、やっぱり来てたんですか」

「向こうからすればうちは重点的に見張っておきたい勢力の一つだろうしね。もちろん追っ払っておいたから安心していいよ。あと八雲嬢のところにも張り付いていたから、虫避けの魔香と結界の改修を行っておいた」

「調整屋にまで……」

「対等な取引関係とは言うが、連中からすれば不都合があればいつでも抑えつける準備ぐらいはするだろうよ」

 

 

 調整屋はマギウスの翼と取引契約を結んでいる。

 対価として支払われたグリーフシードをみたまさんが使った後の処分として引き取ったり、魔女化やドッペルについて知った魔法少女をマギウスの翼へと斡旋したり。その代わりとして中立勢力として手出し無用の約束を取り付けられている。なおメルくんはこの事実を一切知らされていない。

 

 そうして敵対しないと言っている癖に、しっかりと監視の目を用意している辺り抜け目がなさすぎる。

 父がパトロンになっている限り何があっても問題にはならないとは思うが、もし何かあればこちらもマジ切れ待ったなしである。

 

「まあ、この私がいる以上はつばめが危惧するような真似は起こらないがね。近いうちにあそこのパトロンが誰なのかはしっかりとわからせておくさ」

「ホント、足長おじさんですねぇ。というか、なんでそこまでするんですか? 父さんにとってみたまさんって何なんです?」

「君にとってのななかくんと同じだよ」

「なるほど」

 

 

 そう言われたら何も言い返せない。

 

 

「何にせよ、軽率に敵対せず潜入という手段を選んだのは正解だったね。連中と事を構えれば、彼女たちの猛威に晒されるのは君だけではなく君の仲間たちもだ。みすみす敵対するような羽目にならなかったのは幸運だった」

「ええ。みふゆさんに感謝ですよ」

 

 

 みふゆさんが最初に事情を説明してこなければ、私はこれからウワサを害あるものとして対処していただろうし、そうなればマギウスの翼とは敵対する以外の道を選べなかっただろう。

 こうして彼女たちの中へと接近し、この異常事態の真相を掴むチャンスを得られたのは、ひとえにみふゆさんのおかげと言っても過言ではない。

 まあ、あの人も私から芋づる式に音子さんとかやちよさんが突っ込んでくるリスクを減らしたかったとかの打算もあるのだろうけど、無用な争いを避けられたのは互いにとって良い話だった。

 

 

「ほら、明日は学校だろう。今日はもう寝ておきなさい」

「言われなくてもそうします」

「夜更かしするなよ」

 

 

 ネットサーフィンに興じれるほどの体力も残っていない。

 パパっと支度をした後、そのままベッドにダイブ。

 

 

「……」

 

 

 うーん、やっぱ気になるな。

 ちょっとだけちょっとだけ……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅥ【梓みふゆ】

 

 

 

「上がりましたか、梓」

 

 

 一時間にも渡るバスタイムを終えた梓みふゆが呼び止められたのは、寝室へ向かおうとリビングに出た時の事。

 

 

「帰っていましたか、ウズメさん」

 

 

 声の正体は入浴前にはいなかったこの部屋の持ち主。

 沙羅ウズメはダイニングで椅子に腰かけ、手に持ったグラスを揺らしていた。

 

 そういえばそういう時間だったなとみふゆは思い出す。

 マギウスの活動が終わったのが20時前後。そこから灯花の世話と寝かしつけを行い、ここまで帰って来る時間を考えればこの辺りが頃合いだろう。

 

 既に大体の食事は澄ましたのだろう、キッチンの水切り籠には現れた大皿や食器が納められている。

 そして今テーブルの上にあるのは軽食が盛られた皿とグラス、そしてむやみやたらに主張する一升瓶だった。

 

 

「丁度いい、ひとつ付き合いなさい」

 

 

 丁度いいと言いながら最初から目論んでいたのだろう。

 ウズメは空いていたグラスをずい、と差し出してくるのにみふゆは苦笑いを浮かべた。

 

 

「ワタシまだ19ですよ」

「今さら堅いことを言いますね」

「そっちは医者に雇われている人とは思えない言葉ですね」

 

 

 などと言いながらも向かいに座ってグラスを受け取るみふゆ。

 ぶっちゃけこれが初めてでもない。何かと苦労の多い身分。たまにはこうして羽目を外したくなるのが本音である。

 

 

 乾杯。

 

 軽い言葉と共に二人はグラスを傾け合った。

 

 

「くうーっ……美味しいですねぇ」

 

 

 程よくぽわぽわとした気分に顔を綻ばせる。

 本当はダメな筈なのに何だかんだと手を出してしまったわけだが、一瞬でも嫌なことを忘れられるならそれでいいんじゃないか。誰も見ていないんだし。

 

 完璧に酒に溺れた思考の中、みふゆは視線を横に移す。

 

 壁一面の窓から覗くのは、煌びやかな神浜の夜景。

 都会の喧騒を置き去りにして、ただこの絶景のみを眺められる時間はこれまでには得られなかったものだ。

 

 新西区の高層マンション。

 その一室がウズメの住居であり、現在みふゆがルームシェア中の部屋でもある。

 広々とした間取り。小言はあるが強制はなく、家事手伝いさえすれば特に何も言わない同居人。のびのび過ごせる自分の時間。

 

 ふわふわした思考の中で、みふゆは奇妙な状況に思いを馳せる。

 本来なら、自分はとうの前に魔女に堕ちているはず。

 だがこうしてささやかながら誰にも縛られることのない夜を過ごしているのは、目の前の彼女の主人らによるものだ。

 

 梓みふゆは自分の運命が変わった……否、変わっていたことを知った瞬間を忘れることはないだろう。

 

 親友とのチームを解散し、かつての仲間たちとプライベートですら疎遠になった。

 

 魔力が衰え、足手まといになる自分への恐れと、反比例するように強さを増していく親友への妬み。そうした悪感情を抱く己への自己嫌悪が相まった日々は改善の兆しを見せず、むしろ孤独による悪化の一途を辿った。

 

 いつか神父に投げかけられた言葉すら遠かった。

 苦しみに耐えられないのではない。

 最早抗う気すら起きず、どうせ死ぬのなら何をしたところで無意味だ。

 

 そんな投げやりな考えが心を侵し、魔女と戦う気力すら失って無為に過ぎゆく日々。

 やがて蓄えていたグリーフシードすら底を尽き、ソウルジェムが完全に濁り切ろうとした。

 

 ……だが、魔女化するはずだったみふゆの運命は既に覆されていた。

 

 

 自分の身体を覆った異形。

 完全に穢れを無くして輝くソウルジェム。

 

 

 何が起こったのか分からず困惑する自分の前に現れた二人。

 自らの成果を得意げそうに誇る里見灯花と、その後ろで静かに控える沙羅ウズメ。

 彼女たちはこれが自分たちの仕業であることを明かし、そしてみふゆに言った。

 

 

『わたくしと一緒に、魔法少女を解放しようよ』

 

 

 マギウスは自分たちの手足となる魔法少女を必要としていた。

 自動浄化システムは未だに不完全。神浜にのみ展開されているこの機構を世界中に広げるためには、いかな天才と言えど単純な人手が足りなかったのだ。

 

 もとよりその役目は灯花の従者であるウズメが担っていたが、彼女は神浜の外様であり、神浜の魔法少女たちへの説得力が足りない。

 故に代わりとなって顔役になるのが神浜最年長である梓みふゆの役目であり、彼女をマギウスが勧誘した理由だった。

 

 

 僅かな逡巡の後、みふゆはその誘いに乗ることにした。

 

 理由はいくつか。

 魔法少女の解放を嘯くマギウスへの大義。

 先ほど自らの命が救われた恩。

 だが何よりも……この魔法少女という呪縛から解放されることを、みふゆが何よりも望んでいたからだ。

 

 そうして自らの伝手を頼りに数人の魔法少女を勧誘した後、みふゆはウズメと共にマギウスの翼を立ち上げた。

 組織全体の統率とマギウスとの連絡をウズメが担い、代わりに羽根となる魔法少女たちの取りまとめはみふゆが受け持つことになった。

 

 そうして西も東も関係なく、魔女化を逃れたい神浜の魔法少女たちがマギウスの翼に加わった。

 さらには魔力と同じ波長の電波を用いて、日本各地の魔法少女たちにメッセージを送ることで神浜へ集うように呼び掛けた。

 

 結果として、みふゆはマギウスの翼の副総長という立場で生を永らえた。

 仲間たちから離れた身としては複雑な心境ではあるが、それでも今は概ね充実していると言えた。

 

 

「梓、今回は良い仕事をしてくれました」

 

 

 ウズメはそれなりに機嫌が良さそうにみふゆを褒めた。

 が、みふゆはその一言で若干思考が醒めた。

 何故ならウズメの言う良い仕事とは、今日連れてきた魔法少女、鶴喰夜鴉……琴織つばめの事だからだ。

 

 

 マギウスの翼に集まった多くは実力の乏しい魔法少女だったが、それなり以上の力を持つ者も何人かは存在する。

 白羽根を務める天音姉妹や、神楽燦など今の神浜でも通用する魔法少女たち。

 さらにはウズメが戦力として呼びつけた魔法少女狩りの双樹あやせに、いち早く異変を嗅ぎつけて現れた陰陽師の葛葉。

 いずれもくせ者ぞろいだが、今は曲がりなりにもマギウスへの協力姿勢を取ってくれている。

 

 それが適うのはみふゆの人望もあるだろうが、やはり中心にあるのはウズメの手腕だ。

 

 確かに神浜でのネームバリューは役に立っただろう。

 七年という経験は他地域の魔法少女たちの説得材料になっただろう。

 

 だがそれらを実質的に取りまとめ、ひとつの意志の下に動かしているのは、この沙羅ウズメだ。

 

 マギウスのように常人とは一線を画した思考ではなく、一般的な倫理を持ち合わせながら魔法少女を尊重する方針は、そして一人一人を無個性の羽根と軽んじずそれぞれの個に向き合う在り方は羽根たちからの心証が良い。

 本人曰く、組織を率いるための帝王学の一貫らしいが、果たして従者である彼女がどうしてそのような心得を持っているのかはいまだに謎である。

 昔からの知己らしい葛葉が時折、『ご当主』などと揶揄い混じりに呼ぶことがあるが、もしやそれが関係しているのだろうか。

 

 さらに彼女はマギウスへの諫言を躊躇わない。

 効率を求め、より多くの感情エネルギーを得られる反面、命の危険も大きくなるようなウワサを作り出そうという意見が出た時も、率先してそれを諫めたのはウズメだ。

 

 

『他者を切り捨てる考えは、巡り巡って自らが切り捨てられることに繋がります。人は能力ではなく、感情で動くもの。効率のために不要な犠牲を許容するとは、我らが忌むべきあの害獣めと同じということになるでしょう。少なくとも、灯花さまはそのようなお方ではないと信じております』

『むー……』

『返事は』

『……はい。ウズメの言うとーりだよ』

 

 

 みふゆの言葉には難色を示す灯花も、ウズメの言うことは素直に聞き入れる。

 そこには信頼の差だけではなく、彼女が主人に対しても決して躊躇うことなく意見を申し上げる態度と、意図的に灯花やねむの琴線を刺激する言葉を選んでいることが重要だろう。

 そこはやはり侍女というべきか。灯花の扱い方を、ウズメは完全に理解しているのだ。

 

 忠誠を誓えど服従せず。

 従者なれども傀儡ではないというウズメの姿勢が、灯花たちの傲慢な考えから来る羽根との軋轢を多少なりとも和らげている。

 

 そして何よりも、沙羅ウズメを頂点たらしめる最大の理由がある。

 それは特別なことではない。

 

 ――強い。ただ単純に強いのだ。

 

 

 魔法少女の間で『最強』が誰を指すかと言えば、真っ先にかの英雄が挙げられるだろう。

 災厄の討伐という功績、各地にて轟く粛清の鉄拳。

 難攻不落を誇る鉄壁の騎士は、魔法少女ならば誰しもが知る最強だ。

 

 

 だが、マギウスの翼において『最強』を語るならば。

 あらゆる羽根が異口同音に沙羅ウズメの名を挙げるだろう。

 その根拠は単純に、ほとんどの羽根が彼女の雄姿を目の当たりにしているからだ。

 

 

 例えば黒羽根が魔女との戦いで危機に陥った時、ウズメは先陣を切って救援に向かう。

 そしてその血で象られた武器から繰り出される神速の技によって瞬く間に魔女を葬り去る。

 そうして魔女の凶手から彼女たちを救出するその姿こそが、何よりも羽根たちの希望になっている。

 

 

 子守の魔女が打ち出した石を飛び渡り、懐に潜り込んで逆袈裟掛けに斬り捨てた。

 

 自在に飛ぶ屋上の魔女を、朱染めの弓によって射貫いてみせた。

 

 立ち耳の魔女が伸ばした耳を、順繰りに切り刻みながら進んで斬り伏せた。

 

 柔らかな体毛で身を護る羊の魔女を、紅い大槌で強引に叩き潰した。

 

 振り子の魔女の攻撃を掻い潜り、巨大な赤太刀によって一息に両断した。

 

 

 鎧袖一触に魔女を斬り捨てるその姿、まさに最強と呼ぶに相応しい。

 さらに驚くべきはこれが、ただ彼女が学び鍛えた剣術によって成されたものであるということ。

 

 血液を自在に操る魔法は確かに応用が利くだろう。

 だが、結局はそれだけだ。炎を出すでもなく、人の心を変えるでもなく、どんな傷もたちどころに癒すでもなく。血液操作によってもたらされる結果は決して超常的なものではない。

 自由自在に操れるというならば、それを万能に仕立て上げるには相当の修練が必要になる。

 

 ゆえに彼女の無双は、それが並ならぬ研鑽の結晶であることをそのまま証明する。

 

 その事実こそが魔法少女の素質に恵まれなかった羽根たちを惹きつけた。

 魔力の衰えに嘆いていたみふゆもまた、そのうちの一人だ。

 

 自分たち弱者と向き合ってくれる圧倒的な強者。

 魔法少女としてではなく、人間としての強さによって運命に抗っている者。

 あの英雄ですら成し得なかった、魔法少女の解放に挑む天才を守護する戦士。

 

 彼女についていけば、自らも強くなれるような気がする。

 例え同じ境地に至れずとも、悠々と戦場を突き進む背中を追いかけたくなる。

 僅かでも、ほんの一押しでも、彼女の支えになれるのなら!

 

 

 と、少し話がそれてしまったが、そんな組織の頭目として羽根を率いるウズメが憂いていることは、一にも二にも戦力の確保だった。

 

 さもありなん。一人が最強を示したからと言って、それがそのまま組織の強さにはつながらない。

 勇将が雑兵に討ち取られるのが世の常であり、たった一人の戦力に全てを預けるような真似は思考停止に他ならない。

 

 

 ウズメは守護対象であるマギウスを戦力に数えていない。

 故にマギウスの翼の主戦力は梓みふゆと双樹あやせ、それに葛葉と十数名の白羽根。

 別の街の魔法少女が一斉に襲い掛かってくれば拮抗できてしまうだけの戦力しかまだないのだ。

 こちら側には絶対に暴かれてはならない秘密がある以上、それでは足りないというのが幹部陣の間では共通の認識だった。

 

 七海やちよと和泉十七夜。

 羽根たちの意識がどうであれ、目下の脅威として映るのはこの街の東西を二分する魔法少女。

 さらにはそれぞれの区で名を上げる魔法少女たちもいる。

 これだけでも苦戦は必至。なんだったらここに例の英雄、紺染音子を加えてもいい。彼女は何故か現在この街を駐在地として活動中だ。これだけで負け試合濃厚である。唯一の救いは各地に飛んでいることが多いことだろう。

 

 ゆえに、今日加入した鶴喰という魔法少女は望外の人材だった。

 双樹と拮抗し、魔法少女への対策を万全にした魔術師に一歩も引かずに渡り合う実力者。さらには斥候としての能力も高い。文句なしである。

 

 

「あれだけの逸材を抱え込めたのは喜ばしいこと。これで少しは、お嬢様たちの理想を阻む者たちへの備えができました」

「それは……ありがとうございます。でも大したことはしていませんよ。ワタシはただ彼女に加わってもらうように誠意を込めてお願いしただけですから」

 

 

 だが彼女の正体を唯一知るみふゆはその賞賛を遠慮なく受け取ることはできなかった。

 琴織つばめはマギウスの目的に全面的に賛同しているとは言い難い。というかウワサのひとつを知らずとはいえこの前潰してしまっているし、その一件でこちら側に探りを入れに来たようなものだ。

 彼女を敵に回すわけにもいかず、背に腹は代えられないと多少の不義理を働いてしまったのだが、もしかすればこの女傑は見抜いているかもしれない。

 

 

「別に、口裏を合わせていようが構いませんよ」

「何のことやら」

 

 

 ほらこの通り。

 どうにか狼狽を表に出すことは避けられたが、アルコールの入った脳では迂闊なことを漏らす可能性がある。

 もしかしてこの女はそれを見越して? と猜疑するみふゆに、ウズメは続けて言った。

 

 

「葛葉よりはよっぽど信用できる、ということです。こちらを探る素振りはあれど、任務そのものには誠実でした。何より、あの目には純粋に魔法少女の解放について見定めようとする意志があった。あのような気概を持つ者は稀有です」

「見定めようとする意志、ですか。それはむしろよくないのではないですか?」

「確かにイヴについて探られることはお嬢様の急所を暴かれるにも等しい。ですが、それぐらいの確固たる意志があるものこそが、我々に必要な存在なのです」

「はあ……」

 

 

 みふゆにはウズメの言葉の真意は読めなかった。

 そこには主人にすら明かさない何らかの思惑を秘めているのか、あるいはあの天才たちが見落としているものを見据えているだけなのか。

 

 その仔細は分からないが、それを自分が探る必要はないだろう。

 

 例えそれがなんであろうと、今の自分は彼女の副官なのだから。

 

 

 ――かくして夜は更ける。

 

 それぞれの思惑を巡らせながらまた一つ、因果の針は進むのであった。

*1
かんじ。喜んでにっこりと笑う様子のこと。




○梓みふゆ
 ウズメと同棲中。
 洗濯以外の家事を全面的にやってくれるので何だかんだ悠々自適だが、寝坊するとウズメにベッドから引きずり降ろされる。

○沙羅ウズメ
 立ち位置としてはヤクザの女親分。
 人の上に君臨し、率いて敵を屠り去る将軍の才。
 今の時代では不要とされるその才能こそ、何よりも魔法少女たちが欲していたものだったのだ。
 とか言ってみたものの、要するにホミさん枠を先取りしただけ。

○ウズメのアジト
 高層マンションの一部屋。里見家の所有物件からウズメ用に与えられたもの。
 個室が3部屋ぐらいあるのでみふゆが間借りしている。
 双樹も居ついているがウズメが許可を出した覚えはない。
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