【姉妹の話】
マギウスの翼の本拠地・ホテルフェントホープには多くの施設が存在する。
作戦行動のための会議室や魔術的なあれこれを管理する工房。羽根たちの訓練場。
それ以外にも食事をとる食堂に談話室。はたまた遊技場や大浴場までもがある。
命を懸けた戦いに身を置き、また常に魔女化というリスクと向き合って生きなければならない魔法少女たちの活動をケアするための様々な処置――などという建前の下、幹部が好き勝手にあれやこれやと自分の要望を反映させた結果、明らかに不必要なものまで存在するのはご愛敬というものだろう。
そしてここもその一つであるカフェテラス。
羽根たちの休憩、あるいは交流のために使われるそこそこ広い空間。
そのうちの一席にて隣り合わせに座る少女たちがいた。
瓜二つの見た目をした二人の白羽根は天音月夜と天音月咲。
彼女たちは事実双子の姉妹であり、マギウスの翼でも最古参と呼べる幹部である。
「はい月咲ちゃん、あ~ん♡」
「それじゃお返しに、月夜ちゃんも♡」
仲睦まじい二人はその時間の多くを二人一緒で過ごしており、それは作戦時も休憩時も変わらない。
それぞれ好みのメニューを取り、その半分を交換する。互いの家の事情で一息つく暇もない日々を送っている二人にとって、共に憩うことのできる数少ないひと時だった。
羽根たちも二人の仲睦まじさは知っているため、わざわざ邪魔をする真似はしない。……が、空気を読まない輩はやはりどこにでもいるようで。
「やあ。相席良いかな?」
会話に花を咲かせていた彼女たちに、唐突に声が掛けられる。
テーブルを挟んで向かい側に立っているのは、白色のスーツに身を包んだ金髪の麗人。
名を信城宴。つい先日にマギウスの翼へと参入し、極めて本格的な訓練を施すと羽根たちの間で話題となっている戦闘教導官であり、ついでに言えばビクトリー・グループという大企業から派遣されたエージェントでもある。
「あ、はい……」
「失礼するよ」
他のテーブルが空いているだろうに、と言いたくなる気持ちを月咲は押さえこんだ。別に自分たちと相席を取る魔法少女がいないわけではなく、むしろみふゆやウズメと共に食事をすることなら度々ある。
とはいえ、それなりに気心が知れて恩義もある二人と、組織として新参者である宴では抱く心象が異なるのも事実。今日は二人きりだという気分の時に水を差されたことも相まって若干不機嫌な月咲なのだが、わざわざ突っぱねるというのも後味が悪い。
結果として共に食事を取る、ということになってしまった三人。宴は自分のトレーに乗っていたサンドイッチを一つ手に取って齧りつく。麗しい見た目に反して中々豪快な食べ方ではあったが、そのワイルドさが文明的な見た目の中に潜む獣めいて美しいとは傍から覗いていた黒羽根の言葉であった。
「うん、中々美味しい。メニュー全体の栄養バランスも考慮されているし、うちの学食よりもいい出来かもしれない」
食堂はそこそこ料理のできる羽根たちの立候補による当番制だ。なおそれ以外にも食事系統は充実しており、菓子の購買や弁当(予約制)なども存在する。
ちなみにメニューの内容はウズメが考案しており、灯花のお付きとして現役の医者や栄養士からの教育を受けての献立は味つけまで細かく考慮されて中々に好評である。さらにはウズメが厨房に立つ時もあり、その時は本部就きはおろか外回りの羽根の大半が食堂に集まって非常に混雑する。
生憎、今日はその日ではないため食堂の使用率は半分程度だ。
「宴さんの学校とは、ええと」
「当然、我らが偉大なる勝鬨工業学院だとも」
「だよねぇ……」
宴の口から誇らし気に出た名前に、案の定だと月咲が呟く。
勝鬨工業学院。神浜から少し離れた山間部の広大な敷地を有する中高一貫の工業高校。
ビクトリーグループが運営するその学院は自社が有する様々な専門技術を教育カリキュラムに採用しており、卒業すればほぼそのままビクトリー系列の会社や研究機関へと入社可能。そうでなくとも多くの企業から引っ張りだこになるであろうスキルを身につけられることで評判も高い。
神浜においても編入試験に挑む生徒が各校から1人は出ており、企業ほどではないにせよその名前が示す付加価値は高い実力派。水名やリリアンナにも引けを取らない。
そして目の前にいるのは頭からつま先まで筋金どころか骨の髄までビクトリー社の技術に染まった女。ここまで思想のキメた輩など、純正の勝鬨生以外にはあり得ないだろう。
「というか、普通の食べ物っていいんですか?」
「ん? ああ、問題ないとも。循環器系には手が入っているけど、消化器系は基本的に生の肉体さ。だからこうやって君たちと一緒に食卓を囲むことはできるとも」
実際、何事もないように食事を摂る宴の姿からは彼女が到底機械の身体であるとは思えない。スーツと手袋、と素肌を晒していないこともあるが、なによりその一挙一動が自然な滑らかさで一見して不自然さが見られないというのが大きい。
「そうなのでございますか」
「そうそう。だからどっかの猫型みたいに超反応炉とかで溶かしてるわけじゃないからね」
「猫……でござますか?」
「……え、通じなかった?」
「すみません。俗な話には中々触れさせてもらえないのでございます……」
「Ohhh、水名のお嬢様とはいえイケる話だとは思ったんだがなぁ」
「いや、確かに月夜ちゃんのところは滅茶苦茶厳しいけど、宴さんの話もだいぶマニアックだと思うよ!?」
いくら国民的アニメだからってキャラクターの内部図解について知っているのはそこそこのファンからだ。しかもその話が最初に出た年代は古い。お嬢様であることを差し置いても、今のJKに振って受けるネタではないだろうに。なお月咲には通じたあたり、育ちの差とでも言うべきか。
ちなみに宴の年齢は19。彼女も世代ドンピシャとは言い難かった。
「そういう君には通じたと思うけど。もしかしてビデオデッキとかまだ置いてあったりするクチかな?」
「ビデオって……仮にも最新科学の研究者から出る言葉じゃなくないですか?」
「何を言う。アレはれっきとした大発明、流石に容量や保存性は論外だが相応のリスペクトを抱いているし、あの古めかしい画質からのみ味わえる風情というものもある。まだFAXぐらいなら使っている部署はうちにもあるしね」
「FAXなら私が小さい頃お婆様がよく使っていたでございますよ!」
「それ全く自慢にならないからね月夜ちゃん」
ようやく知っている物が出てきて嬉し気に会話に参加する月夜。自分は一度も使ったことがないにも関わらずだ。ちなみに月夜の家がFAXを廃止した理由は彼女の家と懇意にする名士たちがこぞって電子化を始めたことによる苦渋の判断だったらしい。
ともあれ。軽口を交わしたことで多少は打ち解けたのか、双子から宴に対する警戒心は和らいでいた。得体の知れない奴からけっこう変な奴、程度の変化ではあるが。それでも奇人変人が揃うマギウスの翼においては好印象に傾く。その原因が芸術家とか二重人格ストーカーとかのせいであることは言わずもがなだ。
「まあ、仲睦まじい時間を邪魔をして済まないとは思ってるよ。ただ君たちとは中々話す機会がないからね。こうやって多少強引でも交流を深めたかったのさ」
宴は戦闘教導官。同じ所属である神楽燦を始めとして、多くの羽根たちとの交流を深めており、瞬く間に組織での存在感を高めてはいるが、やはり付き合いが薄くなる相手というのはできてしまう。
例えば広報部の観鳥であったり、本部務めかつみふゆ直属である天音姉妹であったり。特に後者については最古参として既に立ち位置を築いている。組織として互いに挨拶や言葉を交わすことはあれど、個人的に会話をするという機会には恵まれなかった。
とはいえ、それではいざという時の作戦行動に支障をきたす可能性もある。そういった打算も込みで宴は彼女たちに近づいて来たらしい。
「君たちには若干避けられている気がしたんだが、それはこちらの考えすぎだったかな」
「そんな避けてなんて……」
「はは、立場としては君たちのほうが上じゃないか。もっと気楽に接してくれてもいいんだよ。とはいえ、工匠の生徒としては私の所属的には中々フランクにとは行き難いかな?」
「……やっぱりわかってるじゃないですか」
月咲のじっとりとした視線に、宴は意地の悪そうな笑みを浮かべてクラブサンドの残りを口に放り込んだ。
「どういうことでございますか?」
「月夜ちゃんは知ってる? 勝鬨工業が最近神浜に侵略してきてる話」
「ええと……確か東側の土地を買い漁っているとか、工場跡地を纏めて買い上げたとかいう話題があったでございますね」
月夜も一応は神浜の名家の子女として市の情勢についてはある程度把握している。
とはいえ対立している西と東、その中でも特に東へ対する思想が強い明槻となると東の情報はシャットアウトされてしまう。ただ今回の件は東というよりは神浜市全域に絡むニュースであるため月夜の耳にも入ってきていた。
「侵略とは人聞きの悪い。我が社は市と連携して放置気味になっている土地を有効活用して神浜の発展に貢献したいだけだというのに」
「そうやってあちこちの工場の跡取りを引き抜いてるから顰蹙を買ってるんだよ。ウチの父ちゃんもアイツらには職人へのリスペクトが無いって言ってたよ」
「それは悲しいすれ違いだ。私たちは彼らに対して十分な敬意を示している。ただそれが経営難なんていうくだらない理由で潰えてしまうのは勿体ないだろう? なら我が社の版図に加わりその価値ある命脈を繋ぐべきだよ」
なんとなくだが、月夜にも話が呑み込めてきた。
ビクトリーグループは昨今神浜での勢力展開に力を入れている。かつての復興策が頓挫したことで生じた空き地や地価の安い東側を買い上げて工場や研究所、倉庫などの施設を建造しているのだ。
それだけなら良い事ではある。ただ問題となっているのは住民を雇用することによる既存の職場との人材の取り合いだ。
ビクトリーグループは従業員を確保するため現地の住人を大規模に募集しており、貧困層の多い大東の人間からは歓迎されているが、対照的に自分の技術に愛着や誇りを持つ工匠の人間たちは難色を示されている。
月咲の家は竹細工工房。ビクトリー社の最新技術とは分野が異なるはずだが、同じ地域に住む職人として他人事と流してはいないらしい。
「とはいえ、だ。自分たちが培ってきた技術や成果を委ねるというのが中々受け入れにくいのも事実。だからまずは未来ある若人たちに我らの理想を知ってもらいたくてね、近年は工匠学舎のほうにも協力願っているわけだ」
まあ君には断られちゃったんだけど、と宴は月咲を見て苦笑する。
「……あの、月咲ちゃんと何かあったのでございますか?」
「大したことじゃないよ。以前にお誘いをかけたがフラれたってだけさ」
「紛らわしい言い方しないでっ、ただの編入案内でしょ!」
勝鬨工業学院が他校を訪れ、これはと思った学生に編入案内を出すというのは有名な話だ。
曰く、平凡な成績だった生徒に届け出が来た、高等部二年生の秋に何の前触れもなくスカウトされてそのまま転校した。学院側独自の判断基準によって選ばれる優待制度はその条件も時期も不明瞭。唯一判明しているのは女子の割合が八割を占める、ということだけ。ここまでくればほぼ都市伝説の類である。
だが本来であればそれなり以上の偏差値と割と結構する学費という条件をスキップして無条件進学ができるという好待遇と、大企業への就職への近道を得られることへの魅力は大きい。うまくいけば出世が約束されるのだ。文字通りに「勝利の女神がほほ笑んだ」なんていう噂まで流れており、その時が来ることを待つ意識が高い学生はいつお呼びがかかってもいいように自分磨きに勤しんでいるらしい。
……最も、その実情を知る者からすればそれは全く以って的外れな努力であったのだが。
「えっ!? 月咲ちゃんがあの成績で編入でございますか!?」
「月夜ちゃん!?」
「ははは。勝鬨は学力だけに目を向けてるわけじゃない。彼女が学生の品評会に提出した竹細工には実に素晴らしい技術が使われていた。あのように緻密な加工ができる技術を是非我が学院で研究してもらいたくってね――」
お世辞にも良いとは言い難い妹の成績を知っているだけに、あの勝鬨からの勧誘を受けたという話を月夜はにわかに信じ難かった。いくら工業系とはいえ、手先の器用さだけが評価されるほど甘い条件でもないだろうに。事実、月咲本人もその案内が届いた時には大いにそれが本物か疑ったものだ。
結局は勝鬨を毛嫌いする父からの反対などの理由があって、月咲は神浜に留まることになったのだが。もし家族の反対が無かったとしても、恐らく月咲は勧誘を受けなかっただろう。
「何をとぼけているのやら。大方契約が発覚したのがそのころだっただけでしょうに」
「え?」
横から割り込んできた声に顔を向けると、そこにはいつの間にやら葛葉が座っていた。
杏仁豆腐を口に運びながらじろりと見つめてくる緑色の視線が、金色の瞳を覗き込んでいた。
「契約って……」
「ええ、ええ。月咲さん。ちょうどその時期に、何らかの私的な事件があったのではないですか? ええ例えば、こちら側について知った、とか」
「ッ!? それって、まさか……」
「魔法少女の契約、でございますか?」
「ええ。勝鬨はある人材を徹底して集めているとまことしやかに囁かれていまして。なんでも、ある特殊な技能を持った生徒だけで構成された学級があるとのこと。その名前は13組、あるいはMクラス。
Mとはすなわち
「ハハ、そこまで把握済みとは恐れ入った」
魔法少女、あるいはそれに類する何らかの神秘を有すること。それが不明瞭なスカウトの条件。
ビクトリーグループは魔法少女が学生に集中していることを利用し、彼女たちを合法的に囲い込める手筈を完成させ、自分たちの建てた学院内にて魔法少女について研究を行っているのだという
聞き耳を立てていた他の羽根たちもその内容が理解できたのか、にわかにざわめき出す。それを葛葉はじろりと蛇のような視線で黙らせる。
「ま、そういう訳で我が社は魔法少女についても手厚く歓迎している。学費免除は当然として、グリーフシードの定期的な支給に、家庭環境に問題を抱えている子のための個人寮だって完備だ。その対価はただ一つ、我々が行っている魔法分野の研究に協力してもらうことというわけだ」
「不気味なぐらいに待遇が良い」
「却って怪しく思えるでございます……」
基本的に魔法少女とは人知れず活動を行うもの。そこにこだわりを持っている子はいるだろうし、誰かの管理下に入ることを拒む魔法少女もいるだろう。魔法という自分だけの異能を他者に知られることに拒否感を示すのも真っ当な反応だ。
だがそれは自分の力で魔女退治を満足に行えて、さらには孤独な戦いに絶えられる精神の拠り所を持っている魔法少女の話。そういった上澄みでも無ければ、家族や友人にも打ち明けられない境遇に理解がある大人がバックについていてしかも待遇まで良いとあれば年頃の少女という生物はあっさりと転ぶ。生活の不安は愚か、魔女退治の安定性もグッと高まる。
まさに至れり尽くせり。これ以上の待遇など、どこを探してもありはしないだろう。
だからこそ不安が残る。そこまでして魔法少女を引き込もうとする理由。ほぼ完全に囲い込んで逃がさない体勢を整えた徹底ぶりには執念じみたものを感じる。そこが却って不気味なのだ。絶対に何かしらの裏がある。
「怖がる必要は無いよ。別にモルモット扱いしてるわけじゃない。カリキュラム自体はごく普通の高等教育の範疇だし、卒業後はうちの系列への就職や所属がほぼ確定。生活に不安がある子も多い彼女たちの人生を保証する対価として能力を研究させてもらうぐらいは正当な取引だろう?」
「それはまあ、そうかもしれないけど……」
「勝鬨の魔法少女は皆そのような身体にされてしまうのではございませんか……?」
「んぷっ」
月夜の言葉に葛葉がひっそりと吹き出した。
「いやいや、流石に私レベルの改造を他の子に施すわけにはいかないよ。やっぱり自分の身体を別のものに置き換えるのは普通の子には尋常じゃないストレスになるし、ソウルジェムにも多大な悪影響がある。できて精々腕一本だ」
それはつまり一度は普通の魔法少女に宴と同じ処置を施したと言外に白状したようなものだが、生憎その言葉の悍ましさを悟ったのは葛葉だけ。そして彼女もここでわざわざ混ぜっ返すような真似はしないので真相は闇に葬られてしまった。
「良かった……もしかしたら月咲ちゃんが全身を機械にされてしまうかもと不安になってしまったでございます」
月夜の脳内には『ツクヨチャーン』と音声を発しながらキャタピラで進み、時折篠笛を吹く機能を持ったドラム缶めいた体形のメカ月咲が浮かび上がっていた。
「その心配は流石にどうなの月夜ちゃん……そんな心配しなくてもウチは勝鬨になんて行かないから」
「月咲ちゃん……」
「はは、仲睦まじくて結構。しかしやっぱり惜しいな。そうだ、君たち二人ともを採用するっていったら今からでも来てくれたりは」
「――戯れはそこまでになさい、信城」
背後から掛けられた声に振り向けば、ウズメが宴に冷ややかな目を向けて見下ろしていた。
食堂に顔を出してみれば何やら双子が妙な輩に絡まれていて、気がかりになって近寄ってみれば案の定。
近頃羽根の間で妙に人気が高まっているが、やはり粉をかけていたか。
「おっと総統殿、ご機嫌よう」
「ここは魔法少女の解放のための組織。少なくとも、貴女の個人的な欲望を満たす場ではありません」
「別に活動範囲外でどのような交流を図ろうと問題ないとは思うがね」
「親交を深める程度であればご自由に。ですがそちらのお二方については私が身柄を預かっておりますので、その辺りを重々承知なさるよう」
「……あいわかった。個人的に惜しいとは思うが、元々無理に勧誘するほどじゃない。ここは素直に引き下がるとしよう」
「よろしい。では二人とも、食べ終えたなら行きましょう」
釘を刺し終えたウズメは姉妹を連れて食堂から立ち去った。
鋭い気配が遠ざかっていき、宴は安堵の息を吐いた。
「……割とマジでキレてたね。随分大事に思われてるじゃないか」
「あなたがそうして粉をかけ続けていることに我慢の限界が来ただけではないですかねぇ。ここの羽根すら欲しがるほど勝鬨は人材不足でしたかな?」
「モデルケースはいくらあっても困らないさ。まぁ、それとは別に単なる趣味だけど。いやあ、中々可愛い子がよりどりみどりで最高だね、ここは」
「左様で」
◇
【遊狩ミユリの苦悩】
……あれはそう。
コーヒーブレイクでもしようかと談話室に入った時のことだったか。
「あら鶴喰。あなたも休憩?」
「そんなところだ。で、そっちは……」
「はぁ……」
丁度目が合った燦と挨拶を交わし、彼女の隣で頭を抱えている黒羽根に視線を移す。
オレンジ色のツインテールとそばかすの少女。名前は確か遊狩ミユリ。燦とは同郷の先輩後輩の関係であり、マギウスの翼でも戦闘教導の補佐役として常に行動を共にしている。
普段はそこまで我を主張せず大人しいが、こと戦闘になれば黒羽根と侮れない猛攻を繰り出す中々の使い手だ。魔女狩りでも後方での射撃役である燦とは相性がバッチリであり、ウズメさんからも実力を信頼された隠れた実力者だ。
とはいえ、普段あまり会話をしない人物ではあるものの、こうして目の前で深いため息を吐いている様子を見て何も思わないわけじゃない。
なのでついつい何があったのかを尋ねてしまった訳なのだが。
「何を悩んでいる?」
「おみ足……」
「は?」
何言ってるのか分からなくて一瞬素で聞き返した。
「あぁ、気にしなくていいわ。いつもの発作だから」
「いつもって……」
「軍曹……宴さんについてなんですがっ。あの人の身体って機械じゃないですか。特に肝心の脚が!」
「そうだな。あれには実際驚いたが、それがどうした?」
教官と呼ばれていた神楽に対して宴は軍曹と呼ばれているらしい。
確かに割とスパルタじみた訓練をしているし、なんか映画でした見たこと無い感じの演説とか問答とかやってたし。
『魔法が使えるからって人より優れているなんて思い上がり、そして今戦場にビビってるガキども。それがお前たちだ』『お前たちがウジウジしている間にも魔女は動いている! そうやって何をするか迷っているうちに、その色恋に満ちたピンク色の脳みそが地べたにブチ撒けられるだろうな!』『魔女だろうと魔法少女だろうと変わらん。ただ言うことを聞いて並んで、その引き金を引いてミンチにすれば同じだ』
いやあ、あんな女子に向けちゃいけないスラング混じりの台詞を現実で聞けるなんてね。しかもそれが中性的なあの美形フェイスから飛び出してくるのでギャップがすごい。その上オフだとフランクに口説いてくるからギャップにやられる子が続出しているとは観鳥から聞いた話。
「ミユ的にはあの脚って正直邪道もいいところだと思っているんですけど」
「知らんがな」
「でもでもあの機能美と外見のリアルさを追及したフォルムには生の身体では表せない一種の彫刻みたいな美しさがあってそこに普段とは違う興奮を感じざるを得ないんですよ」
「それは……そう、なのか?」
「鶴喰、無理に合わせなくていいわよ」
要はミユリが脚フェチで、宴のサイバネ脚に興奮を覚えたことに対してジレンマみたいなものを覚えていると。
くっそどうでもよかったな。年下だしちょっとぐらい相談に乗ってあげようなんて仏心を出した数秒前の自分を殴り倒したい。
いや別に理解は示せるけどね? でもそれを大っぴらに人前でさらけ出すのは流石にどうかと思うわ。(※←友人のナマモノCP本を出して学校にばら撒いた女です)
「鶴喰様だって分かるはずです! あの方々のおみ足の素晴らしさを! 何だったら鶴喰様の隠された足にも中々のものがあるとミユは睨んでいるのですが!」
「ごめん一歩どころか三歩ぐらい下がっていい?」
「え……? 鶴喰様って
「同類扱いするな。私は誰彼構わず他人の脚に興奮など……」
いやでもななかちゃんのすらっとした脚とかあきらくんの鍛えられたふくらはぎの筋肉とか、実は陸上部だからがっちり引き締まってる葉月さんの脚とかまあ色々とあるし、その気持ちはわからなくもない。一番はこのはさんのふとももを後頭部で感じる時だとは思っているけどね。
「…………しないからな?」
「だいぶ間があったわね」
「吟味してましたね」
「してない」
「ではでは、みふゆ様のふくらはぎとふとももならどちらがいいと思いますか?」
「みふゆ殿か。彼女の特徴は新体操じみた戦闘スタイルだ。それを支えている柔軟性を発揮する筋肉のしなやかさが詰まっている太腿に……あ」
「間抜けが見つかったわね」
なんてこったい。
でもみふゆさんスタイルいいんだもん。趣味とか癖とか抜きにして憧れるよ女の子として。私生活は自堕落の極みなのに、なんであそこまでプロポーション保っていられるんだか。
「ですです! やはりミユの目に狂いはありません! 鶴喰様は同じく脚を愛好する同志! ブラザーフット!!」
「鶴喰……あなたは見た目によらずまともなガワだと思っていたのに……」
「どういう意味だコラ」
私はまだ分別が付く方ですよ??(※←分別なく妄想を繰り返してカプ矢印が知恵の輪みたいになってる女です)
「とにかく、私にそうした趣味はない。仮に百歩譲っても、それを人前で大っぴらに話す気はない」
「そんな……折角脚について語り合える同志に出逢えたと思ったのにぃ……」
「というかリアルの知り合いでそういう妄想をするのは普通に礼を欠いていると思うのだが……君もよく一緒にいるな」(※←ななか×あきらのCP本を無許可で頒布した輩です)
「慣れてしまえば可愛いものよ」
「慣れるほどに聞かされた、と」
「分かってくれて何よりよ」
燦は若干遠い目をして言った。
もう諦めムーブ入ってるんだなぁ。それでも一緒にいることを認めている辺り、それが気にならないぐらいには仲がいいってことなんだろうけど。
「こうなれば鶴喰様に皆さんの脚の素晴らしさを知ってもらい、脚への理解を深めてもらう他ありません! まずは先ほど挙げたみふゆ様の脚の素晴らしさから――」
「いや止めろよ」
「完全に暴走し始めたわね。こうなったらしばらくは止まらないわ」
そうしてミユリはマギウスの面々の脚について熱く語り始めた。
もう周りにいた羽根の子たちドン引きして離れていってるじゃん。もし明日からこれと同類扱いされたどうしてくれるんだ。(※←本人は気づいていないが普通にオタク趣味持ちの厨二病RP女だと思われてます)
というか仮にも組織の上司たちの脚に欲情してますって堂々と語っていいものなの?
「――そしてそして、あやせ様とルカ様はそれぞれの衣装があって一人の脚で二つのテイストを楽しめるというのが何よりもの魅力かと。白と赤。網と黒。剣を持って自由に舞い踊るドレスに包まれた脚は見る度に飽きさせない味わいがあります」
「さっきから黙って聞いてたけど、それはちょっと聞き捨てならないかなぁ」
「げ、双樹」
「はぁっ、あやせ様!」
ひょっこりと背後から顔を覗かせてきたあやせは微笑んでいた。いくら彼女とはいえ、目の前で自分の脚部に興奮されている様子を見せられるというのは良いものじゃない。
まあ、他人のソウルジェムの蒐集癖があることが判明したコイツがとやかく文句を言えた義理でも無いのだろうが。そういう良心にあまり期待ができないやつである以上、乱闘沙汰になったら止められるように備えておく。
「なんだか脚について熱く語ってるみたいじゃない」
「えとえと、あのこれは……」
「別にいいと思うよ? スキは人それぞれだし」
だけど、と双樹は言葉を区切る。
にっこりと浮かべた笑みはやけに不気味に見え、ミユリの肩がびくりと跳ねた。
「脚って言うなら――お姉さまの脚が一番キレイに決まってるでしょ!」
「だと思った」
「ブレないわね」
「あの一太刀で踊る曲線。蝶の如く軽やかに舞い、蜂のように鋭く跳ねる白い脚! アレを見ておいて他の脚を一番っていうのは目が腐ってるんじゃないかな!」
そう宣言するあやせの言葉には一理なくも……ない?
ウズメさんは確かに目で追えないほどに緩急の激しい動きで、それを実現するのが全身の鍛え抜かれた筋肉。
神速の踏み込みと浮舟渡りの如き機動力を兼ね備えた脚力を発揮するあの脚は普段は袴や着物で隠されているが、その下には見事に鍛えられた足があることは想像に難くない。だって音子さんが同じぐらい筋肉ついているからね。
あれだけの動きが身体強化だけで実現しているとは到底思えず、契約以前より剣術を修めていたというからにはその身体も極限にまで鍛え上げられているはずだ。
「ムム、確かにウズメ様のおみ足はひとつの究極、剣を振る時に大地を踏みしめる力強さと畳十枚の距離を一瞬で詰める瞬発性を発揮するしなやかさを併せ持った人類の到達点だとは思います! でもでも、燦さまの脚がミユにとっては一番。あの引き締まったふくらはぎと細い足首。そして健康的な張りを持った白い肌は最初にお目にした時から魅了してやまない可能性の塊なんです」
「ふ~ん、中々スキの一本が通ってるみたいね。でも、そもそも脚だけを見て評価するのはちょっとバランスに欠けてると思うな。お姉さまの身体はすべてが完璧なの! あの顔も、髪も、眼も! そして何よりあの真っ赤な魂が! 他の誰よりも眩く輝いてるの!!」
「それを言うなら燦様だって負けてません! ミユを後ろから支える弾幕を張れるのは下半身で大地を支えながら上半身で重心をコントロールするための体幹が仕上がっているからですぅ! うなじから背中へ、そして腰からおみ足までを繋ぐ筋肉の動きを想像するだけでミユは……ふへへ……!」
そうして二人でいかに自分のイチ推しが素晴らしい身体をしているのかを力説しはじめ、我々はすっかり蚊帳の外。
いや別にいいんだけどね? これ以上会話に加わってたらボロが出かねないし。
「……もう帰っていいか?」
「ええ。悪かったわね、後でミユにはキツく言っておくわ。この埋め合わせはまた」
「構わん。元を辿れば自分から首を突っ込んだことだ」
燦へと挨拶を入れてから脚早にその場を離れる。
あの空間に居てこれ以上巻き込まれるのは御免だった。
しかし脚、ひいては筋肉や身体の美しさか。
文字書きとしてはビジュアル的な要素に触れることは無かったけど、やっぱり実際の構図を見て表現を考えるのは大事なことだろう。
その点、ミユリは表現に富んでいたし言葉そのものにも情熱が乗っていた。双樹はその辺に押されて慌てて焦点を脚から全体に切り替えたんだろう。自分から喧嘩を売りに行って思わぬ痛打を受けるあたり、割と詰めが甘い。
やはりリアリティな表現を求めるなら、ありきたりの言葉を継ぎ合わせてそれっぽく繕うんじゃなくて、実際の感想を着色していかなくちゃいけないんだよな。
「とりあえず、人体の描き方とか構図の本も読んでみるべきだな……」
今度、夏目書房に行った時にその辺のジャンルについても探してみようかなと思ったのであった。
○ビクトリーグループ
神浜の土地を買い上げてあちこちで開発している。
ぶっちゃけ本作で神浜の東西問題をメインに据えるつもりはないが、登場人物たちは裏で政治ゲームをやっている。
○勝鬨工場学院
クラスが13個あったり魔法少女特待クラスがあったり学生相手に実験してたりする。だいたい箱庭学園という認識でオーケー。
○天音月咲
実家は嫌いだけど伝統の技術には誇りを持っている。メンドクサイけどそんなものだよね。
○沙羅ウズメ
水名の面倒な方々を懐柔済み。権力と財とその他諸々の暴力ともいう。