お待たせしました。最後の役者が登場です。
扉絵イメージ【沙羅ウズメ。剣を持った羽根たちに剣術を指導する。「ほら、もっと腰に力を入れて。体幹を真っすぐにしてから全身で剣を振りなさい」「はっ、はい!」「そうです。ではそれをまず百回繰り返しなさい。正しく振れていなければ回数に数えませんので。今日の最終目標は千回です。でははじめ」「せ……!?」「やりなさい」】
ChapterⅠ【軍靴と銃声】
魔女の結界。
今日も今日とて魔法少女と魔女の互いの生存を懸けた戦いが繰り広げられている。
「やあああっ!」
「当たってぇ!」
結界の主は巨大な羊の魔女。
それに必死で応戦するのはマギウスの翼の構成員、羽根部隊。
「くっ……駄目だ、止まらない!」
「救援まだなの!?」
「強すぎる……私たちだけじゃ無理だよぉ」
神浜市の魔女は強い。
イヴから漏れ出す瘴気に当てられてか、あるいは共食いを繰り返しているからか。本来ならば出てくる事自体が希少な高階位の魔女がこうして頻繁に出現している。ただでさえ下級魔女と戦うことすら精いっぱいである黒羽根たちには荷が重すぎる相手だ。
どうにかこうにか鎖を巻き付けての拘束を試みているが、鈍重そうな見た目に反してその毛に覆われた巨体を丸めて繰り出される突進が鎖を寄せ付けず、剣による斬撃も防いでしまう。
さらには手下である羊飼いが吹き鳴らした角笛を号令とした一斉攻撃をやり過ごしたものの、戦況は不利であった。
既に救援は呼んでいる。だが、それまで持ちこたえられるかどうか。
そんな弱音を白羽根はかろうじて呑み込む。
「大丈夫だ! すぐに救援が来る。だからこの場を生き残るためにこの魔女を少しでも足止めするんだ!!」
ここで挫けてしまえば生き残ることすらできない。それではマギウスの翼に集まった意味がない。沙羅ウズメや梓みふゆが遅かれ早かれ野垂れ死にしていただろう自分たちを庇護してくれた恩に報いることができない。何より羽根たちの棟梁は犬死にを認めていない。
臆病風に吹かれそうになった黒羽根たちは、かろうじてその想いを支えに武器を構えて果敢に立ち向かおうとした……その時だ!!
ドルゥゥゥオン!!
彼方から巨大な馬の嘶きのように凄まじいエンジン音の唸りが結界内部に轟いた!!
「え?」
聞きなれた、しかしここでは明らかに似つかわしくない音に耳を疑った刹那、黒羽根の頭上に影が差す。そして皆一様に顔を上げ、彼女たちはその正体を知った。
使い魔の群れを轢き潰しながら現れたのは銀色に輝く鉄騎。前後に巨大な車輪を有し、その体にはシャープな装甲を拵えた重厚なモーターサイクルだ。その座席には同じく銀色に輝くフルヘルムとプロテクタースーツを纏った乗り手がいる。
「バイク?」
「あ……あれはまさか『シルバーコメット』!? しかもリカスタム版!?」
黒羽根の一人がそれを見て驚愕の声を挙げる。
「えっ、なにそれ……」
「ヘリオスモービルが10年前に出したモデルの復刻版だよ……! 速度に特化して造られた空気抵抗の少ない流麗なフォルム。1500ccから2000ccに大幅アップグレードした馬力と相まってその速度はまさに地を滑る流星! 画面越しでしか見れなかったあの雄姿を直接見ることができるなんて……!!」
「なんだいきなり早口で」
「そういえば君バイク好きだったね……」
興奮を隠せない黒羽根からの無駄に詳しい解説を聞きつつも、羽根たちはこの乱入者を見る。
流星の如き速度で飛び出したそれはウィリー姿勢で着地した後、その勢いを殺すことなく魔女の下へ突撃していく。まさか使い魔と同じように轢殺を試みるつもりか? だが羊の魔女は体毛に覆われた身体を伸縮させて上に跳躍しこの突撃攻撃を回避!
飛び越えられた装甲バイクは方向を変え、魔女の動きを封じるように周囲を旋回する。
「その行動パターンは予測済みだ!!」
乗り手は勇ましくもどこか狂気的な声を上げ、左手で腰のホルスターから抜いたSMGの照準を定めて引き金を引く。その眼に宿った金色の魔力光がヘルムを介してでも見えるほどに輝きバイクの機体を波打った。するとシームレスにバイクの側面が開き、中から機銃ユニットが展開した。それでようやく、白羽根はこの闖入者が魔法少女であることを理解した。
「FIRE!!」
BATATATATATATATA!
全方位から降りそそぐ無数の金属雨。重金属弾による圧倒的な質量と炸薬による速度の相乗によって生み出された運動エネルギーの衝突が魔女を襲った。
魔女が防御に身を固めるも虚しく、その体にはみるみるうちに弾丸が突き刺さり体力を瞬く間に削り取っていく。
「なんだ、あいつ」
「強い……」
先ほどまで苦戦していた魔女がまるで嘘のように物言わぬ肉塊へと変えられていく光景に、白羽根は困惑する。
救援要請を出したにしては現れるのが早すぎる。何よりバイクを駆る構成員などマギウスの翼にはいない。では一体何者なのか!?
「銀色の騎兵……」
「何だって?」
そこで、羽根の一人がにわかな噂話を思い出す。
銀の鉄騎と共に颯爽と現れては魔女を葬り去っていく謎の存在。
遭遇次第報告するべしと上から通達されていた都市伝説的存在が今、目の間でその猛威を振るっている……!
「ッハハハハ! オールクリア、素晴らしき勝利だ!」
そして、掃射と走行の二重奏が止み、魔女の巨体がぐらりと地に倒れ伏す。それを確かめるように騎兵はバイクから降り立ち、異形の身体に登って踏みつけた。
瞬く間に魔女をハチの巣にした銀色の魔法少女は、屍の上で自らの身体を誇示するように手を広げながら哄笑する。その胸元のプレートには『MGC-0011-α』の文字が刻印され、その上には『V』の特徴的なエンブレムが輝いていた。
「さて、と」
騎兵は崩れ征く魔女の身体に腕を差込み、中から核であるグリーフシードを取り出した。
そして右うなじのヘルム脱着スイッチをオフにすると、中から金色に輝く髪が流れ出した。
「あっ……」
中性的で整った顔立ちが露わとなり、それを目の当たりにした何人かの黒羽根がフードの下からでもわかるほど顔を赤らめた。
「これは挨拶だ」
金髪の魔法少女は手に取ったばかりのグリーフシードを白羽根に投げ渡し、そして不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。黒羽根の一人がまた悶えた。彼女は面食いなのだ。
「また会おう」
風景が路地裏に戻る。金髪の魔法少女は再びヘルムを被りバイクにまたがる。
そして凄まじいスピードで表通りまで走り去っていくのを羽根たちは見送るしかなく。直後、背後に黒紫色の影が着地した。
「救援に駆け付けたが。終わっているな」
「あ、鶴喰さん……実は」
「……またか」
夜鴉は息を吐く。
最近になって目撃され始めた、自分たちの活動範囲と重複するように出没する謎の魔法少女。
素性は所属も目的も不明。
唯一判明していることは、それが魔法少女だということのみ。
苦戦していた羽根たちが彼女と出会い、命を拾った事例がいくつかある。少なくとも明確な敵対存在ではないらしいが、それでも詳細を把握していない魔法少女が自分たちのテリトリーで暴れている現状はよろしくない。
周囲の烏の視界を覗いても該当する姿は見当たらない。
しかも発見できたとしても追跡は困難。例の騎乗の魔法少女が出すスピードは最低でも40キロ以上。対して烏の飛翔速度はおよそ30キロ。数匹で監視したとしても、途中で振りほどかれるのがオチだ。せめて直に接触できれば、幽界眼によるサーチが可能なのだが。
自分の記憶にもバイクに乗って活動する魔法少女などいない。そんな目立つ武装ならとっくの昔に彼女の情報網に引っかかっている。
そうでないということは最近になって契約したか、外部の存在かの二択。神浜に結界が敷かれ数か月が経つ以上、自ずと答えは後者となる。
「一体何が目的なのか……」
魔女資源を求めて現れたにしては動きが不自然。だが敵対勢力による妨害工作にしても奇妙だ。通りすがるように羽根たちの活動地域に出現しては大げさな火力を誇示するように魔女を葬っては立ち去っていく様子は、まるで自分たちに存在をアピールしているかのようでもある。
考えても答えは出ない。
夜鴉は羽根たちを連れて一旦引き上げることにした。
◇
ChapterⅡ【勝利の名を掲げる】
「この度は弊社の臨床試験にご協力いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。御社の最新鋭の医療技術をいち早く利用できるのは願ってもない話です。これでまた、手が届かなかったはずの患者を救うことができる」
里見メディカルセンター。
院長室にて二人の人物が互いに頭を下げ合う。
片方は白衣に身を包んだこの病院の院長。神浜の医療に貢献する名士であり、また希代の天才少女・里見灯花を娘に持つ父親でもある。
もう片方は上等なフォーマルスーツ姿の若い男。名を
彼はサイバネティクス分野における
さて、彼らがこうして顔を合わせている理由を読者の諸君に説明せねばなるまい。
ビクト社は近年ある分野の開発に力を入れている。それはビクトリーアームズと医療会社スパーダ・ナノメディックス社の共同開発による義体技術だ。
「しかし本当に素晴らしい……医療科学の発展には常日頃から目を光らせてはいますが、まさかこんなにも早くこのようなものが実現するとは」
院長は箱に納められた機械の義手を前に感嘆の息を漏らした。
人体工学に精通した技術者と動力系統に特化した技術者の二人がかりで設計された試作機。その洗練された見た目はある種の美術品とすら呼べるもので、生身以上に滑らかな動作を実現すると言われても不思議ではない。
「科学の発展は日進月歩。多くの革新的発明が生まれては潰える世界。その中で表舞台に登り、人々の手に渡るのはほんの一部分。この義体も未だ発展途上ですが、実用化された暁には人々は欠損という致命的な疾患をついに克服する、すなわち生命の欠陥に対する科学の勝利。その最後の一手を詰めるためにあなた方の最新鋭設備が相応しいと思った次第です」
「それは光栄ですね」
この現代においてサイバネティック技術は一般には広まっていないものの、最先端医療技術としての研究は盛んに行われ、一日単位での技術更新が止まらない最前線。特に軍需部門として各地の問題解決を手掛けるビクトリーアームズは義肢義足についても造詣が深い。そこに微細なナノマシン技術に長けたスパーダ社による神経接続技術を組み合わせ、生身とほぼ精密性の変わらないサイバネ義肢を開発したのだ。
もうお分かりだろう。ビクト社は自分たちが開発した義肢や人工臓器のデータを取るため、元より製品を懇意とする里見グループにこの連携事業を持ち掛けたのだ。
里見グループもビクト社の最新技術については把握しており、いち早くその技術を自分たちの医療に取り入れる絶好の機会を逃すべからずと快諾したのであった。まさにWIN-WINの関係である!
「ところで、灯花のほうですが……」
「ええ。この度は無理を言いましたね。実演役として連れてきたのですが、折角なら希代の天才少女と話してみたいと唐突に言い始めまして、いやはや彼女にも困ったものです」
「構いませんよ。灯花も年のくった大人ばかりよりも若い研究者と言葉を交わしたほうが見解も広がるでしょう。とはいえ、まさか個室での対面で話そうなんて言い出すとは思いもしませんでしたが」
「それにはこちらも驚きました。とはいえ、女の子の会話に我々のような男が立ち入る余地があるとも思えませんし、ここは水入らずで親睦を深めてもらいましょう」
「……そうですね。上手くいけばいいのですが」
「ご心配なく。信城は若くも気鋭な一角の研究者、議論が白熱することはあるでしょうが、ご子女様のストレスになるような態度はとりませんよ」
「そうならばいいのですが……」
当然、院長の心配はそちらではない。
生まれ持ったその天才性ゆえか、あるいは人との接触が少ない環境で生まれ育ったからか、灯花は物事を自分の考えで完結させる悪癖が……悪く言えば相手の事を考えない性格になってしまった。
父としては才能に振り回されることのないようにと人の上に立つものとしての心構えを教えようとしていたのだが、やはり血は争えないのか選民的思想の片鱗が見え始めている。
勿論彼女もこうした場での礼節は弁えているし、何より側に彼女が控えている以上はそうそう問題になりはしないだろうが。それでも案じてしまうのは親心というものだろう。
◇
「粗茶ですが」
「ありがとう」
紅色の着物の給仕がカップに注いだ紅茶の豊潤な香りが部屋を満たす。
給仕の主人――里見灯花とその真向いに座る金髪の女性は素晴らしい紅茶を味わい、さらにこれまた濃厚な味わいのクッキーをひとつ齧ってからようやく話を始めた。
「さて、改めて自己紹介を里見灯花さん。私は
差し出された名刺には『民間警備会社ビクトリーアームズ・特殊研究部 信城宴』と表記されている。
白色のスーツ。中性的で整った顔立ち。少し波がかった金髪。自信に満ちた表情を浮かべる女性は道を歩けば多くの女性の視線を奪うこと間違いなしの美形だった。
「ご丁寧にどうもー。わたくしが里見灯花だよ。こっちはわたくしのウズメね」
「灯花さまの侍女にございます。沙羅ウズメと申します」
ウズメは恭しく頭を下げ、灯花の後ろで静かにたたずんでいる。
口を挟むつもりは無いということを姿勢で示しながらも、その視線は注意深く宴に注がれていた。
「さて、灯花さん。今回はあなたとこうして無理を言って話をする機会を設けられたことを感謝いたします」
「まあパパ様の取引相手の頼みだし無下にするのも悪いからね。それにわたくしもあのビクトリーグループの研究者と話し合うことには有意義だと思ったからねー。あと、お互い敬語をつけ合う必要もないんじゃない?」
「そうかい。それなら遠慮なく」
逡巡する素振りもなく宴は口調を元に戻した。どうやら素の性格は中々の自信家らしい。
「さて、ではまず何から……そうだね、私的な事情から話そうか。私は今回、規律についてきたわけなんだが、私はそこまで医療云々は専門じゃない。彼との関係は同じ研究室の仲間で……今回は
「モデルケース?」
「そうとも。実は私の身体はいくつかが義体なんだ、見てくれこの腕を。素晴らしい出来栄えだろう?」
シャツをまくり上げ、二の腕までかかる手袋を外す。
そうして露わになったのは銀色の光沢を放つ硬質な肌であった。
「……本当に機械の腕なんだね。しかも両腕」
「おおっと、そっちも分かっちゃったか。それならこっちも教えよう」
次にスラックスをまくり上げ、靴を脱いでタイツを下ろす。
するとそこにもなんと銀色光沢の機械脚が顔を覗かせた。
「私は学生時代、研修先でのジェネレータ爆発事故に巻き込まれてね。そこで四肢全損、右眼球失明、神経系にも多大な障害の大怪我を負った。だが我が社が開発していた義体技術によって一命をとりとめ、今ではこうして健常者と変わらない生活を送れている。今はその縁で義体研究にも色々と携わらせてもらっているんだ」
「じゃあその綺麗な顔も作ったものだったりするの?」
「残念だがこれは自前。だが勿論手入れは欠かしていないさ」
「それが失われなかったのは奇跡的だね」
「かもしれないね」
くふふ。ハハ。軽い笑みを互いに浮かべる。
ジャブのような会話はこれで終わり。
ここで宴は本題に入るための言葉を切り込んだ。
「だが奇跡と言えば、君もそうだと言えるかもしれない」
「ん?」
「完治困難な先天性疾患。天才的頭脳と引き換えのように持ったそれは我が社の代替臓器でも治療の難しいものだった。しかしほんの少し前、唐突に症状は治まり後遺症もなく嘘のようにピンピンしている。正直なところ血色の薄い色をした手折れそうな百合みたいな少女を想定していたんだけどね。
「ふーん、科学者のくせに魔法なんて言っちゃうんだ?」
一蹴するような発言だが、灯花の目は決して宴を嘲ってはいなかった。
そもそも最初に宴と対面した時点から、灯花はある要素を彼女に感じ取っている。さらに言えば灯花たちは宴の目論見についてある程度の憶測を立てていた。
「勿論。とはいえおとぎ話みたいな魔法じゃない。今の科学では説明がつかず実現も不可能な超常的現象という意味だ。悔しいことだが、人類の科学が発展すればするほど、この世界にはむしろ不可解な現象が浮かび上がってきてしまうというのは君もよく分かっているはずさ」
「そうだねー。宇宙なんてのはわたくしでもまだまだわからないことだらけ。一万年かけても知り尽くすことができないっていうのはそうかもしれないね」
「宇宙……人類が未だに踏破できない未知の世界、だがいずれはそのすべてを征服して勝利するべきフロンティア。私も研究者の端くれとして宇宙には野望を抱いているよ。
――だが、そのためにはまず我々が生きるこの星について知る必要がある。特に我々の社会と密接に絡む未知の問題にはね」
宴の言葉に熱が籠る。隠し切れない興奮が大仰になっていく身振り手振りに反映されている。
灯花とウズメは黙って彼女の一言一句に耳を傾けていた。聞き入る、というよりはまるで何かを口に出すのを待っているかのようだった。
「例えば神隠しとも呼ばれる前触れの無い行方不明現象。特に第二次性徴期の年齢である少女の行方不明率は抜きんでて多い。いかに技術が発展し治安の向上が進んでいながら実に不自然なことだと思わないかい?」
「…………」
「ゆえに我々は確かめることにした。監視カメラの普及による記録の徹底。赤外線を始めとした各種センサーによる不審物感知。専用装備を身に着けた警備員の巡回。そうして我が社は一つの街に完璧な監視網を築き上げてみせた。その結果、監視網のすべてに引っ掛かりながらも途絶する少女たちの存在を突き止めることに成功した」
そして宴は勿体つけるように一泊おいてから、その単語を吐き出した。
「――それが、魔法少女」
「インキュベーターなる外宇宙生命体と契約し、魔女という人を喰らう怪物と戦い、やがて同じ魔女に変貌して世界の闇に消えゆく存在。率直に言って、我がビクトリーグループはこれらを始めとする神秘事象の存在を認知済みだ」
「ふーん? よく頑張ってるんだね。世界でも有数の研究機関っていうだけはあるんだね」
「ほう。てっきり反論の一つでも飛んでくるのかと思ったのだけど、中々柔軟な価値観を持っていらっしゃるようだ。……それとも、君自身が魔法少女だからかな?」
「なんでそう思ったの?」
軽い相槌を返した灯花だったが、目の前の宴に対する警戒心を最大にまで引き上げている。
世界的企業が躍起になって魔法少女の存在を証明しながらも表沙汰になっていない。それが何を意味するのかは想像に難くない。
「簡単な話だよ。キュゥべえ、この街にいないだろう?
いやはや驚いたよ。我々と連携する魔法少女から神浜市でキュゥべえの姿が確認できないと報告がきて、次に他の地域の子からは神浜市にキュゥべえが入れないという情報が得られた。この時点で我が社は何らかの異変が、いや連中に知られたくない目論見があるという推測を立てた。そして大体の調べはとうについている。後は最も怪しい君に話をつけるだけだった。あれだけの重病も、魔法少女の身体ならそれだけで問題なく完治できる。適当な理由をつけて接触し、魔法少女かどうかを確かめられればそれでよかったんだが……こうして個別で会話ができるのは僥倖だったよ。おかげで余計なしがらみを気にせず本人に直に確かめられる。
さて、ここまでが私が君と会う理由だったわけだが、答えとしてはどうかな。灯花さん?」
「……くふっ」
灯花の口から思わず笑みが漏れた。彼女はこの世界で一定以上の地位を持つ者たちが魔法少女についての知識を持っていることを知っている。
ゆえに魔術師以外にも何かしら組織が嗅ぎつけてくるだろうとは思っていたが……まさかここまで直接突っ込んでくるとは。愚直とも呼べる胆力には恐れ入る。その躊躇いの無さは周りくどい方法よりよっぽど彼女好みでもあった。
「大せーかい! わたくしは魔法少女だし、この街からキュゥべえがいなくなったのもわたくしたちがやったこと! 魔法少女のことを知っているとはいえ、よく調べたものだね!
――で、それをわざわざわたくしの前で話すっていうのは、何が目的なのかにゃー?」
灯花の衣装が変わる。
彼女は武器であるパラソルを閉じたまま宴に突きつける。
よからぬことを企んでいるのなら、生かして帰す気はないということか。
みしり、と空気が軋む。
宴の右目の義眼に仕込まれたセンサーがキュィィと静かな駆動音を放っていた。
「……急速な熱エネルギーの増大。なるほど、君の能力は単純明快なエネルギー操作の類か。確かに常人なら反応できずに蒸発するだろう」
「へー、そうやって魔法を見破れるのも機械の身体のおかげ? それとも、あなたの魔法少女としての力?」
「両方だ」
命を危機を前にして、しかし宴の表情に焦りの色は見えない。それどころかこうして冷静に相手の分析をしている。
「私の体はビクトリー社が誇る最新鋭の技術が惜しむことなくつぎ込まれている。だがここまで大量に機械化をしてまともな生命活動ができるほど当時の義体技術は進んでいなかったのも確か。それを繋いだのは皮肉なことに私が手にした魔法だった」
そうして宴は身に纏っていたスーツの上半身を脱ぎ放った。
銀色のボディスーツを装束とするこの魔法少女は、そのほとんどを機械化しているのだ!
「魔導駆動式義体型兵装【MGC-0011-α】。この私の命を繋ぐ生命維持装置にして、科学によって魔を滅ぼす我が社の技術の結晶だ」
「……なにそれ。魔力によって義体と身体を繋いで動かしてるの? 魔法少女なら大怪我でもすぐ治ったでしょ?」
宴の身体を脈打つ魔力を感知して、灯花が疑問を浮かべる。
魔力されあればどんな負傷も欠損も補える。仮に事故でほとんどの身体を失ったとしても、ソウルジェムさえ無事なら生き永られるのが魔法少女。だからこそ、宴の手法は非効率の極みのように見えた。
「それじゃあ意味がない。私の望みは機械を愛し、この体をさらなる発展に捧げること。魔法で完治などという屈辱に甘んじるとは思わないでくれ。それに私がこうして
心底から誇らしいとばかりに自社のエンブレムが刻まれた胸元を張る宴。
完全に倫理観が破綻していながらも、その堂々たるぶりには確固たる信念があった。
「勿論、単なる義体じゃない。魔女との戦闘において最適化できるよう多数の機構がこの躯体には備わっている。魔法少女相手にだって負ける自信はない……とはいえ、この状況なら君を制圧する前に私の首が飛ぶだろうね。君の従者は素晴らしい達人だね。ここまで私に隙一つ見せちゃくれなかった」
「当然。お嬢様の敵を屠ることが私の務めですので」
空気を軋ませている原因は、灯花でも宴でもなかった。
灯花の斜め後ろにたたずむ侍女、沙羅ウズメの発する殺気によるものだ。
ひとまず宴は衣服を着直してから、戦意がないことをアピールするようにソファにもたれかかった。
「そういうわけで平和的にいこう。私の目的はマギウスの翼だ。君たちが推し進める魔法少女解放計画。それに協力することが私に課せられたミッションさ」
「……やはり、ここのところ出没していた銀色の傭兵とはあなたのことでしたか」
「ご名答。まあ軽い現地調査がてらの挨拶みたいなものだよ。此処に来る前もさっきも軽く困っている子たちに手を貸してあげてきたところさ」
「ええ。報告通りの外見の者が直接顔を出しに来るとは一体どのような魂胆かと思いましたが……まさか派手な売り込みだったとは思いもしませんでしたよ」
「最初から有用性を強調するのはPRの基本だよ。とにかく、我が社としてもこの魔法少女の解放については賛同だ。これ以上魔女が増えないのであればこちらとしても願ったり叶ったり。人類を脅かす病理を駆除できるならそれに協力しない手はないって寸法さ。とはいえ、あまり大々的に人員を動かせるわけでもない」
「何故?」
「大きく魔法少女を動かせばそれだけ面倒なしがらみも発生するんだ。それに上層部はそこまでここの情報を当てにしていない。ひとまずは私という人員の貸し出しと、後は多少の装備が融通できるくらいだね」
「……どうしますか?」
「別にわたくしは構わないかなー。向こうから手伝いたいって言ってきてるんだし、こういうのはむしろウズメの判断が大事だと思うよ」
「そうですか……」
ウズメは少し思案し、そして口を開いた。
「信城さん、あなたの組織では集団的な軍事行動の指導は行われていますね?」
「当然。我々が持つ武装は集団で魔女を狩るためのもの。私自身そうした作戦行動を前提とした訓練を受けてきたし、この脳内にも対魔女を想定した一通りの戦術フォーメーションが叩き込まれている。後輩に指導するぐらいはわけないとも」
「いいでしょう。ならばあなたをマギウスの翼の軍事顧問として雇い入れます。ちょうど羽根たちの指導役が欲しいところでした。彼女たちを魔女と戦えるだけの兵士に仕立て上げることがあなたの仕事です。わかりましたね?」
「――了解した。ではこれより信城宴は君たちの指揮下に入る。我が誇らしき躯体に懸けて、君たちを勝利に導こうじゃないか!」
挑戦的な笑みを浮かべ、信城宴はウズメと握手を交わす。
――こうして、後にカラーズと呼ばれる六人の魔法少女たちがマギウスの翼に集ったのであった。
○信城宴
カラーズ編最後のメイン格オリジナルキャラ。
ビクトリーアームズ所属。身体の八割を義体に置換したサイボーグ系魔法少女。
ウェーブがかった流麗な金髪を流した中性的な美人。キザな物言いが鼻に着くナルシスト。バイセクシャル。
肉体に由来する異常体質と精神に由来する異常性癖、そして願いに由来する固有魔法が合わさったことによって、兵器が満載の義体を生身以上のパフォーマンスで駆動させられる。
固有魔法は『機械感応』。文字通り魔力によって機械を自在に操る。
○ビクトリー・グループ
ちょいちょい名前だけ出ていた企業。魔術方面を深めたなら科学方面でもバランス取らなきゃなぁ!? ってことで生み出された経緯がある。つまりこの世界線での科学サイド。
百年以上前から魔法少女の存在を認知し、魔法を科学に組み込もうと研究している。当然ながらそれらの事実は一切表沙汰にされていない。
神浜市でも彼らの進出した形跡がそこかしこに見られ、また遠く離れた二木市においては市と共同で都市開発を行っていたりする。