つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです   作:名無ツ草

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『黒騎士の悪夢』

おまたせしました

本作が難易度爆上がりとか言われてる所以のはじまりです


第五十七話 ブラックナイト・ナイトメア……①【悪夢の序曲】

 ChapterⅠ【悪夢の序曲】

 

 

 

「……そうか。魔女の特異個体とは、これはまた厄介な事になったな」

 

 

 あの後、帰宅した私が例の如く父に報告すれば、神妙な顔で返事が返ってきた。

 う~む、これは参ったな。

 付き合いの長い人なら理解できるだろうが、父さんがそういう反応をするときは大概ヤバい。鏡の魔女の一件がいい例だ。

 

 

「やっぱりヤバいです?」

「当たり前だ。というか、本来なら君が現状の危険性を理解しておかないといけないやつだからね?」

「そんなに~?」

 

 

 父からのじっとりとした視線が突き刺さる。

 いやまあ、確かにあの魔女って明らかに強かったし羊の魔女も大量にいたけど振り返ってみるとそんなでも無かったような気がしてきたんだね。というか魔女を操る程度なら洗脳系の魔法少女ならできる芸当だし、魔女を強化するのもグリーフシードをたらふく食わせたとかそういう魔法や魔術を使ったとかのカラクリな気がしなくもない。そういう相手ならぶっちゃけあのマギウスの戦力なら割と何とかなるんじゃないかなって。

 

 

「明らかに目を背けているな……もっと最悪を想定しろ。この状況下において、最も襲い掛かってきたら困る相手をな」

「そりゃあ音子さんですけど」

「即答だな」

 

 

 どんな相手よりもあの人に勝てるビジョンが思い浮かばねぇ。

 だって私の師匠ですよ? 魔法少女を叩き潰す粛清の権化で、あらゆる絶望を跳ね飛ばす鉄壁の騎士で、かの災厄の魔女を滅ぼした英雄で――、

 

 

「……まさか」

「そのまさか、と言ったら?」

「いやいやいや、それこそ一番あり得ないでしょう。あの連中は基本的に自分たちの領土からは出てこないって話じゃないですか」

「要はそれぐらい危険な相手を想定したまえと言っているのだ。件の魔女を君たちに仕向けた存在は明確にエンブリオ・イヴを探している。話を聞くにその個体は斥候、となれば遠からず元締めがやって来る。君が本気を出さなければ太刀打ちできない相手を手下にできる存在がな」

真実(マジ)ですかぁ」

「マジもマジのマジーロだ。しかも今回はこちら側の助っ人は一切使えない」

 

 

 マギウスの翼への潜入中であるため、つながりを疑われるななかちゃんやこのはさんの助力を請うことはできない。やちよさんや十七夜さんなんかは論外だ。

 そして幸か不幸か、肝心の最大戦力である音子さんは別地域への巡回中で連絡がつかない。神浜内の異変に伴って周辺地域でも相応の混乱が起こっており、それらに対応できる要因が音子さんしかいないらしい。

 理由は何であれ、最終手段であった丸投げが期待できないことに気分が重くなる。

 

 

「当然、これまで通り私も動くことはできん。自分の力で頑張ってくれたまえ」

 

 

 最も、と父はそこで言葉を区切る。

 

 

「私の見立てでは、君たちが全力を尽くせば何とかなるとは思っているがね」

「全力ですか……」

「ああ、()()だとも」

 

 

 それはつまり、今私が持っている力の全部。そのさらに先を行けということ。

 要するに、これまで自重して使用を躊躇ってきたアレとか、あるいは最近使えるようになったコレとか。そういうものをなりふり構わず使えということで。

 ……大丈夫かなぁ。

 

 

「心配するな、あの仮面はその程度で外れるほどヤワじゃない。単に君の覚悟の問題だよ。どうせいつしかその一歩を踏み出す必要があるわけだし、丁度いいタイミングが来たと思えばいいじゃないか」

「その一歩が大分アレなんですがね」

 

 

 全く、これ以上人間やめたくないんだけどなぁ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――その日も、彼女たちは平常と変わらないはずだった。

 

 マギウスの翼の白羽根と黒羽根のチーム。

 来たるべき解放のため、彼女たちは自分たちに割り当てられた区域の監視任務を行っていた。

 その区域に出没した魔女がいれば観察し、一定以上の強さであれば報告した後に捕縛、あるいは討伐。

 たったそれだけの任務。黒羽根の実力では若干荷が重かったそれも、信城宴による訓練によって底上げが行われたことで近頃は安定してきている。

 今回もどうにかこうにかイキガミの魔女を捕縛し、後は帰還して報告すればそれで今日の務めは終了。後の時間は好きに過ごすことができる。

 

 だが。

 

 

「なによこれ……一体何が起こってるの?」

 

 

 白羽根は眼前に広がる光景に己が目を疑った。

 彼女たちの前に現れたのは羊の魔女。

 

 それだけなら驚く点はない、神浜ではありふれたタイプの魔女だ。

 問題は、それがイキガミの魔女の結界内に現れたこと。魔女過密地帯である神浜において、別の魔女の使い魔が紛れ込むということは往々にしてあるが、魔女そのものが別の結界に入り込んでくることは稀であるが、決してないわけではない。

 

 だが問題はそんなことじゃない。

 羽根たちを震えさせたのは目の前に並ぶ()()()()()()だ。

 

 ひとつ、ふたつ、みっつ……!

 

 目視で数えられるだけでも十体以上。

 同一の姿をした魔女は二つの列を作って並んでいる。まるで行儀よく何かに従っているようだ。

 その光景は圧巻であり、異常。魔女同士が争いあわないどころか、まるで兵士のように並んでいるだと?

 

 

「ねぇ、これもしかしてこの前言われてたやつじゃ……」

 

 

 一人の黒羽根が震えた声で例の噂について言及する。

 数日前、魔女を相手に行われた軍事演習に複数の魔女が乱入してきたという異常事態。

 その場に居合わせた幹部たちによって片付いたというが、それを当事者以外の黒羽根は知らない。実力や精神で劣る彼女たちには余計な混乱を招くと言うことで情報統制が敷かれ、事実の共有は白羽根以上の構成員に限られている。黒羽根には最低限、ドッペルの影響で魔女にも何らかの異常事態が起こりうるので注意せよと広められたのみだ。

 だがそんな事情はもはや関係なく、今まさにその噂通りの状況が彼女たちの前に展開されていた。

 

 

「皆、ここは一度撤退よ。まずはウズメ様に報告を――」

 

 

 こんなに大量の数の魔女は自分たちの手に余る。

 白羽根は黒羽根に撤退を指示しようとして。

 

 

 

 

 

 

 

「"その姿、この街を支配する者とお見受けする"」

 

 

 

 

 

 

 近づいてきた存在に言葉を失った。

 

 ガチャリ、ガチャリ。金属の擦れあう音が鳴り響く。

 羊の魔女が整列する真ん中から進み出てきたそれは、黒い鎧を纏った人型。

 二つの角を兜に抱いた黒き騎士とでも呼ぶべき存在は、羽根たちの前で立ち止まった。

 

 

「"我は偉大なる女王に仕える騎士。主の命に従い、この地に根差す魔女の成りそこないを捜している。この街を覆う結界、その根源たる魔女の下へと案内してもらおう"」

 

 

 異国の言葉――だがその意味は言語ではなく意思として彼女たちの脳裏に伝わってきた。兜の下からくぐもって聞こえる声からして性別は男性か。

 背丈は2メートル弱。しかし人間ではないだろう。

 その身体から発せられる穢れは桁違いであり、羊の魔女の群れが視界に入らないほどの存在の『圧』が羽根たちに降り注いでいる。

 気圧されていた白羽根は、しかしこの騎士が発した「魔女の成りそこない」という単語に反応して我を取り戻した。

 

 

「魔女の成り損ない……? なんのことかしら」

 

 

 恐怖を押し殺し、虚勢を張って白を切る。

 この騎士は自分たちの救済の象徴――つまりマギウスが擁するエンヴリオ・イヴを狙っているらしい。

 これまでもイヴを探って魔術師が入り込むことは何度かあったし、その対処に白羽根として出撃したこともある。彼らは自分たちに通用する術を持っていたが、それでも分類としては人間。黒羽根ならいざ知らず、魔法少女として経験を積んだ自分なら十分に対抗できた。

 だが目の前にいるのはその程度の話が通用しない化け物だ。並の魔女など軽々と超える、恐らくは『災厄』に連なるナニカ……!

 

 

「"虚言を弄するか。しかしどれほどぬぐおうと、魂に染み付いた穢れは誤魔化すことはできん"」

 

 

 答えぬなら直に聞き出すまでと黒騎士が一歩踏み出す。

 ガチャリ、と金属の揺れる音がまるで地鳴りのように響く。

 

 

「……みんな、撤退するわよ。こんな化け物、とてもじゃないけど私たちじゃ敵わないわ」

「は、はいっ!」

「"一目散に逃走か、判断は悪くないが、遅い――"」

「それは、どうかしらね!」

 

 

 白羽根は手に持っていたキューブを放り投げる。アリナ・グレイから貸与されたそれは彼女の武器兼固有魔法の産物である結界。並ならぬ強度を誇る携行可能なそれは羽根たちが魔女を捕縛するために用いられており、白羽根はこれの開閉をする権限がある。要するにポ○モンを捕まえる赤白のアレだ。

 彼女はたった今捕縛したばかりの魔女を解放し、目の前の黒騎士へと嗾けた。

 

 

GAAAAAAAAA!!

 

 

 拘束されていたことで怒り狂った魔女はそのまま目の前の相手へと襲い掛かる。

 とはいえ、所詮は苦し紛れの悪あがき。この魔女と黒騎士の戦力差は一目瞭然。

 だが少しでも撤退のための時間を稼げるはずだ――という淡い期待はすぐに崩れ落ちた。

 

 

「"愚か"」

 

 

 ぶん、と一歩も動かず手に携えた大剣を一振り。

 それだけで魔女の身体は両断され、塵となって消滅した。

 

 

「あ……」

「"所詮は雑兵、この程度か"」

 

 

 自分たちがそれなりに手こずった魔女がいとも容易く葬られた事実に、羽根たちは今度こそ絶望的な力の差を理解する。

 黒騎士はつまらなそうに剣を構え直しながらも、その場から一歩も動かなかった。

 抵抗する気があるならやってみろ。そんな傲慢さに満ちた余裕の素振りであることは見て取れた。

 

 

「……あなた達は逃げて、ここは私が食い止める」

「えっ!?」

「でも……あんなの相手じゃ……!」

「私でも敵わないとは分かってる。それこそウズメさんを呼ばないと話にならない。でも、ここでコイツを野放しにはできない。だからあなた達が伝えに行くしかないの」

 

 

 力の差など百も承知。

 目の前の相手は魔女を従えるほどの存在。凡百の魔法少女に過ぎない身では叶うはずもない。

 けれどこのまま全員で逃げたとしても追い付かれる。だからこの中で最も実力の高い自分が残り、黒羽根たちがマギウスに事態を伝える。

 そうすれば後は自分たちが仕えるあの紅き剣士がこの怪物を倒す。ここで自分が捨て石になる覚悟を白羽根は決めた。

 

 

「"……自らが囮になる、か"」

 

 

 その心意義を買ったのか、黒騎士は挑発的に剣を振るった。

 

 

「"最も善い選択だ。その気骨に免じて、貴様の足止めに付き合ってやろう。その一撃、この私に叩き込んでみるがいい"」

「……言われなくても!」

 

 

 黒羽根が結界の外まで走り去っていくのを一瞥して、白羽根は自身の魔法を発動した。魔力を限界まで搾り上げたことでソウルジェムが急速に濁り切り、溢れ出る穢れと共に異形が顕現する。

 これこそがドッペル。マギウスが作り上げた魔女化を回避するための力。インキュベーターの権能を簒奪した魔法少女たちによって生み出された秘術の結晶である。

 

 

「"成る程。我が主らの真似事、それがこの街の魔法少女のあり方か。面白い"」

「いけっ!!!」

 

 

 少女の叫びに呼応して、ドッペルはその力を振るう。

 顕現した魔女体、その力は魔女と同等。非力な魔法少女であろうと、この時ばかりは強力な魔法を行使可能とする、格上に対抗するための手段でもあった。

 

 彼女の固有魔法は純粋な強化系。故に自らに限界まで強化を施せば、そのままドッペルの威力も跳ね上がる。勿論負担は軽くないが、それでも白羽根の中でも抜きんでた爆発力を持っているのが彼女だ。

 

 異形の腕が黒騎士に振り下ろされる。例え鎧を身に纏っていようとも、人間サイズの身体ではサイズ差が勝つ。

 

 

(倒せなくても、せめて傷のひとつぐらい――!)

 

 

 後にこの怪物と戦うことになるのはマギウスを守護する剣士たち。彼女たちが少しでも有利になるようにと全力を越えた一撃が黒騎士へと襲い掛かった。

 

 

「……そ、んな」

 

 

 だが、黒騎士は立っていた。間違いなく渾身の一撃を叩きつけられたと言うのに、その鎧は全くと言っていいほど損傷していなかった。

 直撃の瞬間、黒騎士が無造作に振るった剣によって、ドッペルはあっけなく破壊されてしまった。

 

 

「"良くぞ死力を尽くした。思わず防いでしまうほどに素晴らしい一撃だった"」

 

 

 ゆえに、こちらも敬意を示す。と黒騎士は少女の間合いへ瞬時に踏み込んで一閃。

 反応する間もなく、少女の身体には袈裟懸けの傷が刻まれた。

 

 

「ぁ……」

 

 

 地に倒れる少女。だくだくと流れ出す血によって、白色のローブが赤色に染め上げられていく。

 ドッペルを出した反動で治癒が働かない。ソウルジェムの破壊は免れたが、すぐに介錯が来るだろう。

 

 

「しに、た、くない」

 

 

 首を落とされると思い、懇願の声が漏れる。

 

 がしゃり、がしゃりと金属が触れ合う音が耳に近づき……離れていく。

 

 

「……え?」

「"小兵の首を獲ったところで誉れはなし。我は先を急ぐ"」

 

 

 骸に目をくれることなく、黒騎士は黒羽根が逃げた先へと歩いていく。

 

 助かった、という安堵から嗚咽が漏れ、すぐ後に行かせてはならない、という責務から力を振り絞って立ち上がろうとして。

 

 

 

「"――だが、眷属どもはそうとは限らん。こ奴らは常に飢えている故な"」

 

 

 その小さな体を、幾つもの大きな影が覆った。

 

 

 赤黒く染まった白ローブを、羊の群れが覆い隠した。

 断末魔すらあげられずに少女が貪られる様子を黒騎士は気に留めることもなく、ただ悠々と黒羽根たちが逃げて行った方角へと歩みを進めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あれは……夜鴉さんのカラス!」

 

「大変です! 魔女の大群を連れた変な奴が、私たちを狙って――!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 蹴破る様に扉を開け、ティータイムと洒落込んでいたマギウスの下へと私は駆け込んだ。というか勢い余って飛び込み、テーブルの上に三点着地を決めた。

 ノックもなしに入ったことで給仕を務めていたウズメさんがしかめ面をするが、生憎そんな礼儀すら惜しまねばならない。

 

 

「……鶴喰、今はお嬢様がたの憩いの時間です。そして何ですかそれは、まさか双樹や信城に対抗して新しい芸風でも身につけましたか?」

「いやキャラ付けではないが」

「そんな恰好と作りきった口調を演技ではないと言い張るのは、少々無理筋だと思うけどね」

 

 

 眉ひとつ動かさないねむのダメ出しがブッ刺さる。

 

 

「まあいいでしょう。それで、何が起こりましたか?」

「緊急事態だ。羽根たちが襲撃を受けた」

「続けなさい」

 

 

 端的に言えば父の言葉が的中してしまったわけである。

 そんな私の焦燥が伝わったのだろう、ウズメさんも形だけの注意ですぐに本題を催促してきた。

 

 

「結界内で魔女でも魔法少女でもない存在に襲われたらしい。白羽根が殿を務めている。黒羽根には緊急通路を用いて帰還するように通告した。じき戻ってくるはずだ」

「魔女でも魔法少女でもない存在?」

「それはどういう存在かな。外見の情報は伝えられるかい?」

 

 

 曖昧な回答に訝しむマギウスに、私は黒羽根たちから伝えられた敵の情報を語る。

 

 

「……見た目は黒い鎧を着た騎士。大量の羊の魔女を引き連れ、魔女の成りそこないを捜していると言ったらしい」

「っ、それは!」

 

 

「失礼いたします」

 

 

 ウズメが声を荒げた瞬間、背後からの声。

 開いたままの扉の隙間からぬるりと現れた葛葉はいつになく神妙な様子で部屋中を見渡した。

 

 

「ええ、ええ。皆さまちょうど集まっておられますね」

 

 

 葛葉はヴェールの下で目を伏せながら、一枚の札を取り出した。

 羽根のように切り取られたそれはマギウスの翼の構成員に作ることを義務づけられているもの。葛葉の呪術によって当人とリンクし、その羽根が血に染まる時、命脈が尽きたことを知らせる。要するにドッグタグである。

 赤黒く染まった呪符に示されていた名前が誰のものなのか、あえて言う必要もない。

 

 

「ッ! その札は――」

「先ほど黒羽根たちが到着いたしました。彼女は立派に役目を果たされたようです」

 

 

 ぎり、と歯を噛み締める音が聞こえた。

 ウズメさんから発せられる鋭く静かな怒気によって全員がすくみ上がる中、葛葉は静かに口を開いた。

 

 

「……続けての報告を。現在、神浜市中の霊脈上に膨大な穢れが浮上しております。それは収束点である此処、フェントホープに向けて真っすぐに進行中。追随する形で数十体にも及ぶ魔女も接近中。おそらく後十分も経たずして到着するかと」

 

「……ウズメさま。マギウスの方々。これは正真正銘、心からの助言にございます」

「今すぐ全ての羽根を集め、イヴの警護に回しなさい」

 

 

「さもなくば、私たちは全滅しますよ」

 

 

 これまでの嘲るような態度が嘘だったと思えるほどに真面目な態度。その声に込められた焦燥は、初めて彼女の本心が感じられた瞬間だった。

 

 

「その言いぶり、何か心当たりがありそうだね」

「ええ、ええ。正直、あちら側の狙いがイヴでなければ一目散に逃げ出しています」

「あなたがそこまで言う相手ー?」

「当然。これまでの情報を統合するに敵の素性は恐らく――」

 

 

 途端。

 空気が揺れ、内臓から揺さぶられるような衝撃が外から走った。

 

 マギウスも、ウズメさんも、葛葉も。

 皆が突如として伝わってきた魔力の波動に肩を強張らせ、反射的に身構えた。

 

 

「……まずいね。ウワサの結界を破壊して無理やり侵入された」

「嗚呼、来てしまいましたか」

 

 

 ひどく憂鬱そうに葛葉は首を振る。

 

 ウワサの結界は魔女のそれとは性質が違う。そのウワサごとに定められた『内容(ルール)』に該当した者、あるいはウワサの在り方に反する行為を行った者以外を結界の内側に引き込むことはできないが、その反面その『内容』を知らない者が立ち入ることはできないセキュリティとしても機能している。ホテルフェントホープは分かりやすく、マギウスの翼の羽根たちの拠点として作られたため組織外の存在は入ることができない。

 

 勿論、これにも抜け穴は存在する。

 

 一つは入り口である万年桜のウワサの結界から入る。これは部外者を組織に招くときに使われる手法だ。これは害意を持って侵入するものはまず万年桜のウワサに弾かれるらしい。実際にそうなったことは無く伝聞系ではあるのだが。

 

 もう一つは現実世界とウワサの結界が重なり合うポイントを発見し、そこから強引に魔力を通してこじ開けること。要は私たち魔法少女が魔女の結界に対して行っている事と同じなのだが、その難易度は魔女のそれの比ではない。

 ウワサは同じ魔法少女の魔法で作られたもの。少女の奇跡とはただそれだけで相応の力を持っている。創造主たるねむ渾身の力作であるこのホテルは最高峰の要塞だ。幽界眼という対魔法異能を持つ私ですら結界を無理やり破壊することはできない。おそらくは同等の因果量を持つ灯花ですら突破には半日の時間を有するだろう。

 

 

 まあ、何が言いたいのかと言うと。

 たった今やってきた招かれざる客は、ウワサの結界すら強引に破るだけの力量を持った相手であるということだ。

 

 

 ……え、マジで今からそいつ相手にするの?

 

 

「鶴喰、外の様子は確認できますか?」

「……あ、ああ。カラスの視界を出そう」

 

 

 フェントホープの屋根の上にいる監視カラスの視界を壁に映す。

 

 そこに広がった光景は衝撃の一言だった。

 

 ちょうど羽根たちの訓練が行われている最中である外庭。そこから外側に少し向かって結界の壁に突き当たる部分には巨大な斬撃痕とでも呼ぶべきものが刻まれており、その裂け目から数十体もの羊の魔女が雪崩れ込んできていた。先日遭遇したものと同じものが、規模をさらに大きくして展開されている。

 

 

「ワーオ」

「にゃーっ!? 魔女が群れてるって言ってもこんな大量なんて聞いてなーい!!」

「それだけじゃないよ……あの後ろにいるもの、あれが僕のウワサを斬った下手人だ」

 

 

 そしてその羊の魔女の群れの最後尾。粛々と歩いてくる人影に自然と目を惹かれる。使い魔越しでも感じるただならぬ存在感。羊角の装飾を兜に戴いた黒い全身鎧に身を包んだソレが、その報告にあった騎士であることは間違いない。

 

 

「……やはり、そうでしたか」

「葛葉、となるとあれが……」

「ええ。ええ。私も実のところ資料でのみ拝見していましたが、その通りの姿で来られてしまえば、確信に至らざるを得ませんね」

「知っているんだね? あの怪物を」

「はい、はい。教会の人間たちに伝わる伝承のようなものですが、黄道十二魔女が一座にして最強の一角たる牡羊座の魔女。ただ何もせずに怠惰を貪る魔女は当人が人界に関わることは滅多にないですが、その分使い魔は各地でその姿が確認されております。

 その中でも最も有名な使い魔こそが、主が求めるものを集めるために世界を放浪し剣を振るう黒い騎士。

 

 

 

 ――名を、簒奪騎士アルファルド。『第一の使い魔』と恐れられし剣士が、イヴを求めてきましたか」

 

 

 

 

observe zodiac

――黄道十二魔女 絢爛――

Alphard




〇アルファルド
 『簒奪騎士』『第一の使い魔』の異名を持つ眷属。黄道十二魔女が第一席【牡羊座の魔女】の使い魔。怠惰に耽る魔女の命に従い、各地にて簒奪の限りを尽くす。
 上級魔女に匹敵する存在であり、真理の欠片を与えられている。獲物は無骨なブロードソードだが、真の武装として羊の角から削りだしたと思わしき大剣を用いる。


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